デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
4款 国立銀行及ビ普通銀行 8. 第十六国立銀行
■綱文

第5巻 p.313-317(DK050068k) ページ画像

明治11年10月16日(1878年)

是ヨリ先、岐阜第十六国立銀行ハ栄一ノ指導ノ下ニ簿記等第一国立銀行ノ伝習ヲ受ケ、明治十年十月一日ヲ以テ開業シタリシガ、国立銀行条例違反ノ廉ヲ以テ処分セラレントス。是日、栄一書ヲ大蔵卿大隈重信ニ贈リテ救解ス。


■資料

渋沢栄一 書翰 大隈重信宛 (明治一一年)一〇月一六日(DK050068k-0001)
第5巻 p.313-314 ページ画像

渋沢栄一 書翰 大隈重信宛 (明治一一年)一〇月一六日
                  (大隈侯爵家所蔵)
 - 第5巻 p.314 -ページ画像 
      明治十一年十月十六日
〇上略 時令追日向寒之候折角御調護専一ニ奉祈候、別而寒気ニハ御怕之事、御旅中旁呉々も御大切ニ被遊候様奉存候、右近況申上、且御起居奉伺候為メ匆々 頓首敬白
                      渋沢栄一
   大隈大蔵卿閣下

副書を以一事奉懇願候ハ、岐阜第十六国立銀行之義ニ御坐候、右銀行ハ昨年春以来同地有名之商估ニて渡辺甚吉、上松武次郎抔申者共、小生へ依頼いたし、簿記其外伝習之上、九月頃開業大ニ其業も進歩之勢ニ候処、頭取支配人抔も若輩之事ニ付、一時運用之都合宜敷ニ馴れ、終ニ準備金之定則を不心附、不足相成居候際ニ、此程銀行課之御撿査有之、其不足之義発見し大ニ不都合を生し候ニ付、頃日右渡辺其外出京段銀行課《(此脱カ)》へ歎願いたし候得共、到底 閣下御帰京之上御聞上無之而ハ決裁いたし兼候由、就而ハ若右様之不都合御耳聞相成候ハヽ、他之懲艾も有之候ニ付、或ハ瑣業等之御譴責《(鎖)》も可有之哉と、一同実ニ寒心之余リ、何卒小生より内々歎願いたし呉候様申出候、尤右様条例ニ犯背候義ニ付、小生とても敢而只私情を以御憐恕のミ奉願候義ニハ無之候得共、右銀行之株主ニて即今頭取相勤居候渡辺甚吉と申ハ、実ニ岐阜ニ於てハ有名之豪商ニ有之、其他此銀行之株主ハ都而可也之人物ニて業体ニハ実ニ勉力候処、一時之心得違より、右様之不都合ハ生し候得共、向後其懲艾も相立候ハヽ、必地方ニハ有用之銀行とも奉存候間、可相成ハ 閣下幸ひ実地御巡回も被為在候ニ付、篤と御聞糺被下置候上ニて、一時之罪ハ御罰責御坐候とも、営業ハ永続候様御沙汰被下度奉存候、右は差越候懇願ニ候得共、即今同行一同之心情実ニ憫然之次第ニも有之、黙止ニ堪兼候ニ付、実情を陳白し、且御憐恕之程奉願候義ニ御坐候、偏ニ御諒察奉仰候 頓首
  ○栄一斡旋ノ結果ニ就テハ資料ヲ得ザレドモ、斡旋其効ヲ奏シタルモノノ如ク、同行ハ鎖業ノ処分ヲ受ケズ、十一年七月ニハ資本金ヲ倍額増資シ、営業満期後株式会社十六銀行トナリ、其後岐阜県下ノ多クノ銀行ヲ合併シテ現在ニ及ブ。(寺部鉄治著「銀行発達史」昭和二十八年刊、ニヨル)
  ○大蔵省編「銀行課第一次報告」ニヨレバ、第十六国立銀行ノ創立時ノ状況左ノ如シ。

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 名称      開業免状下付年月日   資本金      資本金増減    同上        資本金現高   支店数         開業日         発行紙幣高             年月        発行紙幣現高 岐阜第十六   十年八月八日      五〇、〇〇〇   五〇、〇〇〇増            一〇〇、〇〇〇         十年十月一日      四〇、〇〇〇            十二年三月卅一日   八〇、〇〇〇 





〔参考〕創立三十週年紀念(株式会社十六銀行編)第七頁〔明治四〇年一〇月〕(DK050068k-0002)
第5巻 p.314-317 ページ画像

創立三十週年紀念 (株式会社十六銀行編)第七頁〔明治四〇年一〇月〕
                   (株式会社十六銀行所蔵)
    ○設立の由来
当行設立以前に於ては「口入《くにゆう》」と称するものありて不完全ながら金融
 - 第5巻 p.315 -ページ画像 
の機関となり居りしも、維新以来社会の事物漸次発達したれば金融機関も亦旧態に安んずる能はざるの事情あり、加之政府に於て明治五年国立銀行条例を発布し、同九年之に改正を加へて其不備を補ひ、大に金融機関の発達を促すの機運に際会し已に東京其他各地に於て追々国立銀行の設立を見るあり、玆に於て渡辺甚吉(現頭取)、岩越重則、上松治郎一、加藤与三郎、桑原善吉、矢野嘉右衛門、山田甚兵衛、勅使川原直二郎等相謀り銀行の設立を企画しつゝありしに、不幸にして西南事変起り人心恟々たる状態に陥りしため一時行悩の姿となりしが、遂に勇を鼓して困難を排除し計画を遂行するに決し、明治十年一月廿一日設立請願書を大蔵省に捧呈し、四月廿六日其免許を受け、玆に資本金五万円を以て第十六国立銀行の創立を見るに至り、尋で同年十月一日営業を開始せしが、幸に江湖の信用を博し、其温翼の下に漸次発達し、明治廿九年十二月国立銀行営業満期と共に私立継続して株式会社十六銀行と改称し以て今日に至れり
    ○営業所
      本店
当行の営業所は、創立当時は岐阜市松屋町十一番地に設置せしが、明治十五年二月五日、中新町二十四番地に移転せり、然るに二十四年十月二十八日大震災あり、尋で火災を起し市の大部分を焼燼したる際、当行も亦不幸にして其厄に罹れるを以て、取敢へず市内小熊町十六番戸に開店し、且速に松屋町壱番戸に店舗を新築し、周年十一月十三日移転せしも、畢竟災後応急の工事にして時運の趨勢と業務の発展とに伴ふ能はず、間もなく狭隘不便を感ずるに至りたるより、更に中竹屋町に地を卜し、土蔵造二階建の新築を企画し、二十六年十二月工事に着手し、二十九年三月十日竣工移転の式を行へり、現今の営業所即ち是れなり
      支店
当行は業務の発展に伴ひ漸次支店を設け、又他の銀行と合併したる結果支店として存続したるものありて、現今十一ケ所あり、其名称所在地及設立年月日を挙ぐれば左の如し

  名称     所在地        設立年月日
 富茂登支店  岐阜市富茂登玉井町  明治三十年十月十一日
 加納支店   稲葉郡加納町     明治三十一年八月一日
 太田支店   加茂郡太田町     明治三十一年八月廿一日
 北方支店   本巣郡北方町     明治三十一年八月廿五日
 上加納支店  岐阜市上加納神田町  明治三十五年三月十八日
 犬塚支店   本巣郡西郷村犬塚   明治三十九年九月六日
 上有知支店  武儀郡上有知町    明治三十五年九月十六日
 長良支店   稲葉郡長良村     明治三十六年七月十日
 小熊支店   岐阜市小熊金屋町   明治三十七年四月一日
 笠松支店   羽島郡笠松町     明治三十七年四月一日
 中津支店   恵那郡中津町     明治三十九年三月一日

    ○資本金
当行の資本金は創立当時は金五万円なりしが、翌十一年七月金拾万円
 - 第5巻 p.316 -ページ画像 
に、十四年十月金拾五万円に、十六年四月金弐拾万円に増資し、二十九年十二月国立銀行営業満期となり私立継続の際金壱百万円に増資せり、其後三十六年七月株式会社岐阜銀行並に株式会社岐阜倉庫銀行と合併に因り金壱百拾七万円となり、更に三十七年七月株式会社濃厚銀行と合併に因り金壱百五拾万円即現今の資本額に増大せり
    ○積立金
当行の積立金は明治十一年一月は金五百円、廿一年一月には金六万弐百六拾五円、廿九年七月には金捨五万八拾参円となりしが、同年十二月国立銀行営業満期となり、私立継続の際此積立金の大部分を増資払込金に充当せしため、三十年一月は金壱千六百弐拾弐円となり、爾来漸次増加して四十年七月には金弐拾壱万五千円(配当平均準備のため積立たる金弐万円を合算す)となれり
    ○合併
明治三十六年株式会社岐阜銀行及株式会社岐阜倉庫銀行と当行との間に合併に関する交渉開始せられ、双方調査の上四月十九日株式臨時総会《(主)》に於て異議なく合併の決議を為し、七月一日両行に属する一切の権利義務を承継せり、翌三十七年株式会社濃厚銀行と当行との間に合併談起り、前同様の手続に拠り七月一日合併を遂行せり
    ○代理事務
当行は日本銀行の代理店として損傷紙幣交換に関する事務並に国庫金国債に関する事務を取扱ふ外、尚数種の代理事務を取扱ふ
明治二十七八年日清戦役及明治三十七八年日露戦役のため政府に於て内国債を募集する事前後九回、当行は本支店共毎回之れが募集に努力し、佳良なる成績を収め得たり
    ○預金及貸出金
当行の預金及貸出金は各位の同情と眷顧とに由り著しく発達せり、即ち左の如し

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  時期    預金勘定         貸出金勘定 第一期      二七、〇五一 円    四七、四二六   明治十年下半季末 第二期      六四、三二〇     一五五、九八一   明治二十年下半季末 第三期     七五六、七七二     四八四、六二三   明治三十年下半季末 第四期   二、五〇二、〇一一   三、一四六、六〇三   明治四十年上半季末 



右表に依れば預金勘定に於て第二期は第一期の約二倍半、第三期は第二期の約十二倍、第四期は第三期の三倍余に達し、更に第一期に比較すれば約九十三倍に上れり、又貸出金勘定に於て第二期は第一期の三倍余、第三期は第二期の三倍余、第四期は第三期の六倍半に達し、更に第一期に比較すれば約六十七倍に上れり
    ○金銀出納高
金銀出納高の四期に於ける一ケ年合計額は左表○次頁右表の如し
即ち第二期は第一期の約三倍半、第三期は第二期の四倍余、第四期は第三期の十一倍に達し、更に之を第一期に比較すれば百六十一倍に増
 - 第5巻 p.317 -ページ画像 
大せり

図表を画像で表示--

  時期     金銀出納高 第一期    二、五二一、二〇八 円  明治十一年一ケ年 第二期    八、七五七、一二二    明治二十年一ケ年 第三期   三六、四六八、九八一    明治三十年一ケ年 第四期  四〇六、三四九、六三六    最近卅九年下半季                       四十年上半季                     一ケ年 



    貸借対照表 明治四十年六月三十日現在

図表を画像で表示貸借対照表 明治四十年六月三十日現在

        資産之部                       負債之部 諸貸出金       三、一四六、六〇三・一一〇   諸預金         二、五〇二、〇一二・七四八 有価証券         六九九、六九八・一九〇   支払手形          三五〇、〇〇〇・〇〇〇 他店ヘ貸         一一九、四二八・一九〇   他店ヨリ借         一四〇、九二八・七七〇 払込未済資本金      五四五、〇〇〇・〇〇〇   未払利息及未経過割引料    四三、一一六・二九〇 営業用地所家屋及什器    四一、二二五・〇〇〇   支払未済割賦金            七七・六六八 質物流込物件        四一、九二七・〇〇〇   資本金         一、五〇〇、〇〇〇・〇〇〇 建築費            一、二二〇・三三〇   積立金           一八〇、〇〇〇・〇〇〇 金銀有高         二一九、五六四・〇二五   配当平均準備金        二〇、〇〇〇・〇〇〇                            前期繰越金及当期利益金    七八、五三〇・三六九 合計         四、八一四、六六五・八四五   合計          四、八一四、六六五・八四五