デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
27款 東京市ノ市街鉄道
■綱文

第9巻 p.397-402(DK090045k) ページ画像

明治22年6月15日(1889年)

是日栄一、田口卯吉・山中隣之助、伴直之助・安田善次郎等ト東京市街鉄道布設ノ儀ヲ内閣総理大臣黒田清隆ニ出願ス。同月二十九日却下サル。


■資料

中外商業新報 第二一七六号〔明治二二年六月二七日〕 市街鉄道発起人の決議(DK090045k-0001)
第9巻 p.397 ページ画像

中外商業新報  第二一七六号〔明治二二年六月二七日〕
    市街鉄道発起人の決議
過日東京市街鉄道発起人諸氏ハ創立事務処分の為め該総代として田口卯吉・山中隣之助・伴直之助・安田善次郎・渋沢栄一・今村清之助・益田孝・川崎八右衛門・芳野世経・須藤時一郎の十名を撰びしに、右十名の総代は此程協議会を開き、左の諸件を議決したりと云ふ
 創業入費に充る為め発起人並に各申込者より一株即ち金五十円に対し金五十銭を収納する事◎仮事務所を京橋区出雲町両毛鉄道会社内に設くる事◎田口卯吉氏を委員長とし創立事務の総括を委托し、伴直之助氏を事務委員として其事務の処弁を委托する事◎創業入費領収証には田口卯吉・伴直之助二氏の記名調印を要する事

添申録 会社明治廿二年(DK090045k-0002)
第9巻 p.397-402 ページ画像

添申録  会社明治廿二年          (東京府庁所蔵)
  明治廿二年六月十七日  農商務課主任 属 小山譲
 知事
  内務部長  第三課長  農商掛
  東京市街鉄道創立願書進達案
    内閣総理大臣殿            知事
管下本郷区駒込西片町十番地田口卯吉外九名ヨリ東京市街鉄道布設ノ儀別紙ノ通出願致度趣ヲ以テ進達方出願候ニ付、請願ニ任セ書面及進達候也
 (理由)私設鉄道条例ニ拠リ本案ノ如ク取計フ
  東京市街鉄道創立請願書進達願
今般私共別紙願書之通東京市街鉄道出願仕度候ニ付御進達被下度、此段奉願候也
                    発起人総代
  明治廿二年六月十五日         田口卯吉 
                     伴直之助 (印)
    東京府知事 男爵 高崎五六殿
          (朱印)     (墨筆)    (朱印)
         農商 乙一五八三 六月十五日収受 (印)
(別紙)
    東京市街鉄道創立請願書
東京府ハ皇国第一ノ都会ニシテ内外ノ物産玆ニ集散シ従ヒテ人衆ノ往
 - 第9巻 p.398 -ページ画像 
来貨物ノ運搬頻繁ヲ極メ候処、街衢ノ制狭隘ニシテ車馬ノ交通日ニ危険ヲ加ヘ候将来ノ事情想察スヘキナリ、案スルニ欧米ノ大都ニ於テハ夙ニ市街鉄道ノ設アリ、地下若クハ高架ノ方法ニ因リテ以テ鉄路ヲ架設シ、以テ人員貨物ノ往来運搬ヲ便ニセリ、今日我東京市内ノ情況未タ此ノ如キ進運ニ達セサルカ如シト雖モ、幸ニ外廓埋渠ノ旧趾アリ、之ニ工事ヲ起シテ本線ヲ布設シ、更ニ支線ヲ適当ノ方向ニ分派スルトキハ、其費少ナクシテ其効ハ則チ均シカラン、依テ今般私共一同申合セ、別紙起業目論見書ノ条項ニ基キ東京市街鉄道ノ布設ヲ発起仕リ、玆ニ運輸ノ業ヲ営ミ度、尚ホ建築方法等ノ詳細ハ重ネテ請願可仕候間右鉄道布設ノ儀速ニ御許可被成下度、此段奉願候也
  明治二十二年六月十五日     発起人惣代
                    田口卯吉 
                        代印
                    山中隣之助 
                        代印
                    伴直之助 
                        代印
                    安田善次郎 
                        代印
                    渋沢栄一 
                        代印
                    今村清之助 
                        代印
                    益田孝 
                        代印
                    川崎八右衛門 
                    芳野世経 (印)
                    須藤時一郎 (印)
    内閣総理大臣 伯爵 黒田清隆殿
 (朱書)
     内閣 批第二八号
    願ノ趣詮議ニ及ヒ難シ依テ却下ス
  明治廿二年六月廿九日
            内閣総理大臣 黒田清隆 
(別紙)
    東京市街鉄道起業目論見書
第一 本社ハ東京市街鉄道会社ト称シ、仮事務所ヲ東京京橋区出雲町壱番地ニ置ク
第二 本社ハ目下左ノ四線ヲ布設営業スルヲ以テ目的トス
第壱区線   外壕線   凡五哩半
  神田万世橋ニ起リ水道橋・飯田橋・牛込御門・市ケ谷御門・四谷御門・喰違・赤阪御門・虎ノ門・新シ橋ヲ経テ新橋停車場ニ至ル
第弐区線   中央線   凡弐哩半
  新橋ニ起リ幸橋・山下御門・数寄屋橋・鍛冶橋・八重洲橋・呉服橋・常磐橋・竜閑橋・昌平橋ヲ経テ第壱区線ニ合ス
第参区線   水道橋線   凡四哩
  第壱区線水道橋ヨリ分岐シ巣鴨ヲ経テ板橋駅ニ達シ日本鉄道会社赤羽線ニ聯絡ス
第四区線   新宿線   凡弐哩半
  第壱区線市ケ谷御門ヨリ分岐シ市ケ谷ヲ経テ新宿ニ達シ日本鉄道会社赤羽線ニ聯絡ス
 - 第9巻 p.399 -ページ画像 
 右四線総計凡拾四哩半
第三 本社ノ資本金ハ金百五拾万円トシ、之ヲ参万株ニ分チ、壱株券ヲ金五拾円トス
第四 鉄道布設ノ費額及ヒ運輸営業上収支ノ概算左ノ如シ
第壱区   外壕線
  (甲)興業費
第壱区ノ線路凡五哩半ノ興業費ハ総計金四十四万九千円ノ予算ナリ、其内訳左ノ如シ
    建設費      参八〇、〇〇〇円
    車輛費       六九、〇〇〇円
    合計       四四九、〇〇〇円
  (乙)営業収支
第壱区線路ノ往復人員ヲ調査シタルニ左ノ計数ヲ得タリ

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 見付            歩行人員                      車行人員               総計        見付出入    見付両側往来   合計       見付出入    見付両側往来  合計 万世橋    二二、一四二   二、六五八   二四、八〇〇   七、九七五   一、八一六   九、七九一   三四、五九一 水道橋     八、四一七   七、九二四   一六、三四一   二、〇〇四   五、五七〇   七、五七四   二三、九一五 小石川橋    二、五一六  一三、九三〇   一六、四四六     六八三   八、五六〇   九、二四三   二五、六八九 飯田橋     五、七三一   六、二八二   一二、〇一三   一、四六〇   四、五四八   六、〇〇八   一八、〇二一 牛込御門    五、九三三   三、八七六    九、八〇九     九三〇   二、七九六   三、七二六   一三、五三五 市ケ谷御門   六、〇三四   三、九一六    九、九五〇   一、一八四   二、五七六   三、七六〇   一三、七一〇 四谷御門    八、五四八   一、八一四   一〇、三六二   一、九〇八     九二六   二、八三四   一三、一九六 喰違御門      六七一      ……      六七一     三〇七      ……     三〇七      九七八 赤坂御門    三、一二五   三、〇九八    六、二二三     六五七   一、二二八   一、八八五    八、一〇八 虎ノ門     三、五二九   二、三五二    五、八八一   一、一九三   二、三八二   三、五七五    九、四五六 新シ橋     四、六八六   四、二〇四    八、八九〇   二、一一〇   一、三六〇   三、四七〇   一二、三六〇 第壱区合計  七一、三三二  五〇、〇五四  一二一、三八六  二〇、四一一  三一、七六二  五二、一七三  一七三、五五九 



右ノ如キ人員ヲ得タルヲ以テ、今マ本線ニ乗降スル人員ヲ参万七千人(歩行六分ノ一弱即チ凡ソ弐万人、車行三分ノ一弱即チ壱万七千人、合計参万七千人)ト見做シ、之ヨリ壱区五厘ヲ収入スルモノトシテ概算ヲ立ツルニ、一日ノ収入金百八拾五円、壱ケ年ノ収入金六万七千五百弐拾五円ナリ
此線路間停車場九ケ所一時間ニ二往復(新橋ヨリ二回発車、万世橋ヨリ二回発車)一日(拾五時間)六拾回即チ参百参拾哩ヲ走行スルモノトス、其営業費左ノ如シ
    営業費      四六、八九〇円
    収支差引純益   弐〇、六参五円
之ヲ興業費金四拾四万九千円ニ配当スルニ、年四分五厘九毛余ニ当ル
第弐区   中央線
  (甲)興業費
第弐区ノ線路凡弐哩半ノ興業費ハ総計金六拾弐万九千円ニシテ、其内訳左ノ如シ
    建設費      五七〇、〇〇〇円
    車輛費       五九、〇〇〇円
    合計       六弐九、〇〇〇円
 - 第9巻 p.400 -ページ画像 
  (乙)営業収支
本線路ノ往復人員ヲ調査シタルニ左ノ計数ヲ得タリ

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 見付               歩行人員                     車行人員             総計         見付出入    見付両側往来   合計       見付出入   見付両側往来   合計 昌平橋     六、一七六   一、七〇二    七、八七八    一、九〇〇   一、一六〇   三、〇六〇   一〇、九三八 竜閑橋     五、一五一      ……    五、一五一    二、二六二      ……   二、二六二    七、四一三 常磐橋     三、九二二  一二、五九八   一六、五二〇    一、七六四   六、二四四   八、〇〇八   二四、五二八 呉服橋     一、八三〇   三、三一〇    五、一四〇    一、〇二六   一、四五八   二、四八四    七、六二四 八重洲橋    三、〇一一   二、四四〇    五、四五一      六〇七   一、〇三六   一、六四三    七、〇九四 鍛冶橋     二、六八五   一、八四四    四、五二九    一、一二六     九六八   二、〇九四    六、六二三 数寄屋橋    六、〇一〇   七、四二六   一三、四三六    二、二三七   四、五四二   六、七七九   二〇、二一五 山下御門    二、九〇七   四、八一四    七、七二一    一、四八四   二、七七三   四、二五六   一一、九七七 幸橋      二、一八三  一七、四九六   一九、六七九      四八二   五、六四二   六、一二四   二五、八〇三 第弐区合計  三三、八七五  五一、六三〇   八五、五〇五   一二、八八八  二三、八二二  三六、七一〇  一二二、二一五 



右ノ調査ニ就キテ仮リニ本線ノ乗降人員ヲ弐万六千人(歩行人員六分ノ一弱即チ壱万四千人、車行人員三分ノ一弱即チ壱万弐千人、合計弐万六千人)ト見做シ、之ヨリ壱区参厘ヲ徴収スルモノトシテ計算ヲ立ツルニ、一日ノ収入金七拾八円ヲ得ルナリ、此外新橋停車場ニテ乗降スル人員一日凡五千人ナレハ其五分ノ一即チ一千人ハ此線路ニ乗リテ弐哩ヲ往復スルモノト見做シ、此賃金一日金百円ニシテ合計金百七拾八円ニシテ、一ケ年金六万四千九百七拾円ナリトス
此線路間ノ停車場ハ六ケ所ニシテ、一時間ニ四往復(新橋ヨリ四回発車、万世橋ヨリ四回発車)一日(拾五時間)百二十回即チ三百哩ヲ走行スルモノトシ、其営業費左ノ如シ
    営業費      参五、壱〇〇円
    収支差引純益   弐九、八七〇円
之ヲ興業費金六拾弐万九千円ニ配当スルトキハ、年四分九厘四毛ナリ
第参区   水道橋線
此線路ノ建設費ハ凡金弐拾万円車輛費金弐万円合計金弐拾弐万円ナリトス、而シテ其収入ハ水道橋歩行人員ノ二十分一則チ八百人同車行十分一即チ五百人合計千三百人ヨリ金四銭ヲ収入スル者トシ、一日金五拾弐円即チ壱ケ年金弐万千九百八拾円ヲ得ル也、今マ之カ経費トシテ其半額ヲ差引クトキハ、其残益金壱万零九百九拾円ニシテ、之レヲ興業費金弐拾弐万円ニ配当スルトキハ壱ケ年四分九厘九毛余ナリトス
第四区   新宿線
此線路ノ建設費凡ソ拾弐万円、車輛費金弐万円、合計金拾四万円ナリ其収入ハ四ツ谷、市ケ谷歩行二十分一則チ千人、同車行十分一即チ六百人、合計千六百人ヨリ金弐銭ヲ収入スルモノトシ、一日金参拾弐円壱ケ年金壱万壱千六百八拾円ヲ得ル也、今之カ経費トシテ半額ヲ引去リ、残額即チ純益金五千八百四拾円ヲ興業費拾四万円ニ配当スルトキハ壱ケ年四分八厘八毛余ナリトス
以上ノ人員調ハ本年四月中壱ケ所ニ二日乃至三日ツヽ午前六時ヨリ午後六時マテ弐名若クハ三名ノ立番ヲ置キ、人力車乗客及ヒ車行シ得ベキモノト認メタル通行人ノ数ヲ記入シ、其合計ヲ平均シテ一日ノ往復人員ヲ得タリ、而シテ上等ノ馬車通行人、隊伍ヲ組ミタル兵士及行商
 - 第9巻 p.401 -ページ画像 
ノ類ハ全ク省キタリ、且ツ日没前後往復スル行人凡ソ弐千人ハ此計算ノ外ニ在ルモノトス
又此外市街貨物ハ客車運転時間外殊ニ夜間ヲ以テ運搬スルノ見込ナレトモ、其運賃ノ如キ亦全ク算入セサルナリ
   総興業費
 第壱区          四四九、〇〇〇円
 第弐区          六弐九、〇〇〇円
 第参区          弐弐〇、〇〇〇円
 第四区          壱四〇、〇〇〇円
  合計        壱、四参八、〇〇〇円
   総純益金
 第壱区           弐〇、六参六円
 第弐区           弐九、八七〇円
 第参区           壱〇、九九〇円
 第四区            五、八四〇円
  合計           六七、参参六円
今マ此純益金六万七千参百参拾六円ヲ興業費金百四拾参万八千円ニ配当スルニ、壱ケ年四分六厘八毛余ノ純益ナリトス
               発起人
一金壱万円也        田口卯吉 
               東京市本郷区駒込西片町拾番地
一金壱万円也        伴直之助 (印)
               同  深川区福住町六番地
一金壱万円也        安田善次郎 (印)
               同  日本橋区小網町四丁目八番地
一金壱万円也        山中隣之助 (印)
               同  京橋区南伝馬町壱丁目拾七番地
一金壱万円也        今村清之助 (印)
               同  日本橋区亀嶋町壱丁目三番地
一金壱万円也        浅野総一郎 (印)
               東京市日本橋区北新堀町拾八番地
一金壱万円也        吉田幸作 (印)
               同  神田区明神下同朋町拾壱番地
一金壱万円也        菊池長四郎 (印)
               同  日本橋区元浜町八番地
一金壱万円也        菊池治郎兵衛 
               同  日本橋区富沢町拾番地
一金壱万円也        望月二郎 (印)
               同  麹町区有楽町三丁目二番地
一金壱万円也        仲田信亮 (印)
               同  神田区柳原川岸第拾号地
一金壱万円也        小野里喜左衛門 (印)
               同  日本橋区本町壱丁目拾弐番地
一金壱万円也        川崎八右衛門 (印)
               同  本所区千歳町四拾六番地
一金壱万円也        正田章次郎 (印)
               同  赤坂区溜池霊南坂町廿七番地
一金壱万円也        川村伝衛 (印)
               同  日本橋区新右衛門町拾六番地
一金壱万円也        須藤時一郎 (印)
               同  浅草区北富坂町十九番地
一金壱万円也        益田孝
               府下荘原郡品川町百六十八番地
一金壱万円也        鳥山貞利 
               同  荘原郡品川町六拾五番地
一金壱万円也        高木正年 
               同  荘原郡品川町七番地
一金壱万円也        渋沢栄一 
               東京市深川区福住町四番地
一金壱万円也        大倉喜八郎 
               同  赤坂区榎坂町
一金壱万円也        最賀総左衛門 
               府下荘原郡品川後地町二百五拾七番地
一金壱万円也        橋本辰三郎 (印)
               東京市京橋区銀座壱丁目廿番地
一金壱万円也        芳野世経 (印)
               同  小石川区大塚窪町廿五番地
 - 第9巻 p.402 -ページ画像 
一金壱万円也        浅野彦兵衛 (印)
               東京市本郷区本郷三丁目四番地
一金壱万円也        吉田丹治郎 
               同  日本橋区大伝馬町壱丁目廿五番地
                   代印
一金壱万円也        岩崎民三郎 (印)
               群馬県下上州山田郡安楽土村
                   代印
一金壱万円也        岩崎満四郎 (印)
               群馬県下上州山田郡安楽土村
一金壱万円也        乙骨太郎乙 (印)
               東京市牛込区横寺町五拾八番地
一金壱万円也        菊池永之助 (印)
               同  本所区外手町弐番地
一金壱万円也        渡辺温 (印)
               同  牛込区白銀町廿九番地
一金五千円也        角田真平 (印)
               同  神田区猿楽町廿番地
一金壱万円也        喜谷市郎右衛門 (印)
               同  京橋区大鋸町六番地
                    代印
一金五千円也        高嶋嘉右衛門 (印)
               横浜市尾上町五丁目八拾壱番地
(図面略)
 別紙東京市街鉄道創立願之件指令及御送附候間、発起人ヘ伝達方御取計有之度候也
  明治廿二年六月廿九日
                  内閣書記官 
    東京府知事 男爵 高崎五六殿



〔参考〕東京経済雑誌 第四四巻一一〇三号・第七七〇―七七一頁〔明治三四年一〇月一九日〕 ○東京城一周の鉄道(DK090045k-0003)
第9巻 p.402 ページ画像

東京経済雑誌  第四四巻一一〇三号・第七七〇―七七一頁〔明治三四年一〇月一九日〕
    ○東京城一周の鉄道
 ○上略回顧すれば明治二十二年六月のことなりき、田口卯吉・伴直之助・安田善次郎・山中隣之助・今村清之助・浅野総一郎・吉田幸作・菊池長四郎・菊池次郎兵衛《(菊池治郎兵衛)》・故望月二郎・故仲田信亮・小野沢喜左衛門《(小野里喜左衛門)》・川崎八右衛門・正田章次郎・川村伝衛・須藤時一郎・益田孝・鳥山貞利・高木正年・渋沢栄一・大倉喜八郎・最賀総左衛門・橋本辰三郎・乙骨太郎乙・菊池永之助・故渡辺温・角田真平・喜谷市郎右衛門・高島嘉右衛門の諸氏は、東京市街鉄道会社を創立し、東京城の周囲に蒸滊鉄道を布設せんことを請願せり、其の線路は四区に分ち、第一区外壕線は(凡そ五哩半)神田区万世橋に起り堭渠を廻りて新橋に通す、第二区中央線は(凡そ二哩半)新橋に起りて万世橋に連絡す、第三区水道橋線は(凡そ四哩)水道橋より分岐して板橋まで、第四区新宿線は(凡そ二哩半)は市谷より分岐して新宿に達するものなり、而して其の建築方法は高架の方法にして従来の外郊の築提《(堤)》の在る所は其の儘用ひ、然らざる所は鉄橋の如くに架設するに在りき、然るに当時の政府は詮議に及び難き旨を以て其の請願書を却下したり、此の鉄道を以て政府が今将に許可せんとする所の鉄道に比すれば、其の動力に於て、其の方式に於て異なると雖、東京市中特に東京城の周囲に鉄道を布設せんとするは則ち同じ、若し当時の政府が詮議を尽し、其の動力を蒸気より電気に変更せしめて、之を許可したりしならんには、少なくとも十年以前に於て文明の交通機関は市中を貫通すべかりしなり、余輩は往時を回顧して転た市街鉄道の速成を希望せざるを得ず