デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
1節 東京市養育院其他
2款 岡山孤児院
■綱文

第30巻 p.366-367(DK300030k) ページ画像

明治44年5月19日(1911年)

是日栄一、当院ニ到リ現状ヲ視察シ、院児ニ一場ノ訓話ヲナシタル後、寄附ヲナス。次イデ大正三年二月二十二日、青年会館ニ催サレタル院長タリシ故石井十次追悼演説会ニ臨ミ追悼演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK300030k-0001)
第30巻 p.366 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四四年     (渋沢子爵家所蔵)
五月十九日 晴 暖
○上略 九時過岡山孤児院ヲ訪ヒ、各室ヲ一覧シ、経理ノ概況ヲ質問ス、終ニ入院女児ニ対シテ一場ノ訓示ヲ為ス ○下略
   ○訓示ノ速記ヲ欠ク。


竜門雑誌 第二七七号・第六五―六九頁 明治四四年六月 ○青淵先生関西紀行(塘茂太郎君)(DK300030k-0002)
第30巻 p.366 ページ画像

竜門雑誌  第二七七号・第六五―六九頁 明治四四年六月
    ○青淵先生関西紀行 (塘茂太郎君)
  青淵先生には日本女子大学校評議員として、同じく評議員なる大隈伯爵・森村市左衛門翁・成瀬校長と共に、女子高等教育奨励の為め兼て同校基金募集の目的を以て、去五月十四日東京出発、大阪・神戸・岡山及び京都の各地を巡歴せられ、同二十二日帰京せられたり。左に掲ぐるは其紀行の概略なり。
○中略
五月十九日(金曜日)
 本日大隈伯は一行と分れて津山町に赴かれ、青淵先生始め他の一行は、午前九時半杉山・大原両氏案内にて岡山孤児院に到り、院長代理其他の出迎を受け、同院設立の由来及現状の説明を聞き、院内を視察して後、職員一同と紀念の撮影をなしたる上、院児に対して一場の訓話をなされ、若干の金円を寄附して同院を辞し、山陽高等女学校に至り、講堂に於て成瀬・森村の両氏と共に先生にも一場の講話をせられ十二時過ぎ帰宿。
○下略


竜門雑誌 第三一〇号・第九四頁 大正三年三月 ○故石井孤児院長の追悼演説会(DK300030k-0003)
第30巻 p.366 ページ画像

竜門雑誌  第三一〇号・第九四頁 大正三年三月
○故石井孤児院長の追悼演説会 故岡山孤児院長石井十次氏の為めに青淵先生・床次鉄道院総裁其他の諸氏発起となり、二月二十二日午後一時より神田美土代町青年会館に於て追悼演説会を催したる由。


向上 第八巻第四号・第四九頁 大正三年四月 慈愛の権化 故石井十次氏追悼演説会(加藤生)(DK300030k-0004)
第30巻 p.366-367 ページ画像

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