デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
2款 東京実業者相談会
■綱文

第23巻 p.22-26(DK230004k) ページ画像

明治25年1月5日(1892年)

二十四年十二月第二議会解散セラレ、来ルベキ衆議院議員総選挙ニ際シテ実業家中ヨリ候補者ヲ出スベシトノ議起リ、是日、東京府下ノ実業家四十名余帝国ホテルニ会合ヲ開キ協議ノ結果、先ヅ発起人総代十五名ヲ選定ス。栄一、選バル。


■資料

東京経済雑誌 第二五巻第六〇五号・第二五頁 明治二五年一月九日 実業家起たんとす(DK230004k-0001)
第23巻 p.22 ページ画像

東京経済雑誌  第二五巻第六〇五号・第二五頁 明治二五年一月九日
    ○実業家起たんとす
従来政事に冷淡なりし実業家も、今や漸く専門政事家に政事を一任するの不利を覚りしにや、今度議会解散せられしにより、実業家社会は実業家中より議員を出ださんと種々相談中なる由に聞きしが、去五日帝国ホテルに府下の重立ちし実業家四十名程集会し、奥三郎兵衛氏会長席に着き、益田孝氏開会の旨趣を述へ、馬越恭平氏の演説もありて遂に今度の選挙には実業家の候補者を出すことに一決し、発起人総代十五名を選みしに、原亮三郎・小野金六・柿沼谷蔵・岡本善七・伊井吉之助・小松正一・森清右衛門・若林七五郎・奥三郎兵衛・小林義則渋沢栄一・益田孝・大倉喜八郎・園田孝吉・米倉一平の十五氏が指名に由りて当選し、夫れ夫れ運動上の事を協議して散会せし由、或は伝ふ、本所深川よりは安田善次郎氏、日本橋よりは菊池長四郎氏を出さんとの議ありと



〔参考〕東京経済雑誌 第二五巻第六〇六号・第四九―五〇頁 明治二五年一月一六日 実業家気焔を吐かんとす(桑原啓一)(DK230004k-0002)
第23巻 p.22-23 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕東京経済雑誌 第二五巻第六〇七号・第九九頁 明治二五年一月二三日 大坂同盟銀行実業家議員の選出を勧誘す(DK230004k-0003)
第23巻 p.23-24 ページ画像

東京経済雑誌  第二五巻第六〇七号・第九九頁 明治二五年一月二三日
    ○大坂同盟銀行実業家議員の選出を勧誘す
大坂同盟銀行委員諸氏は今回の総選挙に関し、左の意見書を各地の同業者間に配付したりと云ふ
 拝啓、然は衆議院議員の適不適は、我国全体の上に至大の関係を有し、国運の進歩・民業の発達も一に之に頼る義に付、万一不適当なる議員多数を占る様の事有之候時は実に由々敷大事にて、已に第二期議会の形勢に由り充分御承知の如く我々実業者は将来如何なる影響を可蒙哉難計義に候処、過般衆議院解散せられ、今や全国到る処議員選挙の準備に奔走致居候へは、貴地に於ても定めて御同様御奔走の事と奉存候、我大坂に於ても第二期議会の形勢に由り人々大に悟る所あり、此度の選挙には可成実業社会より適当の代議士を出し以て実業社会の意見を貫徹し、以て国運の進歩・民業の発達を程度とし、当市は勿論郡部よりも可成適当の実業者を選挙候様奔走致居候、此挙は実に我々も大に賛成致居り候間、各地実業者と互に気脈を通し相提携して共に尽力致候事極めて必要に有之候に付、貴地に
 - 第23巻 p.24 -ページ画像 
於ても此際貴行等の御尽力に由り可成実業社会より適当の代議士を選挙候様致度希望の至りに御座候、何卒此際時機を不過様充分御尽力之程偏に願上候 頓首
純然たる実業家の議員選出は余輩の固より希望する所なり、然れとも御用商人の議員撰出は飽までも排斥せさるへからず



〔参考〕東京経済雑誌 第二五巻第六〇七号・第九九―一〇〇頁 明治二五年一月二三日 東京実業者相談会設立協議会(DK230004k-0004)
第23巻 p.24 ページ画像

東京経済雑誌  第二五巻第六〇七号・第九九―一〇〇頁 明治二五年一月二三日
    ○東京実業者相談会設立協議会
東京実業者相談会設立協議会は、予期の如く、去る十五日帝国「ホテル」に於て開会せり、発起人諸氏より発したる賛成勧誘状は二千通の由なれども、当日来会せしは三百余名にして、先つ奥三郎兵衛氏開会の趣旨を述べ、次きに益田克徳氏本会の設立を賛成せられんことを希望する旨を演説し、尋て奥氏を議長に推選し、左の議案に就いて討議を開けり
     東京実業者相談会会則草案
 第一条 本会を東京実業者相談会と称し、本会を府下ヽヽヽに置く○第二条 本会の目的は実業上に関係する重要問題に付其利害を懇議し、必要の場合に於ては全国各地の同志者と交渉通信し相互に提携して以て勉めて実業者を代表すべき代議士を選出せんことを期するにあり○第三条 本会の会員は商工業を営む者に限る」新に入会する者は会員の紹介を以てし、評議委員会の決議を経べきものとす○第四条 総会に於て会員中より投票を以て三十名より少なからざるの評議員を選び本会全体の事務を管理せしむ○第五条 評議委員の任期は一ケ年とす○第六条 会員は入会の当月より一ケ月二十銭の会費を納むべし、但し寄附金は随意とす」地方の会員は月費を徴収せす○第七条 評議委員は総会の決議に従ひ経費を支弁し、次の総会に於て其計算を報告すべし○第八条 総会は毎年一度にして評議委員会之を招集す、但評議委員会に於て臨時必要ありと思認するときは何時にても臨時会を開くことを得○第九条 総会の議事は多数決とす」評議委員会は総会に必要なる細則を設け之を実施することを得○第十条 此会則は総会の議決を経て増補改正することを得
此の議案の討議に移るや、四方より頻りに議長々々と怒鳴り出し、遂に或は議長を攻撃し、或は発起人を攻撃するものありて、議場は非常に紛乱し、到底整理すること能はさりしかば、益田克徳氏の発議にて委員三十名を選み、之に一切の事を委任することに決し、発起人より追て来会者の名簿を調製して廻送し、其の内に就いて委員を選出することと為して散解せり



〔参考〕東京経済雑誌 第二五巻第六〇八号・第一三六頁 明治二五年一月三〇日 東京実業者相談会の委員選挙の結果(DK230004k-0005)
第23巻 p.24-25 ページ画像

東京経済雑誌  第二五巻第六〇八号・第一三六頁 明治二五年一月三〇日
    ○東京実業者相談会の委員選挙の結果
東京実業者相談会は去る十五日の設立協議会に於て議論沸騰せし為め終に委員三十名を選挙して設立に関する一切の事務を委任することに決せしか、其の委員選挙の結果は左の如し

 百十八点 奥三郎兵衛   百十四点 大倉喜八郎
 - 第23巻 p.25 -ページ画像 
 百〇三点 原亮三郎    九十九点 園田孝吉
 九十八点 益田孝     九十八点 米倉一平
 九十七点 小野金六    九十六点 益田克徳
 九十三点 小林義則    九十一点 安田善次郎
 八十九点 伊井吉之助   八十二点 喜谷市郎右衛門
 七十七点 森清右衛門   七十六点 梅浦精一
 七十五点 岡本善七    七十五点 太田実
 七十点  小松正一    七十点  雨宮敬次郎
 七十点  阿部孝輔    六十七点 雨宮綾太郎
 七十点  阿部泰蔵    六十三点 川崎八右衛門
 六十二点 中島行孝    五十九点 金沢三右衛門
 五十六点 横山孫一郎   五十三点 中沢彦吉
 五十一点 山中隣之助   四十五点 馬越恭平
 四十四点 青木庄太郎   四十三点 柴原武雄




〔参考〕東京経済雑誌 第二五巻第六一〇号・第二一〇―二一一頁 明治二五年二月一三日 東京商工相談会の評議委員及ひ起草委員(DK230004k-0006)
第23巻 p.25 ページ画像

東京経済雑誌  第二五巻第六一〇号・第二一〇―二一一頁 明治二五年二月一三日
    ○東京商工相談会の評議委員及ひ起草委員
東京実業相談会《(者脱)》は東京商工相談会と改め、去る六日委員を選挙したるに其の当選者左の如し
 奥三郎兵衛   原亮三郎   園田孝吉     大倉喜八郎
 小林義則    伊井吉之助  梅浦精一     安田善次郎
 太田実     小松正一   阿部孝助     雨宮敬次郎
 馬越恭平    雨宮綾太郎  村田雷蔵     田中平八
 山田忠兵衛   佐々木荘助  吉川泰二郎    古河市兵衛
 石崎政蔵    森村市太郎  川田小一郎    野中万助
 北村英一郎   小野金六   米倉一平     益田克徳
 益田孝     森清右衛門  喜谷市郎右衛門  岡本善七
 金沢三右衛門  横山孫一郎  大江卓      中島行季《(中島行孝)》
 中沢彦吉    今村清之助  浅野惣一郎    小松崎茂助
 川崎八右衛門  柴原武雄   伴直之助     山中隣之助
 安田善四郎   相馬永胤   辻久米吉     伊藤茂右衛門
 稲田政吉    青木庄太郎
又た右評議員中より指名せられたる起草委員は左の如し
 園田孝吉    益田孝    大江卓      益田克徳
 伴直之助    小野金六   梅浦精一



〔参考〕東京経済雑誌 第二五巻第六一三号・第二九八頁 明治二五年三月五日 政府対新議院激戦の結果如何(伴直之助)(DK230004k-0007)
第23巻 p.25-26 ページ画像

東京経済雑誌  第二五巻第六一三号・第二九八頁 明治二五年三月五日
    ○政府対新議院激戦の結果如何 (伴直之助)
衆議院三百名の議員は今や悉とく改選せられて世に公示せられたり、思ふに此の新議員は政府か当初期図したる運動を為し、政府か希望する所の議決を為すべき乎、是れ則ち官民両党勝敗の決する所、将来の大問題中復た之に過ぐるものはあらざるなり
抑々客臘政府か衆議院を解散せられたるは、決して非挙にあらざるなり、政府が一歩を民党に譲れは民党は十歩を進まんとし、政府復た十
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歩を退けば民党は更らに鋭を励まして五十歩の外に出でんとし、其の弁難攻撃は日に迫まりて寸隙を余まさず、勢ひ玆に及びては政府たるもの議院を解散して以て民信の如何を問はざるべからざるべし、是の故に客臘の解散は単に局外者たる吾人か適当の処分なりとするのみならず、正反対の地位に在る民党の領袖諸士も亦之を是なりとせり
解散に次で、改選あり、而して其の結果如何なりし乎、今ま其の着色を区分するに
            自由党 九十八人
       民党……          百三十八人
            改進党 四十人
 総員三百名 吏党………………………………百十人
       実業派及無所属…………………五十二人
にして、殊に民党は此の改選に際して幾多の驍将を失ひたれば大体の勢より云ふときは吏党に勝算あるか如くなれども、其の実民党分子は深く議院の下層に染浸したることを見るべし
余輩を以て之を見るに、民党は仮令ひ今日まで幾多の障害、幾多の艱難に遭遇し又た将来遭遇すべしと雖とも、方さに長風に駕して急流を下るの趣きありと云ふべき歟、余輩敢て多言せず、其の選挙に際し、強迫・干渉・説諭・勧告・冷笑・罵詈、其他無数の不利を冒して猶ほ且つ半数以上の味方を得たるの一事、則ち之れを証するに足る
政府か新議院に対するや、此の際決して妙案奇策を用ふべからざる事予しめ余輩の切望する所なり、必らずや先づ新議院か信任投票を為すことを忍ばざるべからず、而して新議院は必らずや先づ信任投票を行ふの勇気なかるべからず
政府は既に解散の理由を明かにせり、故に前議会に提出したる議案を新議院に提出して以て之れを討議に附せざるべからず、今其の一・二を挙ぐれば、曰く製鋼所設置案、曰く軍艦製造案、曰く鉄道買収案、曰く監獄費国庫支弁案、曰く土木費臨時支出案等是れなり
以上の法案果して可決すべき乎、余輩の想像する所によれば至極の好望は臨時土木費、若くは軍艦製造の二案の通過する事なり、爾余鉄道買収案等の如きは到底可決の望みなきものに属す、果して然らば後図如何ん