デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第6巻 p.373(DK060102k) ページ画像

明治27年8月15日(1894年)

是ヨリ先、日清戦争勃発ス。是日、栄一銀行業者ノ自重ヲ要望ス。


■資料

集会録事 自明治二十六年一月(DK060102k-0001)
第6巻 p.373 ページ画像

集会録事 自明治二十六年一月  (東京銀行集会所所蔵)
    ○第百四十四回定式集会録事 ○明治二七年八月一五日
次ニ渋沢氏ハ今回日清開戦ニ付、今後如何ニ其局ヲ結フヘキヤ甚タ憂慮ニ耐ヘサル処ナリト雖、差向我経済社会ニ及ホス影響ニ至リテハ極メテ大ナルモノアリ、殊ニ我々金融ノ衝ニ当ル銀行者タルモノハ、特ニ慎重警戒ヲ加ヘ、勉メテ我実業社会ノ秩序安寧ヲ維持スルト共ニ銀行ノ安全ヲ守ラサルヘカラス、而シテ其方針ニ就テハ可成其揆ヲ一ニシ、緩急其宜シキヲ制セサルヘカラサルナリ、若夫不幸ニシテ一旦恐慌ヲ惹起スルカ如キコトアルトキハ、如何ナル結果ヲ生スルモ測知スヘカラサレハ、充分ニ注意ヲ加ヘ斯ル危険ヲ避クルノ途ヲ講セサル可カラス、爰ニ適例ヲ挙クレハ、当時各銀行ノ抵当ニ取リ置ク公債証書株券等ノ下落ハ実ニ非常ナリシヲ以テ、俄ニ之レニ驚キ、負債者ニ対シ急劇ノ返金若クハ増抵当ヲ促ストキハ、忽チ市場ニ恐慌ヲ来シ、安全ナル経済社会ノ秩序モ遂ニハ此恐慌ノ為メニ破ラレサルヲ得サルニ至ルノ恐レアルモノナリ、故ニ此際我々銀行者ハ互ニ注意シテ緩急其宜キヲ得ルノ方針ヲ一定シタシ、尤モ其信用ノ程度及場合ニ依リテハ其処置ヲ異ニセサルヘカラサルノ事情モアルヘシト雖、我同盟銀行ハ前述ノ方針ヲ以テ実業社会ノ秩序ヲ保タンコトヲ希望スト各位ノ意見ヲ問ヒシニ、全会一致大ニ賛同ヲ表シ各自之ヲ遵守スヘキ事ニ決セリ右会事畢リ晩餐ノ後同九時下退会セリ
      当日出席者
         第一国立銀行   渋沢栄一 ○外三〇名氏名略


渋沢栄一書翰 伊藤博文宛(明治二七年)九月八日(DK060102k-0002)
第6巻 p.373 ページ画像

渋沢栄一書翰 伊藤博文宛(明治二七年)九月八日 (伊藤公爵家所蔵)
粛啓、然者過日昇堂之際申上候軍費醵金之義ニ付、至急拝謁之上賢慮奉伺度候間、明九日朝之中寸間御繰合被成下度候、就而ハ兎ニ角永田町御官舎ヘ参上可仕候得共、もし伊皿子御邸ヘ罷出候而宜敷哉、可相成ハ電話なりとも一寸御指命被下度、此段書中拝願仕候 匆々頓首
  九月八日
                     渋沢栄一
    伊藤伯爵閣下
  ○日清戦争軍事公債募集ニツキテハ関東銀行会同年八月二十三日ノ項参照。