デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
2節 中央社会事業協会其他
5款 財団法人埼玉共済会
■綱文

第30巻 p.759-767(DK300090k) ページ画像

大正8年6月(1919年)

是ヨリ先四月、財団法人埼玉共済会設立セラル。栄一其創立及ビ寄附金募集ニ尽力シ、是月当会顧問ニ就任シ、歿年ニ及ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正八年(DK300090k-0001)
第30巻 p.759 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年     (渋沢子爵家所蔵)
一月二十四日 曇 寒
○上略 兜町事務所ニ抵リ ○中略 成毛埼玉県官来リ、救済資金勧募ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
二月二十四日 曇 寒
○上略 十一時岡田埼玉県知事来話ス ○下略
   ○中略。
二月二十七日 晴 寒
○上略 十一時諸井恒平氏来話ス、埼玉県知事ノ依頼ニ付談話ス ○下略
   ○中略。
五月二十一日 曇 軽寒
○上略 岡田埼玉県知事来ル、昨年来依頼セラレタル救済基金勧募ノ事ヲ協議シ、来ル廿九日又ハ三十日正午ヨリ、銀行倶楽部ニ会同ノ事ヲ約ス ○下略
   ○中略。
五月二十九日 晴 暖
○上略 十一時半銀行倶楽部ニ抵リ、岡田埼玉県知事ト共ニ救済協会寄附金ノ事ニ付、県人ヲ会シテ勧誘ニ努ム、畢テ午飧ヲ共ニシ ○下略
   ○中略。
六月六日 晴 暑
○上略 午飧後浦和町ニ抵ル、自働車ニテ往返ス、蓋シ県庁ニ開設スル共済会ノ為メニ、知事ヨリノ請求ニ応シテ出席シタルナリ、評議員会席上ニ於テ一場ノ演説ヲ為シ ○下略
   ○演説筆記ヲ欠ク。


青淵先生公私履歴台帳(DK300090k-0002)
第30巻 p.759 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳         (渋沢子爵家所蔵)
    慈善其他公益ニ関スル社団及財団
一財団法人埼玉共済会顧問 八年○大正六月


埼玉共済会書類 自昭和三年至昭和六年(DK300090k-0003)
第30巻 p.759-760 ページ画像

埼玉共済会書類 自昭和三年至昭和六年        (渋沢子爵家所蔵)
    役員及職員(昭和二年十一月卅日現在)
 会長    宮脇梅吉
 副会長   斎藤祐美   田島義士
 顧問 子爵 渋沢栄一
 - 第30巻 p.760 -ページ画像 
   理事
北足立郡   西川武十郎
入間郡    発智庄平   石川幾太郎
比企郡    森田熊吉
児玉郡    原鉄五郎
大里郡    松本真平   斎藤安雄
北埼玉郡   橋本喜助   田島竹之助
南埼玉郡   斎藤善八   田村新蔵
北葛飾郡   渡辺湜    田中源太郎
県会議員   出井兵吉   大谷木六郎  青木伝吉

       市村高彦   小川淵    小林太一郎
       斎藤重三郎 ○以上県議七名朱線抹消
県庁内    林寿夫    田島義士   三浦精翁
  監事
 小口槙太(北足立) ○中略
  評議員 ○氏名略ス
主事    庶務部長三浦精翁 会計部長沢野喜作 常見謙三
事務嘱託  中村貞蔵    森田兼吉   中村孝太郎
書記    新藤悌助    秋元富三   中島真三郎
      内田政雄
*欄外記事
[県会議員改選ニ付自然退任トナル


青淵先生公私履歴台帳(DK300090k-0004)
第30巻 p.760 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳         (渋沢子爵家所蔵)
    賞典
昭和三年五月二十四日 大正十年九月財団法人埼玉共済会ヘ金五千円寄附ス、仍テ褒章
           条例ニ依リ之ヲ表彰セラル   賞勲局総裁


財団法人埼玉共済会会報 第二号・第七五頁 大正一〇年三月刊 財団法人埼玉共済会設立趣意書(DK300090k-0005)
第30巻 p.760-761 ページ画像

財団法人埼玉共済会会報  第二号・第七五頁 大正一〇年三月刊
   ○財団法人埼玉共済会設立趣意書
雨露は遍く潤ほし、陽光は賤が伏家をも音なふことを忘れず、普天の下、率土の浜、等しく昭代の恵沢に浴せしむるは、これ社会の責務に非ずして何そや、若し夫れ生を亨けて之を遂ぐるに由なく、学に就かんと欲して能はざるものあらば之を扶け之を長ぜしめ、凶険自ら世に逆ふものあらば感化誘掖其常道に復せしめざるべからず、此の如くにして社会の基礎愈々固く、文明の意義益々明徴なり。
然りと雖も救済の事たる、言ふに易くして之を達すること頗る難し、措置若し宜しきを得ずんば、徒に依頼心を助長して世の惰風を馴致し竟には国民の元気をして銷磨せしむるに至らん、これ吾人の周密考慮を費し、穏健着実の方途に依り、持久以て目的の達成を期せざるべからざる所以にして、事起つて忽忙之に応ずるが如きは竢《(竟)》に万全の策に非ざるなり。
蓋し世界の戦乱一度起りしより、我国の社会は急激の進歩を遂げ、思
 - 第30巻 p.761 -ページ画像 
潮の動揺亦従つて甚だしく、救療治癒を要する病患漸く滋からんとす方にこれ大に感化救済事業の根帯に培ひ、盛に社会政策の振張を企図すべきの秋にして、かつ今回各地に行はれたる不祥事の如き、奚んぞ吾人を警醒する晨鐘たらざるを知らんや。
聖上宸衷を悩ませられ特に内帑の資を賜ひ窮乏を賑し給ふ、これ億兆の恐懼感激措く能はざるところ、我等豈黙して已むことを得んや、夫れ天は覆はざるところなく、地は載せて遺さす、覆載の間、陽光雨露の普遍を期せんこと、亦以て悠久なる、天理崇高なる人道の命ずる所に非ずや、玆に自ら揣らず、埼玉共済会を興して聊か綢繆の計を運らし、以て深奥なる 聖旨の万一に答へ奉らんとす、江湖の仁人、希はくは我等の微衷を容れ、応分の義捐を為すに吝ならざらんことを。


財団法人埼玉共済会会報 第九号・第七二―七四頁 昭和二年四月刊 財団法人埼玉共済会寄附行為(DK300090k-0006)
第30巻 p.761-763 ページ画像

財団法人埼玉共済会会報  第九号・第七二―七四頁 昭和二年四月刊
    財団法人埼玉共済会寄附行為
               (大正八年四月十日設立許可
                大正十二年二月廿六日改正
                大正十五年十月十四日改正)
  第一章 目的及事業
第一条 本会ハ救済ニ関スル思想ノ普及ヲ図リ、斯業ノ聯絡ヲ期シ、必要ナル事業ヲ遂行スルヲ以テ目的トス
第二条 前条ノ目的ヲ達スル為本会ニ於テ行フヘキ事項左ノ如シ
 一、斯業ニ関スル各種ノ調査攻究ヲ為シ必要ト認メタル事業ヲ実行スルコト
 二、斯業ノ指導誘掖ニ努メ、之ニ関スル行政ヲ翼賛スルコト
 三、必要ニ応シ雑誌其ノ他ノ印刷物ヲ発行シ、及講習会・講演会等ヲ開催スルコト
 四、其ノ他評議員会ニ於テ必要ト認メタル事項
 第二章 名称及事務所
第三条 本会ハ財団法人埼玉共済会ト称ス
第四条 本会ハ事務所ヲ埼玉県庁構内ニ置ク
  第三章 会員及資産
第五条 本会ノ事業ヲ翼賛シテ金品ヲ寄附シタル者及会長ニ於テ本会ノ事業ニ対シ功労アリト認メタル者ヲ以テ会員トス
第六条 本会設立ノ日ニ於ケル資産ハ、本県知事ヨリ交付ヲ受ケタル金五万七千六百参拾壱円トシ、之ヲ以テ本財団ノ基金トス
 基金ハ評議員三分ノ二以上ノ同意ヲ得ルニ非サレハ之ヲ処分スルコトヲ得ス
第七条 寄附金ハ之ヲ基金ニ編入ス、但シ費途ヲ指定シタルモノハ此ノ限ニ在ラス
第八条 基金ハ国債証券又ハ確実ナル有価証券ヲ買入レ、若ハ郵便官署又ハ確実ナル銀行ニ預入レ利殖ヲ図ルモノトス
第九条 本会ノ経常費ハ基金ノ利息其ノ他ノ収入ヲ以テ之ヲ支弁ス
第十条 本会ノ経費決算ニ剰余金アルトキハ基金ニ編入ス、但シ必要ナル場合ハ翌年度ニ繰越スコトヲ得
第十一条 本会ノ予算ハ毎年評議員会ノ議決ヲ経、決算ハ其認定ヲ経ルモノトス
 - 第30巻 p.762 -ページ画像 
第十二条 本会ノ会計年度ハ毎年四月一日ニ始リ翌年三月三十一日ニ終ル
  第四章 機関
第十三条 本会ニ左ノ役員ヲ置ク
 会長       一名
 副会長      二名
 理事     二十七名
 監事      十一名
 評議員    百十三名
 主事       三名
第十四条 会長ニハ埼玉県知事ノ職ニ在ル者ヲ推戴ス
 会長ハ会務ヲ総理シ、評議員会ノ議長トナル
第十五条 副会長ニハ埼玉県社会事業主務ノ部長ノ職ニ在ル者、及埼玉県会議長ノ職ニ在ル者ヲ推シ、会長之ヲ委嘱ス
 副会長ハ会長ヲ補佐シ、会長故障アルトキハ之ヲ代理ス
第十六条 本会ニ顧問ヲ置キ、学識徳望アル者ニ就キ会長之ヲ委嘱ス
第十七条 本会ニ相談役ヲ置キ、専門事項ニ関シ学識経験アル者ニ就キ会長之ヲ委嘱ス
第十八条 理事及監事ハ評議員会ノ推薦ニ依リ会長之ヲ委嘱ス
第十九条 理事中ニ常務理事一名ヲ置ク
 常務理事ハ理事中ヨリ会長之ヲ委嘱ス
 常務理事ハ本会ヲ代表シ一切ノ事務ヲ処理ス
 常務理事故障アルトキハ、会長ノ指名シタル理事代ツテ其ノ職務ヲ行フ
第二十条 評議員ハ会員中ヨリ会長之ヲ委嘱ス
 郡市支部長及県会議員ノ職ニ在ル者ニハ評議員ヲ委嘱ス
第二十一条 評議員会ハ会長ノ諮問ニ応ヘ重要ノ会務ヲ審議ス
第二十二条 評議員会ハ毎年一回会長之ヲ招集ス、但シ必要ト認メタルトキハ臨時之ヲ招集スルコトヲ得
 評議員四分ノ一以上ヨリ会議ノ目的タル事項ヲ示シテ請求ヲ為シタルトキハ、会長ハ臨時評議員会ヲ開クコトヲ要ス
第二十三条 評議員会ハ評議員四分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ為スコトヲ得ス、但シ同一事項ニ付再招集ノ場合ハ此ノ限ニ在ラス
第二十四条 評議員会ノ議事ハ出席者ノ過半数ヲ以テ之ヲ決ス、可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル
第二十五条 主事ハ会長之ヲ委嘱ス
 主事ハ常務理事ノ指揮ヲ受ケ庶務ヲ処理ス
第二十六条 理事・監事・評議員ノ任期ハ三箇年トス、但シ官吏及県会議員中ヨリ出テタル者ハ本県在職中トス
 理事及監事ニ闕員ヲ生シタルトキハ、次回ノ評講員会ニ於テ補闕推薦シ会長之ヲ委嘱ス
 補闕者ノ任期ハ前任者ノ残任期間トス
第二十七条 前条役員ノ任期満了ノ場合ニハ、其ノ後任者ノ就職スル
 - 第30巻 p.763 -ページ画像 
迄ハ仍ホ前任者ニ於テ其ノ職務ヲ行フ
第二十八条 本会ニ書記若干名ヲ置ク
 書記ハ常務理事之ヲ任免ス
  第五章 支部及分区
第二十九条 本会ハ各郡市ニ支部ヲ置クコトヲ得
 支部長ハ会長之ヲ委嘱ス
第三十条 本会ハ郡ニ分区ヲ置キ、其ノ区域ハ町村ノ区域ニ依ル、但シ支部ヲ置ク場合ハ其ノ支部ニ配属スルモノトス
 分区長ハ町村長ノ職ニ在ル者ニ之ヲ委嘱ス
  附則
 本寄附行為ヲ変更セムトスルトキハ、評議員四分ノ三以上ノ同意ヲ得、主務官庁ノ認可ヲ得ルコトヲ要ス
 第十八条ニ依リ委嘱セラレタル理事就任スル迄ノ間ハ、理事ノ職務ハ会長之ヲ行フ


財団法人埼玉共済会会報 第三号・第一八頁 大正一一年三月刊 財団法人埼玉共済会概況(DK300090k-0007)
第30巻 p.763-766 ページ画像

財団法人埼玉共済会会報  第三号・第一八頁 大正一一年三月刊
    ◎財団法人埼玉共済会概況
  第一 創設
埼玉共済会は大正八年四月十日当時の知事岡田忠彦氏県会の賛同を得て之を発企し、乃ち金五万七千六百参拾壱円を交付して基金とし、主務省の許可を得て創設したり、現任知事堀内秀太郎氏之を継承し、現に着々事業の進展に努むる所あり
  第二 組織
本会は県の内外より篤志家の醵金を募集し、会員千七十八名、寄附申込金四拾弐万壱千弐百弐拾壱円を得、大正八年四月十六日財団法人の登記を了す、会長一名(知事)・副会長二名(内務部長及県会議長)・理事二十七名(此内常務理事一名)・監事十一名・評議員百十三名・主事三名・書記若干名を置く、又各郡に支部を置き、郡長を以て支部長に充て、各町村を分区とし、町村長を以て分区長に充つ、渋沢子爵は本会顧問たり
  第三 役員及職員(大正十一年三月三十一日現在)
会長    堀内秀太郎
副会長   飯野喜四郎   香坂昌康
常務理事  香坂昌康
   ○理事
    一般ノ部
北足立郡  西野吉蔵    西川武十郎
入間郡   発智庄平    石川幾太郎
比企郡   森田熊吉
秩父郡   柿原定吉
児玉郡   原鉄五郎
大里郡   松本真平    斎藤安雄
北埼玉郡  橋本喜助    田島竹之助
南埼玉郡  斎藤善八    田村新蔵
 - 第30巻 p.764 -ページ画像 
北葛飾郡  田中源太郎   渡辺湜
    県庁ノ部(一名欠)
香坂昌康    横山惟二  戸所亀作
    県会議員ノ部
飯野喜四郎  出井兵吉   横川禎三    小林辰蔵
岡野近三   田口菊太郎  駒崎幸右衛門  石坂養平
   ○監事
    一般ノ部
小口槙太   綾部利右衛門 横川宗作    平沼源一郎
武政恭一郎  松岡三五郎  田中四一郎   白石昌字
高橋守平
    県会議員ノ部
小林太一郎  本多慶雄
   ○評議員
寄附行為第二十条第一項ニ依リ委嘱セシモノ
    一般ノ部(一名欠)
北足立郡  西川武十郎   西野吉蔵    小口槙太
      田中育之    井原弥四郎   永瀬庄吉
      大熊達之助
入間郡   石川幾太郎   綾部利右衛門  発智庄平
      山崎嘉七    繁田武平    橋本三九郎
      林友平     浜野四郎治   小熊五郎
比企郡   森田熊吉    横川宗作    利根川覚重郎
      中島林七
秩父郡   大森喜右衛門  柿原定吉    平沼源一郎
児玉郡   原鉄五郎    高橋守平
大里郡   松本真平    斎藤安雄    武政恭一郎
      石坂養平    大谷藤三郎   吉田修一郎
      須田実作
北埼玉郡  橋本喜助    田島竹之助   酒巻敬之助
      松岡三五郎   手島重兵衛   野本三之助
      野中広助    石井参四郎   田村四郎
      網野豊次郎
南埼玉郡  斎藤善八    田村新蔵    永田勘六
      田中四一郎   榎本善兵衛   武井昇
      井出門平
北葛飾郡  田中源太郎   渡辺湜     白石昌字
      新井新太郎   渡辺勘左衛門  富山久太郎
東京    大川平三郎   小倉常吉
横浜    原善一郎
    県庁ノ部(一名欠)
      香坂昌康    横山惟二    戸所亀作
寄附行為第二十条第二項ニ依リ委嘱セシモノ
    郡長ノ部
 - 第30巻 p.765 -ページ画像 
      市川春太郎   尾池秀雄    秋葉保雄
      関口類作    成田一郎    武田熊蔵
      日下伊三郎   北元国彦    小川与之助
    県会議員ノ部
      小杉政雄    宮崎一     矢島唯之助
      永島英智    田中千代松   鈴木康太郎
      駒崎幸右衛門  佐藤庄助    市村高彦
      松本万之助   岡野近三    岸弥吉
      武田藍太郎   斎藤小十郎   新井九十郎
      小林太一郎   横川禎三    飯村正三郎
      松本金太郎   堤新六     持田愛三郎
      須賀丈太郎   坂本喜平    斎藤仙治郎
      角田保治    加藤徳平    栗原利三郎
      渋沢治太郎   石坂養平    小林辰蔵
      峰川平左衛門  門井東一    出井兵吉
      道祖土幸造   大熊新平    田口菊太郎
      本多慶雄    飯野喜四郎   池田保次
      石川欣一郎   名倉光之助
主事    早川三郎    三上孝基    江原庫房
事務嘱託  沢野喜作    大作徳郎    大崎範一
      中村貞蔵    秋元富三    三上健三
書記    新藤悌助    松平源次    吉田利吉
  第四 役員ノ異動
副会長ノ異動左ノ如シ
 大正十年五月二十七日      退任   元田敏夫
 同十月七日           同    出井兵吉
 同六月十五日          就任   香坂昌康
 同十一月八日          同    飯野喜四郎
理事ノ異動左ノ如シ
 大正十年五月二十七日      退任   元田敏夫
 同六月四日           同    栗田五百枝
 同十月二十八日         同    宮本貞三郎
 同六月二十五日         就任   香坂昌康
 同               同    鈴木券太郎
 同十一月二十五日        同    横山惟二
 同十一年三月二十三日      退任   鈴木券太郎
評議員ノ異動左ノ如シ
 大正十年五月二十七日      退任   元田敏夫
 同六月四日           同    栗田五百枝
 同               同    石井半左衛門
 同               同    村松武美
 同十一月二十二日        同    増田一郎
 同三月二十四日         死亡   尾沢増十郎
 同九月一日           同    新井泰三郎
 - 第30巻 p.766 -ページ画像 
 大正十年六月十四日       就任   香坂昌康
 同               同    鈴木券太郎
 同六月二十六日         同    関口類作
 同               同    成田一郎
 同十一月二十二日        同    道祖土幸造
 同十一年三月二十三日      退任   鈴木券太郎
支部長ノ異動左ノ如シ
 大正十年六月四日        退任   石井半左衛門
 同               同    村松武美
 同六月二十六日         就任   関口類作
 同               同    成田一郎
主事ノ異動左ノ如シ
 大正九年十二月二十四日     退任   岡村準一
 同十年三月三十一日       同    栗田五百枝
 同九年十二月二十七日      就任   三上孝基
 同十年四月一日         同    鈴木券太郎
 同十一年三月二十三日      退任   鈴木券太郎
 同               就任   早川三郎


財団法人埼玉共済会会報 第七号・第六九頁 大正一四年一一月刊 本会資金の概況(DK300090k-0008)
第30巻 p.766 ページ画像

財団法人埼玉共済会会報  第七号・第六九頁 大正一四年一一月刊
    ○本会資金の概況
 本会資金は知事交付金五万七千六百参拾壱円と、篤志者の寄附金とより成るものにして、創立当時寄附を申込まれたる者壱千八拾名、其の金額四拾弐万壱千参百弐拾壱円なり、該寄附金の納入は一時と分割納入との二種に分ち、寄附者の随意なりしが一時に納入したる者少からず、而して大正八年度末に於ける本会資金弐拾弐万参千九百弐拾円余なりしが、大正九年十一月には弐拾九万壱千七百五拾七円余となり同十年十月には参拾五万五千参百五拾弐円、同十一年十月には参拾九万参千八百弐拾九円、同十二年十二月には四拾参万九千弐百九拾七円となり、同十四年二月には実に、六拾壱万四千五百七拾四円余に達せり、創立当時の寄附申込高より弐拾余万円増加したるは新に寄附せられたる篤志家の醵出金と、前後約弐拾万円の知事交付金ありし為なり


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第二〇頁 昭和六年十二月(DK300090k-0009)
第30巻 p.766 ページ画像

青淵先生職任年表 (未定稿)昭和六年十二月調  竜門社編
               竜門雑誌第五一九号別刷・第二〇頁 昭和六年十二月
    大正年代
年      月

九《(八)》  六 ―財団法人埼玉共済会顧問―昭和六・一一。



〔参考〕全国社会事業名鑑 昭和二年版 中央社会事業協会編 第四〇六―四〇七頁 昭和二年一〇月刊(DK300090k-0010)
第30巻 p.766-767 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。