デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
3款 特殊銀行 6. 日本興業銀行
■綱文

第5巻 p.254-261(DK050058k) ページ画像

明治35年2月17日(1902年)

是日、日本興業銀行、東京銀行集会所ニ於テ創立総会ヲ開ク。栄一株主トシテ監査役ニ選挙セラル。同年四月十一日ニ至リ日本橋区兜町二番地ニ仮営業所ヲ設ケ開業ス。


■資料

銀行通信録 第三三巻第一九八号・第一二一―一二三頁〔明治三五年四月一五日〕 日本興業銀行創立総会(DK050058k-0001)
第5巻 p.254-258 ページ画像

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日本興業銀行十年史 第一四―一六頁〔大正元年八月〕(DK050058k-0002)
第5巻 p.258-259 ページ画像

日本興業銀行十年史 第一四―一六頁〔大正元年八月〕
    第六款 開業
既に創立総会を終へ重役の任命を見たるにより、重役は行員の任命、諸規則の制定、営業所の選定等鋭意開業の準備を急き、明治三十五年四月十一日日本橋区兜町二番地に仮営業所を設けて其の業務を開始せり、爾来狭隘不便を忍ふこと一年有半にして翌三十六年十月十五日麹町区銭瓶町一番地の新築営業所玆に落成したるを以て直に此れに移転せり、現営業所即ち是れなり
三十七八年戦役の結果我か邦の指導開発に委ねられたる韓国の金融機
 - 第5巻 p.259 -ページ画像 
関は、尚ほ頗る不備なるを免かれすして資金の欠乏殆と其の極に達せり、当時本行は進て同国の政府、民団、農工銀行等に放資し、明治三十九年十月二十五日を以て出張所を京城に開設し、翌四十年三月十六日を以て之を支店に改めたり、然るに其の後東洋拓殖株式会社に金融部の開設せらるゝあり、尋て四十二年韓国銀行即ち今の朝鮮銀行の設立せられたるあり、特に本行支店を存続するの必要なきのみならす、寧ろ此等特設機関との競争を避くるの得策なるを認めたり、因て朝鮮に於ける代理店の事務一切を朝鮮銀行に嘱托し、明治四十三年三月十五日を以て京城支店を廃止したり


日本興業銀行第一期営業報告書(自明治三五年三月至同年六月)(DK050058k-0003)
第5巻 p.259-260 ページ画像

日本興業銀行第一期営業報告書(自明治三五年三月至同年六月)
    第一期株主姓名表

         株数       姓名      府県名
       五、〇〇〇   内蔵頭男爵渡辺千秋  東京
       六、〇〇〇     貝塚卯兵衛    三重
       二、〇〇〇     岩下清周     大阪
       一、五〇〇     亀田介治郎    東京
       一、五〇〇     石田友吉     新潟
       一、三〇〇     堀越角次郎    東京
       一、二三五     中村清蔵     東京
       一、〇〇〇     添田寿一     東京
       一、〇〇〇     安田善次郎    東京
       一、〇〇〇     蓬莱林太郎    兵庫
       一、〇〇〇     株式会社四日市銀行頭取三輪猶作 三重
       一、〇〇〇     大橋新太郎    東京
         八〇〇     松沢与七     愛知
         八〇〇     貝塚光三     三重
         七〇〇     馬場道久     東京
         七〇〇     松本松蔵     大阪
         六七〇     富倉林蔵     東京
         六〇〇     斎田岩太郎    東京
         五〇〇     東郷久吉     京都
         五〇〇     山崎兵吉     新潟
         五〇〇     覚張治平     新潟
         五〇〇     藤田伝三郎    大阪
         五〇〇     曾野作太郎    京都
         五〇〇     株式会社二十一銀行頭取石居四郎平 滋賀
         五〇〇     島徳次郎     大阪
         五〇〇     安藤藤助     三重
         五〇〇     加藤正義     東京
         五〇〇     岩谷松平     東京
         五〇〇     中田清兵衛    富山
         五〇〇     中島俊丸     三重
         五〇〇     奥田平八     岐阜
 - 第5巻 p.260 -ページ画像 
         四五〇     貝塚太郎     三重
         四五〇     八代謹之助    兵庫
         四一〇     貝塚雛子     三重
         四〇〇     気賀巌      愛知
         四〇〇     宮崎敬介     東京
○中略
         一〇〇     男爵渋沢栄一   東京
○下略
  総計 一〇〇、〇〇〇株        一、二二三人



渋沢栄一 日記 明治三五年(DK050058k-0004)
第5巻 p.260 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三五年
五月十四日
興業銀行ニ抵リ添田氏ト面話ス


銀行通信録 第三六巻 第二一四号・第五二―五三頁〔明治三六年八月一五日〕 日本興業銀行第三回定時総会(DK050058k-0005)
第5巻 p.260 ページ画像

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渋沢栄一 日記 明治三八年(DK050058k-0006)
第5巻 p.260 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三八年
十月七日
添田寿一氏来リ興業銀行ノ事ヲ談ス、更ニ明後九日午前ヲ約シテ去ル
十月九日
午前添田寿一氏ヨリ興業銀行ノ件ニ付来書アリ
   ○右談合ノ内容ハ資本金増加ノ件ナラン。


銀行通信録 第四五巻 第二六八号・第七八―七九頁〔明治四一年二月一五日〕 日本興業銀行第十二回定時総会(DK050058k-0007)
第5巻 p.260 ページ画像

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銀行通信録 第四七巻 第二八〇号・第六五―六六頁〔明治四二年二月一五日〕 日本興業銀行第十四回定時総会(DK050058k-0008)
第5巻 p.261 ページ画像

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