デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.14

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
1款 同族
■綱文

第29巻 p.5-8(DK290001k) ページ画像

明治6年8月13日(1873年)

是日栄一、芝崎確次郎ニ命ジテ越生村ニ、養子平九郎ノ首級ヲ求メシメ、更ニ七年十二月黒山村ニ遺骸ヲ尋ネ之ヲ収メテ帰リ、上野寛永寺ニ於テ仏事ヲ営ミ、谷中ノ墓地ニ改葬ス。


■資料

青淵先生六十年史 竜門社編 第二巻・第一〇六五―一〇六八頁 明治三三年二月刊(DK290001k-0001)
第29巻 p.5 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編  第二巻・第一〇六五―一〇六八頁 明治三三年二月刊
 ○第六十章 家庭
    第六節 渋沢平九郎伝
○上略 平九郎ノ討死シタルハ明治元年五月二十三日午後四時頃ニシテ、時ニ年二十二、後明治六年八月青淵先生家人芝崎確次郎ニ命シ、越生村ニ到リ首級ヲ求メシメ、翌年十二月黒山村ニ到リ遺骸ヲ尋ネシメ、之ヲ収メテ帰リ、上野寛永寺ニ於テ仏事ヲ営ミ、谷中ノ墓地ニ改葬ス ○下略


渋沢家文書(DK290001k-0002)
第29巻 p.5 ページ画像

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飯乱遺聞 【△華雑巻十六ノ十四】(DK290001k-0003)
第29巻 p.5-6 ページ画像

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渋沢平九郎墓誌(DK290001k-0004)
第29巻 p.6 ページ画像

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渋沢平九郎墓誌(DK290001k-0005)
第29巻 p.6-7 ページ画像

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青淵先生六十年史 竜門社編 第二巻・第一〇九九―一一〇一頁 明治三二年六月再版刊(DK290001k-0006)
第29巻 p.7-8 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編  第二巻・第一〇九九―一一〇一頁 明治三二年六月再版刊
 ○第六十章 家庭
    第六節 渋沢平九郎伝
○上略
  渋沢平九郎君碑
青淵渋沢君。当元治慶応之際。騁文成曲逆之智。能輔翼明主。既而海内治平。人競智術。君乃奮陶朱猗頓之才。大経営事業。亦偉人也。而其義子。曰平九郎諱昌忠。死節於武州入間郡黒山村。実明治元年五月廿三日也。後三十一年。青淵長子篤二。介尾高惇忠。求銘其墓。惇忠者昌忠胞兄。曾与昌忠及渋沢成一。結彰義隊。可謂一門多奇士矣。按昌忠君。本姓尾高氏。武州榛沢郡下手計村長。保孝第五子。母渋沢氏外舅青淵君。仕徳川幕府。蒙命遊学仏蘭西。例当立嗣。乃養君為嗣。明治戊辰。王師東征。指徳川氏為賊。而臣僚鳴寃不已。結義挙兵。君
 - 第29巻 p.8 -ページ画像 
為彰義隊伍長。三月赴上毛。糾合義徒。既而隊兵大敗。閏四月。成一惇忠等起兵武蔵。号振武軍。君為中隊長。屯飯能駅。五月廿二日。官兵三千余人来攻。時吾兵僅三百五十人。惇忠曰。以寡伐衆非夜襲不可乃分兵為三。襲敵営。未至而天明矣。敵兵来逼。君従成一。逆戦激闘二時。敵益加我無後援遂敗。廿三日。君変装潜行。至入間郡黒山村。適芸州兵巡邏誰何之。君知不免。抜刀傷其三人。踞石自刃。時年二十二。君容貌明秀。音吐清朗、宛乎美少年也。幼時聞浄瑠璃曲。戯倣之自協音節人奇之。然性好武。学無念流刀法。与人角技無或及者。嗣渋沢氏折節読書略通大義。当是時。大将軍徳川公主開国。衆論喧然。君亦疑之。一日詣兄惇忠。論時事。惇忠諭以公忠誠無他。其摸倣外国所以図強兵也。君大其服言。君死後廿六年。静岡人須永信夫。訪惇忠曰僕頃与芸州人川合鱗三語。及戊辰事。鱗三為官軍隊長。其部兵与徳川氏遺臣。戦入間郡。失其腕。敵亦屠腹死。今蔵其所用小刀。不知其為何人。実壮士也。無乃令弟乎。惇忠驚喜。使信夫通其意。鱗三贈以刀且道其時事。撿之果遺刀也。惇忠示之青淵。青淵曰。是足以証児之死節矣。嗚呼。青淵成一郎惇忠。並以事業学問。為当世名士。然若使其死三十年前。豈得成名如今日乎。君若不死其所成就未可測也。惜夫。遂為之銘曰。
君将去江戸。大書其壁曰。楽人之楽者。憂人之憂。食人之食者。死人之事。嗚呼一死矣。不欺其志。
  明治三十一年六月
                   東京 依田百川撰


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一三年(DK290001k-0007)
第29巻 p.8 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一三年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
五月廿三日 晴
休日
午前十時ヨリ谷中天王寺ヘ罷出
平九郎先生十三年忌執事左之目録ノ入用相掛リ自弁候事
○中略
奥方様御墓参、回向料金三円寺ヘ被遣候事、外ニ小僧ヘ五十銭被遣候事、回向終テ御墓参之上直ニ御帰館
   ○本資料第一巻所収「幕府仕官時代」明治元年五月二十三日ノ条参照。