デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
2節 中央社会事業協会其他
1款 中央慈善協会
■綱文

第30巻 p.504-519(DK300059k) ページ画像

大正6年11月3日(1917年)

是日ヨリ同月五日迄、九段ノ偕行社ニ於テ当協会主催第四回全国救済事業大会開催セラル。栄一、当協会会長トシテ之ニ与ル。


■資料

竜門雑誌 第三五四号・第一五七頁 大正六年一一月 ○第四回全国救済事業大会(DK300059k-0001)
第30巻 p.504 ページ画像

竜門雑誌  第三五四号・第一五七頁 大正六年一一月
○第四回全国救済事業大会 第四回全国救済事業大会は、十一月三日午後一時より九段坂の偕行社に於て開かれたり。先づ中央慈善協会長たる青淵先生の開会の辞あり。次で後藤内相・岡田文相(代読)・松室法相・波多野宮相等の祝辞ありて後松方侯の「孤児救済の懐旧談」阪谷男の「慈善の意味」建部博士の「家制と救済」と題する講演あり。翌四日午前九時開会、協議委員長報告及議事、各部長の議決及報告ありて議決し、青淵先生の閉会の辞ありて散会せりと云ふ。
○新宿御苑の拝観 第四回全国救済事業大会出席者六百余名の諸氏は十月五日午後一時《(一脱)》より特に新宿御苑の拝観を許され 皇后陛下より御菓子の御下賜あらせられ、済生会総裁伏見宮殿下・赤十字総裁閑院宮殿下・愛国婦人会総裁閑院宮妃殿下よりも御茶菓の御下賜あらせられ定刻拝観者一同設けの席に着くや、中央慈善協会長青淵先生の拝謝の辞あり、次いて波多野宮内大臣の訓辞、済生会長徳川公等の挨拶、青淵先生の答礼の辞あり、夫より一同御苑を拝観し、午後四時頃退散せりと云ふ


財団法人中央社会事業協会三十年史 同会編 第三五―三七頁 昭和一〇年一〇月刊(DK300059k-0002)
第30巻 p.504-506 ページ画像

財団法人中央社会事業協会三十年史 同会編
                     第三五―三七頁 昭和一〇年一〇月刊
 ○第一部 第三章 全国社会事業大会
    三 第四回大会
 第四回の大会は其の称呼が変つて全国救済事業大会となつた。開催
 - 第30巻 p.505 -ページ画像 
されたのは大正六年の十一月である。翌七年は即ち米騒動の勃発した年であつて、我が国の社会情勢が不穏不安の大渦流に捲き込れた時であり、社会法制の上からいへば、其の前年の大正六年に軍事救護法が発布され、社会行政の上からいへば救護課が府県課から独立し、社会事業の上からいへば国立感化院の創設や地方感化院長協議会が行はれた年である。当時の「社会と救済」第三号の巻頭言に「世界の大戦開けて玆に三星霜、歳月愈々進みて戦雲益々混沌たり、戦を停むる道を講ずるは列国為政家の大に努力せざるべからざることなれども、其の影響を受けて起りつゝある、或は将に発生せんとする各種の社会問題に関して、吾人社会政策実行の任に当るものは須らく之を解決し、是が準備をなすの覚悟なかるべからず、吾人は益々此の大任を自覚して一層の奮励努力をなさゞるべからざるなり」とあるが、第四回の全国救済事業大会はかゝる社会情勢の動きに伴つて、救済事業家としての任務を愆らない為めに斯業従事者の全国的な会合を図つたものである先づ当日の順序から掲載しよう。
      第四回全国救済事業大会
                会場 東京市九段坂上偕行社
 第一日 開会式及講演会
   一、開会の挨拶               会長 男爵 渋沢栄一
   一、祝辞              内閣総理大臣 伯爵 寺内正毅
   一、祝辞                宮内大臣 子爵 波多野敬直
   一、祝辞                   文部大臣 岡田良平
   一、祝辞                   司法大臣 松室致
   一、祝辞               東京市長代理助役 高橋要治郎
   一、祝辞              東京商業会議所会頭 藤山雷太
        講演
   一、家制と救済    東京帝国大学文科大学教授文学博士 建部遯吾
   一、慈善の意義        貴族院議員法学博士 男爵 阪谷芳郎
      附設
        大会出席者懇親会
   一、挨拶                    副会長 水野錬太郎
        協議会 (第二日及第三日午前)
         協議総会並部会
   閉会の挨拶                 会長 男爵 渋沢栄一
   謝辞                    三保学園長 池田忠一
 大会が大会らしい形を備へ、部会・総会・講演会・懇話会の四部に分れ、各其の担任を分ち、大会所期の目的を遂行したのは実に本大会を以て始めとする。大会開催の事が宮廷に聞し、皇后陛下から御菓子を賜はるのみならず、恩賜財団済生会総裁伏見宮殿下・日本赤十字社総裁閑院宮殿下・愛国婦人会総裁閑院宮妃殿下より特に新宿御苑に召されて茶菓を賜はるの光栄を拝し、斯業の従事者をして感激に堪えざらしめたのも亦第四次の本大会を以て始めとするのである。斯の大会第二日は生憎天気に恵れず、篠を束ねて横さまに面を払ふ如き暴風雨も毫も来会者の出足を阻まず、五百有余の出席者を見たのは会衆一同
 - 第30巻 p.506 -ページ画像 
の意気大に昂る状を想ふに足るのである。
○下略


社会と救済 第一巻第二号・第一三九―一六一頁 大正六年一一月 第四回全国救済事業大会(DK300059k-0003)
第30巻 p.506-519 ページ画像

社会と救済  第一巻第二号・第一三九―一六一頁 大正六年一一月
    第四回全国救済事業大会
 中央慈善協会は時局の大勢に鑑み、現に起りつゝある或は将に起らんとする諸般の社会問題に対する解決の忽諸に付すべからざるを察し同協会第九回総会の開催を好機として、十一月三日より五日まで三日間総会々場たる偕行社に於て第四回全国救済事業大会を開催したり。其の左《(マヽ)》の如し。
  第一日 (十一月三日)
   ○開会式並講演会
 第一日は開会式及講演会にして、午後一時水野副会長司会の下に開催せり。来会者は松方侯爵・後藤内務大臣・松室司法大臣・波多野宮内大臣・東京市長代理高橋助役等の来賓を始め、総会出席者等全部六百有余名にして、会場殆ど立錐の地なきの盛況を呈せり。渋沢本会々長先づ開会の挨拶をなし、次で松方侯爵壇上に現はれ、鶴髪白髯八十の高齢を超ゆるにも掲らず、音吐朗々壮者を凌ぐの雄弁を以て五十年前の追懐談を試みて本会の盛大を祝され、聴衆に多大の感動を与へ、後寺内内閣総理大臣(渡辺地方局長代読)・松室司法大臣の祝辞朗読、後藤内務大臣の祝辞演説、岡田文部大臣(長屋督学官代読)・波多野宮内大臣(渡辺地方局長代読)・高橋東京市長代理・東京商業会議所会頭(後久氏代読)の祝辞朗読あり、次で生江委員・中川衛生局長其他より特に寄せられたる祝電を披露し、後暫時休憩をなせり。
午後二時五十分講演会に移る。開会に先ち生江委員は協議会並新宿御苑拝観に関する注意をなし、終りて東京帝国大学文科大学教授文学博士建部遯吾氏は「家制と救済」との題下に、社会学上より家制と救済との関係に就き約一時間半に亘りて論述し、次で男爵阪谷芳郎氏は慈善の意義てふ題下に、一時に亘る趣味深き講演を試みられ、何れも聴衆に多大の感動を与へ、五時閉会を告げたり。
 尚ほ当日本会は内務省を始め、東京府・日本赤十字社・恩賜財団済生会・愛国婦人会・救済事業研究会・長崎育児院等より寄贈を受たる印刷物を、本会の印刷物と共に総会並大会出席者に頒布せり。其重なる物左の如し。
 細民調査統計表 一部、実験談 一部、感化事業に就いて 一部、感化救済事業一覧 一部、(以上内務省)。風水害罹災者臨時救護略報 一部、恩賜財団済生会会報 一部、恩賜財団会務状況一班 一部、(以上済生会)。東京府治一班 一部、東京府慈善協会報第三号一部、大正六年十月東京市風水害救済概要 一部、(以上東京府)。愛国婦人第三百八十号 一部(以上愛国婦人会)。救済研究第五巻第十号 一部(以上救済研究会)。諸統計並報告書(以上日本赤十字社)社会と救済第一巻第一号 一部(以上中央慈善協会)其他。
     開会の挨拶
              中央慈善協会長 渋沢栄一
 - 第30巻 p.507 -ページ画像 
 閣下、紳士、淑女諸君、本日玆に第四回全国救済事業大会を開催致しまするに際し、主催者たる中央慈善協会を代表して一言御挨拶を申述ぶるの機会を得ましたことを大なる光栄と存じます。殊に本日は松方侯を始め、国務大臣諸閣下の臨場を忝うしたことは、本会の光栄此上もなく最も感激に堪へぬ次第であります。
 中央慈善協会が、今回の如き救済事業大会の開催を企てましたことは、今回で四回に上りまして、毎回全国各地より多数の斯業従事者が参会せられまして、何時も盛況を呈しますることは自分の深く本懐とする所であります。而して斯る救済事業大会なるものを開催致しまする本来の趣旨は、一面に於ては斯業従事者相互間の親睦を図かり、意見の交換を行ひ、且事業経営上に於ける相互の聯絡を密接ならしめんと欲するに在ると同時に、他面に於ては広く感化救済事業に対する世論を喚起し、以て時代の必要に応ずべき各種救済的施設を完成するの機運を作らんとするに在るのであります。目下の欧洲大戦が社会百般の方面に至大の影響を及ぼしたることは、今更ら余の絮説を俟たずと雖ども、特に経済状態の変動、換言すれば所謂戦時経済状態なるものの現出は、幾多複雑なる社会問題を欧洲交戦諸国に惹起し、我国も亦其累を免かれざる状況となつたのであります。而して戦後に於ける社会的施設の多岐にして且困難なるべきは、蓋し想察に難からざる所である。是に於てか他の交戦諸国に於ては既に早くも戦後経営の準備に着手し、特に英吉利の如きは戦後準備大臣なるものを置きて各種の実際問題を調査研究し、以て戦後の経営に遺憾なからしめんことを期して居るのであります。我国も亦這般大戦の影響を受け産業の勃興と共に、各種の社会問題を惹起しつゝあるは、諸君の既に熟知せらるゝ通りであります。而して近時本邦朝野に戦後準備の声の高まりつゝあるは、一に此戦後の変局に処する施設経営に違算なからしめんことを期待しつゝある国民の意志の表示であります。蓋し戦後に処すべき施設経営の事業は多方面に渉たらざるを得ないのでありますが、其の主なるものは経済問題と、而して之に伴ふ所の社会問題とに帰着するのであります。
 斯る重大なる問題が、現在及び近き将来に於て国家の眼前に横つて居ると致しますれば、之が解決の如何は実に将来に於ける国家の消長と相関すること鮮少ではないのであります。従て此際に於ける我国救済事業従事者は蹶然起つて此の変局に対応し、所謂新時代の要求に応ずるの覚悟を定めなければならないと存じます。併しながら個々の力のみを以てしては、到底此の大事業をなすことは困難であります。是に於てか全国一千有余の各種救済事業従事者及斯業後援者を打て一丸となし、斯業関係者の立脚地よりして、時局に関する問題を解決するの必要を切に感ずる次第である。是れ今回我中央慈善協会が、特に第四回大会を開催致しました理由であります。
 三日間の会期は決して長くはありませぬが、此の期間に於て阪谷男爵及建部博士の有益なる御高説をも拝聴し、尚ほ其他の時間も十分利用せられて、各種の問題を研究討議せられますれば、蓋し本会を開催したる目的も自ら貫徹せらるることであらうと存じます。
 - 第30巻 p.508 -ページ画像 
 今日は幸に国務大臣の方々のみならず、殊に松方老侯にも御出席を辱うしたのであります。蓋し老侯は明治初年に於て、日田の地方の知県たりし間に既に業に其孤児養育の方に御著手あらせられた。日本に於ける慈善事業の明治草創の際に於ける嚆矢と申して宜い程の御方でございます。殊に爾来赤十字社に於ては厚き御配慮を下さいましたので、幸に斯る席に臨場を仰ぐといふことを御願ひ致しました所が、幸に尊来を忝うすることを得ましたのは偏に本会の名誉のみではありませぬ、満場の諸君も御喜び下さることゝ存ずるのでございます。又国務大臣諸閣下も此事を厚く御思召下すつて、特に御自身駕を抂げて戴いたことは、諸君と共に此所に感謝致さねばならぬのでございます。
 御挨拶としては是れで私は御免を蒙りますが、終りに臨んで一言申上げますのは、三日間の御評議が済みまする終りの日、即ち明後日の午後一時に、伏見宮様・閑院宮様方から思召を以て、新宿御苑に一同を召されまして、茶菓を下し置かれる恩命に接して居ることであります。或は聞くが如くんば 皇后陛下よりも御菓子を下し置かれるかの様子であります。左様に難有き御沙汰を得ましたのも、如何に慈善救済事業が将来に必要であるかといふことを証するもので、諸君と共に聖恩の難有さを感佩せねばならぬやうに感じまするのでございます。是より各大臣方、又松方老侯にも、唯だ一言たりとも此壇で諸君に御声掛りをお願ひ致します。私は御挨拶として是で御免を蒙ります。
   ○総理大臣等の祝辞略ス。
    ○懇親会並懇談会
 三日午後六時より上野公園精養軒に於て総会並大会出席者懇親会を開く。来会者二百四十六名、六時半食堂を開かれ、会者一同談笑の間記念深き晩餐を共にしたり。宴酣なるの頃、水野副会長起ちて挨拶を述べらる。 ○中略
 右終つて食堂を閉ぢ一同別室に入り、留岡本会評議員司会の下に直に懇談会に移る。 ○中略
  第二日(十一月四日)
 全国救済事業大会の第二日は協議会にして、午前九時を以て開催せらる。此の日朝来風雨頻りに臻りしにも拘はらず、来会者五百有余名に上り、定刻水野副会長開会を宣して協議総会に入り、同氏議長の任に当る。先づ生江本会委員は、本会より提出せる協議事項「(イ)我国ノ救済事業ヲシテ一層健全ナル発達を遂ゲシムル方策如何(ロ)今後如何ナル種類ノ社会的施設ニ最モ力ヲ致スベキカ」を朗読し、次で本会委員小河法学博士は是れに対して提出の理由を説明し、後豊橋育児院の青山氏、高知慈善協会の鍵山氏、帝国公道会の大井氏順次抱懐せる意見を述べられたり。是に於て大谷瑩韶氏、及留岡幸助氏の発議により、満場一致を以て以上二事項を特別委員に附して攻究することゝなし、更に来会者よりの提出に係る事項に関しては之を四部に分ち、各部に部長並副部長を置きて詳細に審議することゝなし、午前十時半協議総会を閉ぢたり。
 是より各自各部に分たれたる別室に入つて部会を開き、互に討論審議を重ね、部長は其決議を取り纏めて午後四時一同散会したり。 ○中略
 - 第30巻 p.509 -ページ画像 
 因に当日協議会に於て選定せられたる特別委員・部長・副部長並名誉書記左の如し。
      ○協議部会特別委員

図表を画像で表示協議部会特別委員

 委員長                      大審院判事法学博士     泉二新熊 委員                       医学博士貴族院議員     三宅秀  商工局長      岡実             文学博士医学博士      富士川游 法学博士      小河滋次郎          東京市嘱託         田中太郎 東洋大学教授    高島平三郎          日本肓人協会長       山岡熊二 東京盲学校長    小西信八           群馬県前橋育児院長     蒔井万喜太           ペテー            大阪市基督教青年会名誉主事 グリーソン 救護課長      田子一民           監獄局長          谷田三郎 芝中学校長     渡辺海旭           家庭学校長         留岡幸助 救世軍大佐補    山室軍平           恩賜財団          済生会 帝国公道会副会長  大江天也                         愛国婦人会           帝国軍人後援《(会脱カ)》  真哉会会長         有馬四郎助 福田会育児院理事  景山佳雄           北海道庁立感化院長     小池九一 大阪府立修徳館長  武田慎治郎          大阪救済事業同盟会長    岡島伊八 大阪救済事業研究会 谷頭辰兄           感恩講理事         加賀谷長兵衛 岡山県甘露育児院長 津田明導           埼玉県免囚保護会長     大島寛爾 新潟育児院長    桜井市作           神奈川県薫育院顧問     河西博文 菱知学園長     伊東思恭           福岡県竜華孤児院長     七里順之 



   以上 三十四名
 名誉書記 兵庫県嘱託 小田直蔵  愛媛県自彊学園長 松井豊吉
      ○協議部会役員 ○略ス
  第三日(十一月五日)
 大会の第三日は協議総会にして午前九時開会、窪田常務理事議長の任に当る。先づ泉二特別委員長は特別委員会に於ける決議事項を報告し、次で大谷第一部長・早崎第二部長・船尾第三部長・安達第四部長順次各部に於ける決議を報告し、議長は各部各項毎に一々衆議を以て採決をなし十時半全く決議を了せり。其協議並に決議事項左の如し。
      △協議総会協議事項並決議
(イ)我国ノ救済事業ヲシテ一層健全ナル発達ヲ遂ケシムル、方策如何。
    決議
 (甲)取締
  一、救済事業ノ取締ニ関シ、統一的ノ一般規定ヲ設クルヲ要ス。殊ニ其ノ経営ニ付テハ、内務大臣ノ認可ヲ受ク可キモノト為スノ必要アリ。而シテ取締令ノ規定ハ細目ニ干渉セス、自由裁量ニ依リ適宜ノ処置ヲ為シ得ヘキ余地ヲ存スヘキモノトス。
  二、内務省ニ検閲官ヲ置キ、且ツ各地官庁ニ救済事業ニ関スル特別ノ課又ハ専任官ヲ設ケ、周密懇篤ナル検閲指導及奨励ヲ為サシムル必要アリ。
 (乙)事業ノ普及
  一、政府ニ於テ朝野ノ各方面ヨリ適当ナル人士ヲ選ヒテ特別ノ委
 - 第30巻 p.510 -ページ画像 
員会ヲ組織シ、之ヲシテ救済事業ノ発達ニ資スヘキ事項ヲ調査セシムルヲ要ス。(ロ参照)
  二、各省ノ施設方針互ニ齟齬シ、救済事業ノ実施ニ支障ヲ来スカ如キ弊ヲ生スルニ至ラシメサルノ必要アリ。
  三、将来救済事業ニ従事スル者ニ対シ、一層科学的智識ヲ授クルノ方法ヲ講スル必要アリ。
  四、地方長官・警察部長・司法官及各宗管長等ノ各会同ニ際シ、其都度当局者ヨリ救済事業ノ督励ニ関スル事項ノ討議攻究ヲ促シ、又各年度ニ於ケル事業報告ヲ徴スルヲ可トス。
  五、全国救済事業大会ノ開催セラルル際ハ、朝野ノ各方面ニ於ケル名望家ニ対シ、遠近ヲ分タス出席ヲ勧請シ、又各地官公署ニ於テハ官公吏ニシテ救済団体ノ会員タリ、又ハ特別ノ関係ヲ有スル者ニ対シテ、出席ヲ認許シ且ツ出席ノ便宜ヲ与フルノ必要アリ。
 (丙)資金蒐集
  救済事業ノ発展ニ必要ナル資金ヲ豊富ナラシメ、且ツ現今ニ於ケル資金募集上ノ弊害ヲ除去シテ、本事業ノ信用及権威ヲ保持スル為適当ナル資金蒐集方法ヲ攻究実施スルノ必要アリ。殊ニ此目的ヲ以テ或ハ観劇税ヲ課シ、或ハ慈善団体ニかるた専造販売権ヲ与ヘ、或ハ地方団体ニ富籤ノ発売ヲ許スカ如キ、諸外国ノ制度ヲ採用スルノ可否ニ付テハ、当局者ニ於テ精細ナル調査ヲ遂ケラレ、其採ルヘキモノニ付テハ、速カニ立法上ノ解決ヲ期セラルヽコトヲ要ス。
(ロ)今後如何ナル社会的施設ニ最モ力ヲ致スヘキカ。
    決議
  方今最モ力ヲ致スノ急務ハ、労働者ノ保護救済ニ関スル施設ナリト認ム。而シテ其種類枚挙ニ遑アラサルカ故ニ、慈善救済ノ事業ニ従事スル団体及個人ハ、其最モ適切ナル方法ヲ攻究シ、着手ノ順序ヲ考竅シテ実行ヲ図ルノ必要アリ。然レトモ此施設ハ国家公共団体ノ力ニ待ツニ非サレハ、到底実行ヲ期シ難キモノ亦甚タ尠シトセサルカ故ニ、政府ニ於テハ朝野各方面ヨリ適当ナル人士ヲ撰ヒテ、特ニ調査機関ヲ設ケ、既ニ着手セル這般施設ノ完成ヲ期シ且ツ進ンテ速ニ其他ノ施設ニ着手スルコトヲ要スルモノト認ム。「(乙)一号参照」。
      △協議部会協議事項並決議
   第一部 一般的救済(救貧・救済行政等)
(1)明治七年十二月八日太政官達第一六二号恤救規則及之ニ関聯スル法規(明治四年六月二十日太政官達棄児養育米給与方・明治六年三月三日太政官布告第七九号明治六年四月二十五日太政官布告第一三八号・明治八年四月二十九日大蔵省達乙第六三号・明治八年七月三日内務省達乙第八五号・明治九年三月二十四日大蔵省達乙第三二号・明治九年四月二十一日内務省達乙第四九号・明治九年六月七日内務省達乙第七五号・明治十年五月十四日内務省達乙第五二号・明治十二年十二月二十日内務省達乙第八七号・明治二十二年二月二十一日内務省訓令第五号)ノ改正ヲ建議スルコト(前橋育児院提出)
    決議
 - 第30巻 p.511 -ページ画像 
 其筋ヘ建議スルコト。
(2)救済事業経営ノ資ニ充ツルコトヲ目的トスル行商・営業・興行及奇附金募集ニ関スル取締法規ノ制定ヲ建議スルコト(前橋育児院及群馬慈善協会提出)
    決議
 其筋ヘ建議スルコト。
(3)各市町村ノ名望家ヲ救済委員ニ嘱託シ、救恤ニ関スル任務ニ当ラシムルノ可否(大阪救済事業研究会提出)
    決議
 之ヲ可トシ、其筋ヘ建議スルコト。
(4)一ノ救済機関ニ収容セラレタル者カ、在籍ノ儘他ノ救済機関ノ救済ヲ受クベキ必要ノ起リタル場合、其ノ取扱ヲ如何ニスベキヤ(東京出獄人保護所提出)
    決議
 必要ノ起リタル場合ハ、中央慈善協会ニ於テ適当ノ取扱アランコトヲ尚協会ヘ交渉スルコト。
(5)細民部落ノ改善ニ関シ、実験上最モ有効ト認メタル方策如何(社団法人救護会提出)
    決議
 宿題ト為ス。
(6)救済事業経営者及従業者ニ対スル、恩給ニ準スヘキ慰労年金ノ制度ヲ定メ、公庁所管慈恵資金等ヨリ支給スルノ方法ヲ設クルノ必要ナキカ(東京出獄人保護所提出)
    決議
 何等カノ方法ニ於テ設定スルコト。
(7)慈善救済ノ資ニ充ツルノ目的ヲ以テ、各種ノ興行物ニ対シ観覧税賦課ノ法律案ヲ提出セラレタキ旨、其筋ニ建議スルコト(兵庫県救済協会提出)
    決議
 其筋ヘ建議スルコト。
(8)慈善救済ニ係ル諸団体ノ用ニ供スル不動産ノ登記ニハ、登録税ヲ免ゼラレ、且ツ直接其事業ノ用ニ供スル土地ニ付テハ、地租ヲ免セラレンコトヲ其筋ニ建議スルコト(財団法人弘済会及中央慈善協会京都支会提出)
    決議
 其筋ヘ建議スルコト。
(9)病弱・老衰・不具若クハ低能ニシテ生活能力充分ナラサルモノニ対スル救済機関ヲ設置スルコト。(真哉会及白立会提出)
    決議
 機関ヲ設置スルコト。
(10)中学校及高等女学校ニ於テ、科外トシテ感化救済事業ニ関スル智識ヲ授ケ、互恵共済ノ観念ヲ牢強ナラシメ、時ニ実際事業ノ参観ヲ行ハシムル様其筋ニ建議スルコト(仏教徒社会事業研究会・東京仏教護国団調査部提出)
 - 第30巻 p.512 -ページ画像 
    決議
 文部省ニ建議スルコト。
   第二部 児童保護(育児・社会教育・感化教育其他ノ特殊教育)
(1)如何ニセバ嬰児保育ノ施設ヲ普及セシムルヲ得ベキカ(中央慈善協会提出)
    決議
 宿題トス。但シ左記五ケ条ノ希望ヲ附ス。
 (一)慈悲アル保姆ノ養成。(二)国費其他ノ補助。(三)母ノ授産部ヲ設クル事。(四)子守教育ヲ併セ行フ事。(五)工場主ニ出金セシムル事。
(2)孤貧児保護ノ年齢ヲ制限スルノ必要ナキカ(愛知県救済会提出)
    決議
 年齢ニ制限ヲ設クル必要ナシト認ム。
(3)失恃児童救育所ニ於テ白痴児童(精神病者ヲ含ム)ヲ救育スルノ可否(前橋育児院提出)
    決議
 別置シテ専門的ニスルヲ可トス。
(4)家庭保護ノ不充分ナル就学児童ニ対シ、一定ノ時間之ニ監督保護ヲ加フルノ家庭的施設ヲ必要トセザルカ。(愛知県救済協会提出)
    決議
 必要ト認メ宿題トス。
(5)感化生ニ敬神ノ念ヲ起サシムル方法如何(熊本白川学園提出)
感化教育ニ於テ生徒ヲシテ宗教的信念ヲ涵養セシムルニ適切ナル方法如何(青森徳風学園提出)
    決議
 宿題トス。
(6)感化院ト小学校トノ連絡ヲ図ル為メ、左ノ事項ヲ実行スルノ必要ナキカ(広島修養院提出)
 一、小学校在籍児童ニシテ、小学校令第三十八条ヲ適用スヘキ不良児アル場合ニ於テハ、校長ハ市町村長学務委員教化団体ノ主脳ト協力シ、家庭及四囲ノ事情ヲ精査シ、感化院ニ入ラシムベキモノト認メタル時ハ、速ニ入院ニ関スル指導ヲ与ヘ、感化院ヲシテ感化教育ノ出発点タル収容時期ヲ逸スルノ憾ミナカラシムルコト。参照、小学校令第三十八条 小学校長ハ、伝染病ニ罹リ若ハ其ノ虞アル児童、又ハ性行不良ニシテ他ノ児童ノ教育ニ妨アリト認メタル児童ノ、小学校ニ出席スルヲ停止スルコトヲ得。
 二、小学校長並ニ職員ハ退院生ノ為メニ師友トナリテ、教育的指導保護ヲ為スコト。
    決議
 可決ス。
(7)感化工場ヲ全国ニ普及シ、以テ一層感化事業ノ済美ヲ期スル手段如何(静岡県三保学園提出)
    決議
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 宿題トス。
(8)無籍児ヲ収容シテ救済者ノ家族トナス場合、養子・遺棄・迷児等ノ肩書ヲ用ヰスシテ入籍シ得ル法令ノ制度ヲ建議シテハ如何。
救済事業者カ被収容者ノ後見ヲ代理シ得ル法令ハ、離縁ノ場合復帰シ得サルヤニ聞ク、然ラハ之カ更改ヲ請願シテハ如何。
無籍並ニ無寄留ノ為メ就学セサル学齢児童ヲ厳密ニ調査シ、入籍ノ上強制的ニ義務教育ヲ受ケシムル方法ヲ講ジ、至急実施セラレン事ヲ其筋ニ建議シテハ如何。
恩賜財団済生会ノ本旨ヲ徹底セシメテ、聖慮ニ副ヒ奉ル最良法ヲ講究シ、同会参考ニ供シテハ如何。(長崎淳心園提出)
    決議
 提出者欠席ノ為メ、単ニ議案ノ朗読ニ留ム。
(9)都市ノ警察署内ニ少年保護官ヲ設置シ、不良少年取締専務ニ当ラシムルコト。
他ノ市郡ニハ各市町村内ニ少年保護会ヲ設置シ、不良少年ノ発生ヲ予防シ、及保護セシムルコト。(神奈川県薫育院提出)
    決議
 可決ス
   第三部 救療・養老・災害救護・婦人救済等
(1)精神病院ノ施設ヲ普及セシムルノ手段如何。(中央慈善協会提出)
    決議
 本項ハ一般公安上其施設ノ急ヲ認ムルヲ以テ、政府事業トシテ経営セラレンコトヲ望ム。
 (理由)
 全国ノ精神病者ハ約十三万人アリテ、此内病院ニ収容サレ居ルモノハ僅ニ五千人内外ナリト云フ。サレバ残余ノ患者ハ約十二万五千人ノ多数ニ上リ、其家族ノ迷惑甚ダ同情スベキモノアルト同時ニ、之レカ国家社会ニ及ボス害毒、即殺人・放火・強盗・強姦等、実ニ恐ル可キモノアリテ、其結果ハ云フ迄モ無ク、政府ノ手ニ依リテ処置セサル可カラサルモノナルニ依リ、之レガ防止ノ策トシテモ、精神病院ハ当然政府ガ経営スベキモノト思惟ス。依テ右ノ如ク決議ス。但本項ハ焦眉ノ急ナルニ、其実行ヲ見ル迄ニハ尚多少ノ時日ヲ要スベキヲ以テ、差向此種私立病院其他代用機関ノ奨励助長ニ付、地方長官ニ於テ留意セラレンコトヲ、其筋ヨリ毎時注意アリタキ事。
(2)施療病院入院者又ハ行旅病人等ニ対シ、其快復期間ヲ休養セシムル為、保養機関ヲ設置スルノ必要無キカ。(三井慈善病院提出)
    決議
 本項特殊ノ設備ヲ為スノ必要ヲ認ム、且速カニ完成センコトヲ期スルコト。
(3)下層婦人(殊ニ労働者)ノ為ニ、家政・育児等ニ関スル知識ヲ普及セシムル方法如何。(大阪救済事業同盟会提出)
    決議
 本項ニ付テハ其方法多種多様ナル可キヲ以テ、其実行方法ハ中央慈善協会ニ於テ『社会ト救済』紙上ニ其方案ヲ募リ最モ有益ナル方法
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ニ於テ実行セラレンコトヲ望ム。
(4)養老事業ト育児事業ヲ分離セシムル必要無キカ(大阪救済事業研究会提出)
    決議
 本項二事業分離ノ必要ヲ認ム。且可成全然別置ノ方可ナリト認ム
(5)災害救護機関ノ施設ヲ速成セシムルノ手段如何(中央慈善協会提出)
    決議
 (1)中央慈善協会又ハ地方ニ於ケル慈善協会主動者トナリ、官公署及民間有力者ト協定シテ、都市郡府等ニ適宜ノ災害救護機関ヲ設定セラレタキコト
 (2)右ノ救護機関ハ災害ニ際シ、発動スベキ諸般ノ救護運動ニ対シ、聯絡統一ノ権能ヲ有セシムベキコト。
 (3)右ノ救護機関ト大工場其他多数ノ従業員ヲ有スル営利事業等ニ対シ、相当責任ヲ負担セシムルノ方途ヲ講ズ可キコト。
(6)病弱・老衰・不具、若クハ低能ニシテ生活能力充分ナラザルモノニ対スル救済機関設置ノ件(真哉会・自立会提出)
    決議
 本項ハ一部会ニ提出サレ居ルヲ以テ、削除スルモノトス。
(7)高等養老園ノ増設及分設ノ必要無キカ(大阪養老院提出)
    決議
 時世ノ推移ニ伴ヒ其必要アリト認ム。深ク研究シタル上、徐々ニ実行スベキモノトス。
   第四部 授産・職業紹介・宿泊救護・免囚保護等
(1)同一紹介所ニ於テ、男女ノ紹介ヲ為スノ利害如何(東京市職業紹介所提出)
    決議
 大都市ノ職業紹介所ニ於テハ、男女ノ紹介所ヲ区別スルノ要アリト認ム。
(2)全国ヲ通ジテ職業紹介事業ノ連絡ヲ計ルノ要否、並其方法如何(東京市職業紹介所提出)
    決議
 一、全国ヲ通ジテ職業紹介所ノ連絡ヲ計ルノ必要ヲ認ム。而シテ其ノ連絡ニ関シテハ、現在ノ公益的職業紹介所ハ営業的職業紹介所ニ比シ其ノ数甚ダ少ナキヲ以テ、其ノ連絡ノ効果ヲ全カラシメン為ニハ、尚ホ公益的職業紹介所ノ多数増設ノ必要アルヲ認ム。
 二、現在ノ公益的職業紹介所ノ状態ニ於テハ全国ヲ通ジテ平時労働者ノ需要供給ノ連絡ヲ計ルノ時機ニ達セズ。故ニ災害又ハ経済上ノ変動ニ依リ一時ニ多数失業者ヲ生ジタル時又ハ特別ニ多数労働者ノ需要アル時、各地方相互ニ連絡ヲ計リ職業ヲ紹介スルコト。
 三、右ノ場合ニ於テハ、労働者輸送ノ為、汽車・汽船ノ賃銀ノ割引若クハ無料ノ取扱ヲ当局ニ申請スルコト。
(3)義務教育終了児ノ為メニ職業選定ノ相談機関ヲ特設スルノ要否並其方法如何(中央慈善協会提出)
    決議
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 職業相談所ニ於テハ、小学校及ビ実業家ノ方面ニ於テ委員ヲ嘱託シ職業選定ノ顧問トナスコト。而シテ予メ児童ガ小学校ヲ卒業スル二三箇月以前ニ於テ、其前途ノ志望ヲ聞キ、児童ノ性格・才能・家庭ノ事情ヲ斟酌シテ、将来有望ナル職業ヲ紹介スルコト。但シ補習教育其他専門的学校教育ヲ受ケ得ル者ハ、成ル可ク之ガ就学ヲ奨励スベシ。
(4)女性ノ事務員又ハ労働者ノ為メニ、特別ナル宿泊所及ビ其宿泊ニ適当ナル施設、又ハ家庭ヲ斡旋スルノ機関ヲ設クルノ必要ナキカ。(大阪救済事業研究会提出)
    決議
 第一項ノ男女別ノ必要ト共ニ本項ノ必要ヲ認ム。
(5)免囚又ハ在監者ノ家族、殊ニ児童ニシテ疾病・老衰・癈疾等ノ為メニ労働自治ノ能力ナキ者ハ、何レノ手ニ依ツテ之ヲ救済スベキカ。(神戸愛隣館提出)
    決議
 救済ノ必要ヲ認ム。但シ其方法ハ宿題トシテ研究スルヲ要スルコトトス。
(6)戦後ニ於ケル失業者(特ニ失業労働者)ノ防止並救済策如何。(兵庫県救済協会提出)
    決議
 本項ハ提案者ノ委曲ナル具体的説明アリ、要スルニ総会ニ於ケル(ロ)号ノ趣意ニ一致セルモノニシテ、最モ適切ナル事項ナルコトヲ承認セリ。
 因に同日協議総会に於ける議事概要左の如し。
○中略
 以上協議総会終了後、渡辺常務理事は中央慈善協会として慈善事業経営者の為に低利資金の融通を計りたきこと、其他同会発行の雑誌へ寄稿並編輯上の注意等に関する件に就いて希望を述べ、○中略 次で留岡幸助氏は次回の全国救済事業大会を何時何処に開く可きかの決定は、中央慈善協会に一任せんことを発議し、会衆皆是れに賛して原案の如く決定せり。是れより渋沢会長の閉会の辞あり、終て池田三保学園長一同を代表して謝辞を述べらる。終つて会衆一同、先づ渋沢会長の発声により 天皇皇后両陛下万歳を三唱し、次に会衆の発声にて中央慈善協会並渋沢会長の万歳を各々三唱して、玆に会期三日の救済事業大会全く終りを告げぬ。時正に午前十一時三十分。
      閉会の挨拶
                 中央慈善協会長 男爵 渋沢栄一
 昨日は遂に差支がございまして欠席致し、今日も甚だ遅刻致して、漸く此所に、皆様に御目に掛る都合に相成つた怠慢を深く謝し上げます。一昨日来、段々必要な案件を御評議下さいました趣を承はりまして、諸君の御勤労を深く感謝致します。此所に会期の終りましたに就いて、一応閉会に於ける御挨拶を申上げたいと思ひます。第四回全国救済事業大会が、予定の期日に於て滞りなく各般の事項を御議了下さいまして、今日玆に閉会式を挙行致す都合に相成つたのは、洵に喜ば
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しいことでございます。本大会は毎回御評議を重ねるに従つて益々其事務も頻繁になり、又事業も盛大に赴いて、今回の大会の如きは、地方の皆様が奮つて御賛同下され、又各方面から深厚なる御援助を賜はりまして、未曾有の盛況を呈し、殊に昨日来多くの重要な問題に対して、充分御評議御解決になりまして、為に慈善事業の将来の進歩に貢献する所少くないのみならず、必ずや将来一大紀元を此事業に劃するに至るであらうと信じて、深く喜び、且つ諸君の労を多とする次第であります。而して此所信を実現せしむるには、今後諸君の御努力御研鑽に待つもの多きは論を待たぬのであります。冀くは一層の御奮励御尽瘁を以て斯業の為に充分御貢献せられ、我邦の救済事業をして追々進んで来る新時代の要求に対して完全なる生命を其所に現し得るやうに致したいものでございます。殊に畏多も 皇后陛下・伏見宮殿下・閑院宮殿下・閑院宮妃殿下の深い思召を以て、今日新宿御苑の拝観を許され、出席の大会々員一同に対して御菓子を下し置かれる恩命に浴するに至りましたのは、斯業関係者に於ては御同様実に無上の光栄であつて、感泣に堪へざる次第でございます。私共は申上げるまでもなく、諸君と共に一層此責任の重大なることを覚悟致して、誠心誠意斯業の発展に力めて、聖恩の万一に報せねばならぬと深く期する次第でございます。
 尚ほ閉会に当り諸君の御奮励を希望すると共に、此会に対して朝野各方面から厚い御援助を蒙つたことは、本会の代表者として満場諸君と共に謝意を表さなければならぬと思ふのでございます。松方老侯爵総理大臣・内務大臣・司法大臣・文部大臣・市長代理・東京商業会議所会頭等からして御親切なる御祝辞を得、殊に松方老侯は明治の初めに丁度斯業の所謂嚆矢ともいふべき、而かも此子供の間引きといふことは最も其当時の憂ふる事柄であるのを、日田の知県として矯正された懐旧の御談話を下さいましたことは諸君と共に甚だ宜い教訓を得た次第であります。実は去一日の日に私は他のことに就いて老侯に拝姿しました際、三日には御出席下さいまして一言たりとも御述べ下さるやうにといふことを御願致しました所、当日は幸に喜んで御臨席下すつて、決して一言でなく記憶を喚起して叮嚀に御話を下されたことは最も諸君と共に興味ある御談話として、深く感佩致した次第であります。其他内務の当局諸公から、此会に対する種々なる御援助を戴き、東京府及東京市から御招待並御好意の待遇を受け、府下の救済事業団体、殊に府下に於ける本会団体会員諸氏の御援助を蒙り、又内務省・済生会・愛国婦人会等より印刷物の御寄贈を受け、或は偕行社及帝国在郷軍人会よりの御援助を蒙りましたことを、厚く感謝致します。
 以上申上げました如く、今回は 皇室を始め奉り、各官衙及各方面より予期以上の御同情・御助力を得ましたといふことは、即ち知る、此時勢に於て、感化・救済・慈善の事業が、如何に世の中に重要視されるに至つたかを証する次第であります。吾々此業に当る者は御同様最も自ら重じ、又自ら努めて、其責任を果さねばならぬことと存じます。此所に閉会の辞を述べる光栄を担ひましたことを深く喜びまして此一言を呈したのでございます。
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○中略
      新宿御苑拝観
 十一月五日午後一時、全国救済事業大会列席者一同は、新宿御苑に於て、特に 皇后陛下より御菓子を賜はるの恩命に接し、更に恩賜財団済生会総裁伏見宮殿下・日本赤十字社総裁閑院宮殿下・愛国婦人会総裁閑院宮妃殿下より茶菓を下賜せらるゝの光栄に浴せり。一同定刻参入し、御苑の中庭に設けられたる席に導かるゝや、先づ松井閑院宮事務官長は本日特別の思召を以て、特に 皇后陛下より御菓子を下賜せらるゝの恩命を伝達せられ、渋沢会長是に対して左記の御礼を言上せり。
 全国救済事業大会列席者ニ対シ 皇后陛下ヨリ特ニ御菓子ヲ下賜セラルヽノ恩命ニ浴ス。至仁至慈寔ニ感泣ノ至リニ堪ヘス。将来益々奮励努力、誓ツテ聖恩ノ万分ノ一ニ報イ奉ランコトヲ期ス。
○中略
 更に渋沢会長は、御思召に対して左記の御礼を言上せり。
  今回中央慈善協会ガ主催トナリ、全国救済事業大会ヲ開催セルニ当リ、同大会ニ列席セル者ニ対シ、特別ノ思召ヲ以テ、恩賜財団済生会総裁伏見宮殿下・日本赤十字社総裁閑院宮殿下・愛国婦人会総裁閑院宮妃殿下ヨリ特ニ新宿御苑ニ召サレ茶菓ヲ賜ハリ、特ニ田内別当閣下ヲ以テ難有御詞ヲ賜リタルハ無上ノ光栄ニシテ、一同ノ感激措ク能ハサル所ナリ。是レ斯業ヲ御奨励遊ハセラルルノ渥キ思召ニ外ナラサルコトト拝察ス。本日ノ光栄ハ独リ御召ヲ蒙レル者ノ光栄タルノミナラス、広ク全国斯業関係者ノ光栄ニシテ、其ノ責任格段ノ重キヲ加ヘタルヲ覚エ、如何ニシテ此ノ重責ヲ全ウスヘキカハ深ク恐懼スル所ナリ。今後一層奮励努力シ、以テ優渥ナル思召ニ副ヒ奉ランコトヲ期セントス。玆ニ一同ヲ代表シテ、謹テ御礼ヲ申上ク。
○中略 渋沢会長は、直に宮中並三殿下に伺侯し、参列者一同を代表して御礼を言上したり。
      東京府慈善協会招待会
 五日午後五時より九段富士見軒に於て、東京府は全国救済事業大会列席者一同を招待せられたり。当日の来賓は渋沢本会々長、窪田・渡辺両常務理事、片山・小河両博士を始め四百五十有余名なり。五時半食堂開け一同着席するや、井上東京府知事は主催者として左記の挨拶をなし。
  私は府当局者及中央慈善協会理事として御挨拶を致します。今夕府の催うしました招待会に、斯く多数御来会下つたことは、府並中央慈善協会の光栄とし、満足する所であります。殊に平素慈善事業に御熱心なる各位、就中渋沢男爵を始め、内務省の渡辺地方局長並関係諸官、其他窪田・片山・小河の三博士の来会せられたるに対しては、深く感謝する所であります。
  折角斯く多数に御来会下つても、何等の御歓待も出来ませぬが、唯諸君から御懇話を承はるの機会をお与へ致しましたに過ぎないのであります。扠て我東京府の救済事業は、各方面の慈善家の援助に
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よりまして漸次進みつゝあります。其の結果の大要は、先刻差し上げました東京府慈恵救済小鑑に掲げてありまするから、参考に供せられんことを願ひます。
  今回の如き盛大なる救済事業大会は、我国に於ては始めてで、お互に喜ばしき次第であります。是れは内務省を始め中央慈善協会の御尽力の結果であると存じます。特に本日は 皇后陛下を始め奉り三宮殿下より思召深き厚き御下賜品を拝受致しましたことは、此上もない記念であります。又斯くの如き大会に、宮中より斯くの如き御手厚き御待遇を受けましたことは始めてでございます。 皇后陛下は慈善救済事業に就き常に厚き思召があらせられ、時々府下の救済事業に対して優渥なる御沙汰を蒙つて居るのであります。渋沢男爵の如きは特に御前に召されて、東京養育院の事業を親しく御聞き上げになつたこともあるのであります。又先月府下の大風水害は、両陛下に於かせられては非常に御憂慮遊され、災害の翌日、特に日野侍従を災害地に派遣せられて、親しく実況を調査せしめられました。日野侍従の視察は夜の八時頃に終つたが、同氏は老体で殊に同日は疲かれて居らるるにも拘はらず、私宅にも帰らず直ぐに宮中に参ゐられた。斯く遅く参殿されたのは、両陛下が常の御殿へ入御遊ばされず、お待ちになつて居らるるからであるとのことである。此事を聞きました私共は非常に感激致しまして、爾来一層奮励、夜十一時・十二時頃迄活動した次第であります。加之其日の出来事は必ず其日の中に侍従長まで報告する様に致したのであります。以上述べましたことは一・二の例に過ぎませんが、此事実に拝察致しましても今日の御沙汰は決して偶然のことでないことが明かであるのであります。
  諸君は本日斯くの如き優渥なる御沙汰を蒙つたことを深き記念として、将来一層斯業の為に御尽瘁せられ、聖恩の万分の一に報いられんことを切望する次第であります。
 次で渋沢中央慈善協会長は、一同を代表して左記の謝辞を述べられたり。
  私は来会者一同に代り、今夕の御盛宴に対して御挨拶を申上げます。吾々はお互に平素慈善救済事業に関して力を尽し、各自自分の本分を達せんとして居るのであります。然るに此事柄が畏れ多くも帝室に聞こえ、本日特に私共一同を新宿御苑に召されて、御菓子を拝受するの光栄に浴しました。寔に畏れ多く、感激の念に堪えない次第であります。又東京府は今夕斯る御盛宴を張つて吾々をお招き下つたことは、実に何とも御礼の申し様がありません。
  私は今回の大会に際し、往時を追懐して、嗚呼世の中は変はれば変はるものであるとの感に打たれたのであります。御承知の如く東京市の養育院は明治五年の創立でありまするが、創立後十年の後に府会は斯くの如き事業は惰民を養成するものであるとのことで、之を廃したのであります。最初は現在の収容者を全部逐ひ出す計画でありましたけれども、吾々の切なる懇願を諒とせられ、漸く旧来の者は其儘にして、新たには収容しないといふことにしたのでありま
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す。其当時も今日の如く知事もあり府会もあつたのであるが、実に両者の間には雲泥の差あることを深く感ずる次第であります。
  只今知事は 皇后陛下の御盛徳を述べられましたが、私も一・二お話し致したいと思ひます。去る三月十六日《(一月)》、陛下は特に侍従を養育院に遣はされて、詳しく調査せしめられました。超えて十八日に至り、俄かに私に参内せよとの御沙汰を蒙つて皇后職まで罷り出ました。所が畏くも拝謁を許され、色々院の事に関して有り難き御下問を蒙り、且つ院児其他の者共に御下賜品がありました。此時陛下が私に仰せられまするには、お前は何年間此事業に尽し、又今年何歳であるかとのありがたき御下問を蒙りました。私は此事業には四十七年間関係致し、今年は七十八歳になりますと言上致しました所が陛下は更にお前は大層若い、折角此事業に力を致せとの、寔に此上もなき有り難きお言葉を賜はりました。此時の私の嬉れしさといふものは、生涯忘るゝことが出来ないのであります。私は此時の有様を記して、戴恩之記といふ冊子に致しまして、院内は勿論、広く知人に喜びを頒つた次第であります。斯くの如く陛下は常に慈善救済事業には大御心を悩ませらるゝのであります。
  今回私共は上皇室を始め奉り、東京府・東京市等より非常なる御款待を蒙りまして、一層重き責任あることを深く感し、将来此事業に向ては益々研究し努力する覚悟であります。之を以て今夕の謝辞と致します。
○下略
   ○右謝辞中、栄一皇后陛下ニ拝謁云々ニ就キテハ本巻所収「東京市養育院」大正六年一月十八日ノ条参照。