デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

6章 旅行
■綱文

第29巻 p.453-454(DK290146k) ページ画像

明治32年3月12日(1899年)

是日栄一、東京ヲ発シ浦賀ヲ経テ大磯ニ赴キ、二十三日帰京ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三二年(DK290146k-0001)
第29巻 p.453-454 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年     (渋沢子爵家所蔵)
三月十二日 晴又陰
午前七時五十五分ノ汽車ニテ浦賀ニ赴ク、梅浦精一・進経太・荒木民三郎同伴ス、午前十一時同所着、船渠及器械工場其他ノ建造物ヲ一覧ス、所員一同ヲ同所ニ設ケアル倶楽部ニ会シテ、将来ノ企望ヲ述ヘテ其注意勉力ヲ勧告ス、午後三時帰途ニ就テ、大船ヨリ路ヲ転シテ大磯ニ抵リ、祷竜館ニ投ス、皆川夫人ノ病ヲ訪フ、此夜皆川四郎氏モ来会ス
三月十三日 晴 風強ク寒甚シ
皆川夫妻ト共ニ終日祷竜館ニ会談ス
三月十四日 晴
朝来喘息ノ発作アリテ帰京スルヲ得サルニ付、電報ヲ発シテ海上保険会社ノ重役会及桂陸軍大臣ノ夜宴ヲ謝セシメ、終日褥中ニ在テ養痾ス東京宅ヘ書状ヲ発ス
養育院幹事安達憲忠来リテ、慈善会ノ事ヲ談ス
三月十五日 晴
喘息ノ気味尚未タ愈ヘス、此日ハ井上伯ヨリ招宴ノ約アリシニヨリ、特ニ書ヲ以テ之ヲ謝ス、東京宅ヘモ書ヲ送ル、褥中養痾ノ外他事ナシ
三月十六日 暴風雨
 - 第29巻 p.454 -ページ画像 
宿痾快方ニ赴カサルニヨリ、医師吉鸖某ヲ聘シテ診察ヲ乞フ、軽症喘息ノ由ニテ所方ヲ示ス、午後北垣国道氏来リテ函樽鉄道ノ事ヲ話ス、唐崎恭二来リテ岩城炭坑会社ノ事及長門無煙炭会社ノ事ヲ話ス、且唐崎身上ノ事ニ関シ請求アレトモ、承諾シ難キニ付拒絶ス、此日モ褥中ニ在テ養痾ス、明十七日花月楼ニ於テ法典調査会ノ諸氏招宴ノ案内ヲ為セシモ、病気ニヨリ延会ノ事ヲ通知セシム
三月十七日 半晴
朝河村隆実・二橋元長ニ電報ス、蓋シ昨夜同氏ヨリ帰京ノ日ヲ問合セノ来電アリシニヨル、朝二条公爵・島津伯爵ヘ返事ヲ発ス、佐々木勇之助・書上順四郎・尾高惇忠・河村隆実等ヘ書状ヲ発ス
三月十八日 晴
午前十一時佐々木勇之助氏来ル、銀行事務数件ヲ協議ス、午後一時商業会議所書記南須原巻五郎来ル、本年ノ予算編成ニ付定式総会ノ事ヲ談ス、鹿子木耀之進来リテ朝鮮地方ニ拓地起業ノ事ヲ話ス、横浜書上ヨリ来状アリ、此日佐々木氏ノ帰京便ニ託シテ東京ヘ書状ヲ発ス(井上勝氏・兜町八十島宛・深川篤二宛及二橋元長ヘノ返翰等ナリ)
三月十九日 晴
午前十時河村隆実・佐分利一嗣二氏来リ、京坂鉄道ノ事ヲ談ス、此夕東京皆川氏ヘ電報シテ明日来磯ノ事ヲ促ス、此日ヨリ喘息病大ニ快方ニ赴キ、終ニ《(日カ)》読書又ハ遊戯ニ消閑ス
三月二十日 晴
朝兜町宅ヘ書状ヲ発ス、此夕皆川氏東京ヨリ来着ス、終日読書又ハ遊戯ニ消閑ス
三月二十一日 晴
朝浅野総一郎氏来ル、伊藤侯爵ヘ紹介ノ事ヲ話ス、依テ人ヲ遣シテ侯ノ邸ヲ伺ハシメタルモ、東京ニ在ルヲ以テ訪問ヲ為サス、皆川四郎氏ヘ京坂鉄道ノ事ヲ談話ス
三月二十二日 晴 少風
此日ハ帰京ノ筈ナリシモ、風強キヲ以テ一日ヲ延引スル事トシ、商業会議所及兜町宅ヘ其趣ヲ電報ス、市役所浦田治平氏ヨリ電報来リテ、明日帰京ノ事ヲ促シ来ル
三月二十三日 晴
午後一時大磯発、皆川四郎氏同行ス、三時過東京着 ○下略


竜門雑誌 第一三〇号・第三七頁 明治三二年四月 【青淵先生 には去る十一…】(DK290146k-0002)
第29巻 p.454 ページ画像

竜門雑誌  第一三〇号・第三七頁 明治三二年四月
○青淵先生 には去る十一日《(十二日)》 ○三月浦賀なる東京石川島造船所船渠を臨視せられ、帰途大磯に於て静養せられしが、去る二十三日を以て帰京せられり