デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
21節 瓦斯
3款 東京瓦斯株式会社
■綱文

第12巻 p.680-682(DK120088k) ページ画像

明治38年1月19日(1905年)

是日及ビ同年七月十八日栄一東京商業会議所ニ開カレタル当会社株主定時総会ニ出席シ、議長トナリテ議事ヲ主宰ス。尋イデ株主ヨリ前監査役西園寺公成ニ十六ケ年勤続ノ労ニ酬イルタメ金品ヲ贈貽セントノ動議アリ、満場コレヲ容レ、引続キ臨時総会ニテ監査役ヲ改選ス。


■資料

竜門雑誌 第二〇〇号・第五七頁〔明治三八年一月二五日〕 ○東京瓦斯会社半季決算(DK120088k-0001)
第12巻 p.680-681 ページ画像

竜門雑誌  第二〇〇号・第五七頁〔明治三八年一月二五日〕
○東京瓦斯会社半季決算 同会社に於ては一月十九日午後二時より東京商業会議所に於て定式及臨時総会を開く、青淵先生議長席に着き開
 - 第12巻 p.681 -ページ画像 
会の挨拶を述べ、高松専務より営業の概況を報告し、諸計算書は朗読を省略し利益分配案共一括して議事に附し、配当一分増加監査役の証明請求等の説ありたれども結局原案の通り総て可決確定し、次で株主より前監査役西園寺公成氏は十六ケ年間勤続せられたるに付、其功労に酬いる為め金品を贈貽せんとの動議を提し満場之を容れ、金額は一千五百円と決し、引続き臨時総会に移り、監査役渡辺朔・小林藤右衛門両氏の満期改選、並に故西園寺氏の後任選挙の件を諮りたるに、仲万兵衛氏の発議にて渡辺・小林両氏に就ては投票省略重任を乞ひ、西園寺氏の後任は大株主渡辺治右衛門氏に指名を托することに決し、伊藤幹一氏を指名し三時散会せり、其利益金及配当左の如し
                        円
 一当期利益金          三八四、〇九八・〇四二
 一前期繰越金           三〇、八三九・九八八
  合計金            四一四、九三八・〇三〇
 一賞与金             三〇、七二七・八四〇
 一準備積立金           二〇、〇〇〇・〇〇〇
 一別途積立金           二五、四二八・〇八〇
 一株主配当金(年一割四分の割) 二九四、〇〇〇・〇〇〇
 一後期繰越金           四四、七八二・一一〇
  合計金            四一四、九三八・〇三〇


渋沢栄一 日記 明治三八年(DK120088k-0002)
第12巻 p.681-682 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三八年
一月十九日 曇 風ナシ
○上略
午飧後東京商業会議所ニ抵リ瓦斯会社株主総会ヲ開ク、畢テ兜町事務所ニ抵リ書状ヲ裁ス○下略
六月十日 曇 風ナシ
○上略 瓦斯会社高松豊吉氏ト共ニ阪市太郎氏ニ会話シ、北海道炭坑調査ノコトヲ托ス○下略
七月十八日 晴 風涼
○上略 十一時商業会議所ニ抵リ瓦斯会社重役会ヲ開キ要件ヲ議決ス、午飧後株主総会ヲ開キ当季ノ配当案ヲ議決ス、三時帝国ホテルニ於テ大倉・浅野氏等ト同会社ノコトヲ協議ス○下略
七月十九日 曇 風涼
○上略 午後一時再ヒ事務所ニ抵リ、高松豊吉・谷七太郎ト夕張炭坑ノコトヲ会話シ○下略
七月二十九日 晴 暑
○上略 午後四時兜町事務所ニ抵リ高松豊吉氏ト共ニ岸精一ニ夕張炭山ニ関スル契約事項ヲ協議シ、約定書案ノ作成ヲ依托ス○下略
八月四日 曇 冷気
○上略 午飧後兜町事務所ニ抵リ書類ヲ調査ス、午後二時高松豊吉・福島豊・同弥兵衛来ル、瓦斯会社ノ為メ其所有地売却ノコトヲ談ス○下略
八月八日 半晴 酷暑
○上略 午前十時瓦斯会社ニ抵リ重役会ニ出席ス、議事畢テ谷七太郎氏ト夕張炭坑ノコトヲ談ス○下略
 - 第12巻 p.682 -ページ画像 
  ○谷七太郎氏ハ北海道ノ人、新夕張ノ炭田ヲ所有ス。従来北海道炭礦鉄道株式会社ヨリ石炭ヲ買入レタリシガ、此新夕張炭田ヲ買収シ直接採炭ヲナサントセリ。然レドモ種々ノ事情ノ為メ延引シ明治四十三年ニ至レルナリ。其理由ノ一ハ新夕張炭田ハ北海道炭礦鉄道会社所有ノ夕張炭田ノ後方奥地ニ位シ搬出ニハ北海道炭礦鉄道会社ノ運輸ヲ藉ラザルベカラザレバナリ。
  ○当会社ハ北海道石狩国夕張郡登川村ニ於テ清水沢及新夕張ノ両炭山ヲ譲受セリ。清水沢炭山ハ採堀鉱区二鉱区試堀鉱区三鉱区ヨリ成リ面積四百五十六万八百五坪ヲ有シ、価額三拾万円ヲ以テ譲受ケ、明治四十三年四月十八日其ノ登録ヲ完了セリ。新夕張炭山ハ採堀鉱区十四区ヨリ成リ面積六百九十三万二千四十八坪ヲ有シ、価額百万五千円ヲ以テ譲受ケ、同年六月二十日其ノ登録ヲ完了セリ。
  ○福島家ハ元深川区上大島町(現町名猿江町二丁目)ニ居住シ、代々「弥兵衛」ヲ襲名シ質商ヲ家業トス。明治四十一年深川区上大島町ヨリ本所区緑町一丁目六十九番地ニ転居ス(福島豊氏ハ地所売却ニヨリ本所区ヘ転住セシモノナルヘシ)現弥兵衛氏ハ九代目ニシテ同所ニ於テ質商ヲ営ミツヽアリ。福島豊氏ハ「七代目弥兵衛」ニシテ、養子(八代目)ニ「弥兵衛」ヲ襲名セシメ後ニ「豊」ト改名ス。豊氏ハ往年深川区学務委員長ノ公職ニ推サレ、昭和七年一月二十九日死去ス。瓦斯会社ノ買収セル地所ハ前記福島豊氏ノ所有地ニシテ其ノ買収年月及坪数左ノ如シ。

       買収年月日       所在        坪数     備考
    明治三十九年十二月六日 深川区上大島町一番地  二七一・二〇 市街宅地
    同           同      二番地  九三九・六九 〃
    同           同      三番地  一〇四・八八 田
    同           同      四番地   九五・九〇 〃
    同           同      五番地  一八〇・五七 〃
    同           同      六番地  七五七・三六 市街宅地
    明治四十一年七月七日  同      七番地  九六六・六〇 〃
    同           同      八番地  六九一・二六 〃
    同           同      九番地  二六五・八八 〃
    同           同      十番地  二七一・六〇 〃
    同           同     十一番地  四六八・九三 〃
    明治三十九年十二月六日 同     十二番地  五八四・八五 畑
    同           同     十三番地   九一・一〇 〃
    同           同     十四番地  一一三・四七 田
    同           同     十五番地  一六六・〇〇 宅地反別
    同           同     十六番地  一六四・〇〇 〃
    同           同     十七番地  一四〇・〇〇 〃
    同           同     十八番地  一七四・六〇 〃
    同           同     十九番地  一四六・六一 〃
    計                     六、五九四・五〇

   附記、右ハ東京市ヨリ払下ゲタル一一七坪四六ヲ合筆シ、六、七一一坪九六トシ明治四十四年十一月十八日上大島町一番地トナル。区劃整理ニヨリ換地上大島町一番。昭和九年六月十五日町名改称ニヨリ猿江町二丁目八番地ノ三、坪数六、〇八一坪三〇。前記買収地ハ全部瓦斯会社工場用地ニ使用サル。