デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第7巻 p.28-38(DK070004k) ページ画像

明治40年5月23日(1907年)

銀行倶楽部第五十九回晩餐会開カレ、来賓トシテ大蔵次官若槻礼次郎、日本銀行副総裁高橋是清等出席ス。栄一一場ノ挨拶ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK070004k-0001)
第7巻 p.28 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年
五月二十三日
午後五時銀行集会所ニ抵リ、若槻氏送別会ニ出席ス、食卓上一場ノ挨拶ヲ為ス


銀行通信録 第四三巻第二六〇号・第八二八頁〔明治四〇年六月一五日〕 銀行倶楽部第五十九回晩餐会(DK070004k-0002)
第7巻 p.28-29 ページ画像

銀行通信録 第四三巻第二六〇号・第八二八頁〔明治四〇年六月一五日〕
    ○銀行倶楽部第五十九回晩餐会
銀行倶楽部にては五月二十三日午後五時より今回欧米へ出発の若槻大蔵次官、森同書記官及び過般欧米より帰朝の高橋日本銀行副総裁、深
 - 第7巻 p.29 -ページ画像 
井同行秘書役並に横浜正金銀行紐育支店長今西兼二氏を招待して第五十九回会員晩餐会を開き、晩餐後早川委員長の挨拶に引続き若槻大蔵次官及高橋日本銀行副総裁の演説あり、最後に渋沢男爵より一場の挨拶を為し、夫より別室に移り、各自歓談の上午後九時散会せり


銀行通信録 第四四巻第二六一号・第二四―二五頁〔明治四〇年七月一五日〕 銀行倶楽部晩餐会に於ける演説(五月二十三日)(DK070004k-0003)
第7巻 p.29-33 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

銀行通信録 第四四巻第二六一号・第一八―二三頁〔明治四〇年七月一五日〕 北米合衆国経済界の変動(銀行倶楽部晩餐会演説) 日本銀行副総裁高橋是清(DK070004k-0004)
第7巻 p.33-38 ページ画像

銀行通信録  第四四巻第二六一号・第一八―二三頁〔明治四〇年七月一五日〕
    ○北米合衆国経済界の変動 (銀行倶楽部晩餐会演説)
              日本銀行副総裁  高橋是清
会長閣下並に諸君、今般若槻次官が財務官として海外に出張せらるゝ其送別の宴を設けらるゝ際に当り私が帰朝致しまして此席に列なるやうに御案内を辱う致しまして罷り出でました、斯の如き盛会は未だ嘗て此楼に於て私は見受けませぬ、誠に難有仕合せでございます、且つ先刻会長より御親切なる御言葉があり尚御褒に預つた訳でありますが決して私はそれには当らぬので(ノウノウ)併し私に対して深き同情を持たれることに対しましては感謝の外はありませぬ、何か海外の事を述べるやうにと云ふ御指図でありますけれども一寸私の柄にないことを申上げるやうでありますが、実は少し健康を害して居ります、記憶は無くなる、過ぎたことは忘れてしまふ、先のことは見えぬと云ふ有様になつて居ります、それに向つて何か言へと云ふことは少しく無理な御注文であります、併し唯だ御礼のみ言つて済ませる訳にも平素諸君の友情に対していかぬと思ひますから、先づ忘れた所を幾らか此処で考へ出して御話を致さうと思ひます、併し余り長くなりますと明日御出発の諸君の御妨げになると思ひますから成るべく短かく御話を致
 - 第7巻 p.34 -ページ画像 
します
何が興味があるかと申しますと私があちらに昨年の九月出立した以来、亜米利加の経済社会の変動、其遷り変つた有様を申上げたならば余程我国の数月前からの経済社会の実況に似て居る事がありますから或は諸君に対して興味のある御話かと思ひましてそれを先づ申上げます、昨年九月立ちまして十月の初めに倫敦に着きまして数日の間に英蘭銀行の利息が四分から五分に騰つた時であります、北亜米利加の事情を申上げますのには少し亜米利加の経済社会が其前どう云ふ有様であつたかと云ふことを御話しなければならぬ、実は御隣に長らく紐育の正金銀行の出張所長をして居る人を据えて置いて私が僅に亜米利加を通過して見たことを御話すると云ふのは少しおかしいやうであります、併し私が倫敦に居つて観察した所を申上げまして、若し間違つたことがありましたならばどうか御遠慮なく御隣から正して戴きたい
抑々亜米利加は御承知の通り総て自由競争、優勝劣敗の行はるゝ所でありまして御承知の如く総て「トラスト」の組織に依り資本の力を以て事業を合同して専売の風を形造ると云ふのが彼処の有様である、而して鉄道の合併と云ふことが最も盛に行はれた、此鉄道事業は亜米利加に於ては最初極く不安全なものである、鉄道の株券は安心がならぬと云ふ時代があつた、それは先づ鉄道を起す、競争線が忽ち出来る、運賃の競争が始まる、中には唯乗つて貰ふばかりではいけぬから、乗つて呉れた御客様に何か飯でも食はせると云ふまでに甚しき競争が起つて、それで倒れるものは倒れ、力の有るものは残る、さうして倒れる方の鉄道会社の株券と云ふものは殆ど反古同様な安いものになるので、それを力のある者が買集めて、さうして其線路に改良を加へて運搬の効力を増して直に立派な鉄道にして、其株券を高くして之を広く一般人民に持たせる、一口に申せば金持が反古同様になつた株券を買取つて是に改良を加へて良いものとして之を高くして一般公衆に持たせるさうして金持は益々金を儲ける、亦鉄道株券を持つた公衆も相当の配当を受けて、鉄道の株券と云ふものは先づ確かなものであると云ふ時代になつて来た、鉄道が其通り改良せられ、運搬の力を増し時間を減らして路は近くなると云ふことになつて来たから、随て土地の物産の発展に大なる助けになる、今迄物を作つても運搬の便利が悪く、運賃が高いために土地が豊饒であるけれども作物を売出す便利が無い売出しても間に合はないと云ふやうなものが、交通機関が十分に発達した為に其土地を忽ち人が往つて拓く、物産が起る、詰り交通の便が宜しくなるに従て彼の国の物産の発達が大なる速力を以て進んだ、それで従来は独り金持のみならず良い鉄道会社が自分の会社の資本を以て悪い鉄道会社の株を買取り、而してそれを改良して親鉄道会社と同じやうな価を以て売るさうすると会社自らも儲かり従て配当も多くなると云ふ順序で来ました所が、昨年初めからソロソロ今の大統領が資本家の勢力を暴用することに反対して第一「スタンダード」の攻撃が始まつた、引続いて鉄道の攻撃が始まると云ふ噂が世間に起つて来て少しく不安の念を懐かしめた、それと同時に此鉄道の発達が因となつて物産が起り、それが亦因となつて外の事業を起すと云ふやうに、互
 - 第7巻 p.35 -ページ画像 
に交通の便が宜くなるのと物産が起るのと因となり果となつて事業の隆盛と云ふことが起つて来た、亜米利加では仏蘭西などと違つて金を貯める者は重もに商売人であります、不断商売人が十万円の収得のある者は生計のために六万円を費やし、あとの四万円は公債を買ふとか、或は株券をもつとか銀行に唯だ金を預けて置いても利息が安いから何か利廻りの宜い確実なものに放資する、即ち亜米利加で金を貯めるものは、商工業者に多くある、仏蘭西では農民に多くある、それで米国では数年前から引続き景気がよかりし為め自然株券類の価が高くなりまして、既に一昨年二月私がこちらを立つて亜米利加に着いた時に主なる理財家は亜米利加の株が段々高くなつて来たが、是ももう殆ど絶頂に達したらう、もう数箇月にして下落が来るかも知れない、さうすると人気が悪くなるから日本の公債を起すなら其反動の来る前にやつたら宜からうと忠告を受けた位、それが即ち第一回の四分半利付の三億の公債を起した時であつた、然るに予期に反して一向其反動が来ない、のみならず商工業が盛である、其源は亜米利加の農産物が数年続いて豊饒であつた其結果として内地の事業の起るために製鉄所、器械製造所、食物の製造所、総てのものが盛になる一方で、従て平生から公債証書とか或は株券とか云ふものを買ふべき人達が、己れの商売の資本を増して事業を拡張して往かなければならぬから、其方へ平日なら有価証券に代る金を資本に継ぎ足して己れの一箇年の儲けを資本に足して、尚それで満足せずに融通の出来る限は金を借りてまで資本を増して総のものを拡張した、それ故に持つて居つた有価証券は之を売つて資本にし、其他融通の利く丈は銀行からも借りて資本を増して事業を拡張した、そこで昨年の暮、鉄道会社の重なる者が己れの持つて居る鉄道株は収益が多くなつたら従前の通り公衆が買つて行くだらうと思つて居つた所が、一方では商売人は自分達の仕事に金が要るので其株券を買ふといふ余力がなくなつた、殊に大統領の政策は「トラスト」征伐にあると云ふ所から、将来鉄道がどうなるか判らぬと云ふので少し嫌気を生じて来た、然るに鉄道会社は其株券を握つて居る、或は金持が握つて居つて鉄道会社は日に日に補修、改良、延長或は新設等に金を入れて行かなければならぬ、金を入れて行かなければ他と競争して十分に自分の方に利益を挙げて行くことが出来ぬ、少し怠たれば直ちに収益が減る、故に収益を殖して続いて之を維持して行かうと云ふには矢張鉄道会社は金を使つて行かなければならぬが、さて自分の国で其金が得られない、自分の国で得られなかつたからして欧羅巴の金利の高いにも拘はらず、最良の鉄道会社が五分利付で三箇年の証券を売出した、是はなぜかと云ふと金利が高いから長い債券を今出すのは不利益である、三箇年にして置いて他日金利の安くなつた時に之を長い期限の債券に替えやうと云ふ積りで、五分三箇年とした、併しながら先づ手取が放資する人に向つては五分五厘乃至六分近くに廻る位の割合にして売出した、それを何処に売出したかと云ふと専ら仏蘭西に売出した、而して仏蘭西はどうかと云ふと、予て独逸や倫敦へは巨額の金を出して運用して居る、仏蘭西も自分の国の金貨や金塊を出すと云ふことは禁物であるから亜米利加へ出すものは皆倫敦へ融通
 - 第7巻 p.36 -ページ画像 
して居つた所の金で支払つた、そこで亜米利加では国に金貨金塊が入用だから遠慮なく――倫敦は金銀出入自由の市場であるから倫敦から之を引出す、そこで倫敦でも之を喰止める為にどうしても金の他所へ出ることを防ぎ、且つ他所から金貨金塊の来るやうにと云ふので、遂に英蘭銀行も六分まで利息を上げなければならぬといふことになつた平日ならば英蘭銀行の利息が五分になつて三週間乃至一箇月続いたならば金の出るのが止つて、他から金の這入つて来ると云ふのが是までの経験であつた、然るに今度はさうはいかない、五分で尚防ぐことが出来ずして六分まで上げた、其上に成べく亜米利加の融通手形を排斥して銀行者が一致して英蘭銀行の金準備の減らぬやうに努めた、そこで亜米利加はどうなつたかと云ふと、金を取つて来れば益々亜米利加の債券やら鉄道株券やらが不人気となつて、倫敦にあるものを亜米利加に持つて来て却て逆に売られるといふのはなぜかといふと、外国から金を引取る力を持つときには亜米利加の為替相場と云ふものが上るそこで倫敦の金が安くなる亜米利加の金が高くなるから、倫敦にある有価証券を亜米利加に持つて行つて売るに便利となる、そこで亜米利加が仏蘭西から金を取出せば仏蘭西では米国の手形を割引しない様になる、又倫敦でも銀行者は彼処の得意の関係から仏蘭西の如く亜米利加の融通手形と商売から成立つ手形を区別して、融通手形には高利を貪つてやるといふことには往かない事情があつて、余程困つたけれども、それは又それこそ挙国一致で其英蘭銀行の金準備を殖やさなければ、内地の商工業が沮喪して困るから、皆そこに心を併せて働いたからして、亜米利加の融通者に向つては高い利息、即ち倫敦市場では七分乃至七分五厘で銀行が融通して居る、之を取次ぐ仲買人は亜米利加に向つては私の覚えて居る所では一割二分まで取た事がある、さういふ訳になつたものですから亜米利加もこれは堪らぬ、金を持つて来る借りた金にしろ此方の金だから自由に持つて来る、持つて来れば亜米利加の株券や何かゞ益々不人気となつて、さうして外に出て居る亜米利加の株券が却て紐育に戻つて来るから自分の方の救済にはならないそこで遂に三月十四日の彼の大下落が来た、本年の三月十四日の亜米利加の鉄道株――重なるものは亜米利加では鉄道株と製鉄会社の株です、是等は二割から三割迄一日に下つた、全体の鉄道株の下つたのが日本の金にして二億円以上一日に下落した、と云ふ其時には倫敦でも斯の如く「パニック」が起つた以上は必ず紐育の銀行者が手傷を負うて、破産者が出るであらう仲買人の中にも倒れる者が起るだらう、其関係が倫敦の銀行、倫敦の仲買人に及び、又其影響が巴里にも及び如何なることになるか判らぬと大に心配した所が、翌日の亜米利加の電報は銀行として一も破産者がない取引所の決済も円滑についた、唯倫敦などに余り名の知れない仲買人が一二人困難だといふ位、実に亜米利加は投機心ばかり盛で困る困るといふて悪口を言つて居つたが、倫敦の経済社会の人々が、其時は却て亜米利加に対して信用を増した、全く投機ばかりして居つた亜米利加だと思つたら、存外堅固であつて斯の如き困難に出会つても銀行者に破産者も生ぜず名のある仲買人に困つたといふ者もない、取引所に混雑が起つて取引が出来ないと云ふ
 - 第7巻 p.37 -ページ画像 
やうなこともない、其訳は後に私が倫敦を立つて紐育へ来て聴いて見たのでありますが、其間に救済論といふものが起つて居る、御承知の通り紐育では一時は年三割以上の利息になつて居る、そこで救済を仰ぐのに亜米利加ではもう他国から金貨金塊を引入れることが出来ぬ以上は、中央政府即ち亜米利加の政府が国庫金として持つて居る所の金を出して貰ふより外に道はない、紐育では僅か三千万五千万の金貨が来さへすれば此金融の逼迫は救はれると云ふ場合に於て、亜米利加の国庫には二億円余の金を唯積んでしまつて居る、それをどうか出して貰ひたい、亜米利加の大蔵大臣もそれは能く救済の必要は知つて居るけれども一二度出して見た所が、其救済が事実商売工業の方の金融逼迫を助くるといふ方に向はずして動もすれば投機者の助けとなつて、大蔵大臣が金を出すと直ちに株が取引所で騰る、そこで投機者のための救済は一文たりともせぬ、実業者、農業者、商売人が困るといふならば救はなければならぬけれども投機者といふものゝ救済は国家として必要はない、然らば是は何処に区別を置いたら宜しいか、即ち銀行者の遣方にある、銀行者が挙つて投機者の為めに融通をせぬといふ覚悟をせぬければ救済はしない、之は亜米利加政府の大蔵大臣の決心であつた、そこで銀行者も投機者に向つては三割、三割五分といふ高利を取り、さうして十分な抵当を取らなければ貸さぬといふ傍に農業者工業者、商売人に向つてはまさかさうは言はない、さうせねば世界中に紐育市場の信用と云ふものを失つてしまふ、亜米利加の金融会社と云ふものは恰も投機者が左右して居るといふやうなことになつては、各国に対して亜米利加の理財上の信用を失ふからといふので、銀行者が互に注意して明かに其区別を立てた、さて其一日の間に鉄道株ばかりでも二億円以上暴落したにも拘はらず、銀行者に破綻もなし、仲買人に戸を閉めた者もないと云ふのはどういふ訳であつたかといふことを私は今度調べて見た、さうしますと銀行者は株券、有価証券に対して金を貸すのに少くとも三種類位取交ぜなければ抵当に取らない、如何なる堅固なる鉄道会社の株券と雖ども、其一会社の株券を持つて来て十万円の金を貸せといつても貸さない、十万円の金が欲しいならば其鉄道会社の株を三分の一、製鉄所の株を三分の一、公債を三分の一といふやうに三種類のものを集めて十万円の抵当に十分なりといふことでなければ金の融通はしない、而して其株券は時価の七掛以上は取らない、若し七掛を少しでも越せば直に増抵当を入れさせる、七掛といふのがもう極度である、銀行の貸出はさういふ理屈になる、それから又仲買人はどうであるかといふと、仲買も客から現金若くは有価証券で証拠金を取る、それでも矢張銀行のやる通りで時価七掛より余計は取らない、仲買の店に行つて見ると大きな仲買人は場が立つとそれが電信で以て自分の店へ通じ、細い紙に相場附が表はれて来るやうに出来て居る、そこにチヤンと掛りがあつて自分の得意先の帳面がある得意先から有価証券なり現金なり這入て居ればそれだけの信用を帳面の上で与へて居る、さうして得意が注文して買つた所の高が幾ら、それが今相場と較べると損がどの位になつて居る、此方に預つて居る価格が幾らといふことを専門にそればかり注意して少しの鞘でも違つ
 - 第7巻 p.38 -ページ画像 
て来ると支配人に注意する、支配人は直に増抵当を入れさせる、然らざれば処分してしまふといふので実に厳重に行つて居る、それが詰り三月十四日の「パニック」に当つて怪我人がなかつた所以で不断商売の遣方が堅固であつたのだ、それ故に予て倫敦あたりで亜米利加は唯投機心のみだと思つて居つたのは過ちであつた、如何にも国が大きい国が富んで居るさうして経済の取方も思つたより余程堅固であつたといふて信用を増した、今日亜米利加の金融はどうであるかといふと成程農産物が一旦出てしまつて今は地方に金の要らぬ時であるから金融は稍々緩い、緩いが随分商売上の取引から起る所の手形の割引の歩合といふものは二分半位の利息で遣つて居るが、所謂融通上の金、即ち重に投機者などが使ふ金は今日でも五分、六分を取つて居る、そこで我国の銀行もです抵当の取方は種類を交ぜてゞなければ取らぬ、一のものでは金を貸さぬなどといふことは是は真似て宜からうと考へる、詰り日本の経済社会の有様を見ますと第一公衆に持たせたいと思ふ確実なものを知らすべき標準となる方便がない、是に就ては外国では取引所の相場表に載るものならば有価証券は先づ確実なものと認められる、従て此取引所の公認相場表に入れますには先づ以て願書を出し、会社の利益は従来幾らであつたといふ明細書を出し、取引所の委員会が之を可決しなければ許さない、それ故に取引所といふものが有価証券の市価の本当の標準を示すものになる、取引所の公認相場表に載せるものは先づ安心して持てるといふことが玆にある、その上に矢張銀行と同じやうに、有価証券を持つ人達が決して一のものに自分の資本を挙げて放資はしない、それは倫敦でも同じことです、百万円の資産ある者は先づ日本の公債を十万円か二十万円、日本の公債を十分に信用して居つても自分の百万円の財産の中一割か一割五分ほか持たないさういふ風に別けて持つて居るから、仮令其中の一部分が値が下つても一向驚ない、慌てゝ売るなどゝいふ必要はない、配当が前の通りあればそれで満足して持つて居る、銀行が抵当に取つても其通り、三種類四種類交ぜて取つてあるから其中の一種類が値が下つて来た所が動かない、時価七掛で取つてあり、又七掛を超えればサツサと増抵当を取るといふことになつて居る、さういふ風に不断確実に商売をして居るから一朝事があつても破綻が生じなかつたと私は考へる、斯ういふことは我国の金融機関に与つて居る者は、吾々諸君総て注意しなければならぬことゝ思つて居ります、先づ亜米利加の情況を大体に就て御話を致しましたが、間違つたことがありましたらどうか今西君から御遠慮なく私並に諸君の為になることでございますから十分に御述になることを希望致します
終りに臨みまして会長始め諸君の御厚意を深く感謝します(拍手)