デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
19款 台湾鉄道株式会社
■綱文

第9巻 p.218-225(DK090024k) ページ画像

明治32年10月25日(1899年)

是日栄一当会社創立発起人総会ニ臨ミ、事務経過ノ要領ヲ演説ス。仍テ総会ハ会社解散ヲ決議シ、栄一等八名残務委員ニ選バル。尋イデ翌二十六日栄一及ビ小野金六ヨリコノ旨ヲ台湾総督ニ申報ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三二年(DK090024k-0001)
第9巻 p.218 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三二年
十月廿五日 晴
○上略 三時台湾協会ニ抵リ、台湾鉄道会社解散ノ議ヲ開ク、満場異議ナク原案ニ決ス、依テ残務委員八名ヲ指名シテ閉会ス ○下略


台湾鉄道史 上巻・第四七二―四八二頁(DK090024k-0002)
第9巻 p.218-222 ページ画像

台湾鉄道史  上巻・第四七二―四八二頁
同年○明治三二年十月二十五日、台湾鉄道会社ハ創立発起人総会ヲ台湾協会内ニ開キ、会長渋沢栄一事務経過ノ要領ヲ演説シ、発起人総代岡部長職謝詞ヲ述ヘ、畢リテ収支決算・残務委員設置・会社解散ノ事ヲ議決シテ閉会セリ、当日出席者十五人、委任状提出者百二十九人ト云フ、乃チ台湾鉄道会社創立事務経過報告書ヲ印刷配付シ、以テ其ノ顛末ヲ明ニス、翌二十六日、元創立委員総代渋沢栄一・小野金六ヨリ会社解
 - 第9巻 p.219 -ページ画像 
散ヲ総督ニ申報ス、其ノ報告書ハ左ノ如シ
    台湾鉄道会社創立事務経過報告書
明治二十七八年戦役ノ結果台湾全島新ニ帝国ノ版図ニ帰セシヨリ、熟熟島内ノ事情ヲ観察スルニ、其統治上先ツ運輸交通ノ機関ヲ完備スルヲ以テ急務ノ事業ト認メタルニ由リ、明治二十九年五月五日付ヲ以テ台湾鉄道会社ヲ創立シ該島ニ縦貫鉄道ヲ敷設セムコトヲ出願セシニ、同年十月二十七日付ニテ、台湾総督ヨリ之カ許可ヲ受ケタリ、因テ株式予約ノ募集ヲナセシニ、戦後事業計画一時勃興セシ際ニテ、其募集ニ応スルモノ無慮七十余万株ニ達シ、殆ト之カ取捨ニ苦シムノ好況ヲ呈シタリ、即チ予約申込人ニ対シ翌三十年一月二十日ヲ期シ株式申込証拠金ノ払込ヲ通知セシニ、爾来経済上ノ大勢ハ漸次萎靡不振ノ状態ニ傾キ、曩キニ予約申込ノ多数ナルニ拘ラス、実際証拠金ヲ払込ミタルモノ僅ニ七万余株ニ過キス、此ノ儘ニテハ前途会社ノ成立モ甚覚束ナキ次第ナルヲ以テ、資本金払込ニ対シ政府ヨリ毎年相当ノ利子補助ヲ受クルトキハ株主モ安心シテ出資スルヲ得ヘキニヨリ、三十年二月十三日付ヲ以テ資本金払込ニ対シ年六朱ノ補助ヲ下付セラレムコトヲ出願シタルニ、政府ハ之ヲ採納シ、右ニ関スル予算ヲ当時開会中ナル帝国議会ニ提出シテ其協賛ヲ得、同年五月十五日付台湾総督ヨリ工事竣工後満十二ケ年間興業費ニ対シ一箇年六朱ノ補助ヲナスヘキ旨命令セラレタリ、既ニ此ノ特別ノ恩典ヲ受クル以上ハ、仮令金融逼塞ノ当時ト雖、会社ノ成立ハ期シテ侯ツヘキモノアラムト一同深ク相信シ、創業事務ヲ進行セシ折柄、当時ノ民政局長水野遵氏及通信部長土居通予氏ハ、特ニ創業委員ニ内諭スルニ、将来布設スヘキ鉄道用地ノ官有地ニ属スル部分ハ勅令第百七十号ニヨリ無代価下付ヲ為シ得ヘシト雖民有地ニ属スルモノハ急速ニ買収スルニアラサレハ、後日種々ノ故障ヲ生シ、買収費モ相嵩ムヘキニ由リ、将来会社ノ便利ヲ図ルニハ此ノ際急ニ線路ヲ実測スルノ必要アリ、若シ会社ニ於テ測量技術員ノ旅費並測量ニ要スル費用ヲ支出セハ、総督府技術員ヲシテ実測ニ著手セシムルモ差支ナシ、トノ旨ヲ内諭セラレタリ、然ルニ会社成立スル以上ハ是非共線路ノ実測ヲナサヽルヘカラス、民政局ニ於テ斯ノ如キ厚意アル以上ハ、其内諭ニ従ヒ測量スルトキハ経費ノ点ニ於テ幾分カ少額ニテ事務ヲ終了シ得ヘク、結局会社ノ利益ト認メ、直ニ総督府技術員ニ嘱託シ、線路ヲ実測センコトヲ出願セシニ、同年六月十九日ヲ以テ其許可ヲ受ケタリ、因テ測量部署ヲ定メ、全線路ヲ三区ニ分チ、測量ニ著手セシメタリ、其ノ後総督府技術師堀三之助氏帰京シ更ニ報告スルニ、現今基隆・新竹間線路ニ使用シツヽアル機関車ハ都合十台アリト雖、旅客並貨物運輸ニ使用スルモノハ僅ニ四台ニシテ、其ノ他ハ専ラ改築工事ノ為ニ使用シツヽアリ、故ニ運搬スヘキ貨物ハ常ニ基隆埠頭ニ堆積スルヲ免レス、他日会社ニ於テ営業ヲ開始スル以上ハ、少クトモ今日ノ運搬力ヲ一倍シテ、毎日四回以上往復セシムルノ設備ヲナスノ必要ヲ説カレタリ、因テ熟考スルニ、当年内ニハ是非共会社ヲ成立セシメ、翌三十一年ノ初ヨリ営業ヲ開始セントスレハ、機関車・客車・貨車ヲ製造セサルヘカラス、而シテ其ノ製造ニハ早キモ五六箇月ノ時日ヲ要シ、会社成立ノ後ニ至リ其ノ製造ヲナストキハ、大ニ時機
 - 第9巻 p.220 -ページ画像 
ヲ失シ、営業上ノ面目ヲ新ニスルコト能ハサルニ因リ、株主ニハ追テ事後承諾ヲ求ムルコトニ決シ、機関車四台ノ製造ヲ米国ぼーどういん会社ニ注文シ、又客車・貨車都合五十台ノ製造ヲ東京機械製造株式会社ニ注文シタリ、以上ノ設備ヲ為シ、専ラ創業事務ノ進行ヲ図リツヽアリシニ、経済界ノ状態ハ尚ホ萎靡沈滞ノ状況ヲ改メス、再度ノ株式募集ノ期日ニ至ルモ猶漸ク都合十五万五千四百八十五株ニ達シタルニ過キス、斯ノ如キ有様ニテハ今俄ニ予定ノ三十万株ニ満タシムルハ実ニ容易ノ業ニアラサルヲ以テ、仮ニ二十万株ヲ以テ先ツ創立総会ヲ開キ会社ヲ成立セシメ、残株ハ追テ経済界ノ好況ニ復スル時機ヲ俟チ徐ロニ之ヲ募集シ満株ニ至ラシメント欲シ、之ヲ台湾総督府ニ出願シタルニ、同年七月三十日付ヲ以テ許可セラレタリ、爾来専ラ二十万株ニ満タシメント尽力中、内地ノ経済界ハ尚ホ沈滞ノ域ヲ脱スル能ハス、加フルニ台湾ニ於テハ土匪ノ跳梁、伝染病ノ猖獗、疑獄事件ノ騒動等株主ヲシテ放資ニ疑倶ノ念ヲ深カラシムヘキノ事件陸続相継キ、容易ニ満株ニ至ラシムルコト能ハサルノ事情トナレリ、因テ従来ノ方針ヲ改メ、外国資本ヲ借入レ之ヲ以テ興業資金ニ充ツルコトニ決定シ、英国べーやーぴーこつく会社・仏国ふひーぷりる会社其ノ他ノ米独諸国資本家ニ就キ種々ノ縁故ヲ求メ交渉談判幾多ノ辛苦ヲ重ネ、協定略々成ラントシテ破ルヽコト数回ニ及ヒ、遂ニ成功ヲ見ルコト能ハサルニ至リシハ最遺憾ノ事ナリトス
之ヲ要スルニ、台湾鉄道ノ布設ハ官民共ニ必要ヲ認ムル所ニシテ、再三再四会社成立延期ノ許可ヲ受クルモ、経済界ノ大勢ノ否運ニ際会セシト、外国資本家ハ未タ帝国ノ民業ニ放資スルノ危険ヲ感セシトニ由リ、会社ノ成立モ益々困難ニ趣クノ折柄、政府ニ於テハ鉄道布設ノ急ヲ感シ、民業ノ遅々トシテ進行セサルヲ憂ヒ、之ヲ官設トセントスルノ内議アリ、然ルニ前陳機関車其ノ他車輛ノ製作及線路ノ実測等会社成立ノ後之ヲ製作シ若ハ測量スルヲ当然ノ順序トナスモ、種々ノ恩典ヲ蒙リタル会社ナルヲ以テ、前途其ノ成立モ容易ナルヘク、其ノ成立ヲ告クル以上ハ予メ営業開始ノ速成ヲ計ルノ設備ヲナスハ会社ノ利益ノミナラス、又一ニハ公衆ノ便利ト認メ、之ヲ設備シタルニ、創立事業ノ中途ニシテ官設ノ計画相熟スルトキハ、会社ノ成立ハ停止セサルヘカラス、此ノ場合ハ従来消費セシモノ弁償ノ道ナキニ依リ、此等ノ諸費ハ特別ノ詮議ヲ以テ、台湾総督府ヨリ下付セラレンコトヲ昨三十一年十月八日出願セシニ、同月十四日付ヲ以テ会社解散ノ場合ニ関シテハ追テ何分ノ詮議ニ及フヘキ旨指令セラレタリ、其ノ後政府ニ於テハ台湾事業公債法案ヲ帝国議会ニ提出シ、其ノ翼賛ヲ得、官設ノ計画全ク成就セシヲ以テ、本年三月二十五日付、更ニ前陳ノ諸費及ヒ創立ノ為消費セシ総テノ経費モ併セテ下付セラレンコトヲ出願セシニ、政府ニハ会計法等種々ノ故障アリテ、特別勅令ノ発布等其ノ筋ノ詮議モ追々遷延シ漸ク六月二十三日付ヲ以テ、創立ニ関スル諸費ハ詮議ノ限リニアラス従来製作セシ機関車其ノ他車輛並線路測量図面等ハ実費ヲ以テ買上クル旨指令セラレタリ、因テ臨時台湾鉄道敷設部長ノ電招ニ拠リ創立委員総代トシテ松木直巳・川村惇ノ両氏ヲ台湾ニ派出セシメ臨時鉄道敷設部ト交渉シ、尚ホ車輛製作其ノ他線路測量費ハ勿論、前
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願創立諸費モ併セテ下付セラルル様反覆事情ヲ陳弁シ下付ヲ請求シタルモ、創立諸費ハ前指令ノ通下付ノ途ナク、物件売買ノ随意契約ヲ締結シ、従来会社ニ準備セシ機関車・客車・貨車其ノ他線路測量図等総テ臨時鉄道敷設部長ニ引継キ、其ノ実費ノ支払ヲ受ク一切ノ事務ヲ完結セシムルコトヲ得タリ
回顧スレハ、会社創立ノ許可ヲ得テヨリ玆ニ三年ノ星霜ヲ閲シ、其ノ間政府ニ向テ従来ノ私立会社ニ未タ曾テ有ラサル特別ノ保護条件ヲ要求シ、其ノ許可ヲ受ケタルヲ始メトシ、引続キ六朱補助ノ大問題ヲ提出シテ遂ニ政府及議会ノ承諾ヲ経、会社ノ基礎ハ歩一歩毎ニ益々鞏固ヲ加ヘ来リシト雖、経済界ノ事情ハ株式ノ募集ニ非常ノ困難ヲ生セシメ、他ノ私設鉄道会社ノ如キ随テ起レハ随テ仆レ、株式市場ハ殆ト恐惶ノ有様ヲ呈シタルノ際、独台湾鉄道会社ハ益々勇ヲ鼓シテ創立事業ノ進行ニ拮据経営シ、総督ハ三タヒ更迭シ、内閣ハ四回ノ変遷ヲ経タルニモ拘ラス、往復交渉一日モ寧処スル所ナク、創業ノ事漸ク将サニ成ラントシテ遂ニ敗ルヽニ至リシハ、創立委員一同ノ深ク遺憾トスル所ナリト雖、従来費消シタル経費ノ弁償ニ就テハ委員一同最苦心経営スル所アリ、総督府ニ向テ交渉請願幾十回ノ末、玆ニ一切ノ実費ヲ挙テ其ノ支払ヲ受ケ、株式証拠金ニ欠損ヲ来スコトナカラシムルヲ得タルハ委員一同尽力ノ結果空シカラサリシヲ喜フト同時ニ亦株式申込ニ向テ其払込金額ノ払戻ヲ為シ、近時幾百千ノ私設会社ニシテ未成立ニ了リタル解散処分ノ不充分ナル中ニ立チ、斯ノ如ク比較的円満ナル結果ヲ得タルヲ喜ハスムハアラス、発起人総会開会ニ付、玆ニ従来ノ経過沿革ヲ叙述スルコト斯ノ如シト云爾
右報告ス
                  台湾鉄道会社創立事務所
    収支決算報告書
   収入
一金壱万弐千五百五拾円       創業費収入
  但発起人弐百五拾壱人ヨリ出資  一名ニ付金五拾円ツヽ
一金参拾八万八千七百拾弐円五拾銭  株式証拠金収入
  但株式拾五万五千四百八拾五株申込一株ニ付金弐円五拾銭ツヽ
一金弐万四千七百九拾円六拾壱銭六厘 預金利子並雑収入
一金壱千円 家屋売却代金
一金参千弐百五拾七円九拾参銭弐厘  未収入預金利子
一金四百七拾円五拾五銭       電話其他備品売却見積代金
一金弐拾九万四千四拾四円六拾七銭三厘 台湾総督府ニ於テ車輛並線路測量図買上代金
  計金七拾弐万四千八百弐拾六円弐拾七銭壱厘
   支出
一金弐万六千四百円拾四銭五厘    創業事務費
       内
 金弐千参百七拾七円七拾四銭      家屋代並修繕費
 金弐百拾九円弐拾参銭四厘       借地及借家料
 金千弐百拾円六拾銭          電話買収並使用料
 金九千弐百四拾弐円八拾五銭六厘    諸手当並諸給与
 - 第9巻 p.222 -ページ画像 
 金千百八円五拾参銭八厘        集会費
 金参千四百四拾円参拾銭七厘      接待費
 金六百弐拾壱円六銭八厘        銀行手数料
 金千六百六拾七円拾九銭        旅費
 金弐百八拾弐円参拾銭八厘       新聞広告料
 金弐千五拾四円八拾弐銭        郵便電信料
 金六百参拾七円四拾壱銭        備品費
 金八百弐拾八円六拾参銭参厘      消耗品費
 金四百八拾七円九拾四銭弐厘      印刷費
 金弐拾六円九拾六銭参厘        諸税金
 金千六百四拾壱円五拾六銭       車代並人足賃
 金百弐円五拾弐銭弐厘         官報新聞購読費
 金七拾七円八拾五銭四厘        諸雑費
 金参百七拾弐円六拾銭         未払経費
一金弐拾九万四千四拾四円六拾七銭参厘 車輛製作並線路測量費
       内
 金八万参千九百四円六拾参銭      機関車購入諸費
 金拾弐万四千九百四拾四円四拾弐銭五厘 客車貨車製作諸費
 金八万五千百九拾五円六拾壱銭八厘   線路測量実費
一金参拾八万八千七百拾弐円五拾銭    株式証拠金払戻金
  但株式拾五万五千四百八拾五株ニ払戻シ一株ニ付金弐円五拾銭ツヽ
一金壱万弐千五百五拾円         創業費払戻金
但発起人二百五拾一人ニ払戻シ一名ニ付金五拾円ツヽ
一金五百五拾円             解散ニ関スル諸費
一金弐千五百六拾八円九拾五銭参厘    残務取扱費
  計金七拾弐万四千八百弐拾六円弐拾七銭壱厘

                  台湾鉄道会社創立事務所


東京経済雑誌 第四〇巻第一〇〇二号・第九四七頁〔明治三二年一〇月二八日〕 ○台湾鉄道発起人総会(解散の議決す)(DK090024k-0003)
第9巻 p.222-223 ページ画像

東京経済雑誌  第四〇巻第一〇〇二号・第九四七頁〔明治三二年一〇月二八日〕
    ○台湾鉄道発起人総会(解散の議決す)
台湾鉄道会社発起人は予定の如く去る廿五日より内山下町の台湾協会に於て発起入総会を開きたり、出席者は百八十名、渋沢栄一氏会長席に着き、先づ創業以来の経過を報告して解散の議を決し、次に収支決算を左の如く決定せり
                          円
 収入金               七二四、八二六・二七一
      内
 創業事務費              二六、四〇〇・一四五
 車輛製作費線路測量費        二九四、〇四四・六七三
 株式証拠金払戻金          三八八、七一二・五〇〇
  但し株式十五万五千四百八十五株に払戻金一株に付き二円五十銭宛
 創業費払戻金             一二、五五〇・〇〇〇
  但し発起人二百五十一人に払戻し一名に付き金五十円宛
 - 第9巻 p.223 -ページ画像 
 解散に関する諸費              五五〇・〇〇〇
 残務取披費《(扱)》           二、五六八・五九三
右終て残務一切の事を委任するため、八名の残務委員を選挙せしに、渋沢栄一・小野金六・河村惇・松木直巳・堀田正養・原六郎・今村清之助・大倉喜八郎の諸氏当選したり


東京経済雑誌 第四〇巻第一〇〇二号・第九一七―九一八頁〔明治三二年一〇月二八日〕 ○台湾鉄道会社の精算(DK090024k-0004)
第9巻 p.223-224 ページ画像

東京経済雑誌  第四〇巻第一〇〇二号・第九一七―九一八頁〔明治三二年一〇月二八日〕
    ○台湾鉄道会社の精算
我が邦の保護会社中には随分驚くべきものあることなるが、旧台湾鉄道株式会社の如きものは稀なるべし、夫れ台湾に鉄道を敷設するに方りては、土匪襲来の如き、若くは疫病感染の如き不測の危害を蒙むりて、為に工費の増加を来たすことあるべしと雖も、何ぞ曾て些少の利益なしとせんや、然るに十二ケ年間利益の有無多少に関せず、払込資本金額に対し年六分の割合を以て補助金を支給し、且鉄道事業の為に要する官有の土地は無代価にて下付し、若くは無料にて貸付し、又既設官有鉄道並に之に附属する建物器具等を挙けて無代価にて下付したり、保護の優渥なる天下豈に之に優るものあらんや、是れ余輩が台湾鉄道会社に就て驚きたる第一なり
台湾鉄道会社は斯く無比の優渥なる保護を受けながら、株金を内地及び台湾に於て募集すること能はず、更に外資の輸入を計画したれども其の目的を達すること能はず、幾たびか創立期限の延期を政府に請ひて其の許可を得たれども、終に事業を起すこと能はずして、台湾鉄道の官設を決定せしめたり、是れ余輩が台湾鉄道会社に就て驚きたる第二なり
台湾鉄道会社は終に解散に決したり、其の精算如何に注目したるに、二十九年十月創立の許可を受けし以来三ケ年の星霜を閲みし、頗る多額の幣貨を費やしたるにも拘らず、株式証拠金に亳も欠損を生せすして解散を告ぐるの結果を得たり即ち左の如し
    収人
                           円
 一創業費収入(一名五十円宛出金)    一二、五五〇・〇〇〇
 一株式証拠金収入(一株二円半宛払込) 三八八、七一二・五〇〇
 一預金利子並雑収入           二四、七九〇・六一六
 一家屋売却代金              一、〇〇〇・〇〇〇
 一未収入預金利子             三、二五七・九三二
 一電話其他備品売却見積代金          四七〇・五五〇
 一台湾総督府に於て車輛並に線路測量図買上代金
                    二九四、〇四四・六七三
  合計                七二四、八二六・二七一
    支出
 一創業事務費              二六、四〇〇・一四五
 一車輛製作並線路測量費        二九四、〇四〇・一七三
 一株式証拠金払戻金(一株二円半の割) 三八八、七一二・五〇〇
 一創業費払戻金(一名五十円の割)    一二、五五〇・〇〇〇
 一解散に関する諸費              五五〇・〇〇〇
 - 第9巻 p.224 -ページ画像 
 一残務取扱費               二、五六八・九五三
  合計                七二四、八二六・一七一
台湾鉄道会社の発起人等は進みて之を計画したると、将た政府の勧誘を受け已むを得ずして計画したるとを問はず、兎に角台湾鉄道の官設をして遅延せしめたるの責は免かるべからず、然るに一文半銭をも損失せずして解散を告ぐるを得たり、是れ余輩が台湾鉄道会社に就て驚かざるべからざる所以の第三なり


渋沢栄一 日記 ○明治三二年(DK090024k-0005)
第9巻 p.224 ページ画像

渋沢栄一 日記
 ○明治三二年
十二月十九日 曇
○上略六時山谷八百善ニテ開キタル台湾鉄道会社ノ宴会ニ列ス、西郷侯爵・高島氏・清浦子・岡部長職、堀田正養・小野・河村・松木ノ諸氏来会ス

〔参考〕渋沢栄一 日記 ○明治三三年(DK090024k-0006)
第9巻 p.224 ページ画像

 ○明治三三年
六月七日 晴
○上略五時浜町常盤屋ニ抵リ、台湾鉄道終局ニ関スル謝儀トシテ、桂陸軍大臣、児玉総督ヲ招宴ス、岡部子爵・小野・川村・松木諸氏来会ス
夜十時浜町宅ニ帰宿ス



〔参考〕今村清之助事歴[今村清之助君事歴] (足立栗園著) 第四七四―四七五頁〔明治三九年九月〕(DK090024k-0007)
第9巻 p.224 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕台湾銀行二十年誌 第一七〇―一七一頁〔大正八年六月〕(DK090024k-0008)
第9巻 p.225 ページ画像

台湾銀行二十年誌   第一七〇―一七一頁〔大正八年六月〕
(一)官設鉄道 従前既に基隆・新竹間六十二哩余の鉄道の敷設ありしと雖、不完全なるものなりしかは、明治三十年三月樺山総督は縦貫鉄道敷設の議を基隆築港道路開鑿の議と共に上申し、一方基隆・台北間の隧道を開鑿し、橋梁を改築して稍従来の不便を除くことを得るに至れり、而して此の間資本金千五百万円を擁せる台湾鉄道会社創立せられ縦貫線の敷設を出願したれは、政府も之を必要と認めて許可を与へ、極力補助の法を講じたりしか、時恰も経済界の否運に会し、株式の募集困難を極めたるを以て成立を見すして已みたり、是に於て縦貫線の敷設は再ひ官営を以て竣工せしむへしとの議論盛となり、政府は断然鉄道官設の議を決し、其の財源を公債に求むることとし、三十二年三月台湾事業公債法及台湾鉄道増設改良に要する予定額二千八百八十万円を、第十三回帝国議会に提出し協賛を経たり、仍て三十三年度に於て基隆・台北間の改良工事及打狗・台南間の新設工事を竣り、三十四年には材料運輸の為台北・淡水間十三哩余を開通して営業を開始し、其の後南北両端より工事を進捗し、竣工に従ひ逐次営業を開始することとし、遂に四十一年四月全部竣工し、縦貫線二百四十七哩の開通を見たり


〔参考〕台湾鉄道ノ概況 台湾総督府昭和六年十一月調 第一―五頁(DK090024k-0009)
第9巻 p.225 ページ画像

台湾鉄道ノ概況 台湾総督府昭和六年十一月調 第一―五頁
本島鉄道ノ沿革ハ、領台ノ当初極メテ粗笨ナル基隆・新竹間六十二哩ノ鉄道ヲ有シタリ、明治二十八年我カ領土トナルニ及ヒ、之ヲ補修シテ軍用ニ供シタルカ、施設不完全ニシテ運転意ノ如クナラス、是ニ於テ之カ改良及新竹以南高雄ニ至ル新線ノ計劃サルヽニ至レリ、然ルニ当時之ヲ私設トナスカ将タ官設トナスカニ就キ問題ヲ生シ、久シク決セサリシカ、明治三十一年ニ至リ結局官設トスルノ議定マリ、建設改良費予算二千八百八十万円、十箇年ノ継続事業トシテ、第十三議会ノ協賛ヲ経テ、翌三十二年南北両端ヨリ工事ニ着手シ、明治四十一年四月、基隆・高雄間二百五十哩ハ全通セリ、台北・淡水間ノ淡水線及現潮州線ノ一部タル高雄・九曲堂間ハ之ニ先チ開通セリ、其ノ後明治四十四年ニ至リテ九曲堂・屏東間ノ延長線ヲ起工シ、大正二年十二月竣功シタリ、之カ建設費二百三十万円ナリ
○中略
 本線ノ営業哩累年表

図表を画像で表示本線ノ営業哩累年表

        哩           哩 明治32年   60.5   大正 4年  276.0   33    89.1      5   276.8   34   129.4      6   276.8   35   154.7      7   276.8   36   195.5      8   295.0   37   231.2      9   307.3   38   250.9     10   307.3   39   250.9     11   353.0   40   266.5     12   362.1   41   271.3     13   406.5   42   271.3     14   410.8   43   271.3   昭和 1   410.8   44   271.4      2   429.3 大正 1   271.4      3   429.3    2   275.8      4   440.4    3   275.8      5   440.4