デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
20節 化学工業
2款 日本醋酸製造株式会社
■綱文

第12巻 p.273-274(DK120033k) ページ画像

明治39年9月(1906年)

是月栄一、日本醋酸製造株式会社ノ相談役トナリ、四十二年六月六日辞任ス。


■資料

青淵先生公私履歴台帳(DK120033k-0001)
第12巻 p.273 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳           (渋沢子爵家所蔵)
    民間略歴(明治二十五年以後)
○上略
一日本醋酸製造株式会社相談役 三十九年九月 四十二年六月六日辞任
○下略
  以上明治四十二年六月七日迄ノ分調


馬越恭平翁伝 (大塚栄三著) 第二一五頁〔昭和一四年四月〕(DK120033k-0002)
第12巻 p.273 ページ画像

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竜門雑誌 第二五三号・第四七―四九頁〔明治四二年六月二五日〕 青淵先生の各種関係事業引退(DK120033k-0003)
第12巻 p.273-274 ページ画像

竜門雑誌  第二五三号・第四七―四九頁〔明治四二年六月二五日〕
    青淵先生の各種関係事業引退
我青淵先生○中略本月六日○中略同日附を以て左記の如き辞任書を発送せられたり
○中略
    辞任書
拙者儀頽齢に及び事務節約致度と存候間、貴社「何々役」辞任仕候此段申上候也
  明治四十二年六月六日          渋沢栄一
    書状
拝啓時下向暑の候益々御清泰奉賀候、陳は小生儀追々老年に及び候に付ては関係事務を減省致度と存し、今回愈々第一銀行及東京貯蓄銀行を除くの外一切の職任を辞退致候事に取極候に付、別紙辞任書差出候
 - 第12巻 p.274 -ページ画像 
間事情御了察の上可然御取計被下度候、尤も右様役名は相辞し候へ共向後とて従来の御交誼上必要に臨み御相談に与り候事は敢て辞する処に無之候間其辺御承知置被下度候、此段申添候 敬具
  明治四十二年六月六日          渋沢栄一
辞任せられたる各種事業の名称及職任左の如し
○中略
  日本醋酸製造株式会社同上○相談役
○下略


実業之世界 第六巻・第七号〔明治四二年七月一日〕 余が今回辞任したる六十会社の運命観(男爵渋沢栄一)(DK120033k-0004)
第12巻 p.274 ページ画像

実業之世界  第六巻・第七号〔明治四二年七月一日〕
  余が今回辞任したる六十会社の運命観(男爵 渋沢栄一)
○上略
△日本醋酸製造株式会社(明治三十五年七月設立、払込資本二十四万九千四百円配当年五分、渋沢男は当会社の相談役)此の会社は馬越恭平が社長、加藤昇一郎が専務でやつて居るが、私は深く其の内容を知らない。植村澄三郎(取締役)に懇望されたので、名前だけを出して置いたのである。