デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
7款 北海道炭礦鉄道株式会社
■綱文

第8巻 p.645-669(DK080058k) ページ画像

明治22年8月9日(1889年)

栄一、侯爵徳川義礼外十一名ト共ニ発起人ト為リ、北海道室蘭・空知太間及同線路ヨリ分岐シテ夕張空知両炭山ニ至ル間鉄道ヲ敷設シ、並ニ手宮・幌内太・幾春別間官有鉄道ヲ払下ゲ、以テ運輸ノ業ヲ営ミ、併テ幾春別・空知・夕張・美唄等ノ諸炭山ヲ採掘セントス。是日政府並ニ北海道庁ニ同会社創立及鉄道部資本利子補給其他ノ特許ヲ出願ス。十一月十八日許可セラレ、十二月十一日営業ヲ開始セリ。


■資料

青淵先生公私履歴台帳 明治二十五年五月十日調(DK080058k-0001)
第8巻 p.645 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳 明治二十五年五月十日調
                    (渋沢子爵家所蔵)
明治廿二年
八月  北海道炭礦鉄道会社ノ常議員ニ選挙セラル
  北海道ニ拓地殖民ノ業ヲ拡張スルノ急務ハ、鉄道ヲ布設スルニアリ、然リト雖、目下人烟稀疎ニシテ、乗客貨物共ニ少キヲ以テ、他ニ搭載ノ貨物ヲ得サレハ、其鉄道ヲ維持スヘカラサルカ故ニ、鉄道事業ニ併セテ採炭ノ事ヲ以テシ、相提携シテ之カ進歩ヲ謀ルノ目的ヲ以テ、堀基・田中平八其他発起者諸氏ヨリ、戮力賛成ノ事ヲ請求セラルヽニヨリ、終ニ之ニ応シ、共ニ発起人トナリテ、一大会社ヲ創設シ、会社ノ常議員ニ選挙セラレテ、現ニ其職ニ在リ


北海道炭礦鉄道会社第一回実際報告 明治二三年五月(DK080058k-0002)
第8巻 p.645-646 ページ画像

北海道炭礦鉄道会社第一回実際報告 明治二三年五月
    ○創立顛末
一本会社ハ明治二十二年八月十二日東京京橋区木挽町五丁目五番地ニ創立事務所ヲ置キ、北海道炭礦鉄道会社創立事務所ト称セリ、現時東京支社所在ノ位置即チ是トス
一本会創立事務《(社脱)》ハ事務所設置ニ先タチ、六月二十一日ヲ以テ麻布区飯倉片町壱番地発起人堀基氏自邸ニ其経営ヲ始メ、発起人侯爵徳川義礼・奈良原繁・渋沢栄一・森岡昌純・原六郎・高島嘉右衛門・小野義真・吉川泰二郎・田中平八・園田実徳・下村広畝・北村英一郎・堀基ノ諸氏十三名ハ七月十八日芝山内紅葉館ニ会シ、同二十二日京橋区木挽町日本鉄道会社ニ会シ、八月三日麹町区星ケ岡茶寮ニ会シ仍テ以テ本会社創立規約及定款ヲ議定シ、並ニ北海道手宮・幌内間及幌内太・郁春別間全長六十二哩ノ官有鉄道及幌内炭山ノ附属物件払下、其他郁春別・空知・夕張ノ諸炭山ニ係ル譲受等ノ事ヲ評決シ
 - 第8巻 p.646 -ページ画像 
且是等ノ事務一切ヲ委任センカ為メ、同四日創立規約第九条ニ依リ創立委員三名ヲ互撰シ、堀基氏ヲ創立委員長ニ、園田実徳・下村広畝二氏ヲ同委員ニ嘱托セリ 爾後発起人会ハ九月十三日創立事務所ニ之ヲ開キ、十一月七日重テ同所ニ之ヲ開キ、同月廿日精養軒ニ之ヲ開キ、同月廿三日東京支社ニ又之ヲ開ク
○中略
一本会社創立、並北海道室蘭港ヨリ空知太ニ達スル鉄道及同線路ヨリ岐シテ夕張炭礦・空知炭礦ニ達スル両支線鉄道全長百三拾四哩間ノ布設資本ニ対セル利子補給其他特許ノ請願、及幌内炭山附属物件並ニ前項官有鉄道払下ノ請願ハ、創立規約及定款ト与ニ、九月三日政府ニ進達シ、鉄道布設工事方法書及工事予算表ハ、同二十四日之ヲ進達シ、越テ十一月十八日其允許ヲ得、並ニ鉄道布設及払下鉄道運輸営業ノ本免状ヲ下附セラレ、玆ニ始テ北海道炭礦鉄道会社ト公称ス
一払下鉄道及之ニ属スル土地建物諸物件ハ、北有社長村田堤氏拝借中ニ係ルヲ以テ、同社ヨリ譲受ノ土地建物機関車車輛及郁春別炭山ニ属スル諸物件ヲ併セテ、十二月十日与ニ其引継ヲ同社長村田堤氏ヨリ受ケ、且ツ幌内炭山附属物件ハ其引継ヲ空知監獄署ヨリ受ケ、其翌十一日ヲ以テ鉄道ノ運輸及幌内・郁春別両炭礦ノ採掘ヲ始メ、本社ハ北有社ノ本社タリシ北海道後志国小樽港手宮町番外地所在ノ建物ヲ以テ之ニ充ツ
   ○上掲書中、創立願書ヲ九月三日政府ニ進達云々トアルハ、八月九日ノ誤ナラン。後出「北海道炭礦鉄道会社創立並ニ利子補給其他特許願」日附及ビ後出創立顛末略表ニハ八月九日ト記ス。
   ○発起人会ニ於ケル栄一ノ出席左表ノ如シ
     明治二十二年七月 十八日  出席
           七月二十二日  出席
           八月  三日  欠席
           九月 十三日  出席
          十一月  七日  欠席
          十一月 二十日  出席
                 爾後常議員トナル
              (北海道炭礦汽船株式会社沿革資料一ニ拠ル)


北海道炭礦鉄道会社創立並ニ利子補給其他特許願(DK080058k-0003)
第8巻 p.646-648 ページ画像

北海道炭礦鉄道会社創立並ニ利子補給其他特許願
    北海道炭礦鉄道会社創立並ニ利子補給其他特許願
私共今般発起人ト為リ、北海道ニ於テ炭礦鉄道会社ヲ創立シ、会社資本総額金六百五拾万円ノ内百五拾万《(円)》ヲ以テ採炭業ニ従事シ、五百万円ヲ以テ鉄道ヲ布設シ運輸業ニ従事仕リ度候、思フニ本道ノ人口漸ク増加シ、殖産ノ業亦年ヲ追フテ起リ、又将ニ鉄道ノ布設ヲ竢テ各業勃興セントスルノ傾向アルカ為メ、鉄道布設ノ必要ヲ感スルノ地方最モ多シ、依テ函館ヨリ根室マデノ鉄道ヲ貫通スルハ軍事施政及殖産上必要ノ義ニシテ、早晩之カ計画ヲ為スヘキハ勿論ニ候得共、今日ノ場合ニ於テハ収支相償フヘキ見込モ立兼候ニ付、先以会社営業上ノ安全ヲ謀リ、差向キ室蘭・空知間ニ鉄道ヲ布設シ、依テ幌内鉄道ト連絡セシメ当分幌内・郁春別・空知・夕張・美貝炭山ノ運炭ヲ主トシ、兼テ乗客
 - 第8巻 p.647 -ページ画像 
貨物ノ運輸ヲ以テ営業ト仕リ、漸次ニ他ヘ延長致度見込ニ御座候、然ルニ此度ノ計画タル、本道未開ノ地ニ巨多ノ資本ヲ投シ、開拓ノ事業ヲ翼賛スルノ微意ニ有之候得ハ、特別ノ御詮議ヲ以テ、本会社創立並ニ鉄道部資本金五百万円ニ対シ、向十ケ年間五朱ノ利子御補給、併セテ別紙記載ノ各項トモ、御聴許被成下候様仕リ度、尤モ私設鉄道条例及日本坑法ヲ遵守シ営業可仕ハ勿論ノ義ニ有之候、別冊起業目論見書相添、此段奉願候也
  明治二十二年八月九日
          東京府本所区横網町一丁目十九番地
                   侯爵 徳川義礼
          東京府麹町区飯田町三丁目十三番地
                      奈良原繁
          東京府深川区福住町四番地
                      渋沢栄一
          東京府京橋区南小田原町四丁目一番地
                      森岡昌純
          神奈川県横浜市野毛町四丁目百六十二番地
                      原六郎
          神奈川県横浜市尾上町五丁目八十一番地
                      高島嘉右衛門
          東京府下北豊島郡千住南地方橋場千三百八十番地
                      小野義真
          東京府下南葛飾郡小梅村二百三十二番地
                      吉川泰次郎
          神奈川県横浜市弁天通二丁目三十二番地
                      田中平八
          北海道函館区元町四十番地
                      園田実徳
          東京府日本橋区村松町四十六番地
                      下村広畝
          東京府日本橋区兜町四番地
                      北村英一郎
          北海道札幌区北二条東一丁目二番地
                      掘基
  内閣総理大臣 伯爵 黒田清隆殿
(別紙)
    政府ノ特許ヲ請フヘキ条項
第一会社資本金払込額ノ内鉄道部資金ニ対シ、建築落成迄ハ、其株金払込ノ翌月ヨリ起算シ、年五朱ニ当ル利子ノ保護ヲ賜リ、運輸業開始ノ後純益ノ配当一ケ年五朱ニ上ラサルトキハ、五朱迄ノ不足額御補給被成下度事
第二本社正副社長及ヒ理事ハ、利子御補給ノ年間、官撰ヲ以テ任命被成下度事
 - 第8巻 p.648 -ページ画像 
第三鉄道敷地及ヒ之ニ附属スル停車場用地並ニ倉庫家屋其他滊車運転ニ必要ノ敷地ニ当ルモノハ、総テ国税及ヒ地方税共御免除被成下度事

内閣批第一九号
明治二十二年八月九日附
北海道炭礦鉄道会社創設ノ件ヲ認許シ、免許状ヲ下附ス
  明治二十二年十一月十八日
        内閣総理大臣 公爵 三条実美総理大臣印

第十一号
私設鉄道条例ニ依リ、北海道後志国小樽ニ於テ設立セントスル北海道炭礦鉄道会社発起人ヨリ差出シタル、線路図面工事方法書工費予算書及定款ヲ妥当ナリト認メ、北海道炭礦鉄道会社ヲ設立シ、室蘭港ヨリ空知太ニ達スル鉄道及同線路ヨリ岐シテ夕張炭礦・空知炭礦ニ達スル両支線鉄道ヲ布設シ、前記鉄道並北海道炭礦鉄道会社発起人カ政府ヨリ払下ヲ受クル手宮・幌内間及幌内太・郁春別間鉄道運輸ノ業ヲ営ムコトヲ免許シ、其鉄道用地ハ国税ヲ免除ス、但此免許状下付ノ日ヨリ起算シ満三ケ年以内ニ布設工事ヲ竣工スヘシ
  明治二十二年十一月十八日
        内閣総理大臣 公爵 三条実美総理大臣印
                   侯爵 徳川義礼
                          外十二名
今般北海道炭礦鉄道会社創設ニ付、空知・室蘭間鉄道資本ニ対シ利子補給願ノ件、内閣主務大臣ノ指揮ニ拠リ、当庁ニ於テ聴許候条、全線路ノ工事ヲ数区域ニ分チ、当庁ニ届出ヘシ
  明治二十二年十一月十八日
        北海道庁長官 永山武四郎長官之印


北海道炭礦鉄道会社創立ニ付特許願(DK080058k-0004)
第8巻 p.648-649 ページ画像

北海道炭礦鉄道会社創立ニ付特許願
    炭礦鉄道会社創立ニ付特許願
私共今般発起人ト為リ、北海道ニ於テ炭礦鉄道会社ヲ創立仕リ度、其創立願書及起業目論見書等ハ別冊ノ通ニ有之候、就テハ右出願御允可相成リ候ト同時ニ、左ノ事項御特許被成下度
一目下村田堤運輸請負中ノ幌内及郁春別鉄道並幌内炭山ニ属スル建物器具其他ノ物件ハ、相当代価ヲ以テ御払下被成下度事
 但本会社ハ漸次北海全道ニ係ル運輸交通ノ便ヲ開キ、依テ以テ本道ノ開拓事業ヲ翼賛シ奉リ度微意ニモ有之、乃チ差向キ室蘭・空知間ノ新鉄道ヲ布設可仕計画モ相立テ候義ニ付、新設鉄道ハ幌内及郁春別鉄道ニ連続セシメ、以テ運輸ノ公益ヲ開キ、又営業ノ便ヲモ企図仕リ度、尤モ新旧鉄道其管理ヲ異ニシ候時ハ、相互孤立不便ヲ致シ到底得策ニ無之ト奉存候間、特ニ本会社ヘ御払下奉願候義ニ有之候将タ之レニ属スル建物器具其他ノ物件相当代価ヲ以テ御払下奉願、
 - 第8巻 p.649 -ページ画像 
他ノ諸炭山ト与ニ採掘事業ヲ拡張仕度、依テ本項ニ関シ村田堤ト示談相整ヒ候、右ノ次第ハ幌内郁春別鉄道運輸請負並ニ幌内石炭一手買受ノ御命令書返還ノ義、同人ヨリ発起人総代ノ連署ヲ以テ曾テ出願仕置候通ニ御座候
前陳記載但書通ノ理由ニ候間、特別ノ御詮議ヲ以テ願意御聴許被成下度、此段奉願候也
  明治廿二年八月九日
                      発起人○姓名略
    北海道庁長官 永山武四郎殿


北海道炭礦汽船株式会社沿革資料一(DK080058k-0005)
第8巻 p.649-655 ページ画像

北海道炭礦汽船株式会社沿革資料一(北海道炭礦汽船株式会社所蔵)
    有限責任北海道炭礦鉄道会社創立規約
北海道室蘭より空知まで鉄道の布設及採炭業を創立するに当り、発起人熟議の上規約を定むること左の如し
第一条 本会社は北海道炭礦鉄道会社と称し、北海道小樽に設置す
第二条 本会社は室蘭より空知太及同線路より岐して夕張・空知の両炭山まで鉄道を布設し、且手宮・幌内太・幾春別間鉄道を政府より払下げ、運輸の業を営み、併て幌内・幾春別・空知・夕張・美唄等の諸炭山より石炭を採掘販売するものとす、但将来に至り営業収支の得失を計較して漸次鉄道を延伸し、且つ採炭事業を拡張し、又石炭の販売に当り、海運に要する船舶等に其供給を欠く時は、本会社直接之を準備することあるべし
第三条 本会社資本総額は六百五拾万円にして、内金五百万円を鉄道部の資本金とし、金百五拾万円を炭礦部の資本金とす
第四条 本会社株式は拾参万株に分ち、一株を金五拾円とす
第五条 本会社の株式はその株数四分の一を発起人負担、但しその余は広く募集す
第六条 本会社の創立費用は発起人平等の出金を以て一時立替支弁し追て本会社創立許可の上、各発起人の引請たる株金の内にその金額を組入るへし
第七条 本会社の定款は発起人に於て制定し、重役初期の撰挙はその定款に依り、発起人に於て撰定し、その給額を定むるものとす
第八条 本会社定款第二条の営業を為すに必要なる官有物払下、及各炭山その他諸物品権利等買受け又は示談金を以て譲受等のことは、発起人に於て総て取極め執行するものとす
第九条 発起人は発起人中より委員五名以内を互選し、総て創立事務を委任すへし、但し委員は無給とし、創立の上発起人会に於てその報酬を定むへし
第十条 本会社の株式を募集するに当り、其申込高募集高に超過するときは之を謝絶し、又は申込高に比例してその株数を逓減することあるへし
第十一条 本会社の株式加入を申込む時は、一株に付金壱円を相添へ左の雛形に依り株式申込証書を差出すへし、但第一回払込期日に至り払込を為ささるときは、保証金は没収すへし
 - 第8巻 p.650 -ページ画像 

図表を画像で表示--

  [img 図]印紙 株式申込証  一金 株式 株     但壱株ニ付金五拾円  右ハ拙者儀貴社創立規約書並ニ定款ノ趣旨ニ従ヒ頭書ノ株数引請度候依テハ保証金トシテ壱株ニ付金壱円相添ヘ此段申込候也            住所   年 月 日              何 某印        北海道炭礦鉄道会社              御中 



第十二条 本会社資本金総額の内、新設鉄道部資金に対しては、払込の翌日《(月)》より営業開始まで、年五分に当る利子の保護を政府より受け営業開始後八ケ年間は純益五分の割合に至らされは、その不足額を政府より補給せらるゝに付、左の方法により利益金の配当を為すものとす
   新設鉄道部
 一金             元資金
 一金             当期間総収益金
  内
  金             当期間営業一切ノ諸費
  差引金
 一金             政府補給金(純益金五分ニ至らさる時)
  計金
   既設鉄道部
 一金             元資金
 一金             当期間総収益金
  内
  金             当期間営業一切ノ諸費
  差引金
   炭礦部
 一金             元資金
 一金             当期間総収益金
  内
  金             当期間営業一切ノ諸費
  差引金
 右三部合計
  金             総益金
  内
   金            積立金(純益金ノ百分ノ五以上十迄)
    但総資本額の半額に至りて之を止む
   金           役員賞与金(純益金の百分ノ五以上十迄)
   金           配当金
 - 第8巻 p.651 -ページ画像 
   金           配当金平等準備金
   金           繰越金
  明治二十二年八月
              発起人 侯爵 徳川義礼
                     奈良原繁
                     渋沢栄一
                     森岡昌純
                     原六郎
                     高島嘉右衛門
                     小野義真
                     吉川泰二郎
                        以上
  ○創立規約第十二条計算法ハ明治二十四年十一月十日臨時総会ニ於テ左ノ如ク改正シタリ。
      新設鉄道部
   一金           元資金
   一金           当季間総収入金
    内
    金           当季間営業一切ノ諸費
    差引金         純益金
       既成鉄道部
   一金           元資金
   一金           当季間総収入金
    内
    金           当季間営業一切ノ諸費
    差引金         純益金
       炭礦部
   一金           元資金
   一金           当季間総収入金
    内
    金           当季間営業一切ノ諸費
    差引金         純益金
   右三部合計
    金           総純益金
    内
    金           積立金(純益金ノ百分ノ五以上十マテ)
      但総資本額ノ半額ニ至リテ之ヲ止ム
     金          役員賞与金並交際費(総純益ノ百分ノ七以上十マテ)
    差引金         純益金残額
    金           補給利子(新設鉄道営業利益年五朱ニ達セサルトキ)
   二口合計
    金
    内
     金          配当金
     金          配当平等準備金
     金          後季繰越金
    有限責任 北海道炭礦会社定款
 - 第8巻 p.652 -ページ画像 
北海道炭礦鉄道会社を創立するに際し、発起人熟議の上決定する定款左の如し
   第一章 総則
第一条 本会社は室蘭より空知太まで及同線路より岐して夕張・空知の両炭山まで鉄道を布設し、且手宮・幌内間及幌内太・幾春別間鉄道を政府より払下、運輸の業を営むものとす
第二条 本会社は北海道炭礦鉄道会社と称し、その本社を札幌に設置す、尚便宜に依り支社或は出張所を置くことあるへし
第三条 本会社の資本金総額は六百五拾万円とす
第四条 本会社は有限責任にして、各株主は本会社に対しその引受けたる株券面の金高を払込むへき義務あるに止り、本会社の債主に対しては直接に負担する義務あることなし
   第二章 株式
第五条 本会社の株式は一株金五拾円として、其株数を拾三万株とす
○中略
   第四章 役員及其権限
第二十条 本会社重役と称する者左の如し
  社長       一名
  副社長      一名
  理事       三名以内
  常議員      五名以内
  検査員《(マヽ)》 二名
  但副社長は時宜により置かざることあり、且つ検査役はなる《(如何脱カ)》場合に於けるも本会社に在りては他の重役以下を兼ぬる事を得す
第二十一条 本会社の重役は本会社の株式百株以上を所有し、現に之を所有したる後六ケ月以上を経たる者の中より、株主総会に於て之を撰挙すへし
  但正副社長及理事の選定は、政府より本会社新設鉄道資本の利子保護若くは補給を受くる年限間は、官撰を請ふものとす
第廿二条 本会社の重役は在職年限は正副社長理事及常議員は各三年とし、検査役は二年とす、尤も再撰に依て重任することを得へし
第廿三条 本会社の重役は其任期中、各自一己の名義を以て所有する本会社株券百枚を本会社に預け置くへし、本会社は禁授受の三字を明記したる預り証書を渡すへし
○中略
第卅二条 本会社の常議員は左に記載する事項並に株主総会の決議を以て委任されたる事項を議定するものとす
  但正副社長、理事は常議員会に列席しその議決に加はるものとす
  第一 鉄道布設工事費予算の事
  第二 株金払込期限及其金額を定むる事
  第三 土地建物其他重要物品を売買する事
○中略
   第六章 議決権
第四十八条 総て株主は株主総会に出席するを得ると雖も、その総会
 - 第8巻 p.653 -ページ画像 
の日数六十日前に五拾株以上の株主と為り、現に之を所有するものに非らされば発言投票の権を有せす、その発言権、投票権は五拾株毎に一個を加ふるものとす
○中略
   第七章 計算
第五十二条 本会社の総勘定は一ケ年を二期に分ち、四月より九月までを前期とし、十月より翌年三月までを後期とし、毎年五月、十一月両度に於て六ケ月間の出納精算し、毎期の定式総会に於て之を報告し、その認可を経るものとす
第五十三条 本会社資本金総額の内、新設鉄道資金に対しては、払込の翌月より営業開始まで年五分に当る利子の保護を政府より受け、営業開始後八ケ年間は純益年五分の割合に至らされば、その不足額を政府より補給せらるゝに付、新設鉄道資本と既成鉄道資本とは其計算を区別するものとす
第五十四条 本会社の資本金並借入金を以て配当金に充つる事を得す
○中略
  明治二十二年八月三日
              発起人 侯爵 徳川義礼
                     奈良原繁
                     渋沢栄一
                     森岡昌純
                     原六郎
                     高島嘉右衛門
                     小野義真
                     吉川泰二郎
     鉄道起業目論見書概略
 一、社名             北海道炭礦鉄道会社
 一、本置             小樽
 一、線路両端           室蘭――空知
 一、経過すへき地名        幌内、白老、苫小牧、美々《(美唄カ)》、夕張、岩見沢、但別紙略図
 一、会社資本金          金六百五拾万円
      内鉄道部資本       五百万円
 一、総株数            拾参万株 但一株五拾円
 一、鉄道布設費          四百七拾万七千弐百弐拾六円
 一、運輸営業上収支概算      別紙第一号
 一、発起人氏名住所及引受へき株数 別紙第二号
                           以上
(別紙)
 第一号 運輸営業上収支概算(全線開通後七ケ年平均)
 一金六拾五万九百六拾円       総収入
    内
    金拾壱万七千円         客車収入
    金五拾壱万六千九百六拾円    貨車収入
    金壱万七千円          雑収入
 - 第8巻 p.654 -ページ画像 
 一金弐拾七万三千円          総支出
   内
   金拾四万九千五百円        軌道保存費
   金拾弐万三千五百円        営業諸費
    差引金参拾七万七千九百六拾円  純益
     但資本金五百万円に対し年七分五厘強に当る
                          以上

(別紙)
第二号
株数
二千五百株  東京市本所区横網町壱丁目拾九番地     徳川義礼
二千五百株  東京市麹町区飯田町三丁目拾八番地     奈良原繁
二千五百株  東京市深川区福住町四番地         渋沢栄一
二千五百株  東京市京橋区南小田原町四丁目一番地    森岡昌純
二千五百株  神奈川県横浜市野毛町四丁目六拾弐番地   原六郎
二千五百株  同 同市尾上町五丁目八拾壱番地      高島嘉右衛門
二千五百株  東京府北豊島郡千住南町地方橋場一三八〇  小野義真
二千五百株  東京府南葛飾郡小梅村二百三十二番地    吉川泰二郎
二千五百株  横浜市弁天通二丁目三十二番地       田中平八
二千五百株  北海道函館区元町四十番地         園田実徳
二千五百株  東京市日本橋区村松町四十六番地      下村広畝
二千五百株  東京市日本橋区兜町四番地         北村英一郎
二千五百株  北海道札幌区北二条東一丁目弐番地     堀基
                               以上

    幌内及郁春別鉄道運輸請負並ニ幌内石炭一手買受御命令書返還之儀願
幌内石炭ノ儀、従来販路渋滞シ営業困難罷在候処、販売上稍々見込有之候ニ付、出願之末、去明治廿年五月ヨリ来廿五年三月マデ五ケ年間一手買受之御許可ヲ得、爾来内外各地之需用大ニ増加シ、幌内而已ニテハ供給不足ヲ告ケ候場合ニ至リ候ニ付、更ニ郁春別石炭採掘ヲ企図シ、幌内鉄道貸下並ニ郁春別鉄道私費補足之儀出願仕候処、昨明治廿一年四月ヨリ来明治三十六年三月迄十五ケ年間、幌内鉄道及郁春別鉄道運輸請負並郁春別鉄道私費補足ノ特許ヲ蒙リ営業罷在候、然ルニ今般室蘭・空知間鉄道架設並ニ各炭山開坑ヲ以テ目的トシ設立セントスル所ノ北海道炭礦鉄道会社発起人惣代堀基ヨリ、幌内及郁春別鉄道ヲ室蘭・空知間鉄道連帯ノ営業トシ、且幌内炭山モ同会社ノ事業ト為シ候時ハ、拓地殖民計劃上裨益スル所頗ル大ナル儀ニ有之、依テ既成鉄道及炭山払下ノ出願致度候ニ付、両営業所命令書還付之儀示談有之、右ハ国家ノ為メ甚タ美挙ト存候間、御命令書ノ営業年限中ニハ候得共拓地殖民ノ一助ト相成候得者素願貫徹仕儀ニ付、其需望ニ応スヘキ旨協議相整候、就テハ北海道炭礦鉄道会社設立御許可ノ上ハ、鉄道運輸受負石炭一手買受ノ御命令書返還仕度、北海道炭礦鉄道会社発起人連署此段上願仕候也
 - 第8巻 p.655 -ページ画像 
  明治二十二年八月九日
       北海道炭礦鉄道会社発起人総代
                      堀基
       幌内及郁春別鉄道運輸受負並幌内石炭一手買受人
                      村田堤
    北海道庁長官 永山武四郎殿
   ○北海道炭礦鉄道会社ガ政府ヘ払下ヲ願出タル幌内鉄道ハ、明治六年北海道開拓使ガ傭米国人ライマンニ命ジテ幌内煤田ノ開採並ニ運炭方法ヲ調査セシメタルニ始リ、後十一年起業公債中百五十万円ノ下附ヲ得テ傭米国人クロフオードノ設計セル幌内・小樽間鉄道敷設計画ニ基キ、十三年一月起工十五年十一月手宮・幌内間五十六哩竣工セルモノ。其所管ハ変遷ヲ経テ明治二十年八月ニハ北海道庁ノ管轄スルトコロトナリ、更ニ二十一年三月村田堤、北有社ヲ創立シテ之ガ鉄道運輸ヲ請負経営スルニ至レルナリ。「日本鉄道史」(上篇第三〇〇―三二三頁)、「北海道炭礦汽船株式会社五十年史」(第八―一四頁)及後掲「参考」所引ノ「青淵先生六十年史」参照。


北海道炭礦鉄道会社関係書類(DK080058k-0006)
第8巻 p.655-657 ページ画像

北海道炭礦鉄道会社関係書類     (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、稍々快晴致候処、愈御清祥奉賀候、陳ハ本会社設立官許ノ義モ最早不日ニ可有之被存候処、頃日モ御協議申上置候通リ、諸般ノ事業着着準備ヲ要シ候間、差向キ本会社ノ組織並ニ役員ノ俸給及旅費等ノ制定差急キノ件々有之候、此内本会社組織上ノ義ハ、頃日モ御協議仕候大体ニ基キ布衍シタルモノニ有之、将タ俸給ノ割合ハ日本鉄道会社等ニ比準ヲ取リ、旅費ハ内国旅費規則等ヲ参照候モノニ御坐候、右等総般ノ比準ハ多少割合能キヤニ候ヘ共、本会社ノ業務ハ炭礦移住民等一種複雑ノ条項モ有之、加之内地ニ比シテ旅行其他ノ諸費多額ヲ要スルノミナラス、総般不便宜ヲ感シ候等ノ事情モ有之、旁々別冊ノ通リ起稿相試ミ候次第ニ御坐候、猶明日ヨリ事務員木村一是差出候間、御熟覧後御意見ノ廉ハ逸々同人ヘ御明示被成下、本紙再ヒ御返付被下候様奉願度候 草々頓首敬具
  明治二十二年九月十七日 北海道炭礦鉄道会社創立委員長
                        堀基
    渋沢栄一殿
  追テ本会社株式 帝室ニ於テ御所有被遊候件愈壱万株即チ金五拾万円御所有ト昨日御確定相成リ候間、此旨添テ御報申上候 不乙

(別冊)
    北海道炭礦鉄道会社職制
第一条 本会社重役ノ職制及定員ハ定款第四章ノ各条項ニ依ル
第二条 本会社定款ニ掲ケタル重役ノ外、左ノ役員ヲ置ク
  技術長   弐名以内
  正副支配人 若干名
  技師    若干名
  手代    若干名
  技手    若干名
第三条 技術長ハ社長ヲ輔佐シテ本会社技術上ニ係ル一切ノ事項ヲ総
 - 第8巻 p.656 -ページ画像 
理シ、及技術員ヲ統督ス
第四条 正副支配人ハ各課ノ事務ヲ分任シ、及手代以下ヲ監督ス
第五条 技師ハ技術上ニ係ル事項ヲ分任シ、及技手以下ヲ監督ス
第六条 手代及技手ハ各分属スル所ノ正副支配人若クハ技師ノ命ニヨリ分担ノ事項ヲ整理ス
第七条 本会社ニ庶務・工務・運輸・炭礦・会計・倉庫ノ六課ヲ置ク
第八条 工務課ノ外他ノ五課長ハ支配人ヲ以テ之ニ充ツ
第九条 工務課長ハ技師若クハ支配人ヲ以テ之ニ充ツ
第十条 課長ハ課務ノ繁閑ニヨリ他ノ課長ヲ兼ネシムルコトヲ得
第十一条 課長ハ左ノ事項ヲ専行スルコトヲ得
 一営業上必要欠クヘカラサル物件一切ヲ復旧修繕
 二各課常費予算内ニ於テ支弁シ得ル物件ノ購入及借入並ニ予算定額内ニ於ケル日給傭ノ採用及解傭
 三社名ヲ以テ往復スル文書ニシテ課務整理上ニ属スル如キ其事項ノ重大ナラサルモノ
 四手代技手以下ノ管内出張
 五定規アル俸給及旅費等ノ支給
第十二条 課長ハ課員ヲ統轄シテ課務ヲ総理整頓シ、及其責ニ任ス
第十三条 課長事故アルトキハ其課ノ先任正副支配人ヲ以テ課務ヲ代理セシム
第十四条 課員ハ課長ノ命ニヨリ各分担ノ事務ヲ整理シ、及其責ニ任ス
第十五条 庶務課ハ左ノ事項ヲ分掌ス
 一社長ノ処分ニ係ル一切ノ文書及職員ノ進退ニ関スル事項
 二法律・規則及諸条約並ニ本会社ノ会議ニ関スル事項
 三本社ノ取締、及小使・給仕等ノ監督、其他他課ノ掌理ニ属セサル庶務一切ノ事項
第十六条 工務課ハ左ノ事項ヲ分掌ス
 一鉄道及桟橋々梁等ノ工事ニ関スル一切ノ事項
 二炭礦課ニ属セサル土木工事ニ関スル一切ノ事項
第十七条 運輸課ハ左ノ事項ヲ分担ス
 一鉄道営業ニ関スル一切ノ事項
 二鉄道及桟橋々梁等ノ保存監督ニ関スル一切ノ事項
第十八条 炭礦課ハ左ノ事項ヲ分掌ス
 一炭礦ノ採掘及之ニ係ル土木工事一切ノ事項
 二石炭ノ貯蔵及其販売ニ関スル一切ノ事項
 三移住工夫ニ関スル一切ノ事項
第十九条 会計課ハ左ノ事項ヲ分掌ス
 一金銭ノ出納及其計算ニ関スル一切ノ事項
 二物品ノ購入及株式ニ関スル事項
 三各課分管ノ財産統理ニ関スル一切ノ事項
第二十条 倉庫課ハ左ノ事項ヲ分掌ス
 一需用品ノ購入及貯蔵出納ニ関スル一切ノ事項
 二諸倉庫ノ管理保存ニ関スル一切ノ事項
 - 第8巻 p.657 -ページ画像 
第二十一条 此職制ニ定メタル外各課ニ属スル処務ノ細則ハ各課長ニ於テ之ヲ定メ、社長ノ決裁ヲ経テ之ヲ施行ス、但シ他課ニ関渉スルモノハ相互ノ課長協議シテ之ヲ定ム
第二十二条 此職制ニ定メタル役員ノ外、各支社長以下各出張所役員ノ人員及権限ハ各支社及出張所ノ情況ニ就キ別ニ之ヲ定ム
第二十三条 此職制ニ定メタル役員ノ外雇員以下ノ人員ハ各課各支社及各出張所ニ就キ別ニ之ヲ定ム
   ○役員俸給及報酬規則・役員旅費規則略ス。


日本鉄道史 上篇・第三一六―三三一頁〔大正一〇年八月〕(DK080058k-0007)
第8巻 p.657-663 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

北海道炭礦汽船株式会社創立顛末略表(DK080058k-0008)
第8巻 p.663-664 ページ画像

北海道炭礦汽船株式会社創立顛末略表
            (北海道炭礦汽船株式会社所蔵)
八月九日○二二年 創立願書提出
          北海道炭礦鉄道会社創立ニ付特許願(永山北海道庁長官宛)
          創立並利子補給其他特許願(内閣総理大臣黒田清隆宛)
          炭礦営業ノ儀ニ付願(永山北海道庁長官宛)
          幌内及幾春別鉄道運輸請負並幌内石炭一手買受
          命令書返還ニ付願(永山北海道庁長官宛)
   〃 十二日 創立事務所設定
          京橋区木挽町五丁目五番地高島嘉右衛門氏邸内
   〃 十四日 株式予約募集発表
   〃 十八日 株式申込予定超過ニ付募集締切広告
         創立規定ニヨリ創立費発起人分担額ヲ金五百円宛支出
 - 第8巻 p.664 -ページ画像 
ノコトニ決定
   〃 廿一日 出願鉄道創業費調書提出(永山北海道庁長官宛)
   〃 卅一日 鉄道建設ニ付監督方依頼ノ為メ北海道庁鉄道部松本技師派遣ノ件出願(永山長官宛)
   九月 二日 会社事務嘱託 植村澄三郎・市川常孝・市来清助
   〃 十三日 発起人会合 左記事項議定
          一鉄道敷設工事ハ会社設立許可ノ日ヨリ満二ケ年間ニ竣工スルコト
          二炭礦部ノ事業ハ設立許可後直ニ着手スルコト
          三株式ハ満二ケ年以内ニ於テ漸次分割払込完了ノコト
   九月十六日 宮内省持株一万株ト決定ノ旨内蔵頭ヨリ通知
   株式予約申込人名株数等確定
   ○中略
   拾一月九日 炭礦営業ノ儀出願(永山長官宛)
   〃 十八日 会社創立ニ付左記各件認可
          一会社創設免許状下附(総理大臣三条実美)
          二会社創設ニ付新設鉄道資本ニ対シ利子補給ノ件認可(永山長官)
          三鉄道運輸営業免許(総理大臣三条実美)
          四新設鉄道資本利子補給許可ニ付命令書(永山長官)
          五幌内炭山所属物件並鉄道払下願ニ対シ許可ニ付命令書(永山長官)
          右各件請書提出
  拾一月十九日 官選社長堀基氏任命
         社務分担ニ付支配人任命左ノ如シ
           会計課長 支配人     植村澄三郎
           工務課長 〃      市川常孝
           運輸課長 〃      藤野近昌
           庶務課長 〃      木村一是
           東京支社長心得副支配人 堀直樹
  〃  二十日 発起人会ヲ開キ役員選定
  〃 二十一日 理事園田実徳官選任命
  〃 二十六日 会社創立許可ニ付招宴(於築地寿美家)


植村澄三郎氏談話(DK080058k-0009)
第8巻 p.664-665 ページ画像

植村澄三郎氏談話                   (竜門社所蔵)
    北海道炭礦鉄道に関聯しての青淵先生と私
 『私が青淵先生に初めて御目にかゝつたのは九月頃であると思ふがそれは此会社の発起人会が屡々開かれた其中の或席上に於てゞある、即ち私共は堀基氏の事務員として、会社事務上の説明をするために同席したからであつた。当時は我が商法実施前のこととて、株式会社とは称せず、有限責任何々と云うた時代とて、会社を如何にして創立するかに就て、実業家中詳しく知る者もない有様で、一般に銀行会社を創立するには、青淵先生の御指導を仰いで居たのである。故に同社の
 - 第8巻 p.665 -ページ画像 
発起人中に青淵先生が居られたことは、会社の創立に非常な好都合であつたから、会社の経営方針は勿論のこと、其組織に当つても万般の指導を受けたのであつて、有限責任と無限責任との別を先生から講釈してもらつたりした。其後に至り、青淵先生が明治の初年大蔵省に居られた当時著述された「立会略則」を読み、又「会社弁」と云ふ同様の書物を見て、初めて会社に関するいろいろの知識を得たのであるから、先生は我が国に於て小資本を集めて大事業を経営する方法を紹介された第一人者であつたと思ふ。
 偖て北海道炭礦鉄道会社が許可になつてから、其披露の宴会が芝の紅葉館で行はれたが、社長には官選で堀基氏が就任した。従つて堀社長の名で発起者並に知名の士を招いたのであるが、席上堀氏は披露を兼ねて創立中の尽力を謝する旨を述べられ、引続き更めて私を会社経理部支配人として出席の方々に紹介された。此時上席に居た人は奈良原日本鉄道社長、吉田郵船副社長、青淵先生、矢野次郎氏等であつた此中矢野次郎氏は東京高等商業学校の校長で、堀社長の知人であり同氏の奥さんの親戚の人であつたが、私が紹介されると、氏は私に対して、「私は堀とは親戚であるからよく知つて居るが、彼は大山師である聞けば君は逓信省で山内会計局長の部下に居たと云ふことだが、山内は実にきちようめんな人である、だから大山師の下で会計事務を採るのは、山内の下で事務を採るのとは非常な相違があらうから、余程確乎しなくてはならぬ、君は大体どこの学校を出たか」と云はれたので「私は小学校卒業後、小田信樹先生の私塾で漢学を学びました。そして小学校の教員を二年ばかりしたのみで、教育と云ふものはそれだけしか受けて居ません」と答へた処、「それで此の六百五十万と云ふ大資本の会社の経理部長が勤まるか」と質問する。何分当時に於ける事業会社、銀行等の資本金は何れも小額であつたのだ。そこで私は「不肖乍ら社長のお眼鏡により引受けた以上はどこまでもやる覚悟です」と答へると、更に「然らば君は社長と何等かの縁故があるか」ときくから、「いや私は社長とは何等の縁故もありませんが、今回此の会社の発起さるゝに就いて、私を紹介してくれましたのが、もと開拓使に居た時分の上官(此人は松本蒸治博士の父君で勅任技師松本荘一郎氏)で其の結果採用されたのであります、然し私としては北海道に於ける此度の事業は実に北海道の開拓上必要であり、且つ前途有望のものと思ふから志願したので、社長との縁故があつて従事したのではありません。云はゞ事業本位で仕事にかゝつて居ります」と申したのであるがそれを青淵先生は隣席にあつて黙々として聞いて居られた。此の時の言葉が後に青淵先生から私にもどつて来たことがあるのである。○以下明治二二年一一月二〇日ノ項所引ニ続ク。



〔参考〕北海道炭礦汽船株式会社五十年史 第一五―一八頁〔大正一四年[昭和一四年]六月〕(DK080058k-0010)
第8巻 p.665-667 ページ画像

北海道炭礦汽船株式会社五十年史 第一五―一八頁〔大正一四年[昭和一四年]六月〕
    第一節 創立の機運
 北海道庁長官岩村通俊は、其初政に当り、積年の宿弊を除き、専ら時運に適応せる諸般の施政方針を表明せり。産業振興策其最も主なる
 - 第8巻 p.666 -ページ画像 
ものにして、之が為め従来官営に属したる各種の産業機関を民間に払下げ、若くは貸下げの方法を以て広く之を民営に移し、又事業興発の奨励策として基礎堅実にして真に将来性あるものに対しては、資本利子を保証するの特典を附与する等、只管民業の保護発達に努めたり。政府の此英断的処置は民間実業家の抱懐せる意見と合致し、大いに企業熱を昂揚して諸会社設立の機運を醸成したる為め、民資滔々と道内に流入し来り、産業界頓に殷賑を加へ拓殖工作上一進展を示したり。
 前記北有社の創設も亦政府の新方針に因由せるものたるが、偶々道庁理事官として岩村長官の下に開拓事務を掌理し、常に革新策を提唱し来りし堀基は、拓殖推進の為には鉄道の敷設並に石炭富源の開発を焦眉の急と認め、大資本組織による本格的事業計画を樹立し、予め新長官永山武四郎に謀りて其内諾を得、次で北有祉事業の継承に関し村田堤、田中平八等と交渉を重ねたる結果官を辞し、同社の保有せる鉄道及び炭山の営業請負特許権を、一旦道庁に返還せしむるの形式を採り、改めて田中平八との提携に依り鉄道及び炭山附属財産の払下方を政府に出願し、同時に新会社を設立して広く民資を募り、鉄道の新設並に炭山の開発に著手し、以て全道の開拓を促進すべき具体案を練成せり。
 然れども当時に於ける石狩原野は人煙稀少、貨物皆無の僻境にして斯かる地域に斯くの如き大計画を実現せんとする、其大胆にして且つ猪突なる行為を目撃して衆人の喫驚せざるはなく、中には熊か鹿を乗せる鉄道ならんと嘲笑する者すらあり、誰一人真剣に之を支持する者なき有様なりしが、堀基・田中平八等の発起人は毫も是等の批難に屈することなく、計画策を具して朝野の士を訪れ、以て所期の目的に邁往せり。
    第二節 創立準備
一、発起人
 堀基は明治二十二年六月十四日上京し、北海道に因縁深く且つ同郷の先輩たりし総理大臣黒田清隆伯爵を訪れ、計画の私案を披露したる処、伯は「其案は寔に余が素志に叶へり。余も亦充分尽力すべきに付万難を排して成功を期せよ」と激励の辞を与へられ、更に又菊亭侯爵の紹介にて三条実美公に謁見するの機を得、其援助を仰ぎたるに公も亦大いに賛意を表せられ、未だ発起人の顔触れも確定せざる当時に於て三百株の引受を承諾せられたり。蓋し黒田伯の庇護に加へ、三条公の此厚意は会社創立に奔命せる堀基にとりて、実に百万の味方を得たるに等しかりしならん。
 爾来堀基は各大臣を歴訪して成案の要旨を説明し、大方の内諾を得るに努めたるが、一方既設鉄道並に炭山其他の払下に関しては、開拓使時代に於て官有物払下事件として囂々たる紛議を惹起したる先例あるに鑑み、予め世論の向背を知悉する為め、当時民論の泰斗として謳はれたる時事新報社々主福沢諭吉の意見を叩きたるに、社主は「真に北海道を開拓せんと欲せば当然の計画なり。然れども斯の如き大計画は、初めより一切万事打明け主義をとり、世人をして一毫の疑念を抱かしめず、広く世間の同情を惹くを得策とすれば、此際速かに発起人
 - 第8巻 p.667 -ページ画像 
の顔触れを揃へて発表すべし」と同意を表せられたるを以て、世上何等の物議を醸すことなく、諸事順調に創立事務を進捗するを得たり。
依て堀基は明治二十二年六月二十一日、東京市麻布区飯倉片町一番地の自邸内に創立準備事務を起し、漸次有志を募りたる結果、侯爵徳川義礼、第一国立銀行頭取渋沢栄一、日本郵船会社々長森岡昌純、同社副社長吉川泰二郎、同社支配人園田実徳、横浜正金銀行頭取原六郎横浜紳商高島嘉右衛門、日本鉄道会社々長奈良原繁、同社副社長小野義真、田中銀行頭取田中平八、下村広畝、北村英一郎等悉く之を賛し堀基を加へて十三名、何れも発起人たることを諾したり。


〔参考〕青淵先生六十年史 第一巻・第九四二―九四八頁 〔明治三三年二月〕(DK080058k-0011)
第8巻 p.667-669 ページ画像

青淵先生六十年史 第一巻・第九四二―九四八頁〔明治三三年二月〕
北海道炭礦鉄道ハ、其名ノ如ク素ト石炭ヲ運フカ為ニ起リ、其開通ニヨリ石狩幌内原野等ノ開発モ大ニ進ミ、年々乗客貨物ノ増進著シク、此ヲ以テ創業ノ際一碼三十封度ノ軌鉄ヲ用ヰタルモノハ、中頃四十五封度ニ改メ、両三年此ノ方再ヒ悉ク之ヲ六十封度ニ改ムヘキ必要ヲ生シ、手宮・岩見沢間ヲ複線ニスルノ日モ遠カラサルヘシ、抑モ政府初メテ炭礦ノ業ヲ起セシハ、幌内・岩内・茶津内ニシテ、明治十二年度ノ頃ヨリ採掘ニ着手シ、四五年ノ後岩内・茶津内ハ廃坑シ、其業ヲ継続セルハ独リ幌内炭坑ナリ、故ニ十一年太政官ニ稟請シテ開採諸費(岩内共)資本百五十万円ヲ得、同年十月廿二日煤田開採事務掛ヲ札幌ニ置キ、山内堤雲ヲ事務長ニ任シ、松本荘一郎副長トナリ、米国土木工師クローフオールド同礦山工師ゴージヨーヲ始メ、坑夫頭水利工師等漸次傭聘シ、尋テ其石炭ヲ搬出スルニハ、水利工師フアンゲントヲ石狩ニ派シ、同港ニ両個ノ埠頭ヲ設ケ、蒸汽浚渫機械ヲ用ヰテ川口ヲ掘リ、米国海軍大尉ヱムエスデーノ測量ニ依リ、幌内太ヨリ河口迄十四里、流木ヲ除ケハ優ニ十二尺以上ノ深サアルヲ発見シ、幌内ヨリ幌内太迄七里ノ間鉄道ヲ設ケ、川ハ曳船ニテ石炭ヲ輸送スルノ計画ニテ、政府ハ其費用百三万円ノ支出ヲ許可セリ、然ルニ土木工師クローフオールド氏ノ説ニテ、石狩川ハ冬季結氷シテ目的ヲ達セサルノミナラス、搬出スル石炭ハ幌内太ト小樽ニテ二回ノ船積ヲ要シ、破砕ノ害少カラサルト、小樽ヨリ採炭用其他ノ諸器械ヲ運搬スルニモ、小樽札幌間旅客ノ交通ニモ共ニ便利ナリトノ故ヲ以テ、小樽ニ桟橋及工場ヲ設ケ、幌内ヨリ直ニ小樽ニ鉄道ヲ通スルノ議トナリ、十二年十二月前計画ヲ変シ、此ノ費用ヲ百五十二万円ニ改メタリ、此ニ於テ大ニ工事ヲ急キ、手宮・札幌間ノ鉄道ハ十三年一月八日ヨリ同年十一月廿四日迄ニ成工シ、札幌・野幌間ハ十四年六月ヨリ十一月十五日迄ニ成リ、十五年六月江別ニ達セリ、此ノ年外国人ハ一切解雇シ、山内堤雲手宮炭礦鉄道事務所長トナリ、山内徳三郎幌内炭礦事務所長トナレリ、爾後江別幌内間ハ十五年十一月ノ竣工ニシテ、幾春別支線ハ十九年八月幌内太ヨリ一哩ヲ延長シテ中止シ、二十一年春北有社長々長村田堤当時ノ鉄道全部ヲ拝借シ、其五月再ヒ之ヲ延長シ、十一月ニ至リ幾春別炭礦ニ達セリ、二十二年中炭礦鉄道会社ハ線路並炭山等村田ノ権利ヲ譲リ受ルノ約成リ、又政府ノ払下ヲ受ケ、且室蘭港ヨリ空知太ニ達スル鉄道、並ニ同線路ヨリ岐シテ夕張炭礦・空知炭礦ニ達スル両支線ノ
 - 第8巻 p.668 -ページ画像 
鉄道布設、及空知・夕張ノ石炭採掘ノ許可ヲ得テ、株金総額六百五十万円ヲ以テ同社ヲ成立セシメタルハ、実ニ廿二年十一月十八日ニシテ堀基社長ニ上任セリ
○中略
現今該会社ニ於テ採炭ヲ従事シツヽアル炭山合セテ四ニシテ、皆石狩煤田中ニ包含セラルヽモノトス、抑モ北海道ノ炭礦ニ富ムハ既ニ人ノ知ル処ニシテ、全道中殆ント到ル所ニ散在スレトモ、大体之ヲ石狩煤田・天塩煤田・釧路煤田ノ三箇所ニ区別スルコトヲ得ヘシ、而シテ各区他レモ良好ノ煤田ナレトモ、就中石狩煤田ハ区域最モ大ニシテ其炭質モ亦最良好トス、而シテ同会社ノ採掘シツヽアル各炭礦ハ又石狩煤田中ノ最良ナルモノナリ
石狩煤田ハ、北ハ空知炭礦ヨリ南ハ鵡川炭礦ニ亘リ、其広袤南北約三十里東西四五里トス、同会社採掘ノ空知炭礦ハ其北端ニ近ク、幌内・幾春別両炭礦ハ中間ニ位シテ、夕張炭礦ハ殆ント南端ニ近ク、其已南ハ唯鵡川ノ炭礦アルノミ、左ニ各炭礦ニ就キ其概略ヲ記セン
幌内炭山ハ石狩煤田中ニ於テ採掘ニ着手シタル最旧ノ炭山ニシテ、其開坑ハ明治十二年十二月十八日ニアリ、其発見ハ明治元年ニシテ、石狩駅ノ木村吉太郎ナルモノ小樽本願寺ノ材木ヲ幌内近傍ニテ伐採セシトキ、適炭層ノ露出セルヲ見ルモ、未タ其何物タルヲ知ラス、翌二年山ヲ下ルトキ其亢塊ヲ携ヘ帰リ之ヲ人ニ示ス、島松駅ニ猟夫紺野松五郎ナル者アリ、之ヲ見テ其石炭ナルヲ知リ、明治四年殊ニ幌内ニ行キ炭塊数個ヲ採リ、之ヲ開拓使札幌本庁ニ呈ス、当時使庁多事、未タ之ヲ踏検スル能ハス、明治五年札幌ノ早川長十郎之ヲ聞キ、又特ニ行テ炭塊ヲ採リ来リ、具ニ使庁ニ報ス、時ニ開拓四等出仕榎本武揚使庁ニアリ、親シク其景況ヲ質シ、其炭塊ヲ分析シ、肥前高島産ト相伯仲スルコトヲ知レリ
明治六年七月、開拓使ハ傭米国人地質学士ライマンヲシテ幌内炭山ヲ踏査セシメ、礦区数箇所ヲ発見セリ、同七年同人ヲシテ岩内及幌内ノ炭層位置炭量等ヲ調査セシメ、又開拓使傭米人モンローヲシテ石炭ノ分析ヲ為サシメ、同八年又タライマンヲシテ幌内運炭線路ヲ定メシムル等計画怠ラサリシカ、同九年ニ至リ幌内炭山測量ノ業モ亦完結ヲ告クルニ至レリ、次テ明治十二年ニ至リ始メテ幌内炭山本坑大坑道ノ掘鑿ニ着手シ、爾来継続十四年末ヨリ十五年首ニ於テ、滝ノ沢及本沢ニ沿層坑ヲ開キ、玆ニ採炭準備ノ端緒ヲ開キシモ、採炭ニ従事シタルハ実ニ明治十六年ノ事ナリ、爾来明治廿二年ニ至ル迄官業ニテ継続シ、同年該社創業ニ際シテ之レカ払下ヲ得、猶事業改良継続シテ今日ニ至レルナリ
幾春別炭山ハ、明治十三年中開拓使地質測量官吏島田純一、山際永吾職務ヲ帯ヒテ採礦ニ従事シ、発見概測シタルモノニシテ、翌十四年米国鉱山学士ポツターモ亦之ヲ巡視シ、又時ノ開拓使御用掛山内徳三郎稍々精細ナル調査ヲナセリ、此ニ於テ十八年六月廿七日農商務省始メテ之カ開坑ニ着手セシモ、同年十月工事ノ都合ニヨリ一時中止シ、十九年四月再ヒ着手シ、八月中止シ、廿一年七月村田堤之ヲ借区シ、廿二年十二月同会社之ヲ譲受タリ
 - 第8巻 p.669 -ページ画像 
空知炭山ハ、安政年間松浦武四郎蝦夷地ヲ跋渉シ、空知川ニ遡リシトキ、沿岸ニ炭層ノ露出ヲ認シコトハ、同人ノ記述ニ係ル空知日誌ニ見ヘタリ、明治六年時ノ開拓使判官榎本武揚親シク空知川ニ上リ、石炭数個ヲ採取シ、之ヲ分析ニ附シ、翌七年ライマン亦命ヲ受ケテ該所ヲ巡回シ、見取図ヲ製シタルコトアリ、十九年七月北海道庁初メテ空知煤田ノ測量ニ着手シ、翌廿年僅カニ其一段落ヲ了シ、廿二年村田堤外二名初メテ試掘ニ従事セシモ、炭層調査ヲナシタルニ過キス、廿二年十二月同社之ヲ譲受ケテ、廿三年五月二日開坑セリ、同年中ハ専ラ採炭ノ準備ニ止リ、翌年二月以後坑道掘鑿ノ余暇採炭ニ従事セリ
夕張炭山ハ、明治九年開拓使傭米人ライマン北海道地質測量ノ成蹟ヲ報告シ、既ニ夕張地方ニ石炭アルコトヲ記載セリト雖モ、嶮峻ニシテ跋渉スルニ由ナク、又夕張川ヲ遡ラントスルモ、中途瀑布ノ為メ舟通セス、夕張郡安濃呂川ニ石炭ノ流出セルヲ目撃シタル者アリトノ説アルモ、是亦調査ヲ遂クルモノナカリシカ、明治廿一年ノ秋北海道庁技師坂市太郎幌内ヨリ炭層ノ方向ヲ逐ヒ、山谷ヲ越テ夕張地方シホルカベツノ上流ニ出テ、流レニ沿テ下ル数里、初メテ今ノ登川村ニ出テシニ、炭層畳々渓間ニ露出セルヲ発見セリ、爾来道庁ハ同人ヲ派シ、精密ノ測量ヲナサシメ、村田堤外二名カ試掘ノ許可ヲ得タルモ、未タ着手ニ至ラス、廿二年該社創業ノ際之ヲ譲受ケ、廿三年七月開坑、廿五年三月ヨリ採炭ニ着手セリ