デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
25節 取引所
4款 大阪株式取引所
■綱文

第14巻 p.227-231(DK140018k) ページ画像

明治14年上半季(1881年)

是ヨリ先、明治十二年末頃ヨリ栄一所持スル大阪株式取引所株式ヲ漸次譲渡シツツアリシガ、コノ季ニ於テ悉ク売却シ、創立発起人タル有力株主等ト共ニ同所トノ関係ヲ断ツ。尋イデ翌年正月、頭取中山信彬モ亦職ヲ辞ス。


■資料

(大坂株式取引所)第三回半季実際考課状 第三回・明治一二年七月一日―一二月三〇日〔明治一三年一月〕(DK140018k-0001)
第14巻 p.227 ページ画像

(大坂株式取引所)第三回半季実際考課状
             第三回・明治一二年七月一日―一二月三〇日〔明治一三年一月〕
  明治十二年下半季大坂株式取引所株式売買一覧表

  月日   譲渡人姓名 株数   代価   譲受人姓名
十二月廿七日 渋沢栄一  十  二千八十三円 松本重太郎


(大坂株式取引所)第三回半季実際考課状 第三回・明治一二年七月一日―一二月三〇日〔明治一三年一月〕(DK140018k-0002)
第14巻 p.227 ページ画像

(大坂株式取引所)第三回半季実際考課状
             第三回・明治一二年七月一日―一二月三〇日〔明治一三年一月〕
    大坂株式取引所株主姓名表

 姓名    住所       株数  金額
渋沢栄一 東京深川福住町四番地  四十  四千円


(大坂株式取引所)第四回半季実際考課状 第四回・明治一三年一月一日―六月三〇日〔明治一三年七月〕(DK140018k-0003)
第14巻 p.227 ページ画像

(大坂株式取引所)第四回半季実際考課状
             第四回・明治一三年一月一日―六月三〇日〔明治一三年七月〕
    大坂株式取引所株主姓名表

 姓名    住所      株数   金額
渋沢栄一 東京福住町四番地  廿一  弐千百円


(大坂株式取引所)第五回半季実際考課状 第五回・明治一三年七月一日―一二月三一日〔明治一四年一月〕(DK140018k-0004)
第14巻 p.227-228 ページ画像

(大坂株式取引所)第五回半季実際考課状
             第五回・明治一三年七月一日―一二月三一日〔明治一四年一月〕
 - 第14巻 p.228 -ページ画像 
    大坂株式取引所株主姓名表

 姓名    住所     株数   代価
益田孝  東京北品川宿   四拾五  四千五百円
渋沢栄一 東京深川区福住町 拾三   千三百円
五代友厚 西区靱北通一丁目 七拾五  七千五百円

   ○右ノ如ク「第五回半季実際考課状」ニハ栄一十三株ヲ所持セル旨ノ記載アルモ「第六回半季実際考課状」(明治十四年一月ヨリ六月ニ至ル。明治十四年七月発行)ノ大坂株式取引所株主姓名表ニハ栄一ノ名ヲ見ズ。第三・四・五回考課状ニハ株式売買一覧表ヲ収載セザルヲ以テ売却月日不明ナリ。尚、栄一ノ他、益田・五代・鴻池・三井・住友・山口・平瀬等ノ諸家、悉ク株主名簿ヨリ名ヲ消シタリ。


(大坂株式取引所)第六回半季実際考課状 第六回・明治一四年一月一日―六月三〇日〔明治一四年七月〕(DK140018k-0005)
第14巻 p.228 ページ画像

(大坂株式取引所)第六回半季実際考課状
             第六回・明治一四年一月一日―六月三〇日〔明治一四年七月〕
    役員進退ノ事
一一月十八日支配人市川武真依願解職、渡辺直三郎ヲ支配人ニ命ス


青淵先生六十年史 (再版) 第二巻・第三一六頁 〔明治三三年六月〕(DK140018k-0006)
第14巻 p.228 ページ画像

青淵先生六十年史(再版) 第二巻・第三一六頁〔明治三三年六月〕
 ○第五十一章 取引所
    第一節 株式取引所
○上略
同条例○株式取引所条例頒布後株式取引所ハ大阪及横浜等ノ各地ニ起リ、米商会所モ亦設置セラルヽニ至リキ、青淵先生ハ同条例制定ノコトニ関シ尽力セルノ縁故ニヨリ、東京兜町米商会所及大阪株式取引所ノ株主タリ、後チ皆之ヲ止メタリ
○下略



〔参考〕東京経済雑誌 第二四一号・第六九三―六九五頁〔明治一七年一一月二二日〕 ○大坂株式取引所第一期営業報告抄録(DK140018k-0007)
第14巻 p.228-231 ページ画像

東京経済雑誌 第二四一号・第六九三―六九五頁〔明治一七年一一月二二日〕
    ○大坂株式取引所第一期営業報告抄録
  第一款 総況
当取引所ノ成立シタル景状ヲ略述セントスルニ当リ、先ツ商情ヲ記シ以テ其変動ト其原因結果ヲ概説スベシ、第一期営業年間当市場ニ於テ売買シタル種類ハ新公債証書・旧公債証書・秩禄公債証書・金禄公債証書・起業公債証書ノ五種並ニ金銀貨幣及諸株式ノ種類トス、此内公債証書ニテ最モ盛ンニ売買シタルモノヲ金禄公債証書トス、其他ノ公債ハ遠ク隔テヽ共ニ金禄ニ及ハサルガ如シ、斯ク金禄ノミ累リニ増加シタルハ其流通額多数ニ由ル、其他ノ公債売買寡少ナルハ共ニ流通額ノ少数ナルニ由ルノミ、又株式ハ当取引所・堂島米商会所・東京株式取引所・横浜株式取引所・大坂硫酸製造会社・横浜正金銀行ノ六種トス、此等株式ノ内最モ売買多数ヲ占メタル者ハ当取引所ノ株券也、大坂硫酸製造会社・横浜正金銀行之ニ次ク、其他ニ至リテハ売買太タ寡少ニシテ、横浜取引所ノ株券ノ如キハ最初ヨリ市場ニ売買ノ声ヲ聴カズ、而シテ此等株式ハ一時ノ売買出来高ニシテ爾来寂寥トシテ早ク已
 - 第14巻 p.229 -ページ画像 
ニ市場ニ其跡ヲ絶チタルガ如シト雖トモ、特リ当取引所ノ株券時々売買アルノミ、然レトモ其出来高寡少ニシテ其価格モ亦非常ノ高低ナカリキ、次ニ景況ノ概説ヲ示スニ至リテハ盛衰モ又啻ナラス、其甚タシキ激動ノ勢ヲ極メタルガ如キモノアリ、商業ハ活物ナリ盛衰浮沈素ヨリ怪ムニ足ラスト雖トモ、其変動殊ニ著シキモノハ銀貨ノ取引之レナリ、如斯ク激進激退ノ悲観ヲ呈セシメタルモノ豈ニ其原因ナカランヤ其所以ノモノハ(十二年十月廿五日開始十三年四月十二日ニ至ル)当時貿易上輸出入ノ不平均ニ起ルモノニシテ為メニ我貨幣ハ必ス外出セザルヲ得ス、其外出ノ額多キニ随テ其価格漸次騰貴シタルヤ疑ヲ容レサルナリ、又十五年八月ノ交、偶々朝鮮事変ノ為メ銀貨売買活溌ニシテ其売買出来高増加スル活機ニ伴随シ、相場ニ予想外ノ動揺ヲ生ジタリキ、其漸ク騰貴セントスルヤ、未タ幾ナラスシテ徐々低落ノ傾向アリ、事変平和ノ兆アルヤ反動シテ又タ頓ニ下落シタリ、蓋シ是ノ一時ノ盛況ハ必シモ永久持続シタル者ニアラズト雖モ、第一期年間当取引所営業上ノ事跡ヲ推究スレハ此際ヲシテ最大旺盛ノ域ト言モ不可ナカルベシ
于時明治十六年三月六日金銀貨仲買人中ニ於テ条例違犯ノ者アルヲ捜査トシテ大阪府警察官数十名臨場仲買人並ニ仲買手代一同ヲ警察署ニ引致シ、尚ホ大阪府勧業課員ハ府知事ノ命ヲ以テ当取引所ノ金銭及ヒ諸帳簿ヲ検査シタリ、而シテ頭取以下正副支配人共一同警察署ノ招喚ニ応シ、銀貨売買取引上ノ景況ヲ陳弁シタリ、此等仲買人一同拘置セラレタルヲ以テ止ムヲ得ス一時休会セリ、然レトモ営業ノ一部ニカヽル諸公債株式ノ弐種ハ幾ナラス(三月十六日)再タヒ立会ヲ始メタリ、此両者ヲシテ恒常ノ如ク売買ヲ全フシタルニモ拘ハラズ実業者タル仲買人ニ於テ或ハ前件ノ疑義未タ冰解セサルコトヲ憂ヒ、殆ント其為ス所ヲ知ラサルカ如キ不幸ニモ其業ヲ擲テ退社セシモノ寡シトセス、故ニ取締方法ヲ厳ニシ以テ自カラ其警戒ヲ加ヘタルニ至リ売買甚タ萎微タリ、亜テ同年四月以降、仲買人納税規則(十五年十二月六十五号布告)ヲ実施セラレテヨリ当時喋々セシモノ少ナカラス、為メニ市場ノ衰頽名状スルニ忍ヒサルノ状トナリ、金銀貨ノ売買ハ全ク其跡ヲ絶チタリ、而シテ諸公債株式ノ二種僅々売買アルノミ、然レトモ奈何セン其商況復旧スルノ傾向ナキヲ歎息スルモノヽ如シ
  第二款 各種売買景況ノ事
 取引所ニ於テ売買シタル種類ハ諸公債証書(旧・新・秩禄・起業・金禄ノ五種)諸株式(当取引所・東京株式取引所・堂嶋米商会所・正金銀行・硫酸会社ノ五種)金銀貨ノ三部トス
    諸公債証書ノ部
諸公債証書売買立会開始起原日ハ左ノ如シ

  種類        立会開始日
 旧 公債証書     十一年八月十五日 (開業日)
 旧《(新)》 公債証書 同         同
 秩禄公債証書     同         同
 金禄公債証書     十一年九月十六日
 起業公債証書     同 十一月一日

 - 第14巻 p.230 -ページ画像 
右諸公債証書ノ内最モ売買ノ著シキモノハ金禄公債証書ニシテ其他ノモノハ遠ク之レニ及ハサルカ如シトス、又タ起業公債証書ノ如キ者ハ十四年上半季迄ハ毎月幾分乎ノ売買アリシモ其后ハ常ニ給需稀ニシテ偶々少数ノ売買アルノミ、旧新秩禄ノ三種ハ売買常ニ活溌ナラス、其取引モ随テ少ク開業ノ当分金禄ノ売買未盛中ハ少数ナカラ売買アルト雖トモ、十二年上半季已後ハ絶テ取組ナシ、只時価ヲ定メン為メ毎年初相場納相場ノ両季ニ於テ売買ナスノミ、敢テ給需アリテ之ヲ取組ミタル者ニアラス
    諸株式ノ部
当所ニ於テ売買シタル諸株式ハ五種トス、然レトモ立会開始シタルハ六種ニシテ実際取組ノアラサルハ横浜取引所ノ株式ナリ、其立会日ハ左ノ如シ

   種類       立会開始日
 当取引所株式    十二年一月六日
 堂島米商会所株式  同  三月六日
 東京株式取引所株式 同  九月二十日
 横浜株式取引所株式 同  十月八日
 大坂硫酸会社株式  十四年三月二日
 横浜正金銀行株式  同  六月三十日

右諸株式ノ内最モ売買ノ多キヲ占ルモノハ独リ当取引所株式ナリ、其総出来高ハ三万九千二百三十二株ニシテ其他ハ皆ナ立会日数ノ僅少ナルヲ以テ売買高ノ少数ヲ知ルベシ、又横浜株式取引所株式ノ如キハ立会開始スト雖モ更ニ売買シタルコトナシ
    金銀貨ノ部
金銀貨ノ売買ハ十二年下半季(十月廿五日)ヨリ現場定期ノ二類ヲ開始シ、爾来立会シタル処十三年四月十二日売買停止ノ達シアリ、次テ同年五月十八日之レカ解停ノ達ヲ蒙ルト雖モ翌十九日ニ於テ定期売買差止メノ達シアリ、故ニ同二十日ヨリハ現場取引ノミヲ立会シ多少ノ取引アリト雖トモ十三年下半季(八月)ニ至リ全ク売買ノ跡ヲ断チ、仲買人ノ如キモ悉ク退社スルノ域ニ及ヘリ、又十五年上半季(三月二十日)現場取引ノ立会ヲ開始シ、其下半季ニ於テ、価格非常ノ高低アリ、為メニ其取引高モ最モ多額ヲ占メタリ、而シテ十六年上半季(三月六日)ヨリ之ヲ休会セリ
以上三部ノ各種第一期営業年間売買シタル総出来高ハ左表ノ如シ
    諸公債株式金銀貨売買出来高及価格表

図表を画像で表示諸公債株式金銀貨売買出来高及価格表

     摘要      売買出来高       立会日数   一日平均出来高  最高直段     最低直段 種目                     円               円     円        円 諸公債 旧公債       一〇六、五〇〇     一四    七、六〇七   二二・四二〇   一四・二〇〇     新公債        六三、一〇〇     一五    四、二〇七   六七・三五〇   四八・〇〇〇     秩禄公債    二、五〇八、七〇〇    一二六   一九、九一〇  一〇六・四〇〇   八五・〇〇〇     起業公債    三、三〇八、一〇〇    四四六    七、四一七   八〇・九五〇   六〇・四五〇     金禄公債  二二九、三二七、二〇〇  一、三四三  一七〇、七五七   八五・六三〇   五七・〇〇〇                     株               株        円        円 諸株式 大坂株式所      三九、二三二    四三九       八九  三五三・〇〇〇  一〇一・〇〇〇     東京株式所           八      一        八   二九・〇〇〇  二八八・五〇〇  以下p.231 ページ画像      堂島米会所          三〇     一四        二  四六〇・〇〇〇  一八〇・〇〇〇     正金銀行          四四五     二五        二  一四一・〇〇〇  一一〇・〇〇〇     硫酸会社           五九     二一        三  二〇七・〇〇〇  一三八・〇〇〇                     円               円     円        円 貨幣  金貨      三、五二四、六〇〇    一四九   二三、六五五    一・七一二    一・三五四     銀貨    三四二、八一六、九〇〇    四三二  七九三、五五八    一・七九〇    一・二五〇 




〔参考〕第一銀行京都支店所蔵文書 青淵翁名義書類五 【甲申京摂巡回日記】(DK140018k-0008)
第14巻 p.231 ページ画像

第一銀行京都支店所蔵文書 青淵翁名義書類五
    甲申京摂巡回日記
六月○明治一七年二十日 曇
○上略午後六時株式取引所・米商会所等ノ招請ニヨリテ、鴻池別業ニ至ル、庭園古雅頗ル風致アリ、両所役員悉ク来会シテ饗応鄭重ナリ、声妓競テ酒ヲ侑メ舞隊争テ研ヲ呈ス、更深テ遁レテ帰宿ス