デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
3款 濃勢鉄道株式会社
■綱文

第8巻 p.620-623(DK080054k) ページ画像

明治17年4月5日(1884年)

東京府・大阪府・三重県有志者ト共ニ同会社創立発起人ト為リ、伊勢国四日市・美濃国垂井間ニ鉄道ヲ敷設セントシ、是日三重県令岩村定高ニ出願ス。然ルニ工部省之ヲ官設ト為スニ決シタルヲ以テ許サレズ。


■資料

工部省記録 第二九巻(DK080054k-0001)
第8巻 p.620-622 ページ画像

工部省記録  第二九巻            (鉄道省所蔵)
    鉄道布設願書
伊勢国四日市港ハ従来旅客物貨輻輳ノ土地ナルヲ以テ、海運ノ便日ニ月ニ増進シ、加之濃州関ケ原迄ノ鉄道落成以降、江・越・加・濃・飛等之国々ヨリ東京ヘ往返スル旅客物貨ノ本港ヲ経過スル漸ク昌盛ニ向ヒ、殊ニ今般梁ケ瀬ノ隧道モ開通シ、不日ニ敦賀ヘノ汽車運転ヲ開クニ至ルヘシト聞ケリ、果シテ然ラハ、爰ニ一層ノ頻繁ヲ加フルハ必然ノ儀ト奉存候、然ニ本港ト関ケ原トノ間ハ依然トシテ一小船ヲ輯斐川《(揖)》ノ浅瀬ニ棹シ、旅客物貨ヲ運送スルヲ以テ、常ニ遷延遅緩之憾ミアルノミナラス、一朝風雨大水等ノ節ハ、為メニ日ヲ空フスルコト又少シトセス、物貨ノ運搬ヲ渋滞シ、行旅ノ往来ヲ不便ナラシムルハ、実ニ国家経済ノ要旨ニ悖戻致シ候ニ付、此度私共発起ヲ以テ鉄道会社ヲ組織シ、四日市・垂井間ニ鉄道支線ヲ布設シ、以テ官線ニ接続シテ物貨行旅ノ暢達ヲ得候様仕度奉存候、就テハ前陳ノ実況厚御諒察之上、速ニ願意御聴容被成下、併セテ別紙ニ副願仕候所ノ条件御特許被成下度候、依テ別紙御特許願書・会社定款及図面相添、此段奉懇願候也
              三重県伊勢国桑名郡
              桑名船馬町十三番地士族
  明治十七年四月五日      発起人 佐藤義一郎(印)
              東京府深川区福住町四番地
                同    渋沢栄一 
                        ○外四八名署名印略
    三重県令 岩村定高殿
 前書之通願出候付奥印進達仕候也
  明治十七年四月五日
            三重県伊勢国三重郡四日市戸長
                    堀木忠良
(別紙)
    副願書
      特許請願ノ件
一官有ノ土地家屋ニシテ鉄道線路ニ当ルモノ、及ヒ鉄道ニ必要ナル倉庫、停車場ニ使用ス可キモノハ無賃ニテ御貸与被成下度事
 - 第8巻 p.621 -ページ画像 
一民有ノ土地家屋ニシテ前項ノ用ニ供ス可キモノハ、公用土地買上規則ニ拠《(マヽ)》ス可キモノハ、政府之ヲ御買上之上、更ニ当会社ヘ御払下被成下度事
一鉄道及ヒ之ニ属スル一切ノ土地ハ、其租税ヲ免除被成下度事
一鉄道建築ノ工事ハ、工部省鉄道局ニ於テ御管理被成下度事
  ○外二件略ス。
右之件々御允許被成下度候、此段副願仕候也
              東京市深川区福住町四番地
  明治十七年四月五日
               発起人総代 渋沢栄一 
                        ○外六名氏名印略

    濃勢鉄道会社定款
政府ノ允許ヲ得テ、運輸ノ公益及ヒ株主ノ利益ヲ謀リ、鉄道会社ヲ創立スル為メ、其発起人協議ノ上決定スル処ノ定款左ノ如シ
   第一章 総則
第一条 本社ハ伊勢国四日市ヨリ美濃国垂井迄鉄道ヲ建築シ、運輸ノ業ヲ営ムヲ以テ目的トス
第二条 本社ハ濃勢鉄道会社ト称スベシ
第三条 本社ノ事務所ハ伊勢国四日市ニ設置スベシ
第四条 本社ハ総テ政府ヨリ下附セラルヽ命令書ノ旨意ヲ遵奉履行スベシ
第五条 本社ノ責任ハ有限トス、故ニ会社ニ損失又ハ他ノ事故アリテ閉鎖分散スルコトアリト雖トモ、株主ハ其株金ヲ損失スルニ止マル者トス
第六条 本社営業ノ期限ハ開業ノ日ヨリ向九十九年トス
第七条 本社ノ資本金ハ鉄道ヲ建築シ得ヘキ経費ヲ概算シテ百五十万円トナシ、之ヲ壱万五千株ニ分チ、壱株ヲ百円トス
  ○第八条ヨリ第四四条マテ略ス。
右之条々発起人ノ衆議ヲ以テ相定メ候、其証拠トシテ各記名調印致シ候也
              三重県伊勢国桑名郡
              船馬町十三番地士族
                発起人 佐藤義一郎(印)
              東京府深川区福住町四番地
                同   渋沢栄一
                       ○外四八名氏名印略

    株主人名録
      記
一金九十九万弐千円     発起人負担額
               右名面
                     吉井友実
                     渋沢栄一
                        ○外四八名氏名略
 - 第8巻 p.622 -ページ画像 
一金五十万八千円      株主募集額
               右名面
                     深川亮造
                        ○外四〇名氏名略

    新設鉄道敷地測量之儀追願書
本月五日付ヲ以テ勢州四日市ヨリ濃州垂井迄鉄道新設之義願書捧呈仕候ニ付テハ、先以右鉄路敷地一応測量仕度候処、兼テ該工事之義ハ工部省ニ於テ御管理被成下度旨御願申上置候次第モ有之候間、何卒同御省ニテ御測量被成下度、此段奉追願候也
                    三輪猶作(印)
  明治十七年四月十八日        佐藤義一郎(印)
                    渋沢栄一
    三重県令 岩村定高殿
    ○
三重県下人民ヨリ出願候民設鉄道布設ノ儀熟考候処、四日市ヨリ美濃国垂井駅ニ至ルノ線路ハ、西ハ京坂神戸ヨリ、西北ハ越前敦賀港ニ通スル既成ノ官設鉄道ニ聯絡シテ、其欠線ヲ補フ者ニシテ、此線布設ノ功ヲ奏スル以上ハ、既成鉄道ノ効用ヲ益ス事実ニ著シク、其現今ノ状況ニ倍蓰スヘキハ疑フ所ニ非ス、且ツ中仙道鉄道布設ニ要スル物品材料運搬ノ便ヲ与フル甚タ大ナルニ依リ、該線工事ノ会計上ニ許多ノ利益ヲ得ル事亦随テ相伴フ可ク、畢竟スルニ目下必要ノ線路ナルヲ以テ人民ノ私設ヲ俟タス、寧ロ官府ニ於テ決然着手相成候方得策ト存候、又費用ノ点ニ至リテモ、中仙道線建築費用ノ一部ヲ以テ之ニ充テ候共、前述物品運搬ノ便宜ヲ得ルカ為省節スル所ノ額ヲ以テ、彼此相償フ可キニヨリ、好シ此線ヲ加フルモ、中仙道鉄道公債ヲ以テ募集セル資金額ヲ超過シ、更ニ補塡ヲ仰ク等ノ事ハ万有之間敷ト被存候ニ付、此儀御允可相成候ハヽ、此線ニ向ヒテ幹線支線ノ差別ヲ置キ、官設民設ノ鉄道ヲ分チ候ニ不及、処分方簡易ニシテ、民設会社ノ通弊ナル紛擾ヲ醸成候憂ヒ無之、十全ノ策ト存候○中略此段意見上申仕候也
  明治十七年五月二日           井上鉄道局長(印)
    佐々木工部卿殿

  工部卿 (佐々木印)(印)
  工部大少輔
                   (朱書) (平尾印)
    三重県江御指令案         本日指令(印)
書面四日市垂井間鉄道敷設者官設候ニ付、私設之義者難聞届候事
         (朱字)
  明治十七年五月九日    工部卿 佐々木高行
  ○右濃勢鉄道会社発起人中ニハ佐藤義一郎・三輪猶作・伊藤伝七・諸戸清六等地元有力者ノ外、大倉喜八郎・川崎八郎右衛門・原六郎・三野村利助・益田孝・林賢徳・小室信夫・渋沢喜作・森村市太郎・子安峻・安田善四郎・吉井友実・堀基・川崎正蔵(以上東京)・藤田伝三郎・広瀬宰平・外山修三・松本重太郎(以上大阪)等ノ財界有力者参加セリ。
 - 第8巻 p.623 -ページ画像 

日本鉄道史 上篇・第四五五―四五七頁〔大正一〇年八月〕(DK080054k-0002)
第8巻 p.623 ページ画像

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