デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
3節 電話
1款 電話会社
■綱文

第9巻 p.717-725(DK090072k) ページ画像

明治23年3月10日(1890年)

逓信省ニ於テ電話交換方法ヲ公布シ、東京及ビ横浜ニ於ケル電話交換ヲ実施セントスルニ当リ、同省ヨリ東京商工会ニ其交換加入者募集方ヲ依頼セラレタリ。仍テ栄一等是日勧誘状ヲ発シ之ヲ斡旋ス。是年十二月十六日ニ至リテ東京及ビ横浜間ニ電話交換ノ業務開始セラル。


■資料

電話会社関係書類 (写)(DK090072k-0001)
第9巻 p.717-718 ページ画像

電話会社関係書類 (写) (渋沢子爵家所蔵)
    ○
謹啓、時下益御清適奉賀候、陳ハ電話交換ノ儀ハ近来社会ノ事業追々繁雑トナリ、一層通信ノ迅速ヲ貴ブノ今日ニ於テ交通上実ニ欠クベカラザルノ一大要器タルハ今改メテ申上候迄モ無之儀ニシテ、現ニ欧米諸国ニ於テハ到ル処其事業盛ニ行ハレ、一般交通上ノ利便不少趣承及候、依テ小生等ニ於テハ何卒我国ニ於テモ速ニ之ヲ実施仕度、兼テヨリ希望致候ニ付、既ニ去明治十八年以来先ヅ試ニ会社組織ニヨリテ此事業ヲ経営仕度見込ヲ以テ再応其筋ヘ出願致候処、其願意ハ御許容無之候得共、今般逓信省ニ於テハ愈々別冊電話交換方法大要書ノ通リ不日之ヲ実施セラレ候趣ナレバ、右ハ其成立ニ官設民設ノ差別コソアレ要スルニ小生等多年ノ素望ヲ達スルヲ得タル儀ニ付、小生等ニ於テハ一同欣然加盟ヲ申込候得共、猶退テ熟考スルニ元来電話交換ニ於ケル利用ノ厚薄ハ御承知ノ如ク専ラ其通信ノ区域ノ広狭ニ関係有之、故ニ若シ其区域ニシテ愈々拡張スルニ於テハ随テ其利用モ益々増進スルノミナラズ、殊ニ各加盟者ノ負担スベキ使用料ニ至リテモ大ニ軽減ヲ得ベキ筈ニ付、結局一層ノ便利可有之ト存候、依テ此際府下ノ各銀行・諸会社・諸問屋・外国商人・医師・代言人・新聞社各位ハ勿論、旅人宿ノ類ニ至ル迄、苟モ民間ニ於テ互ニ頻敏ノ交通ヲ要スルモノト思量セル向ヘハ夫々照会シテ同意ヲ求メ、又一方ニ於テハ其筋ノ手ヲ経テ在朝親任官ノ方々、外国公使・御雇外国人・諸官省・各裁判所・憲兵本部・警視庁・東京府・各警察署・各監獄署・各郡役所・官立公立ノ諸学校並ニ病院等ヘモ夫々加盟ヲ請ヒ度存候間、何卒貴下ニ於テモ此儀御賛成ノ上御加盟被下候様仕度、若シ幸ニ御同意被下候ニ於テハ、別冊方法大要書ニ掲グル雛形ニ準シ、来二十五日迄木挽町東京商工会事務所ヘ申込書ヲ御送附被下候様仕度、此段別冊方法書相添御賛成相願候 敬具
  明治廿三年三月十日
             今村清之助   原六郎
             丹羽雄九郎   大倉喜八郎
             川崎八右衛門  中沢彦吉
             梅浦精一    矢嶋作郎
             山中隣之助   安田善次郎
             益田克徳    益田孝
             松尾儀助    小室信夫
 - 第9巻 p.718 -ページ画像 
             喜谷市郎右衛門 渋沢栄一
             平野富二
          殿
尚々本文ノ儀ハ汎ク賛成ヲ得度見込ニテ既ニ心当リノ向数百名ヘハ夫々照会仕置候得共、多数ノ儀ニ付自然調ヘ洩レ有之候哉モ難測ニ付、猶乍御手数何卒貴下ヨリ精々御知友間ヘ御勧誘被下、可成多数ノ御同意ヲ得候様仕度深ク希望仕候、又本文ノ儀ニ付仮令其大体ヲ御賛成被下候トモ、或ハ其通信ノ区域如何ヲ懸念セラレ候ヨリ自然御即答相成候様ノ事情無之トモ難申、若シ果シテ右様ノ事情有之候ハヾ、此際先以仮ニ大体御同意ノ旨御申越被下度、然ル上ハ追テ加盟者ノ人員相分リ次第御通知可申上ニ付、其節ニ至リ更ニ諾否ノ儀御確定被下候テモ宜シク御座候、此旨為念添テ得貴意候也


電話会社書類 二(DK090072k-0002)
第9巻 p.718-719 ページ画像

電話会社書類 二 (渋沢子爵家所蔵)
    電話交換方法大要書
電話交換ハ都府其他繁華ノ地ニ之ヲ設立シ、以テ通信ノ利便ニ供スルモノニシテ、輓近欧米各国盛ニ行ハレ、加入者日ニ月ニ増加シ、其建設構造及媒介ノ方法モ亦随テ改良進歩シ、大ニ一般交通ノ便ヲ加ヘ、殊ニ商工業ノ発達ヲ助ケ、其利便著大ナルニ依リ、今日ニ於テハ交通上欠クヘカラサル一大要器タルニ至レリ
是故ニ本邦ニ於テモ先ツ之ヲ東京横浜ニ設立シ、公衆ヲシテ其利便ニ頼ラシメントス、盛ニ商工業ヲ営ム者、及広ク社会ニ交際スル者、其他衆人ニ対シ急速通信ノ必要アル者、之ニ加入スルトキハ其便益実ニ鮮少ナラサルヘキナリ、但大坂・京都其他人煙稠密商工業繁盛ノ地ニモ亦徐次之ヲ設立セン
  電話交換方法大要此大要ニ依リ電話交換規則ヲ制定シ追テ逓信省令ヲ以テ之ヲ発布ス
一電話交換ヲ設立スル地ニハ逓信省ニ於テ其中央ニ電話交換局ヲ設置シ、又其地内ノ各所ニ便宜電話支局を設置シ、電話支局ノ電話線及加入者ノ使用ニ供スル電話線ヲ交換局ニ湊合シテ其交換ノ媒介ヲ為ス事
一各加入者ノ使用ニ供スル電話線、及各加入者ノ邸宅ニ装置シテ其使用ニ供スル電話器ハ逓信省ニ於テ之ヲ架設装置シ、其修繕モ亦逓信省之ヲ負担スル事
  但加入者疎虞懈怠ニ依リ其電話器ヲ毀損シ、又ハ窃取セラレタルトキハ逓信省ニ於テ之ヲ修理シ、又ハ新ニ装置スヘシト雖其費ヲ弁償セシムヘシ
一加入者相互電話ヲ為サント欲スルトキ、其邸宅ニ装置スル電話器ヲ用ヒ、其旨ヲ電話交換局ニ通知スレハ、電話交換局ニ於テ其両者ヲシテ直ニ対話セシムル事
  但電話支局ハ加入者ト電話センカ為メ出頭スル者ヲシテ加入者ト対話セシムル為メニ設置スルモノトス、故ニ加入者ハ加入者相互対話スルヲ得ルノミナラズ、電話支局ニ出頭スル者ニ対シテモ対話スルヲ得ヘシ
一加入者其邸宅ニ装置スル電話器ニ依リ、電話交換局ニ依托シテ電信
 - 第9巻 p.719 -ページ画像 
ヲ各地ニ発シ、又ハ各地ヨリ加入者ニ達スル電信ヲ電話交換局ヨリ直ニ電話スルコトヲ請求スルトキハ、電話交換局ニ於テ直ニ此請求ニ応シ其取扱ヲ為スヘキ事
一加入者ハ其電話線及電話器ノ使用料トシテ一ケ所ニ付東京ハ年額五拾円、横浜ハ同四拾円ヲ四回ニ分チ前納セシムヘキ事
 其電話器装置ノ場所市区外ニ在ルモノハ使用料若干ヲ増加スヘキ事
  但此使用料額ハ加入人員東京大凡三百名、横浜大凡二百名ヲ標準トシテ算定シタルモノナレハ、若シ加入者多数増加スルトキハ其増加ニ随ヒ幾分ヲ減スヘキモノトス
一加入者相互ノ間ニ電話シ、及加入者電話交換局ト電話スルハ別ニ電話料ヲ要セサルハ勿論ノコトナレトモ、其他ノ電話ハ五分時間迄毎ニ電話料トシテ七銭ヲ納メシムヘキ事
一加入者電話交換局ニ依托シテ電話ヲ各地ニ発スルトキハ相当ノ電信料ノ外、謄写手数料トシテ一通ニ付弐銭ヲ納メシムヘキ事
一加入者其使用ノ電話器ヲ他ニ移転セント欲スルトキハ、逓信省其請求ニ応シテ之ヲ移転シ、移転ニ要スル費用ヲ請求人ヨリ弁納セシムル事
一加入者最初ノ加入約束期限ヲ二ケ年トシ、爾後継続ノ約束期限ヲ一ケ年トスル事
  但加入者解約セント欲スルトキハ期限ノ終ヨリ三ケ月以前ニ其旨ヲ逓信省ニ通知スヘシ、若シ此通知ナキトキハ更ニ一ケ年継続ノモノト見做スヘシ
一加入セント欲スル者ハ左ノ書式ノ申込書ヲ逓信省ニ差出スヘキ事
    書式
  東京(横浜)電話交換加入申込書
 私儀東京(横浜)電話交換ニ加入致度ニ付、某場ニ電話器設置相成度、此段予メ申込候也
                   住所
  年 月 日
                     氏名印
    逓信省工務局
          御中


電話会社関係書類(写)(DK090072k-0003)
第9巻 p.719 ページ画像

電話会社関係書類(写) (渋沢子爵家所蔵)
電話交換加盟者募集方ノ義、過日来東京商工会御依頼致候処、今般右募集方之件縷々御申越被下段々ノ御尽力奉厚謝候、就テハ多数ノ加盟者ヲ得候事ト存候、猶此上トモ宜敷御依頼致候、尤モ本省ニ於テハ既ニ諸官省ハ勿論在官貴顕方モ有之候得共、尚ホ夫々募集方手配中ニ候間右御諒承被下度、右御挨拶迄如此御座候 匆々敬具
              逓信省
  明治二十三年三月十四日
               工務局長 志田林三郎(印)
    渋沢栄一殿


帝国大日本電信沿革史 第二一一―二一三頁(DK090072k-0004)
第9巻 p.719-720 ページ画像

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法令全書 省令 明治二十三年四月 ○逓信省令 第七号(DK090072k-0005)
第9巻 p.720-722 ページ画像

法令全書 省令 明治二十三年四月
○逓信省令 第七号
電話交換規則左ノ通之ヲ定ム
  明治二十三年四月十九日
            逓信大臣 伯爵 後藤象二郎
    電話交換規則
第一条 逓信省ハ必要ト認ムル市町ニ電話交換局及電話所ヲ置キ、電話交換加入者ノ使用ニ供スル電話線及電話所ノ電話線ヲ電話交換局ニ湊合シ、又甲乙地間ニ電話線ヲ架設シテ電話交換ノ媒介ヲ為スヘシ、但加入者ノ請求ニ依リ、其市町接近ノ地ニ電話線ヲ延長スルコトアルヘシ
第二条 加入者ノ使用ニ供スル電話線及電話器ノ設置並其維持ハ逓信省之ヲ負担スルモノトス、但加入者ノ過失ニ由リ毀損シタルトキハ逓信省之ヲ修補シ、其費用ハ加入者ヲシテ弁償セシムヘシ
第三条 加入者ハ左ノ電話通信ヲ為スコトヲ得
 一 市町ノ内外ヲ問ハス昼夜ノ別ナク加入者相互直接ノ電話通信
 二 市町ノ内外ヲ問ハス規定ノ時間ニ於テ電話所ニ到ルモノト直接ノ電話通信
 三 規定ノ時間ニ於テ電報送受ノ為メ郵便電信局又ハ電信局ト直接ノ電話通信
第四条 何人ト雖規定ノ時間ニ於テ電話所ニ到リ左ノ電話通信ヲ為スコトヲ得、但其時間ハ逓信省ニ於テ之ヲ定メ時々広告スヘシ
 一 加入者ト直接ノ電話通信
 - 第9巻 p.721 -ページ画像 
 二 他ノ電話所ニ到ル者ト直接ノ電話通信
第五条 左ノ電話通信ハ総テ五分間迄ヲ以テ一通信時トス
 一 甲乙市町間相互直接ノ電話通信
 二 電話所ニ到ル者相互、及電話所ニ到ル者ト加入者ト直接ノ電話通信
第六条 加入者ハ報酬ヲ受ケテ、其使用ニ属スル電話器ヲ他人ニ貸与シ、又ハ之ヲ自家用外ノ目的ニ使用スルコトヲ得ス
第七条 電話交換局ハ時々加入者ノ住居ニ技術員ヲ派遣シテ電話器故障ノ有無ヲ点検セシムヘシ
第八条 加入者ハ其使用ニ属スル電話線又ハ電話器ニ障害アリト認ムルトキハ、直ニ其旨ヲ電話交換局ニ報告スヘシ
第九条 加入者ノ加入約束期限ハ其使用ニ属スル電話線及電話器ヲ交付シタル日ヨリ起算シ満二箇年トシ、爾後ノ継続ハ満一箇年以上トス(一箇年未満ノ端数ヲ加フルヲ得ス)但左ニ掲クル一期ノ中途ニ於テ之ヲ交付シタルトキハ尚ホ該期ノ末日ニ至ルマテノ日数ヲ加ヘタルモノヲ以テ約束期限ノ一箇年ト看做スヘシ
    第一期 一月ヨリ三月マデ
    第二期 四月ヨリ六月マデ
    第三期 七月ヨリ九月マデ
    第四期 十月ヨリ十二月マデ
第十条 加入者其加入約束ノ継続ヲ望マサルトキハ約束満期三箇月以前ニ其旨ヲ電話交換局ニ通知スヘシ、若シ此通知ヲナサヽルトキハ更ニ一箇年継続スルモノト見做スヘシ
第十一条 加入者ハ逓信省ニ於テ別ニ定ムル電話線及電話器ノ使用料ヲ左ノ規定ニ拠リテ納付スヘシ
  但特ニ納期ヲ定ムル者ハ此限ニアラス
 一 使用料ハ第九条ニ掲クル四期ノ別ニ従ヒ年額ヲ四分シ、毎年一月四月七月十月ノ四回ニ、通貨ヲ以テ其期ノ分ヲ電話交換局ニ納付スヘシ
 二 一期ノ中途ニ於テ加入シタルトキハ、其期ノ分ハ年額金ノ日割ヲ以テ電話線及電話器ノ交附ヲ受ケタル日ヨリ一週間以内ニ、通貨ヲ以テ電話交換局ニ納付スヘシ
第十二条 加入者納期ニ至リ其使用料ヲ納付セサルトキハ其電話通信ヲ停止スヘシ
第十三条 電話交換局アル市町外ニ電話器ヲ設置スルモノ、及一人ニシテ同一ノ家屋又ハ地所内ニ於テ同一ノ回線中ニ二箇以上ノ電話器ヲ設置スルモノハ、第十一条使用料ノ外左ノ料金ヲ増加スヘシ
 一 市町外ノ地ニ電話器ヲ設置スルトキハ、其市町ノ境界ヲ去ル三町迄毎ニ一箇年料金三円
 二 二箇以上ノ電話器ヲ設置シタルトキハ一箇ヲ除キ其他一箇毎ニ一箇年料金八円
第十四条 加入者ニ於テ其使用ニ属スル電話線ヲ他ニ転架シ、若クハ其電話器ヲ同一ノ家屋又ハ地所内ニ転置セント望ムトキハ之ヲ電話交換局ニ請求スヘシ、其転架ニ要スル費用ハ(線条柱木其他器械物
 - 第9巻 p.722 -ページ画像 
品ノ代価ヲ除ク)請求者ノ支弁トス、但電話線ノ転架ニ依リ使用料額ニ異動ヲ生スルトキハ転架工事竣工ノ日ヨリ其料額ヲ改定スヘシ
第十五条 電話所ニ到リテ電話通信ヲ為スモノ、及加入者ニシテ他ノ市町ノ加入者又ハ電話所ニ到ル者ト電話通信ヲナス者ハ、逓信省ニ於テ別ニ定ムル電話料ヲ左ノ規定ニ拠リテ納付スヘシ、但加入者ニシテ其市町内ノ電話所ニ到ルモノト電話通信ヲナス場合ハ電話料ヲ支払フヲ要セス
 一 電話所ニ到ルモノハ郵便切手ヲ以テ電話料ヲ其電話所ニ納付スヘシ
 二 加入者ハ郵便切手ヲ以テ其月分ノ電話料ヲ翌月十日迄ニ電話交換局ニ納付スヘシ
第十六条 加入者ニシテ第三条第三項ニ拠リ電報ヲ各地ニ発送スル為メ郵便電信局又ハ電信局ニ電話通信ヲナシタルトキハ、其月分ノ電報料ヲ郵便切手ヲ以テ翌月十日迄ニ、其郵便電信局又ハ電信所ニ納付スヘシ
第十七条 加入者ノ使用ニ属スル電話線又ハ電話器ニ障害ヲ生シ、三日以上電話通信ヲ休止シタルトキハ、第四日ヨリ電話通信休止ノ日数ニ応シ年額金ノ日割ヲ以テ使用料ヲ還付スヘシ、但第二条但書ノ場合ニ於テハ此限ニアラス
第十八条 凡ソ加入者タランコトヲ望ムモノハ、左ノ書式ノ申込書ヲ差出スヘシ
  但他人所有ノ家屋又ハ地所内ニ電話器ノ設置ヲ要スルモノハ、其所有者ノ承諾書ヲ添付スヘシ
 (書式)
    電話交換加入者申込書
 私儀電話交換規則ニ遵ヒ何地電話交換ニ加入致度仍テ電話器設置ノ場所及其員数ヲ左ニ記載シ此段申込候也
                  住所職業
  年 月 日             氏名 印
    逓信省工務局
          御中
  一 場所 何市何区何町何番地
  二 電話器 何箇
○逓信省令第八号
電話交換規則第十一条ニ掲クル使用料ハ東京市内ニ於テハ一箇所ニ付年額五拾円、同則第十五条ニ掲クル電話料ハ東京市内ニ於テハ一人ニ付一通信時五銭ト定ム
  明治二十三年四月十九日
             逓信大臣 伯爵 後藤象二郎


中外商業新報 第二四二七号 〔明治二三年四月二七日〕 逓信大臣実業者を招待す(DK090072k-0006)
第9巻 p.722-723 ページ画像

中外商業新報 第二四二七号 〔明治二三年四月二七日〕
    逓信大臣実業者を招待す
曩に逓信省が電話交換の便利を開かんとするの挙あるや渋沢・益田・大倉氏等を始め我が実業社会の重達たる人々は大に其の挙を賛成し、其の交換加盟者の勧誘に就き東西に奔走して尽力せし処尠なからざり
 - 第9巻 p.723 -ページ画像 
しを以て、後藤逓信大臣には明二十八日午後二時より右等の諸氏を同官邸に招て慰労の饗宴を開き、尚ほ将来交換加盟者の勧誘方及び其の交換法実施の上に就ても懇々依嘱せらるべき筈なりと云ふ


中外商業新報 第二四二八号〔明治二三年四月二九日〕 電話交換の事(DK090072k-0007)
第9巻 p.723 ページ画像

中外商業新報 第二四二八号〔明治二三年四月二九日〕
    電話交換の事
客年逓信省は電話交換の方法を設け大に我が実業社会の便利を計らんとするの美挙を企て、広く加盟者の募集を為したりと雖へども、世人未だ其の功用の何たるを知らざるが故にや、進んで之れが募集に応ぜんとする者案外に少なから《(マヽ)》ざりしを以て、其の当局者も種々配慮せらるゝ処あると、殊には我が実業者の重達たる人々も亦た東西に奔走して其の加盟を勧誘したりしかども、兎角に躊躇するの色あるも、逓信省に於ては予て期せし如く愈々其の架設に着手せらるゝ筈なるが、官設とは申す条畢竟此の交換法たる取りも直さず商葉的《(業)》の事なれば、同省も飽迄加盟者の便利を計り、成るたけ多く其の人員を募集し、以て其の費用の負担を軽減せしめんと、若宮工務局長の如きは後藤逓信大臣の命を奉り頻りに工風を凝らされ、其の事業に就ては充分実業者の意見をも叩き、尚ほ其の事務の取扱等も成へく実業に経験ある人より採用せんとの意にて、同局長よりは東京商工会正副会頭に照会して同会の書記萩原源太郎氏を雇入れたしとありしに就き、同会頭よりは其の照会の意を了し、同会の事務に差支へなき時間を操合せ、同氏をして其の事務を助けしめんとの答申に及ひたる位にて、今後益々加盟者を勧誘し、最初の目的を貫通し、以て大に我が実業社会の便利を増進せしめんとするの決意なりと云ふ


東京経済雑誌 第二一巻第五一九号・第五八二頁〔明治二三年五月三日〕 ○電話交換規則(DK090072k-0008)
第9巻 p.723-724 ページ画像

東京経済雑誌 第二一巻第五一九号・第五八二頁〔明治二三年五月三日〕
    ○電話交換規則
逓信省にては愈よ電話交換法を実行する由にて、交換規則を定めたり其の定むる所に拠れば、加入者は左の電話通信を為すを得るなり
 一 市町の内外を問はず、昼夜の別なく加入者相互直接の電話通信
 一 市町の内外を問はず、規定の時間に於て電話所に到る者は《(と)》直接の電話通信
 一 規定の時間に於て電報送受の為め郵便電信局又は電信局と直接の電話通信
又た何人と雖も、逓信省にて定めて広告する時間に於て電話所に到り左の電話通信を為すことを得るなり
 一 加入者と直接の電話通信
 一 他の電話所に到る者と直接の電話通信
電話交換の効用は枚挙に遑あらざることなるが、今ま逓信省にて説明する所に依り左の一節を掲ぐ
 電話交換とは居所の異なる人をして電線に依りて居ながら話をさせる法にて、人の相交る上に就ては此の上もなき便利のものにて、此度東京に此の法を始め、先づ日本橋あたりか、丸の内辺にて東京中央の地を撰み、電話交換局と云ふものを置き、其所より方々の家に
 - 第9巻 p.724 -ページ画像 
逓信省の費用にて電話線を架設し、電話機を据付け、甲の加入者が乙の加入者に用事があれば、一寸電話にて交換局に乙と話しがしたいと云へば、直ぐ其線を維ひて呉れるから、之と思ふ儘に話が出来る仕組なれば、方角の違ふ処にて使を走らすれば、半日余もかゝる事が、二分時か三分時かで、乙にも丙にも其用事を話すことが出来るなり、只加入者と加入者と話せること許りでなく、東京市中所々の便宜地及人寄の多き処には、電話所を設けて何人にても此所に来れば、加入者は言ふに及ばす、他の電話所に来た人と話すことも出来、加入者が他行して我家に俄の用事の出来たるときも、其最寄の電話所に行けば、其用事が直ぐ我家の者へ話せるなり、且其話も電信の如く言ひ放しでなく、話もすれば答も出来、分らぬ事は問ひ返し、通ぜぬかと思へば言ひ直し、自由自在にして、段々慣れて来ると、是れは誰の声と云ふ事を聞き分けることまで出来て、一度其の便を覚えたるときは、電信では不便なりと思ふ様になるべし
逓信省にては去月二十八日渋沢・益田・安田・大倉・松浦等《(梅浦カ)》の諸紳士を招き、右電話交換加入者募集の事に関して相談したるに、加入者の割合に少きは、一には世人が電話交換の効用を知らざる為めにもあるべしと雖も、要するに其使用料が今日我国人生計の度に比し高き事其原因なるべきに付、今多数の加入者を得んとするには、可成其使用料を軽減すべしとの説あり、逓信大臣も果して然るに於ては其軽減に付今一応詮議すべしと陳べし由なり


雨夜譚会談話筆記 上・第五〇―五一頁〔大正一五年一〇月―昭和二年一一月〕(DK090072k-0009)
第9巻 p.724 ページ画像

雨夜譚会談話筆記 上・第五〇―五一頁〔大正一五年一〇月―昭和二年一一月〕
    第三回 大正十五年十一月十三日於飛鳥山邸
増田「それで政府は直ぐ実行しましたか」
先生「直ぐではなかつたが、運びがついて架設せられた時に第一番に話をした、たしか第一銀行と株式取引所とであつた」


逓信協会雑誌 第二九号〔明治四三年一二月〕 電話創業の回顧(元逓信省電務局長若宮正音)(DK090072k-0010)
第9巻 p.724-725 ページ画像

逓信協会雑誌 第二九号〔明治四三年一二月〕
    電話創業の回顧 (元逓信省電務局長 若宮正音)
○上略叉手又最初の予算は東京に三百人横浜に百人の加入者を得て、此交換業務を開始する計画なりしに、加入者申込は意外に僅少にして、容易に予定員数に満たず、極力其勧誘を努めて尚其目的を達せす、玆に於て予は貧乏ながら大臣官邸を借り受け、東京知名の商業家二十名を招待し、粗餐を供し、大井技師を煩はして電話交換の実地通話を試用せしめ、其効用の説明を為して加入者の増加を図り、次いで又銀行集会所・株式取引所及米商会所の三箇所に電話機を仮設して、三日間に渉り市民に電話の利用を実地観覧せしめ、大に加入誘導に努めたるが、此時虎列剌病流行の後にて、来りて之を観覧したる公衆中には、斯く迄敏捷に且つ明瞭に通話を媒介するものなれば、虎列剌病をも媒介伝播すべし、恐るへきものなる哉、加入せざるに若くはなしと云ひたるものさへ之れありたる次第にて、勧誘観覧共に十分の効果を見す同年十二月十六日交換開始の時、僅かに百六十名の加入者を得たるに
 - 第9巻 p.725 -ページ画像 
過ぎざりき。又横浜に於ても予自ら屡々出張して官民に向ひ勧誘に努めたれども、是亦東京に均しく不成績を免れざりしなり。
   ○「通信事業五十年史」(第二三〇頁)ニ拠レバ右交換開始当時ノ申込者東京二三七人(内開通一七九)横浜四八人(内開通四五)計二八五人ヲ得タルノミ。明治二十六年三月ヨリ大阪・神戸両市ニ交換開始セラル。

渋沢栄一伝記資料 第九巻 終