デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
4款 商業会議所聯合会
■綱文

第22巻 p.915-919(DK220078k) ページ画像

明治41年1月28日(1908年)

是日栄一、東京商業会議所ニ於テ開カレタル臨時会ニ出席シ、緊縮財政ノ実行ヲ求メル旨ノ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK220078k-0001)
第22巻 p.915 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年    (渋沢子爵家所蔵)
一月二十八日 晴 寒大風
○上略 東京商業会議所ニ抵リ、全国商業会議所聯合会ニ出席シ、財政ニ関スル一場ノ演説ヲ為ス、正午帝国ホテルニ抵リ午飧ス ○下略


明治四十一年一月開設 臨時商業会議所聯合会報告 第一四頁 刊(DK220078k-0002)
第22巻 p.915 ページ画像

明治四十一年一月開設
臨時商業会議所聯合会報告 第一四頁 刊
    ○男爵渋沢栄一君其他実業家ノ来場
明治四十一年一月二十八日午前十一時、東京手形交換所ニ於ケル経済調査会ノ調査結果ニ基キ、男爵渋沢栄一君・豊川良平君・池田謙三君本聯合会ヘ出席シ、男爵渋沢栄一君、税法及ヒ財政ニ関スル意見ヲ陳述シタリ


明治四十一年一月開設 臨時商業会議所聯合会議事速記録 第七号第二〇五―二一二頁 刊(DK220078k-0003)
第22巻 p.915-919 ページ画像

明治四十一年一月開設
臨時商業会議所聯合会議事速記録  第七号第二〇五―二一二頁 刊
明治四十一年一月二十八日午前十一時十分開会
○会長(東京、中野武営君) 諸君ニ御紹介申上ゲマスガ、渋沢男爵閣下・豊川良平君・池田謙三君ガ此聯合会ノ諸君ニ御目ニ掛ツテ御話ヲナサルト云フコトデゴザイマス、今日御出ニナリマシタカラドウゾ御謹聴ヲ願ヒマス
    渋沢男爵演説
御列席ノ皆様ニ久々デ御目通リ致ス御方ガ多イ様デ御座イマスル、其後会議所員ニ御成リノ御方ニハ或ハ始メテ此ノ場合ニ御目通リスル御方モ御座リマセウ、ケレドモ大抵ハ前年私モ会議所ニ居リマシテ、多クハ御懇命ヲ蒙ツタ様ニ記憶シテ居リマス、益々御機嫌宜ウ御座イマス、三十七年ニ病気ノ為メ会議所員ヲ御免ヲ蒙リマシテ以来、始終商業会議所ノ追々ニ国家ノ重要機関タル様ニナリ居ル事ヲ聞キツヽ喜ンデハ居リマシタ、ケレドモ日々ノ種々多忙ノ為メ御様子モ伺ヒマセヌデ、実ニ御無沙汰勝ニ相ナツテ居リマスル、東京商業会議所ハ会頭其他ノ方々ニハ従来ノ御附合カラシテ、別シテ御親シクシテ居リマシテ時々財政経済其他ニ就テ議論ヲ上下スル御間柄デ御座イマス、ケレドモ此ノ御場所柄ヘ出、或ハ聯合会ノ席等ヘ出テ諸君ニ拝顔スル機会ハ遂ニ得難タウテ、等閑ニ致シテ居リマシタル段ハ、甚ダ遺憾ニ存ジ上ルノデアリマス、今日ハ去月来開カレタル聯合会ニ於テ最モ国家ノ重要問題タル財政ニ就テ決議ヲナサレ、合セテ其実施ニ係ル方法ヲ今御協議中ト承知シマスル、一端大体ノ議事ガ済ンダニ於テハ、或ハ玆ニ一時散会ヲ御告ゲナサルト云フ様ニ承知仕リマシテ、昨日副会頭ノ大橋君カラ吾々ノ此ノ銀行業者ノ寄合ガソウ云フ事ニ就テ話合ツテ居リマスル場合ニ、恰度諸君ガ近日帰途ニ就カレルカラ、一時罷出、殊ニ
 - 第22巻 p.916 -ページ画像 
渋沢ハ従来御親ミノ厚イ皆サマ方デモアルカラ、此案ニ付テノ意見又将来ニ就テ此ノ希望ヲ達スル方法ニ就テモ、充分御話ヲシテ見タラ宜カラウト云フ御示ヲ蒙リマシタ、誠ニ数日来ノ御勤労ヲ感謝スル訳ト同時ニ、全体ノ御趣意ニ就テハ大ニ同情ヲ表ハシマシテ、先ヅ第一ニ御苦労デアル、ドウゾ此上ニ宜シク御成功ノ程ヲ願ウト云フ一言ハ、甚ダ贅弁デハアルケレドモ申上ゲネバナルマイ、況ンヤ御親ミノ厚イ諸君ガ斯ノ如ク御心配ノ所デ、吾々多忙ヲ以テ御免ヲ蒙ルハ甚ダ不本意デアルカラ、兎ニ角繰合シテ罷出デヤウト云フ御約束ヲ致シマシタ即チ玆ニ参席致シマシタ次第デアリマス、四十一年ノ歳計ニ就テ甚ダ国家財政ノ鞏固ヲ欠クト云フ御成案カラシテ、前後ヲ照応シテ本聯合会ガ充分ナ御意見ヲ表白サレタノハ、真ニ私ドモ喜シウ考ヘマスル、殊ニ此ノ論旨ガ俄ニ思ヒ立ツタト云フ御趣意デナシ、三度此ノ事ヲ論究サレタノハ、尤モ其ノ宜シキヲ得タル事ト私ハ考ヘルノデ、且ツ此ノ国家ノ大ナル変化ヲ生ズル場合、財政ト経済ノ権衡ノ宜シキヲ失フト云フ事ハ、夫レ海ノ東西、時ノ古今ヲ問ハズ始終有リ勝チノ事ト思ハレマス、我帝国ハ維新後四十年ノ間数回其ノ有様ヲ見マシタ様ナ事デ御座イマス、諸君ノ中ニ御記憶モ御座イマセウガ、二十八年ニ名古屋ニ於テ聯合会ガ開カレタ事ガ御座イマス、此ノ名古屋ニ於テ開カレタ二十八年ノ聯合会ニハ、私ハ東京カラノ委員トシテ罷出マシテ皆様ノ間ニ一案ガ成立ツタ、此ノ趣意ハ即チ此ノ戦後ハ戦時中ヨリ一層此ノ平和ノ戦争ノ激クナルト云フ事ヲ能ク考ヘナケレバナラヌ、幸ニ戦ハ勝ツタハ償金ハ取レタハ、意外ナル名誉ヲ収メマシタケレドモ、若シ是レカラ先キノ実業発達ニ於テ欠クル場合ガアツタナラバ、既ニ得タ名誉ヲ毀損スルト云フ様ナ事ニナリハシマイカ、而シテ是レカラ先キノ憂ハ戦勝ツテ将驕ル国ノ災ナリ、ソウ云フ有様ヲ惹起スルニ違ヒナイ、此ノ国防ハ大切デアルケレドモ、只軍備若クハ不生産的ノ政費ノミニ過重セシメヌ様ニスルガ吾々商工業者ノ勉メデアル、此ノ点ニ全国商業会議所ノ人々ハ宜ク思ヲ置テ是ヲ論ジ是ヲ行ハシメル様ニセネバナラヌト云フ趣意デアツタ様ニ記憶シテ居リマス、当時東京ニ大阪ニ京都ノ各議員ガ打揃ツテ或ハ聯絡ヲ通ジ、或ハ申シ合セヲ致シテ単独ニ其ノ事ヲ勉メル様ニ致シマシタガ、併シ思フニ商工業者ノ希望ハ軍人達ノ考ヘトハ多少逕庭ガアツテ、而シテ其帰着スル所ハ吾々ノ希望通リトハ言ヘナカツタ様ニ思ハレル、恰度三十七年以降ノ有様モ其ノ更ニ大ナルモノト言フテ宜カラウト思フノデスカラ、三十九年ノ十月本聯合会ガ早ク其ノ事ニ注意サレテ、是等財政ニハ尤モ強イ考ヲ以テ鞏固ナル組立ヲセネバナラヌト云フ御意見ハ実ニ第一著ニ其ノ宜キヲ得タモノト思フノデスガ、不幸ニシテ国家ノ財政ハ本会議所ノ希望ト適応セヌト言ハナケレバナラヌ、即チ三十九年ノ予算ハ戦後引継タ事デアツテ、言ハバ後始末デアルカラ、是レニ完全ヲ望ムノハ無理デアラウト思ツテ、申サバ一歩御遠慮申シタ様ナ訳デアツタ、諸君ニ於テモ同ジ考ヲ御持チナスツタ事デアラウト想像致スノデス、ケレドモ四十年・四十一年追々ニ真誠ナ健固ナ予算ガ成立サレルモノト思ヒキヤ、昨年モ甚ダ実ニ不満足千万、不鞏固千万ナル予算ガ組立テラレタ様ニ想像シマス、而シテ今歳ハ更ニ進デ止ヲ得ズ増税スルト云フ事
 - 第22巻 p.917 -ページ画像 
ニ廟議ガ決シタト云フニ至ツテハ、吾々此ノ国民ヲ如何ニ見ルカ、経済界ヲ如何ニ観察スルカト云フト、ドウシテモ反対ノ議論ヲ発セザルヲ得ン様ニ吾々ハ考ヘマスル、元来此ノ尨大ナル案ヲ決スルト云フ事ガ、政治家若シクハ軍事担当ノ御人々ノ間ニ、多少誤解ガアリハシナイカトマデ思フノデアル、畢竟言ハバ吾々ガ御互ニ心中デ挙国一致ノ感念ヲ以テヤツタ、勅語ニモアル通リ一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジテ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシト云フ感念デ、モウ有ル限リノ力ヲ出シテ是レニ努メタ、此ノ有ル限リノ力ヲ平日持続スルモノト或ハ思ハレタノカモ知ランノデスガ、是レ尤モ政治ヲナス人ガ左様ナ感念ヲ以テ今支配スルト云フ事ハ間違ト言ハナケレバナラヌ、然ラバ親ノ大事、又何カ家ノ大災害、或ハ火事トカ地震トカ、ソウ云フ場合ニハ誰モ平日ニ予期セヌ力ガ出ルモノデアル、此ノ出ル力、此ノ出ル辛棒ヲ百年継続スル様ニシヨウトスレバ、夫レコソ人ノ生命ヲ絶チ、人ノ能力ヲ消滅セシメルモノト言ハナケレバナラヌノデアルガ、今日ノ政治ノ仕組ハ略々夫レニ同一スルト言フテモ宜イ位ニ思フ、何トナレバ第一ニ非常特別税ト云フモノデアル、非常特別税ハイツノ間ニカ其ノ名ヲ滅却サレ、サウシテ是ヲ政府ハチツトモ直サズニ更ニ増税スルト云フ、火事場ダカラ先ヅ働ケト云フノデ、平日五貫目シカ持テヌ人ニ非常特別税デ十貫目持タシテ、サウシテ其ノ上更ニ一貫目余計ニ持タセルト云フ話ト同ジ様ナ訳デハ御座イマセヌカ、夫レモ吾々ガ持テサヘスレバ決シテ差支ナイ、其ノ私ドモハ昨年・一昨年頃カラシテドウシテモ此ノ場合追々ニ国費多端ニナツテ来ル、又斯カル負担ヲ是非程能ク整理シテイツテ実力ノ増進ヲ計ラナケレバナラヌ、殊ニ一昨年頃カラ国ノ事業ガ進ム様ナ事デアルカラシテ、此ノ場合ニ可成其ノ事業ノ進行ヲ図リタイト色々経営致シマシタ、甚ダシイ私ハ夫等ノ為メニ寧ロ余リ急進ナ人ダト世ノ誹ヲ受ケル位ニマデナツタノデス、実ハ一方此ノ不生産的ノ施政ニハ勉メテ節約スルトモ、生産的財政ハ斯カル負担ノ増シタニ対シテハ勉メテ進デ財政ノ人ガ大ニ働キ得ル様ニシナケレバナラヌト云フマデニ思ツタノデアリマス、所ガ是等ニ就テハ一方ニ引返サレル力ガ強ケレバ、仮令一般ノ希望ソレデアツテモ中々サウハイカナイ、段々ト経済界ノ沈衰、コレノ原因ニハ多少我々共ノ罪モアリマセウケレドモ、帰スル所ハ前申ス不健康ナル財政ガ即チ吾々ノ事業ニマデ影響ヲ及ボシタト云フテモ、蓋此ノ事ハ遁辞デハナカラウト思フノデアリマス、斯ク考ヘテ見マスルト、ドウシテモ此ノ場合ニハ充分ニ増税ナドハ切ニ止メテ貰ツテ、ソウシテ此ノ戦時ニ関スル不整頓・不経済ノモノニハ相当ノ整理ヲ加ヘテ貰ウ、之ヲ要スルニ此ノ財政ヲ鞏固ナラシムルト云フ事ハ是カラ先キノ国運ヲ進メルバカリデハナイ、維持シテ行クニ就テモ甚ダ必要ト言ハネバナラヌノデアリマスカラ、今日ノ此ノ日本ハ決シテ吾々モ中々猶予遠慮シテ居ル場合デナカラウト考ヘマスルノデス、要スルニ皆様ノ御意見ト自分等ノ考ヘマスル所トハ全ク同一デアツテ、吾々ハ唯々昨年積極ノ考ヘヲシタガ俄ニ政治ノ変化カラ、暑サガ寒サニナツタ様ニ料簡ガ変ルト云フ如キ類ノモノデナイ、即チ明治三十八年平和克復カラ以来斯クアリタイト思ツタガ、三年経ツタガ決シテ此ノ三年間ニ順能ク運バナイニ就テハ
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今日ノ財政ト云フモノハ不鞏固ト云フ嘆声ヲ発スルニ至ツタノデアリマスカラ、御同様前後一貫シタ意見ト申シテ宜カラウト思フ、ソレデ憂ルノハ、古人モ言フ通リ、言フハ易クシテ行フハ難イ、己ノ自身ニ処置スル事スラ尚言フヨリハ行フガ難イ、御互ニ今日ノ場所ハ行フト云フ自分ガ働キカケタ言葉デナイノデ、行ハセル、他ヘ求メル言葉デアルカラシテ、是レカラ言フハ易クシテ行フハ難イト云フヨリハ行フハマダ易イガ是レヲ行ハセシムルハ更ニ難イト覚悟シナケレバナラヌノデアリマス、而シテ真理ハ即チ諸君ノ御決議ニアルノデ、吾々モ深ク同情ヲ表シテ居ルノデ、財政ノ道理トシテ決シテ是レガ過タヌモノト厚ク信ズルナラバ、所謂至誠無息鬼神避之、決シテ一人一個ノ言葉デスラ尚鶴鳴九皐声聞天ト云フ位ナモノデアツテ、況ンヤ斯ノ如ク全国ノ商工業者ノ方々ガ、此ノ財政ノ改革ヲ要スルト言ツテ居ルナラバ仮令世ノ中ノ多数ハ或ハ盲従雷同スルト雖トモ、其ノ盲従雷同ノ夢ヲ覚マス考ヘヲ起サセル事ハ、果シテ出来ヌ事デハナカラウト思フノデアリマス、故ニ此ノ税ノ整理、此ノ実行ヲセシムルト云フ事ニ今一段ノ御尽力ヲ偏ニ願ヒ上ゲマスルノデアリマス、微力ナガラ吾々モ御同説デアリマスカラ、相提契シテ此ノ国家ニ対スル誠意ヲ充分ニ事実ニ於テ顕シタイト希望致シマス、爰ニ一言愚見ヲ呈シテ、且併テ諸君ノ去日来ノ別シテ御尽力ノ程ヲ謝シ上ゲマスル
    中野会長答辞
私ハ此ノ聯合会ノ会長ト致シテ閣下ニ御挨拶申シマスガ、今日ハ御多忙ノ中ヲ特ニ時間ヲ割カレテ是レヘ御来臨下サイマシタ、先ヅ第一ニ其ノ御厚意ヲ謝サンケレバナリマセヌ、只今ハ今後実業家ノ執ルベキ方針ニ就テ御話下サイマシタ、幸ニ此ノ聯合会ガ数日間議ヲ凝シマシテ意見ヲ決定致シマシタ其ノ意見ヲ御賛同下サレ、御同意ヲ示サレタト云フ事ハ、実ニ吾々ハ無上ナル感喜ニ堪ヘラレマセヌ、ト申スハ吾吾ハ熱心此ノ目的ヲ以テ進マントスルモノデ御座イマスル、併シ只今御話ノ如ク、吾レ自カラ行フ事デスラ随分行フハ難イモノデアリマスル、況ンヤ他ヲシテ行ハシメル事デ御座イマスカラ、事ハ甚ダ難イ事ハ予々承知致シテ居リマス、要スルニ全国力ヲ合セテ、国民必要ナ事ニ向ツテ奮励ヲ致サンケレバ事ヲ挙ゲル事ハ出来マセヌノデ御座イマス、夫レニ就キマシテハ有力ナル東京銀行家ノ諸君、是レハ独リ此ノ問題ノミナラズ、従来何事ニ就キマシテモ、啻ニ此ノ商工業者ノ尊敬ヲ仰テ居ルノミデナク、政府ニ於キマシテモ戦時中ハ申スニ及バス、平生ニアツテモ此ノ銀行ノ御一団ト云フモノハ、深ク尊敬ヲシテ居ル団体デ御座イマスル、此ノ団体ノ御方ガ当渋沢男爵閣下ノ御言葉ヨリシテ、御趣意ノアル所ヲ御示シ下スツタト云フ事ハ、独リ此ノ聯合会ノ吾々ガ喜ブダケデ御座リマセヌ、全国商工業者其ノ他国民全体ノ者ガ喜ブ事ト存ジマス、吾々ハ斯如ク有力ナル御説ヲ承リマシテ、吾々ガ是レ迄デ意見ヲ決シテ居リマスル上ニ於キマシテ、大イナル勢力ヲ得マシタシ、此ノ吾々ノ覚悟ヲシテ、愈々鞏固ナラシメタノデアリマス、吾々ハ真ニ自分トシテ喜ビニ堪ヘヌノミナラズ、国家ノ為メニモ実ニ賀スベキ事デアルト、深ク此ノ事ニ就キマシテ感謝ノ意ヲ表シマスルノデアリマス、尚ホ向後ノ行動ニ就キマシテ吾々ノ及ビマセヌ所
 - 第22巻 p.919 -ページ画像 
ハ、充分御援助下サリ御指導下サイマシテ、願ハクハ此ノ商工業者全体ノ希望ヲ致シテ居リマス目的ヲ達セシメラレマスル様ニ、偏ニ御助力ヲ希望致シマス、謹デ御礼ヲ申シマス、今日ハコレデ散会ヲイタシマス(午前十一時五十分閉会)
   ○此臨時会ニ於テ商業会議所聯合会ハ財政緊縮ニ関スル建議ヲ可決セリ。