デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

1章 家庭生活
2節 健康
■綱文

第29巻 p.134-138(DK290042k) ページ画像

明治36年11月20日(1903年)

是日栄一、インフルエンザニ罹リ喘息ヲ併発ス、次イデ中耳炎ニ変ズ。十二月一日鼓膜切開ノ手術効ヲ奏シ稍快方ニ向フ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三六年(DK290042k-0001)
第29巻 p.134 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三六年     (渋沢子爵家所蔵)
十一月廿一日 晴
昨夜ヨリ風邪気ナルヲ以テ、日本銀行ニ開会スル幣制会議ニ不参ノ事ヲ電話シ、十一時兜町事務所ニ抵リ、直ニ王子別荘ニ帰臥シ、医師ヲ招キテ診察ヲ乞フ
十一月廿二日以後病気快方ニ至ラス、其夜ハ喘息症ナリシモ、廿四日夜ヨリ中耳炎ト変シ、且種々ノ余症ヲ発シ、翌年二月廿九日迄ハ読書執筆ヲ全廃セサルヲ得サリシニヨリ、日記モ中略スルニ至レリ ○下略
   ○十一月二十二日ヨリ十二月三十一日マデ記事ノ記載ヲ欠ク。

 - 第29巻 p.135 -ページ画像 

渋沢栄一 日記 明治三七年(DK290042k-0002)
第29巻 p.135 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三七年     (渋沢子爵家所蔵)
明治三十七年三月一日 曇
午前七時起床、病稍愈ルヲ以テ、此日始テ病牀ヲ離レテ、平常ノ居間ニ起臥スルヲ得タリ、然レトモ未タ執筆等ノ自由ヲ得ス、午後ハ加古 ○賀古鶴所・堀井ノ二医師来リテ、中耳ト身体トノ診察ヲ受ク
三月二日 曇
午前七時起床、昨日ト同シク病牀ヲ離レテ居間ニ起臥ス、午前ト午後ト各十分間許ノ室内運動ヲ為ス、午後諸井恒平来リテ、煉瓦会社ノ営業方針ヲ協議ス、吉岡新五郎来リテ人造肥料会社ノ事ヲ談ス、堀井医師来診ス、篤二・敦子等来ル
三月三日 曇
午前七時起床、昨日ト同シク居間ニ於テ起臥ス、午後室内ノ運動ヲ試ム、大川照子来話ス、石井健吾来談ス、横山徳次郎氏、武・正二児ト共ニ来ル、修学上ノ事二児ニ諭示ス
三月四日 雨又曇
午前七時起床、起臥昨日ト同シ、午前後ニ於テ室内ノ運動ヲ試ム、日日気力ノ回復ヲ覚フ
三月五日 雨
午前七時起床、起臥昨日ト異ナラス、明日国府津ニ転地スヘキヲ以テ旅中ニ要スル書籍等ヲ撰択ス、午後歌子・琴子・尾高父子等来話ス


竜門雑誌 第一八七号・第三七―三八頁 明治三六年一二月 ○青淵先生の病状(DK290042k-0003)
第29巻 p.135 ページ画像

竜門雑誌  第一八七号・第三七―三八頁 明治三六年一二月
○青淵先生の病状 青淵先生には、去十一月二十一日「インフルヱンザ」に冒され、喘息をも併発し、体温三十八・九度の間に昇降しければ、土屋医学士及堀井宗一両氏主治医となり、ベルツ・賀古両国手も亦往診せられ、王子の別荘に於て静養せられつゝありしが、越へて二十四日夜半より左耳の内部に疼痛を覚へられたるより、早速賀古医学士の診察を受けられたる処、全く「インフルヱンザ」より中耳炎に変性せるものなりとのことにて、爾来疼痛烈しく、体温三十八・九度の間にあり、容易に降下の状あらざりしかば、若し化膿する様の事ありては大変なりと、一同大に心配し、賀古医学士を主治医とせられ、一切の面会談話を禁し、数名の看護婦をして看護の任に当らしめたるが其後幸に病勢も進まず、本月一日に於て鼓膜を切解せられたる所、其翌日より大に疼痛を減し、且つ体温も降りて最早や化膿の恐れもなく従て局部切解の大手術を施さるゝなくして日々快方に向はれたり、唯唯局部の滲出物は未だ除去するに到らざるも、其疼痛は極く軽微にして、体温は三十七度前後の平温となられたれば、遠からず全快せらるべき見込なり、而し目下の快方期が病気の為め最も大切なれば、多少脳髄の刺撃となるべき世事、其他の用談、新聞の閲覧等は勿論、一切の面会等を禁止せられ、唯々家人及び近親の方々と、全く世事以外の冗談を試みられる外は、僅に退屈凌きの為め和歌及漢詩を詠出せらるるのみにて、只管静養せられつゝありと云ふ ○下略


竜門雑誌 第一八八号・第三五―三六頁 明治三七年一月 ○青淵先生の病気次第に快癒す(DK290042k-0004)
第29巻 p.135-136 ページ画像

竜門雑誌  第一八八号・第三五―三六頁 明治三七年一月
 - 第29巻 p.136 -ページ画像 
○青淵先生の病気次第に快癒す 前号所報以来青淵先生には日増に快方に赴かれつゝあるも、主治医の注意に依り目今の回復期に於て最も大事を取られて、一切の用談、世事を放れ、専ら韻逸・和歌等の道を楽まれて静養せられつゝあり、猶聞く所に拠れば来月初頃より転地療養を為さるゝならんといふ


(八十島親徳) 日録 明治三六年(DK290042k-0005)
第29巻 p.136-137 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三六年     (八十島親義氏所蔵)
十一月廿一日 晴
(欄外)
 青淵先生より昨夜ヨリ寒冒ニ喘息併発出勤無シ
十一月廿四日 曇 寒シ
○上略
青淵先生ハ引続キインフルエンサニ喘息ニテ、朝七度四分、夕八度位ノ熱アリ ○下略
十一月廿五日 曇 寒シ
○上略
青淵先生不相変王子引籠、本日ハベルツニ受診、賀古氏モ連日来診、之ハ喘息ノ点ヨリ鼻ノ治療ト申事也、病症ハインフルエンザニ喘息併発、夫レニ左耳ニ痛ミアリ、若中耳炎ナドニナル事アリテハ大変ナリトテ専ヲ精神ヲ落付ケ静養ヲ医士より勧告セラル
○下略
十一月廿六日 暁雨晴
○上略 男爵此度ハ常ノ寒冒トチガヒ難渋セラレ、且医ノ厳戒ニ依リ真ニ静養セラル、先今日ノ処ニテハ中耳炎ノ恐ハナサソー也、熱ハ朝七度二分、夜八度位、最静養ヲ要ストノ事ナレドモ ○下略
十一月廿七日 午後雨夜大雨
○上略 男爵ハ愈中耳炎ニテ(廿四日来)発熱、王子ニテ臥床、一切ノ談話ヲ始メ凡ヘテノ用事厳禁也 ○下略
十一月廿八日 晴
○上略 男爵引続キ夜分ハ八度以上、毎日午後三時賀古氏来診、今日ノ処ニテハ、通風機ノ手当ニテ大率治療スヘキ見込ナルモ、向後両三日ノ模様ニヨリテハ、鼓膜切開、耳ノ後骨切開ヲ要スル事モアルベキカト云フ、兎モ角大病也、近親ト雖モ来客面会謝絶セラル
○下略
十一月三十日 晴
○上略 午後四時佐藤三吉氏来診、矢張賀古氏ト同シ見立ニシテ、男爵ノ中耳炎ハ、未タ切開手術ヲ要スル迄ニハ至ラサル診案ノ様子也、熱八度以上疼痛モアリ
○下略
十二月一日 雨 寒シ
○上略 男爵ノ病気見舞来人多シ ○中略 今日午後賀古氏ノ手ニテ鼓膜ノ一部ヲ一寸切開セシ由、但之レハ手術ト云フ程ノ事ニハ非スト云フ、但今夜ヨリ男爵体温モ疼痛モ大ニ快方トノ事也
予カ宅ヘモ電話ニテ男爵ノ病状ヲ尋ヌル人多シ、島田三郎・矢野次郎
 - 第29巻 p.137 -ページ画像 
氏等ヨリ今日モ問合ハセアリ
十二月二日 晴
○上略 男爵ハ引続キ体温卅七度台ニ下リ、疼痛モ軽減ノ旨 ○下略
十二月三日 晴 北風寒シ
○上略 青淵男引続キ快方、即疼痛減シ、熱ハ七度位ニ下リシモ、賀古氏ノ診察ニテハ、未局部ノ炎状ハ回復セザルニ依リ、最静養ヲ要ストテ目《(見)》ル事聞ク事動ク事厳禁、只食事ノトキヲ除クノ外ハ、只床上ニ平臥セラルヽノミ ○下略
   ○中略。
十二月七日 晴 寒シ
○上略 男爵ハ引続キ快方ト申ス事也 ○下略
十二月九日 晴 暖
○上略 十二時五十分上の発ノ汽車ニテ王子行、男爵ヲ見舞フ、今日ヨリ全ク疼痛去ル、但尚耳鳴アリ、熱ハ素ヨリ平温トナリタレトモ、医診ニテハ患部全癒セズ、尚通風ノ節多少プツプツト云フ音アリ、依テ今後一週間位ハ、要談ハ勿論、談話・読書等厳禁、ヒタスラ静養スルノ外ナシト云ヘリ ○下略
   ○中略。
十二月十四日 晴 風アリ
○上略 男爵続テ快方ノ趣也 ○下略
   ○中略
十二月十六日 雨
○上略 順次御快方ナルモ、賀古氏ハ未タコミ入リタル要談ヲ厳止セリ、滲出物全ク去ラサル為ト云フ、男爵ハ御床上狂歌・歌・詩等、沢山吟詠アリ
○下略
十二月廿二日 晴 朝四十度
○上略 引続キ快方ナルモ、兎角捗々シカラズ、詩歌ノ作ナドニ退窟《(屈)》ヲ消サルヽ位ニシテ、俗事・世事等ノ談話ハ尚一切厳禁ナリ ○下略
十二月廿五日 晴 暖
○上略 男爵続テ快方ナルモ、未タ滲出物全ク吸収サレ尽スニ不至、年内ハ到底要談解禁ニ至ルマジキ見込ト賀古氏被申、更ニ今日モ療治ノ実地ニ臨ミタルニ、通風機ニテ通風スル事数回也、左耳ヨリ懐中時計ヲ隔ツル事稍三寸位迄、漸ク聞コユト云フ ○下略
十二月廿七日 日曜 北風ハゲシ
○上略 男爵ハ引続キ快キ方也 ○下略
   ○中略
十二月卅日 晴
○上略 男爵漸次快方
○下略


(八十島親徳) 日録 明治三七年(DK290042k-0006)
第29巻 p.137-138 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三七年   (八十島親義氏所蔵)
一月一日 快晴 暖
○上略 男爵《(ニ)》ヲ病床ニテ祝詞申陳ブ、同男爵ハ旧冬来稀ナル不愉快裡ニ越
 - 第29巻 p.138 -ページ画像 
年セラシモ、快方ナルハ何ヨリ目出度シ ○下略
   ○中略。
一月七日 快晴 寒ノ入リ但暖
○上略 男爵ヲ見舞フ、若主人及若夫人ノ一行ト一坐トナル、男爵モ引続キ快方ニシテ、徒然ノ余リ和歌・狂歌等続々詠出セラレ、多クハ中村秋香・小出粲氏等ニ添削ヲ乞ハレツヽアリ ○下略
   ○中略。
一月十三日 朝晴午後曇夕雨 暖
○上略 青淵先生大ニ快方、大率廿五日頃ヨリハ用談ヲ始メ、月末ニハ起床ノ上、転地モ可然位ノ見込ノ由、賀古氏ノ話也 ○下略
一月十八日 晴 大ニ寒シ朝三十三度
○上略 男爵尚静臥セラルヽモ、大ニ快気、最早一週間以内ニハ室内運動モ差支ナキニ至ラン見込、但数日前ヨリ腸カタルヲ起シ、聊御難渋ノ御様子也 ○下略
   ○中略。
一月廿六日 晴 厚氷酷寒
○上略 男爵耳ハ快方、今日モ賀古氏来車診療ノ処、拝見セシニ、最早滲出物モ止マリ、キコエモヨキモ、只自鳴《(耳カ)》ハ尚止マズ、但殆本復ニ付、御本人ノ御気分次第ニテ入浴モ、又多少ノ用談モ差支ナシト云ヘリ、但十日前ヨリ下痢アリ、尚止マズ、其為気分モ多少悪シキ方ナリト云フ、矢張リ御床上ニ在リ ○下略
   ○中略。
一月卅日 暖 小雨
○上略 男爵ハ続テ耳疾御快復ナリシニ、今朝ヨリ聊眩暈及頭痛アル為メ男爵ハ病室ヲ出テラレズ ○下略
二月二日 晴
○上略 今日当リハ頭痛大ニ軽快ナリト、今日ハ穂積夫人モ来車アリ ○下略
   ○中略。
二月廿九日 晴
○上略 青淵男大ニ御快方 ○下略