デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治25年9月22日（1892年）

東京銀行集会所ヲ代表シテ伯爵松方正義・大蔵大臣渡辺国武ヲ帝国ホテルニ招宴シ、前者ノ在任中ノ厚情ヲ謝シ、後者ノ新任ヲ祝ス

集会録事　自明治二十四年一月至明治二十五年十二月　　（東京銀行集会所所蔵）
　　　　○第百二十五回定式会議録事
明治二十五年九月二十二日午後五時ヨリ松方伯・渡辺大蔵大臣ヲ帝国ホテルニ招待シテ宴ヲ開キ、来賓ニハ川田日本銀行総裁、与倉・三野村両理事（田尻大蔵次官・松尾主計局長・加藤主税局長・鈴木監査局長・谷・添田両秘書官ハ事故又ハ病気ノ為メ不参）ニシテ、東道ニハ渋沢委員長、園田・西邑・安田・山中等ノ委員ヲ首メ、同盟銀行総員五十三名ナリ
此開宴ニ先タチ、渋沢委員長ハ同盟銀行定式会議ヲ開キ、信濃銀行東京支店同盟請求ノ可否ヲ問ヒ、敢テ異議無キヲ以テ加盟ヲ承諾スヘキ事ニ決セリ
次ニ渋沢委員長ハ来賓諸氏ヲ食堂ニ延キテ之ヲ款待シ、宴酣ナルニ当リ、渋沢委員長ハ起テ同盟銀行一同ニ代リ、開宴ノ趣旨ヲ陳述スルコト左ノ如シ
今夕銀行集会所同盟銀行カ松方伯爵渡辺大蔵大臣両閣下ヲ招待シテ此ニ小宴ヲ開キシ所以ヲ一言陳述セント欲ス
松方伯ニ対シ、我々銀行者ハ十数年来ノ高情ヲ辱フシタリシニ、今其職ヲ去ラレ、又新大臣閣下ニハ将来銀行ノ営業ヲ管理セラルヽ事、尚松方伯ノ如ク親愛セラルヘキヲ以テ、其旧ヲ謝シ新ヲ祝セントシテ玆ニ此宴ヲ開キ、幸ヒニ両閣下及其他ノ貴賓ノ賁臨ヲ辱フシタルハ、同盟一同欣喜ノ至リニ堪ヘサルナリ
松方伯ト我々銀行者ノ間柄ハ従来頗ル密接ノ関係アリシモノナリ、如何トナレハ伯ハ明治初年ヨリ理財ノ職ニ就カレ、特ニ銀行営業ノ監督
 - 第6巻 p.307 -ページ画像 
ニ於テハ厚ク意ヲ注カレタレハナリ、抑モ伯カ在職中財務ヲ処理セラルヽニ付テ、治績ノ多キト勲功ノ高キハ、今更我々ノ喋々ヲ俟タスシテ世自カラ定論アリ、故ニ今我々ハ伯カ我銀行ニ施サレタル偉勲ノミニ付テ云ハンニ、明治九年国立銀行条例改定以来、銀行ノ創立続々トシテ多ク、紙幣増加シ、加之十年ニ西南ノ変動アリテ、為メニ不換紙幣ノ発行巨額ニ上リ、終ニ十二年ヨリ銀紙ノ間ニ価格ノ差違ヲ生シ、十三四年頃ニ至リ益甚シク、日本ノ財政ハ殆ント乱麻ノ如クニシテ、今ヨリ之ヲ回想スルモ、実ニ危殆ノ状況ナリシ、我々ハ当時如何ニシテ之ヲ挽回スヘキヤト、憂慮措ク能ハサリシニ、折柄伯ハ大蔵卿ニ任セラレ、此紙幣処分ハ、要スルニ通貨ヲ減却シテ正貨準備ヲ置クニアリトノ卓見ヲ以テ、漸次其方針ニ拠リテ之レカ回復ヲ計リ、遂ニ明治十九年ニ至リ、全ク之ヲ整理シタルハ、実ニ偉大ノ事業ニシテ、我々ハ当時聊カ微意ヲ表セン為メ、伯ノ功労ヲ頌セシ事アリ、其他公債ノ整理・租税徴収法ノ改良・日本銀行ノ創設・国庫金出納法ノ整理等、功績ノ多キハ一々枚挙ニ遑アラス、殊ニ我々銀行営業上ニ付テハ、誠実ノ意ト友愛ノ情トヲ以テ、常ニ誘導訓諭セラレタルハ、我々カ忘レント欲シテ忘ルヽ能ハザル所ナリ
然ルニ今伯カ職ヲ去ラレシハ、如何ニモ慕情ノ切ナルニ堪ヘザレトモ、翻テ考フレハ、伯ノ後任タル渡辺君ハ長ク伯ト共ニ財務ノ職ニ当リテ、伯ノ意見ヲ協賛補翼セラレタルコト尠ナカラサルヘシ、而シテ其主義方針モ伯ト同一タルヘケレハ、将来施為セラルヘキ財務モ亦伯ト大差ナカラント想像スルヲ得ヘシ、果シテ然ラハ政治上ノ松方伯ヲ失ヒシモ、経済上ニ於テ大理財家タル松方伯ヲ得タルモノト云フヘクシテ、結局我々ノ社会ヲ利スルコト尠少ナラサルヘシ、蓋伯ハ二十年来日本ノ財務ニ付テ実験ト考案トニ富ムヲ以テ、向後事大小トナク訓誘補導ヲ請フヲ得ヘシ、是ニ於テ乎我々ハ伯ニ対シ、慕情ノ切ナルニ換ヘ、前途更ニ欽望ニ堪ヘサル者有ルヲ以テ、伯ヲ政治社界ニ送リテ経済社界ニ迎フル者ト云ヘシ、因テ玆ニ伯カ従来ノ厚眷ヲ謝シ、併セテ新大臣ノ栄任ヲ祝センカ為メ、聊此蕪辞ヲ呈ス、諒納セラルヽヲ得ハ幸甚シ
此ニ於テ松方伯ハ左ノ答辞ヲ述ヘラレタリ
諸君、本夕ハ此盛宴ニ款待ヲ蒙リ、誠ニ歓喜ニ堪ヘス、殊ニ渋沢君ヨリ懇篤ナル謝詞ヲ述ヘラル、余敢テ当ラスト雖、今夕ノ厚待ト共ニ辱ク之ヲ領シ、諸君ニ対シテ鳴謝スヘシ
今渋沢君ノ演説ニテ、今後経済社会ノ松方ハ互ニ賛助スル所アルヘシト云ハレタルハ、余ノ最モ企望スル所ナリ、且夫我経済社会ハ尚幼稚ニシテ前途甚タ遼遠タルモノナレハ、余ハ愈以テ理財上ニ尽サント欲スレハ、其朝ニアルト野ニアルトニ因ラス、諸君ハ相提携シテ日本ノ富力ヲ増進セシムルコトニ益尽力セラレン事ヲ企望スルニ堪ヘス、且ヤ近ク日本ノ理財上ニ在テ一難問題アリ、是諸君モ知ル如ク彼銀貨下落ノ事ナリ、銀ノ下落ハ銀貨国ニ在テ実ニ困難ナル者ニシテ、況ヤ此事タル方今世界ノ一大問題ナレハ、独我ニ於テ如何トモスベカラサレトモ、我邦ハ尤モ緊切ノ関係有ルヲ以テ、充分ノ審案ヲ要セサルヘカラス、蓋此銀貨ノ下落ハ明治九年自来漸次低落セシモノニシテ、遂ニ
 - 第6巻 p.308 -ページ画像 
今日ニ及テハ金一銀二十以上ニ至レリ実ニ非常ノ低落ト云フヘシ、啻ニ今日ノ非常ナルノミナラス、自今以後尚低落シテ幾許ニ至ルヤ亦知ルヘカラス、誠ニ痛心ニ堪ヘサル所ナリ、然而シテ其世間ノ査スル所ニ拠レハ、七八年以来世界ノ銀ノ産出高ハ年々増加スレトモ、金ニ至テハ増加セス、今日米国ノ貨幣問題ニシテ英国若シ金銀両本位ヲ用フレハ、我邦ハ実ニ僥倖ナリト雖此事到底行ハレサルカ加クナレハ、我邦ハ今ヨリ此案件ニ付、充分諸君ノ審査有ランコトヲ望マントス、次ニ今日ノ銀行制度ハ日本銀行・国立銀行・私立銀行等ニヨリ、農工商一般ノ金融ニ利スル所有リシハ実ニ浅少ニアラサレトモ、世運次第ニ分業ニ進メハ、今日農工ニ要スル金ハ特ニ興業銀行ヲ設立シテ之カ媒介ヲ為シ、商工相対シテ以テ金融ヲ至便ナラシムヘシ、計若シ此ニ出テス現今組織ノ銀行ニシテ商工共ニ之ニ依ルトキハ、大ニ危険ヲ生スルノ恐レアリ、試ニ商業銀行ト興業銀行トノ組織如何ヲ言ヘハ、例ヘハ商業銀行ハ貸付ヲ為スモ三ケ月若クハ半ケ年ノ期ニシテ、最活溌機敏ノ運動ヲ要スレトモ、興業銀行ハ其資本需用者ニ於テ一年又ハ二年ノ間ニハ其利ヲ見ル能ハサレハ、或ハ年賦貸ヲ為ス事ナシトセス、両者此ノ如ク同シカラサルヲ以テ、今日之ヲ設立セサルモ早晩其必要ヲ感スルニ至ラントス、今日此盛宴ニ列セシヲ幸ヒ、諸君ノ熟考ヲ望ミ、敢テ之ヲ答辞ニ代ヘントス、諸君希クハ諒セラレヨ
次ニ渡辺大蔵大臣ハ左ノ答辞ヲ為セリ
今夕貴招ニ依リ、親シク諸君ト会合ヲ得、且渋沢君カ懇篤ナル演詞ヲ領シ感謝ニ堪ヘス、余モ新任以来嘗テ諸君ト一会ヲ得、以テ互ニ胸襟ヲ被キ所見ヲ吐露スヘキノ機ヲ望ミタリシカ、今夕此款待ニ当リ、何ノ幸カ之ニ如ン、因テ此ニ一言ヲ呈シ諸君ノ厚誼ニ答ヘントス、凡天下ノ災禍ハ多ク官民ノ意見情実ノ通セサルヨリ生スルモノナリ、而シテ予ハ財務上殊ニ諸君ト密接ノ関係ヲ有スレハ、将来諸君ノ意見ハ之ヲ腹蔵セス陳述セラレン事ヲ望ム、予モ事機密ニ関セサル限リハ協議スル所アルヘシ、官民情実ノ融解開通ヲ計ルハ最モ今日ノ急務ナレハ聊之ヲ陳ヘテ以テ謝辞ニ代ント欲ス
右畢テ盛酌壮談数刻ノ後、午後十時下閉会セリ
　　　　　　　　当日来賓
　　　　　　　　　　　　　　　　松方伯爵
　　　　　　　　　　　　　　　　渡辺大蔵大臣
　　　　　　　　　　　　　　　　川田日本銀行総裁
　　　　　　　　　　　　　　　　与倉同理事
　　　　　　　　　　　　　　　　三野村同理事
　　　　同盟銀行出席者
　　　　　　　　　第一国立銀行　渋沢栄一　○外五二名氏名略
　　○明治二十七年七月二十三日ノ演説「国立銀行ノ沿革大要」ニヨレバコノ日栄一等ハ営業満期国立銀行処分方法ニ関シ懇談シタルナリ。

東京経済雑誌　第二六巻第六四三号・第四九〇頁〔明治二五年一〇月一日〕
　　○京浜同盟銀行員新旧大蔵大臣を饗す
兼て報道せし通り京浜同盟銀行員は去る廿二日帝国「ホテル」に於て一大盛宴を張り、新旧大蔵大臣を饗応せり、渋沢栄一氏同盟員一同に
 - 第6巻 p.309 -ページ画像 
代り演説して曰く
　　○前掲栄一ノ演説ノ概略ニ付略ス。
旧大臣松方伯謝辞を述て曰く
　　○前掲松方伯ノ演説ノ概略ニ付略ス。
次きに新大臣渡辺氏も亦謝辞を述べ、夫より談笑を移して九時頃散解せりと云ふ