デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
5節 製帽業
2款 東京帽子株式会社
■綱文

第10巻 p.797-800(DK100078k) ページ画像

明治42年6月6日(1909年)

是年栄一、古稀ニ渉ルヲ以テ第一銀行他少数ノ関係ヲ除キ諸事業ヨリノ引退ヲ決意シ、是日当会社取締役会長ヲ辞ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四二年(DK100078k-0001)
第10巻 p.797 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年
六月六日 雨 冷
○上略 午前十時兜町事務所ニ抵リ、諸関係会社ノ業務担当者ヲ会シテ、都テ其職務辞退ノコトヲ懇話ス、来会中種々《(者脱カ)》ノ論説アリシモ、切ニ之ヲ慰諭シ、一同ト共ニ午飧シ、後更ニ談話ヲ継続セシモ、一同ハ尚各会社将来ノコトヲ懸念シテ止マサリキ○下略


竜門雑誌 第二五三号・第四七―四八頁〔明治四二年六月二五日〕 青淵先生の各種関係事業引退(DK100078k-0002)
第10巻 p.797-798 ページ画像

竜門雑誌 第二五三号・第四七―四八頁〔明治四二年六月二五日〕
    青淵先生の各種関係事業引退
我青淵先生の関係せらるゝ事業は従来頗る多方面に亘り、去三十七年大患の後之を辞退せられたるもの少からざりしも、日露戦争後各種事業の勃興に際し四方の懇請黙止難くして、已を得ず其請を容れられたるもの多く、従て知らず識らず以前に倍蓰する繁忙の身となられしが
 - 第10巻 p.798 -ページ画像 
如何に時勢の要求とは云へ一人にして幾十の事業に関係する事、先生元来の本意に非す、何時か本業たる銀行専営の地位に復せんとは年来の志たりしも、其機を得ずして今日に至れり、然るに今年は恰も七十の寿に躋られたると一面には事業界の状勢次第に進歩し、各会社夫々皆適任者を有し之が経営に聊か懸念すべきものなきを以て、旁々決算期に近づける此機に於て、先生本来の事業たる第一銀行及之に附随せる東京貯蓄銀行を除くの外、総べての会社に対し一切其職任を辞退せらるゝことに決定せられ、本月六日従来関係の深かりし左の諸会社の諸氏を兜町の事務所に招き、其旨を発表して懇ろに趣意の在る所を説明せられ、尋で同日附を以て左記の如き辞任書及書状を発送せられたり
○中略
     東京帽子株式会社 専務取締役 早速鎮蔵君
              支配人   土肥脩策君
○中略
    辞任書
拙者儀頽齢に及び事務節約致度と存候間、貴社「何何役」辞任仕候、此段申上候也
  明治四十二年六月六日
                    渋沢栄一
    書状
拝啓、時下向暑の候益々御清泰奉賀候、陳は小生儀追々老年に及ひ候に付ては関係事務を減省致度と存し、今回愈々第一銀行及東京貯蓄銀行を除くの外一切の職任を辞退致候事に取極候に付、別紙辞任書差出候間事情御了察の上可然御取計被下度候、尤も右様役名は相辞し候へ共向後とて従来の御交誼上、必要に臨み御相談に与り候事は敢て辞する処に無之候間、其辺御承知置被下度、此段申添候 敬具
  明治四十二年六月六日        渋沢栄一
辞任せられたる各種事業の名称及び職任は左の如し
○中略
  東京帽子株式会社同上○取締役会長
○下略


(東京帽子株式会社)株主総会決議録及就任承諾書(DK100078k-0003)
第10巻 p.798-799 ページ画像

(東京帽子株式会社)株主総会決議録及就任承諾書
                 (東京帽子株式会社所蔵)
    臨時株主総会決議録
明治四拾弐年七月弐拾日附ヲ以テ、八月弐日午前拾壱時ヨリ日本橋区坂本町銀行倶楽部ニ於テ、臨時株主総会ヲ開会スヘキ旨通知セリ
    議案○第一・三・四号議案略ス
第弐号
 当会社創業以来取締役会長トシテ社業ニ熱心尽力セラレタル男爵渋沢栄一君、今回取締役辞任ノ旨申出アリタリ、事情不得已儀ト認ムルカ故ニ、乍遺憾之レカ承認ヲナスノ件
 右ニ付同君ニ対シ慰労ノ微意ヲ表スルノ件
右ノ議案ニ就キ明治四拾弐年八月弐日臨時株主総会ヲ開キ株主総数弐
 - 第10巻 p.799 -ページ画像 
拾九名此権利数四千五百箇ノ内、人員弐拾参名権利数弐千八百五拾弐個(出席及委任状共)ノ株主出席シ、全会一致ヲ以テ左ノ通リ議決ス
議案第二号会長渋沢栄一君ノ辞任ヲ承認スル事
 同君ニ対スル慰労ノ微意ヲ表スルノ件ハ会社ニ最モ縁深キ蜂須賀茂韶侯・益田孝・馬越恭平ノ三君ニ一任スル事
               取締役 渋沢栄一
                 同 早速鎮蔵(印)
                 同 萩原弘(印)
  ○爾後栄一ハ同会社大株主トシテ歿年ニ到レリ。


(東京帽子株式会社)報告 第一七季明治四三年二月(DK100078k-0004)
第10巻 p.799 ページ画像

(東京帽子株式会社)報告 第一七季明治四三年二月
  東京帽子株式会社第拾七季報告 明治四拾弐年弐月ヨリ同四拾参年壱月ニ至ル
    営業報告
八月弐日 日本橋区坂本町銀行倶楽部ニ於テ臨時株主総会ヲ開キ、左ノ議案ニ対シ、議決ヲ求メタリ○議案第壱・第参・第四号略ス
 第弐号
  当会社創業以来取締役会長トシテ社業ニ熱心尽力セラレタル男爵渋沢栄一君、今回取締役辞任ノ旨申出アリタリ、事情不得止儀ト認ムルカ故ニ、乍遺憾之レカ承認ヲナスノ件
  右ニ付同君ニ対シ慰労ノ微意ヲ表スルノ件
  右ノ議案ハ全会一致ヲ以テ、左ノ通リ議決ス
  議案第弐号会長男爵渋沢栄一君ノ辞任ヲ承認スル事
  同君ニ対スル慰労ノ微意ヲ表スル件ハ、会社ニ最モ縁故深キ蜂須賀茂韶侯・益田孝・馬越恭平ノ参君ニ一任スル事
八月拾参日 前取締役男爵渋沢栄一君ノ辞任並ニ新任取締役就任ノ登記ヲ経タリ○中略
八月拾八日 本月弐日ノ臨時株主総会ニ於テ議決シタル渋沢男爵ニ対スル慰労ノ微意ヲ表スル件ハ、蜂須賀侯・益田・馬越参君ノ協議ニ基キ、別途積立金ノ内ヨリ金五千円ヲ支出シ、感謝状ニ添テ贈呈ヲナシタリ


実業之世界 第七号〔明治四二年七月〕 余が今回辞任したる六十会社の運命観(男爵渋沢栄一)(DK100078k-0005)
第10巻 p.799 ページ画像

実業之世界 第七号〔明治四二年七月〕
  余が今回辞任したる六十会社の運命観(男爵 渋沢栄一)
○上略
△東京帽子株式会社(明治二十六年十二月設立、払込資本金十五万円配当年五分、渋沢男は当会社の取締役会長)是は蜂須賀侯と私との出資で、専務の早速鎮蔵と支配人の土肥修策と云ふ人が専ら経営の任に当つて居る。随分堅実にはやつて居るが利益の少いので困つて居る。
是には私の退いた跡に誰か一人据ゑなければならぬと思つて居る。


(益田孝)書翰 土肥脩策苑 (明治四二年)八月七日(DK100078k-0006)
第10巻 p.799-800 ページ画像

(益田孝)書翰 土肥脩策苑 (明治四二年)八月七日 (土肥脩策氏所蔵)
貴翰拝読炎暑難堪候処益御清適奉賀候
増資之決議も無滞御希望通り相成候よし所賀ニ御坐候
渋沢男辞任ニ就き報酬之義ハ貴諭之如く最も厚きを適当といたし候、
 - 第10巻 p.800 -ページ画像 
此会社が類焼ニ遭遇する哉、男之勇往邁進遂ニ今日之結果あらしめし丈ケニ、而も小生等ハ常々敬服篤く株主として酬ゆ度考へ居候、然し事業之大小もあり今日之場合思ふ様ニハ支出金も六ケ敷候故ニ、貴意五千円位を呈候事相当 《(欠)》と存候、尤此報酬ニ付而彼是会社営業之盛衰を云ふへき場合ニハ無之と存候へ共、男も其辺御酌量可被下と存候間乍不足右金額御呈被成候様希望致候、然し小生之愚意申述候而已実ハ創立当分之外余り承知無之小生故、尚外諸君と御協議可然御定め可被下候、貴答迄 匆々頓首
  八月初七
                       益田孝
      土肥修策様

渋沢栄一伝記資料 第十巻 終