デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

9章 一般財政経済問題
1節 金本位問題
■綱文

第23巻 p.646-650(DK230065k) ページ画像

明治30年2月17日(1897年)

是日夜、兜町ノ私邸ニ中上川彦次郎・荘田平五郎阪谷芳郎・添田寿一・三野村利助・山本達雄・鶴原定吉・高橋是清・佐々木勇之助等ノ諸氏ヲ招待シ晩餐会ヲ催ス。談金本位制ノ問題ニ及ビ、栄一、金本位制ノ採用必ズシモ反対ニハアラザレドモ寧ロ現行幣制ヲ可及的ニ維持スルノ然ルベキ旨ヲ力説ス。


■資料

渋沢栄一書翰 阪谷芳郎宛 (明治三〇年)二月一四日(DK230065k-0001)
第23巻 p.647 ページ画像

渋沢栄一書翰  阪谷芳郎宛 (明治三〇年)二月一四日   (阪谷子爵家所蔵)
拝啓、然者昨朝御約束之如く来ル十七日午後五時より兜町宅ニ於て小宴相催候筈ニ候間、是非御繰合被下度候、来客ハ七八人ニて、総而平生親交ある人々ニ御坐候
貨幣問題ニ付而ハ或ハ金銀地金之有高、又ハ成貨之模様其他予算等ニ付而も談話上数字御質問申上候事共も可相生哉ニ付、必要と御心附之分ハ内々御取調置被下度候
右一書申上候 不一
  二月十四日
                      渋沢栄一
    阪谷芳郎様


中外商業新報 第四五〇一号 明治三〇年二月一九日 ○貨幣問題に関する談論(DK230065k-0002)
第23巻 p.647-648 ページ画像

中外商業新報  第四五〇一号 明治三〇年二月一九日
    ○貨幣問題に関する談論
一昨十七日夜渋沢栄一氏は兜町の自邸に晩餐会を催し、経済の学理実験に富めりと称せられたる諸名家を招待せらる、当夜主人の招きに応して来会せられたるは中上川彦次郎・荘田平五郎・阪谷芳郎・添田寿一・三野村利助・山本達雄・鶴原定吉・高橋是清・佐々木勇之助等の諸氏にして主客ともに十名なりき、この晩餐会は目下の一大問題たる幣制改革に関する各自の意見を戦はさんとの意なるか、抑々亦単に晩餐会の催しのみにして談笑娯楽の意に在りしかは敢て問ふ所にあらずと雖も、斯る名家の会合あるに当り争でか当今の一大問題に及ばずして止むべき、談論は先づ主人よりして開かれぬ
主人の渋沢氏は開口一番、現行の幣制を可成的維持し、将来列国の金銀複本位制度を決行するに当りて、我国も亦其利益を享有するの利なるを説き、当今の経済上及財政上事情已むなくんば金貨本位を採用す必ずしも反対を試むべきことに非ずと雖も、若し愈々この本位を採用するに当りて一意掛念に堪へざるものは正貨準備充実を計るの一事之なりとし、侃々諤々其利弊を説きて(昨十八日の本紙幣制改革に関する諸大家の意見参照)賓客の意見を促かされしに、荘田氏は渋沢氏の意見に反対し、将来金銀比価の変動に就て其趨勢を察する時は、銀価騰貴のプロバビリチーは多きも銀価下落のプロバビリチーは甚た少なし、故に若し現行の幣制を改正せずして荏苒歳月を移す時は、早晩銀価騰貴の為めに我国に於ける物価変動し、我国経済社会亦不測の混乱を招くの虞あらんとす、今日にして之か予防の策を計るは頗る急務に属す、而して断然金貨本位を採用して其変動を予防するの利あるを説かれ(去十六日の本紙幣制改革に干する諸大家の意見参照)、中上川氏は又荘田氏の意見に反対して而も絶対的金貨本位に反対を試み、同氏は将来金銀比価の変動に就て、其趨勢銀価騰貴のプロバビリチーは少なくして、寧ろ銀価下落のプロバリチーを多しとす、若夫銀価更に下落せんか既に我国に於ける農商工業及貿易上銀価下落の為めに利益したること甚だ少小ならず、故にこの際現行の幣制を改正して其利益を擲棄せんとするが如きは思はざるの甚しきものなりと謂はざるべから
 - 第23巻 p.648 -ページ画像 
ずと説き、其事実を指摘し、其例証を明示して、金貨本位を採用する時に当り我農商工業及貿易上に及ほすべき弊害を論ぜらる
要するに当夜談論の中心は渋沢・荘田及中上川等諸氏にして甲論乙駁他の賓客は時に反対を試み又時に賛成を唱へられしと雖も、特に世人が聞かんとせる大蔵省及日本銀行等に職を奉ぜらるゝ諸氏に至りては其意見を戦はせられざりしも、黙々裡に金貨本位を採用するの利なるを信ぜられたる者なるが如し、尤も等しく金貨本位を採用せんとする賓客中阪谷氏が金銀両貨を併用せんとするの議に至りては期せずして反対し、中上川氏の如き絶対的金貨本位に反対せらるゝ人々も亦この一事に就ては更に其不可なるを談論せられ、更に進んで其金貨本位を採用せんとする時に当り、之が実施の方法に就ては其意見を討はすに至らずして、時既に移り賓主快を罄して袂を別たれしは昨日午前一時頃なりしと伝ふ



〔参考〕中外商業新報 第四五〇〇号 明治三〇年二月一八日 ○幣制改革に関する諸大家の意見(五)渋沢栄一氏の意見(DK230065k-0003)
第23巻 p.648-650 ページ画像

中外商業新報  第四五〇〇号 明治三〇年二月一八日
    ○幣制改革に関する諸大家の意見
      (五) 渋沢栄一氏の意見
渋沢栄一氏は、曩に貨幣制度調査会に於て我国現行貨幣制度を改正すべき必要なしとし、而て将来列国の協議行れ金銀複本位の制度実施せらるゝに当り、始て之に同盟して現行の貨幣制度を改正すべしと主張されたり、然るに今や我国経済社会の情勢其当時と大に異なるものあり、又今回政府愈々貨幣制度を改正して金貨本位を採用せんとするの議あるを以て、更に同氏に就て其意見を問ひしに、其答へられたる大要の趣旨左の如し
 問 今回政府愈々現行の貨幣制度を改正して金貨本位を採用せんとするの議あり、然るに曩に貨幣制度調査会に於て貴下の唱へられたる意見は、列国の協議行はれ金銀複本位の制度実施せらるるに当り始めて之に同盟して現行の貨幣制度を改正せんとするに在りしが、今日に於ても猶其当時の意見と異なる所なきか
 答 然り、余の意見は貨幣制度調査会の当時に於けるものと敢て異る所なし、尤も方今我経済社会の情勢其当時と異なるものあり又政府の財政計画大に其事情を異にするものあり、随て財政上の必要に応ずるが為め、勢已を得ず現行の貨幣制度を改正して金貨本位を採用せんとするものなれば、余は敢て絶対的反対を主張せんとするものにあらずと雖も、抑々一国の貨幣制度を動かすが如きことは最も慎重を要せざるべからず、若し之れを改正するに就いて一歩を誤ることあらんか、弊害顕著なるものあるが故に、軽々之を実施すべきものにあらざるを信ず、曩に英国政府は印度幣制調査委員の建議を容れて軽々幣制の改革に着手したりしが、其政略は殆んど失敗に帰して当局大臣亦議院に対して失策を公言するに至れり、殷鑑遠からず現に印度に在り若し我国にして今日の貨幣制度を改正せんか、或は踵を回らさずしてこの悔あらんも亦未だ知るべからず、故に余は可成的現行の貨幣制度を改正せず、他日欧米金貨国其制度を墨守する能
 - 第23巻 p.649 -ページ画像 
はずして、終に金銀複本位制を採用する時に当り、我国も亦ここに始めて之に同盟して現行の制度を改正決行せんことを欲するものなり
 問 果して然らば今日に於て幣制改革を不利なりとし、之に反対の意見を有せらるゝものなるか
 答 否、若夫事情已を得ずんば之を改正する又可なり、而してこの際之を改正する或は好時機なるやも知るべからずと雖も、金貨本位を採用せんとするに就て余が最も懸念に堪へざるは、日本銀行正貨準備充実の一事之なりとす、世には現今同銀行の所有金額若くは今後収容すべき償金等を以て充分なりとするものあるが如くなれども、焉ぞ知らんこの収容償金の大半は仕途既に定り、而して其最も多くは臨時費として海外に支出せらるゝものなり、若しこの時に当り其準備乏しきを告くるが如きことある時はそれ将た何を以てか其充実を計らん、是れ余が正貨準備に就て懸念するの一なり、又世には海外貿易大に好望を抱くに足るものあり、将来輸出は輸入に超過して其結果正貨我国に輸入し、而して其準備増加の傾向を有し、若くは其欠乏を補給するものあるに至るべしと雖も、焉んぞ知らん彼の保護税に等しき銀価下落の後援あるに拘はらず、昨年の我海外貿易は仮令米国商業の沈滞と戦勝後輸入品の需用多きに由りしとは雖も、常に我に逆にして輸入大に輸出に超過したるにあらずや、又見ずや印度幣制改革後同国に於ける海外貿易の情況果して如何なりしかを、輸入は常に輸出に超過し大に困難苦楚を感じつゝあるにあらずや、果して然らば我国貨幣制度改正後の海外貿易或は輸入益々輸出に超過するものあるやも未だ知るべからず、而して其結果正貨の流入すべき望なきのみならず、正貨滔々として流出するが如きことある時に当りそれ将た何を以て其充実を計らん、是れ余が正貨準備に就いて懸念するの二なり、而してこの際金貨本位を採用するが如きことあらんか、こゝに貨幣制度は則ち完備するを得べしと雖も兌換を望む者も自然多きを加ふべき事情あるが故に、之に備ふる金貨の準備に至りては益々基礎の鞏固を計り又其額多くを要すべきなり、仮令は現行の制度にして其準備兌換券発行額の三分一を以て足れりとするものは或は二分の一若しくは其以上の多きを要せんとす、然るに之に要する正貨準備それ将た何に求めんか、是れ余が正貨準備に就いて懸念するの三なり、故に若し正貨準備毫も懸念するに足らざるが如き良方法あらんか、余は必ずしも金貨本位を採用するに就て反対するものにあらざるなり、而して同氏は之を結論して曰く、正貨準備充実の方法、回収償金のみに求むるを得べからず、又海外貿易上輸出超過の結果に求むるを得べからずとする時は、想ふに公債に依て外資の輸入に求むるの外なかるべきなり、果して然らば今回の金貨本位を採用せんとするの真意は公債に依りて今の財政計画を完成せんとするにあるが如くなれとも、若し特に之が為めに現行の貨幣制度を改正するが如き要
 - 第23巻 p.650 -ページ画像 
あるに就ては、之と共に後患を貽すに就ても亦大に考ふるの要あるを知るなり