デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2023.3.3

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
1節 綿業
6款 紡績職工誘拐事件仲裁
■綱文

第10巻 p.525-528(DK100047k) ページ画像

明治29年12月(1896年)

是ヨリ先、中央綿糸紡績業同盟会ト鐘淵紡績会社兵庫分工場トノ間ニ職工誘拐ニ因ル紛議生ジ、解決困難トナル。栄一両者間ノ仲裁調停ニ起チ、是月末鐘淵紡績会社ノ朝吹英二・中上川彦次郎及ビ中央同盟会田辺丈夫[山辺丈夫]等ノ間ヲ斡旋シ、其ノ解決ニ尽力ス。


■資料

東京経済雑誌 第三四巻第八五七号・第四四一一頁 〔明治二九年一二月二六日〕 ○鐘淵紡績会社と中央綿糸同盟会の紛議(DK100047k-0001)
第10巻 p.525-526 ページ画像

東京経済雑誌 第三四巻第八五七号・第四四一一頁 〔明治二九年一二月二六日〕
    ○鐘淵紡績会社と中央綿糸同盟会の紛議
大阪地方の紡績業者は去る二十六年同業者間に於ける職工の誘拐を防ぐ為めに、中央綿糸同盟会なるものを組識し、加盟者は徳義に背き、猥に他社の職工を誘拐せざることを約し、当時同会の委員長俣野景孝氏より其旨を鐘淵紡績会社に通知して加入を勧告したるに、同社は之を謝絶し、本会には加盟せざるも、同業者の徳義上、猥に他社の職工を誘拐せざるのみならず、万一雇入後他社の職工たる事判然せば返戻する旨を返答したり、其後俣野氏委員長を辞し、亀岡徳太郎氏之に代りたる後も、又々鐘淵に向て加入を促したれども、同社は依然之を謝絶したるよし、然るに同会社は曩に兵庫に分工場を置き、昨年頃より愈々器械の運動に取掛りたる際、大阪地方の同業社中には同工場の為めに職工を誘拐さるゝものあり、甚しきは一会社にして一夜の中十名以上の職工を失ひたるものさへあり、是に於て客月二十五日大坂の同業二十二会社の人々は集会を催し、被害の各会社は同盟会へ向け、左の如き書面を出して其処分法を請求せり
 我紡績業の盛衰は一に精練熟達の職工を得ると否にあり、依て自分等は職工の養成を謀り社員を数十里外に派出し旅費を給し手当を与へ無経験者を募集し数年の伝習を為して之を使用し年々其養成の為め費す所の金額職工一人に付少きも十円多きは四十円に及ぶ、然るに今回兵庫に設置したる鐘淵紡績会社工場は自ら職工を養成するの費用と時日を厭ひ、自分等の職工を誘拐し、若くは職工と知て雇用し甚だしきは同社々員なる工業学校卒業生を米屋の手代に扮せしめ或は書記職工等車夫仲仕売薬行商に装はしめて隠密に職工誘拐に従事せしめたり、現今同分工場に使用する職工三千余名の内過半は自分等若くは同業者か時日金銭労力の三者を費して養成したる職工なり、自分等同会社が此の如く同業者たる徳義に背き不法の所為を為すに拘はらず穏に其反省を求むるも頑として之に応せず、今日の有様にて打過ぎなは自分等の工場は宛も同分工場の職工養成所と一般なるに至らん、之れ実に忍ぶ能はざる処なり、依て急速本会に於て之に当る防禦策を講究せられんことを
 - 第10巻 p.526 -ページ画像 
尚ほ前記客月二十五日の集会に於て総代に撰ばれたる大阪・摂津・平野・天満・福島の五会社よりも同様の意味によりて請求する処ありたる為め、去る十五日夜同盟会の委員評議員法律顧問等協議の末、結局同盟会は鐘淵紡績会社の職工誘拐の防禦策を講じ、其手段として末記の二十五会社は
 糸(東京府愛知県を除く)棉花包装品、木管、帯皮、石炭、油類、紡績、鉄具類等を鐘淵紡績会社に売買取引する商人に対しては一切取引せざる事
の契約を結び、追々其他の会社にも賛成を求め、以て鐘淵紡績会社に当り、各被害の会社は随意兵庫工場に就きて職工の取戻を談判する事に決せり、尚ほ兵庫工場は一旦雇入たる職工を取戻されん事を恐れ、此紛議の当時より一千九百五名の寄宿職工の外出を禁じ其代りに時々構内に興行師を招き、職工の娯楽に供し居るよし、同盟会の人は物語れり
 大坂・摂津・天満・平野・金巾・郡山・朝日・堺・尼崎・福鳥・尾張・姫路・三重・津島・播陽・岡山・玉島・倉敷・笠岡・福山・下村・大坂撚糸・日本紡・名古屋・和歌山
右の紛議に付、渋沢栄一氏は双方の間に入り調停の労を執り居る由なれば、不日円滑なる結局を見るなるべし


新聞集成明治編年史 第九巻・第四八一―四八二頁 〔昭和一一年一月〕(DK100047k-0002)
第10巻 p.526-528 ページ画像

新聞集成明治編年史 第九巻・第四八一―四八二頁 〔昭和一一年一月〕
  鐘紡の職工誘拐事件揉める
    二十六紡績会社が鐘紡と喧嘩
〔一二、二四、○明治二九年日本〕職工誘拐事件、兵庫分工場の報告○二十六紡績会社と鐘ケ淵紡績会社の紛議事件の顛末に付き、鐘ケ淵紡績会社兵庫分工場より、東京本社に報告したる分左の如し。
中央同盟会の当店へ対する運動は、同盟会へ加入を断然御謝絶相成たる後、一時は彼是内相談を致したる様聞き及び候得共、後当店工場の運転大に遅延したる為め、一時傍観の姿に相成居候処、本年七月より愈々運転を始めたるに付同盟各会社共、再び注意を加へ居る様子なれ共、其当時は公然運動致候模様無之彼是致候中、九月下旬に至り、昼業全運転の報大阪に伝はると同時に大に狼狽して、時々集会したる由に聞及び候。其の次第は大阪各会社の人々は、四万錘の工場は仮令昼業丈けにても他の職工を横奪することなくしては、決して二三箇月の時日に於て実行し得べきものにあらずと、一途に信じ居り、当店に於て莫大の費用を投じ充分準備をなしたることを自分等既往の経験に徴して少しも借用せず、当時は漸く多くも運転錘数一万錘の間なるべしと思ひ居りたる処、全運転の報告伝はりたる為め俄かに相警め、自己の会社を去りたる総ての工女は、皆鐘淵に来りたるものと誤信し、甲乙会社相和して、中央同盟会に向つて、当店へ対する反抗運動を請求するに立至り候もの其の発端に御座候。然るに当時は実際当店にては昼業全運転をなしたる外、尚ほ夜業二万錘を運転し得るの工女数を有し居りたることは事実にして、電灯の準備整ふを待ち直ちに夜業を相始め、立どころに二万錘を運転致候。而して昼業全運転前に当り、工
 - 第10巻 p.527 -ページ画像 
女の員数取調候処、昼夜全運転するには尚五六百名不足に付、専ら工女募集に尽力し、其の結果入社する者日々拾数名以上多きは二三拾名に及ぶも、全体の数に於ては、常に運転当時の数に増加せざるのみならず、甚しきは次第に減少するの模様に有之候間、不審を起し段々取調候処、全く同盟各社より人を派し、甘言を以て工女を誘引し去るの事実を発見致候に付、夫迄は工女に対する取締は全く解放主義を採り去るものは打棄居候処、斯る有様にては何程募集するも、到底其効なかるべしと考へ終に見張番を置き、成る可く工女の誘引せらるゝものを防ぎ、一方に於ては専ら募集に尽力致居り、昼夜全運転も次第に相近き来り候得共、其時迄は中央同盟会に於ては、各要地へ夫々各社交代に見張番を出し、逃走工女を防ぎ居り候のみにて、同盟して当社へ対する攻勢を採り候模様は聊か無之、殊に先月初旬より当店にては、成る可く大阪各社との交渉を避くるに一層注意したる為め一時彼是噂有之候得共、至極平穏に帰したる様存居候処、突然一昨十七日に至り当店に対し取引拒絶の決議をなすに立至りたりとのことを、新聞紙上にて承知したる次第に御座候。右取引拒絶の決議は、是迄同盟各社中職工の交渉を生じたる際、同盟各社より同盟中の或一会社に向つて実行したる方法に有之、明治紡績、朝日紡績の如き、此の決議によりて苦しめられ、終に降を各社に乞ふたるものなれば、今日当店に対し右の宣言をなしたるは、最後の武器を振ふものに御座候。
以上は今日に至る迄の経過に有之候に付、左に右に関する原因に付、御報道申上候。〔下略〕

  職工誘拐事件
    鐘紡意地になる
〔一二、二四、○明治二九年日本〕別項記載の如く職工誘拐の紛議に付き、二十六会社は鐘ケ淵と関係ある商人に向つて、取引拒絶を広告し、渋沢栄一氏は調停の労を執り居るが、鐘ケ淵紡績会社の之に対する決心如何を聞くに、固と此の騒擾惹き起したるは、我が彼の職工を誘拐したるにあらで、彼の労銀より高く支払ふ為め、識らず識らず彼の職工我が支場に来りたる訳なれば、此際渋沢の仲裁あるも、取引拒絶の示威あるも、血の雨を降らさゞる限りに於て同盟会と対峙せん覚悟なり。
棉の買入に付きては、既に横浜のフレザー、サミユル、イリス等と相談したれば、是より更に窮することなく、全国綿糸紡績の八分程も占むる我会社なれば、価格の競争とても心配することなしと云ふ、気焔万丈と云ふ可し。

  鐘紡の職工誘拐事件
    渋沢栄一調停す
〔一二、二四、○明治二九年日本〕中央綿糸紡績業同盟会と、鐘淵紡績会社兵庫工場との間に職工誘引事件の確執は、同盟会が既に誘引せられたる職工を引戻さんとするより益々其の度を高め、竟には或は刑法に触るゝ者を出ださんとするに立至れり。為に渋沢栄一氏の神戸に至るや鐘淵紡績会社事務取締役朝吹英二氏《(専)》と相会し、同盟会に加入して軋轢を止める方得策なるべしと述べたるに、朝吹氏は従来勢の趨く所事の
 - 第10巻 p.528 -ページ画像 
玆に及びたる次第にて敢て自ら進んで求めたるにあらざれば、決して加入せざるの意にもあらずと答へたるよし。因りて渋沢氏は東帰の途再び大阪若松町伝法屋に於て、同盟会委員長亀岡徳太郎、委員山辺丈夫、理事渡辺牧太氏等に面会して其意を通じたるに、諸民も鐘淵紡績会社にして其意あらば我が同盟会も敢て固執せざるべしと述べたり。
然れば渋沢氏帰東の上、鐘淵紡績会社の中上川彦次郎氏等にも交渉し調停し得べくんば其の労を執らんとする趣なり。