デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

1章 社会事業
3節 保健団体及ビ医療施設
6款 社団法人東京慈恵会
■綱文

第24巻 p.543-544(DK240062k) ページ画像

明治40年4月22日(1907年)

拡張後ノ東京慈恵医院ヲ社団法人トナスニ付キ、穂積陳重ニ定款草案ノ執筆ヲ依頼ス。是日栄一、幹事長殿下ヨリ右依頼ノ命ヲ受ク。


■資料

明治四十年二月ヨリ同年七月三十一日マテノ慈恵院拡張ニ付おほえかき 写 (威仁親王妃慰子殿下御撰) 【○上略 一四月廿二日三井男爵ヨリ使ヲ以テ…】(DK240062k-0001)
第24巻 p.543-544 ページ画像

明治四十年二月ヨリ同年七月三十一日マテノ慈恵院拡張ニ付おほえかき 写 (威仁親王妃慰子殿下御撰)
                    (渋沢子爵家所蔵)
 - 第24巻 p.544 -ページ画像 
○上略
一四月廿二日三井男爵ヨリ使ヲ以テ、同家ヨリ参万円寄附ノ事
一高木・斎藤ノ按ヲ穂積ニ送附シ、同人ニ社団法人ノ起草ヲ渋沢ヲ以テ依頼ス
一五月二日午後五時ニ松方・香川・渋沢・高木・実吉・大倉・近藤来邸、他ノ委員ハ不参、穂積甲乙二葉ノ草按持参ニテ来邸、社団法人ノ規則ニ法リ、参会者種々討論ノ結果、多少修正ノ事トナリタリ
一修正ノ草按穂積ヨリ送付ニ付、松方・渋沢各委員ニ送付ニ及ヒシニ格別ノ異論ナシ
○下略


東京慈恵会総裁威仁親王妃慰子殿下御事蹟 東京慈恵会編 第五四―六七頁 大正五年六月刊(DK240062k-0002)
第24巻 p.544 ページ画像

東京慈恵会総裁威仁親王妃慰子殿下御事蹟 東京慈恵会編
                            第五四―六七頁 大正五年六月刊
    其四 威仁親王妃慰子殿下と東京慈恵院の拡張
○上略 拡張後の医院を社団法人となすことに就ては法学博士穂積陳重に草案の起草を依頼することとなし、また有力なる華族諸氏をも招請することを協議したり。
○中略
 有力なる実業家及び華族の翼賛により、医院拡張の事業が漸く緒に就くをみそなはして殿下は更に御心を励まし、一方に社団法人としての草案を定めらるると共に、他の一方には皇后陛下の医院行啓を仰ぎまゐらせ、着々として事業の進行を図りたまひたりき。草按は先づ斎藤桃太郎及び高木院長の立案を穂積博士に送付し、五月二日松方伯・渋沢男・高木院長・子爵香川敬三・子爵実吉安純・大倉喜八郎・近藤廉平参邸して穂積博士持参の草案に就いて討論修正を加へ、五月十日松方伯・渋沢男・穂積博士参邸して再び討論修正を施し、同月二十日の総会において可決確定を見るに至れり。
○下略