デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.14

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
28節 貿易
10款 聯合生糸荷預所
■綱文

第15巻 p.5-35(DK150001k) ページ画像

明治14年9月15日(1881年)

渋沢喜作・馬越恭平等横浜ニ於ケル生糸貿易ノ日本商人ニ不利ナルヲ改メントシ、是日聯合生糸荷預所ヲ設ク。栄一ソノ設立ニ助力セリ。然レドモ横浜ニ在ル外国商人之ヲ喜バズシテ其取引ヲ拒絶シ爾来二ケ月余ニ亘ル紛議ヲ生ジタリ。栄一、益田孝等ト協力シ荷預所ニ対シテ金融上ノ便宜ヲ与ヘ之ガ応援ヲ図ル。


■資料

渋沢栄一 日記 大正二年(DK150001k-0001)
第15巻 p.5 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正二年          (渋沢子爵家所蔵)
二月十四日
○上略 蚕糸会書記加藤知正氏来リ余カ製糸ニ関係セシ年来ノ経歴ヲ問ハル、依テ青年ノ頃ハ旧郷里ニテ養蚕又ハ製種ニ従事シ、明治ノ初官途ニ在リテ富岡製糸場ノ設立ニ尽力シ、第一銀行ニ入リテ後生糸為替又ハ其売込等ニ努力シ、且十四年ニハ荷預リ所設立ニ助力セシコトヲ詳話ス○下略


青淵先生六十年史 (竜門社編) 第一巻・第八二四頁 明治三三年六月再版刊(DK150001k-0002)
第15巻 p.5 ページ画像

青淵先生六十年史 (竜門社編)  第一巻・第八二四頁明治三三年六月再版刊
 ○第十六章 開港場貿易習慣改良
    第三節 生糸聯合荷預所
生糸ハ我邦最大重要輸出品ナリ、然ルニ生糸ノ取引習慣外国商館ニノミ便宜ニシテ我商人ハ甚タ圧制不利ノ地位ニ立テルヲ以テ改良セントノ冀望ヲ懐キシモ因襲ノ久シキ如何トモスルコト能ハサリキ
明治十四年生糸聯合荷預所ノ横浜ニ起リシハ此因襲ヲ改革セン為メノ目的ニ出テタルモノニシテ内外商人間ノ一大衝突トナリタリ、青淵先生ハ此ノ荷預所ノ設立ニ関係シ、内外商人ノ紛議和解ニ至ルマテ頗ル尽力セリ
明治十四年九月十五日生糸荷預所ハ横浜本町六丁目八十四番地ニ於テ開業シタリ、頭取ハ渋沢喜作、取締役ハ馬越恭平・朝吹英二・茂木惣兵衛・原善三郎ナリ、支配人ハ馬越恭平之ヲ兼ネ副支配人ハ梅浦精一ナリ、先生及益田孝ハ専ラ謀議ニ賛セリ


東京日日新聞 第二八五〇号 明治一四年六月一〇日 生糸荷預所(DK150001k-0003)
第15巻 p.5-7 ページ画像

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雑纂(DK150001k-0004)
第15巻 p.7-8 ページ画像

雑纂                   (前田男爵家所蔵)
    聯合生糸荷預所設立願
                          下名ノ私共
従来当港ニ於テ生糸営業罷在候処、開港ノ当時奸商小利ニ趨リ奸ヲ逞フセシヨリ外商厭忌ノ念ヲ生シ、終ニ言ヘカラサル弊害ヲ醸成シ、為メニ商権彼レニ帰シ、互市上我商ノ損害少ナカラサルノミナラス所謂雇主ノ雇夫ヲ使役スルニ斉シキニ立到リ、故ニ此弊習ヲ矯正セント憂慮苦心スルト雖トモ、如何セン我商未ダ其域ニ達スル能ハス、不得止因循経過スルコト此ニ数年、然ルニ昨十二年以来銀貨意外ニ騰貴シ、随テ諸物品ニ推及シ、市上ノ困難名状ス可ラス、其原因タルヤ元ヨリ貿易上輸出入不平均ヨリ生スルモノト雖トモ、商権彼レニアリテ我商常ニ損害ヲ被ル又少ナカラス、之ヲ彼我対等ノ商権ニ復サシメハ救治ノ万一ヲ裨補セント欲シ、依テ別紙意見書ノ通リ下名ヲ《(マヽ)》者共協議聯合生糸荷預所ヲ設立シ、従来ノ弊習ヲ矯正セント奉存候、爰ニ従前ノ弊害ト我損失ニ係ル件々ノ内一二ヲ上ケテ以テ陳述仕候
一開港ノ当時彼我ノ事情精シカラサルヨリ貨物ヲ直チニ外商ノ館ニ持運ヒ、彼ノ雇夫ヲシテ之ヲ周旋セシメ、販売ノ約ヲ定メ為メニ雇人ヘ若干ノ手数料ヲ授与シ、其他荷造諸費ニ至ル迄我ヨリ出金セシニヨリ以来習慣トナリ、今ニ至ルマテ其弊害ヲ存在セリ
一生糸始メ附属品トモ価値取極メ、翌日総貨物一見ノ上代価ヲ受取ヘキ約定ニテ彼館ヘ荷物ヲ運搬シテ倉庫ニ預ケ置キ、彼レノ都合ニヨリ見分ケノ時日ヲ遷延シ、本国ノ電報ヲ待チ、利益アルトキハ之ヲ購求シ、若シ不利ノトキハ之ヲ破談シ、又ハ貨物百箇ノ内十箇乃至十五箇ノ上品ヲ撰取(総貨物ノ内少シ宛上品ヲ抜取ルナリ)残荷破談スル等其勝手自儘ノ処置実ニ言フニ忍ヒサルナリ
一外商ヨリ貨物ヲ購求スルニハ商館ニ至リ先ツ見本ヲ一見シテ価格ト物品引取期日ヲ約シ、彼レカ帳簿ニ記載シ置キ、期日ニ至リ商館ヘ代価払サル上ハ貨物ヲ受取ル事ヲ許サス、依テ常ニ前金ナラテハ外商ヨリ諸品買求スルコト能ハスト自認セシ習慣ナリ、且諸物品彼倉
 - 第15巻 p.8 -ページ画像 
庫ヨリ引取諸費我ヨリ支払フナリ
 前陳ノ通リ売品ハ持込ミ入費其他トモ我ヨリ支払ヒ彼レノ貨物買入ノトキト雖トモ我ヨリ又其諸費ヲ反弁シ、且彼ヨリ買取約定期日時間遅延アルトキハ其責ヲ促スコト厳ナリ、我ノ売品ニ至リテハ勝手儘《(自脱カ)》ニ時日ヲ遷延スル等其弊害枚挙スルニ暇アラズ、実ニ慨嘆ニ堪ヘサルナリ、要スルニ此ノ荷預所ヲ設置シテ別紙申合規則ニ準拠執行仕候トキハ外商ノ利益ニ関スル少ナカラサレハ容易ニ此荷預リ所ノ規則ニ従ヒ売買上物品受渡シヲ為スコト難カルヘシ、且其ノ内ニハ種々ノ紛議ヲ生シ、為メニ二ケ月乃至三ケ月間位ノ休業ニ至ルモ又計リ難シ、夫是談判ノ末彼若旧習ニ拠ラサレハ決シテ購求セサル策ヲ設ケシ上ハ、海外直輸出ノ策モ予メ設置セサレハ何様苦念尽力致シ候トモ此ノ荷預所ノ規則履行モ致シ兼、万一半途ニシテ瓦解ノ姿ヲ顕ワスノ不幸ニ不得止立到ルトキハ、反テ前陳ノ習慣ニ勝ルノ弊害ヲ醸成スルハ自然ノ勢ニ候得ハ何分ニモ憂慮ニ不堪候、数重ニモ特別ノ御保護ヲ仰カスンハ微力ノ私共ニ於テ執行スル能ハス、尤モ資金維持ノ方法ニ付テハ第二国立銀行ヘモ深ク依頼談合モ致シ候得ハ同行ヨリ資金ノ方法ニ付テハ別段可奉懇願候間、前陳ノ情状御洞察特別ノ御保護ヲ以テ聯合生糸荷預所設立私共協議ノ旨意貫徹候様奉懇願候也
  附言 昨十二年度及当年度内国各地方ヨリ本港ヘ輸入生糸一時停滞高及代価見積高左ニ
  明治十二年十月
   器械糸提糸 九千箇余
    此原価 三百六拾万円
    此為換金 弐百八拾八万円 但原価千円ニ付八百円ノ割
     此ノ内元価ノ為換モアリ拾貫目入ノ箇モアリ為換金合高三百万円余
  明治十三年十一月
   器械糸提糸 壱万千箇余
    此原価 五百〇六万円
    此為換金 四百〇四万八千円 但八掛、原価ノ二割引
               発起人
                横浜弁天通二丁目三拾九番地
  明治十三年十一月            茂木惣兵衛
                同 本町三丁目五拾壱番地
                      渋沢喜作
                      東京深川区万年町壱丁目五番地住居
                同 弁天通三丁目四拾九番地
                      原善三郎
    大蔵卿佐野常民殿
                   (「神奈川県管下」罫紙)


青淵先生六十年史 (竜門社編) 第一巻・第八二六―八三一頁 明治三三年二月刊(DK150001k-0005)
第15巻 p.8-10 ページ画像

青淵先生六十年史 (竜門社編)  第一巻・第八二六―八三一頁明治三三年二月刊
 ○第十六章 開港場貿易習慣改良
    第三節 生糸聯合荷預所
 - 第15巻 p.9 -ページ画像 
○上略
    聯合生糸荷預所定款
第一条 当荷預所ハ下条ニ連名ノ者協議各自営業トスル生糸及ヒ真綿繭出殻繭屑品等貯蔵ノ為メ設置ノ場所タルヲ以テ聯合生糸荷預所ト称ス可シ
第二条 聯合生糸荷預所ハ横浜本町六丁目八十四番地ニ設置スヘシ
第三条 聯合生糸荷預所資本金ハ十万円ト定メ、一株ヲ金千円トシ、而シテ其責任ハ有限ニシテ該資本金及ヒ之ニ由テ得ル処ノ荷預所資産一切ニ止マルヘシ
第四条 聯合生糸荷預所ノ聯合ニ連ナルコトヲ得ヘキモノハ横浜港内ニ店舗ヲ開キ現ニ生糸及附属品等外国商店ヘ売込業ヲ(所謂売込問屋ヲ云フ)営ム者ニ限ルヘシ
第五条 聯合生糸荷預所聯合締約年限ハ設立ノ日ヨリ満十ケ年ト定メ、満期ノ前六ケ月内ニ於テ総会ノ協議ヲ以テ解散継続トモ議決スヘシ
第六条 聯合生糸荷預所締約年限中ハ、株主ハ売込営業ヲ廃止スル等不得止ノ場合ヲ除クノ外此聯合ヲ脱スヘカラス
  但、本文不得止ノ場合ト云ヘトモ、頭取ノ承諾ヲ得ルニアラサレハ其事ヲ行フヲ得ス
第七条 株主ハ其所持ノ株式ヲ社外ノ人ニ譲与又ハ売買ヲ為スヘカラス、尤モ第六条記載ノ売込営業ヲ廃停等不得止場合ニ於テ、其持株悉皆又ハ幾許ヲ社中ノ人ニ譲与スルハ此限ニアラスト雖モ、尚第六条但書ニ依テ之ヲ取行フヘシ
第十八条 聯合生糸荷預所ハ生糸及ヒ附属品ヲ貯蔵ノ為メ堅牢ナル倉庫ヲ設クヘシ、且此ノ倉庫ハ非常保険ヲナシ得ヘキ様建設スヘシ
第二十一条 聯合生糸荷預所ハ生糸及ヒ附属品ヲ検査スル為メ検査室及器械ヲ設置スヘシ
第二十二条 聯合生糸荷預所ハ別ニ荷物品位調査所ヲ設ケ、荷主ノ頼ミニ任セ、左ノ三法ノ調査ヲナスヘシ
   第一法 強力、弾力、細太、真量
   第二法 細太及ヒ現量
   第三法 眼通シ及ヒ現量
  但シ、荷主要求ナキモ第三法ハ入庫ノ荷物毎ニ必ス之ヲ施行スルモノトス、提糸掛田糸器械糸トモ品位ヲ調査シ、追々調査表ヲ以テ内外国ニ売買出来候様尽力スヘシ
第二十三条 荷主ヨリ聯合生糸荷預所ニ貨物ヲ送致スル時ハ、品類数量記号番号及ヒ年月日等詳記シタル入庫目録ヲ差出スヘシ、聯合生糸荷預所ハ該目録ニ照合シテ品位数量ヲ毎個査定ノ上之ヲ領収シ、品類数量ヲ詳記シタル預手形ヲ渡スヘシ
  但シ、此ノ手形ハ貯蔵ノ総額又ハ分割シテ数紙ニ記スルモ荷主ノ望ミニ応スヘシ
第三十条 聯合生糸荷預所ハ其倉庫ニ貯蔵スル荷物ヲ監護保存スルノ責ニ任ス、故ニ其倉庫ノ不堅牢若クハ監護ノ不注意ヨリ荷物紛失スルカ又ハ損傷スルトキハ、貨物主ニ対シ相当ノ代価ヲ弁償スヘシ
 - 第15巻 p.10 -ページ画像 
  但、繭出殻繭屑物ノ類ニテ品物ノ性質ニ因リ生シタル損傷ハ一切其責ニ任セサルヘシ
第三十一条 天災火災其他抗拒スヘカラサル事故ニ由リ生シタル損害ハ、聯合生糸荷預所ハ一切其責ニ任セサルヘシ
第三十二条 貯蔵貨物蔵敷料検査料及受渡シ手数料ハ左表ノ通リ相定メ、貨物庫出ノトキ之ヲ領収スヘシ
  但、本条定料変改ヲ要スルトキハ総会ノ決議ヲ以テ之ヲ改ムヘシ
   例
表中掲クル所ノ蔵敷料ハ日数十日ヲ以テ一期ト定メ、一期分一箇ニ付金拾銭、二十日ヲ二期トシ、即二期分金弐拾銭、但シ十日以内ニテモ一期分金拾銭、十一日ナレハ、二期分金弐拾銭ヲ領収ス、以上前割合ヲ以テス
組合中甲ヨリ乙ヘ売買シ、荷物ハ其ノ儘蔵置ノ分ハ、其都度手数料一箇ニ付金弐拾五銭ヲ領収ス、屑物類ハ一箇ニ付金拾五銭ヲ領収ス

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 表 屑物類 生皮苧 玉糸 熨斗糸 繭 出殻繭 真綿 生糸 品名   一   一   一   一   一   一   一   一 箇数 三拾銭 三拾銭 三拾銭 三拾銭 三拾銭 三拾銭 三拾銭 七拾五銭 手数料 五銭 五銭 五銭 五銭 五銭 五銭 五銭 拾銭 蔵敷料 



第三十八条 聯合生糸荷預所ハ自ラ荷受主トナリ、或ハ内外商人ノ間ニ立入売買ノ取扱ヲ為ス可ラス
第三十九条 役員ハ荷預所所有金ヲ以テ本業外ノ商業ヲナシ、或ハ自他ノ為メ貸借スルヲ厳禁ス


大日本蚕史 (佐野瑛著) 正史・第六七七頁明治三一年八月刊(DK150001k-0006)
第15巻 p.10 ページ画像

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東海経済新報 第三六号・第一三三二―一三三三頁明治一四年八月二五日 横浜商況 (二十二日)(DK150001k-0007)
第15巻 p.10-11 ページ画像

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中外物価新報 第四二九号 明治一四年八月二七日 【○予て報道せし横浜聯…】(DK150001k-0008)
第15巻 p.11 ページ画像

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中外物価新報 第四三一号 明治一四年九月三日 【○前号に其定款を抄録…】(DK150001k-0009)
第15巻 p.11 ページ画像

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青淵先生六十年史 (竜門社編) 第一巻・第八三一―八三二頁 明治三三年二月刊(DK150001k-0010)
第15巻 p.11-12 ページ画像

青淵先生六十年史 (竜門社編)  第一巻・第八三一―八三二頁 明治三三年二月刊
 ○第十六章 開港場貿易習慣改良
    第三節 生糸聯合荷預所
○上略
    聯合生糸荷預所ヨリ外国人ヘ通知
一書拝呈致候、時下残暑厳敷御座候処貴店益々御清福奉恭賀候、陳者今般当港同業之者共申合セ、聯合生糸荷預所ヲ設立シ、同所規則ノ通リ来ル十五日ヨリ業務実施致候間、此ノ段御承知被下度、尤モ売買者之為メ場中蔵所等諸事整頓充分弁利ヲ相謀リ候心得ニ候得共、尚御心付之廉モ有之候ハヽ無御隔意御示諭可被下候、先ハ前条御披露旁此段得貴意候 匆々敬白
  明治十四年九月十三日      聯合生糸荷預所
                      渋沢喜作
 - 第15巻 p.12 -ページ画像 
                      原善三郎
                      茂木惣兵衛
                      朝吹英二
                      馬越恭平
 再伸
 聯合生糸荷預所規則書日本文ノ儘一部差進シ申候間、右ニテ当所ノ組織御承知可被下候、且又、聯合売込仲間人名別紙之通リニ御座候間、此段御心得迄ニ申添候也
○下略


東京日日新聞 第二九三〇号 明治一四年九月一四日 横浜貿易商会支店九月十三日報(DK150001k-0011)
第15巻 p.12 ページ画像

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東京日日新聞 第二九三一号 明治一四年九月一五日 報告(DK150001k-0012)
第15巻 p.12 ページ画像

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東京日日新聞 第二九三三号 明治一〇年九月一七日 報告(DK150001k-0013)
第15巻 p.12 ページ画像

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東京経済雑誌 第七八号・第一〇二〇頁 明治一四年九月一七日 横浜聯合生糸荷預所の事(DK150001k-0014)
第15巻 p.12-13 ページ画像

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東京日日新聞 第二九三三号 明治一四年九月一七日 横浜貿易商会九月十五日報(DK150001k-0015)
第15巻 p.13 ページ画像

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青淵先生六十年史 (竜門社編) 第一巻・第八三二―八三三頁 明治三三年二月刊(DK150001k-0016)
第15巻 p.13 ページ画像

青淵先生六十年史  (竜門社編) 第一巻・第八三二―八三三頁明治三三年二月刊
 ○第十六章 開港場貿易習慣改良
    第三節 生糸聯合荷預所
○上略
    外国商人ノ回答
拝啓昨夜横浜クラブ・ヂエルマニアニ於テ集会致候外国商其他ノ同意ニテ決議致候件諸君ニ御報道仕候、偖該集会ハ生糸商売ニ関係スル商社員ニシテ六七十名ノ紳士ヲ以テ組織致候モノニ有之候、右決議ノ謄写ハ封中ニ有之候間御一覧被成下度候、今度俄ニ貴社御設立相成リ数年間生糸取引ノ外商等ヘ今度諸君等御実行ナラレシ規則等ハ前以テ御通知モ無之、従テ外商者右御規則ニ付意見吐露仕候コトモ出来兼候ハ実ニ意外ノ事ニテ、該集会モ驚愕失望仕候次第モ御報道仕置候、下拙ハ日本生糸商人ノ外国生糸商人ニ対シ聊モ不平ヲ申述候根源ハ無之様ニ存居候得共、若根源モ有之候ハヽ外国商ヘ御教示相成リ度候、サレハ外商共モ大ニ喜悦致、更ニ宜シク思慮致シ可申ハ下拙御請合申上候我々ハ相互ニ利益有之候事、取リモ直サス日本商業ノ進歩致シ候コトナレハ、其繁昌ヲ希望仕居候、今日迄斯繁昌致候生糸商業モ今度貴社ニテ御取設ケニ相成リ候規則ノ為メニ其進歩ヲ被害候事モ有之ニ於テハ大キニ憂苦仕候、右拙者ヨリ御報道致候間、此返答相待居候 以上
                    会長
  千八百八十一年十月廿一日《(九カ)》   ウィルキン
本会ニ於テ左ノ如ク決議ス
 聯合生糸荷預所現今ノ規則並ニ状況ニ従ハヽ生糸商業上ニ於テ危険アルモノト認メタルヲ以テ、該社ヨリ生糸買取ルコト実ニ不安全ト決議ス
○下略

 - 第15巻 p.14 -ページ画像 

東京日日新聞 第二九三五号 明治一四年九月二〇日 横浜聯合生糸荷預所(DK150001k-0017)
第15巻 p.14 ページ画像

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横浜市史稿 (同市編) 産業篇・第四三六―四三九頁 昭和七年一二月刊(DK150001k-0018)
第15巻 p.14-15 ページ画像

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新聞集成明治編年史 (同編纂会編) 第四巻・第四五九頁昭和一〇年六月刊(DK150001k-0019)
第15巻 p.15 ページ画像

新聞集成明治編年史 (同編纂会編)  第四巻・第四五九頁昭和一〇年六月刊
  聯合生糸荷預所
    横浜外人に嫌はる
〔九・二四○明治一四年朝野〕横浜よりの報に、彼の石油取締規則に就ては居留外国人は頗る不平なりしが、遂に公使を経て我政府へ出願したので、来年九月まで延期せらるゝ事になりし由。又聯合生糸荷預所設立に就ても同じく不平にてありしが、此比荷預所より引取たる生糸の一個に付九斤の減少ありしかば益々不平を生じ、外人の各所に集会するもの屡ばにて、遂に荷預所よりは一切引取らぬことに決し、引札様のものを印刷して各商館に配付したりといふ。


東京日日新聞 第二九三九号 明治一四年九月二六日 生糸荷預所と商館との紛議(DK150001k-0020)
第15巻 p.15-17 ページ画像

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東京日日新聞 第二九四〇号 明治一四年九月二七日 生糸荷預所と商館との紛議(昨日の続)(DK150001k-0021)
第15巻 p.17 ページ画像

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新聞集成明治編年史 (同編纂会編) 第四巻・第四六四頁 昭和一〇年六月刊(DK150001k-0022)
第15巻 p.18 ページ画像

新聞集成明治編年史 (同編纂会編)  第四巻・第四六四頁 昭和一〇年六月刊
    ○聯合生糸荷預所問題紛糾化
〔九・二七○明治一四年東京曙〕
○上略
右に雷同せし同港一番ヂヤーヂンマヂソン商会と、六十三番ストロン商会も同廿三日左の如き広告文を港内毎戸に配布したり。「左ニ記名ノ者共ハ生糸買込広告連名中ニ記名無之ト雖モ、力ノ及ブ丈ハ今回日本商人ガ生糸ノ検査貫目改メ且ツ其代価仕払ヲ日本市街ニ於テ施行セシムルノ目的ヲ以テ設立シタル結合を《(ヲ)》挫敗スルコトヲ勉ム可シ、因テ此段広告候也。」右二広告文中不当且挫敗せしめんなどとは彼の慣手の虚喝術なれば、我が商人は請ふ気を張り力を蓄て十分の処置あらん事を望む。


東京日日新聞 第二九四一号 明治一四年九月二八日 横浜の紛紜(DK150001k-0023)
第15巻 p.18 ページ画像

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中外物価新報 第四三八号 明治一四年九月二八日 【○生糸の景況ハ今回新…】(DK150001k-0024)
第15巻 p.18 ページ画像

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東京日日新聞 第二九四二号 明治一四年九月二九日 生糸荷預所の返書(DK150001k-0025)
第15巻 p.18-19 ページ画像

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青淵先生六十年史 (竜門社編) 第一巻・第八四〇―八四一頁 明治三三年二月刊(DK150001k-0026)
第15巻 p.19 ページ画像

青淵先生六十年史 (竜門社編)  第一巻・第八四〇―八四一頁 明治三三年二月刊
 ○第十六章 開港場貿易習慣改良
    第三節 生糸聯合荷預所
○上略
    外国商業人再度回答
恭啓過二十六日ウイルキン氏宛ニテ御恵投ノ御書面落手仕候、貴命ノ如ク日本一般ノ商業繁盛ヲ希望仕候ハ、拙者共ニ於テモ御同意ニ御座候、偖テ去二十一日ウイルキン氏ヨリ申上候数件、及ヒ諸君等カ是迄ノ生糸取引方法ヲ俄然一変シ、更ニ之レニ代フルニ各国貿易上ノ慣習及ヒ其主義ニ符合不仕方法御設ケニ相成候ハ、如何ナル御主意ニ有之候哉、御指示被成下候様申上候得共、夫等ニハ一応ノ御答モ無之候
貴社ト御取引致候ニ付、其不安全ヲ苦慮仕居候事実ヲ外国生糸商ヨリ可申上候様御依頼相成候得共、此ノ点ニ付テ拙者共ヨリ御答申上候迄ニモ無之、過廿日クラブヂエルマニアニ於テ集会致候節、各議員ノ論説ハ諸新聞ニ記載相成候間、右御一覧相成候ハヽ幸甚ノ至ニ御座候、其節各議員ノ吐露致候論説ハ、今回ノ件ニ付横浜在留外国生糸商人ノ志想ヲ顕シ候モノト見做シ候テモ可然、且右同様ノ儀ハ是迄屡横浜日本生糸商人等ヘモ談話致居候
前述ノ次第能々御勘考相成候ハヽ、外国生糸商等カ已ムヲ得サルヨリ今日ノ位置ヲ占メ候事ハ直ニ御了解可相成ト存居候、草々拝復
  千八百八十一年九月三十日
                      横浜生糸商委員
○下略


東京日日新聞 第二九四四号 明治一四年一〇月一日 生糸荷預所(DK150001k-0027)
第15巻 p.19-20 ページ画像

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東京日日新聞 第二九四四号 明治一四年一〇月一日 商況(DK150001k-0028)
第15巻 p.20 ページ画像

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東京銀行集会所半季実際考課状 第三回明治一四年七月―一二月(DK150001k-0029)
第15巻 p.20 ページ画像

東京銀行集会所半季実際考課状  第三回明治一四年七月―一二月
                  (東京銀行集会所所蔵)
    同盟銀行集会決議ノ事
○上略
十月三日横浜聯合生糸荷紛議ノ件ニ付同盟銀行臨時集会ヲ開キ、各地方ヨリ横浜ヘ輸送スヘキ生糸荷為替ニシテ該預所聯合外ノ荷受トナルヘキモノニ限リ此紛議結局迄ハ一切謝絶シテ取組マサルコトヲ議決シ而シテ各地方同業者ヘハ其取引ノ行ヨリ之ヲ通知スヘキヲ約シタリ
○下略


中外物価新報 第四三九号 明治一四年一〇月一日 横浜内外生糸商人の紛議(DK150001k-0030)
第15巻 p.20-22 ページ画像

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東京日日新聞 第二九四五号 明治一四年一〇月三日 生糸の紛議(DK150001k-0031)
第15巻 p.22-23 ページ画像

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東京日日新聞 第二九四五号 明治一四年一〇月三日 横浜生糸ノ紛議(DK150001k-0032)
第15巻 p.23-24 ページ画像

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東京日日新聞 第二九四六号 明治一四年一〇月四日 横浜生糸ノ紛議(昨日ノ続)(DK150001k-0033)
第15巻 p.24-26 ページ画像

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東京銀行集会所所蔵文書(DK150001k-0034)
第15巻 p.26-27 ページ画像

東京銀行集会所所蔵文書
拝啓各位愈御清迪奉大賀候、陳ハ頃日横浜聯合生糸荷預所ニ於テ外国商人ト大紛事ヲ結ヒタル義ハ已ニ御承知ノ義ト奉存候得共、去ル一日該預所ヨリ銀行集会所ヘ向ケ別紙之通依頼有之候ニ付「其大旨ニ云、抑当所創立ノ旨趣タル本邦二十年来商権ノ宿弊ヲ改良シ彼我貿易上ノ便利ヲ図ラント望ミタルニ彼レ従来ノ如ク其荷物ヲ自儘勝手ニシ得ル能ハサルヲ以テ事ニ托シ該預所ニ於テノ取引ヲ謝絶シ、不当ナル広告ヲ為シ且此機ニ乗シ各地ニ人ヲ派出シ種々ノ手配ヲ尽シテ聯合外ノモノヨリ生糸買収ヲ謀レリ、如此ナルトキハ独リ聯合組中ニ関スルノミナラス各地荷主ノ気合ニモ拘ハリ、到底本邦貿易上ニ於テ不容易関係ヲ来スヘキモノト存候ニ付別帋聯合名前外ノ荷受分ハ当分各銀行ニ於テモ荷為替取組ノ義一切謝絶致呉候様依頼ニ付」昨三日同盟銀行集議致候処、実ニ荷預所来示ノ如ク従来外商ノ我カ生糸其他ノ物品ヲ買収スルヤ常ニ彼レカ商館ニ取寄セ置キ、本国ニ電報シテ其景況ヲ探リ、
 - 第15巻 p.27 -ページ画像 
利アレハ取リ利ナケレハ其一二分ヲ取リテ之ヲ破談スル等百事我儘ヲ極メ、我カ商人ヲ軽侮セルモノ一ニシテ止マス、況ンヤ今回ノ一挙ハ将来我カ商権上ニ大関係ヲ有スルモノナレハ此紛事結局迄別紙聯合名前外ノ荷受ト可相成ノ生糸荷為替ハ一切謝絶スヘキコトニ相決候処、同盟中ノミニシテ他ヨリ敗レ候様ノコト有之候テハ遂ニ彼ノ策略ニ陥イリ其専横往日ニ倍蓰スルハ必然ノコトニテ、且ツ聞ク処ニヨレハ彼等ノ思想ハ日本人ハ忍耐力ニ乏シキカ故ニ一時拮抗ヲ為スモ長ク之ヲ固守スル能ハサレハ吾カ意ヲ達スル期シテ待ツヘシ抔ト申居候由、其一語如何ニモ我日本人ヲ軽視シタル義ニテ我輩同業者ノ愈一致結合シテ飽迄彼ノ専横ヲ挫折シ、我カ商権ヲ恢復為サヽル可カラサルノ時ト思考致候、就テハ前条申述候通リ共ニ荷預所御援助之義御賛成被下御最寄私立銀行並生糸ニ関スル御取引先ヘモ可然御解説被下度、右御依頼迄如此御座候也
  明治十四年十月四日        (「東京銀行集会所」罫紙)


東京銀行集会所所蔵文書(DK150001k-0035)
第15巻 p.27 ページ画像

東京銀行集会所所蔵文書
  明治十四年十月四日
銀行会所
    横浜生糸荷預所ヘノ回答按
本月一日附ヲ以テ御照会之趣委曲敬承致候、右ニ付昨三日同盟銀行一同集議之上御依頼之通彼ノ紛事結局迄ハ御聯合ノ外ノ荷受ト可相成生糸荷為換ハ一切取組不申コトニ決定候得共、同盟外各地銀行ニテ一致不仕候テハ其効力モ烏有ニ帰スヘク存候ニ付、支店ヨリハ本店ヘ通シ本店ヨリハ支店ニ達シ其他コルレスホンテンス先等ニ至ル迄普ク行届キ候様同盟銀行ヨリ精々手配仕候間、此段御了承被下度右御答迄如此御座候也
  明治十四年十月四日           銀行集会所
                         五六拾葉至急御
追申聯合御仲間附各書百葉御送付被下正ニ落手仕候、尚送致被下度候
                  (「東京銀行集会所」罫紙)


東京銀行集会所所蔵文書(DK150001k-0036)
第15巻 p.27 ページ画像

東京銀行集会所所蔵文書
拝啓仕候陳ハ本月一日を以て得貴意候書面ニ対し昨四日御懇切且御丁寧なる御書面御投与被成下委曲奉敬承候、尚此上ともニ御保護専一ニ御依頼仕候、先ハ右得貴意候 匆々頓首
  第十月五日         聯合荷預所
                   渋沢喜作生糸荷預所書記之印
    銀行集会所
          御中
  追伸聯合仲間人名書六拾葉御送呈及候間御落手被成下度候也
                  (「横浜、聯合生糸荷預所」罫紙)


東京日日新聞 第二九四六号 明治一四年一〇月四日 横浜生糸の紛議(DK150001k-0037)
第15巻 p.27-31 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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東京日日新聞 第二九四七号 明治一四年一〇月五日 横浜生糸の紛議(DK150001k-0038)
第15巻 p.31-32 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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東京銀行集会所所蔵文書(DK150001k-0039)
第15巻 p.32 ページ画像

東京銀行集会所所蔵文書
  明治十四年十月七日               於横浜
拝陳別冊告知書顛末書共各百部ツヽ進呈仕候間御手数ニハ候へとも御同盟各銀行へ配付被下度、尚御不足ニ候得ハ早速可差上候、早々御申通被下度此段得貴意候也
                  聯合生糸荷預所生糸荷預所書記之印
    銀行集会所
         御中        (「聯合生糸荷預所便牋」)


聯合組合売込問屋告知書(DK150001k-0040)
第15巻 p.32-34 ページ画像

聯合組合売込問屋告知書        (東京銀行集会所所蔵)
我か貿易品の第一たる生糸の売込に付てハ言ふべからさる陋習《ならはし》ありて常に外国商人の為に其商権を専らにせらるゝが為めに大なる国損《くにのそん》を蒙ることハ諸君等も既に詳知ある所なり、我々親しく其衝《みち》に当り、毎に切歯《ざんねん》に堪へす何卒して此陋習を破らんと冀ひしこと爰に年ありしに、今や幸に時運《とき》の開進《ひらける》に当り、漸く出港の各地諸君と此改良《よきあらため》の事を謀り諸君も我々と憂《おもい》を同ふして大に之を賛成《よみ》せられしかバ遂に同業戮力協同《ちからをあわせ》して聯合生糸荷預所を設立するに至れり、実に千載の一遇と言ふへし、然るに当地在留の外国商人等ハ此挙《ふるまひ》の己れ等に不便なるを以て或ハ専横《わがまま》と罵り或ハ不当と唱へ、百方妨害《さまたげ》を巧みし末三十六名党を結ひ荷預所の規則に従ひてハ取引なさゝるへしと結約したる旨を荷預所へ通達し、中外の諸新聞紙に広告し、尚又近日各地方製糸家諸君及生糸売買に従事の諸君に向ひ謂れなき報告を頒布《ふれちらし》したり、是れ蓋し我か荷預所に対し数次攻撃《たびたびかけあい》を試みしも、我々売込商が当地滞留の荷主諸君と倶に断乎《けつして》として動かさるに遇て攻撃の策も尽きたれハ、手を替へて更に各地の諸君に向ひ文を舞し辞を巧にして諸君を蠱惑《まどは》せんと試みしものなり、其報告文を玆に挙けんハ頗る冗長《ながく》に渉るを以て敢て贅《いは》せす、只其意のある所を察すれハ云く、商業ハ仲間組合等の連合を為さす銘銘の自由に営むを以て利益あり、生糸売買も従前の陋習《ならはし》の如くにて敢て不都合なし、然るに此聯合生糸荷預所ハ内地に於て価格《ねだん》を低落《おとし》せしめ二三の商会にて利益を占《し》めんとするものなり、内地の荷主の外人と直に取引を為さんと欲する方へハ丁寧に待遇《もてな》し、信義《まこと》を以て交通すへく横浜在留の外国人中には許多《あまた》の正実《しやうじき》なるものあり抔と云ひて無稽《かんがへなき》の贅言《むだごと》を臚列《ならべ》し、以て諸君を籠絡《ひきこむ》せんと欲するに過きす、苟《かりそめに》くも生糸業に従事の諸君は如此報告《かようの》に蠱惑《まよわ》することなきハ我々の信する所なれど或は親しく実際に通暁《さとる》せさる人々をして危疑《うたがひ》を抱かしむることなきを保し難けれハ、玆に聊か実況の概略《あらまし》を陳《のべ》して予しめ万一の危疑《うたがへ》を排拆《ときあかし》せん
従来生糸取引上に於て外商の専横《わがまま》なる挙て数ふるに遑《いとま》あらすと雖も姑らく其著きものを挙げハ、外国商人ハ売込問屋を廻り生糸の見本を以て直段を取極め直ちに己れ等が商館の倉庫へ為引入、然る後拝見{糸の善悪
 - 第15巻 p.33 -ページ画像 
を検査するを云ふ}して始めて本取引となることなれハ、未た金員も払ハすして自家《みぶん》の倉庫《くら》へ引込み一片の証書をも交付《わたさ》せさるの一事にても既に尋常商業《あたりまいしやうばい》の正道《みち》に適《かな》ハさることを証するに足れり、然のみならす本国の気配《きはい》を測《はか》り投機《よいじぶん》を以て生糸を買入んとするもの多けれハ、概《あらまし》ね生糸を引入れさせし後《の》ち数日間乃至十日以上《ごろくにちまた》も拝見を為さずして本国の報知如何《しらせいかん》を待《ま》ち、気配善《きはいよ》しと報《ほう》じ来れハ通例《あたりまい》の通りに拝見を済《すま》して買入れ、若し気配悪《きはいあ》しゝと報あれバ拝見の時わざと荷物に種々《いろいろ》の難癖《なんくせ》を附てペケ{破談を云う}とし、甚しきに至りてハ電信《でんしん》の報知悪《しらせあ》しとて断然《きつぱり》ペケにすることあり、又現に五百箇の買入を為さんとするに先づ八百箇の約定を為して引入させ、一時外国銀行へ対《たい》し融通《ゆうづう》の助《たすけ》とし、事済て後ち破談して差戻《さしもどす》すことあり、其引込持帰りの運賃ハいつれも皆荷主《みなにぬし》の失費《そん》となり彼《かれ》ハ毫《すこし》も其損失《そん》を担当《ひきうけ》することなし、其間若し売込問屋より異議《いぎ》を容《い》るゝ時は暴威《おこりて》を以て恐嚇《おとし》する等言語同断《げんごどうだん》の振舞《ふるまへ》あり、又斤量掛改《きんめかけあらた》{カンヽヽノコト言ふ}の如きも其風袋《ふうたい》は各商館にて製《こしらい》し置き{薄地の金巾を用ふ}実量半斤{即ち六十目位}内外なるを七分五厘{九十目}或ハ一斤{百二十目}と定むるを以て目前一秤《めのまへひとはかり》に付三拾目乃至六十目《から》の差《さ》を生し、且我か一箇{凡九貫目}を一秤とするが普通《あたりまへ》なるに、故らに小分して一箇の七分乃至半分を一秤として此差を増加せしむるに至る、加ふるに一斤以下の端数《はしすう》を切《き》り棄《すて》るを以て生糸一箇の差ハ少くも一斤に下らす、之を横浜取扱の糸荷高三万五千箇に乗《のす》する時ハ三万五千斤にして此価{平均百斤に付六百弗として}弐拾一万弗となり、之に屑物《くずもの》を合すれバ必す四十五六万弗の巨額《おほたか》となる、是れ皆彼の専横《わがまま》を以て不当の利益を壟断《ひとりじめ》するものなり、されバ彼等が自ら従前《これまで》の陋習《しきたり》の如くにて敢て不都合なしと云ふは、畢竟己れ等に取りて不都合なきの謂にして我国人の不都合を顧《かへり》みさるものなり、今我々が設立《たて》せし荷預所の規則に従ふ時は此等の専横《わがまゝ》ハ一掃《ひとはらい》して跡《あと》を絶《たつ》つへし、現に近日荷預所に於て斤量を掛け改しものを尚ほ外商館にて従前《これまで》の手続《てつゞき》を以て掛改めしに、百箇に付九拾三斤余の不足ありと云ひし如きハ決して斤量の不足にあらずして掛け方の異《こと》なるを以てなり、如此彼等復び不当《ふとう》の利《り》を罔《とる》するに道《みち》なけれハ此斤量の差違《ちがい》の如きハ明《あきら》かに我国《わがくに》の公益《えき》にあらすや、此外に尚ほ間接《めにつかぬ》に利益あり、其第一ハ壱ケ所に取纏めて取引を為すがゆゑに粗悪《わるき》の製糸《いと》ハ始終売れさるを以て荷主も各々良品《よき》を撰《ゑら》び製糸家も従て注意《きをつけ》を加へ漸次改良《だんだん》を促すへし、第二ハ問屋銘々が別々に取扱ふに比ぶれハ此荷預所聯合の信用《しん》を以て銀行と取組を為す事ハ金融上《きんゆう》の便利を広くし、益々産出の増加を見るに至るや必然なり、是等の利益ハ皆公平無私なること豈に智者を待て後に知らんや、然るを外国商人等が辞《ことば》を巧《たくみ》にし、一二の商会が私利《しり》を謀《はか》る抔《など》と謗《そし》り、諸君を蠱惑《まどわ》せんとするは卑劣《ひれつ》の所為《しわざ》なりと云はん歟、如此無稽《かんがへなき》の報告《しらせ》に眩惑《まどは》さるゝものなきハ我々素《もと》より疑ハさる所なれとも、実に今日此一大事業《このいちだいじぎやう》の成立《せいりつ》すへき機会《とき》に際《のぞみ》し万一にも一着《みこみ》を誤《あやま》り彼が術中《てだて》に陥《おちい》る時ハ復《ま》た之を救《すく》ふに難きを以て、冀くハ諸君益々百折不撓《どこまでもたゆまづ》の精神《せいしん》を攪揮《おこ》し、此一挙《このことがら》を確立せしめ、我か商権《しやうけん》を恢復《ひきおこ》し、永く公平の利益を共有《ともに》するの道を求むるに熱心せられんことを、我々切望《ねがひ》の至に堪へす 拝具謹言
  明治十四年十月       横浜生糸売込問屋組合仲間一同
 - 第15巻 p.34 -ページ画像 
    各地荷主御中


東京日日新聞 第二九四九号 明治一四年一〇月七日 横浜生糸の紛議(DK150001k-0041)
第15巻 p.34 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

東京日日新聞 第二九四九号 明治一四年一〇月七日 広告(DK150001k-0042)
第15巻 p.34-35 ページ画像

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東京経済雑誌 第八一号・第一一一九―一一二〇頁明治一四年一〇月八日 横浜在港荷主の盟約(DK150001k-0043)
第15巻 p.35 ページ画像

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