デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治28年3月（1895年）

是ヨリ先、政府韓国ノ財政窮迫ヲ救済センタメ日本銀行其他ノ有力銀行ヲシテ、同国公債金五百万円ヲ引受ケシメントシタレドモ成立セズ、尋イデ韓国駐在特命全権公使井上馨、同国政府ノ歎願ニヨリ第一国立銀行ニ同国政府ヘ金三十万円貸付クル事ヲ命ズ。交渉ノ後、二十万円ニ減額シテ是月第一国立銀行貸付ヲ了ス。

世外井上公伝　井上馨侯伝記編纂会編
　　　　　　　　　　　　　　　　　第四巻・第四三六―四五七頁昭和九年五月刊
　○第九編　第二章　朝鮮施設改革
　　　　第三節　内政改革（その二）
　今や朝鮮は清国の覊絆を脱し、一箇の独立国として内政改革の根本的方針は成つた。併し之を実行し、完成の域に達せしめるに当つて必要欠くべからざるものは改革資金である。この資金を如何にして拈出すべきか。公の最も頭を悩した問題はこの資金調達の一件であつた。何となれば当時の朝鮮の財政状態は困迫窮乏その極に達し、殆ど策の施しやうがなかつたからである。公は夙に朝鮮財政の整理調査に鋭意努力したのであつたが、歳入の状況すら容易に明瞭に為し兼ねた。僅かに明かになし得たものといへば、仁川・釜山・元山の三税関に於ける一年約四十万円余の収税のみで、この外に正当の収支は一も分明のものがない。よし之を分明にしても、収支の償はぬことは固より論なく、殊に平安・黄海の二道は日清戦争のために蹂躪せられ、全羅・忠清の二道及び慶尚の半ばは東学党の掠奪に遭ひ、到底此等から租税の徴収をなし得べくもない。先づ、徴税の望ある所といへば、僅かに京畿・江原の二道と咸鏡道とがある位のものである。これでは政費さへ弁じ兼ねることはいふまでもなく、当時総理大臣始め各閣僚は僅かの月給の半ばを割き、漸く之を警察の費途に当て、又文武官に与ふべき給料の如きは殆ど三箇月も未払といふ有様であつた。
　朝鮮の財政がかくの如くであるから、旧暦十二月に入り、年末の迫るにつれ、官吏・兵隊の怨言苦情は囂しくなり、この儘捨置けば由々しき事態が発生する恐さへあつた。こゝに於て朝鮮政府は屡々公に歎願して危急の救助を求め、三十万円借入の斡旋を請うた。公も初めは只管之を斥けてゐたが、事情の如何にも切迫せるを見かねて、我が第一銀行に交渉して三十万円の融通を命じた。併し銀行条例の制限もあつて兎に角二十万円丈同行から貸出すこととなり、その内先づ十三万円は取敢へず同行仁川支店から度支衙門に引渡され、之を以て俸給未払一箇月分を支給し、漸く一時の急を救ふことが出来た。
　要するにかく財政的に行詰つてゐる朝鮮政府に対し、如何に立派な改革案を提示し、強制して見たところで、実行の可能性がある筈は無
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い。公が進んでその理論を行ふには、必然的に改革資金の供給にまで立到らねばならぬ。而してこれ亦改革の責に任じた我が国の義務でもある。乃ち公は十二月○明治二七年四日に、安広秘書官を特に帰朝せしめ、朝鮮財政の困難な事情を報告し、且つ五百万円公債募集の緊急意見を我が政府に進言せしめた所以である。同月二十五日附を以て伊藤に寄せた公の書翰中に、
　　朝鮮政府之事情ニ付而は、中々以筆帋ニ尽がタキニ付、一先安広帰国セシ上、将来之方針意見モ提出仕候。平生之短慮を自ラ制シ、種々苦辛之末ニ御座候。何分にも只名義上独立之実を迫リ立見候ても、経済之点ニ至リテハ、終ニ他より又手を出サシムル之外致方無之、左候得ば名ノミを以テ責之ニ不過候。仮令五百万円貸付候而も、申述候通租税抵当ニ取置、且其取締の為我官吏を派出セシメ候義故随分堅固ニ可有之、又税関モ、当年収入は六十万以上ニ至リ可申候。且又安広帰国後は、国王国妃にも四度内謁候テ、王妃之閔氏ニ依ル之不得策、並暴政之世道トシテ惨酷ナル所業を逐一摘発シ、又王妃ハ閔氏之出ナルニ寄、終ニ其怨府タルハ、帰王妃之理由等、説話を試ミ候所、充分理解シ、終ニハ国王王妃世子之可頼人モナク、且李埈鎔之廃王妃ハ、則世子モ同様ニ至ラシムル之隠謀之次第ニ至ル迄、子細愁訴スルニ至リ候而、此上は従来之非を改メ何事モ公使ニ依頼シ、他ニ因ル之心を絶念候故、三人之地位安全を計画致シ呉候様との事故、屹度受合申候故、最早我掌握之中ニ可有之と奉存候。根元丈は充分固メ、諌官並内官等モ信用を不令置候而、朴泳孝ト親密ニ結付候半と心掛候処、是又其目的を達シ、諸人臣中、朴氏事第一ニ信用を得密著候ニ至リ申候。右之如キ次第故、経済之一点は、何と歟趣向を付不申而は、最早改革モ著手スルを不得次第ニ御座候。尤政府より貸付候モ如何敷候故、日本銀行又は正金銀行よりシテ、金額一度ニは及ビ不申、明年中にて充分と存候。左候ハバ仮令バ百万円銀を貸与候へば、之ニ対シ六歩之引換之資を備シメバ、百四十万円兌換紙幣発行セシメ得ラレ可申ニ付、九度又ハ十度ニ分チ候而不苦候。此義は何と歟御工夫を以御決定不被下候而、名義ノミノ忠告にては奏功無之候故、其実を挙行セシメザレバ改良ノ効更ニ無之、其実を挙行セシムルニは右之資金無之而は改良著手ニ被懸不申候□間、篤と御勘考之上、至急御決定奉願候。此義御否決ニ至リ候得ば、小生滞在は実ニ無用ニ候間、辞退仕候外致方無之候間、此義は御含置被成下度候。若シ右様ニ至リ候ハバ、朝鮮は再ビ大院君威権を再伸シ、終ニ紛擾再来シ、収局スル処を不知は当然ニ可有之候。如何前途勘考候而も良法無之故、成否之共ニ我国之損スル所無之様、則英国之イヂツプトニ於ケル政策を取ル之手段ニ出ル之意ニ御座候間、何も御諒察被成下度候。及月迫御多忙中には候ども、至急御評決之上御答奉待候。伊藤公爵家文書
　この公債募集の成否如何は、即ち朝鮮改革の成功不成功の岐れる重大問題であり、この一事を以て公が去就の契機として、我が政府に迫つたのは尤も至極といはねばならぬ。公は、安広帰朝後、或は信書を
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以て、或は電信により、矢の督促をしたのであるが、我が国からは何等確かな回答がなかつた。そして二十八年二月二日に、公が陸奥に宛てた電文中に、「本官ハ、実ニ戦闘ニ臨ミ、弾薬ノ給与ヲ促シテ之レヲ得ザルモノノ感ヲ懐キ居レリ。」伊藤公爵家文書と血を嘔くやうな苦衷を漏らしてゐる。公は今や進むことも退くことも出来ず、只拱手焦燥の中に日を送る外はなかつた。かゝる間に、一方朝鮮内閣は成立以来兎角閣僚間の軋轢は絶えず、猜疑離間互に排擠し、何時破裂するかも知れぬ極めて不安な状態にあつた。それが辛くも小康を保つて居たのは、畢竟公の威圧一つに拠るのであつたが、遂に二月中旬に内閣総辞職といふ一騒動が勃発するに至つた。
○中略
　併し事件は首尾よく落著を告げることが出来たとはいふものの、かくて一歩一歩、その干渉を加へれば、一方又その責任も愈々重荷するわけである。而も数箇月に及んで尚未だ改革資金たる五百万円公債募集の成否さへ判然せぬ事とて、流石の公にも痛く困憊の色が見え、この総辞職一件を機会に朝鮮改革から手を引かうかとさへ一時は考へた程であつた。畢竟するに今日焦眉の急は改革資金である。公はこの内閣問題が結著すると同時に、特に岡本柳之助に帰国を命じ、公債一件に関し我が政府に謀らしめることにした。二月十七日に伊藤総理大臣に宛てた次の書翰は、当時の公の苦衷を述べて余りがある。
　一、当国改良策ニ付テモ追々陳述候通リ、著後熟察候而、第一ニ妨害物之動作を封鎖スルニ非ズンバ、漸次、改良事務之発生を残害候故、大院君終ニ王妃共妨害候之源流故、強制シタル所謂ニ御座候。
　第二、財政之紊乱は名状スベカラズ。一年之収入スラ仁尾○朝鮮政府顧問官仁尾惟茂夜白勉励候得共、今ニ至リテモ確実ニは不明瞭。併漸其略を得タル有様ニ有之候。然ルニ歳入ハ、各八道より些少ト、税関入収ノミにて、平年三十分二位より無之情況故、陰暦之越年ニ政府之困難非常ニテ、金策依頼ニ泣付カレ、之を拒絶スレバ、兵隊等或は一時之騒擾を起サントスル有様故、終ニ文武官平均凡三ケ月之俸給未払を、壱ケ月分則凡三万円計《（拾脱カ）》を第一銀行支店長え遂相談、税関税抵当ニ差入シメ候事ニテ、纔ニ其局を、一時弥縫致シ置タル有様ニテ、勿論如斯情態ハ予期セシ故、旧臘安広を帰国セシメ、大略之要件を案出シ意見書モ差出シ候次第ニ有之、然ルニ今日迄公債ハ如成如不成、確答ヲ不得故、アウトライン之ポリシー丈にて改良之実ニ著手セシムル不能故、今以各衙門は官制モ改良著手案モ大臣等え渡スヲ不得。馨は中間ニ立チ、拱手如何トモスル不能之地位ニ立、其苦心モ御推察被成下度候。其内ニは、元来朝鮮人等之性質之如ク疑惑離間を事トシ、朴泳孝抔尤其壱人ニテ、且規則ニ因リ事務取扱抔ハ無頓著千万、従来之法モ無視シ、人之進退ニ付テモ只己レ党ノミニ心を用ユル等、又衙門抔ニは筆硯之具一衙門ニ一二アルノミ。只其長官脳裏ニ発スル儘事ヲ施行スル習慣故、時々之を強制スルモ容易之苦心ニ無之次第、改良事務之著手は日送り之姿故、終ニ過ル十一日ニは内閣大臣集会シ、総辞職之内談をナシタリ。則チ其内心は、新旧之間互之疑惑より、多少之離間策ニ互ニ被
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為乗、暗鬼を生ジタルより、朴泳孝之発言ニテ、明十二日奏上スルトノ事ニ決定シ、双方共一言之相談モ不承、同晩内々洩聞居候処、国王より十二日午後一時半謁見申来り候。謁見之節モ、先御聞届無之様忠責シ、且多少離間策之出所は、大院君・王妃等モ陰然手段アリシヲ推察シ居候故、暗ニ痛ク忠責致シ置、一昨日来双方説法ト、一方ニ最早独立セシムル之策は尽キ果候故、自分モ丸デ一言之忠告モ相止メ、帰国スル之言を放チ候所、其非を双方謝シ居候場合迄ニ相成居候。如斯時々之変態を生ズル度毎ニ、一歩宛干渉之程モ進メザレバ、改良之実モ平和モ維持スル不能は自然之勢ニ有之候。併其裏面は一歩宛其責任を重ヌルモ勢之免ルベカラズ。実ニ五月蝿事無限候故、金策六ツケ敷候ハバ、総辞職を手段トシ手を引テハ如何ト電報を以申上候次第ニ御座候。
　　併兎角子細之事情双方克ク不通モ御座候故、此度岡本を差帰シ候間、金策ニ付テモ篤と御聞取之上政府之決意御一定被成下且干渉之程度モ承リ置度候。今日迄之有様にては、駐在スル之必要モ無之と、一方にては座視傍観スルは苦心ニ不堪候間、何も御推察被下度候。勿論御多繁之折、性急ニ責付ル之御感触モ可相生道理ニ御座候得ども、進退維谷之地位ニ候間、御寛裕被成下度候。伊藤公爵家文書而して未だ十分とまでは至らぬが、乱雑極りなき朝鮮財政の調査も略々成つたので、岡本にこの財政報告書を託し、その内に於て五百万円公債貸附に対し、二月十七日附を以て、左の如き意見を陸奥に述べた。
　　右ノ如キ概略故、本官ガ周旋者ノ地位ニ立チテ公債ヲ勧誘スル以上ハ、充分確実ナル担保ヲ朝鮮政府ニ負ハシメザルベカラズ。就テハ彼五百万円ノ公債ヲ愈ヨ貸与スルニ当リ、朝鮮政府ヲシテ左ノ条件ヲ約定セシムル考ニ有之候。
　第一条　公債ノ抵当ニハ、全羅・慶尚・忠清三道ノ租税（尚ホ不足ナリト思惟スルトキハ、更ラニ黄海道ノ租税ヲ加フルコトヲ得。）ヲ以テスル事。
　第二条　右ノ抵当ニハ先取権ヲ与ヘル事。
　第三条　公債ノ償却ヲ結了スル迄ハ、日本政府ノ官吏一人ヲ朝鮮度支衙門ニ出張セシメ、財政ニ付条件ヲ付シ、全体ノ監督ヲ為サシメ、並ニ其租税ヲ抵当ニ充テアル地方ニ日本官吏ヲ派遣シテ、租税ノ徴収ヲ監督セシムル事。
　第四条　公債ノ償還ニハ、全額完済ノ年限ヲ定メ、毎年度末ニ於テ其年度ニ償却スベキ元利金ヲ払ハシメ、若シ抵当ニ充テタル地方ノ租税事故ニ因リ此償還額ニ充タザルトキハ、国庫収入ヲ以テ其不足ヲ補償セシムル事。
　第五条　公債ノ抵当ニ充テタル地方ノ貢租収入ノ手続ニ付テハ、朝鮮人民中ノ財産家ト日本債主ノ代理者トノ間ニ、共同組合ノ約束ヲ立テシメ、朝鮮政府ノ命ヲ受ケテ国庫金ノ取扱ヲ為サシムル方法ヲ定メシムル事。
　第六条　日本人ヲ以テ朝鮮政府ノ総税務司ニ任ズル事。
　右第一条ニ於テ、全羅・慶尚・忠清ノ三道ノ租税ヲ抵当トシタルハ
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此三道ハ当国中最モ富饒ノ地方ニシテ、前已ニ述ベタル如ク、国ノ宝蔵トモ称スル程ナルガ故ニ、之レヲ択ビタルモノナリ。而シテ此三道ニ次グハ黄海道ナルヲ以テ、右三道ニテ不充分ナルトキハ、此一道ヲモ加フルコトヲ得ザ《（マヽ）》ルモノナリ。
　　第二条ニ掲グル先取権ノ実行ヲ確実ナラシムル為メ、第五条ヘ記載ノ方法ヲ設ケ、日本人ト朝鮮人ノ組合ニ於テ、租税ノ納付ヲ取扱フニ当リ、其収入金ヨリ直チニ償却ニ充ツベキ元利金ヲ支払ハシムル趣向ナリ。
　　第三条ニ記載セル日本政府官吏ハ、純タル日本政府ノ出張員トシテ当国財政ノ全体ヲ監督スルモノニシテ、又財政ノ改良ニ付、条件ヲ具ヘテ容喙セシムルノ必要アリ。何トナレバ今日ノ朝鮮人ノ如ク惑離間《（疑脱カ）》ヲ事トシテ、最モ財政ノ事ニ未熟ナル官吏ヲ信任シテ、此大金ヲ貸与スルヲ危険ト為スガ故ナリ。又抵当地方ニ出張スベキ日本政府官吏ハ、其地方租税ノ徴収ヲ監督シ、傍ラ地方ノ弊害ヲ矯メ、地方官吏事務ノ熟練ヲ得セシムル為メ、地方官処置ニ容喙セシムルモノトス。何ントナレバ、現今ノ如ク地方ニ於テ売官鬻爵等ノ弊害広ク行ハルヽノミナラズ、官吏ノ事務ニ不熟練ナル以上ハ、到底公債担保ノ取扱ヲ彼等ニ一任スルコトヲ得ザルガ故ナリ。
　　第五条ニ、朝鮮財産家ト日本債主ノ代理者トノ共同組合ヲシテ、公債ノ抵当ニ充テタル地方ノ貢税ヲ取扱ハシムルコトト為サント欲スルハ、若シ日本人ノミヲシテ内地ニ在テ右等ノ事業ヲ行ハシムルトキハ、他外国人ニ於テ最恵国条款ニ拠リ多少ノ難題ヲ申出ルノ恐レアリ。故ニ日本人ト朝鮮人トヲ合同セシメ、且ツ朝鮮政府ノ命ニ依リ国庫金ノ取扱ヲ為サシメント欲スル次第ナリ。
　　第六条ニアル総税務司ハ日本人ヲ以テ任ズルコトハ、既ニ昨臘年越金貸付ノ時ニ、当政府ヲシテ予約セシメタリ。併シナガラ目下英国人ブラオン氏同様職ニ在ツテ、尚ホ、一ケ年間勤続ヲ望ム由ニ有之、此際強テ之レヲ解雇スルモ英領事ニ対シ面白カラザル感情ヲ与フルノ恐レ有之ニ付、今年中ニ雇満期トナルヲ待テ、日本人ヲシテ其後任者タラシムルコトヲ約束致シ置キタル次第ニ有之候。
　　近来我邦新聞紙ノ説ク所、並ニ続々渡韓シ来ル有志者ノ論ズル所ヲ聞クニ、何レモ皆日本ノ利益ヲノミ主トシ、或ヒハ鉱山ヲ我手ニ於テ開クベシト云ヒ、或ヒハ我人民ヲ内地ニ移殖スベシト云ヒ、或ヒハ製魚場ヲ設立スベシ等、工業ニ商業ニ只管ラ我利ノミ是図ルヲ唯一ノ目的トスルモノ多々増加セリ。本官ハ、我国ノ利益ヲ増進セシメンコトハ希望スル所ナレドモ、唯一図ニ日本人ノ利益ノミヲ図ルトキハ、則チ朝鮮ノ利益ハ悉ク日本人ニ帰スルノ結果ヲ来ス。斯ノ如クニ至ルトキハ、朝鮮独立ノ実ハ何ニ依テ成立スルヲ得ルヤ。是レ則チ日本政府ガ朝鮮ヲ独立セシメント公言シタル趣意ト矛盾スルニ至ラン。因テ本官ハ、朝鮮ニ対シ、将来彼レノ利益ヲ奪ハズ、我ノ利ヲ失ハズ、相互ノ利益ヲ並進セシムルノ方針ヲ取ラント欲スル考ニ有之候。猶ホ仔細ノ事情ハ岡本氏ヨリ御聞取相成度候。伊藤公爵家文書
　朝鮮の国債募集に就いては、公の意見により我が政府に於ても旧臘
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以来その周旋に大いに尽力しつゝあつたことは勿論であるが、初め勧説した三菱・三井・第一の三銀行は朝鮮の前途を危ぶみ、政府の確かな保証のない限りは募集に応じ難いとて交渉は行悩みとなつたが、その内伊藤の説得によつて、川田日本銀行総裁が奮起し、公債募集を引受けるまでに漸く話は進捗した。これは一月下旬のことであるが、その後種々故障のため又意の如く運びかねた。当時我が国の輿論としても、朝鮮の改革が公の苦心努力によりその大半を成就した今日、政府は須らくその財政上の困難を速かに救済し、公をして九仭の功を一簣に虧かしめる如きこと無きやう、切望する声が高かつた。而して自由党・国民協会・改進党・革新党・大手倶楽部・財政革新会等の各派にても、この朝鮮国債の成行を憂慮し、政府に事情を確かめる所があつたが、種々の事由に妨げられ、未だ貸附の運びに至つて居らぬことが判明したので、各派総代より政府に向つて、朝鮮内政改革のためにはそれに要する費用は、如何なる方法を講じても之を貸附するが至当であると希望を述べた。政府もこの意見に同意し、互に協議を行うた結果、昨年広島に於ける臨時議会の当時、歳入の部より軍資に支出した二千六百余万円の剰余金の内より三百万円を繰戻し、この金額を朝鮮へ貸附する事、その利子は我が内国債の利子と同一額なる事、政府は追加予算として之を議会に提出する事等が決定された。而してこの追加予算は、二月二十二日に開会中の第八議会に提出され、満場一致を以て通過した。
　○下略

渋沢栄一書翰　井上馨宛明治二八年一月一四日　（井上侯爵家所蔵）
（別筆）
　　明治二十八年一月十四日
一翰奉啓仕候、閣下益御清穆御坐可被成と奉遥頌候、小生義昨年より口中ニ癌を発し医師数名之診断ニより無拠十一月中旬ニ切断之施術を為し候処、其後之経過都合宜敷、昨今ハ痍所も稍快方仕候、併し切断之場所ハ片頬全部ニ及し候大施術ニて痍所も大なるニ付、此厳寒中ハ別て摂養可致と医師之勧告ニ従ひ、旧臘より大磯ニ転地療養いたし、漸く一昨日一時帰京仕候仕合ニ御坐候
然る処一昨夜突然閣下より前後三回之御電報被下、殊ニ其文言中余リ愚図愚図せす男子らしく、御答可仕との御督促を受候ハ頗ふる意外之次第恐悚之至りニ御坐候、乍去来示朝鮮政府ヘ貸金之義ハ敝銀行ニ取りてハ軽卒ニ取扱兼候義ニて殊ニ第一号御電報ニハ御書状も御差出之様子ニ相見へ候へとも、其尊書ハ小生未タ接手不仕、又原田より敝銀行への電報ハ有之候とも来示之如き意味とも不相見、何分電報ニて御即答申上兼候ニ付遅引之段ハ更ニ恐縮ニ候へとも玆ニ一書を以事情陳上仕候義ニ御坐候
元来此貸金一条ニ付てハ、昨年来外務大臣より小生御呼出有之候へとも、前陳不快中ニ付支配人佐々木勇之助を差出候処、閣下より御書通ニ付朝鮮政府へ金額三拾万円を貸出可申との御示諭有之候、併其時大臣之御口気も果して三拾万円を限り候程ニハ無之出来得る限り都合可致との御趣意の由ニて、帰店後小生へ相談有之候、折柄仁川支店支配人
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西脇長太郎より来書有之、閣下よりの御伝言及朝鮮財政上之賢慮まて概略申来候間、可成丈尊命ニ従ひ可申との意念ニて三拾万円之半額位なれハ強て都合可致ニ付、其辺西脇より閣下へ相伺候様敝行より同人へ書通仕候義ニ候、右半高と申候も従来是まて敝行と朝鮮政府との取引上之例ニ照し候てハ一時ニ三拾万円之金高貸付候ても返済方ニ懸念も有之、其上銀行条例之法文ニ照し候ても資本額十分ノ一以上之貸出は出来兼候次第ニ付、旁以右様減額仕度と存し申上候義ニ御坐候、然るニ西脇より敝行へ之申越ニハ可成ハ三拾万円之高貸出申度との事に候へとも、閣下ニ於て是非御要求と申程の通信も無之ニ付、多分前陳半高御引受申上候ハヽ間ニ合ひ候事と相考居候際、前陳之御電報ニ接し候義ニて、小生ハ頗ふる違却仕候義ニ御坐候、故ニ此貸金之事ニ付てハ敢て敝行又ハ小生に於て御示命を等閑ニ付し候義ニハ無之候間其辺御了解被下度候
事情ハ前陳之通ニ候へとも再三閣下より御電報も有之且又今日仁川支店西脇より更ニ詳細之電文敝行へ相達し候ニ付、再応評議を尽し、此際弐拾万円を貸出し可申事ニ西脇まて回電し、其次第閣下へも小生より電報申上候義ニ御坐候、要するニ三拾万円と申ハ銀行条例上取扱兼候金高ニ付、此上之事ハ如何とも致方無之候間御諒察被下度候
幸ニ右ニて朝鮮政府之用途相弁候様相成候義ニ候ハヽ、右貸借ニ関する契約ニ付て敝行より仁川支店へ申遣し候廉々ハ閣下ニ於て御許容被成下度候
朝鮮政府財政上の困難ハ今日喋々申上候まても無之事と存候、就て此救済方法ハ如何御立案被成候哉、兎ニ角此際徒手ニて御工夫ハ相立申間敷と奉察候、既ニ過頃来大蔵省より同国政府公債募集之御内話も有之候へとも、三井・三菱抔之評議協同ニ至らす終ニ御断申上候次第ニ御坐候、又大蔵省より同国金融上之義ニ付敝行へ御下問有之候ニ付別紙之通リ復申仕候、右ハ小生之朝鮮財政ニ関する管見之一案ニ候間御参考まてニ御一覧被下度候
前陳公債之事とても事情今一段明了ニ相成候様外務・大蔵御両省之御取扱有之候ハヽ又再議之工夫も可有之歟、要する処今日朝鮮ニ於て財政を整理するニハ銀行之設置と貨幣制度の実行を第一とし、右等釐正之端緒を得、随て税務上充分之改良法相立候ハヽ果して目的なき事ニも有之間敷と奉存候、此等ハ本状ニ関係少き事柄ニ候へとも序を以一応申上置候
時下厳寒之候別而尊体御自愛被成候様奉祈候　匆々敬具
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一(印)
　　　　井上全権公使閣下
　　　○別紙ニツイテハ前掲明治二十八年一月十七日ノ条（第五一頁）参照。

渋沢栄一書翰　井上馨宛（明治二八年）一月二六日　（井上侯爵家所蔵）
○上略
一月二日附尊翰廿一日ニ落手拝見仕候、其前当方十五日附之拙書《（マヽ）》ハ定而御披閲被下候義と奉存候、爾来烈寒之地ニ御赴任被成候得共、益御健康御鞅掌被遊候由、所謂老而益壮と申御容体、実ニ欣羨之至ニ御坐
 - 第16巻 p.59 -ページ画像 
候、小生とて今日迄ハ敢而虚弱と申身体ニハ無之候処、昨年悪症之腫物ニ罹リ切断之治療後少々気力を損し兎角精神愉快ニ無之、時々事物ニ恐悸之念を生し、自分なから相怪候程ニ御坐候、依而頃日来高木医師抔ニ篤と診察相頼候処、未タ気力回復せさるニ付此寒中丈ケハ転地療養可致と被申聞候間、明廿七日頃より駿州興津辺へ罷越候積ニ御坐候此寒威稟烈之候異域ニ在りて百事御拮据被為在候閣下へ対し、前陳之如く老衰之有様申上候ハ頗ル残念千万ニ候得共、病気之事ハ致方無之ニ付御諒察被下度候
朝鮮政府へ貸上金之事ニ付而ハ先頃再三之電報被下、且西脇・原田等よりも数度申越候得共、何分三拾万円と申ハ第一ニ銀行条例ニ制限も有之候ニ付、金弐拾万円ニ減額被成下度、其上此貸金ニ付朝鮮政府と第一銀行との約条ハ公使閣下ニ於て御保言被下度と其書面之草案を以西脇より申上候筈ニ候、両三日前西脇より来電ニハ其中拾三万円貸出取扱致せし由ニ付、前陳之都合ニて彼政府も承諾被致、閣下ニも御許容被下候事と存候、兎角奉復之時日大延引ニ相成候ハ恐縮ニ候得共、会社事業ハ小生独担即決とも難申、評議中手間取候次第御諒察可被下候
偖又別ニ大蔵省・外務省より御内談有之候朝鮮ニ関する公債之事ハ昨年来再応相談会相開き、小生ハ病気欠席支配人差出し種々評議仕候得共、三井銀行中上川氏抔ハ是非日本政府之保証無之而ハ取扱出来兼候旨主張いたし、日本銀行之考案ハもし兌換券ニて朝鮮流通と申方法なれハ随分踏込世話可致と川田総裁ハ申居候由、又三菱ハ到底不同意ニて少額之応募ハ兎も角も取扱人ニ相成候義ハ謝絶と申居候、小生之愚案も中上川と同しく何卒我政府之保証相願度、乍去公債証書面ニ記載と申事ハ、国之体裁上如何と存し、特別之約束ニても可然と申居候得共、最終之会同席ニて中上川氏之説ニより再応大蔵大臣へ保証之事相伺可申と申事ニ相成、昨今御詮議中と存候、もし右保証行届候ハヽ近近再応評議可致様相成候半と奉存候、右等ニ付而ハ生等之中誰か貴方へ罷出実地目撃之方可然と御考察被下早々出張可致旨電報も被下、益田氏抔へ之尊示も拝承仕候、小生ハ前陳之通リ病気、中上川も同意無之ニ付、此間原六郎氏へ面会ニて頻ニ勧告候処品ニ寄都合可致と申居候、幸ニ原氏ニても出張被致候ハヽ大ニ便宜を得可申と奉存候、小生とて此病気全く快方元気旧ニ復し候ハヽ一度ハ実況も承知仕度と存候得共、何分ニも今日之処確乎と申上候義ハ無覚束次第ニ御坐候、乍去前陳公債之一案もし再議相生し候様なれハ小生ハ是迄支店之関係も有之候ニ付、精々尽力可仕と存候間たとへ自身罷出兼候とも誰か派出候様ニも可致と奉存候
右等不取敢拝答迄、尚後鴻可奉得芳意候　匆々不宣
　　一月廿六日　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　井上公使閣下
　　　　　　　　侍史
○下略

渋沢栄一書翰　井上馨宛明治二八年三月一九日　（井上侯爵家所蔵）
　　明治二十八年三月十九日
一月廿九日之尊翰客月中旬興津旅行先へ相達し拝見仕候得共、施術後
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元気回復せさるニ付一月末より静岡県下興津迄転地養生致し居候際ニ付、終ニ奉答も延引仕候、偖朝鮮政府へ貸金之義ニ付而ハ再三御電報も被下貴地之事情も聊御察申上候間、可成貴命ニ従ひ取扱申度と存候得共、何分銀行条例之窮屈なる制限有之候為メ、金高ハ御示之通難行届、定而意気地なき次第と御小言を蒙り《（候脱）》事と恐縮仕候、又利足之事も御懇示被下、却而恐悚之至ニ候、当行之企望ハ低くとも年壱割と相考候得共、郵船会社との申合を以共ニ融通を為し、年八分ニ引下候義ハ聊朝鮮政府へ対し両会社之勉強を示し候様ニも相成、偶然之好都合と奉存候、就而跡金七万円も其後貸付之取引相済候由、仁川支店より通知有之、右ニて此貸金ニ関する事柄ハ一段落を告候事と奉存候、将来之財政御処分ニ付、朝鮮政府之為五百万円之公債募集之一案ハ過便ニも申上候如く大蔵省・外務省より昨年末ニ御勧誘有之候得共、日本政府ハ保証と申訳ニ相成兼候趣ニ付、弊行も三井銀行も其募集者ニ相成候義、少々懸念ニ相考御引受ニ躊躇罷在候処、其後川田氏広島ニ於て伊藤総理より御説諭を蒙り、決然日本銀行ニ於て其引受を任し候由ニて弊行ニも応募者之位地ニ相立尽力致呉候様と川田より被申越、其際三野村興津迄被参詳細申聞も有之候間、弊行も応募者丈ケなれハ充分同意申込候心得ニて其旨相答置候処、其後又衆議院ニて種々之議論相生し、終ニ政府より三百万円貸付と申事ニ相成候、右ニ付日本銀行ニて其取扱を引受現ニ鸖原外一名貴地出張被致候間事情夫々御聞上被成候事と奉存候、右様之有様ニ付公債之事ハ一寸中止之姿と相成候得共、実ハ三野村と面会之際日本銀行ニ於て此募集事務引受相任し候ニ付、同行ニ於て企望之要点も承合候処、其企望之如く相運候様ニてハ、閣下先般御計画之方案とは少々逕庭有之候哉と小生ハ聊相危ミ居候義ニ御坐候、其訳ハ日本銀行之見込ニてハ別ニ朝鮮銀行之新創を嫌候様相見ひ、朝鮮通貨ハ単ニ同行之兌換券ニ依らしむる方法ニ有之、貴案ニてハ公債之金額を引換準備として一大銀行を創立せしめ、金融之便を謀候のミならす朝鮮財政之機関たらしむる之御趣向と存候、故ニ右等之方法ニ於て妥議を得されハ向後日本ニ於て朝鮮公債募集候ニハ差支相生し可申と存候、而して其辺ハ此際夫々御評議相成候事と奉存候
○中略
朝鮮財政ニ付従来之御行掛上又ハ国家之体面上閣下御一身ニ其方法帰着いたし候云々ハ事情不得已次第と恐察之至ニ候、詰り一国之独立と申も其要ハ財政如何ニ有之候事と存候間、今日と相成候上ハ飽迄進取之御方略を企望仕候外無之候、斯く申上候而ハ自身ニハ引込思案ニいたし居、却而放言ニ類し候様相成候得共、朝鮮之存否ハ㝡早我国之責任とも可申次第ニ付、其財政之整理ハ到底閣下御挙措如何ニ帰し可申と申上候外無之候、実ニ御老境之御身ニて右様之重任を御引受被成候ハ一方ニハ恐察之外無之、一方ニハ老而益壮を御羨申上候義ニ御坐候右等過日之拝答迄一書奉得芳意候、爾来征清軍之進歩ハ着々快報のミニて幸福此事と奉存候、金融又ハ商況ハ戦争之為幾分之障碍ハ有之候得共、案外ニ平穏ニて金融も切迫等之姿ハ無之候、乍序申添候
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一(印)
　　　　井上伯閣下
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第一銀行五十年史稿　巻五・第五四頁　大正一二年刊
　○第二編　第五章　日清戦後の発達
　　　　第三節　韓国中央金融機関
○上略　二十八年一月また海関税を抵当として二十五万円を同国政府に貸付けたることもありしが○下略
　　　○明治二十七年十月十五日内務大臣伯爵井上馨特命全権公使ニ任ゼラレ、韓国駐在ヲ仰付ラレ、爾来同国ノ改革ニ従事シタリシガ、財政紊乱シテ収拾スベカラザルモノアリ、旧暦ノ年末ヲ経過スルタメ止ムヲ得ズ第一国立銀行ヨリ金二十万円ヲ貸付セシメタルモノナリ。