デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

7章 軍事関係事業
3節 日露戦役
6款 東京凱旋軍歓迎会
■綱文

第28巻 p.488-494(DK280074k) ページ画像

明治38年12月2日(1905年)

是ヨリ先栄一、東京府知事千家尊福・東京市長尾崎行雄等ト相謀リ東京凱旋軍歓迎会ヲ設立シ、是日ノ発起人会ニ於テ理事総代ニ選バル。次イデ同月十七日、上野公園ニ於テ第一回東京凱旋軍歓迎会ヲ開キシガ、栄一病気ノ為メ欠席ス。


■資料

東京凱旋軍歓迎会誌 同会編 第一―一三頁 明治三九年一二月刊(DK280074k-0001)
第28巻 p.488-490 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

東京凱旋軍歓迎会誌 同会編 第四九―一二四頁 明治三九年一二月刊(DK280074k-0002)
第28巻 p.490-491 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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渋沢栄一 日記 明治三八年(DK280074k-0003)
第28巻 p.491-492 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三八年     (渋沢子爵家所蔵)
十一月二十五日 晴 風ナシ
○上略 十時過三菱会社ニ訪問シ、陸軍凱旋ノ歓迎ニ関シ談話ス、十一時東京市役所ニテ同シク歓迎ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
十一月二十八日 晴 風ナシ
○上略 午前十時東京市役所ニ抵リ、市内有力ナル銀行会社ノ主任者ヲ会同シテ凱旋陸軍歓迎ノ事ヲ談ス ○下略
十一月二十九日 晴 風寒シ
○上略 十時東京市役所ニ抵リ陸軍歓迎ノ事ヲ協議ス ○下略
十一月三十日 晴 風寒シ
○上略 一時東京市役所ニ抵リ歓迎会ノ事ヲ協議ス ○下略
十二月一日 晴 風ナシ
○上略 午前十一時過陸軍省ニ石本次官ヲ訪ヒ、凱旋陸軍歓迎ノ事ヲ談ス ○下略
十二月二日 晴 風ナシ
○上略 午前十時東京市役所ニ抵リ、陸軍凱旋ノ歓迎ニ関シ種々ノ協議ヲ為シ、発企人ノ総会ヲ開ク ○下略
   ○中略。
十二月四日 晴 風寒
○上略 午前十時東京市役所ニ抵リ、陸軍凱旋歓迎会ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
 - 第28巻 p.492 -ページ画像 
十二月六日 雨 風寒
○上略 二時東京市役所ニ抵リ凱旋歓迎会ノ事ヲ談ス ○下略
十二月七日 雨 風寒
○上略 午前十時半新橋停車場ニ抵リ、大山総司令官・児玉総参謀長其他満州軍諸将校ノ凱旋ヲ迎フ、来衆堵ニ充テ頗ル壮観ナリ ○下略
十二月八日 半晴 軽暖
午前 ○中略 東京市役所ニ抵リ凱旋軍歓迎会ノ事ヲ処理ス ○下略
十二月九日 晴 軽暖
○上略 十一時過大山侯爵邸ヲ訪ヒ ○中略 午後二時東京市役所ニ抵リ、歓迎会理事会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
十二月十三日 曇 風寒シ
○上略 十一時東京市役所ニ抵リ、歓迎会ノ事務ヲ処理ス ○下略
十二月十四日 晴 風ナシ
午前七時起床 ○中略 直ニ褥中ニ於テ摂養ス、堀井医師来診ス
八十島親徳来ル、明日陸軍歓迎会ニ関スル理事諸氏ヲ市役所ニ会スル筈ニ付、其手続ヲ示シ、且市長其他ニ伝言シ遣ス
終日臥牀発汗シテ切ニ治療ニ勉ム
   ○中略。
十二月十六日 曇 風ナシ
○上略
八十島親徳来リ、明日歓迎会ノ手続 ○中略 ヲ談ス ○下略
十二月十七日 雨 寒シ
○上略
此日ハ凱旋陸軍大歓迎ヲ上野公園ニ開設スルニ付、頃日来主トシテ之ヲ担当シ来リシモ、病ノ為メ出席シ得サルニ付、千家・尾崎氏等ヘ電話ニテ其由ヲ通ス、朝来風降出《(雨)》セシモ軍人及市民共ニ群集シテ、歓迎会ハ都合能ク相済ミタル旨、夕方千家・尾崎其他ヨリ報告アリタリ
   ○中略。
十二月二十五日 晴 軽暖
○上略 午前十時東京市役所ニ抵リ、凱旋軍歓迎会理事会ヲ開キ要件ヲ議決ス ○下略


渋沢栄一書翰 尾崎行雄宛 (明治三八年)一一月二五日(DK280074k-0004)
第28巻 p.492-493 ページ画像

渋沢栄一書翰  尾崎行雄宛 (明治三八年)一一月二五日  (福島誠嘉氏所蔵)
  三白、案内致し候主人側は台下のみにても可然と存候、もし小生御連名之方便宜と御考に候はゝ、差支無之候に付、連名に御取計可被下候也
拝啓、過刻御打合申上候来る廿八日午前十時頃より東京市役所に於て会同相試度、人名は別紙之通にて可然歟と存候に付、名前書差上申候尚御心附も有之候はゝ御差加へ可被下候、尤も此会合は只凱旋之陸軍歓迎之件に付少々心附候義有之候間、一応御会同相願、御協議相試度云々と申趣意にいたし候はゝ、余り命令的にも不相成候に付、気受にも差障り申間敷と存候、尤も会同之節に何か原案無之ては不都合に付是迄市役所に於て御取調相成候もの数葉浄写被成置、一同へ相談之材
 - 第28巻 p.493 -ページ画像 
料に致度と存候、是又御取計可被下候、右乍延引書中奉得芳意候
                           拝具
  十一月廿五日              渋沢栄一
    尾崎行雄様
            梧下
 尚々大島男爵会長之実業団と申ものも、或は打合候方歟と存候得共余り多人数之会同にて或は纏り方如何と存候に付、最初之会合には見合候方と存し相省き候義に御座候、為念此段も申上候也


(八十島親徳) 日録 明治三八年(DK280074k-0005)
第28巻 p.493 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三八年   (八十島親義氏所蔵)
十二月十五日 曇 寒シ
早朝出勤、午前市役所内ノ凱旋軍歓迎会会議室ニ至リ、男爵病気不参ニ付テノ伝言ヲ申陳フ、些事ニモ群議百出、我々ノ目ニモ如何ニモ妙ニ映ス、而カモ実業界ノ歴々ノ御揃ヒナルニ ○下略
十二月十六日 晴
○上略 午後ハ飛鳥山ヘ拝訪、男爵床上ニハ在ラルヽモ熱モ無ク大ニ快方此分ナラバ明日ノ凱旋歓迎会ニモ出ラレソーダトノ話 ○下略
十二月十七日 雨 日曜
本日ハ兼テ千家知事・尾崎市長及渋沢男爵ニヨリテ主唱発起セラレタル大規模ノ凱旋陸軍歓迎当日ナルニ、大山大将ニハ誠ニ天気ノ回リ合セ悪シク、昨夜マデ星ノキラキラセシ上天気モ、生憎ナル哉、今朝ハ雨トナリ、終日小ヤミモ無シ、去レド今更式ハ延引出来ズ、順序ハ総司令部及近衛師団各部隊日比谷公園ニ集合シ、同処ヨリ凱旋行列ヲ形作リ、新橋ニ出テ大通筋ヲ上野ニ行進、旧馬見所跡式場ニテ式辞ノ朗読式アリ、兵ハ夫ニテ退場、将校ハ園遊会ニ移ル次第ナルガ、渋沢男アリテコソマトマリシ此大計画ニ、男ハ風邪ノ為出席出来ズ、遺憾千万也


中外商業新報 第七一九二号 明治三八年一二月五日 凱旋歓迎準備理事会(DK280074k-0006)
第28巻 p.493 ページ画像

中外商業新報  第七一九二号 明治三八年一二月五日
    凱旋歓迎準備理事会
四日午前十時開会尾崎市長・大鳥・渋沢・大倉・早川・加藤・園田・添田・荘田・中野・安田・松田・松尾代理木村・肥塚の諸氏出席、陸軍よりは菊地中佐臨席し、種々協議の末、先日理事に一任されたる規程第三条の金額を十円と定め、一般有志の寄附に依ること、近衛・第一両師団の兵員を凡八回位に分ちて招待すること、会場は上野・日比谷の両所と定め、大なるときは上野に於て、小なるときは日比谷公園に開催すること等を決定して散会せり


中外商業新報 第七一九九号 明治三八年一二月一三日 陸軍歓迎寄附金(DK280074k-0007)
第28巻 p.493-494 ページ画像

中外商業新報  第七一九九号 明治三八年一二月一三日
    陸軍歓迎寄附金
陸軍歓迎会の寄附金中、大口申込の分は既に記載せるが、尚其後確定せるもあり、当初来申込の重なるものを挙ぐれば左の如し
 東京市   五〇、〇〇〇   三井家   二〇、〇〇〇
 - 第28巻 p.494 -ページ画像 
 岩崎家   二〇、〇〇〇   日本銀行  二〇、〇〇〇
 正金銀行  一五、〇〇〇   郵船会社  一五、〇〇〇
 日本鉄道  一五、〇〇〇   第一銀行  一〇、〇〇〇
 十五銀行  一〇、〇〇〇   興業銀行   五、〇〇〇
 勧業銀行   五、〇〇〇   大倉組    五、〇〇〇
 渋沢男爵   一、〇〇〇   浅野総一郎  一、〇〇〇
 原六郎    一、〇〇〇   大橋新太郎  一、〇〇〇
尚此外安田・古河其他の富豪を始め、炭礦鉄道会社・各取引所、電灯瓦斯両会社、各電鉄会社等よりも申込あるべしと


中外商業新報 第七二〇一号 明治三八年一二月一五日 凱旋軍歓迎会理事分担(DK280074k-0008)
第28巻 p.494 ページ画像

中外商業新報  第七二〇一号 明治三八年一二月一五日
    凱旋軍歓迎会理事分担
東京市の凱旋軍歓迎会にては、来十七日第一回歓迎会挙行当日の理事分担を、如左決定せり
 総務係 尾崎行雄 渋沢栄一 千家尊福
 式場係 大鳥圭介 曾我祐準 松田秀雄 肥塚竜
 接待兼立食場係 井上角五郎 早川千吉郎 大岡育造 加藤正義
  相馬永胤 園田孝吉 松尾臣善 荘田平五郎
 余興係 安田善次郎 大倉喜八郎 添田寿一 中野武営 岩出惣兵衛