デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

5章 農・牧・林・水産業
1節 農・牧・林業
5款 三本木渋沢農場
■綱文

第15巻 p.649-653(DK150080k) ページ画像

明治41年9月2日(1908年)

是日栄一、北海道巡回ノ帰途、当農場ヲ視察ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK150080k-0001)
第15巻 p.649 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四一年 (渋沢子爵家所蔵)
九月二日 小雨 冷
午前六時起床直ニ朝飧ヲ食シ午前七時過青森発ノ汽車ニ塔ス、青森人士多数停車場ニ抵リテ行ヲ送ル、午前十時前古間木駅ニ抵リ、車ヲ下ル、三本木農場ノ金子・山口二氏及開墾会社長杉山氏其他数十人来リ迎フ、人力車ニテ一行三本木ニ向フ、金子熊一先導シテ地方ノ開拓状況ヲ説明ス、十一時農場ニ抵リ農夫及小作人等ニ面会シテ一場ノ訓示ヲ為ス、各所ノ施設及飼畜ノ馬匹等ヲ一覧シ、午後一時、三本木ニ抵リ、安野某ノ家ニ投宿ス、午飧後稲吉水田ヲ一覧シ、帰途新渡戸伝氏ノ墳墓ニ詣シ、三時産馬事務所ニ抵リテ先ツ農場ニ於テ生産セシ良馬ヲ一覧シ、後地方人士ノ催シタル舞踏ヲ見ル、駒踊ト称スルモノ鳥踊ト称スルモノ二種アリテ、共ニ頗ル古雅ニシテ其技モ亦甚タ鄙シカラス、一見大ニ興味アルヲ覚フ、畢テ旅宿ニ帰リ、夜七時地方人ノ開催シタル歓迎会ニ出席シ、一場ノ謝詞ヲ述ヘ多数ノ人士ト談話ス、夜十時退席ス
九月三日 半晴 冷
午前五時半起床屋外ヲ散歩ス、後旅亭ノ主人ヨリ依頼ニ応シテ数枚ノ絹本ニ揮毫ス、六時半朝飧ヲ食シ七時金子熊一氏ノ案内ニテ正雄・橋本等ト共ニ先発シ、先ツ高清水ニ抵リテ水路ノ築堤現状ヲ一覧シ、并テ二三農場植林ノ模様ヲ遠見ス、更ニ鉄道線路以東ニ抵リ、新株ニ属スル割渡ノ原野ヲ一覧ス、午前十一時古間木駅ニ抵リ、同二十九分発ノ汽車ニテ同所ヲ出立ス、地方人士多数来リテ行ヲ送ル
○下略


竜門雑誌 第二四五号・第五〇―五二頁 明治四一年一〇月 ○北海道旅行日記(承前)(渋沢愛子)(DK150080k-0002)
第15巻 p.649-652 ページ画像

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(八十島親徳) 日録 明治四二年(DK150080k-0003)
第15巻 p.652 ページ画像

(八十島親徳) 日録 明治四二年 (八十島親義氏所蔵)
一月廿一日 雨
○上略朝出勤、三本木ヨリ金子熊一上京ス○下略
   ○中略。
一月三十日 晴 烈寒風
早起、汽車ニテ王子ニ至ル、今日ハ午前十時ヨリ同族会議アリ○中略夕方迄ニ一ト通リ結了、大部分散会セラレシモ、予ハ居残リ男爵ニ対シ○中略其他三本木ノ決算予算、仙石原ノ件等ニ付テモ徐々陳情ノ暇ヲ得乍序大ニ事務ヲ捗リ夜半十二時過帰宅ス
   ○中略。
二月三日 雨
○上略昼男爵自主人トナリ目下上京中ノ三本木農場長金子熊一及顧問原熙氏ヲ銀行クラブヘ招カルニ付、若主人・増田明六等ト共ニ列席ス
○下略


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK150080k-0004)
第15巻 p.652 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年 (渋沢子爵家所蔵)
三月七日 曇 軽寒
○上略杉山克己氏ノ来訪ニ接シテ三本木開墾会社ノ事ヲ談話ス○下略
   ○中略。
六月二十四日 曇 冷
○上略午後四時原熙氏・広沢安宅氏等来リ、三本木開墾会社ノ事ヲ談ス○下略


(八十島親徳) 日録 明治四二年(DK150080k-0005)
第15巻 p.652 ページ画像

(八十島親徳) 日録 明治四二年 (八十島親義氏所蔵)
六月廿四日 濛雨
○上略
目下上京中ノ三本木開墾会社再勤社長広沢安宅氏ト農科大学教授原熙氏ヲ兜町ニ招キ会社ノ計画ニツキ協議ス、議論家膝ヲ接シ論難時ヲ移スモ決セズ
○下略


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK150080k-0006)
第15巻 p.652 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年 (渋沢子爵家所蔵)
七月二日 雨冷
○上略午後兜町事務所ニ抵リ広沢安宅氏ノ来訪ニ接シ、三本木開墾ノ事ヲ談ス○下略
 - 第15巻 p.653 -ページ画像 



〔参考〕興業意見 巻二十 地方六 青森県(明治前期財政経済史料集成 第一九巻・第四五〇頁 昭和八年八月刊)(DK150080k-0007)
第15巻 p.653 ページ画像

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