デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第21巻 p.287-297(DK210046k) ページ画像

明治30年12月28日(1897年)

是日栄一当会議所会頭トシテ、明治二十九年度以降急激ナル軍備拡張ノ為メ政費膨脹シ、遂ニハ財政ノ基礎ヲ危クシ商工業ヲ萎縮セシメルニ至ラントスル虞レアルヲ以テ、宜シク財政ヲ整理スベキ旨ヲ内閣総理大臣兼大蔵大臣伯爵松方正義・農商務大臣男爵山田信道ニ建議シ、次イデ翌三十一年一月二十六日其写ヲ内閣各大臣ニ提出ス。


■資料

東京商業会議所月報 第六五号・第一―二頁 明治三一年一月 【○明治三十年十二月廿…】(DK210046k-0001)
第21巻 p.288 ページ画像

東京商業会議所月報  第六五号・第一―二頁 明治三一年一月
○明治三十年十二月廿四日、本会議所ニ於テ第六十八回ノ臨時会議ヲ開ク、当日ノ出席者ハ左ノ如シ
 大木口哲君 ○外二十三名氏名略
午後四時十五分開議、会頭渋沢栄一君議長席ニ着キ、左ノ件々ヲ議事ニ附シ、午後七時三十分閉会ス
○中略
 一財政整理ノ義ニ付建議ノ件
本件ハ会員渋沢栄一・中野武営・大江卓・佐久間貞一・益田克徳・加東徳三・池田謙三・末延道成八君ノ提出ニ係リ、其要旨ハ、戦後我国ノ財政ハ俄ニ膨脹シ、其結果財政ノ基礎将ニ危殆ニ陥ラントリル虞アルニ依リ、此際其整理ヲ当局ニ促スヘシト云フニ在リ、審議ノ末之ヲ可決シ、内閣総理大臣及ヒ大蔵・農商務両大臣ニ建議スルニ決ス


東京商業会議所月報 第六五号・第三頁 明治三一年一月 【○同月 ○明治三〇年…】(DK210046k-0002)
第21巻 p.288 ページ画像

東京商業会議所月報  第六五号・第三頁 明治三一年一月
○同月 ○明治三〇年一二月二十七日午後三時、本会議所ニ於テ役員会議ヲ開キ財政整理意見建議ノ件ヲ審議シ、午後四時閉会ス


東京商業会議所月報 第六五号・第三頁 明治三一年一月 【同月 ○明治三〇年一二…】(DK210046k-0003)
第21巻 p.288 ページ画像

東京商業会議所月報  第六五号・第三頁 明治三一年一月
○同月 ○明治三〇年一二月二十八日、財政整理ノ義ニ付内閣総理大臣、並ニ大蔵・農商務両大臣ヘ建議書ヲ進達ス(建議書ノ全文ハ参照ノ部第三号ニ掲載ス)


東京商業会議所月報 第六五号・第六―一二頁 明治三一年一月 【○参照第三号 明治三十年十二…】(DK210046k-0004)
第21巻 p.288-294 ページ画像

東京商業会議所月報  第六五号・第六―一二頁 明治三一年一月
○参照第三号
 明治三十年十二月二十四日第六十八回臨時会議ノ決議ニ依リ、同月二十八日附ヲ以テ、財政整理ノ義ニ付内閣総理大臣及大蔵・農商務両大臣ヘ進達セシ建議書ノ全文ハ左ノ如シ
    財政整理ノ義ニ付建議
我政府カ明治二十九年度ニ於テ俄然巨額ノ政費ヲ増加セントセラルヽヤ、本会議所ハ其結果ノ延テ一国ノ進運ヲ阻害シ、商工業ノ発達ヲ妨止センコトヲ恐レ、当時一篇ノ建議ヲ呈出シテ当路ノ反省ヲ乞ヒタリシト雖トモ、不幸ニシテ採納ノ栄ヲ荷フニ至ラス、然ルニ爾来未タ二年ナラサルニ政費ハ益々膨脹シ、財政大ニ困難ヲ告ケ、一国ノ経済事情日ヲ逐テ愈々非ナルニ至レリ、是畢竟明治二十九年度以降ノ財政計画之ヲ国力ニ比シテ過大ニ失シタルカ為メナラスンハアラス、苟クモ現時ノ如キ状態ヲ以テ推移スルアラハ、財政ノ基礎遂ニ危殆ニ陥ヒルヲ免レスシテ、国民其堵ニ安ンスルニ由ナク、為メニ商工業ハ萎靡不振ノ悲況ニ沈淪スルニ至ラン、是豈憂フヘキノ甚シキナラスヤ、仍テ本会議所ハ別紙財政整理意見ヲ具シテ閣下ニ建議ス、願クハ閣下速ニ之ヲ採納シ大ニ財政ヲ整理シテ以テ国運ノ進捗ヲ期セラレンコトヲ、右本会議所ノ決議ニ依リ建議仕候也
  明治三十年十二月二十八日
 - 第21巻 p.289 -ページ画像 
            東京商業会議所会頭 渋沢栄一
    内閣総理大臣兼
            伯爵 松方正義殿
    大蔵大臣
                     (各通)
    農商務大臣   男爵 山田信道殿
(別紙)
    財政整理意見
明治二十七八年戦役後ニ於ケル我国ノ政費ハ之ヲ戦役以前ニ比スレハ実ニ急激ノ増加ヲ為セリ、即チ明治二十八年度ニ在テハ歳出ノ合計亡慮八千九百万円ナリシモノ、明治二十九年度ニ至テ俄然壱億九千万円ノ巨額ニ達シ、同三十年度ニ及テハ更ラニ増加シテ弐億四千万円トナリタリ、明治三十一年度ノ歳計ハ其成立ヲ見ルニ至ラスト雖モ、帝国議会ヘ提出セラレタル予算ニ拠レハ其額亦弐億参千万円ニ垂ントシ、歳入ニ於ケル数千万円ノ不足ハ増税ヲ以テ之カ補充ヲ謀ルノ方針ヲ取レリ、抑モ纔ニ一戦ヲ経タル為メニ我国ノ政費カ何故斯ク急激ノ増加ヲ来シタルカト云ヘハ、其主因ハ軍備拡張ノ一事ニ在リ、軍備ノ拡張固ヨリ必要ノ事務ナルヘシト雖モ、凡ソ事ニハ本末緩急ノ別アリ、戦後経営ノ第一着手ハ先ツ戦役ノ為ニ消粍セラレタル国力ノ充実ヲ謀ルニ在ルヘク、軍備ヲ拡張スルカ如キハ宜シク之ヲ第二ノ問題トセサル可ラサルニ、不幸ニシテ我政府ノ施設セラルヽ所ハ全ク之ヲ顛倒シタルノ跡アリ、我国現時ノ実況ヲシテ戦ヒ勝テ国用貲レス、参億円ノ償金ヲ得テ国帑尚窮乏ヲ告クルニ至ラシメタルモノ一ニ此ニ職由セスンハアラス、顧フニ方今経済社会ノ事情日ヲ逐テ益々非ナルノ状アルニ至リシハ、国民自ラ其力ヲ揣ラス戦後一時ニ幾多ノ企業ヲ試ミタルモノ之カ一因タルナキヲ必セサルモ、其最大原因如何ト問ヘハ、過度ニ政費ヲ膨脹セシメタル余響ニ外ナラサルナリ、世上一種ノ誤解ヲ懐クノ徒、軍備拡張ニ要スル経費ノ大部ハ償金ヲ以テ之ニ充ツルヲ見テ、直接国力ノ消長ニ関係ナキカ如ク思惟スルモノアリト雖トモ、是誠ニ大体ニ通セサル甚シキ謬見タルヲ免レス、何トナレハ我国ノ実力ハ戦役ニ依テ毫モ増進セサルノミナラス、却テ大ニ消耗セラレタレハナリ現ニ軍事費トシテ支出シタル金額ノミヲ以テスルモ二億余円ニ達セルハ何人モ知ル所、而シテ間接ニ国民ノ被ムリタル損害ニ至リテハ殆ント勝ケテ算ス可ラサルモノアリ、例ヘハ多数ノ壮丁ヲ駆テ一年ノ久シキ海外ニ在ラシメタルカ為メ一国ノ製産力ヲ減却シタル損害ノ如キ、又ハ軍需品ヲ供給センカ為ニ国民必需ノ製産ヲ曠廃シ、其結果遂ニ外品ノ輸入ヲ増加セシメタル損害ノ如キ、仔細ニ之ヲ算シ来レハ其額ノ巨大ナル恐ラク意料ノ外ニ出ツルモノアラン、然ニ其創痍ヲ癒スルノ策ヲ講セスシテ、却テ償金ノ全部ハ挙ケテ之ヲ不製産的軍備拡張ノ経費ニ投スルアラハ、国力ノ充実何レノ日ニ於テ期スルヲ得ヘキヤ、凡ソ国力ノ発達ニハ自然ノ程度アリ、政費ハ固ヨリ国力ノ程度ニ伴ハサル可ラス、明治二十九年度ニ於テ一躍倍額以上ノ政費ヲ増加シタルハ業ニ既ニ国家経綸ノ第一着歩ヲ誤リタル者ナリ、当時本会議所ハ一篇ノ建議ヲ呈出シ、政費ヲ急激ニ増加スルノ不可ナル所以ヲ切言セシニ関ハラス、政府ハ毫モ此ニ省セサリシヲ以テ、未タ二週年ナラサル今日ニ於テ政費ノ膨脹ハ早ク已ニ予定以外ニ逸出シ、現ニ明治三十年度ニ於テ政府ノ示シタル前途十年間歳計予定概算書ニ拠レハ、明治三十
 - 第21巻 p.290 -ページ画像 
一年度ノ如キハ歳入弐億千百余万円、歳出弐億六百余万円、差引歳入超過五百余万円トナルヘキ筈ナルニ、今ヤ却テ歳入ニ於テ数千万円ノ不足ヲ告クルノ有様トナリ、財政ノ前途将ニ危殆ニ陥ラントスルニ至レリ、其此ニ至リシモノハ畢竟政費ヲシテ国力ニ伴ハシメサル結果ニ外ナラス、議者或ハ現時ノ歳計総額中其一半ハ臨時費ニ属スルヲ見テ歳計ノ巨額ナル強チ憂フルニ足ラスト論スルモ、経常費ト云ヒ、臨時費ト云ヒ、其国民ノ負担タルニ至テハ則チ一ナリ、歳計ノ一半ハ臨時費ニ属スルカ故ニ縦令巨額ニ上ルモ憂フルニ足ラスト云フカ如キハ不通ノ見タルヲ免レス、況ンヤ臨時費ニ依テ過大ニ経営セラレタル事業ハ、之ヲ維持スルニ於テ直接ニ年々経常費ノ増加ヲ促スコト必然ノ数ナルオヤ、苟クモ現時ノ如キ状勢ヲ以テ推移セハ、本会議所ハ我国前途ノ歳計寧ロ増スアルモ減スルナカルヘキヲ恐ルヽナリ、今ニシテ大ニ之ヲ整理スルニ非サレハ国家将来ノ不幸或ハ測ラレサルモノアラン依テ左ニ卑見ノ二・三ヲ開陳シテ当路ノ反省ヲ乞ハントス
一 政費ハ国力ニ伴ハシムヘキ事
  国力ニ伴ハサル過大ノ政費ハ財政ノ基礎ヲ危殆ナラシムルヲ常トス、我国今日ノ政費ハ果シテ能ク財政ノ基礎ヲ危殆ナラシムルノ患ナキヲ得ルヤ否ヤ、国力ヲ測度スヘキ統計材料ノ不備ナル今日ニ在リテハ、精密ナル数字上ノ計算ヲ挙示シテ之ヲ論断スルコト至難ナリト雖トモ、本来国力ナルモノハ僅々一・二年ノ間ニ於テ俄ニ一ヲ二ト為スカ如ク急激ニ発達シ得ヘキモノニ非ス、明治二十九年度以後ノ国力ハ啻ニ之ヲ其以前ニ比シテ加倍ノ発達ヲ為シタリト信スル能ハサルノミナラス、戦役ノ為メニ被ムリタル創痍ハ殆ント国家ノ腹心ニ達セルモノアルコト篇首述フル所ノ如シ、然ルニ独リ政費ノミ明治二十九年度ニ於テ俄然従前ノ倍額ニ上ラシメ、明治三十年度ニ於テハ更ニ従前ノ三倍ニ近カラシム、仮リニ従前ノ政費ハ過少ナリトスルモ、是ノ如キ急激ノ増加ハ国家ノ進運ヲ阻碍スルヲ免レス、況ンヤ従前ノ政費ハ之ヲ国力ニ対比シテ必スシモ過少ナリト謂フ可ラサルオヤ、我国現時ノ富力ハ之ヲ統計スルニ由ナキモ、一国富力ノ大部ハ不動産ニ帰スルヲ概例トスルカ故ニ、我国ノ如キ農業国ニ在テハ富力ノ十中八・九ハ土地ニ帰スルモノト看做シ、之ヲ推算スルニ現時ノ地価ヲ平均五倍セシモノヲ以テ時価ト看ルモ、土地トシテ有スル富力ハ八拾億円ニ達スル能ハス、之ニ建在物及ヒ動産其他ヲ加ヘテ概算スルモ其総計恐ラク一百億円ニハ出テサルヘシ、今試ニ欧米諸国ニ於ケル富力ト政費トノ割合ヲ通観スレハ概ネ政費ハ富力ノ百分一乃至百分一半ナルヲ常トシ、百分二以上ニ上ルモノハ殆ント稀レナリ、而シテ政費ノ最モ少ナキ英吉利(富力ノ一分弱)ハ富強五洲ニ雄視シ、政費ノ最モ多キ伊太利(富力ノ二分三厘強)ハ萎靡振ハサルヲ見ルトキハ、一国ノ政費ハ富力ノ百分一乃至百分一半ヲ超過セサルヲ以テ適度トスヘク、之ヲ超ユルコトアラハ国力衰頽ノ虞ナキ能ハサルヲ知ルヘキナリ、果シテ然ラハ我国現時ノ政費ハ甚シク過大ニ失スルヤ明ケシ、之ヲ節減シテ国力ニ伴ハシムルニ非スンハ独リ財政ヲ整理スルニ由ナキノミナラス、国運ノ進歩ハ得テ
 - 第21巻 p.291 -ページ画像 
望ム可ラサルナリ
一 軍費ノ減省ヲ謀ルヘキ事
  政費ヲ節減セント欲セハ宜シク先ツ軍費ノ減省ヲ謀ラサルヘカラス、凡ソ戦勝後軍人ノ勢力ヲ得ルニ当リテハ軍職ニ在ルモノ往々職責ノ畛域ヲ踰越シテ政治ニ干渉スルノ弊ヲ生シ、其結果遂ニ不製産的軍費ノ増加ヲ致スコト各国其例ニ乏シカラスト雖トモ、是決シテ国家ノ慶事ニ非ス、我国現時ノ実況果シテ能ク此弊ナシト謂フヲ得ルヤ否ヤ、窃ニ疑惑ノ念ナキ能ハサルナリ、抑モ一国ノ独立ヲ完フスルカ為メニハ軍備ノ必要ナルコト固ヨリ論ヲ待タス然レトモ政費ノ国力ニ伴ハサル可ラサルカ如ク、軍備モ亦他ノ政費ト均衡ヲ保タシメサル可ラス、然ルニ我国現今ノ軍費ハ歳出総額ニ対シテ実ニ百分五十強ノ巨額ヲ占ム、試ニ欧米諸国ニ於ケル歳出ト軍費トノ割合ヲ観ルニ概ネ少ナキハ百分二十ニ満タス、多キモ百分四十ニ達セサルナリ、各国其事情ヲ異ニスルモノアリ、一例ヲ以テ律ス可ラサルハ論ナシト雖、我国軍費ノ過度ニ失スルノ一事ハ到底之ヲ掩フニ由ナキナリ、世上之ヲ回護スルモノ動モスレハ輒チ説ヲ作シテ曰ク、我国軍費ノ歳出ニ対スル割合之ヲ欧米諸国ニ比シテ過大ノ観アルハ畢竟軍備ノ拡張期ニ在ルカ為メノミ、此時期ニシテ過経セハ其割合ハ応ニ大ニ減スヘキナリト、其レ或ハ然ラン、然レトモ軍備ハ元ト不製産的事業タリ、一旦過度ニ拡張スレハ維持ニ要スル経費ハ年々寧ロ増スアルモ減スルナカルヘキハ推想ニ難カラサル所ナリ、単ニ拡張期ニ在ルノ故ヲ以テ現時ノ軍費ヲ過度ナラスト説クモ誰レカ能ク首肯センヤ、顧フニ斯ク我国ノ軍費ヲシテ過度ニ増加セシメタルモノハ職トシテ陸軍ノ拡張過大ニ失シタルニ由レリ、四面環海ノ形勢ヲ有スル我国ノ如キニ在テハ、力ヲ海防ニ致スコト已ム可ラサル所ナリト雖トモ今日ノ如ク過大ニ陸軍ヲ拡張スルハ果シテ其当ヲ得タリト謂フヲ得ヘキカ、本会議所固ヨリ軍事ニ知ル所アリト謂ハサルモ、大体ノ得失ヲ商量スルニ於テ亦自カラ卑見ナクンハアラス、本会議所ノ見ル所ヲ以テスレハ、我国現時ノ軍備ハ宜シク守勢ニ依テ画策スヘク、攻勢ヲ取テ之ヲ画策スルカ如キハ国力ノ未タ許サヽル所ナルヲ信ス、是独リ本会議所ノ信スル所ナルノミナラス、恐クハ当局者モ亦認ムル所ナラン、然ルニ徒ニ過度ニ陸軍ヲ拡張スル事今日ノ如クンハ、之ヲ内ニシテ遂ニ国力ノ疲弊ヲ来スヲ免レス、之ヲ外ニシテハ適マ以テ列国ノ猜疑ヲ招クニ過キサルヘシ、是豈国家ノ長計ナランヤ、況ンヤ陸軍過度ノ拡張ハ直接ニ不製産的軍費ノ増加ヲ甚シカラシムルニ止ラス、多数ノ壮丁ヲ一時ニ召集シテ現役ニ服セシムルカ為メ、間接ニ一国ノ製産力ヲ阻遏スルコト極メテ大ナルモノアルニ於テオヤ、之ヲ節制シテ現役兵員ヲ減スルアラハ、一面ニ於テ幾多ノ軍費ヲ減省スルヲ得ヘク、一面ニ於テハ大ニ一国ノ製産力ヲ発達セシメ得ヘキナリ
一 政費ノ分配ヲシテ其宜シキヲ得セシムヘキ事
  我国現時ノ財政ヲ整理シテ前途国力ノ発達ヲ謀ラント欲セハ、只ニ政費ノ節減ヲ謀ルノミヲ以テ足レリトセス、政費ノ分配ヲシテ
 - 第21巻 p.292 -ページ画像 
亦其宜キヲ得セシメサル可ラス、蓋現時ニ於ケル我国政費ノ分配ハ甚シク偏頗ニ失スルモノアリ、之ヲ例セハ軍費ノ如キハ過大ノ予算ヲ立テヽ而モ実際ノ事業之ニ伴フ能ハス、為メニ年々幾多ノ繰越金ヲ生スル状況アルニ反シ、国力ノ発達ヲ幇助スヘキ鉄道・郵便若クハ電信・電話ノ如キ事業ニ至テハ常ニ予算ノ少ナキニ苦ムノ余リ、改善拡張ノ事容易ニ挙行セラレス、其結果一国ノ交通機関ヲシテ渋滞遅緩ニ陥ラシムルヲ免レサルノ実情アリ、此レ特ニ事例ノ顕著ナルモノヲ挙示スルニ過キスト雖モ、政費ノ分配其宜シキヲ得サルノ事実ハ之ヲ類推スルニ於テ余リアルヘシ、故ニ此際大ニ行政ヲ整理シテ政費ノ分配其宜シキヲ得セシメ、不製産的ニ消費セラルヘキ政費ハ事情ノ許ス限リ之ヲ節減シ、一国ノ進運ヲ助長スルニ足ルヘキ国有事業ニ向テハ十分ニ発達ノ余地ヲ与ヘンコトヲ期スヘキナリ
一 歳計ヲ簡明ニシテ国帑ノ運用ヲ敏活ナラシムヘキ事
  一国ノ歳計ハ最モ直截簡明ヲ旨トシ、何人ニモ一目ノ下ニ之ヲ知リ易カラシムヘキニ、我国現時ノ歳計ハ極メテ複雑ナルノミナラス、其方法宜シキヲ得サルカ為メ毎年度ニ於テ多額ノ剰余金若クハ繰越金ヲ生セシメ、而カモ此等ノ剰余金若クハ繰越金ハ直チニ翌年度ノ歳入予算ニ繰入レテ一部ノ財源ニ充ツル能ハス、翌年度ニ於ケル歳入予算ノ不足ハ別ニ財源ヲ求メテ之ヲ補足セサルヲ得サルノ不都合アリ、抑モ歳計トハ読テ字ノ如ク一歳十二ケ月間ニ要スヘキ国費ノ計算ニ外ナラサレハ、歳出入ニ大ナル過不足ヲ生セシムルカ如キハ当局其責ヲ尽サヽルノ致ス所ト謂フヘク、已ニ生シタル剰余金若クハ繰越金ヲシテ年月ヲ亘リ空シク国庫ニ停滞セシムルカ如キハ計算方法其宜キヲ得サルモノト謂フヘシ、今若シ其方法ヲ改メテ現計々算ノ制ト為サハ歳計ハ自カラ簡明トナリ国帑ノ運用ハ大ニ敏活ナルヲ得ヘキナリ、所謂現計々算トハ十二ケ月間ニ収入シタルモノヲ歳入トシ、十二ケ月間ニ支出シタルモノヲ歳出トシテ、其年度末ニ決算シ、過不足共ニ即時ニ処分スルノ謂ニシテ、過剰アレハ以テ公債ヲ買入レ之ヲ償却スヘク、不足アレハ公債ヲ売却シ以テ之ヲ補充スヘシ、是ノ如クナレハ国庫ニ幾多ノ過剰金ヲ停滞セシメテ政府ハ却テ歳入補足ノ計ニ窮スルカ如キ失態ヲ免レ得ヘキナリ
  是ノ如ク歳計ヲ現計々算ト為スト同時ニ、政府ハ大ニ予算ニ対スル責任ヲ重ンシ、予算事項ヲ其年度内ニ遂行セサルカ為メ空シク予算ノ大部ヲ繰越スカ如キ失態(明治二十九年度ノ予算ノ如キ之ヲ同年度現計ニ対照スレハ約四千万円ノ違算アリ)ナキヲ期スヘク、継続費ノ如キモ当初ニ於テ大体ノ計画ヲ示スノ外、初年度ニ於テ全体ノ経費ヲ議決セシムルカ如キコトナク、毎年度ノ経費ハ必ス毎年度ノ帝国議会ニ提議シテ其協賛ヲ求ムヘキナリ
一 国帑ノ取扱手続ヲ簡明ナラシムヘキ事
  財政上ニ於ケル信用ノ源ハ明白ニ之ヲ国民ニ開示スルヲ要ス、現時ノ如ク中央銀行ヲ外ニシテ中央金庫若クハ預金部ト云ヘルカ如キ銀行類似ノ機関ヲ政府部内ニ存在スルニ於テハ、国民ヲシテ幾
 - 第21巻 p.293 -ページ画像 
多ノ疑惑ヲ生セシムルヲ免レサルナリ、苟クモ中央銀行ノ設置アル以上ハ、国庫ノ出納若クハ貯蔵ニ関スル取扱ハ総テ之ニ一任スルヲ可トス、而シテ之ヲ一任スル以上ハ其使用ノ方途ニ関シテハ政府ハ一切制限検束ス可ラス、其名ノ国庫金ナルノ故ヲ以テ妄リニ其使途ヲ制限スルカ如キアラハ、兌換ノ美制ハ其運用ヲ完フスル能ハスシテ、其害殆ント測ル可ラサルモノアラン、之ヲ要スルニ、中央銀行以外ニ於テ政府部内ニ銀行類似ノ機関ヲ置クカ如キハ国帑ノ取扱手続ヲ簡明ナラシムル所以ニ非サルナリ
一 外債ヲ募集シテ内国公債償却ノ資ニ充ツヘキ事
  我国ノ経済事情ヲシテ今日ノ如ク困難ニ陥ラシメタル一大病因ハ戦役ノ為メニ要セシ巨額ノ経費ヲ一時ニ国民ニ負担セシメテ、償金ノ全部ハ挙ケテ之ヲ軍備拡張ノ費途ニ充テタルニ在リ、若シ我政府ヲシテ初メヨリ国力ノ回復ヲ謀ルヲ先務トシ、償金ノ大部ヲ以テ内国公債ヲ償却スルノ方針ニ出テシメハ、現時ノ如ク過度ニ政費ノ膨脹ヲ来サスシテ、一国ノ経済事情ハ斯ク甚シキ困難ニ陥ラサリシヤ明ナリ、然レトモ遂事ハ之ヲ言フテ益ナシ、今ノ計タル、時機ノ緩急ヲ計リ、弐億円ヲ限度トシテ外債ヲ募集シ、以テ内国公債償却ノ資ニ充ツルヨリ善キハナシ、蓋シ戦役ノ為メ直接ニ軍事費トシテ支出シタル金額ハ未タ精算ヲ見ルニ至ラサルモ、其総計弐億余万円ニ上レリト聞ケリ、故ニ向後弐億円ノ外債ヲ募集シテ同額ノ内国公債ヲ償却シ、大ニ民間ノ資本ヲ潤沢ナラシムルヲ得ハ、其結果ハ恰モ一時ニ負担セシメラレタル軍事費ヲ、二十年乃至三十年ノ年賦ニ分チテ負担セシメラルヽト同一ノ計算トナリ、国民ハ負担ノ過重ニ苦ムコトナク、国債ノ総額亦毫モ増加スルコトナク、政府ノ歳計ニ於テ別ニ損スル所ナクシテ一国ノ経済社会此ニ生気ヲ回復シ、産業ノ発達得テ期スヘキナリ、本会議所カ外債募集ヲ以テ今日ノ急務ト為スモノ豈偶然ナランヤ、然レトモ之ヲ募集スルニ就テ特ニ再言シ置クヘキ一事ハ、仮令如何ナル事情アルモ其募集シ得タル金額ヲ以テ軍費其他ノ不製産的政費ニ充ツルカ如キコトナク、必ス之ヲ内国公債償却ノ資ニ充ツヘキコト是ナリ、苟クモ然ラス漫ニ之ヲ軍備拡張ノ費途ニ供スルカ如キアラハ、国力ノ発達ヲ謀ラントシテ募集シタル外債ハ却テ財政紊乱ノ媒介トナツテ畢ルニ至ラン、是実ニ厳ニ戒ムヘキ所タリ、若夫内国公債償却ノ方法ニ至テハ公債ヲ買入レ之ヲ償却スルモ可ナリ、償却期限ニ達セシモノヨリ償却スル亦不可ナシ、公債ノ種類ノ如キハ之ヲ選フノ要ナキナリ、世上鬼胎ヲ懐クノ輩往々外債ヲ以テ危険ノ甚シキモノナルカ如ク誤解スルモ、是畢竟事理ニ通セサルノ致ス所ニ外ナラス、我国力ニシテ充実シ、我財政ノ基礎ニシテ鞏固ナルニ至ラハ、縦令多額ノ外債ヲ有スルモ何ノ危険カ之アランヤ、今日ノ急務ハ国力ノ充実ヲ謀リ財政ノ基礎ヲシテ鞏固ナラシムルニ在リ、而シテ外債募集ハ其一手段ニ外ナラサルヲ知ラハ、之ヲ決行スルニ於テ毫モ蹰躇スルヲ須ヒサルナリ
以上数者併行シテ我国ノ財政正ニ始メテ整理シ得ヘキナリ、国防ノ完備ハ本会議所ノ固ヨリ希望スル所ナリト雖トモ、我国ノ現況ニ於テ先
 - 第21巻 p.294 -ページ画像 
ツ必要トスヘキハ第一ニ金ナリ、次ニ船ナリ、次ニ兵ナリ、此三者相待テ完備スルニ非サレハ決シテ軍備ノ完キヲ得タルモノト謂フ可カラス、今日軍備拡張セリト称スルモ却テ縮小ノ実ナキヤ、日清戦役ニ際シ六師団余ノ大兵ヲ海外ニ在陣セシメタルコト半歳、而シテ我公債ヲシテ九拾五円ヲ下ラシメス、今日能ク之ヲ成シ得ルヤ否ヤ大ニ疑ヒナキ能ハサルナリ、縦令五十万ノ兵ヲ有スルモ金力ニシテ給セス、堅艦巨舶ニシテ伴ハスンハ何ソ之ヲ頼ムニ足ランヤ、寧ロ其兵ハ二十万ニ過キサルモ、一呼スレハ幾億円ノ公債立ロニ国民ノ間ヨリ募集シ得ラルヽノ頼ムヘキニ若カサルヲ信スルナリ、而シテ環睹諸国ノ恐ルヽ所亦前者ニ在ラスシテ後者ニ在ルヤ論ナシ、是ヲ之レ察セス、国力ヲ内ニ充実シ商権ヲ外ニ拡張スルヲ後ニシ、自然ノ地形上ニ於テ過大ノ計画ヲ必要トセサル陸軍ニ向テ今日ノ如ク過度ノ経費ヲ投スルコトアラハ、軍備完成ノ日ハ或ハ国力衰頽ノ時ナランコトヲ恐ルヽナリ
之ヲ要スルニ、今日ノ急務ハ過度ニ増加シタル政費ヲ節約セシメテ大ニ財政ヲ整理シ、以テ国力ノ充実ヲ謀ルニ在リ、苟クモ然ラスンハ戦後経営ノ実何ニ縁テカ挙クルヲ得ンヤ


東京商業会議所月報 第六六号・第一頁 明治三一年二月 【○同月 ○一月二十六…】(DK210046k-0005)
第21巻 p.294 ページ画像

東京商業会議所月報  第六六号・第一頁 明治三一年二月
○同月 ○一月二十六日、財政整理ニ関スル建議書ノ写ヲ内閣各大臣ニ呈出ス


東京商業会議所月報 第六七号・第一頁 明治三一年三月 【○同月 ○二月八日、…】(DK210046k-0006)
第21巻 p.294 ページ画像

東京商業会議所月報  第六七号・第一頁 明治三一年三月
○同月 ○二月八日、去月中各大臣ニ進達セル財政整理意見ニ対シ、逓信大臣秘書官ヨリ回答書ヲ接受ス(回答書ノ全文ハ参照ノ部第一号ニ掲載ス)


東京商業会議所月報 第六七号・第二頁 明治三一年三月 【○参照第一号 明治三十一年二…】(DK210046k-0007)
第21巻 p.294 ページ画像

東京商業会議所月報  第六七号・第二頁 明治三一年三月
○参照第一号
 明治三十一年二月八日財政整理意見ニ対シ逓信大臣秘書官ヨリ接受セシ回答書ノ全文ハ左ノ如シ
貴所全会決議ニ基ク財政整理意見書御送付相成領承、歳計ノ全体ニ付テハ自ラ廟議ノ定マル所可有之、今俄ニ其可否ヲ断定仕兼候得共、御意見ノ処ハ充分熟考シ、特ニ逓信事業改善拡張ノ事ニ就テハ将来注意ヲ怠ラサル義ト御了知相成度、逓信大臣ノ命ニ依リ此段申進候也
  明治三十一年二月五日
               逓信大臣秘書官 内田嘉吉
    東京商業会議所会頭 渋沢栄一殿
   ○本巻明治二十九年三月十二日ノ条、並ニ本資料第二十二巻所収「商業会議所聯合会」明治二十八年九月二十六日、同三十年十二月七日ノ条参照。
   ○財政整理ハ実行サレズ。「明治三十三年松方大蔵大臣ノ提出セル戦後財政始末報告」(明治財政史第一巻所収)参照。



〔参考〕銀行通信録 第一四四号・第四二―四三頁 明治三〇年一一月 財政及経済に対する方今の急務(渋沢栄一)(DK210046k-0008)
第21巻 p.294-295 ページ画像

銀行通信録  第一四四号・第四二―四三頁 明治三〇年一一月
   財政及経済に対する方今の急務(渋沢栄一)
 - 第21巻 p.295 -ページ画像 
経済上の意見としては、余は敢て目今のみと云はす、既往の事例に徴し、現在の傾向に鑑み、所謂戦後に於ける経済の大体に就て一言せんとす
  (第一) 軍備の縮少に就て
軍備を遽に大ならしむるは不可なり、故に余は一昨年の十月頃名古屋に於て開かれたる商業会議所聯合会に於て戦後の経営を如何にすべきやといふ問題を提出し、国家の実力に伴はさる軍備の拡張を為すべからすとの意見を主張し、其後ち東京商業会議所は其趣意を以て政府及議会に請求する所ありしか、不幸にして採用さるゝに至らざりき、即ち歳出総計一億九千万円の政府案は其儘に実行されたるなり、其後内閣の交迭ありて新内閣は財政を整理するの目的にて出てたるものゝ如くなりしかば、余輩の希望も容れらるゝならんと思ひしに、豈図らんや此内閣に於ても依然前来の方針を継続し却て益々歳出の増加するを見んとは、即ち三十年の予算も二十九年に比較して五千万円余を増加せるか如し、斯くの如くんは三十一年度の予算は尚増加を為さんも知るべからす、惟ふに此等は主として軍備拡張に基因するものなれば、此有様にて進行せは向後とても更に増加するとも恐らく減少することあらざるべし、然るに顧みて我国実業上の力は果して之を支持するに充分なるを得るや否に至りては、余輩甚た懸念なき能はざるなり
余は曾て我国力と国費との権衡を知るの一例として、外国貿易の高と歳費の高とを比較して英・仏・独諸国に於けるものに対照せしに、英国は百分の九にして独乙は百分の十六、仏国は百分の三十六に当る割合なるに、我国に於ては殆んと百分の六十七に当れり、是れ頗る簡単の調査にして、此一事のみにては未た充分ならざるへきも、亦以て我国力と軍備との権衡如何を知るに足らん歟
要するに商工業の力即ち富の程度と国費との割合が果して適当し居るや否と云ふに、我国は其生産力に比し軍備の過大なるは事実争ふべからざるなり、故に今日に於て努めて軍備を縮少するの方針を採らさるべからす、然らされは商工業の発達を沮害するの止むなきに至らん、之を例せは人体に於て四肢の働力を殺きて徒らに脳の発達のみを助くるも、全身の健全は得て望むべからざるか如くならん
○下略



〔参考〕東京日々新聞 第七八六二号 明治三一年一月一日 経済時事談 渋沢栄一氏の意見(DK210046k-0009)
第21巻 p.295-297 ページ画像

東京日々新聞  第七八六二号 明治三一年一月一日
    ○経済時事談
        渋沢栄一氏の意見
今や帝国の内治外交は実に容易ならざる時機に際会せり、而して東洋の風雲漸く急ならんとするを見て、或は軍費の節減を謀る能はざるべしと難ずるものあらん、然れども予を以て之を見れば、外勢の逼迫するに従ひ益々政費は国力に伴はしめざる可らざるの必要を認む、若し然らずして昨、独逸が膠州湾を占領したるが為に軍備拡張せざるべからずと云ふが如きは、是れ果して為し得る事なるか、切言すれば世界の際物師に煽動られて其調子に乗ると何ぞ択ばん、某有力者は曰く、第九議会が軍備拡張案を是認せざる前には軍備縮少の事大に熟考すべ
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き価値ありしも、今日国家の大方針を改むるは内外の信用に関するのみならず、宇内列国の形勢は之を許さゞるものありと、是れ恰も借金を恐れて百事身分相応に生活せし若主人が、隣家の俄に大普請に取掛りたるに垂涎し、分限以外の工事を企てたるが如し、蓋し其若主人の運命や知るべきのみ、予は明治十九年以来政治経済の秩序ある進歩を切望せしと同時に、其暴進の有害なることを警告したりき、然るに明治廿七八年の戦役は八千万円左右の歳計より廿九年度には一躍して倍額に上らしめ、卅年度には更に三倍に近からしめたり、而して彼の還遼事件以後一般の人気稍沮喪したるの傾ありし為にや、中央銀行は戦後民業の発達を奨励するの方針を執り、民間の事業家亦奮起したるを以て、玆に幾多の事業は勃興し、遂に所謂虚業者流の横行を逞うするに至れり、即ち官業民業共に暴進したるの結果として方今金融の逼迫事業の衰頽を馴致せしは実に已むを得ざる次第なりと云ふべし、是より先き金子前農商務次官等は千八百七十年普仏戦後の経営家として有名なるワグネル、パンペルゲル両氏の意見を翻訳し、以て我当業者の殷鑑に供せられたり
当時予は病蓐に在り、私に其注意を喜び、成るべく経済界の度を測りて進むの考を持し、且つ進み且つ抑ゆる積なりしも、彼の余あるを以て人を救ひ閑を以て書を読むといふことは出来ざるが如く、多人数にて為すことは度を測りて進むと云ふこと頗る六ケ敷きものなれば、或は其仲間入りをなしたるやも知るべからず、試に当時を追懐すれば、一部の人士は頻りに蒔ぬ種は生えぬと云ふ論法にて、或は勧誘的演説をなし、或は実際に金利を引下ぐる等の事ありし為め、不知不識民業も亦暴進したるは蔽ふべからざる事実なり、然れども予は経済界の前途に対しては左まで疑惧を抱くものにあらず、何となれば一弛一張は財界の常なるのみか、昨今の如き状態には従来屡々遭遇せし所にして実業家の堪へ難き程にあらざればなり、思ふに世人の懸念する恐慌なるものは襲来するの虞なからん、但烈しき投機的事業家若くは例の虚業者流が俄無限《(分カ)》たらんとして其山が外れたる為め必ずや困難に陥るものあらん、蓋し這般の蹉跌たる彼の春は暖く冬は寒きと同一理勢なりと云ふの外なし
然りと雖も独り大阪に於ける経済事情は頗る東京と其趣を異にするものあり、有体に云へば、大阪の流儀は千篇一律にして何人も腹一杯に詰め込むの風あり、銀行家は手の届く限り資金を運用し、毫も其余裕を残さず、手形交換所も亦出し合ひと称して些少の金と雖も之を遊ばしめず、殊に甚しきは銀行者同士が互に出す遺ると唱へて資金を貸借すること是なり、故に其日歩の如きも市中の利子と全く別箇にして、銀行者間の出し遺りには実に五厘と五銭の開きさへありし程なり、事体正に此の如きを以て、大阪人は自己の信用を利用し、日本銀行が貸し与ふる丈けは、実際資金の需用如何を問はず、苟も鞘を取り得る限り縦し二厘の差と雖も借入れを逼るの有様なり、而して株券熱の熾なること決して東京と同日の談にあらざるなり、此の気風たる実は大阪を繁昌せしめたる一大原力たるに相違なきも、又た経済界の危難も真先きに蒙る所以なり、之に反して東京銀行者は如何に日本銀行が自己
 - 第21巻 p.297 -ページ画像 
を信用するにもせよ、実際要途なき資金は借入れざるの風あり、加ふるに商売上に於ても各自其流儀を異にし、三菱には三菱の流儀あり、三井には三井の流儀あり、渋沢には渋沢の流儀あり、孰れも其嚮ふ所を異にす、是を以て一朝如何なる打撃を蒙るに方りても、所謂将棊斃れの弊なし、勿論戦後の諸会社新事業に就て要むる所多かりし為め、三菱・三井を始め一身の力より論ずれば庫中に遊金多くして困難を告げつゝありとは思はれず、要するに唯東京の経済界は忙はしいと云ふべくして、未だ堪へ難しと云ふべからざるなり、抑も民間経済の現況を呈せし所以のもの固より当業者其責なきにあらずと雖も、主として政府財政の膨脹実に其原動力なりと云はざるべからず、故に予は財政を根本より整理するにあらずんば昨今の変態を救治し能ざるを信ずるを以て、往年伊藤侯が戦後の経営を計画せらるゝに際し、名古屋に開議したる臨時全国商業会議所聯合会に於て卑見を吐露し、財政・民業共に大に講究せざるべからざる所以を述べたることありしが、当時頗る政治家臭き口吻なりと誹謗を受けたりき、然れども予の衷情は全く戦捷の結果必ずや軍務当局者は大に軍費を要求するならん、而して此事たる敢て不可なるにあらざるも、若し拡張の度を過ごす時は国家経済上容易ならざる次第なれば、実業家は健全なる意見を発表して以て一方の分銅となり、聊か節制する所あらしめんことを期したるに外ならざりき、松方伯は曩に内閣組織の当初財政整理を標榜せり、故に世人は伯が野にありたる時の言責に稽へ必ずや歳出節減殊に軍費を節理するならんと思惟せり、蓋し他の事はいざ知らず、財政丈は不手際を演せざるべく、軍人を抑ゆるにも薩人丈に便宜あるべしと推測したるも無理ならじ、彼の所謂整理の真義を以て経費を増大するの意なりとは解釈する能はざる所なりき、而かも爾後の事蹟は世人の輿望に反したるこそ是非なけれ、是れ東京商業会議所有志者が財政整理意見案を提起したる所以なり、夫れ民業の暴進を抑ゆる手段は各自の警醒に拠るの外なきも、財政の計画たる法制の力を以て改善するに難からざるのみか、方今財界の病源実に玆に伏在せるを診断せし以上は、朝野の識者たるもの須らく省慮する所なかるべからず、予は国運の進歩に伴ふ政費の増加を承認するものなり、而も僅々二・三年度間に於て三倍にも激増するが如きは国力に伴ふ計画とは信ずる能はざるなり、由来予等の政費節減を主張するは全く国家経済の前途を慮ふるの誠意に外ならず、然るに政党政派の内閣攻撃と殆んど其時期を同うしたる為め妙に邪推せらるゝは甚だ心苦しき所なり、此点は切に識者の誤解なからんことを望む ○下略