デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第7巻 p.79-83(DK070011k) ページ画像

明治41年5月16日(1908年)

銀行倶楽部第六十六回晩餐会開カレ来賓トシテ大蔵大臣松田正久等出席ス。栄一一場ノ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK070011k-0001)
第7巻 p.79 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年
五月十六日
四時頃ヨリ銀行集会所ニ抵リ交換所委員会ニ出席ス、畢テ此夕催フサレタル倶楽部晩餐会ニ出席ス、松田大蔵大臣其他ノ属僚来会ス、食卓上一場ノ演説ヲ為シ、午後十時浜町宅ニ立寄リ十二時王子ニ帰宿ス


銀行通信録 第四五巻第二七二号・第八三七頁〔明治四一年六月一五日〕 銀行倶楽部第六十六回晩餐会(DK070011k-0002)
第7巻 p.79-80 ページ画像

銀行通信録  第四五巻第二七二号・第八三七頁〔明治四一年六月一五日〕
    ○銀行倶楽部第六十六回晩餐会
銀行倶楽部にては全国交換所聯合調査委員会開会を機とし五月十六日午後六時より第六十六回会員晩餐会を開きたり、同日出席者は来賓松田大蔵大臣、水町同次官、橋本主計局長、勝田理財局長、塚田臨時国債整理局長、浜口専売局長及各地交換所委員以下合計百二十余名にして宴酣なる頃早川委員長の挨拶に引続き松田大蔵大臣、渋沢男爵及豊
 - 第7巻 p.80 -ページ画像 
川良平氏の演説あり、夫より席を別室に移し主客歓談の上午後十時散会せり、席上演説の筆記は本号別欄に掲ぐ


銀行通信録 第四五巻第二七二号・第八一四―八一五頁〔明治四一年六月一五日〕 銀行倶楽部晩餐会演説(五月十六日)(DK070011k-0003)
第7巻 p.80-82 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

竜門雑誌 第二四〇号・第一―三頁〔明治四一年五月二五日〕 ○銀行倶楽部晩餐会に於ける演説(青淵先生)(DK070011k-0004)
第7巻 p.82-83 ページ画像

竜門雑誌  第二四〇号・第一―三頁〔明治四一年五月二五日〕
    ○銀行倶楽部晩餐会に於ける演説(青淵先生)
  銀行倶楽部にては本月十六日午後七時晩餐会を開き、当日は松田大蔵大臣、水町同次官以下大蔵省各局長招待に依りて出席し、且つ国債調査に関する大阪・京都及横浜各交換所の委員も上京中を幸ひ其序に列して近頃見ざる盛会なりしが、食後委員長早川千吉郎氏の挨拶に次ぎて松田大蔵大臣の演説あり、同大臣は財政と経済との調和の必要を論じて朝野其心を同うし其喜憂を別ち其運命を共にせざるべからざることを説き、米国経済界恐慌の余響も朝野各方面の尽力に依て之を処理するを得べく、又我国経済界の状況も次第に回復に向はんとする気運に向ひつゝあり、財政の鞏固も亦之を保ち得べしと論ぜしが、之に対して青淵先生は会員一同を代表して挨拶旁々左の如く演説を為されたり
大蔵大臣閣下及大蔵省の諸各位並に会員諸氏、今夕の晩餐会は鄭重の御催しで大蔵大臣・次官・各局長の尊臨を請ひましたのは時節柄最も吾々が委員長の御厚配を謝する次第であります、殊に御多忙の大臣・次官・各局長御打揃ひで此晩餐会に尊臨を下さいましたのは会員一同有難く感謝致しまする、唯今大臣より財政と経済と務て相調和し或は聯絡し、駢び走せ共に進むやうにしなければならぬ、今日此処に尊臨を賜つて吾々実際其間に従事する者と均しく会し共に語るは此上もなく喜ぶ所である、現在は勿論未来も益調和し、共に胸襟を披いて此帝国の財政経済をして堅固に発達を図るやうに致したいといふ懇切な御趣意は、吾々誠に御尤千万辱く感謝致しまする、唯其御言葉の中に頗る財政の鞏固を仰せられたことは、如何にも左様でありましたならば吾々共此上もなく喜びまするが、若し吾々共の世間の物議の如く考へますると、或は其処までにまだ言ひ得られぬことではないかと多少の懸念を持つたのでありまする(拍手喝采)
併しながら大臣がさう懸念するに及ばぬと仰せられたのは殆ど吾々共が雲霧を掃つて日光の輝くを見るやうな感がして頗る喜ばしうございますけれども、併し凡そ財界の事物は唯うわの空のみに安んずる訳にはまゐりませぬで、定めて是れから先追々に左様の事実を拝見し得ることが出来るであらうと期待致すのでございまする、けれども時節柄兎角経済界に於ては種々なる懸念説を唱へて既に大臣閣下へも或方面から頻に彼此れと陳情を致し、又求めたといふことを新聞紙其他で承知仕りまする、或る点から云へば随分困つたものだといふやうな物議なきにしもあらずでございます、併し是は決して怪しむに足らぬと思ふのでございます、古人の言葉にも凡そ物其平を得ざれば鳴るといふことがございます、即ち今日の経済界に種々なる声の多いのは多少平を失つて居ると云ふことは事実であらうかと私は考へるのでございます、故に此平を失へば必ずや其声を発する、其発する声を能く鳴らせるやうに致したいのであります、どうぞ悪く鳴らせぬようにするのが即ち為政家の御心懸又御手腕であらうと思ふのでございまする、詰り其鳴るや平調に帰したいと求めて鳴るに相違ないのでありますから、其鳴る原因を能く察し其音の出所を審にして而して其宜しきを制するやうに致したらば、其鳴りや即ち能く鳴るのであつて決して鳴り音が
 - 第7巻 p.83 -ページ画像 
世間を騒がし物を害することなく鳴りを和げることが出来るであらうと思ふのであります(拍手)唯今大臣は同喜同憂の位地に居りたいと仰せられましたが、如何にも同憂は吾々持ちまするが同喜は今日迄に十分に得られませぬ、此先吾々共が務めて此鳴りを鎮めることを尽力致しまするが亦政治上からも大臣の御手腕とし又御経営として十分に其事を御尽し下すつて而して始めて同喜同憂の位地に到りたいと希望するのであります、既に言論も開けて居り、亦上意も通じて居る聖代ではございますけれども、動もすると如何にも通ずるが如くにして疏隔するのは財政と経済の間柄でございますれば今夕の如く御互の存じ寄りは腹蔵なく談じ合ひ、又閣下の思ふ所を十分に承はるといふのが即ち最も能く上意の通ずる手段と考へますから、独り今日に止まらず此の如く向後にまで上意の通ずることを希望して止まぬのでございます果して然らば真正なる同喜同憂の位地に達するであらうと考へます、玆に尊臨を辱ふ致しましたるを陳謝すると共に一言を申上げまする