デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第21巻 p.331-334(DK210053k) ページ画像

明治31年6月23日(1898年)

アメリカ合衆国フイラデルフイア商品陳列館通信部副長シー・エー・グリーン、栄一ヲ兜町ノ私邸ニ訪ヒ、一八九九年六月同陳列館ノ斡旋ニヨリフイラデルフイアニ開催スベキ万国商業聯合会ニ当会議所ヨリ委員ヲ派遣センコトヲ請フ。栄一、委員ノ派遣ハ個人トシテハ賛成ナルモ会員ノ衆議ヲ経ルニ非ザレバ明言シ難キ旨ヲ述ブ。


■資料

第八回東京商業会議所事務報告 第三七―三八頁 明治三二年四月刊(DK210053k-0001)
第21巻 p.331-334 ページ画像

第八回東京商業会議所事務報告  第三七―三八頁 明治三二年四月刊
一費府商品陳列館通信部副長「グリーン」氏来訪ノ件
 明治三十一年六月中費府商品陳列館通信部副長「グリーン」氏渡来シ、同月二十三日渋沢会頭ニ面会セリ、其応対顛末左ノ如シ
    費府商品陳列館通信部副長シー、エー、グリーン氏来訪始末
  明治三十一年六月二十三日午後一時費府商品陳列館通信部副長シー、エー、グリーン氏ハ米国公使館訳官ミルラー氏同伴ニテ渋沢会頭ヲ兜町ノ邸ニ訪ヒ、一場ノ会談ヲ為シ、午後二時二十分辞シ去リタリ、当日会談ノ要領左ノ如シ
  (グリーン氏) 今回渡来セル目的ハ費府商品陳列館ノ有用ナルコトヲ各国ニ知ラシメ、且ツ来千八百九十九年(明治三十二年)六月ヲ期シ、本館ノ斡旋ヲ以テ費府ニ開会スヘキ万国商業聯合会ヘ委員ヲ派遣セラレンコトヲ求ムルニ在リ、元来本館ハ列国間ノ商業関係及和親ヲ鞏固ニスルヲ目的トスルモノナレハ、世界的商業上ニ関シテ御意見ノ在ル所ハ腹蔵ナク申越サレタク、又質問セラ
 - 第21巻 p.332 -ページ画像 
ルヘキ事、照会セラルヘキ事モアラハ、申越サレ次第本館ハ及フヘキタケ精細ノ調査ヲ遂ケテ回報スヘシ、来年ノ大会ヘハ是非貴会議所ヨリモ委員ヲ派遣セラレンコトヲ望ム
  (渋沢会頭) 貴意ハ之ヲ領セリ、東京商業会議所ハ五十名ノ会員ヲ以テ組織セラレ、会員中ヨリ一名ノ会頭、二名ノ副会頭、七名ノ常議委員ヲ挙ケテ役員トナスモノナルカ、初メ貴館ヨリ商議員加盟ノ照会アルヤ、書面ノミニテハ何分不悉ノ点モアレト、兎ニ角其趣旨至極結構ナルニ依リ、取敢ヘス役員ニ於テ協議ノ末、全会ノ同意ヲ得テ自分並ニ書記長ノ両名代表員トナリ、加盟ノ義ヲ申込ミタル次第ナリ、只今親シク貴館設立ノ目的ヲモ承知スルヲ得テ、其挙ノ益々必要ナルコトヲ感セリ、但シ自分等両名ハ専ラ彼我ノ間ニ立テ通信ノ事ニ当ル覚悟ヲ以テ加盟シタル義ナレハ、来年貴地ニ開カルヽ大会ヘノ派遣委員トハ全ク別種ノモノニシテ若シ派遣ノ事ト決セハ別ニ全会ニ謀リ相当ノ人ヲ選バサル可ラス自分一己トシテハ委員ノ派遣ハ彼我ノ商業関係ヲ親密ナラシムルニ於テ必要ナリト信スレトモ、此レハ衆議ヲ経ルニ非サレバ明言シ難シ、孰レ派遣ノ運ヒニ至ルヤウ尽力ハスヘキ考ヘナリ
  (グリーン氏) 貴下ノ御尽力アルニ於テハ委員ヲ派遣セラルヽ運ビニ至ルヘキハ信シテ疑ハス、其事ニ御尽力アルト同時ニ、大会ニ向テハ十分ニ御意見ヲ提出セラレタシ
  (渋沢会頭) 我当業者中ニハ夫々所見モアルヘキニ就キ、各種ノ当業者ト謀リ意見ノ提出スヘキモノアラハ之ヲ提出スルコトニ勉ムヘシ、自分ハ独リ我レヨリ意見ヲ提出スルノミヲ以テ足レリトセス、貴国人ノ我商業ニ対スル所見モ亦切ニ之ヲ聴カンコトヲ望ム、例ヘハ我国生糸ニ対スル考ヘハ如何、茶ニ対スル考ヘハ如何其他郵船会社ノ如キハ已ニ「シアトル」ニ向テ航路ヲ開キ、他ノ一会社亦別ニ一航路ヲ開カントシツヽアリ、貴国ノ之ニ対スル考ヘハ如何ト云フカ如キ、此種ノ疑問ニシテ貴国人ノ所見ヲ聴カント欲スルモノ一ニシテ足ラス、亘ニ意見ノ在ル所ヲ披瀝セハ、相互ノ間ニ於テ益ヲ得ルコト極メテ多大ナルヲ信スルナリ
  (グリーン氏) 貴下ノ述ベラルヽ所一々同感ナリ
  (渋沢会頭) 文書ノ上ヨリ観レハ、費府博物館ト費府商品陳列館トハ別物ナルカ如シ、如何
  (グリーン氏) 否ラス、費府博物館ト汎称スレトモ現ニ設立サレツヽアルハ商品陳列館ニシテ、昨日モ貴国農商務省ニ至リ金子大臣ニ面会シ、貿易陳列館ヲ一覧シ、同館長ノ尽力ヲ以テ貴国ノ商品ヲ蒐集シ、本館ニ陳列スルコトヲ約シタリ
  (渋沢会頭) 貴館ノ建設費及維持費支出ノ方法等ハ如何、又貴館ハ已ニ其建築ヲ竣ヘラレタルモノナルカ
  (グリーン氏) 本館ハ市立ニシテ十六万「エークル」(一エークルハ凡我カ四反)ノ地ヲトシ今正ニ建築シツヽアリ、来年ノ大会迄ニハ竣工ノ見込ナリ、経常費トシテ市ヨリ昨年ハ八万五千弗、今年ハ十万弗ヲ支出セリ、外ニ商人ノ醵金ニ係ルモノ今年分四万弗アリ、又建築費トシテハ市ヨリ二十万弗、商業家ヨリ五万弗、州
 - 第21巻 p.333 -ページ画像 
ヨリ三十万弗、国庫ヨリ三十五万弗、都合九十万弗ノ支出ヲ得タリ、全部竣成迄ニハ大約四・五百万弗ハ要スルコトナラン
  (渋沢会頭) 本邦商品出陳ノ事ニ関シ農商務省ヘ引合ハレシトノコトナルカ、右ハ有益ノ業ト信スルニ付、東京商業会議所ニ於テモ、相談ノ上当業者ニ謀リ、相当ノ出品ヲ為サシムルコトニ尽力スヘシ、就テハ物品ノ種類・積量若クハ運送費等ノ事ニ関シ申合ハサレタル次第モアラハ承リ置キタシ
  (グリーン氏) 物品ノ種類ハ成ルヘク製造原料タルヘキモノ、若クハ従来余リ日本ノ産物トシテ知ラレサリシモノヲ撰ヒタシ、普通日本ノ商品トシテ世界ニ知レ渡リタル物品ニテハ、之ヲ陳列スルモ其効少ナカルヘシト信ス、尚詳細ノ事ハ農商務省ナル佐藤顕理君ニ依嘱シ置キタリ、運賃ノ事ニ就テハ今何ニトモ明言シ難シ中ニハ無賃ニテ運送ヲ引受呉ルヽ汽船モアリ、此ノ場合ニハ出品主ニ於テ何等ノ負担ヲモ要セサレト、然ラサル場合亦之ナキヲ必セス、其時ニ臨テ直接ニ本館ヘ引合ハレンコトヲ望ム
  (渋沢会頭) 了承セリ、孰レ佐藤氏ヘ打合ハセ農商務省ニ於テ蒐集スル物品ト重複セサル様注意スヘシ、扨先刻来ノ談話ニテ今回渡来セラレタル貴下ノ目的並ニ貴館ノ実況等悉ク承知スルヲ得テ満足ナリ、就テハ自分ハ東京商業会議所ノ会員諸君ニ協議シ、第一ニ貴館ヘ陳列スヘキ本邦商品ヲ蒐集スルコトニ尽力シ、右商品ニ附スルニ詳細ナル説明ヲ附シテ彼此貿易ノ発達ヲ幇助シ、第二ニハ先刻モ陳ヘシ如ク、来年開カルヘキ大会ニ向ヒ当業者ノ意見ヲ徴シテ之ヲ提出スル事ヲ勉ムヘク、第三ニ委員派遣ノ一事ハ唯今ノ処何ニトモ明言スルニ由ナケレト、渋沢一個ノ考ヘトシテハ成ルヘク委員ヲ派遣スル運ヒニ至ル様尽力シ見ル心得ナレハ、此意ヲ諒セラレタシ
  (グリーン氏) 三ケ条ニ分ケテノ御申聞逐一了承セリ、将来ノ御尽力偏ニ希望ニ禁ヘス
  (渋沢会頭) 貴下ノ出発期ハ如何
  (グリーン氏) 明朝発途、京坂地方ヲ巡覧シ、来月八日神戸解纜ノ汽船ニテ支那ニ向フ心得ナリ、爪哇及濠洲等ヘモ立寄ル見込ナルカ、帰途再ヒ貴国ヘ立寄ルヤ否未定ナリ
  (渋沢会頭) 実ハ会員申合ハセ貴下ノ健康ヲ祝スル為メ懇親ノ宴ニテモ開キタキノ心組ナリシモ、明朝御出発トアリテハ今回ハ之ヲ見合ハス外ナシ、甚タ遺憾ナリ
  (グリーン氏) 好意感謝ノ至リナリ、今日拝晤ヲ得テ十分高話ヲ承リ満足之ニ過キス
  (渋沢会頭) 別ニ臨ミ一言貴下ニ告ケ置キタキハ、我々ハ貴国ニ向テ我商業上ノ販路ヲ拡張センコトヲ希望スルニ止ラス貴国ノ製産品モ亦続々本邦ニ輸入スルニ至リ、貴国ト我国トノ関係益々親密ニ赴カンコトヲ希望スルモノナルコト是ナリ、先般貴国元老院議員「ペテグルー」氏外二名来訪セラレタル際ニモ此意ヲ告ケ置キタリ、貴下ニ於テモ我々ノ意ノ在ル所ヲ諒セラレンコトヲ望ム
  (グリーン氏) 貴下カ弊邦ニ対スル友情ノ殷ナルコトハ感激ニ禁
 - 第21巻 p.334 -ページ画像 
ヘス
   ○其後当会議所ハフイラデルフイア万国商業大会ニ列席スベキ会議所代表トシテ大谷嘉兵衛・白石元治郎ノ両名ヲ選定シタリ。本巻明治三十二年七月二十二日、同三十三年五月七日ノ条参照。