デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
2款 日本鉄道株式会社
■綱文

第8巻 p.601-616(DK080052k) ページ画像

明治40年2月28日(1907年)

曩ニ決定セル解散慰労金分配ニ対シ旧同会社使用人ソノ不当ヲ嗚シ紛擾ヲ起ス。栄一之ガ調停ニ努メ、是日開カレタル旧同会社株主総会ニ出席シ、動議ヲ起シテ重役寄附金ヲ加ヘ追加慰労金二十四万余円ヲ支出セシメ、其慰労金再分配調査委員ヲ指名シ委員長ト為ル。玆ニ於テ紛擾円満解決ス。


■資料

東京経済雑誌 第五五巻第一三七〇号・第三八―四一頁〔明治四〇年一月一二日〕 ○元日鉄社員告白書(上)(DK080052k-0001)
第8巻 p.602-604 ページ画像

東京経済雑誌  第五五巻第一三七〇号・第三八―四一頁〔明治四〇年一月一二日〕
    ○元日鉄社員告白書(上)
 元日鉄社員が慰労金分配の不公平を訴へつゝあるは世人の知る所、左は即ち旧臘株主全躰に配布したる告白書にして、其正否奈何は暫らく措き、部下待遇上の問題として注目すべきことなり、万一之を真とすれば、単に金銭上の問題とし、又は被雇者が雇者に対する例の不平不満として蔑視するは当らざるが如し、是れ重要なる徳義問題なり、苟も一国の大鉄道会社として立ちたるもの、事後に至り、全線の部下を挙げて紛擾を招く如き不面目を来せるは頗る遺憾ならずや、此際重役諸氏は其実情を公表し、速かに之が解決の道を講ぜられんことを希はざるを得ず
△日鉄株主の好意と重役の食言 鉄道国有の廟議一たび決定せらるるや、炭礦・甲武の両鉄道先づ政府に買収せられ、総て我日本鉄道も去る十一月一日を以て国有に帰し、多年会社と運命を共にせる使用人一同は心ならずも遂に会社と別るゝの已むを得ざるに際会せり、当時使用人一同は何人も皆只管自己の運命を気遣ひ、心中少からざる疑惧を懐きしも、其後炭礦・甲武両鉄道解散に際し、会社が社員の勤労に酬ゆる為め多額の慰労手当を支出し、且其分配方法の頗る公平なりしを聞き、私設鉄道の巨擘とも称せられ、殊に株主中に富豪最も多き我日鉄会社は無論炭礦・甲武に劣らざる解散手当を使用人に給与するならんと確信し、心窃に安んずるところありしが、果して同情に富める株主の、我々が予期せし如く、三百八十万円の大金を異議なく支出せしは、使用人一同感謝措く能はざるところなりしなり、而して該慰労金の分配方法に関しては既に炭礦・甲武の前例あり、且重役諸氏も亦社員総代に対して不公平の分配を為さざるべきを公約し、社員の決して軽挙盲動に出づるなからんことを戒められたるが故に、我々は謹んで其旨を領し、静粛に恩命の下るを待てり、然るに慰労金割賦せらるるに及んで、始めて其分配方の予期に反せることを覚り、呆然として言ふところを知らず、一万有余の使用人は挙げて皆重役の為め売られたるが如き思を為し、囂々として悉く不平を鳴らすに至れり、殊に下級労働者中には失望の余り死を決して重役に復讐を試みんとする者さへありとの噂あり、重役諸民今《(氏)》や汲々として其弥縫策に努むるが如し我国無比の大会社たる日本鉄道解散の末期に於て、玆に端なくも実業界空前の紛擾を惹起し、曾我社長の嘗て総会に公言せし有終の美も恐くは空言に終るなきやを疑はざるを得ず、嗚呼思はざりき、株主が多大の好意を以て重役と使用人とに贈与せし慰労金が、却て重役と使用人とをして相反目せしむるの原因となり、快く好意を表して会社と別るゝ能はざるに至らしめんとは
△下級使用人虐遇 凡そ何等の事業たるを問はず之に従事する者の経験に待つこと大なるは疑を容れざる所にして、畢竟其経験は従事員多年勤続の結果に外ならざるが故、資本主たる者宜しく永年精勤の使用人に対し、出来得る限りの優遇を与ふべきは理の当然にして、私設鉄道の将に政府に買収せられんとするに当り、嘗て時事新報紙上に永
 - 第8巻 p.603 -ページ画像 
年勤続者の待遇と題し、縷々之を論評せるを見たり、就中鉄道業務の如きは殊に実地の経験に待つこと大に、且つ仕事の無趣味にして而かも危険の伴ふこと多き職業なれば之が永年精勤者に対し相当の待遇を与ふべきは言ふまでもなきところ、独り鉄道員のみ我田引水論にあらざるなり、顧みれば本年五月名古屋に開催せる鉄道五千哩祝賀会に於て永年勤続者の功績を旌表するに当り、職の高下を問はず多年一日の如く鉄道に従事せし者を特に選抜し賞品を授けたることあり、当時鉄道界の美挙として頗る世間の賞讃を博したるが、恰も時を同ふし日本鉄道に於て補給満期紀念会を開き、首唱発起人其他関係者を始めとし社員中の功労ある者に慰労金品を贈与せしことありしが、其分配方法は鉄道五千哩祝賀会とは全然趣を異にし、独り高等役員にのみ多額の慰労金を贈り、書記以下へは会社創立以来二十余年一日の如く精勤せし者と雖ども少額の酒肴料を与へたるに止まり毫も恩典に浴せしめず是が為め一時頗る社員間の物議を惹起し、或る一部の職員中には不穏の挙動に出でんとせし者ありしも、鎮撫幸ひに其の効を奏し辛ふじて事なきを得たり、既にかゝる実例の現存せるが故に、使用人間には這般会社解散の際に於ける慰労金分配も亦恐らくは其の轍を履むならんとの疑惑を生じ、一時頗る動揺を極め、曾我社長が株主総会に於て演述せし如く使用人の行動稍々常軌を逸せんとせし虞ありき、然れども是れを以て強ち使用人の不謹慎なりと咎むべきにあらず、遺憾ながら重役の態度社員をして不安の念を去る能はざらしめたるの罪亦尠しとせず、嘗て紀念会の例に懲りたる使用人は、会社解散に際し又もや其二の舞を演ぜんことを恐れたればなり、不幸にして开は杞憂に非ざりき、重役が殊勝気なる口調を以て社員総代を諭し、慰労金分配の必ず不公平ならざるべきを誓ひしは、初より社員総代を欺かんとの意志に非ざりしかは知らねども、事実に於て社員総代は全く重役の欺くところとなり、是が為め社員総代は恥を忍んで罪を社員一同に陳謝するに至れり、熟々考ふれば曾我社長が嘗て株主に向ひ、熱誠なる語調を以て、慰労金問題は使用人一万有余、否其家族を合せ数万人の運命に関する大問題なりと絶叫し、巧に株主の同情を惹かんと努めたりしも或は誠心誠意を以て之を吐露せしに非ざるかの疑なき能はず、借問す、二十余年一日の如く身を捧げて日本鉄道に忠実を尽せる下級使用人に対し、たとへ其執る、職務賤しと雖ども、半生の労に酬ゆる解散手当僅に九十円に過ぎず、是を以て会社は能く彼と彼の家族とを救済し得たりと謂ひ得るか、我々は謹んで曾我社長の答弁を聞かんと欲するものなり、甲武鉄道にては此の如き下級の永年勤続者に対し、日本鉄道の六七倍に相当する多額の慰労手当を給与せり、同一の業務に従事せるに拘はらず、鉄道を異にせる為め此幸不幸あり、日鉄使用人の囂々不平を唱ふる豈故なからんや、要するに日鉄慰労金の分配方法は殆んど勤続年数を無視せるに近きものにして、且高級者に厚く、下級者には薄く、特に奇怪千万なるは精算事務員のみを悉く功労顕著なる者と見做し、特別に多額の慰労手当を加給せること是なり、主事補以上の高等役員及就職年数猶浅き新参者に在りては意外の幸運を驚喜せし者あらんかなれども、永年勤続者殊に下級使用人に於ては誰か重役の処
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置に対し切歯憤慨せざる者あらんや
△慰労金分配当局者の責任 慰労金分配の方法を株主が全然重役に一任したるは、少しく重役を軽信し過ぎたるの嫌なきには非ざるか、然れども顧みれば我々も亦余りに重役を盲信せる不明を恥づるものなり、株主は慰労金分配を重役に一任するに当り、重役が斯くまで社員の反対を買ふの態度に出づべしとは予期せざりしならん、我々も亦慰労金問題の結果斯くあらんとは思ひ掛けざりしなり、我々は株主の厚情に対し衷心より感謝の意を表するを禁ぜざれども、唯株主の信頼せし重役の処置が我々をして満足を得る能はざらしめたるは終世の恨事とす、聞くところに拠れば、重役中主として慰労金分配の局に当りしは社長曾我祐準・副社長兼営業部長久米良作・常務取締役兼経理部長久保扶桑・同兼庶務課長山田英太郎の諸氏にして、専ら其枢機に参与せしは営業部庶務掛長鈴木寅彦・経理部同阪東宜雄・庶務課同斎藤和太郎・同記録掛長大脇康直の諸氏なりと、事理に精しく下情に通ぜる賢明なる諸氏が、慎重の審議を凝らして按出せりと称せらるる日鉄慰労金分配案なるものが、何故に使用人をして斯くまで忿怨絶望の淵に沈ましめ、甚大の苦情を惹起するに至らしめたるかを怪む、菊池・若尾・富田の諸重役亦協議に加はれりと報道せる新聞あり、果して然らば諸氏も亦責なき能はず、大株主たる若崎一家《(岩崎一家)》、華族銀行を代表せる園田孝吉氏、及慰労金議決に際し最も周旋尽力せられたる渋沢栄一氏は毫も慰労金分配案の消息に就て聞くところなかりしが、仄に承るところに拠れは畏くも帝室の御意向は下級者に厚からんことを望まれたる由、分配案の内容は能く以て其御希望に添ふところあるや、炭礦・甲武の各鉄道に於ては社員中慰労金分配に関し少しも不平の声あるを聞かず、山陽鉄道の如きは現金給与前に於て重役が公明なる手段を取り、普く世間に発表せる分配案に対し社員は挙て感謝の意を表し、局外者も亦重役の態度を賞讃せり、独り日鉄会社のみ慰労金を分配するまで堅く分配の内容を秘し、剰へ社員総代を欺き、使用人を籠絡し、今に至りて重役使用人と反目嫉視するが如き成行となりたるは吾人の最も遺憾とするところにして、分配の局に当りし重役其他の関係者は顧て疚しき点なきか、我々は切に弁解を聞かんことを望む○下略


東京経済雑誌 第五五巻第一三七一号・第七八―八二頁〔明治四〇年一月一九日〕 ○元日鉄社員告白書(下)(DK080052k-0002)
第8巻 p.604-609 ページ画像

東京経済雑誌  第五五巻第一三七一号・第七八―八二頁〔明治四〇年一月一九日〕
    ○元日鉄社員告白書(下)
△分配案の内容 慰労金の分配案は二三新聞紙にも掲げられたるが如く、其給与額を定むるには、身分及給額に依りて定めたる標準に在職年数に依る定率を乗じ算出するものとす、其割合左の如し
一身分給額に依りて定めたる標準
    幹事        現在俸給額の四十二倍
    主事技師      同上の三十六倍
    主事補技師補    同上の三十倍
    書記技手      同上の二十四倍
    書記補技手補    同上の二十倍
    雇員        同上の十六倍
    部課傭(甲)事務従事の雇及運転手見習 一人に付 百五十円
 - 第8巻 p.605 -ページ画像 
    同(乙)一般の者  同 七十五円
一在職年数に依りて定めたる定率
    二十ケ年以上       標準に依り算出したるものゝ 十二割
    十五ケ年以上二十ケ年未満 同 十一割五分
    十ケ年以上十五ケ年未満  同 十一割
    五ケ年以上十ケ年未満   同 十割五分
    三ケ年以上五ケ年未満   同 十割
    一ケ年以上三ケ年未満   同 七割
    一ケ年未満        同 五割
    国有発布の翌日即ち四月一日以後雇入れたる者 同三割
右の外に平素の職責勤務等を稽へ、特に功労の顕著なるものに対しては定率以外に若干金を加給するの方法にして、一見すれば極めて公平なるが如しと雖ども、其実は高等役員に厚くして下級使用人に薄く、且殆んど勤続年数を無視せる方法なるを発見すべし、先づ幹事の現在俸給月額四十二倍(其実は三万五千円乃至二万五千円に当る)と、部課傭の一人平均七十五円とを対照せば、如何身分に高下の別ありと言へ余りに甚しき懸隔ならずや、主事技師の三十六倍、主事補技師補の三十倍も亦然り、殊に注意すべきは主事補技師補なる一階級は書記技手と主事技師との間に十二倍の間隔を設けんが為め本年八月下旬に至り俄かに設置せられたるなりと云ふ者あり、是れ或は憶測に過ぎざるべきも、仮りに主事補技師補なる新階級が八月に設けられざりしとせば、勢ひ主事技師の標準率を三十倍に繰上《(マヽ)》げざれば甚しく書記技手との権衡を失するに至らん、毎半期に支給する賞与金は主事の三に対し書記技手は二半の割合なれども、解散慰労金に限り此例に拠らず、書記技手の二に対し主事技師を三とせしは少く異議の感なき能はす、殊に雇員と書記技手間は四倍づゝの累進率とし、書記技手と幹事との間の累進率を六倍づゝに高めたるは一層理由を知るに苦む、在職年数に依り定めたる率の如きも三ケ年以上五ケ年未満の十割を本位とし、以上五ケ年を増す毎に僅に五分づゝを加ふるに過ぎざるは殆んど勤続年数を無視せしに近からずや、而して三ケ年以上五ケ年未満を本位と定め、三ケ年以下に対して特に三割の差を設け、五ケ年以上に対し五年毎に僅に五分づゝを増率せしは、重役が彼等の手足として枢要の地位に配置せる者及其配下に三ケ年五ケ年未満の者多きを占むるが故に彼等一派の為め最も都合よき分配率を按出せるなりと疑ふ者あり、我々は賢明なる重役諸氏が決して斯る術策を弄したるに非ざるべきを信ぜんとすれとも、遺憾ながら分配案の内容に就ては、重役諸氏が如何に憤重なる審議を尽し之を決定せりと弁疏するも、絶対に賞讃の辞を呈する能はざるなり
△慰労金給与額 左に掲ぐるは、我々の聞込み得たる日鉄・甲武重役諸氏及日鉄高等役員の所得額と標準率に依り算出せる日鉄普通役員満十五ケ年在勤者(清算事務所員は此限に在らず)の所得額を示せるなり、日鉄重役及高等役員には就職年数の浅き者多けれども、特に書記以下の永年勤続者を以て之に対比するに、其懸隔尚ほ此の如し、是に由て之を観れば、日鉄慰労分配の方法が全く上下の不平均甚しきを推想するに難からざらん
 - 第8巻 p.606 -ページ画像 
    日鉄重役及高等役員慰労手当
   社長            八〇、〇〇〇円
   副社長           六〇、〇〇〇
   経理部長          四〇、〇〇〇
   庶務課長          四〇、〇〇〇
   参事            一五、〇〇〇
   営業部庶務掛長       一五、〇〇〇
   同運転掛長         一五、〇〇〇
   同貨物掛長         一五、〇〇〇
   同電務掛長         一四、〇〇〇
   上野事務所長        一四、〇〇〇
   宇都宮同          一三、〇〇〇
   仙台同           一四、〇〇〇
   水戸同           一二、五〇〇
   盛岡同            七、〇〇〇
   貨物掛付主事         七、〇〇〇
   同主事補           四、〇〇〇
   上野事務所付技師(甲)    七、〇〇〇
   同(乙)           四、五〇〇
   同主事補           四、〇〇〇
   上野駅長主事補        四、五〇〇
   上野保線区長補        四、五〇〇
   隈田川駅長同         四、〇〇〇
   (備考)重役及高等役員申請は事務所に勤務する者は右の分に尚分割の加給金を得たるやの風評あれども、金高明瞭ならざるを以て玆に掲載せず
    甲武重役及高等役員慰労手当
   社長            三〇、〇〇〇円
   岩田取締役         一八、〇〇〇
   一般重役          一二、〇〇〇
   監査役            五、〇〇〇
   主事主事補は書記同等の率に依り算出せる金額に千円を加ふ
    日鉄書記以下慰労手当
   身分     給額   解散手当金   退職手当金  合計
   書記技手   七〇円  一、九三二円  三五〇円  二、二八二円
   同      三五     九六六   一七五   一、一四一
   書記補技手補 四〇     九二〇   二〇〇   一、一二〇
   同      二〇     四六〇   一〇〇     五六〇
   雇員     三〇     五五二   一五〇     七〇二
   同      二五     二七六    七五     三五一
   部課傭(甲) 二五     一六五     〇     一六五
   同      一二     一六五     〇     一六五
   同(乙)   二五      八三     〇      八三
   同      一二      八三     〇      八三
   (備考)部課傭の給額は分配率に関係なし
日鉄社員の慰労金分配に関し不平を唱ふるは、其分配方法の杜撰にして公平を欠き、上下の権衡当を得ざるを忿懣せるによるは勿論なれども、他会社に比すれば株主より比較的多額の慰労金を贈与せられたるにも拘はらず、重役と高等役員のみ独り其好運を擅にし、下級使用人
 - 第8巻 p.607 -ページ画像 
の所得は却て遠く他鉄道に及ばざるを憤慨せることも亦其一理由なりとす、左に日鉄・甲武・山陽三鉄道の満十五年勤続者の所得に係る慰労金額を対照せん、退職手当又は責任慰労金等は甲武・山陽両鉄道の分明瞭ならざるが故に総て爰には之を省き、最も重なる解散手当のみを比較したり、局外に立つ者冷静なる頭脳を以て公平に之を審査判断せば、日鉄社員が重役の処置を批難するの故なきに非ざるを会得せん
    身分    給額   日鉄解散手当   甲武同上    山陽同上
   書記技手   七〇円  一、九三二円  三、六五四円  二、八三五円
   同      三五     九六六   一、八二七   一、四一八
   書記補技手補 四〇    九二〇    二、〇八八   一、六二〇
   同      二〇    四六〇    一、〇四四     八一〇
   雇員     三〇    五五二    一、〇二六     八九一
   同      二五    二七六      五一三     四四六
   部課傭(甲) 二五    一六五      四〇五     四八二
   同      一二    一六五      一九五     二三三
   同(乙)   二五     八三      四〇五     四八二
   同      一二     八三      一九五     二三二
日鉄慰労金分配案なるものが殆ど勤務年数を無視せることは既に屡々之を述べたり、高等役員に対する分配方法の如きは殊に其甚しきを見る、左に同給額の書記にして勤続年数相異なる者、及び主事補にして勤続年数の多少に拘はらず同額を給与せられたる者の例を示す、主事補に対する慰労金の如きは、勤続年数の長きに従て逆比例を以て解散手当の逓減することの如何に不可思議なるかに注意せよ、之が理由を説明し得る者恐らくは日鉄重役の外絶て有らざるべし
    勤続年数を異にせる同給額書記の所得高
   身分  給額     年数         解散慰労金
   書記  五〇円  二十ケ年以上       一、四四〇円
   同   同    十五ケ年以上二十ケ年未満 一、三八〇
   同   同    十ケ年以上十五ケ年未満  一、三二〇
   同   同    五ケ年以上十ケ年未満   一、二六〇
   同   同    三ケ年以上五ケ年未満   一、二〇〇
   同   同    一ケ年以上三ケ年未満     八四〇
   同   同    一ケ年未満          六〇〇
   同   同    本年四月一日以後後雇入の者  三六〇
    勤続年数を異にせる主事補の所得高
    身分職務     年数 解散慰労金   退職手当   合計
   主事補上野事務所附 一八 二、九五六円 一、〇四四円 四、〇〇〇円
   同 宇都宮事務所附 一五 三、〇九五     九〇五 四、〇〇〇
   同 営業部貨物掛附  五 三、五八三     四一七 四、〇〇〇
   同 隈田川駅長    七 三、三九七     六〇三 四、〇〇〇
   同 青森駅長    一七 二、九九九   一、〇〇一 四、〇〇〇
△特殊功労者 十二月十四日発行の報知新聞に記載せる日鉄社員不平事件なる記事は、或は清算事務所より聞き得たる材料に成れる者ならんと思料せらるゝが故、之を以て重役の弁疏と認むるも誤なきに似たり、該記事に拠れば、慰労金総額三百八十万円の中、八十万円は会社創業以来の特別功労者並に新旧重役の分に充て、残額三百万円の中
 - 第8巻 p.608 -ページ画像 
十万円は分配規定に基て、使用人約一万四千名中特殊の功労ありたる者約百四五十名に対する加給金とし、残り二百九十万円《(マヽ)》を別に営業費中にて分配すべき金四十万円を一同に分配したり、而して右加給金を分与せられたるは、技師主事補以上の社員及各駅に於て特に功労ありたる者若干にして、其人選並に分与金額等に就ては公平なる方法に拠り分配規定に基きて給与したるものなれば、之に対する不平は何等条理なきものなりと、果して然らば特殊の功労ありたる者百四五十名の何者たるを聞かん、恐くは是れ皆清算事務所員のみならんか、技師及補、主事補以上の慰労金は、前に主事補五名の例を示したる如く勤続年数少き程解散慰労金却て累加するの奇観を呈するを見る、或は是を以て特別の功労に依る加給の為めなりとせば、会社の定めたる分配規定なるものは実に滑稽極まれりと断言せざるを得ず、各駅に於て特に功労と認められ加給を受けたる者ありと言ふも、我々は未だ其何人なるかを知らず、実際加給の恩典に預れるは清算事務所に残り重に経理庶務の事務に従事する百数十名の役員に過ぎざるが如し、日本鉄道は延長八百哩に亘れる大鉄道なれども、之に従事する現業者及鉄道作業局に引継がれたる営業経理本部員及び各地事務所員中には、一人の功労者として認め得る者なきか、日本鉄道は経理庶務の事務に従事する者を除きては全く無能者のみを以て業務を経営し来れるか、我々は日鉄重役が反覆協議を遂げたりと公言する功績審査の方法を聞き、聊か侮辱を受けたる感なき能はず、左に掲ぐるは清算事務所員中顕著の功労ありと認められたる寵運児(姓名は態と省略す)の所得額を示す、其人を知り其職を知る者、誰か重役の弁解に対し首肯す者あらんや
    清算事務所員の所得高
   身分   給額  年数  解散慰労金  退職手当  加給金
   書記   五七円 一一  一、八〇〇円  二〇〇  三九〇円
   同    五七   五  二、三四〇   一六〇  九〇四
   書記補  四〇   四  一、一四〇    六〇  三四〇
   同    四〇   八  一、〇〇〇   一〇〇  一六〇
   同    三〇   四    七五五    四五  一五五
   雇員   二五   一    三三五    一五   五五
△日鉄使用人は皆狂乎痴乎 以上例証を挙げて逐一指摘せるが如く日鉄慰労金分配案なるものは実に杜撰極まる方法にして、常識を有する者公平に之を観察せば、日鉄社員が重役の処為を不公平なり偏重なりと絶叫するも、敢て重役を誣ふるに非ざるを知了せん、日鉄買収期決定以後慰労金問題に関し日夜憂懼措く能はざりし使用人一同は、慰労金額の総会に於て決定されしと聞くや、初めて愁眉を開き、其分配方法の如きは必ず甲武・炭礦と大同小異の率なるべきを固く信じたり然るに何ぞ図らん、事全く予想に反し、甚しき失望を見るに至らんとは、局外者須らく自他の地位を換へて沈思せば思半に過ぐるものあらん、上下の懸隔実に甚しく且年功を無視せる慰労金の分配は、慰労金を得て喜ぶべかりし使用人をして却て怒らしめ泣かしめぬ、高崎線某駅に温厚篤実を以て聞えたる老見廻あり、彼は慰労金の余り少額なるを見て積年の勤続徒労に属したるを憤り、精神殆ど錯乱し、匕首を擁して駅長に迫るに至れり、東北線某駅に多年駅員の模範として賞讃せ
 - 第8巻 p.609 -ページ画像 
られたる好転轍手あり、彼は慰労金を見て失望落胆し、態度全く呆然となり、今や復た昔日の彼に非ず、前者後者共に予期に反せし少許の慰労金は寧ろ之を受けざるの勝れるに若かずと断念し、頑として其受領を拒めりと聞けり、沿線八百哩の各地に於いて彼が如く憤怒し又は失望せし者それ幾何ぞ、我々は敢て誇大の吹聴をなすものに非ず、直接最小級の使用人に接する我々は、彼等の流涕長大息するを見て、更に同情の涙を禁ずる能はず、我々は彼等に比すれば比較的幸運なりしことを自覚すれども、重役諸氏の無情酷薄に対して終世忘るべからざる遺恨を抱くことを言明す、分配案の内容若し果して重役の言ふが如く合理的のものなりとせば、重役に対し不平を唱ふる我々初め日鉄万余の使用人は悉く皆是れ狂乎痴乎、敢て識者の判定を待たん
△我々の主義目的 我々は玆に慰労金分配案事件の顛末を発表せんとするに当り、万一累を上長と部下とに及ぼさんことを慮り、故らに主事補技師補以上と雇員以下の従業員を除き、営業本部各事務所の事務員・各駅長・機関庫長・保線区長及び我々と主義を同する元日鉄使用人同志会総代と共に名を署し、責任を明かにして事実の真相を訴へんとす、血あり涙あるの仁人一片の同情を寄するに吝ならざらんことを希ふ、尚ほ終に臨んで特に一言せん、我々は本問題の為元日鉄使用人の徒らに軽挙妄動に出づるなからん事を戒むるを本務とし、誓つて官紀を紊り職務を曠廃するの罪に触れざらん事を期す、我々の目的は正当の手段に依り、本問題に関し飽まで重役と正否黒白を争はんとするに在り、永年恩顧を辱ふせる株主諸氏、我々の心事を諒とせられ、重役諸氏亦若し人道徳義の何物たるかを反省し、自ら責を引くあらば全く我等の望足れり矣
  明治卅九年十二月廿九日
             元日鉄営業部員及事務所員
             各駅長各機関庫長各保線区長(連署)
             及元日鉄使用人同志会総代


渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK080052k-0003)
第8巻 p.609-610 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四〇年
一月十九日 晴寒               起床七時就蓐十一時三十分
○上略園田・渡辺二氏ト日鉄会社ノコトニ関シ種々ノ協議ヲ為ス○中略今朝八時頃久米良作氏来リ日鉄会社ノコトニ関シ種々談話アリタリ
一月二十日 曇寒               起床七時三十分就蓐十二時
起床後種々ノ来客ニ接ス、日鉄会社ノ事務員数名来リ慰労分配金不当ノコトヲ縷々申告ス○下略
一月二十二日 晴寒              起床七時就蓐十一時三十分
○上略午後一時第一銀行ニ於テ午飧シ、食後事務所ニ於テ園田・渡辺・菊池・久米ノ諸氏ト日鉄会社ノコトヲ凝議ス○下略
一月二十四日 雨寒              起床七時就蓐十一時三十分
○上略午後五時日鉄会社清算事務所ニ抵リ、曾我社長其他ト要務ヲ協議ス○下略
一月二十五日 曇寒              起床七時就蓐十二時
○上略午前十時駿河台ニ曾我子爵ヲ訪ヒ、旧日鉄会社々員配当金ノ事ヲ談ス○下略
 - 第8巻 p.610 -ページ画像 
一月二十六日 曇寒              起床七時三十分就蓐十一時三十分
○上略旧日鉄社員大藪・堀江二氏ト種々談話ヲ為ス○下略
一月二十七日 曇寒              起床八時就蓐十一時三十分
○上略旧日鉄社員大藪・堀江二氏来話ス、種々ノ協議アリ、数時間ニ及ンテ去ル○下略
二月三日 晴寒                起床七時三十分就蓐十二時
起床後数多ノ来客ニ接ス、渡辺精吉郎来リ、日鉄会社関係ノ件ヲ詳話ス、犬丸貞吉・二宮行雄・田中精一・高橋鼎諸氏来話ス、午前十時過朝飧ヲ畢リ、十一時過ヨリ曾我子爵ヲ駿河台ニ訪ヒ、日鉄会社ノコトヲ談ス○下略
二月二十四日 晴暖              起床七時三十分就蓐十二時
起床後入浴シ、了テ朝飧ヲ喫ス○中略旧日鉄部傭団ノ人々来リテ慰労金分配ノ不平ヲ縷述ス○下略
二月二十五日 晴暖              起床七時三十分就蓐十一時三十分
○上略十一時兜町事務所ニ抵リ、山田英太郎氏ノ来訪ニ接ス○下略
二月二十六日 曇寒              起床七時三十分就蓐十二時
起床後入浴シ、畢テ朝飧ヲ喫ス、○中略久米良作氏来リ、旧日鉄会社解散慰労金分配ノコトニ関シ、種々ノ談話アリタリ、正午兜町事務所ニ抵リ、○中略旧日鉄会社雇員五名ニ面会シテ慰労金ノコトヲ談ス○下略
二月二十七日 晴暖              起床七時二十分就蓐十二時
○上略三時日本郵船会社ニ抵リ、重役会ニ出席ス、畢テ日鉄清算人諸氏来訪ニ接シ要務ヲ談ス○中略午後九時江間俊一・山田英太郎二氏来リ、明日ノ総会ニ関スル打合ヲ為ス、夜十一時王子別荘ニ帰宿
二月二十八日 晴 風強            起床七時就蓐十二時
起床後直ニ入浴シ、畢テ朝飧ヲ喫シ、食後新聞紙ヲ一覧ス、午前九時半青年会館ニ抵リ、旧日本鉄鉄道会社株主総会ニ出席ス、開会前重立タル株主ヲ会シテ種々ノ協議ヲ為シ、十一時開会、質問駁撃等ニテ議場頗ル喧噪ス、依テ一場ノ演説ヲ為シテ下級使用人慰藉ノ方法ヲ案出シ満場ノ同意ヲ得テ、漸ク無事閉会スルヲ得タリ○下略
三月三日 晴 軽暖              起床八時就蓐十二時
○上略曾我子爵来話ス、旧日鉄部傭団ノ人々来リテ頃日総会ニ於ケル尽力ヲ感謝スル旨ヲ述フ○下略
三月六日 晴暖                起床七時三十分就蓐十一時三十分
久米良作氏来リ、日鉄会社ノコトヲ協議ス○下略
三月十九日 晴寒               起床七時就蓐十一時三十分
○上略午前十一時日本鉄道清算事務所ニ抵リ、主査委員会ニ列シ、協議ヲ為ス○下略
三月二十一日 晴寒              起床七時就蓐十一時三十分
○上略午前十時日本鉄道清算事務所ニ抵リ、委員会ヲ開キ、特別慰労金分配方法ヲ協議ス○下略


日本鉄道株式会社解散始末 中・第一八七―一八八丁(DK080052k-0004)
第8巻 p.610-611 ページ画像

日本鉄道株式会社解散始末 中・第一八七―一八八丁
                 (山田英太郎氏所蔵)
  ○明治三十九年十月十二日ノ項所引ニ続ク
 - 第8巻 p.611 -ページ画像 
此ノ如ク厳密ノ方法ヲ設定シ周到ノ注意ヲ加ヘテ夫々分配処理シタルニ拘ハラス、旧社員中事実ノ真相ト会社ノ方針ヲ弁知セス、徒ラニ不平ヲ鳴ラシ、物議ヲ煽起スル者アルニ因リ、四十年二月二十八日ノ株主総会ニ於テ、渋沢栄一氏ハ事態ノ穏便静謐ヲ期スル為メ旧社員不平慰藉金トシテ清算人賞与金ノ名義ヲ以テ後期繰越金中ヨリ十万円ヲ支出スルノ動議ヲ提出シテ可決シタルヲ以テ、解散慰労金残額中ヨリ更ニ金参万円ト利子金参千六百拾円弐拾六銭ヲ右慰藉金中ヘ寄附シ、渋沢氏及清算人一同亦各々寄附スル所アリ、総額金弐拾四万余円ニ達セリ、依テ渋沢氏ノ指名ニ依リ日下義雄・大橋新太郎・谷森真男・尾形安平・江間俊一・白杉政愛・白井遠平・矢口縫太郎・山中隣之助・堀越寛介・粟尾新三郎・神戸挙一・杉浦宗三郎ノ十三氏ヲ委員ニ嘱托シ委員会ノ《(ハ)》渋沢氏ヲ委員長ニ推シ、日下・神戸・杉浦ノ三氏ヲ主審委員トナシ、一種ノ標準ヲ議定シ、之ニ準拠シテ夫々分配処理ノ手続ヲ了シ、不平ノ声モ忽チ雲散霧消シ去リタリ


竜門雑誌 第二二六号・第四五―四七頁〔明治四〇年三月二五日〕 ○日本鉄道会社慰労金分配問題の落着(DK080052k-0005)
第8巻 p.611-612 ページ画像

竜門雑誌  第二二六号・第四五―四七頁〔明治四〇年三月二五日〕
○日本鉄道会社慰労金分配問題の落着 日本鉄道会社が昨年十月其筋に買上げられ、解散の決議を為すや、会社重役以下及設立以来の功労ある人々に対し、慰労金参百八拾万円を支出することに決し、其後会社重役は夫々右金額の配分を行ひしに、使用人、部傭、雇員等の間に右配分に関する不平起りて遂に容易ならざる紛擾を醸し、一面には当局の曾我社長等及他面には右不平連より各懇請する所ありし結果、先生は深く其事の大会社末路の歴史を汚すことを憂ひられ、両者の間に立ちて百方調停を試むることゝなりしが、其後曾我社長の如きは清算人を辞し、自己の受けたる八万円を差出すまでに立至りしも、不平連は猶一二重役の挙動に慊焉たるものあり、時宜に依らば容易ならざる椿事とならん勢ありしが、昨年七月より同年十月即ち買上までの利益金分配を議決する為め、二月二十八日清算人が召集したる株主総会に於て、先生の発議に依り、終に円満なる落着を告ぐることを得たるは仕合せのことゝ謂ふべし
当日は午前九時開会の予定なりしが、開会前より会場なる神田美土代町青年会館の内外には殺気漲りて頗る不穏の形勢を呈し、多数の警官出張して厳重なる警戒の裡に、午前十一時三十分頃に至り漸く開会することゝなり、専務清算人青山幸宜氏議長席に着き、議事を開きしが当日の議案は左の如し
 第一 左記第一号及第二号の方法に拠り残余財産中一部の分配を為すの決議を為す事
   一 明治三十九年十月三十一日現在財産目録、同貸借対照表、同年七月より十月迄の営業報告書、同損益計算書の承認及同期間の利益に相当する金額を同年十二月末現在株主へ配当金、欠損金及繰越金の各項に分配する事
   二 鉄道国有法第十三条に依り買収価額に対し追て政府より交付せらる可き明治三十九年十一月及十二月分の利息金額は同年十二月末日現在株主に配当する事
 第二 明治三十九年十一月一日に於ける財産目録及貸借対照表の承認を為す事
 - 第8巻 p.612 -ページ画像 
 第三 明治三十九年十一月分及十二月分の清算収支並に十二月末日現在の財産目録、貸借対照表の承認を為す事
 明治三十九年後年度(自七月至十月)損益計算書
    収入の部
 一金六百拾参万八千七百参拾六円弐拾七銭六厘     営業収入
 一金拾七万参千八百四拾四円四拾七銭九厘  三十九年前年度繰越金
  合計金六百参拾壱万弐千五百八拾円七拾壱銭五厘《(五)》
    支出の部
 一金参百弐拾弐万弐千四百七拾六円五拾壱銭五厘    営業費
  差引金参百九万百四円弐拾四銭           益金
 明治三十九年後年度営業期間の利益に相当する金額配当案
 一金参百九万百四円弐拾四銭             益金
    内
  金五万百九拾四円八拾弐銭五厘           欠損金
  金弐百四拾万八千五百弐拾円八拾参銭参厘
                  (年利一割三分) 配当金
   合計金弐百四拾五万八千七百拾五円六拾五銭八厘
  差引金六拾参万千参百八拾八円五拾八銭弐厘     残余金
                           (清算期へ繰越)
議事に入るや、青淵先生は前記配当案中の残余金六拾参万余円の内より、清算人に対する賞与金の名を以て十万円を支出するの動議を提出し、此発議にして可決せらるゝ上は曾我子其他重役よりも亦拾万円位の支出はあるべく、之に割当金の残余参万円許を加ふるときは、合計弐拾参万円の金額を得べきを以て、是を以て不平派を慰し、円満に此間を結ぶことを希望する旨を論ぜられしに、左しも不穏の形勢ありし議場も一変して平和の傾向を呈し、株主の多数は先生の動議に賛成して前記議案と共に之を可決し、而して前記金額の分配方法は先生の指名を請ふて十五名の委員を設け、之に委托することゝなり、無事総会を終りて不平連も満足し、重役も為に其心を安んずることを得、双方共に先生に対して感謝の意を表せり
其後先生は左の如く委員を指名せり
     日下義雄   山中隣之助  大橋新太郎
     白杉政愛   江間俊一   堀越寛介
     矢口縫太郎  尾形安平   大田黒重五郎
     谷森真男   白井遠平   粟屋新三郎
     神戸挙一   杉浦宗三郎  渋沢栄一
尚ほ委員中の互選に依り日下義雄・粟屋新三郎及杉浦宗三郎の三氏主査委員となり、目下調査を急ぎつゝありといふ


竜門雑誌 第二二七号・第三四―三五頁〔明治四〇年四月二五日〕 ○日本鉄道会社特別慰労金に就て(DK080052k-0006)
第8巻 p.612-613 ページ画像

竜門雑誌  第二二七号・第三四―三五頁〔明治四〇年四月二五日〕
○日本鉄道会社特別慰労金に就て 日本鉄道会社特別慰労金再分配問題は青淵先生の尽力に依りて無事に一段落を告げしこと、前号に記する如くにして、目下委員は再分配案調査中なるが、右に付曾我社長を初め各重役の出金高左の如し
    金四万円        社長    曾我祐準
    金二万円        副社長   久米良作
 - 第8巻 p.613 -ページ画像 
    金三千三百三十三円   専務取締役 久保扶桑
    同           同     山田英太郎
    金五千五百九十五円   取締役   富田鉄之助
    同           同     菊池長四郎
    同           同     若尾幾造
    金三千七百三十円    同     園田孝吉
    金五千九百六十八円   同     有島武
    金四千四百七十六円   同     角田林兵衛
    同           同     渡辺福三郎
    金三千七百三十円    同     青山幸宜
以上出金額に会社の利益金より支出する十三万三千余円、青淵先生の義捐金五千円を加へ総計二十四万四千五百万円に上る計算なりと云ふ


竜門雑誌 第二二九号・第五二―五三頁〔明治四〇年六月二五日〕 ○元日本鉄道会社追加慰労金分配(DK080052k-0007)
第8巻 p.613-614 ページ画像

竜門雑誌  第二二九号・第五二―五三頁〔明治四〇年六月二五日〕
○元日本鉄道会社追加慰労金分配 元日本鉄道会社慰労金分配に関する紛議は本年三月の本誌に記する如く青淵先生の尽力に依り円満に解決し、各重役は四月の本誌に記せる如く約十万円を出金することゝなりて、爾後右に関する委員は追加分配の方法審査中なりし処、五月二十一日に至りて其方法左の如く決定せしが、当日の委員会には委員長たる青淵先生の出席なかりしを以て、各委員は越て二十三日先生を訪問の上愈之を確定したり
       追加慰労金分配法
 第一 二月二十八日株主総会に於て決議したる追加慰労金総額は金二十四万四千五百十四円九十四銭にして其内訳は左の如し
  一金五千円          渋沢栄一氏寄贈金
  一金十万五千八百三十一円   重役寄贈金
  一金十万円          株主総会の決議に係る役員賞与金振替寄贈金
  一金三万円          解散慰労金残剰金
  一金三千六百八十三円九十四銭 解散慰労金に対する十五銀行預金利子
  計金二十四万四千五百十四円九十四銭
   内
    一金二千九百三十円 渋沢栄一氏指定に係る旧日鉄部傭団元日鉄雇員期成同盟会元日鉄部傭同志会存在中の経費補助額
  差引金二十四万千五百八十四円九十四銭
 第二 追加慰労金は明治三十九年十月三十一日現在日本鉄道株式会社書記技手以下の中に付左記各項に依り分配す
 第三 分配標準率左の如し
  一、書記技補、一書記補技手、一雇員、一特別部課傭(事務に従事する傭、機械方、火夫、道具番、物品取扱人、諸職工組長、駅夫世話方、運転助手見習、保線工夫組長、保線工夫組長助)
  一、一般部課傭(前記以外のもの)
 第四 調査順序左の如し
  一、各自の就職月数(入社前試傭又は臨時傭たりし者にして其証書あるものは同期間をも通算す)と十月末日に於ける給料月額との乗積に前記標準率を乗じ予定額を定む
  二、前項予定額と前回増与金額(解散慰労金、特別手当又は酒肴料)総額と比較し予定額の前贈与金総額に超過せる場合に於て其差額を追加予算額とす
  三、前項に依り算出したる各自の追加予算額総額を追加慰労金総額に按分し
 - 第8巻 p.614 -ページ画像 
たる率即ち三割二分五厘を追加予算額に乗じたるものを贈与額とす
  四、贈与額は四捨五入とし円位に止め円位以下は之れを贈与せず
 第五 予備員は総て現在員と同一の方法に拠る
 第六 計算上の予備金は追加慰労金預金利子を以て之に充つ
 第七 本法に拠り追加慰労金の贈与を受くべきものにして辞職又は其他の理由により現住所不明となり為めに之か交付を受けざる者あるときは明治四十年十月三十一日迄に日本鉄道株式会社清算事務所内追加慰労金分配方法調査委員に申出でたる者に限り之を贈与す
 第八 前項の期間を経過し追加慰労金及び其利子に残余あるときは委員に於て適当の方法に拠り之を処理するものとす


(日本鉄道株式会社清算事務所)報告 明治四〇年六月三〇日(DK080052k-0008)
第8巻 p.614 ページ画像

(日本鉄道株式会社清算事務所)報告 明治四〇年六月三〇日
  明治四十年自一月一日至六月三十日清算報告
解散慰労金 解散慰労金ノ内兼テ処理未完了ニ属セル分金六万参千百四拾四円七拾五銭ハ旧社員慰藉金トシテ金参万円ヲ寄附シタルヲ始メ、夫々処理ヲ完了セリ○下略


雨夜譚会談話筆記 下・第四五八―四六〇頁〔昭和二年一一月―五年七月〕(DK080052k-0009)
第8巻 p.614 ページ画像

雨夜譚会談話筆記  下・第四五八―四六〇頁〔昭和二年一一月―五年七月〕
    第十六回 昭和二年十二月六日於飛鳥山邸
一、日本鉄道会社慰労金問題の紛擾を調停せられしに就て
先生「此慰労金問題は一時的のものだ。日本鉄道が国有に成つて買収された後で、積立てあつた慰労金の分配に就て紛擾が起つたので、以前重役であつた私が這入つて調停したのだが、何の位の金で何う始末したか覚えがない。何でも私が長い間重役であつたから、其当時は関係がなかつたが、私が世話してやれば公平で又親切であるとか云ふのでそうなつたのだらう」
増田「此紛擾を起した分配の事には、山田英太郎さんが一番懸り合があつたそうで御座います。重役が取り過ぎて使用人が少かつたと云ふのが原因だつたと云ふので、後に至つて重役は取分を吐出したそうで御座います」
先生「要するに重役に多く使用人に少いと云つたのが原因だつたが、数字や方法は記憶しない。山田英太郎か久米良作に聞いたらよく判るだらう。余り自己主義に分配するから斯んな紛擾も起る」
篤二「所謂労資問題で御座いますね」
増田「此紛擾が落着しました後、不平連の一人が栃木の方で炭屋を初めたと云つて、王子の御屋敷に伺ひました事が御座います。大変喜んで之を御縁に今後炭を取つて戴き度いと云つて居りました」
先生「そんな事もあつたでせう」
  ○第十六回雨夜譚会ハ飛鳥山邸ニ開カル。当日ノ出席者ハ、栄一・篤二・敬三・増田・小畑・高田、係員岡田・泉。


山田英太郎氏談話 昭和九年七月六日於白金台町山田邸(DK080052k-0010)
第8巻 p.614-616 ページ画像

山田英太郎氏談話               昭和九年七月六日於白金台町山田邸
                    佐治祐吉・山口栄蔵筆記
○日鉄解散後慰労金分配の紛擾について
解散慰労金は私の計算では総額四二〇万円入用であつた。これは当該
 - 第8巻 p.615 -ページ画像 
係員何十人関所の数十幾所を通して精密に計算して四百二十万円となつた。然るに十五銀行から来た常務取締役一人、平取締役一人がこの解散慰労金を出し渋つた。
はじめは三十万円出さう等と云ふ、次には八十万円まで出さうと云ふこれでは問題にならぬ。私と富田鉄之助とで話しあつたのは、如何したら適当と認められる慰労金額までせり上げられようかと云ふので、実に苦労して何度か練つた。
こゝに専制政治的のことが行はれたのは、曾我社長が私を呼んで云ふのに、どうも済まないが、これは社長一存で三百八十万円まで認めさせて、重役連を承知させたから、これで勘弁して呉れとのこと。そりや困る、それでは無理が生じると云うたが、既に決定してしまつて仕方がない、こゝに非常の無理が出来た。
しかも二万四千人の社員に対し、急にこの初めの計算との違四十万円を計算しなほす余裕はなく、時日は切迫してゐた、後で考へるとこれは急がなければよかつた、二三年かゝつて後でやればよかつた、その時は歳末に間にあはせてやらうと思つて、急いで慰労金の分配を行つた。社員は既に会社から離れ、我々は政権を離れて之を統御し押へる力はない。たちまち不平の徒が口喧しく騒ぎ出した。
ことは誠につまらぬことであつたが、社会的に宣伝されて喧しいことになつた。
上野の駅長はじめ何百人か連名の巻物になつた感謝状を私の所へよこした翌日からこの騒ぎだ。重役連中も急に逃げかくれる始末、久保営業部長など順天堂病院に入院して病気と称してゐるわけ。
大宮の鉄道工場の職工が二千五百人も日比谷に集つて、曾我と山田の家を焼打にしろと云ふ騒ぎ。当時私は中六番町の邸にゐたが、刑事が三人も家に来て警戒する、かうなつては事の正邪如何ではない、群集心理で、理窟ぢや通らない。で株主仲間でも山中隣之助などが何かと騒ぐ、田川太吉郎だとか円城寺などがやつて来て―実は金をもらひにだが―喧しい。
そこで渋沢さんが間に立たれたわけ。
丁度四十年二月には利益配当に関する株主総会がある。これは会社は解散したが、前年十一月までは営業してゐたし、又鉄道はゆづつたがその売却金及まだ数年間利益の配当がつゞくので、その割振の決定のため開かれるのだ。
そこでその総会の前に渋沢さんと二人で相談して、筋書をこしらへて一芝居打つた。
それは総会に於ける配当金の中に賞与金を無しにしておいて、この点につき渋沢さんから質問してもらふ、今期六ケ月は鉄道引継其他事務甚だ多忙だつたに不拘、役員賞与金のないのはどう云ふわけか、これは宜しくその労に対し、剰余金から賞与金を支出すべきであると修正案を出す。これに対して自分は、理窟のいゝ悪いはおき、兎に角輦轂の下に於て彼の騒動を現出した責任は重大であるから、我々役員は今期賞与金を受取るわけにはゆかぬ、これは辞退する。但しこの賞与金の額を以て彼の不平の徒に与へて彼等を慰撫することが出来るのなら
 - 第8巻 p.616 -ページ画像 
ば、之は渋沢さんに一任する、又重役一同は更に之に寄附金を追加する意向あることを述べた。
こゝで議事が一時中止され休憩中に私から曾我にはかつた、貴方は半分(前の賞与金の)出しなさい、常務取締役は三分の一、平取締役は四分の一出さうではないかと提案してとうとうそれで決つてしまつた。
これで渋沢さんに一任して、その指名でこの追加慰労金の分配委員が選まれた。
総会はこれですつかり平穏になつておさまつてしまつた。警戒に来てゐた警察の連中にも、もう何事も起らないから大丈夫御引取下さいと云ふわけ。円満に解決されたのである。
分配委員十数名あげられたが、実際は私に一任せられ、それぞれ割当てゝ完了した。
この時渋沢さんが五千円出された。