デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
1節 東京市養育院其他
1款 東京市養育院
■綱文

第30巻 p.115-130(DK300003k) ページ画像

明治43年6月13日(1910年)


 - 第30巻 p.116 -ページ画像 

是ヨリ先明治三十二年十二月、当院ニ於テ看護婦養成ヲ開始ス。是日栄一、ソノ卒業証書授与式ニ出席シ演説ヲナス。後大正八年更ニ産婆養成ヲ初ム。爾来屡々之等ノ卒業式ニ出席シテ訓辞ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK300003k-0001)
第30巻 p.116 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年     (渋沢子爵家所蔵)
六月十三日 晴 暑
○上略 大塚町養育院ニ抵リ看護婦ニ卒業証書ヲ付与シ、後一場ノ訓諭演説ヲ為ス ○下略
   ○是日ノ演説筆記ヲ欠ク。


東京市養育院月報 第一一二号・第一六―一七頁 明治四三年六月 ○看護婦の免状授与式(DK300003k-0002)
第30巻 p.116 ページ画像

東京市養育院月報  第一一二号・第一六―一七頁 明治四三年六月
○看護婦の免状授与式 六月十三日事務室楼上に於て同授与式を行ひ院長渋沢男爵・安達幹事・副医長橘卓郎、高畠・高田の両副幹事、其他医員・調薬員・事務員列席の上、院長より本院養成の看護婦に対して免状を授与せられ、尚ほ男爵は看護婦に対する希望及注意の要項を述べられ、いとも厳粛に其式を終りたり。
因に免状授与の光栄を荷ひたる、看護婦は左の九名なりとす。
  遠藤トミ   黒田マツ  古寺セツ
  天谷キク   菊池キク  正木キヌヱ
  中司ヒサヲ  南谷ミカ  島崎トモ


渋沢栄一 日記 大正七年(DK300003k-0003)
第30巻 p.116 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正七年      (渋沢子爵家所蔵)
一月十三日 晴 寒
○上略 本院ニ抵リ、板橋移転ニ関スル手続及其移転費支弁方法、其他新設ニ関スル療養所実習所等ノ事ヲ協議ス、畢テ看護婦卒業免状ヲ授与シ、掛員一同ヘ訓示ヲ為ス ○下略


九恵 東京市養育院月報第二〇三号・第二六―二七頁 大正七年一月 看護学講習終了証書授与並に優良看護婦表彰式(DK300003k-0004)
第30巻 p.116 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第二〇三号・第二六―二七頁 大正七年一月
    ○看護学講習終了証書授与並に優良看護婦表彰式
 一月十三日本部楼上に於て看護学卒業証書並に賞状授与式を挙行す
午前十時半渋沢本院長を初め、碓居医長・安達幹事、其他講師職員一同参集、先づ安達幹事の大正六年度に於ける事務報告ありて後、院長より親しく左記十二名の看護婦に対し証書若しくは賞状を授与せられたり、授与終つて院長より別項論説欄掲載の訓辞ありて式を閉づ、蛍雪の功空しからずして当日此栄誉を荷ひたる者左の如し。
 看護学卒業者
  川上たき   青木すか  小林ムメ
  伊東とみ   根岸ふじ
 勤務勉励技術優秀表彰者
  星マツイ   浜崎ひろ
 勤務勉励表彰者
  高橋たま   松井里江  横山正代
  西野クニヨ  小黒キク
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九恵 東京市養育院月報第二〇三号・第一―二頁 大正七年一月 看護学卒業証書授与式に臨みて(養育院々長男爵渋沢栄一)(DK300003k-0005)
第30巻 p.117-118 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第二〇三号・第一―二頁 大正七年一月
    ○看護学卒業証書授与式に臨みて
                (養育院々長 男爵 渋沢栄一)
 左に掲ぐるは去る一月十三日、本院に於ける看護学卒業証書授与式当日、院長の試みられたる訓辞の大要を摘録せしものなれども校閲を経ず、文責記者にあり
 本日は看護婦諸姉が年月の勤勉空しからずしてこゝに卒業証書を授与せらるゝの栄誉を荷ふ誠に慶すべき日である、予は本年に於ては今日初めて来院したのであるが、其最初の日に於てこの喜ばしき式を挙ぐるを得たる事は、予の特に喜悦を感ずる次第である、抑々吾が養育院昨年の事業に就いては、先刻安達幹事が述べられたる昨年度の事務報告によつて諸君も熟知せらるゝが如く、各種の方面に依つて年一年と進歩発展の跡を見る事を得るのは、諸君が平素勤勉の結果に因る事と深く謝意を表する所であるが、猶今後も益々鋭意世の薄幸者の為めに努力せられん事を熱望する次第である、殊に今日此処に参集する看護婦諸姉は、多くの収容病者に直接せられて日常彼等の世話を続けらるゝ人々である、凡そ世に薄倖の人は少くないが、本院に収容救護を受くるを余儀なくせられた人程不幸の人は少い、諸姉はこれ等の憐むべき薄倖者に対して敦き世話を為しつゝあるので、誠に人たるの美くしき道を踏まれて居るのである、長き年月の間には実に嫌なことも屡起るであらう、然しかゝる場合には専ら親切の真心によつて、苦しき事も嫌な事とせずして、天職に対つて励む様に努力せねばならぬ、実に親切心は人が人たるの道を踏むに最も大切なる心で、孔子も論語に人の守るべく行ふべき道を種々述べられて居るが、又之を約して「夫子の道は忠恕のみ」と云はれて居る、「忠」とは「真直の心」を云ひ、「恕」とは「思ひやり」の事である、此心を以て君に対すれば忠義となり、親に対すれば孝行となる、即ち人たるの道はこの忠恕によつて達するを得るのである、而して此の心は極めて平易に之を云へば「親切心」と云ふ語と同一となる。故にこの親切と云ふ語は最も大切な慈善事業に欠く可らざる心で、殊に収容者換言すれば被救助者に直接する者にとつて片時も欠く可らざる肝要なる精神である、然るに世が開明に向ふと各般の関係を複雑ならしめ、兎角形式に流れ易き傾向を生ずるに至る、即ち徒らに体裁を重んずるに至るのが文明に伴ふ弊であると云ひ得やう、此事は慈善事業の如き精神的事業であつては特に注意を重ねて、其精神を失ふ事なき様力めねばならぬ、勿論形式と雖猥りに捨つべきではなく、場合によつては大に重んずべき必要もあるが形式に失するが為め所謂忠恕の心を失ふが如きは、最も戒めねばならぬ事であるのである、この形式と精神、又は他の言を以て云へば理と情との関係とも云ひ得るであらう、兎角文明の進歩するや理屈に偏して情を失ひ勝ちのものである、然し諸君の如く憐なる不幸者に対して日常直接に其看護を為す人々にあつては、何処までも人間の美はしき至情に発動して彼等に対する真の心を失ふてはならぬ、即ち普通に云ふ親切心、夫子の所謂忠恕、この心は諸君が人たるの美はしき道を踏
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んで、所謂天職を完するに於て一時も離るゝ事を許さぬ心である、吾が養育院も年と共に益々改良進歩の域に進みつゝある今日に於ては、精神方面に於ても又益々其完美を図らねばならぬので、之が為めには日常収容者に直接する諸君に対しては、殊に此精神的方面について同情の至情を涵養するに力められん事誠に希望に堪えん、今日は誠に目出度き日であるについて、諸君が此栄誉を空しうせざらん事を望んで以上の事を一言した次第である


九恵 東京市養育院月報第二一四号・第二四―二五頁 大正七年一二月 看護学講習修了証書授与式(DK300003k-0006)
第30巻 p.118 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第二一四号・第二四―二五頁 大正七年一二月
    ○看護学講習修了証書授与式
十二月十三日本院楼上に於て、看護学講習終了証書授与式を挙行す
午後二時渋沢本院長を初め、安達幹事其の他講師・職員一同参集の上院長自から左記七名の看護婦に対し証書を授与せられ、後看護婦に懇篤なる訓辞ありて式を閉づ、蛍雪の功空しからずして、当日此栄誉を荷ひたる者左の如し
 藤井キチ・坂井ヒサ・片岡石野・酒井アキノ・大佐賀ミチ・小林ナカ子・倉島すい


九恵 東京市養育院月報第二三〇号・第一〇頁 大正九年四月 看護婦講習生卒業証書授与式(DK300003k-0007)
第30巻 p.118 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第二三〇号・第一〇頁 大正九年四月
    ○看護婦講習生卒業証書授与式
四月十九日午前十時本院楼上に於て第十一回看護婦講習生卒業証書授与式挙行、院長より親しく証書並に賞状を授与せられたり。
 因に本年度卒業生は左記七名にして、内一名学術優等により賞状を受く
  堀内光・中本ノイ・河森まさへ・紺野チヨ・桑原つねよ・興石なつ・中村みち
  賞状受領者 堀内光


東京市養育院月報 第二五四号・第一七―一八頁 大正一一年四月 ○看護学及産婆学講習生卒業式(DK300003k-0008)
第30巻 p.118-119 ページ画像

東京市養育院月報  第二五四号・第一七―一八頁 大正一一年四月
    ○看護学及産婆学講習生卒業式
四月十三日午前十一時より本院楼上に於て左の順序に依り、第十三回看護学講習及第三回産婆学講習生卒業式を挙行せり。
 一、一同着席
 二、看護婦及産婆養成報告(田中幹事)
 三、卒業証書授与    (渋沢院長)
 四、院長訓示
 五、卒業生総代答辞   (新井しづ)
 六、閉式
因に卒業生氏名左の如し。
 看護学講習卒業生
  新井しづ   長井春江  館内ハルヨ
  安藤せん   滝沢マサ  紺野ヤイ
 産婆学講習卒業生
  山本シヅヨ  手塚喜久  山根シチ
 - 第30巻 p.119 -ページ画像 
  仲きよ    上杉シデ
○下略


東京市養育院月報 第二五五号・第一―二頁 大正一一年五月 ○第十三回看護学講習生卒業式訓話(大意)(養育院長子爵渋沢栄一)(DK300003k-0009)
第30巻 p.119 ページ画像

東京市養育院月報  第二五五号・第一―二頁 大正一一年五月
    ○第十三回看護学講習生卒業式訓話(大意)
                 (養育院長 子爵 渋沢栄一)
 毎月十三日は本院の記念日でありますから、余程差迫つた用事のない限り、私は本院及び巣鴨分院に参りまして、或は常設委員会に列し或は事務の打合せを為し、又特に巣鴨分院児童に対しては何か話をすることに極めてゐます、今日は恰度私の出勤日で、然かも皆が幸ひにも看護婦講習生卒業式挙行の日となりましたので、院長である私から卒業証書をお渡しする事は、私の本懐とするところであります。
 只今も幹事より報告のありました通り、本院に於ける看護婦講習の制度は余程以前から行はれてゐましたが、講習修了後の資格に就いて其筋から特典を与へられる様になりましたのは、比較的新しいことではあるが、皆さんの技倆が世間に認められることゝ成つたのは兎に角喜ばしいことであります、講習に対する施設も時勢に適応した方法が講ぜられてゐるのは勿論ではあるが、之れと同時に講習を受けられる皆さんも日々に新しい知識を修めるために、いろいろ努力してゐられることゝ信じます。
 私は本年八十三歳になりますが、今でも「日に日に新にして又日に新なり」と云ふ先哲の教へを守つて、日々新智識を求むる様に心懸けてゐます、此努力こそ当然人間の務めであり、又人の本能でありますから、一度講習を了はられた皆さんも亦、此教を忘れぬ様に益々勉強されん事を希望いたします。
 それから私が常に機会のある度に繰返して申上げてゐます通り、人間と云ふものは、総べての事に親切と誠実を旨としなくてはなりませぬ、殊に皆さんの様に憐れな病人を看護するの任務に当たる人々は、この心懸が最も必要であります、然るに動もすると自分よりも身分の低い、自分よりも貧しいものに対すると、此親切と誠実を欠く如き態度を示す虞れがある、之れは人間通有の弱点のやうでありますが、然かし本院の収容者の如き境遇にある人々の中には、一種の僻みを持つたものがありまして、いろいろと人の言語動作を曲解する傾きがあるから、皆さんは此点を特に能く注意し、充分親切と誠実の精神を発揮して彼等に接触する様に努めて貰はなくてはなりませぬ、之れは独り看護婦たる皆さんのみに限らず、医員も事務員も、同様の心懸けであらねばなりませぬ、要するに其の対する処の人物に差別を設けずして其仕事に対して親切且つ誠実でなくてはならないのであるから、過ちのないやう充分此点に注意されんことを呉々も望みます。
 二年の間の奮闘的修業を積むで、玆に目出度講習を了はられ、一本立の立派な看護婦となつて、今後も引続いて本院にお務め下さる事を私は深く喜びます。


東京市養育院月報 第二七三号・第二〇頁 大正一三年四月 ○本院第十五回看護学並第五回産婆学講習生卒業証書授与式(DK300003k-0010)
第30巻 p.119-120 ページ画像

東京市養育院月報  第二七三号・第二〇頁 大正一三年四月
 - 第30巻 p.120 -ページ画像 
○本院第十五回看護学並第五回産婆学講習生卒業証書授与式 四月十三日午前十時より板橋本院楼上会議室に於て、渋沢院長以下職員列席の上、本院第十五回看護学並第五回産婆学講習生卒業証書授与式を挙行せり、式は田中幹事の講習報告に始まり、次で渋沢院長卒業証書を授与せられ、終りて卒業生に対し一場の訓話(別項説苑欄掲載)を与へらる、斯くて看護学講習卒業生総代常磐キミ別項の如き答辞を述ぶる所ありて式を閉ぢ、此日は生憎雨天なりし為め、講堂に於て記念撮影をなせり
 因に卒業生氏名左の如し
看護学講習卒業生
  柳沢タケジ  常磐キミ  篠原みつよ
  内藤マツ   山下兼代  坂本ふく
  広瀬ユウ   安島きよ      以上八名
産婆学講習卒業生
  中村ナカ   八木シゲ  米沢喜代美
  米木まさえ  中崎まさ  槙石つたへ
  林章子              以上七名
    答辞
 時は正に桜咲き乱るゝの今日、吾等の為に第十五回看護婦講習及第五回産婆講習卒業証書授与の式を挙げられ、院長閣下を始め職員諸氏の御臨席を忝けなうす、吾等の光栄例ふるにものなし、顧みれば吾等の本所に入りてより将に二星霜、今や学成るの嬉しきに逢ふ、これみな諸先生の御教導、職員諸氏の御声援の致す処なり、思ふに吾等は今漸く其業を終りしに過ぎずして、学未だ委しからず、技亦熟したりとも云ふべからず、而して社会は去年の天変地異の後、吾等を待ち吾等を望む処益々多きを加ふるに到り、吾等の任愈々重きを覚ゆ
 吾等は是より世に出でゝは、院長閣下の御訓辞、諸先生の御教訓を深く体得して、身を修め行ひを謹み、智を磨き技を錬り、以て慈愛ある看護の重任を尽さんことを誓ふ
 聊か述べて答辞となす
  大正十三年四月十三日
       第十五回看護学講習卒業生総代 常磐キミ


東京市養育院月報 第二七三号・第一―二頁 大正一三年四月 ○第十五回看護学並第五回産婆学講習生卒業証書授与式訓話(大正十三年四月十三日)(養育院長渋沢栄一)(DK300003k-0011)
第30巻 p.120-121 ページ画像

東京市養育院月報  第二七三号・第一―二頁 大正一三年四月
    ○第十五回看護学並第五回産婆学講習生卒業証書授与式訓話(大正十三年四月十三日)
                  (養育院長 渋沢栄一)
 私が毎月出勤日と定めて居る十三日、即ち本日を以て第十五回看護学並に第五回産婆学講習生のため其卒業証書授与式を挙行することゝなりましたことは、卒業生一同は素より、院長たる私も甚だ満足に思ふ次第であります
 偖て今回の卒業生は、大正十一年四月に本院看護学講習生として講習を開始せられてより玆に満二ケ年の間、或は学科に或は実習に蛍雪の労苦勉励を積みて、目出度卒業の栄誉を得られたので、唯今田中幹
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事より申上げました通り、皆さんの熱心なる勉強努力に因ると同時に教授指導の任に当られたる医務課長以下、講師・看護婦長等の丹誠の結果に外ならぬので、私は卒業生一同に御喜びを申すと共に、此機会に於きまして此等職員に対しても亦た厚く御礼を申上げます
 抑も看護婦或は産婆等といふ仕事は、数多き女子の職業の中でも、最も尊い仕事で、天職と申すも過言ではありません、従つてかゝる人道的の美はしい職業に従事せらるゝ皆さんは、将来大いなる覚悟を以て居なくてはならぬ、養育院事業に就きましては、平常私が申上げる通り単なる制度のみに依つて運用することは甚だ至難のことでありまして、どうしても人情を外にしては、完全に事業を遂行することが不可能であります、況んや本日卒業された皆さんの仕事の如きは、最も人情味を必要とすることは、改めて私が申上げる迄もなく多々例あることで、病者等に対しても取扱方の如何により彼らの感情が如何に左右せらるゝかは、蓋し思ひ半に過ぐるものであります、是は単に看護婦諸君のみならず、養育院職員の覚悟として、是非共一様に此人情味を充分加味した仕事をして行かねばならぬ、之は単に社会事業に於てのみ然かりと云ふのではなく、総べての方面に於て、例へば政治の方面でも経済の方面でも、人として世に立ち世に働らく上に於ては親切と云ふことが欠けてはならぬ、それを難かしく云えば忠恕と申しますどうか皆さんも今後此忠恕、即ち親切といふことを常に念頭に置き、不幸なる収容者のために、又た之れを大にしては国家社会のために、益々奮励せられむことを希望して止まぬ次第であります


東京市養育院月報 第二九八号・第一一―一二頁 大正一五年四月 本院看護学講習生並産婆学講習生卒業証書授与式(DK300003k-0012)
第30巻 p.121-122 ページ画像

東京市養育院月報  第二九八号・第一一―一二頁 大正一五年四月
○本院看護学講習生並産婆学講習生卒業証書授与式 四月十五日午前十時半より本院楼上会議室に於て渋沢院長以下職員列席の上、本院第十七回看護学講習生並第七回産婆学講習生卒業証書授与式を挙行せり定刻に到り一同着席するや田中幹事より講習報告を述べ、次で渋沢院長には順次卒業証書を授与し、終りて卒業生一同に一場の訓話を与へられ、之に対し吉野つね、看護学講習卒業生総代として別項の答辞を朗読して式を閉ぢ、夫れより事務所本館前庭に於て記念撮影を為せり
 因に卒業生の氏名左の如し
第十七回看護学講習卒業生
 大西秀江   遠藤はつえ  梶山花子   鈴木はつを
 高野つね   吉野つね   小林さだ   花見けさを
 渡辺静    小林直恵   賀川タマノ  荒野その
 藤井カウ   米木みちを          以上十四名
第七回産婆学講習卒業生
 土屋久子   段原ハルヨ  高野しん   丸山ミネ
 渡辺はる子  鈴木まさ   柏崎三枝   保坂おしげ
 中村小静   金子イト   福井タツ    以上十一名
    答辞
 時は正に桜咲き匂ふ今日、妾等の為めに第十七回看護学講習及第七回産婆学講習卒業証書授与の式を挙げられ、院長閣下始め職員諸氏の
 - 第30巻 p.122 -ページ画像 
御臨席を忝うす、妾等の光栄例ふるにものなし、顧みれげ吾等本所に入りてより正に二星霜、今や学成るの嬉しきに逢ふ、之れ皆諸先生の御教導の致す所なり、思ふに吾等は今漸く其の業を終りしに過ぎずして、学未だ委しからず、技亦熟したりと云ふべからず、而も社会は妾等に望む処多く、吾等の任や愈々重し、妾等は之れより世に出でゝは院長閣下の御訓示、諸先生の御教訓を深く体得して身を修め智を磨き技を練り、看護の重任を完ふせん事を誓ふ、聊か述べて答辞となす
  大正十五年四月十五日
       第十七回看護学講習卒業生総代 吉野つね


東京市養育院月報 第二九八号・第一―三頁 大正一五年四月 看護学並産婆学講習生卒業証書授与式に於ける訓諭(大正十五年四月十五日於板橋本院)(養育院長子爵渋沢栄一)(DK300003k-0013)
第30巻 p.122-123 ページ画像

東京市養育院月報  第二九八号・第一―三頁 大正一五年四月
    ○看護学並産婆学講習生卒業証書授与式に於ける訓諭(大正十五年四月十五日於板橋本院)
                 (養育院長 子爵 渋沢栄一)
 本日本院第十七回看護学講習生並第七回産婆学講習生の卒業証書授与式を挙行することゝなりましたことは、卒業生自身に取つては勿論のこと、院長たる私に於いても甚だ満足に思ふ次第であります
 偖て人は其一生涯を通じて一日も無駄な日とてはない筈である、古人も歳月人を待たずと云つて居ります通り、ウカウカ暮して居れば最も大切な時期も夢のやうに過ぎ去つて仕舞ふものである、故に寸陰をも惜んで各々其志ざす方面に努力してこそ、始めて生き甲斐ある生涯を送ることが出来るのである、斯くの如く時間は甚だ貴重なものであるが、また時としては此貴重なる時間を自己の内省の為めに費すことを忘れてはならぬ、其処に人としての進歩向上があり、従つてまた世の進歩もある所以であります、私の如きも少年時代より引続き毎夜就眠前の数分を此自己内省に費やして居るが、之れに依つて本年八十七歳の私も、其昔十五・六歳の少年時代に於ける出来事を明らかに記憶して居るのである、但し如何なる人と雖とも、生涯中の数多き出来事の総べてを悉く記憶すると云ふことは到底不可能であるが、非常な悲しみに出会つた時、又は大いなる喜びを感じた時、或は深き憤りを発した時のことなどは、如何に忘れやうとしても到底忘れることの出来ないものである、例へば唯今卒業生諸君が二ケ年間蛍雪の労苦を積み玆に芽出度卒業証書を授けられたる本日の如きは、各々方の生涯中に於ける一の喜ぶべく、又深く記念すべき日であつて、私は諸君が斯かる喜ばしき記念の日を数多く持たれむことを希望して止まぬのであります
 御承知の如く世の中には多くの事業があるが、其衝に当る者に取つては、一つとして之れが実行に困難の伴はぬものはない、就中人を相手としての事業は単に事物のみを取扱ふ仕事に比すれば、一段の困難を感ずるものである、故に人を相手とする所の仕事に従事するものは其点に就て大に考慮研究を要するのであります、英国の有名なる銀行業者であつたギルバルト氏は『銀行業者は須らく常に丁寧と遅滞なきとを旨とすべし』と云ふことを申したが、之れは単に銀行に勤務する青年達への訓言たるに止まらず、移して以て諸君に対するの訓言とす
 - 第30巻 p.123 -ページ画像 
ることが出来るのである、『丁寧と遅滞なきとを旨とする』、之れは極めてありふれた言葉のやうではあるが、然かし愈々仕事を実行すると云ふ段になると、此丁寧と云ふことゝ、遅滞なくと云ふことが容易に両立し難いもので、仕事を急げば勢ひ粗雑になる傾向を生じ、丁寧にすれば兎角遅滞を免かれぬものである、然かし此二つの条件を能く調和両立せしむると云ふことが総ての人に大切である
 私が明治六年初めて第一銀行を創立したる際、前記のギルバルト氏の言葉が、仮令洋の東西を異にするも吾々銀行業者の第一に心掛くべき名言なりと信じ、採つて以て行員の心得と致したのであります、而して之れは単に銀行家のみならず、如何なる事業如何なる仕事に従事する人々にも、決して欠くべからざる心得であり、況んや諸君の如きは単なる事物を相手の仕事でなく、不幸なる病者の味方となり助けとなつて、之れを慰さめ看護せなければならぬといふ重大な職分を持つて居る人々であるから、実は銀行家以上に此旨を体して仕事に当らなければならぬ、殊に御承知の通り養育院の事業は世間一般の他の病院抔とは全く其趣きを異にし、収容せられたる患者の如き、孰れも不運不遇の人達であり、自然感情も荒さび、理性に乏しき人々も少なくないのであるから、以上の如き注意を必要とすることは申す迄もなく、且つ私は更に之れに加ふるに親切の一事を添へたいのである、即ち諸君が其職務を行ふに当つては、常に丁寧にして遅滞なく、且つ親切を旨とせられたいのであります
 先日私は泉橋慈善病院の看護婦講習生卒業証書授与式に臨席いたしました、当日生憎会長である井上侯爵が差支への為め不参せられたので、私が副会長である関係上、会長に代つて卒業生一同に『当病院は富豪三井家の手に依りて設立されたものであるが故に、設備其他の点に於ては何等欠くる処なきものと思ふが、人は単に物質のみを以て生き得べきものではない、若し当病院に於て不足ありとせば、或は恐る親切の一事ではあるまいか、然し私は必ずしも当病院に親切が不足して居るとは申さぬが、どうか諸君は人に接するに親切と云ことを忘れぬやうに心掛けて貰いたい』と云ふ意味の話を致したのであります
 幸ひに当養育院の看護婦並に産婆養成の事も、教授指導の任に当る医長以下関係職員諸氏の努力に依り、年と共に相当の業績を収めつゝあるは誠に喜ぶべきことで、どうか卒業生諸君に於ても一層の勉強をして、本院出身の産婆・看護婦は出色ありと云はるゝやう努められむことを切に希望致す次第である、終に臨み本日此芽出度卒業式に当り諸君の将来を祝福して御喜を申上げます


東京市養育院月報 第三〇九号・第九頁 昭和二年四月 本院看護学並産婆学講習生卒業証書授与式(DK300003k-0014)
第30巻 p.123-124 ページ画像

東京市養育院月報  第三〇九号・第九頁 昭和二年四月
○本院看護学並産婆学講習生卒業証書授与式 四月十三日午前十時より本院楼上会議室に於て渋沢院長以下職員列席の上、本院第十八回看護学講習生並第八回産婆学講習生卒業証書授与式を挙行せり、定刻に到り一同著席の後、田中幹事より講習に関する報告あり、次で渋沢院長には順次卒業証書を授与し、終て卒業生一同に対し一場の訓示を与へられたり、之れに対し卒業生総代米沢しつい別項の答辞を朗読し、
 - 第30巻 p.124 -ページ画像 
最後に渋沢院長には本年四月より新たに講習を受くべき新入生に対し特に其将来の覚悟に就き懇篤なる訓話あり、斯くて式を閉ぢ直に事務所本館前庭に於て記念撮影を行ひたり、因に今回の卒業生氏名は左の如し
 第十八回看護学講習卒業生
  高尾テル    山本イサ   堀しづえ
  安部ハル子   川又とく  塩沢千鶴子
  須貝ブン    高橋ハナ   大坂サツキ
  山路操     倉持たか   宮沢きよ
  長谷川ヲフミ  小池次    大島キヨ
  段原キクヨ   小林とめ   米沢しつい
  中崎きん    園部ヨシイ  川島かねみ
                 以上二十一名
 第八回産婆学講習卒業生
  大西秀江    遠藤はつゑ  梶山花子
  高野つね    吉野つね   小林さだ
  花見けさを   小林直恵   賀川タマノ
  荒野その    藤井カウ
                  以上十一名
    答辞
玆に昭和二年四月十三日を卜し、院長を始め幹事其他諸先生の御臨場を辱うして第十八回看護学講習及第八回産婆学講習卒業証書授与の式典を挙げらる、妾等の光栄何を以てこれに例へん、顧みれば妾等が本院に入りてより玆に二星霜、蛍雪相積みて今や学成り世に出づるのうれしきに逢ふ、これ皆偏に諸先生の御親切なる御指導の致すところなり、惟ふに妾等は今唯其道に礎を定めたるに過ぎずして、其前途の務や益々繁く、其任や愈々重し、これより撓ゆまず励みて徳を修め、智を磨き、技を練り看護の任を全ふせんことを誓ふ
玆に謹みて答辞を述ぶ
  昭和二年四月十三日
             第十八回看護学講習卒業生総代
                      米沢しつい


東京市養育院月報 第三一一号・第一―二頁 昭和二年六月 ○本院看護学並産婆学講習生卒業証書授与式に於ける訓諭(昭和二年四月十三日)(養育院長子爵渋沢栄一)(DK300003k-0015)
第30巻 p.124-125 ページ画像

東京市養育院月報  第三一一号・第一―二頁 昭和二年六月
    ○本院看護学並産婆学講習生卒業証書授与式に於ける訓諭(昭和二年四月十三日)
                (養育院長 子爵 渋沢栄一)
 祝賀すべき本日、私は院長として玆に卒業生諸君に親しく証書を授与し、且つ一言申述ぶる機会を得ましたことを此上もなく愉快に存じます
 抑も我養育院が看護婦養成の事業を開始致しましたのは、唯今田中幹事より詳細に報告致しました通り、明治三十三年で御座いまして、爾来今日迄卒業生を出しますること百六十人、教授指導の任に当る医長以下関係職員の努力に依りまして、年と共に相当の成績を収めつゝ
 - 第30巻 p.125 -ページ画像 
あることは誠に喜ぶべきことで御座います、而して如何なる事業に於ても歳月を経るに従ひ、之れに練磨を加ふることは当然のことでありまして、年一年進歩発達を致さねばならぬので、之れは啻に一般の事業に就てのみならず、諸君の仕事と雖も同様であります
 人の世に処するには、単に事務に熟練するを以て事足れりと致すことは出来ぬので、更に各人の思想が高尚にあらねばならぬ、諸君の仕事は世間の看護婦と共通のものであるが、本院は御承知の通り特殊の施設であつて、世間の他の病院等とは全く其趣きを異にし、収容せられたる患者の如き孰れも不運不遇の人々であるから、従つて其取扱も単に患者に対する技術上の処置のみで十分なりと云ふことは出来ず、更に一段の考慮を要するものあるが故に、本院は特に看護婦養成機関を院内に附設し、所謂養育院気質の看護婦を養成せんとするに至つた次第であります
 却説人が其学び得た所の智識を活用するのは一に各自の働きに依るもので、それが為めには充分の勉強が必要である、故に充分勉強して智識を獲得すると共に、更に之れが進歩を計らねばならぬ、而して諸君の仕方は単に事物を取扱ふ仕事でなく、不幸なる病者の味方となり之れを慰め看護しなければならぬと云ふ重大なる職分であり、且つ相当困難を伴ふものであるが故に単に智識や技術の練磨のみに依つては決して完全に仕事を行ふことは出来ないので、必ずや親切と云ふことが之れに伴はねばならぬ、即ち親切とは言葉を換へて云へば愛であり又儒教の所謂仁である、親切は総ての事業に必要欠くべからざるものであるが、特に諸君の仕事に於ては此親切が一層必要であり、且つ其の効果が如何に大なるかをも知らねばならぬ、私は過日泉橋慈善病院の看護婦講習生卒業証書授与式に臨席致したる際も、之れと同様の意味の話を致したのであります、どうか諸君は常に勉強と親切とを旨とし、将来一層職務に精進せられむことを切望致す次第であります、以上を以て諸君の卒業を祝する御喜びの辞に代へたいと思ひます


東京市養育院月報 第三二一号・第一六頁 昭和三年四月 ○本院看護学並産婆学講習生卒業証書授与式(DK300003k-0016)
第30巻 p.125-126 ページ画像

東京市養育院月報  第三二一号・第一六頁 昭和三年四月
○本院看護学並産婆学講習生卒業証書授与式 四月十三日午前十一時より本院楼上会議室に於て、渋沢院長以下職員列席の上本院第十九回看護学講習生並第九回産婆学講習生卒業証書授与式を挙行せり、定刻に至り一同著席の後、田中幹事より講習に関する報告あり、次で渋沢院長には順次卒業証書を授与し、終て卒業生一同に対し懇篤なる一場の訓示を与へられたり、之れに対し卒業生総代青木静左記の答辞を朗読して式を閉ぢ、直ちに事務所前庭に於て記念撮影を行ひたり、因に今回の卒業生氏名は左の如し
    第十九回看護学講習卒業生
  小島カン  鈴木あきを   小野薫
  丸山みよ  佐藤きみ    森まき
  鈴木さだ  青木セイ    藤田ときの
  平野フミ  杉山よし    細田まさえ
  錦織シン  青木静
 - 第30巻 p.126 -ページ画像 
                 以上十四名
    第九回産婆学講習卒業生
  高尾テル  山本イサ    堀しづえ
  川又とく  塩沢千鶴子   須貝ブン
  高橋ハナ  大坂サツキ   倉持たか
  宮沢きよ  長谷川ヲフミ  小池次
  大島キヨ  段原キクヨ   米沢しつい
  中崎きん  園部ヨシイ   川島かねみ
                 以上十八名
    答辞
玆に昭和三年四月十三日を卜し、院長を始め幹事其他諸先生の御臨場を辱うして、第十九回看護学講習及第九回産婆学講習卒業証書授与の式典を挙げらる、妾等の光栄何を以て之れに例へん、顧みれば妾等本所に入りてより玆に二星霜、蛍雪相積みて今や学成り世に出づるの嬉しきに逢ふ、之れ皆偏に諸先生の御深切なる御指導の致すところなり惟ふに妾等は今唯其道に礎を定めたるに過ぎずして、其前途の務や益益繁く其任や愈々重し、之れより撓ゆまず励みて徳を修め、智を磨き技を練り、看護の任を全うせんことを誓ふ、玆に謹みて答辞を述ぶ
  昭和三年四月十三日
             第十九回看護学講習卒業生総代
                      青木静



〔参考〕九恵 東京市養育院月報第一六七号・第一九―二一頁 大正四年一月 看護婦の特典(DK300003k-0017)
第30巻 p.126-128 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第一六七号・第一九―二一頁 大正四年一月
○看護婦の特典 本院出身の看護婦は、府下に於て執行せる看護婦試験にいつも優良の成績を贏ち得つゝあるにも拘はらず、是迄赤十字病院出身者の如く無試験免状の恩典に浴し居らざりしが、渋沢院長及び伊丹医長か数年来屡々府へ交渉の結果、昨年十二月二十六日東京府令第四十号を以て、看護婦規則中左の通り改正せられたり
 東京府令第四十号
 明治三十三年(七月)東京府令第七十一号看護婦規則中、左ノ通改正ス
  大正三年十二月廿六日    東京府知事 久保田政周
 第二条中『二十年』以上トアルヲ『十八年』以上ト改メ、同条但書ヲ左ノ通リ改ム
   但シ官立・府県立ノ看護婦養成所、又ハ東京市施療病院・同駒込病院・同養育院・日本赤十字社ノ各看護婦養成所ニ於テ二箇年以上修業シ卒業書ヲ得タル者ハ、試験ヲ要セス免状ヲ下附ス
 附則第二十五条ノ次ニ左ノ一条ヲ加フ
 第二十六条 第二条但書ハ、大正四年一月一日以後同但書ノ各養成所卒業者ニ之ヲ適用ス
   但シ官立・府県立ノ看護婦養成所又ハ日本赤十字社看護婦養成所ニ於テ三箇年以上修業シ、大正三年十二月三十一日迄ニ卒業シタル者ニ対シテハ、審査ノ上適当ト認ムルモノニ限リ免状ヲ
 - 第30巻 p.127 -ページ画像 
下附スルコトアルヘシ
○看護婦養成規程 別項記載せる如く府令の改正と共に、本院看護婦養成規程も左の如く改正せり
    東京市養育院看護婦養成規程
 第一条 本院ニ於ケル看護婦ノ養成ハ、一般患者ヲ看護スルニ須要ナル学業ト技術トヲ教授スルヲ目的トス
 第二条 看護婦生徒志願者ハ、左ノ資格ヲ備フルコトヲ要ス
  一、年齢満十七歳以上三十歳未満ノ者
  二、身体健全ナル者
  三、品行方正ナル者
  四、配偶者ナク、且ツ家事ニ繋累ナキ者
  五、高等小学卒業又ハ是ト同等ノ学科程度ノ学力ヲ有スル者
 第三条 看護婦生徒志願者ハ、別紙第一号様式ニ依リ願書ヲ本院ヘ差出スヘシ
 第四条 看護婦生徒ハ左記試験ニ合格シタルモノヽ内、院長之ヲ選抜採用ス
  一、身体検査
  二、学科試験(高等小学校卒業程度)
    読書・作文・算術・書取
  三、試問
 第五条 看護婦生徒ニ採用セラレタルモノハ、別紙第二号様式ニ依リ誓約書ヲ差出スヘシ
 第六条 看護婦生徒ニハ手当金及賄ヲ給スル外、制服・看護衣並寝具ヲ貸与シ、院内ニ寄宿セシム
 第七条 看護婦生徒ノ講習ハ、本院ノ医員ヲシテ之ヲ担当セシム
 第八条 看護婦生徒ノ講習年限ハ満三箇年トシ毎年四月入学セシム
  学期ハ之ヲ前後ノ二期ニ分チ、一期ヲ各一ケ年半トス
  前期ハ更ニ之ヲ三学期ニ分チ、本規程第九条所定ノ学科ヲ教授シ併セテ実務ヲ課シ、後期ニ於テハ専ラ実務ノ練習ニ就カシム
 第九条 講習科目及一週授業時間左ノ如シ
      第一学期
  一 修身大意                一時間
  一 解剖学及生理学大意           六時間
  一 衛生及細菌学大意            二時間
  一 一般看護法               三時間
  一 患者運搬法               一時間
  一 薬性ノ大意及薬餌用法          一時間
      第二学期
  一 修身大意                一時間
  一 器械及繃帯学              三時間
  一 外科的消毒法・手術準備及介助方法    二時間
  一 救急処置                二時間
  一 内科病患者看護法            三時間
  一 伝染病予防消毒法並看護法        三時間
 - 第30巻 p.128 -ページ画像 
      第三学期
  一 修身大意                一時間
  一 外科病患者看護法            三時間
  一 精神病患者看護法            一時間
  一 産科・婦人科患者、及妊婦・産褥婦看護法 二時間
  一 小児科病患者看護法及育児法       二時間
  一 皮膚科病・梅毒科病患者看護法      一時間
  一 眼科病患者看護法            一時間
  一 耳鼻咽喉科病患者看護法         一時間
  一 歯科病患者看護法            一時間
 第十条 看護婦生徒ハ前期ニアリテハ毎六ケ月ニ修業試験ヲ行ヒ、後期ノ終ニ於テ卒業試験ヲ行ヒ、合格者ニハ別紙第三号様式ニ依リ卒業証書ヲ授与ス
  卒業試験ニ合格セサル者ハ、更ニ六ケ月ヲ経テ再試験ヲ行ヒ、尚合格セサル時ハ看護婦生徒ヲ免ス
 第十一条 試験成績ノ採点法左ノ如シ
   各科目満点ヲ百点トス
   各科平均八十点以上            優等
   各科平均五十点以上            及第
   各科平均五十点ナルモ一科以上四十点未満  落第
 第十二条 第十条卒業試験合格者ハ卒業後満二ケ年間給料ヲ受ケ、看護婦トシテ本院ニ勤務スベキ義務ヲ負フモノトス
 第十三条 修業中素行不良ニシテ成業ノ見込ナキ者ハ、看護婦生徒ヲ免スルコトアル可シ
 第十四条 前条ニ依リ看護婦生徒ヲ免セラレ、又ハ中途退学スル者ハ、第六条ニ依リ支給シタル手当及費用ノ全部又ハ幾分ヲ返納セシムルコトアルベシ
○下略



〔参考〕養育院六十年史 東京市養育院編 第四〇八―四一三頁 昭和八年三月刊(DK300003k-0018)
第30巻 p.128-130 ページ画像

養育院六十年史 東京市養育院編  第四〇八―四一三頁 昭和八年三月刊
 ○第五章 東京市営時代
    第一〇節 看護婦及産婆の養成
○上略 本院の収容者中には常に罹病者多くして現実の一大病院なれば、これに与かる看護婦・看護人等は特殊の知能を具ふる要がある。為めに創立以来随時簡易の講習をなし、種々修練せしめたるも、罹病者の増加するに従ひ、適当なる看護婦の養成方法を設くるの必要に迫つた従つて明治二十八年(一八九五)十二月、渋沢委員長より左の上申を為した。
○中略
 斯くて翌二十九年(一八九六)より、東京帝国大学医科大学派出医員に嘱託して六ケ月間の教育を施したるが、往々医員の交代等ありて養成上充実せざる憾みある為め、明治三十二年(一八九九)十二月、看護婦養成方を申請して認許を得、医科大学へ担任医員を嘱託したるに、十二月二十二日付を以て光田健輔・菅井竹吉の二名に担任申付け
 - 第30巻 p.129 -ページ画像 
たる旨達せられた。こゝに於て看病法講習手続を定め、十二月下旬より該講習を開始したのである。講習年限は一ケ年とし、講習生には食料及制服を給して院内に宿泊せしめ、且つ講習生は年齢十八年以上三十年以下の女子とし、入学試験を行ふて合格者を選抜することゝし、又看護婦希望の者にして、年齢不足の者又は学力不足の者は、予備生とする制を設けた。これと同時に保姆講習生及同予備生制を設けて、保姆養成にも努めたのである。
 爾来逐年講習の卒業生を出し、本院出身の看護婦は、府下に於ける看護婦試験に優良の成績を示すものあるに至り、遂に大正三年(一九一四)十二月二十六日、東京府令第七十一号(明治三十三年七月)看護婦規則中、左の通り改正を見るに至つた。
 第二条中「二十年」以上とあるを「十八年」以上と改め、同条但書を左の通り改む
 但し官立・府県立の看護婦養成所、又は東京市施療病院・同駒込病院・同養育院・日本赤十字社の各看護養成所に於て、二箇年以上修業し卒業書を得たる者は、試験を要せす免状を下附す
こゝに於て大正四年以来、本院講習所出身看護婦は、無試験にて免状を得ることゝなつた。右府令の改正と共に、本院看護婦養成規程をも改正実施して今日に至れるが、明治三十四年(一九〇一)より昭和七年(一九三二)までの卒業生数を示せば左の通りである。

図表を画像で表示--

   卒業年度  卒業生数   卒業年度   卒業生数          人             人  明治三十四年  五     明治四十年   七  明治四十三年  九     大正十二年   八  明治四十五年  七     大正十三年   八  大正元年          大正十四年  一二  大正二年    七     大正十五年  一四  大正三年    九     昭和元年  大正五年    九     昭和二年   二一  大正六年    五     昭和三年   一四  大正七年    七     昭和四年   一三  大正八年   一二     昭和五年   一二  大正九年    七     昭和六年   一四  大正十年    七     昭和七年   二〇  大正十一年   六     合 計   二三三 



 備考 右卒業生毎年別に於て明治三十五年より同三十九年まで、及明治四十一年・同四十二年・同四十四年・大正四年は卒業生なし
 叙上の如く看護婦の養成は疾くより施設したるが、本院入院患者中には、往々にして妊婦あり、出産する場合も亦尠からぬ。こゝに産婆養成の必要を生じ、大正八年(一九一九)四月左の上申を為した。
 未庶発甲第二八六号
 本院入院患者中には往々妊婦有之収容者出産する場合も不尠、就ては在職看護婦に此種素養を与ふることは極めて必要なる次第に有之尚本院看護学卒業後進んで産婆試験応試の志願者も不尠、此種講習の開催は双方の便宜と存候に付、別紙規程に依り開講致度候条、御承認相成候様致度、此段上申候也
 - 第30巻 p.130 -ページ画像 
  大正八年四月二日
        東京市養育院長 市参与 男爵 渋沢栄一
    東京市長 法学博士 子爵 田尻稲次郎殿
      追て本件開講に付ては差向き特別の経費は必要無之候也
これに対し、左の通り指令された。
 四月二日付未庶発甲第二八六号を以て上申相成候院内に産婆講習会開始の件、承認候也
  大正八年四月十四日
          東京市長 法学博士 子爵 田尻稲次郎
    東京市養育院長 市参与 男爵 渋沢栄一殿
爾来院内に産婆講習会を開始し今日に至れるが、大正九年(一九二〇)以来の卒業生数を挙ぐれば左の通りである。

図表を画像で表示--

         人          人 大正 九年  一二   昭和二年  一一 大正 十年   五   昭和三年  一八 大正十一年   五   昭和四年  一〇 大正十二年   六   昭和五年   八 大正十三年   七   昭和六年   八 大正十四年   八   昭和七年  一〇 大正十五年  一一   合 計  一一九 昭和元年 



   ○本資料第二十四巻所収「東京市養育院」明治二十八年十二月七日ノ条参照。