デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
14節 製煉業
3款 製鉄関係資料 1. 農商務省発起製鉄所招待会
■綱文

第11巻 p.596-598(DK110091k) ページ画像

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■資料

中外商業新報 第五四九六号〔明治三三年五月二九日〕 製鉄所招待会(DK110091k-0001)
第11巻 p.596-598 ページ画像

中外商業新報 第五四九六号〔明治三三年五月二九日〕
    製鉄所招待会
農商務省有志の発起に係る製鉄所の招待会は、昨二十八日午後二時より帝国ホテルに開会せしが、来賓は芳川逓信大臣・古市・藤田・斎藤等の各省総務長官、松本鉄道作業局長・犬塚鉄道局長並に榎本・曾我の両子爵、渋沢・尾崎の両男爵、益田孝・高田慎蔵等の実業家諸氏百余名にして、曾弥農商務大臣の挨拶に引続き、和田製鉄所長官並に製鉄所顧問技師ドクトル、トツペ氏の製鉄所に関する談話ありしが、其要領を挙ぐれば左の如し
      和田製鉄所長官の談話
 後刻製鉄所属顧問技師トツペ氏の説明ある筈なるも、同氏の説明を解釈し易からしむるが為め、製鉄所の現状に就き一言せんと欲す
 製鉄所に於ける第一着の目的は、普通商業上に於ける鉄材を製作するに在り、而して事業の経営の方針は矢張り一個人の事業の如く之れをして有利なる事業たらしめんとするに在るを以て、事業規摸は諸外国に於ける幾多の大製鉄所と充分競争なし得る程度に於て之を決定したり、我製鉄所に於ける一年の銑鉄製作高は約十二万噸の設計にして、之よりベセマー鋼四万五千噸、マルチン鋼四万五千噸を製出する筈なり、此製鉄所の設計は欧米に於ける斯業専門家に依托して調製したるものにして、日本には斯業に経験ある職工なきを以て、作業は成る可く丈け機械力によることとなせり、原料は其大部分を製鉄所所有の鉄山より需要する筈にして、原料並に製鉄の運搬に便ならしむる為め若松港改良工事を実施しつゝあり
 製鉄所に於ける諸般の設備は此の如くにして、次に起るべきは何人が製作の局に当るべきやの一問なるが、此事に就ては日本人中最も有為の人物を蒐集したる筈なるも、何分無経験の人のみなるにより特に独逸人トツペ氏を雇聘して、作業一切を委任することゝなせり尚ほ世間にては我製鉄所の製品は外国品に比して不廉に失する憂はなきやとの懸念を為す向も尠からざる由なれど、予の見る所を以てすれば決して然らず、今諸般の成績を極めて下位に見積り、鉱石中鉄の含有百分の五十なれば百分の五十丈け採用し得るものなれども仮に百分の四十五丈け採用し得るものとし、鉱石一噸に対しコークス一噸を要するものは一噸半を要するものとし、鎔礦炉の鎔量二百五十噸なるも之を百七十噸と計算し、又労銀は尚ほ全く疑問なるも仮に欧米に於て最も多額の経費を要せる場所を標準として計算するも、尚ほ左の如き費額にて製作し得る筈なり
 ベセマー鋼 一噸   五十六円九十銭
 鉄軌    同    五十六円九十銭
 - 第11巻 p.597 -ページ画像 
 鋼鉄板   同    七十一円
 右の中最も利益少きは鉄軌なるが昨年の計算によれば、年中鉄軌のみを製作するものと仮定するも、尚ほ一年間八十万円の利益ある割合なりし
 昨今は製鉄所の事業大に進み、来十月頃よりは一部事業を開始する筈なれば、今日頃よりソロソロ注文を受くるも差支なしと信ずるまま、玆に諸君を御招待して製鉄所の現況を御被露《(披)》することとなしたるものなり 云々
      トツペ氏の談話
 日本に大製鉄所の設立を要する所以は、税関表を一閲すれば自ら瞭然たるべし、即ち千八百九十八年中の鉄及鋼の輸入高約二千万円の巨額に上れるに見るも、日本に製鉄所を設立するの急且切なる所以を知るべきなり
 次に製鉄所設立の結果日本は如何の利益を得るかを見るに、第一、国家経済の上に於ては、一年二千万円の巨費を節するを得べく、第二、対外貿易の上に於ては二千万円の輸入を減少し得て今日の如き金融必迫を免かるゝを得べく、第三、今日の如き種々の形状を成せる鉄材を要する時世に際し之が供給所を国内に有するに於ては、其利便固より多言を要せずして知るべし、凡そ此等は日本が此製鉄所の設立によりて直接に享受する大利益なるか、さらば此製鉄所の損益計算は、如何なるべきかといふに、之が損益の決定を与ふるものは、第一原料供給の状況、第二製鉄所位置の便否、第三事業設計の当否、第四職工の良否の四項にして、今予の見る所を以てすれば、第一の原料中石炭に就ては既に九州に無尽の炭田あり、製鉄用コークスの製出に適し、次に鉱石の中釜石産は時に純良ならざる分子を混合し居るも、赤谷産は性質非常に良好なるを以て、之に釜石産を混淆して使用するに於ては、充分良好なる鋼鉄を、製造するを得べし、尚ほ日本の鉄鉱に於て最も奇なる現象は鉄山に満淹の産せざる一事なるも、他に満淹を産出する場所甚だ多きを以て、製鉄上毫も支障を蒙むることなし、此外石灰石・耐火煉瓦・機械油等の産出亦甚だ多きを以て、毫も原料に空乏を憂ふることなかるべし、第二製鉄所の位置は理想の上よりすれば礦石並に石炭の産地に近く又販途に近き一地点を選定するにあるも、かゝる事は望み得べきにあらざるを以て、礦石の産地に近きを利とするか石炭の産地に近きを利とするかを決して之を選定せざるべからず、然るに石炭の積量は常に礦石の積量に二倍又三倍するものなるを以て、礦石の産地よりは石炭の産地に近きを利とするものなるに、今の製鉄所は恰も石炭の大産地に存在するのみならず、異日支那地方に輸出する場合に於て最も適当の位置を占むるを以て、最も位地の宜しきを得たるものなりと考ふ、第三の設計に就ては、我製鉄所に於ては欧米各国に於て最も進歩せる方法を採用しあるのみならず、諸般の機械亦最新の方式を採用せるを以て、設計に於ては殆ど間然すべき所なきを認む、第四の職工の良否に就ては、欧米諸国に於て殆と半生間を同一事業に従事する精練なる職工を使用するものにありても、創業の際としい
 - 第11巻 p.598 -ページ画像 
へば其困難尠からざるものなるに、日本に於ては全然無経験の職工を役して創業の際に臨むものなれば、其困難の大なるべきは固より言ふを俟たず、加ふるに日本の職工には命令に盲従するの規律を欠き、少しく位置進めば直に美服を纏ふて人に誇視するの悪癖あるを見る、去れど此等は畢竟名誉心強きの致す所なるにより、之が長たる技師にして能く此名誉心を利導せんには、早晩彼の欧米に於ける「日本人等は機械的熟練を得べきや否や」との疑問を解釈し得て、熟練なる職工を得るの時あるべしと信ず
 以上述ぶる所により、此和田長官閣下の時代に於て製鉄所の大なる繁栄を見るを得べきは、予が満腹の保証を以て玆に明言し得る所なり云々
右了て来賓より二三の質問出て、之に対する和田長官の説明ありて、散会したるは同四時過なりし