デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治32年1月31日（1899年）

是日栄一、横浜正金銀行ニ抵リモールスト会見シ、京仁鉄道譲受ノ手続ヲ完了ス。

渋沢栄一書翰　八十島親徳宛（明治三二年）一月八日　　（八十島親義氏所蔵）
　　モールスへ之返事打合之為益田氏御面会ニ候ハヽ、デニソンへ之送物ハ小生一覧候まても無之ニ付、送付方御取計被下度旨可然御申上可被下候
昨夕帰京後之一書落手いたし候、京仁鉄道譲渡ニ関する約定書之反訳益田孝氏より送致之分一覧之上返却いたし候
モールス之手へハ既ニアンレン氏より回電ありたる上ハ当方も精々取急き、加藤公使之返信を得候様致度ニ付、至急三橋局長ニ御引合被成催促之電報相発し候様致度候、而してモールス方へハ其回電を得て返事相発候而可然と存候、但其辺ニ付而ハ益田氏とも明日頃御聞合可被下候、老生ハ明後十日ニハ必帰宅可致候ニ付、百事其後ニ相成可申と存候
深川より此程来書有之候得共、最早帰宅間近ニ付回答相略申候、銀行之方へも宜敷御伝声可被下候
右御返事まて匆々不一
　　一月八日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　栄一
　　　　八十島殿
○下略
　　○デニソンハ外務省顧問。加藤増雄ハ韓国駐剳日本公使ニシテ着任明治三十年二月、退任同三十二年六月。

渋沢栄一日記　　明治三二年　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
一月十一日　晴
午前九時足立太郎来ル、京仁鉄道ノ事ヲ話ス、十時銀行ニテ行務ヲ聞ク、十時過東京商業会議所ニ抵リ、役員会ヲ開キ、二三ノ用務ヲ議ス十一時半三菱会社ニ到リテ、益田孝・瓜生震及足立太郎氏□来シテ京仁鉄道ノ事ヲ協議シ、足立氏ヲ横浜ニ派遣シテモールスニ談話セシム蓋シ彼ノ鉄道事件ニ関シ、米国公使及加藤公使ノ回電ヲ得タルニ依ル午後一時郵船会社ニテ午餐シ、畢テ貴族院ニ抵リ、大蔵大臣及阪谷芳郎ニ面会シテ京仁鉄道ニ関スル下付金ノ事ヲ請求ス、然レトモ議会ノ協賛未済中ハ下付金ハ為シ難キニ付利足ニ付テ特別ノ取扱ヲ為スヘキ事ヲ口約シテ帰ル、午後三時再ヒ郵船会社ニ抵リ重役会ニ列ス
○下略
　　○中略。
一月廿八日　少曇　寒甚シ
朝十時モールス氏来ル、外務省雇米人デニソン氏来ル、蓋シ京仁鉄道譲渡ノ件ニ付、今日ヲ以テ会合スヘキ約アルニヨル、益田孝・足立太郎来会セシニヨリ、取引ニ関スル協議ヲ為セシモ、横浜正金銀行ヘノ返金モールスヨリ借入タル金額三十一日ナラデハ終了シ得サルニヨリ、同日ヲ以テ決
 - 第16巻 p.554 -ページ画像 
算スル事ヲ約シテ諸氏退散ス
モールス去テ後、益田・足立氏ト京仁鉄道将来ノ取扱ヲ協議ス、午後前島氏来ル、依テモールス氏ト談話ノ手続ヲ示ス
○下略
　　○中略。
一月三十一日　晴
朝九時新橋発ノ汽車ニテ横浜ニ抵ル、足立太郎・八十島親徳同行ス、京仁鉄道取引ニ関シ、横浜正金銀行ニ於テモールス氏ト其取引ヲ為スカタメナリ、十時モールス・デニソン二氏来ル、正金銀行高橋氏ト共ニ決算ノ事ヲ了ス
午後一時モールス氏ノ誘引ニ応シ、グラントホテルニ抵リテ午餐ス、デニソン・足立・八十島同行ス、午後二時過第一銀行支店ニ抵リ、長谷川氏ニ面話ス、二時三十五分横浜発ノ汽車ニ搭シテ帰京ス
○下略
　　○中略。
三月三日　晴
○上略　午前十時益田孝・瓜生震・足立太郎・吉川三次郎来会京仁鉄道ノ事ヲ談ス、岡村輝彦氏ヲ招請シテモールスヨリ申出タル請求ノ事ノ審理ヲ托ス　○下略
　　○中略。
三日九日　晴
午前数多ノ来客ニ接ス、京仁鉄道ノ事ニ関シモールス氏大川平三郎ト共ニ来ル、瓜生震・足立太郎・八十島ト会シテモールスヨリ請求セル鉄道工費及材料ノ事ヲ討議ス、午後ニ至ルモ終ニ要領ヲ得ス、共ニ再案スル事ヲ約シテ去ル、蓋シ此会見ハ組合ノ資格ヲ以テセス、相互ノ懇親上会談ヲ試ミタルナリ○下略

朝鮮鉄道史　朝鮮総督府鉄道局編　　第四七―四九頁　大正四年一〇月刊
　○第一期　第一章　京仁鉄道
　　　　第二節　京仁鉄道引受組合
○上略　斯クシテ十二月三十一日外務省ヲ経韓国政府ニ交渉シ、翌三十二年一月九日ニ至リ、其ノ承認ヲ得タルモ、未タ政府貸下金ノ交付ナカリシ為メ、月ノ下旬ニ於テ代金ノ受授ヲ為スコトニ協定スルト共ニ、更ニ政府ニ督促スル所アリ、政府亦事ノ急ナルヲ認メ、従来数代ノ内閣ニ於テ予約シタル趣旨ニ基キ、遂ニ百八十万円貸付ヲ包含セル追加予算案ヲ議会ニ提出スルニ至レリ、幸ニ該予算案ハ無事両院ヲ通過シ二十三日ノ官報ヲ以テ公布セラレ、翌二十四日組合ハ貸下金ニ関スル政府命令書ノ交付ヲ受ケタルヲ以テ、二十八日ヲ代金払渡其ノ他契約書取交ノ日ト定メ、二十六日其ノ旨モールスニ通知セリ、二十八日組合ハ政府ヨリ百八十万円ノ交付ヲ受ケテ一切ノ準備ヲ整ヘ、モールス亦来会セシモ、正金銀行ニ於テ抵当権解除ノ手続ヲ為スノ時間ナカリシカ為メ、三十一日ニ取引ヲ延期セリ、当日ニ至リ組合ヨリハ渋沢委員、足立総支配人及ヒ八十島書記ヲ帯同シ横浜ニ赴キ、正金銀行本店ニ於テモールスト会見シ、外務省雇デニソン及ヒ正金銀行副頭取高橋
 - 第16巻 p.555 -ページ画像 
是清立会ノ下ニ、鉄道譲受代金ヲ払渡スト共ニ正式ノ鉄道譲渡証書ヲ受領シ、玆ニ京仁鉄道ハ全ク組合ノ所有ニ帰スルニ至レリ、斯クシテモールスニ対スル取引ハ一応完結ヲ告ケタルモ、尚打切計算済ノ翌日即チ十一月一日ヨリ、財産受取ノ前日即チ十二月三十一日ニ至ルマテノ、工事出来高及ヒ材料供給高ニ対スル代金支払ノ関係ヲ残存セリ、此ノ分ハ追テモールスヨリノ請求ヲ待チ、之ヲ払渡シ、以テ鉄道取引ノ終局ヲ告クヘキ旨協定シ、当日ノ会見ヲ終レリ
　其ノ後モールスヨリ代金未精算高ニ対シ種種ノ要求アリシカ、正当ノ理由アルモノノ外之ヲ却ケ、三月二十九日其ノ精算ヲ為シテ一切ノ取引ヲ完了シ、次テ五月十日モールスノ組合脱退ヲ認メテ其ノ出資ヲ還付シ、玆ニ組合トモールストノ関係ハ全ク終結スルニ至レリ
　　　　　モールスニ対シ組合ノ仕払ヒタル金額
　　金百五十一万八千二百二円　　　三十一年七月二十七日打切鉄道代金
　　金三万五千円　　　　　　　　　建築用具代金
　　金七万三千五百九十円二十五銭　三十一年八・九・十月分工費材料代金
　　金六百六十円五十銭　　　　　　三十二年一月十日ヨリ三十一日マテノ延滞利息（八朱）支払高七千三百四十六円二銭ヨリ政府負担額ヲ控除シタル金額
　　金七万五千円　　　　　　　　　三十一年十一・十二月分工費材料代金最終決算
　　　計金百七十万二千四百五十二円七十五銭

明治財政史　明治財政史編纂会編　　第二巻・第六二五―六二六頁　大正一五年九月刊
　○第三編　第五章　第八節　償金ノ保管監理及回収使用並運用
　　　　第七款　京仁鉄道ヘノ貸付
○上略
　秘第八五号
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　横浜正金銀行
　京仁鉄道ニ関シ、其行ヘ預ケ入レタル金百万円ハ「ゼームス、アール、モールス」ヨリ返金次第、直チニ日本銀行ヘ返納スヘシ
　　明治三十二年一月二十七日
　　　　　　　　　　　　　　　大蔵大臣　伯爵　松方正義
右ニツキ同日日本銀行ヘ左ノ如ク命令シ、金庫ヘモ同様日本銀行ヨリ百万円納入セシトキハ代リ金収入ノ手続ヲナスヘキ旨命令セラレタリ
　秘第八六号
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日本銀行
　一金百万円
　　但英貨十万千五百六十二磅十志ニ対スル代リ金換算相場一円ニ付二志〇片八分ノ三ノ割
　右ハ其行ヘ為替元渡トシテ交付シタル英貨ノ代リ金トシテ、横浜正金銀行ヨリ納付次第、直チニ中央金庫ヘ納入スヘシ
 - 第16巻 p.556 -ページ画像 
　　明治三十二年一月二十七日
　　　　　　　　　　　　　　　大蔵大臣　伯爵　松方正義
前記命令ニ依リ、曩ニ横浜正金銀行ヘ英貨ヲ以テ預ケ入レラレタル百万円ハ、本邦ニ於テ通貨ヲ以テ返納スルコトトナリタルヲ以テ、該英貨ハ横浜正金銀行預ケ入金ヲ日本銀行為替元渡ニ移シ替ヘ、明治三十二年二月一日為替代リ金トシテ日本銀行ヨリ百万円返戻シ、玆ニ償金部ト京仁鉄道ノ関係ハ終局ヲ告ケタリ
○下略

渋沢栄一書翰　八十島親徳宛（明治三二年）三月一五日　　（八十島親義氏所蔵）
○上略
モールスより何か申出無之哉瓜生氏ニ御聞合可被下候、又技師之事ハ松本局長へ頼置候分行届候哉早々足立ニ御聞合被成、右決定候ハヽ可成早く出立之手筈為致度と存候、其前之手配ニ付而ハ別ニ心附候義ハ無之哉、例之政府へ対する抵当差入之事ハ如何なる手順なるや、是又御取調之上松本氏御引合有之度候
○中略
　　三月十五日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　八十島親徳殿

渋沢栄一書翰　八十島親徳宛（明治三二年）三月一七日　　（八十島親義氏所蔵）
○上略　京仁鉄道ニ関する用向も不日帰京夫々承合可申候、尤も十六日御状ニ御申越有之候瓜生氏考案之七万円位之高仕払之事ハ、益田氏さへ承諾ニ候ハヽ老生ハ異見無之候ニ付、可成ハ瓜生氏より益田ニ御話合被下度と貴兄より御申通可被下候、尤も足立ニハ能く御示有之度候
松本氏ニ依頼せし技師之事尚心配中之由精々御注意適当之人員撰定候様致度と足立ニ御伝言可被下候、松本重太郎氏よりハ回答有之候由承知前島氏も壱万五千円と申来候、是ハ一人丈不揃と相成候も如何ニ付帰京之上尚打合可申と存候
○中略
　　三月十七日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　栄一
　　　　八十島殿

渋沢栄一書翰　八十島親徳宛（明治三二年）三月一八日　　（八十島親義氏所蔵）
佐々木君へ御托之御状一覧仕候、足立・塩川渡航願書ニ調印之分ハ相済し封入仕候、可然御取計可被成候
モールスとの談判ニ付而ハ、昨日委細足立ニ打合置申候、御聞取可被下候、瓜生氏も同案なれハ其通リ取計申度候、尤も益田氏帰京候ハヽ尚更打合申度と存候
○中略
　　三月十八日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　栄一
 - 第16巻 p.557 -ページ画像 
　　　　八十島殿
　　○大磯ヨリ発状。