デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

3章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 竜門社
■綱文

第26巻 p.134-141(DK260030k) ページ画像

明治24年10月25日(1891年)

是日栄一、当社秋季総集会ニ出席シ「実業ト学問トノ関係」ト題シテ演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第四二号・第四一―四四頁 明治二四年一一月 ○竜門社第七回秋季総集会の記(DK260030k-0001)
第26巻 p.134-135 ページ画像

竜門雑誌  第四二号・第四一―四四頁 明治二四年一一月
    ○竜門社第七回秋季総集会の記
明治廿四年十月二十五日午後一時、東京銀行集会所に於て竜門社第七回秋季総集会を開く、是より先き府下及近県之会員へ
 秋冷之候に御坐候処、愈御万祥奉欣賀候、陳者本社秋季総集会之義来る廿五日午後一時より東京日本橋区坂本町銀行集会所に相開き、青淵先生及ひ菊池・和田垣・金井・両穂積の五法学博士、益田孝君角田真平君・朝倉法学士等の演説可有之筈に御坐候間、御差繰之上御知友御同伴御来会被下度、此段御案内申上候、匆々拝具
  明治廿四年十月十九日    竜門社々長代理
                  文学士 阪谷芳郎
   追而当日準備之都合も有之候間、来る廿三日まてに来否之御一報相願度候也
と案内状を発し、委員は専らその準備をなしたり、当日総ての準備は例年の如くにして、午後一時より続々来会する者青淵先生・同令夫人穂積陳重君・同令夫人・阪谷令夫人・穂積八束君等を始め、浅野総一郎君・同令夫人・同令息・佐々木勇之助君・谷敬三君・佐々木慎思郎君・朝倉外茂鉄君・斎藤精一君・同令夫人・朝山令夫人・星野錫君・萩原源太郎君・山中譲三君・原林之助君・清水釘吉君・渡辺譲君・書上順四郎君・和田格太郎君・津田束君・玉村義子君其他百数十名にして、来賓には大倉喜八郎君・矢野次郎君・金井延君・坪井九馬三君・木村清四郎君・岩下清周君其他数十名にして、社長代理阪谷芳郎君は大坂へ旅行中に付、穂積陳重君代りて来会者を迎へ、午後二時演説会を開き
  開会之趣旨             社長代理
  商業会議所之連絡     法学博士 穂積陳重君
  労働時間の制限      法学博士 金井延君
  殖民事業          法学士 朝倉外茂鉄君
等演説あり、終て清水満之助氏寄附に係る会同者の採影をなし、更に会場を開き
  学問と実業の関係          青淵先生
の演説あり、時正に六時なり、因りて演説会場を閉ち、会員一同へ支那料理の晩餐を供し、終て三遊亭円遊一坐の落語・手品・獅子手踊及茶番等数番の余興あり、全く解散せしは午後九時なりき、当日益田孝君は差支、角田真平君は旅行先より帰京延引、菊地博士は病気、和田垣博士は差支にて、何れも来会しがたきよし申越されたり
因に記す、総集会開設に付本社へ金円・物品を寄附せられたる諸君は左の如し
  一金四拾円             青淵先生
 - 第26巻 p.135 -ページ画像 
  一金参円              穂積陳重君
  一金参円              阪谷芳郎君
  一金参円              穂積八束君
  一金参円              渋沢篤二君
  一総集会会員の写真大判廿余枚    清水満之助君
    但これハ同氏指名にて会員へ分ちたりし
  一同アートタイプ数百枚       製紙分社
    但これは次号の雑誌に附けて各会員へ配付すべし


竜門雑誌 第四四号・第一―八頁 明治二五年一月 ○実業ト学問トノ関係(於秋期総会)(青淵先生演説 新井田次郎君速記)(DK260030k-0002)
第26巻 p.135-137 ページ画像

竜門雑誌  第四四号・第一―八頁 明治二五年一月
    ○実業ト学問トノ関係(於秋期総会)
                   (青淵先生 演説 新井田次郎君 速記)
皆サン今日ハ竜門社ノ秋季総会デ、諸博士・学士又ハ高等商業学校長ノ方々マデモ尊来下サレマシタハ、社員御一同モ嘸ゾ感喜ニ堪ヘヌ事ト存ジマス、私ニ於テモ此来賓ニ対シ、此会ノ光輝ヲ御添ヘ下サレタ事ト感謝ニ堪ヘマセン次第デ御坐イマス、少々他ノ用事デ此会ニ臨ミマスノガ延刻致シマシタ為メニ、諸君ノ貴重ナル御演説ヲ悉ク拝聴スル時間ヲ得マセンデ御坐イマシテ、甚ダ残念千万ニ存ジマス、斯様ニ有名ナ諸君ノ光臨ヲ得追々繁盛ヲ致シテ行ク事ハ、詰マリ竜門社ノ幸ナルノミナラズ、国家ノ利益トモ云ヒ得ラルベキコトヽ考ヘマスレバ私ニ於テモ玆ニ一言ノ辞ヲ申上ゲマセンデハ甚ダ相済マヌコトヽ考ヘテ、不弁ヲモ省ミズ玆ニ一場ノ演説ヲ致シマス訳デ御坐イマス
今私ガ玆ニ申上ゲヤウト云フコトハ、是迄諸君ノ段々御述ベニナリマシタ如キ、学問的或ハ朝倉君ノ唯今御演説ノアツタヤウナ、遠大ノ希図ヲ有ツタ考ヘナドヽハ違フテ、至テ卑イ且ツ誰レモ云テ居ル云ハヾ簡易ナ事柄デアリマス、其演題ハ「実業ト学問トノ関係」ト云フ趣意デ御話シヲシヤウト考ヘマス、実業ト学問トノ関係ト云フ事ハソナイニ喋々云ハナイデモ分リ切ツタ事デナイカト申セバソレデモ済ム話シ併シ少シ打クダイテ申シテ見ルト、此関係ト云フモノニハ、学者モ実業者モ余程注意ヲセネバ相成ラヌコトデアラウト考ヘルノデ、少シ御長クナリマセウガ、過越シ方ヨリ追々申述ベテ、叮嚀ニ御話シヲ致シテ見タイト考ヘマス、凡ソ世ノ中ノ事物ヲ取扱テ行ニハ、先ツ熱心トカ丹精トカ若クハ上手トカ云フ、漢語デ云ヒマスト巧妙トデモ云ヒマセウカ、又ハ剛毅トカ耐忍トカ種々ナル必要ガアルニ違ヒナイ、左様ナイロイロナモノガナケレバ、世ノ事物ハ程好ク成立テ行カナイト云フ事ハ、智者ヲ須タズシテ知レル話デアル、去リナガラ其事物ガ果シテ世ノ中ニ成立テ行クニ付テハ、前ニ申シタ外ニ最ウ一ツ必要ナル点ガアル、ソレハ何カト云フト、斯ヽル事柄ト云フモノハ斯ヽル道理ニ依ラネバ成立タヌモノデアル、斯ヽル物ト云フモノハ斯様ナル道理ヲ履マネバ成就セヌモノデアルト云フ、其事物ヲ成スニ付テ必要ナル道理ト云フモノガアル、此道理ト云フ者ガ即チ実業ト学問トノ関係ノ湧イテ来ル原素デアラウト考ヘル、其道理ト云フ者ヲ種々昔シカラ経験シ、若クハ書物上ノ分析カラ段々磨上ゲテ行クノハ即チ学問デ、其学問ヲ実業ニ応用シテ始メテ天下ノ事成就セザルナシ、併シ之ハ独リ此
 - 第26巻 p.136 -ページ画像 
ノ日本ニ於テ申スバカリデナク、大層ニ申ソウナラバ海ノ東西ヲ問ハズ時ノ古今ヲ論ゼス、凡ソアリトアラユル物事、又世ノ中ニ国トシアリ、人トシ存シ在ル上カラニハ、今申ス一ツノ要点ハ免レザル事デアル、唯ダ其分界ガ段々密ニナリ、其区域ガ判然分レル程其国柄ガ進ンデ参ル、又国柄ノ野蛮ナ程其分界ガ分レ兼ネテ、其区域ハ至テ粗デアルト云フヤウニ見ヘルカト考ヘマス、例ヘバ欧羅巴ノ英吉利デアレ仏蘭西デアレ独逸デアレ或ハ亜米利加デアレ、文明ヲ以テ称スル国柄ニ付テ能ク考ヘ、又実際ヲ見渡シテモ今ノ区域ガ甚ダ能ク分ル、之ニ反対シテ野蛮ナル国柄、即チ御気ノ毒ナガラ朝鮮ト云フヤウナ所ハ至テソコガ分ラナイ、詰マリ実業ニ学問ノ応用ガナイ、一ト通リノ考ニヨリマスレハ、一体此実業ト学問ト分レタ方ガ人間ニ智慧ノナイノデアル、何モ学問ダノ実地ダノト云テ引分ケルニ及バナイ、若シ大変ニ智慧ガアツテ学問ト実地トヲ成就サセル、実業兼学問ト云フ人間ガドンドン出来テ来タナラバ、二ツニ分レルニ及バナイト云フ疑ヒガ起ル、詰リ欧米ノ人間ハ馬鹿デ却テ朝鮮アタリノ分ラヌ人間ガ利口カトマデ論スル事モ出来ル、併シ最ウ一ツ考ヘテ見ルト云フト、其分ル程ノ智力モナシ分ル程ノ必要カナイ為ニ、ソウ云フヤウニ実業ト学問ガ混沌トシテ居ルト申サネバ相成リマスマイ、日本モ大キナ声デハ申サレマセンガ、ズツト昔ハイザ知ラズ明治元年迄ノ間ハ其区域ガ甚分レナイ又其応用抔ト云フ事モ或ル場合ニ於テハ、立派ニ申サレナカツタト云ハネバナラヌカト考ヘマス、ソウシテ見ルト、野蛮デアツタト一ト口ニ云ハネバナラヌヤウニナルカモ知レマセンカ、ソレハ姑ク措イテ二三百年モ太平ガ続イタ、仮令小ト雖トモ三千万ノ人数ヲ有ツテ居ル、是丈ノ国ハドウ云フ有様デアツタカト云フト、三百年以前カラノ我々ノ先祖ノ実業ヲスル人ガ馬鹿デアツタカト云ヘバ、ソレ計リデハアリマセン、或ハ幾分カ智識ガ足ラナカツタカモ知レナイガ、学問ト云フ其モノガ能クナカツタ、学問ト云フモノハ、実地ニ応用シ得ラレナイモノヲ学問ト唱ヘテ居タ、先ツ重立チタル学問ト云フト、漢籍ヲ修メル人ハ儒者学者ト唱ヘ、其教ヘ方ハ私モ学者デナイカラ極ク細カニハ申上ラレマセンガ、併シ四書五経位ハ素読シタカラ其大意ハ云ヒ得ル概略此ノ儒者学者ノ教ヘル大体ト申スモノハ、一ト口ニ云フト修身、斉家、治国、平天下、成程理屈ハ同ジ事デスガ一ト云フ数カラ百万ト直グ飛ブヤウナ話デアル、勘定ハ抑モ荒ツポイ、一カラ百万マデ飛ブト云フ勘定ノ仕方デアル、身ヲ修メ家ヲ斉ヒ国ヲ治メ天下ヲ平カニスル、天下ト云フト其時ハ何処ヲ指シタカ知ラナイカ、今天下ト云ヘバ全地球オシナラベテ天下ト云フテ宜フ御座イマセウ、シテ見ルト身ヲ修メルト云フノハタツタ一個人デアル、家ヲ斉ヒルト云フノハ夫婦掛向ヒデ家ヲ斉ヒル、丁度一トカ半トカ云テ一百万一億万ト云フ風ニ、飛ブト云フ荒ツポイ教ヘ方ヲシテ居タ、故ニ先ツ書物ヲ読マセルト云ツテモ、例ヘバ四書五経或ハ十八史略・国史略又ハ詩経・文選抔ヲ読セル、其間ニハ小学モ蒙求モ読セルト云フヤウニ、小サナ修身上ノ教ヘ方モアリマシタケレトモ、修身斉家治国平天下ヲ教ヘルト云フノガ学問ノ要点デアツタ、千万人ノ中一人ノ非常ナ才力ヲ有ツテ、左様ナ荒ツポイ教育デモ充分利用スル、例ヘバ木下秀吉若クハ徳川家康ト云
 - 第26巻 p.137 -ページ画像 
フ人デアツタナラバ、丁度ヨカツタカモ知レナイガ、ソウ云フ人ガ三千万人ノ中ニ無暗ニアラレテハ日本ハタマラナイ、又果シテ有リモシナイ、故ニ此教育法ハ御祖父サンガ大変ニ丹精シテ身代ガ直ツテ来タソレマデハ百姓ナレバ鍬ヲ把リ商人デアルト算盤バカリハジイテ居ル其息子ニナツテ親ノ丹精ニ依テ財産ガ出来ルト少シハ学問モセネバナルマイ、是カラ師匠ニ就テ子曰ヲオソハツテ来ル、遂ニ史記ヲ読ミ漢書ヲ読ミ少シ学才ガアリテ詩モ作レバ文章モ書ケルト、此人ハ直様治国平天下ヲ唱ヘル、甚シキハ十八史略デ治国平天下ガ直ク出来ル事ト考ヘルカラ、ソリヤ是レシキノ事ト大変ニ志ガ高尚ニナツテ、自分ノ身体ハ……絵ニ書イタ福助見タヤウ頭バカリガ大キクナリ、トウトウ頭ガ重イカラ学問デ顛ルニ相違ナイ、直クニ家ヲ潰シテ仕舞フ、ソレデ「売家ト唐様デ書ク三代目」ト云フ川柳モ尤モデアル、左様デアルカラ商人ハ利巧デス、四角ナ文字ヲ書クヤツハ滅多ニ婿ニスルナ、成程四角ナ文字ハ害ガナイケレトモ、其気風ノ行走リガ害テアルカラ、遂ニソレヲ擯斥セザルヲ得ナイト云フ有様ニナル、先ツ幕府時代ノ学問ト云フモノハ実業ト相懸隔シタノデ、斯ク申シテモ敢テ誣ユルデハ御坐イマセン、即チ国ヲ治メ天下ヲ平カニスルト云フコトガ学問デ、之レハ孔子ノ悪ルイノデモナク支那人ノ悪ルイノデモナク、幕府時代ノ書物ヲ読ンダ人ノ考ヘガ間違ツタ、又之ヲ見ル人ノ思入リガ違ツタト云ハナケレバナラナイ、併シオシナベテ云フト、世ノ進ミガ未ダソコマデ至ラナカツタト云ハナケレバナリマスマイカ、右ノ有様デ経過シテ来マシタカラ、幕府ノ盛ンナルトキ若クハ末ニ至ルマデモ、商売工業若クハ農業ト云フモノニ対シテ、前ニ申上ゲタル、斯ヽル仕事ハ斯様ナ道理ニ依テ為シ得ベキモノデアルト云フノ攻究ニ付テハ、悲イ哉充分ニ究メル事ヲ、日本デハ為シ得ラレナカツタト云ハナケレバナラナイ、殊ニ商売ナドニ付テハ他ノ関係カラ抑制ヲサレ、又工業ニ付テモ牽束ヲ受ケタカラ其発達ガ乏シイ、ソレノミナラズ、今申ス重モナル関係カラシテ、分ルベキ部分ハ分レ、付クベキ部分ハ密着シテ進ムト云フ事実ハ一ツモナカツタト申サネバ相成ラナイ、幸ニ御一新後世間ニ於テモ早クソレヲ見テ、ドウシテモ事物ニ付テ学問ノ応用ヲ為シ得ナケレバ、其事ハ大キクモナラヌシ、上手ニモナラナイ、尚ホ強メテ云ヘバ、拡張シ得ラレナイト云フ事ニ考ヘヲ付ケラレテ、今日デハ五ツニモ六ツニモ分レテ居リマス、就中化学ナドヽ云フモノハ充分ナル教育法ヲ施サレタ、先ツ目ノ着ケ所ガソコニ至ツタノハ誠ニ辱ケナイ、之レガ必要デアルト政府ノ着目サレタト同時ニ、世間一般モソコヘ着目サレタト申シテ宜シイ、去リナガラ其頃ニハ着目ハサレタガ思入リハ大ニ卑ウアツタト申サネバ相成ラナイ(未完)


竜門雑誌 第四五号・第一―五頁 明治二五年二月 ○実業ト学問トノ関係(承前)(青淵先生演説新井田次郎君速記)(DK260030k-0003)
第26巻 p.137-139 ページ画像

竜門雑誌  第四五号・第一―五頁 明治二五年二月
    ○実業ト学問トノ関係(承前)(青淵先生 演説 新井田次郎君 速記)
曾テ十一・二年前デス、私ガ瓦斯ノ営業ノ事ニ付イテ東京府ニ属シテ居ル瓦斯局ト云フモノヲ世話シテ居リマシタ、此ノ瓦斯局ト云フノハ理学的ノ仕事デアルノデ、技術師ヲ一人雇入レネバナラナイ、ソレマデハ外国人ヲ雇フテ居タケレトモ、外国人ニ暇ヲヤツテ日本人デヤル
 - 第26巻 p.138 -ページ画像 
ヤウニシタイ、東京大学ノ応用化学ト云フ学問ヲシタ人ヲ頼ンダナラバヨカラウト云フ考ヘヲ以テ、今ノ総長ガ以前ニ総理ヲシテ居ル頃デアツタ、大学ヘ出テ其人ヲ推挙シテ呉レト云フ事ヲ頼ミマシタ、彼レガヨカラウ之レガヨカラウト其時分ノ教師ノ方々モ相談シテ、或ル一人ヲ撰定シテ呉レタ、ソコデ其人ニ就イテ相談シテ見ルト云フト、此人ハ第一ニドレ程ノ給金ヲ呉レルカ、又ドウ云フ位地ニ使フカト云フ尋ネデスカラ、ドウモ左様ニタント給金ハヤレナイ、東京府ノ瓦斯局ト云フモノヲ支配スル場所ハ府会ト云フモノデ、ソコニ対スル人ハ是程ノ給料シカヤレナイ、又其位地モイキナリ長ト云フ訳ニハ行カナイト云フモノハお前一人デハ安全ト云ヒ切レマイト思フ、依テ副長ト云フヤウナ位地デ見習ツテ、直チニ他ノ助ケヲ得スシテヤルト云フ場合ニ至ルナラバ、位地モ進メ給料モ上セルト云フ事ハ為シ得ラルヽデアラウト云フ、コチラノ企望ヲ相談シタ所ガ、其人ハマー云ハヾ民間ノ事業ト云フデモナイケレトモ、併シ官ノ仕事ト云フデモナシ、而シテ給金ハト云フト何レ方々ニ学校ガ出来ル、其教師ニナルヨリモ安イヤウニ思フ、左様ナ名誉モナケレバ利益モ少ナイト云フ所ハ望マシクナイト云ツテ断ツタ、向フノ注文ノヤウニハコチラデ給料ハ出セナイ、大ニ苦ンダガ、再ビ思フニ、全体此人ハソレ程慾張リソレ程名誉ヲ重ンズルト云フデモナイヤウダガ、学生達ノ思入リハ偖テ偖テ歎ハシイ今ノ辞ニ依ルト其人ノミノ考ヘデアルカハ知レナイガ、其辞ノ中ニ大学中ノ生徒一体ノ顔ニ対シテモトアツテ見ルト、大学生徒諸氏モ皆ナソウデアルト想像サレル、シテ見ルト其ノ辞ハ人民ノ事業ハ卑イモノノヤウニ見テ、東京府ニ附属シテ居ルト云フカラヨイケレトモ、併シナガラ教員ヲスルノト違ツテ、第一ニ自分デ実務ヲ執リ、職工ト同ジニ働カナケレバナラナイ、ソウシテ人ノ突合デモ、役人ト云フヨリハ大変位地ガ卑イヤウニ見ラレル、お負ケニ給料ガ高クナイ、ソレジヤ否ヤダト云フヤウニ聞エル、最ウ一歩進ンデ商売社会デ頼ムト云ツタナラバ、左様ナ所ハ割合ガ高クナクテハ行カナイト云フヤウナ語気ニ聞エタ、私ハツラツラ考ヘテ、之レハ困ツタ事タ、私一人デ大学ヲ持張ル所ノ租税ヲ納メルト云フ人間デハナイケレトモ、国民ノ租税ヲ以テ是丈ケノ教育ヲシテ呉レルト云フノハ、国家ヲ裨補スル為ニ違ヒナイ、国家ヲ裨補スルニハお役人サヘ造レバ日本ノ国ガ大変強クモナリ富ミモスルト云ヘヌ事ハ弁ヲ須タズシテ明カデアル、然ルニ此所デ学ブお人達ガ、左様ニ実際ノ商売若クハ工業ニ付イテ働クト云フ事ヲ卑メ、且ツ嫌フト云フ風ガアツタ日ニハ、一体此ノ学校ハ何ノ必要ニナル、一雨一雨段々卒業生ハ出来ルニ相違ナイ、其人ハ皆ナ役人タラザレバ教員、世界中――世界中ト云フノハ悪ルイガ、日本中役人・教員ホカナイト云フ理屈ニナル、此ノ好イ時機ニ向ツタト思ヘバ、ソウ云フ意見デ居ラレテハ大変ナ事ダト考ヘタ、ソレカラ加藤先生ヘ行ツテ此人丈ケノ思入デアレバ先ツ恕シマス、併シ大学ハソウ云フ意見ダト云フヤウニ聞ヘル、大学ハト云フノハ大学ト云フ其物デハナイガ、大学ノ生徒ハ皆ナソウ云フ思想ヲ有ツテ居ルト云フヤウニ聞ヘル、若シ果シテソウデアツテ其意見ノミガ進ンデ行キマシタナラバ、出来ル者モ役人・教員、又出来ル者モ役人・教員デ、遂ニ此日本ハお役人様ト
 - 第26巻 p.139 -ページ画像 
教員ノ外ニ人間ガナクナルト思ハナケレバナラナイヤウニ相成リマス仄カニ聞クニ、独逸・英吉利アタリデ、一事業ヲ起スニ付テ其技術師ヲ雇入ル有様ハ恰モヨイ息子ヲ拵ヘテ婿ノ口ハナイカ、ヨイ娘ヲ養育シテヨイ嫁入リ口ハナイカト双方共ニ鑑定シ合フテ、丁度其望ミガ合スルト云フヤウニナツテ居ルニ引換ヘテ、マルデ反対ナル企望ヲ有ツテ居ルト云フ事デアツタナラバ、極ク詰メテ云ツタナラバ、教育ヲシテ呉レナイ方ガヨクナリハセヌカト思フ、唯ダ文字上サヘ整ヒ、理論サヘ充分ニ云ヒ、役人サヘ利巧デアツタナラバ、日本ハ富ミ且ツ強クナリ得ルモノト思フテ御坐ルカ、ソウ云フ筈ハアルマイ、今ノ傾キヲ増長サセタナラバ、畢竟何処マデ走ラナイトモ申サレマセンカラト云フ意見ヲ、充分ニ申述ベタコトガアリマス、大学総理モ今申ス辞ニ付テ余程強ク感触サレテ、如何ニモ左様デアル、ドウシテモ実業ニ学問ヲ応用サセルヤウニ是カラ先キ、大学ノ方針ヲ充分執テ行カネバナラヌト云フ事ヲ私ニ向テ篤ク云ハレタ、ソレハ即チ明治十四・五年ノ頃ノ事デアル、即チ最初学問ヲ応用サセルヤウニト云フ事ニ気付イテ、文部省ヲ置カレテモ尚ホ五年七年ノ間ハ、今申スヤウナ有様デアツタト云フ事ハ、此一事デ立派ニ証拠ヲ立テラレナイケレトモ、一般ノ傾キヲ証スルニ足ルト申上ゲラレマセウカ(未完)


竜門雑誌 第四六号・第一―六頁 明治二五年三月 ○実業ト学問トノ関係(承前)(青淵先生演説新井田次郎君速記)(DK260030k-0004)
第26巻 p.139-141 ページ画像

竜門雑誌  第四六号・第一―六頁 明治二五年三月
    ○実業ト学問トノ関係(承前)(青淵先生 演説 新井田次郎君 速記)
夫カラシテ又十年立ツテ居ル今日デハソンナ者ハナイ、段々大学若クハ商業学校デ作上ゲラレタ方ハ沢山アルガ、今日ノ御方ハ今申上ゲル瓦斯局ニ雇フヤウナ事ヲ申ス人ハ一人モナイ、僅カ十年デ其傾向ガ我我ノ望ム方ニ趨ツテ参ツタノハ、大変ニ喜バシイ事ト思フテ居リマスル、併シ蜀ヲ得テ隴ヲ望ムト云フ事ハ人情免レナイ事デ、今日トテモ学者ト実業ノ分界ガ明カデアツテ、又能ク密着シテ居ルカト云フト、余程欠ケル所ガアラウト思ハレル、ドウモ学者ノ方カラ云フト実業家ガ悪ルイト云フ、実業家カラ云フト学者ガ未ダ足ラナイト云フ、此ノ争ヒハ今此処デ討論会ヲ開イテ、夜ノ明ケルマデヤツテモ論ハ干ナイ私ハ実業家ト云ハレル方ノ位置カラ申シマスカラ、即チ私ハ実業ノ方ヲ此トシ学者ヲ彼レトシテ論ジナケレバナラナイ、敢テ差別ヲスルト云フ趣意デハナイケレトモ、ドツチニモ足ラナイ所ガアルト云ハナケレバナリマセン、明治十四・五年ノ時代ハ昔ノ夢ト過去ツテ、今日ハ左様ナ道理ノ分ラナイ、左様ナ憂フベキ思想ハナイ、一番前ニ申シタ凡ソ物ヲ整ヘルニ付テ斯カル道理ガアル、其道理ハ学理ヲ応用シナケレバナラヌト云フ事ハ実業家モ知テ居ル、又ソレハ個様ニシナケレバナラヌモノデアルト云フ、応用シヤウト云フ学者ノ思入リ丈ケハ宜イ併シナカラ実業家ハ、此ノ学者トカ若クハ技術家トカ云フモノヲ、充分利用シテ行カウト云フ考ヘハ甚ダ不熟練デアル、又不丹精デアル、一方ノ学者ノ方ノガワモ、是迄ノ稽古ノ仕方ガ人ノ為メニスルト云フ方ニ傾イテ、自ラ行フト云フ方カ少イト云ハナケレバナラヌカト思ハレル、実際効能ヲ著シク挙ゲテ行クト云フ学ビ方ハ、畳ノ上デ講釈スル学ビ方ニ比スルト甚タ見栄ノ悪イト云フ事ハ、ドノヤウナ物事ニモ
 - 第26巻 p.140 -ページ画像 
免レナイモノト考ヘル、席上ノ御話ヲ都合好クシテ行カウト云フ事ハ事実ニ遠イ、殊ニ細カニ行届クト云フ場合ニ至ラヌト云フ事モ亦以テ免レナイ、人ニ教ヘルト云フノト、其事業ヲ自分デ執テヤルト云フ方ノガワノ稽古ノ仕方ト云フモノハ、均シク稽古デアリ均シク学問デアルガ自ラ大差ガアラウト思フ、然ルニ未ダ今日デモ己レ自身デヤルト云フ方ノ趣意デ学ブヨリハ、人ニ教ヘルト云フ方ノ性質ガ或ハ多クアリハセヌカト私ハ彼ニ対シテ云ヒタイ、故ニ此ノ出来掛ツタ御人ノ其事ニ従事スルニ付テハ、マー理屈上デハ斯ウ出来ル筈ダガヤツテ見ルトソウハ行カナイ、或ハ仕向ケ方ガ悪イカラソウ行カナイト云フヤウナ事物モ、或ル場合ニハ随分多イヤウニ考ヘラレル、詰マリソレダニ依テ物ノ見方、即チ学問ヲ修メタ御人達ノ見方ハ初メヲ安ク見ル、ヤツテ見テ難イ所ヲ知ルト云フヤウナ部分ガ甚ダ多イ、之レハ凡テ学問ヲシタ方ノ人ニ付テ現在アラウト思フ、又反対シテ実業家ノ方ヲ云フト学問ノ道理ガアツテモ或ル場合デハ斯ウ云フ所モアルカラ、コヽハ此レ程ニヤツテ貰ハネバナラナイ、コヽハ是丈ケ応用ヲシテ貰ハネバナラヌト云フ、自分ガ自ラ其事ヲ支配シ行ク丈ケノ考ヘヲ以テ、学問ヲ利用スル事ガ出来ナイ、今申ス部分ハ多ク技術ニ属スル方ナレトモ例ヘ技術ニ属スル部分デモ、唯ダ書物ノ上ハ知ツテ居ル丈ケデハ事物ハ成就セヌモノテアル、総テ物ニハ、千差万別ト云フ道理カアツテ之レニ応セネハナラヌ、然ルニ実業家ハ千差一様ノ考ヲ以テ学者ニ頼ムト云フ意見デアルカラ、或ハ余計ニ頼ミヲ属シタリ、又ハソレガ思フヤウニ行カナイト俄ニ其信用ヲ損シテ、学問ト云フモノハソレ程利クモノデナイト、苦情ヲ云ハレルヤウニナツテ来ルト思フ、又或ル場合デハ凡ソ斯ウ云フ事柄ハ斯カル道理、斯カル事柄ハ斯カル手続デ、斯ウ云フ訳ダカラ是丈ケノ運ビガナケレバイクマイト云フ、其始メヲ詳カニスルト云フ事ガ此ノ実業社会ニ乏シイ、事ヲ創メルニハマー凡ソ此位デ行キソウナモノダト云ツテヤリ出ス、スルト学者先生モ亦事実ニ暗ヘカラ、先ツヨカラウト云ツテヤリカケル、偖テヤリカケテ見ルト、組立モ堅固デナケレバ資本モ充分ナ見込ヲ立テズニ企テルカラ、ソウ金ヲ掛ケラレテハ困マル、お前ガ最初要《イ》ルト云フナラバ、企テハシナイ、ソンナ事ヲ云フケレトモ、イクラト云ツタガ悪ルイカ知レナイケレトモ是丈ケ要《イ》ルダラウト云ツタ、ソウハ云ハナイ、抔ト実業者学者間ニ水掛論ヲ生スルハ毎々見聞スル事テアル、之ハ実業ヲ為ス人ガ、其筋道ニ依テ其事ヲ詳カニセザルヨリ生スル弊ト思ハレル、此ノ学者ノ弊害ト実業家ノ弊害トヲ見テモ、学問ト実業トノ密着シテ居ルト云フ事ハ、今日未ダ以テ満足トハ申シ得ラレナイカト私ハ考ヘマス果シテソレハ充分ニ行カナイデ宜シイカ、先ツ其位ノ者デアルカト云フコトニ至テハ、私一人デハ判断ガ仕切レマセンガ、既ニ前申ス通リ国ノ進ミ方ガ高クナル程其分レガ明ニナツテ、又密着ガ強クナルト云フ判断ニシテ、大ニ間違ツタモノデナイト申シ得ルナラバ、今現在ノ有様デハ、決シテ私一人ノ考ヘノミナラズ、世ノ中一般ニ満足シタトハ申サレヌデアラウト考ヘル、即チ気向キハヨクナツタガ、未ダ事実ガ運バヌト云フ時デアルト申サネバナラナイ、既ニ学問カ実業ニ応用スルノ必要ハ十年ノ昔ニ生レ出テ、独リ生レタノミナラズ、ユガミナ
 - 第26巻 p.141 -ページ画像 
リニモ一人歩行キヲスルモノニナツタト思フ今日ニ於テハ、尚ホ向フ十年モ立ツタナラバ、最ウ一ツ能ク働クヤウニナル事ハ、何ント勘定ニ入レラレルデハ御坐イマスマイカ、果シテソウデ御坐イマスナラバ即チ前ニ申ス通リ仕事即チ実業ト云フモノガ学問ヲ充分ニ応用シナケレバ、為ス事ガ出来ナイト云フ事モ又……道理デアルト云フナラバ、お互ニ力ヲ尽シテ其時機ニ至ラシムル事ヲ努メネバ相成リマスマイ、幸ニ今日ハ其学問ニ御従事ナサル諸君ガ大分御臨席ヲ下サレ、又竜門社ト申スモノハ、中ニハ幼穉ナ人達モ多ウ御坐イマセウケレトモ、即チ之レヲ称シテ実業者ノ人ト云ツテ宜シイノデアル、丁度此ノ二ツガ密着シテ益々進ンデ行クト云フコトハ、独リ竜門社ノ仕合デハ御坐イマセン、オシナベテ日本全体ノ為メト云ハナケレハナラナイ、左様ナツタナラハ一大幸福デアルト云フ事ハ申上ゲ得ラレヤウト思フ、実業ト学問ノ関係ト云フ事ハ平素ノ宿志デ御坐イマスノデ、一言ヲ述べテ諸君ノ清聴ヲ煩シマシタ所以デ御坐イマス(完結)