デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治32年11月17日（1899年）

是ヨリ先栄一、当会社創立ニ関シテ内閣総理大臣山県有朋ト数次交渉シ来リシガ、是日栄一始メ創立発起人等連署シテ、政府ニ於テ特別ノ保譲ヲ加ヘラレンコトヲ内閣総理大臣ニ請願ス。

山県有朋書翰　　松方正義宛（明治三二年）九月三〇日　　　（松方巌氏所蔵）
打続不良之天候速ニ本順ニ復しかしと所祈候、于時貴恙追日御軽快ニ赴き候段伝承仕候へとも、斯る不順之気候何卒十分御療養被為尽度専祈之至ニ候、扨京釜鉄道設置之件ニ付先日渋沢来訪、将来意見之概要陳弁致し度との事ニ付、老閣御出席相成候上にて同僚一同会合可致暫時相見合可申と含置候、且内外信用ある会社を設立不致てハ将来目的を達し得る事甚困難ニ可有之、猶老閣と申談し可試と談緒を開候処、渋沢も尤同感を表し居候、此談話ハ他ニ少しも漏泄不致様と申含候、此等之事情ニ付篤と考慮を煩し度候
○中略
　　九月卅日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　有朋
　　　　海東老伯閣下
　　○追書略ス。

山県有朋書翰　　松方正義宛（明治三二年）一〇月二日　　　（松方巌氏所蔵）
芳墨拝読其後追々御快方に赴き候由欣賀此事に候、乍去此節は議会対策之外別段さし向重要事件も無之に付、此際十分御療治被尽度専祈之
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至に候、当議会招集之事に付而は過日内情阪谷を以申上候様十一月二十日に取極申候、京釜鉄道架設之事は如来諭今日経済社会之情況其他に付頗る困難之儀とは察候得とも、将来我国勢に不容易利害之関係を蒙り如何にも憂慮に不堪事件故、目的を貫通候様充分深慮遠謀所願候
○下略
　　十月二日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　有朋
　　　　松方蔵相閣下

渋沢栄一書翰　　竹内綱宛（明治三二年）一〇月二四日　　（竹内広氏所蔵）
尊翰拝読仕候、爾来御疎情ニ打過候得共、益御清適御坐可被成奉恭賀候、然者曾而御打合申上候京釜鉄道助成問題ニ付内閣諸公と会見之義者小生ハ其後も度々総理大臣へ相伺候得共、松方伯全快出勤後ならてハ何共挨拶致兼候との事ニ有之、依而此程松方伯を訪問し、先頃来之行掛をも詳細ニ申述、且内閣ニ於て之御評議相伺度と相迫候処、同伯は伊藤侯と同説之様子ニて、到底此際何とも決答致兼強而申立候ハヽ不同意と相答候様子ニ御坐候
右様之都合ニ付此処委員会相開候とも別段之工夫も相立申間敷歟と懸念仕候、就而ハ尚尾崎・大江之諸君とも御協議被下、貴方之御手口より御督促被成下、幾分相動候様なれハ其上ニて御会同相願度と奉存候此段拝答旁可得貴意如此御坐候　不宣
　　十月廿四日　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　竹内賢台
　　　　　　　玉案下

山県有朋書翰　　松方正義宛（明治三二年）一一月一七日　　（松方巌氏所蔵）
今日は御疲労察申候、扨先日御内話仕置候京釜鉄道設立之事に付、渋沢其外より別冊意見書呈出候間供御一覧候、此一件に付而は高見も有之事情外務大臣とも談合可致心組に候、熟《（孰）》にしても利子補給は致し不申ては到底難被行事と察申候、御一読被成置候はゝ猶期拝晤可申陳為其　草々頓首
　　十一月十七日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　有朋
　　　　松方蔵相閣下

築京釜鉄道記　竹内綱手記　　　　　　　　　　　　（竹内広氏所蔵）
大江帰朝後同年○明治三二年七月踏査報告・線路図・建設概算出来ノ上、委員等ハ創立ニ対スル諸要件ノ審議ヲ尽シ進行ノ方針ヲ定メ、内閣諸大臣ニ稟議シ且貴衆両院ノ領首ヲ始メ朝野縉伸《（朝野縉紳）》ニ賛助ヲ求メシカ、種々論難アリシカ中就《（就中）》ク有力ナル反対論者ハ、曰ク韓国ニ鉄道経営ヲ企画スルハ露国ニ向ツテ開戦ヲ挑発スルモノニシテ無謀ノ甚シキモノト言フヘシト、又曰ク我国ハ経済界ノ悲境ニ際シ内地ノ必要鉄道スラ建設シ能ハサルノ今日ニ当リ外国ニ向ヒ危険ナル経営ハ全ク狂者ノ行為ナリト、此ノ如キノ情況ナルヲ以テ内閣ノ議モ容易ニ一定スルニ至ラス於是テ委員等殆ント為ス所ヲ知ラス、然レトモ止マント欲スルモ止ム能ハス、遂ニ京釜鉄道ノ経営ハ国家ノ最大急務ナル所以ヲ論シ、廟議
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ノ決定ヲ促ス為メ委員等連署シ左ノ申請書ヲ山県総理大臣ニ提出ス
　　　　山県総理大臣ニ上ルノ書○次掲「京釜鉄道経営回顧録」ニアリ、略ス
　　明治三十二年十一月十七日
山県総理大臣ハ始メヨリ委員等ノ意見ニ対シ深ク慮ル所アリシカ、此ニ至テ益熱心ニ賛成セラレシモ、如何セン反対論ノ囂々タリシ為メ、委員等ノ申請セル京釜鉄道特別保護ノ件々ニ対シ、内閣ヨリ政府案トシテ議会提出セラルヽヲ躊躇セラレタリ、委員等窃ニ察スル所アリ、十四議会開会前ヨリ大ニ運動ヲナシ、貴衆両院議員ニ賛成ヲ求メ、両院ヨリ京釜鉄道速成ニ関スル建議案提出スルヲ得テ、両院トモ大多数ヲ以テ之ヲ議決セシニヨリ、政府ハ直ニ外国ニ於テ鉄道ヲ敷設スル帝国会社ニ関スル法律案ヲ提出シ、両院ノ議決ヲ了レリ、此ノ法律案ノ貴族院ニ於テ議決サレタルハ実ニ明治三十三年二月　日也
政府ハ京釜鉄道保譲条件ヲ商議スル為メ大蔵次官《（マヽ）》坂谷芳郎《（阪谷芳郎）》・陸軍次官中村雄二郎・逓信次官古市公威ヲ委員トシ、発起委員ハ数回会同シ、京釜鉄道株式会社ニ下付ノ命令書案ヲ議定セシム

京釜鉄道経営回顧録　竹内綱著　　第二一―二六頁
京釜鉄道発起委員等謹而総理大臣山県侯閣下ニ請願書ヲ上ル、今ヤ京釜鉄道株式会社設立ニ就キ政府ノ特別御保護ヲ請願セザルヲ得ザル時期ニ立チ至リ候ニ付キ、発起以来ノ経歴並ニ現今ノ情況ヲ具陳シ御裁可ヲ奉願候、明治廿七年我国ハ清国ト開戦シテ大勝ヲ得、清韓両国ニ対シ国際経済上優勝ノ地位ヲ占メ得タルヲ以テ、我国ノ任務トシテ清韓両国ノ領土保全進ンデ東洋ノ平和ヲ維持スルノ立国策ヲ確立セザル可ラザルナリ、委員等謂フニ此立国策ノ急務トシテ日韓両国ノ交通ヲ開クヲ以テ第一トス、我国ヨリ交通上最モ近接セル韓国釜山港ハ天然ノ良港ニシテ之ニ次グモノヲ仁川港トス、此二港ヨリシテ帝都京城ニ達シ続イテ京城ヨリ平安道義州ニ至リ清国満州ニ交通ヲ開クハ我国勢力ノ発展消長ニ関スル至大ナリ、我カ政府ハ明治廿七年韓国政府ト暫定条約ヲ締結シ京釜・京仁二鉄道ハ我政府之ヲ敷設スルカ又ハ我国民ヲシテ敷設セシムベシト規定セリ、然ルニ我ガ官民共其敷設ヲ等閑ニ附シ二年余ヲ経過シテ明治二十九年ニ至リ米国人ハ韓廷ニ請求シテ京仁鉄道ノ敷設権ヲ獲得セリ、我ガ政府ハ暫定条約ニ拠リ抗議セシモ、韓廷ハ暫定条約締結ヨリ殆ンド三年ナルモ日本人ハ鉄道ヲ敷設スルモノナシ、条約ハ暫定ニシテ永遠ニ拘束セラルヽモノニ非スト、是ニ於テ委員等ハ憤慨ノ至リニ堪ヘズ微力ヲ省ミズ奮ツテ京釜鉄道株式会社設立ヲ主唱シ百五十余名ノ発起人ヲ得、発起人会ニ於テ某等ヲ発起委員ニ撰任シ、爰ニ始メテ明治廿九年七月八日ヲ以テ当時ノ伊藤内閣ニ韓廷ニ対シ京釜鉄道敷設特許権請求交渉ヲ請願セシニ、政府ハ駐韓原公使ニ命シ韓廷ト交渉セシム、委員尾崎三良・大三輪長兵衛渡韓、原公使ト外務大臣李完用ト交渉談判二ケ月ニ及ブモ終ニ要領ヲ得ズ、尾崎ハ九月大三輪ハ十一月帰朝シ委員代理ヲ京城ニ置キ韓廷トノ交渉ヲ為サシメタリ、明治三十年京仁鉄道ノ敷設特許権ヲ得タル米国人「モールス」氏ハ米国ニ於テ資金調達ニ困難セルヲ探知シ、「モールス」氏ニ京仁鉄道譲受ノ交渉ヲ開キ数回談判ノ末漸ク承諾ヲ得タルモ時将
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ニ経済界ノ恐惶ニ際シ資金ノ調達困難ヲ極メタリ、然レドモ一度時機ヲ失センカ京仁鉄道ハ永久ニ我国ニ獲得スベカラズ、委員等憂慮ナス所ヲ知ラズ当時松方伯内閣ニ其情ヲ具陳シ政府ノ特別援助ヲ懇願セリ松方伯ハ大ニ之ヲ諒シ外務大臣大隈伯ト共ニ資産家ヲ勧誘シ一ノ組合ヲ設ケ之ニ時別保護ヲ与ヘ漸クニシテ京仁鉄道ハ全ク我国ニ占有スルヲ得タリ、此ノ鉄道ハ京釜鉄道ニ連絡シ最モ有要ナルモノニシテ我占有ニ帰セシハ実ニ幸ナリト云フベシ、京釜鉄道ハ明治三十一年九月ニ至リ漸ク韓廷ト発起委員代理人ト条約ヲ締結シ敷設特許権ヲ獲得スルヲ得タリ、本年二月委員大江卓及ビ技師技手十数名韓国ニ出張シ線路ヲ踏査シ並ニ沿道旅客貨物集散等ノ情況ヲ調査シ四月帰朝セリ、其踏査ノ結果線路ハ約参百哩ニシテ鉄道ノ設計予算ハ二千五百万円ナリ
沿道旅客貨物ノ集散等ノ調査ハ統計ノ拠ルベキモノナク頗ル完全ナラザルモ運輸営業ハ収支稍々相償フベキ見込ナリ、委員等ハ是ニ於テ京釜鉄道株式会社ヲ設立シ、株式ヲ募集スルト同時ニ線路ノ実測ヲナシ速カニ条約ニ依リ韓廷ニ線路並ニ停車場用地ノ収用ヲ請求セザルヲ得ザル時期ニ到達セリ、然ルニ我国経済界ノ情況ハ内国ニ於ケル有利確実ナル事業会社ノ株式スラ応募者ナキ今日ニ於テ京釜鉄道巨額ノ株式ヲ募集シ難キハ何人ト雖モ首肯スル所ナラン、然ラバ経済界恢復ニ至ル迄株式ノ募集ヲ遷延センカ、如何セン韓廷トノ条約ハ締結ノ日ヨリ三年ヲ経テ起工セザレバ特許権ハ無効タルベク其期限ハ今ヨリ弐ケ年ニ足ラズ、然ルニ東洋ノ形勢ハ日ニ切迫シ欧米列強国ハ清韓両国ニ対シ租借地ノ獲得、鉄道ノ敷設、鉱山ノ採掘等各種ノ特権ヲ強請シ、其甚シキニ至ツテハ艦隊ヲ擁シテ威嚇シ求ムル所トシテ殆ンド得ザルナシ、是委員等ノ大ニ恐ルル所ナリ、頃日ノ報道ニ依レバ露国西比利亜鉄道ハ明年ヲ期シ浦塩斯徳ニ、満州鉄道ハ明後年ヲ期シ大連湾ニ開通スベシト、弥満州鉄道開通ノ暁ニ達セバ露国ハ仏国人ノ特許ヲ得タル京義鉄道ヲ敷設シテ京城ヨリ釜山港ニ達スル鉄道ヲ計画スベキハ必然ナリ、果シテ然ラバ数年ヲ出ズシテ欧洲ヨリ旅客貨物ハ釜山港ニ輻輳集散スルニ至ラン、此ニ対スル我国ノ施設準備ハ京釜鉄道ノ敷設ヲ以テ最モ急務ナリトス、京釜鉄道ハ我国ノ為メニ至量至大ノ関係ヲ有スルモノニシテ、若シ時機ヲ失シ他外国人ノ占有ニ帰スルガ如キコトアラバ忽チ我国防自衛・貿易発展ヲ障害スル甚シキモノト謂フベシ、委員等憂慮ニ堪ヘザルナリ、是ニ於テカ委員等京釜鉄道株式会社設立ニ対シ政府ニ対シ特別ノ御保護ヲ請願スルノ已ムヲ得ザルニ至レリ
京釜鉄道株式会社設立ニ付キ、特別ノ条例並ニ補給利子及ビ社債ニ対シ政府ノ特別御保護請願ノ条項ヲ左ニ列記ス
　第一　京釜鉄道株式会社ノ資本金ハ弐千五百万円トス、但シ第一回ノ募集ヲ五百万円トシ、其余ハ次回ヨリ順次必要ニ応ジ毎回其金額ヲ定メ募集スル事
　第二　会社ハ第二回募集金額十分ノ一払込ヲ終リタルトキ成立スルヲ得ル事
　第三　会社ハ其払込金額ノ十倍ヲ限リ社債ヲ募集スルコトヲ得ルコト、但シ社債総額二千万円ヲ超過スルヲ得ザル事
　第四　会社ハ毎回募集金額ノ払込ヲ終ラザルモ、工事ノ進行必要ニ
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依リ次回ノ株式ヲ募集シ得ル事
　第五　会社ノ資本金弐千五百万円ニ対シ、政府ヨリ年六分ノ利子補給ヲ下附セラルヽ事
　第六　政府ノ補給利子ハ会社ノ払込ミタル資本金額ニ対シ払込ノ翌月ヨリ満十五年下附セラルヽ事
　第七　政府ノ補給利子ハ会社営業開始ノ日ヨリ其純益金ガ年六分ニ充タサルトキニ限リ其不足額ヲ補給セラルヽ事
　第八　政府ハ現ニ払込ミタル会社ノ社債金額ニ対シテモ株式払込金ト同様ノ利子補給セラルヽ事
　　但シ利子補給ハ社債ノ利子歩合ヨリ超過セザル事
　第九　会社ノ社債ニ対シ政府ハ利子六分以内並ニ元金償還ノ事ヲ保証セラルヽ事
右ニ列記スル特別ノ御保護ノ請願御裁可ヲ得タル上ハ発起人一同奮励シテ広ク国民ノ愛国心ニ訴ヘ、京釜鉄道会社ノ株式ヲ募集シ、鉄道敷設ノ完成ヲ期シ申度奉存候
抑モ京釜鉄道ハ営利ヲ以テ目的トセズ全ク国家ノ為メニ発起セルモノニ候ヘバ、委員ノ微衷御諒察速カニ御廟議ヲ被為尽特別ノ御許可被下度奉願候、委員一同誠恐頓首謹言
　　明治三十二年十一月七日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大三輪長兵衛
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　井上角五郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　中野武営
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　前島密
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　竹内綱
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大江卓
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　尾崎三良
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　総理大臣　侯爵　山県有朋殿
　　○右請願書日付十一月七日ハ十七日ノ誤植ナルベシ。「朝鮮鉄道史」第一巻亦右書ニ従ヒ誤ル。前掲「築京釜鉄道記」ノ記事日付及ビ左ノ「渋沢栄一日記」ニヨリ知ルベシ。

渋沢栄一　日記　　明治三二年　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
九月廿八日
午前霊南阪ニテ伊藤侯ヲ訪フ、京釜鉄道ノ事ヲ談ス○下略
　　○中略。
十月五日　曇
○上略　午後四時山県総理大臣ヲ訪フ、京釜鉄道ノ事ヲ談ス○下略
　　○中略。
十月十七日　晴
午前十時三田松方伯ヲ訪ヒ京釜鉄道ノ事ヲ談ス、伯ハ伊藤侯ト同意ニテ此際ノ起業ハ全ク反対ノ説ヲ主持ス○下略
　　○中略。
十一月十五日　晴
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午前十時山県侯爵ヲ訪ヒ京釜鉄道ノ事ヲ談シ十七日朝再訪ヲ約ス○下略
　　○中略。
十一月十七日　晴
朝浅野総一郎氏来ル、九時山県侯爵邸ヲ訪フ、京釜鉄道ノ事ニ関シ書面ヲ差出ス、尾崎・竹内・大江・前島・中野諸氏同伴ス、更ニ松方伯ヲ訪フモ逢ハス○下略
　　○日記ニ見ユル伊藤博文・松方正義ト栄一トノ京釜鉄道ニツイテノ関係ハ、「伊藤博文伝」「公爵松方正義伝」等ヲ探索スルモ之ヲ得ズ。

公爵山県有朋伝　徳富猪一郎編　　下巻・第三八七―三八八頁昭和八年二月刊
　京釜鉄道は、明治二十七年八月に締結された日韓暫定合同条款に由りて、之が敷設権を獲得したものであつたが、内外の事情は、未だ会社の設立を見るに至らなかつた。
　尋で明治三十一年九月に及び、始めて朝鮮政府と京釜鉄道発起人との間に、京釜鉄道契約の調印を見るを得た。
　此の契約に拠れば、契約調印の日より三箇年以内に起工せざれば、無効に帰する虞がある。是に於て該鉄道会社の発起人たる渋沢栄一・大倉喜八郎・大江卓・竹内綱等は、政府の補助を得て、其の事業を完成せんことを期し、一面には政府に請願し、他面には、貴衆両院議員に交渉した結果、第十四期帝国議会に於て、京釜鉄道速成に関する建議案の提出と為り、其の可決する所と為つた。是に於て公は閣僚と謀り、直に外国に於て鉄道を敷設する帝国の会社に関する法律案を提出し、是れ亦貴衆両院を通過することが出来た。
　当時、政府部内の一部及び有力者間に於ては、阿多曼銀行の例に倣ひ、欧米資本家と合同して、会社を起し、京釜鉄道を敷設経営せんとするものがあつた。元老側に於ては、該鉄道の敷設は、日露国交の前途に対して、之が暗翳を投ずるものとして、其の速成に躊躇するものも尠なくなかつた。又た財政当局者側に於ては、刻下財政の状態に顧慮する所ありて、補助金の下附を難んずる色もあつた。
　然るに、公が帝国国防の大計と、朝鮮経営の政策とに鑑み、京釜鉄道敷設の已むべからざるを認め、熱心に其の必要を説き、周囲の異議者を排して、閣議の一致を求め、帝国議会の会期漸く逼り、殆ど多くの時日を剰さゞるに拘らず、外国に於ける鉄道敷設に関する法律案を議会に提出し其の通過を得るに至つたのは、公が如何に該鉄道の敷設に対して其の努力と、熱心とを吝まなかつた乎を知ることが出来る。