デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
3節 感化事業
3款 東京市養育院感化部井之頭学校
■綱文

第30巻 p.829-838(DK300103k) ページ画像

大正2年4月25日(1913年)

是日栄一、当校卒業式ニ出席シ一場ノ訓示ヲナス。爾後同六年・七年・九年・十年・十一年・十三年ノ卒業式ニ出席ス。


■資料

九恵 東京市養育院月報第一四七号・第一八頁 大正二年五月 井の頭学校修業証書授与式(DK300103k-0001)
第30巻 p.829-830 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第一四七号・第一八頁 大正二年五月
○井の頭学校修業証書授与式 四月二十五日井の頭学校に於ては、校内講堂にて就学生徒に対し卒業並に修業証書授与式を執行せり、玆に当日の状況を紹介せんに、午前十時生徒一同は式場へ着席し、次で来賓には湯浅内務地方局長・同生江嘱託・東京市原田助役・同大橋庶務課長・東京府庶務課長代理石井試補の諸氏、職員と共に式場の左右に着席し、桜井副幹事式辞に次て生徒試験の成績を報告し、了て証書並に賞品・善行証・徽章等の授与あり、渋沢院長は生徒一同へ対して将来の心得方に就て懇篤なる訓辞を垂れ、次で湯浅局長も生徒に対し訓
 - 第30巻 p.830 -ページ画像 
話あり、最後に生徒総代神戸某なるものゝ答辞ありて結了せり、余興としては日頃生徒が品性陶冶の為め、稽古しつゝある狂言小舞にして「ブス」「膏薬煉」「海人」等を演じ、頗る参列諸君の喝采を博せり


九恵 東京市養育院月報第一九四号・第三四―三六頁 大正六年四月 井の頭学校証書授与式(DK300103k-0002)
第30巻 p.830-831 ページ画像

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九恵 東京市養育院月報第一九四号・第一―三頁 大正六年四月 処世上の心得(養育院々長男爵渋沢栄一)(DK300103k-0003)
第30巻 p.831-833 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第一九四号・第一―三頁 大正六年四月
    ○処世上の心得     (養育院々長男爵 渋沢栄一)
 左に掲ぐるは四月十七日井の頭学校証書授与式当日、生徒一同に対して為されたる訓話の大要なり(文責在記者)
 今日は諸君にとつて誠にお目出度い日である。之も諸君が日頃一生
 - 第30巻 p.832 -ページ画像 
懸命勉強した賜物で、定めし諸君は非常な悦びを感じて居る事であらうが、かく証書を受くる事の出来た諸君より、其証書を授ける自分は猶一層の愉快を禁じ得ないのである。必らずや諸君は此喜びを、単に今日一日の事として終らしめず、今後一層の努力によつて更に大なる喜悦を齎す様に、今から深く心懸けねばならぬ。
 諸君は成る程或る意味に於ては誠に不幸な人々であるが、又他の意味から云へば実に幸福な人と云ふ事が出来るのである、我国で英雄の一人として数へらるゝ豊臣秀吉は、諸君もよく知る通り関白に迄なつた人であるが、其昔幼少の時は橋の上で乞食をした事もあるし、又草履取りをした時代もあつた、今日秀吉が人々から推賞せらるゝの理由は、彼が幼少の時代に斯くの如き苦心を嘗めたと云ふ事にある。彼は実に独力で成功を贏ち得たので、之が彼の偉大なる所である。又斯く申す予も未だ二十三歳になるかならぬ頃から、全く親の手を離れ独立で奮闘し来つたのである、己の精神さへ堅固であるならば、親の厄介にならずとも独立で何事も為し遂げ得るもので、此点は諸君がよく考へねばならぬのである。前に諸君に向つて反つて幸福な人であると云うた所以はこゝにある。
 猶今日は久振で諸君に遭うた事故、祝辞に添へて一言如何にせば斯かる幸福の人となり得るかと云ふ事について申し述べたいと思ふ、宜しく深く心に銘じて之が実行に努めねばならぬ。世に処して先づ第一に心懸くべきは誠実と云ふ事である。之は別に詳しく説明する迄もない、孔子も誠を人の道なりというて、人として踏むべき道は誠を離れて存せぬ事を教へて居る、如何に知識は優れて居ても若し誠の一事を欠いたならば、決して人として成功する事は出来ぬ、如何なる人に対しても、些末な事に当つても、常々誠実の心を失うてはならぬ。
 第二に力むべきは勤勉である、一生懸命に働く事である、其日の仕事は必らず其日に済ませ、後に残るなき様心懸けるがよろしい、怠惰で成功した者は一人もない、諸君にして成功を望むならば、必らずや寸暇を惜んで働くの決心がなければならぬ。
 第三に忘れてならぬ点は忍耐と云ふ事である、如何なる困難にあつても決して屈せざるの心である、学校を出ると今迄より数倍した苦しい目に幾度も出遭ふ事であるが、此時其困難に打ち勝つ事が出来ずして挫けてしまふ様では、とても将来の成功を期する訳には行かぬ、誠の心を以て如何なる苦しみも忍びつゝ勤め励むの精神、之が成功の上に於て欠く可らざる要件である。猶以上の三要件と同時に常に考へねばならぬ重大な心得がまだある、其一は感恩と云ふ事である、主人や先生に恩を受けながら之を思はなかつたり、友人に世話を懸けながら之を忘るゝが如きは禽獣にも劣るので、人として誠に恥づべき事である、生を此の世に享けた父母の御恩、安らかに其日を送り得る君の御恩は、就中夢昧も忘るゝ事を許さない。次ぎに今一つ常に心に懸けねばならぬは同情の念である、思ひやるの心である、之は人として何人も有すべき自然の情で、例へば苦しめる人を見て己の身に引き比べ、何とか為し度いと云ふ心を云ふのである、苟くも世に処するに此の大切な心を欠き、単に自己の利益のみを知つて他を顧みざるが如きは、
 - 第30巻 p.833 -ページ画像 
最も警めねばならぬ事である。
 諸君は今日斯くの如く東京府の方を初め、貴顕方御列席の目前で証書の授与を受け、是等の方々に喜びを別ちて頂けた事については、自ら深く其の有りがたさを感じねばならぬ、有りがたさを感じたならば今日の喜びを単に今日一日の事として之を終らしめず、更に奮励し確く将来の成功を期せねばならぬ、以上述べた五つの点は、之が為めには必らず深く肝に銘じ、日夜之が実践に努力せねばならぬ。
 予は常に諸君の親として諸君の幸福を希うて居る、今日は諸君にとつて誠にお目出度い日であるが故に、諸君の為め衷心から祝辞を述ぶると共に、親として以上の注意を与へて置く事とする。


九恵 東京市養育院月報第二〇七号・第一九頁 大正七年五月 井之頭学校証書授与式(DK300103k-0004)
第30巻 p.833 ページ画像

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九恵 東京市養育院月報第二〇七号・第一頁 大正七年五月 井之頭学校証書授与式に臨みて(DK300103k-0005)
第30巻 p.833-834 ページ画像

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東京市養育院月報 第二三〇号・第一〇頁 大正九年四月 ○井之頭学校卒業証書授与式(DK300103k-0006)
第30巻 p.834 ページ画像

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東京市養育院月報 第二四三号・第二四頁 大正一〇年五月 ○井之頭学校だより 一、卒業式(DK300103k-0007)
第30巻 p.834-835 ページ画像

東京市養育院月報  第二四三号・第二四頁 大正一〇年五月
    ○井之頭学校だより
      一、卒業式
 四月二十五日本校第十六回尋常小学科卒業証書授与式《(マヽ)》あり、当日午前十一時、山県東京府社会課長・相田内務省嘱託・垣見本院常設委員長・島田本院常設委員、其他の来賓、並びに渋沢院長・田中幹事、其他職員生徒一同講堂に参集の上、式を挙げらる、先づ「金剛石」の唱歌を合唱し、序で田中幹事の式辞ありて後、渋沢院長より卒業生十九名・成績優良者其他二十名に対し、夫々卒業証書若しくは賞品を授与
 - 第30巻 p.835 -ページ画像 
する所あり、終つて生徒一同に対し訓辞を為す、次いで山県社会課長本多武蔵野村立小学校長並びに藤沢本校出身者総代の祝辞の後、卒業生総代の答辞あり、斯くて一同校歌の合唱を為して式を閉ぢたり。


東京市養育院月報 第二五四号・第一八頁 大正一一年四月 ○第十六回井之頭学校卒業証書授与式(DK300103k-0008)
第30巻 p.835 ページ画像

東京市養育院月報  第二五四号・第一八頁 大正一一年四月
    ○第十六回井之頭学校卒業証書授与式
 絢爛を競ひし桜の花も名残りなく散り果て、浅き緑の若葉に風薫る四月十九日、第十六回井之頭学校卒業証書授与式を同校講堂に於て挙行せり、此日校庭は無数の万国旗に彩られ、晩春の光を浴びて立つ新しき着物に袴をつけし生徒等は満面喜悦の情に溢れたり、本院よりは渋沢院長はじめ、田中幹事・小木経理課長臨席し、式は午前十一時より川口同校主務司会の下に、来賓及職員生徒の金剛石の唱歌に始まり田中幹事の式辞(説苑欄所載)、川口主務の学事報告の後、院長より卒業生十七名・優等生十二名に夫々証書及賞品を授与され、終つて一場の訓話(説苑欄所載)あり。次で来賓総代として代議士市会議員近藤達児氏の祝辞(説苑欄所載)、卒業生総代松本政太郎の答辞ありて、校歌を合唱し式を閉ぢたり、之れより来賓は川口主務の案内にて生徒の学科成績品・実科製作品を巡覧して、校内や寮舎の状況などを参観せられ、終つて校庭に於て記念撮影を為し午餐に移れり、午后は再び講堂にて生徒の学芸会を開く、学芸会は総べて生徒本位にして、開会より閉会まで活気縦横、或は唱歌に、暗誦に、お話に、さては対話劇に至るまでなかなか手に入つたものにして、院長はじめ来賓の方々も始終莞爾たる態度にて傾聴せられたり、斯くて予定の「プログラム」を全く終り散会したるは午后三時半なりき。
 因に当日参列せられたる主なる来賓の芳名左の如し
      出席者(順序不同)
東京市会議員   近藤達児氏   家庭学校        小川実也氏
同        南〓氏     東京府社会課児童保護員 渡辺コト氏
同        原田吉兵衛氏  公園事務所       田中仲次郎氏
同        島田藤吉氏   東三鷹小学校長     高橋友一郎氏
内務省 嘱託   相田良雄氏   東三鷹村教育会長    高橋鋠蔵氏
同   同    牧野虎次氏   西三鷹小学校長     松村競氏
東京市 嘱託   小林正金氏   武蔵野村長       秋本録之助氏
東京区裁判所判事 三井久次氏   武蔵野第一小学校長   本多虎雄氏
武蔵野学院教諭  小川恂蔵氏


東京市養育院月報 第二五四号・第三―五頁 大正一一年四月 ○井之頭学校卒業式訓話(養育院長子爵渋沢栄一)(DK300103k-0009)
第30巻 p.835-837 ページ画像

東京市養育院月報  第二五四号・第三―五頁 大正一一年四月
    ○井之頭学校卒業式訓話  (養育院長 子爵 渋沢栄一)
 本日井之頭学校卒業証書授与式を挙行致すに就きまして、東京から斯くも多数の方々の御臨席を辱けなう致しましたことは、職員及生徒一同と共に甚だ喜ばしく思ふ次第であります。
 井之頭学校の沿革等につきましては、唯今田中幹事から式辞の中に述べられましたので、詳細は略しますが、抑も本院感化部の起源を繹ねますと、明治三十年一月に 英照皇太后陛下の御崩御につき、全国
 - 第30巻 p.836 -ページ画像 
各府県に御内帑金の御下賜がございまして、其際東京府に下賜されました金の一部が市に分かたれました、之れが感化部の基金となり、其頃市内の悪化青少年が多数となり、是等の者を匡化善導することは甚だ必要な企であるといふ考へから、明治三十三年七月大塚の本院に初めて感化部を設けましたるに由来し、其後二十二年を経過いたしますが、兎に角年を経ると共に相応の成績も挙げたのでありますが、尚ほ其設備の完からざるを憾みとして居る次第であります。
 私は昨年米国に参りました節、フヒラデルフヒアの「ジェラード・カレッジ」を参観いたしました、此学校は創立後百年以上の歴史を持ち、基金等も甚だ豊富で、常に千三・四百人の児童を収容して居る処であります、私は先年参りました時も、復此度参つた時も其学校を参観し、生徒達に会つて親しく話を致しましたが、皆非常に活溌で且つ紀律の正しい事は実に感心の外はなく、人は皆斯くありたいと、つくづく感じ入りました程であります。
 兎角日本の子供だの、又は修養の乏ぼしい人達は、何か珍らしいものとか、変つた人などを見ると、呆然として見とれて居ることを宜く見受けますが、此「ジェラード・カレッジ」の生徒は、私を見ても決して呆然たる態度はしない、それ許りでなく千人以上も居る子供達が私の参りました時は極めて短い時間の間に私の面前に集まつて、私の演説を聞くために夫々設けの席につきますのに、少しも混雑せず、整然として終始する挙動は、実に美はしいものでありました、殊に多くの人が集まると或は押合つたり、突き除けたりするものですが、決してそんなことをしない、東京で電車に乗る人を見たり、又は路上に交通の障碍となるべきものを平気で散乱せしめ置く有様を見ると、如何に公徳心の欠乏してゐるかゞ察せられます、是等の事柄は確かに米国人に比して日本人が劣るやうです、古い諺にも「人の振り見て我が振り直せ」と云ふことがあります、本校の生徒達も能く注意しなくてはなりませぬ、度々云ふ通り皆さんは不幸な境遇に居る人であります、然し世間の金持ちなるものが、決して皆さんの考へて居る様な幸福な人達許りではない、金持ちの中でも、心ある人は却つて金持ちの家に生れたことを悔やむ人もあります、赤裸空拳の境遇より身を起しても心掛け一つによりまして、如何なる発展もなし得られるのでありますから、皆さんも自分の勉強次第で、どんなにも立派な人となることが出来るのです、それを考へると甚だ希望の多い訳けで、不幸の如くに見へて、然かも幸福な身の上であると言はねばなりません、私自身の如きも素は一農家の息子であつて、草深い田舎に育つた身ではあるが青年の時志を立て一身を国家の為めに捧ぐるの覚悟で、並々ならぬ苦心努力を重ね、所謂勉強の結果で今日あるを得たので、必ずしも大なる貢献を国家に為したとは云はれぬかも知れないが、兎に角く何程たりとも社会国家の為めに尽くすことが出来たのは、一に奮勉努力の結果であります。
 皆さんも何時までも長く此学校に居る訳ではなく、段々と年を重ねれば、何づれ社会に出なくてはならぬから、特に此処に居た時の心持を忘れぬやうに心懸け、努力勉強を第一として働くことが肝腎であり
 - 第30巻 p.837 -ページ画像 
ます。
 終りに臨みまして、私は井之頭学校の為めに本日特に御尊来を下さいましたる来賓方に、篤く御礼を申上げます。


東京市養育院月報 第二七四号・第八―九頁 大正一三年五月 ○第十八回井之頭学校卒業証書授与式(DK300103k-0010)
第30巻 p.837 ページ画像

東京市養育院月報  第二七四号・第八―九頁 大正一三年五月
○第十八回井之頭学校卒業証書授与式 五月三日午前十時三十分より井之頭学校講堂に於て、第十八回尋常小学科卒業証書授与式を挙行せり、当日本院よりは渋沢院長・田中幹事・小木経理課長臨席の上、川口同校主務司会の下に、式は生徒の金剛石の唱歌に始まり、田中幹事の式辞(別項説苑欄掲載)、川口主務の学事報告の後、渋沢院長より卒業生四名・優等生十二名・精勤生二十二名・室長七名に対し、夫々卒業証書及賞品を授与せられ、終つて生徒一同に対し一場の訓話(別項説苑欄掲載)あり、次に東京府会議員東京市参事会員高橋俊太氏来賓を代表して生徒一同に懇篤なる祝辞(別項説苑欄掲載)、卒業生総代飯田宗一郎氏の答辞朗読ありて、校歌を合唱して式を閉ぢ、来賓は川口主務の案内にて生徒の学科並に実科成績品を巡覧の後、記念撮影をなして午餐に移り、午餐後は校内外の諸施設・各寮舎の状況等を巡覧せられ、午後二時過ぎ極めて盛会裡に散会せり、因に当日列席せられたる主なる来賓の氏名は左の如し
 太田秀穂氏    大迫宗太郎氏  高橋俊太氏
 武田真量氏    滝田竜之助氏  福田正躬氏
 古谷田源五郎氏  相田良雄氏   菊池俊諦氏
 三井久次氏    下松桂馬氏   篠崎守造氏
 本橋柳太郎氏


東京市養育院月報 第二七四号・第二―三頁 大正一三年五月 ○井之頭学校卒業証書授与式訓話(大正十三年五月三日)(養育院長渋沢栄一)(DK300103k-0011)
第30巻 p.837-838 ページ画像

東京市養育院月報  第二七四号・第二―三頁 大正一三年五月
    ○井之頭学校卒業証書授与式訓話(大正十三年五月三日)
                   (養育院長 渋沢栄一)
 例に依り本日第十八回井之頭学校卒業証書授与式を挙行致すことを得ましたのを、私は深く喜ばしく存じます、殊に本日は朝来の雨天にも拘はらず、地元の方々は素より遠く東京方面から斯く迄多数来賓の御臨場を得、且つ本校の施設其他教育の現況等に就き親しく御覧下さることは、本校の光栄此上もないことと存じ、感謝に堪えぬ次第で、謹で御礼を申上げます……次に生徒達に一言致します
 歳月の流れは誠に早く、養育院に感化部が設けられてより本年は丁度満二十四年で、此井之頭に移りまして以来実に十九年に相成りました、斯様に歳月の過ぎ行くことが速かでありますから、我等が其光陰を有効に費やしつゝあるか否かは、個人としても又た社会としても甚だ緊要な事柄で、之れが利用の如何は、社会なり個人なりの興廃得失の分岐路となるのである、若し夫れ我等が怠惰に月日を過ごすならば終生何の得る処もなく、遂には社会の落伍者として、其末路や真に憐れむべきものとなることは、皆さんの常に見聞して居る通りである、殊に希望に輝く将来を有する少年である処の皆さんは、月日を惜むといふ観念を確かり心に銘じて、日々の勉強を怠つてはならぬ
 - 第30巻 p.838 -ページ画像 
 元旦に御目出度うを唱へる事は何れの年も変りはないのであるが、人の考へは年と共に多少変化して行くやうである、月日を重ずる観念を強く有つと云ふことは人間生活に於て最も大切であつて、例へば本日、即ち大正十三年五月三日は此学校にも又た皆さんにも非常に意義ある且つ忘るべからざる記念すべき日である、之れを皆さんは能く記憶して居なければならぬ、斯かる記念すべき日を多く持つことに依り進歩があり向上があるのである
 尚ほ一言申上げたいことは、一体卒業式と云ふことは単に卒業生自身の喜びであるのみならず、其家庭に於ても斉しく喜びを頒つべきでありますが、皆さんは不幸にして、其喜びを頒つべき家庭を有して居ないので、此点は誠に同情に堪えない次第であります、然かし私が常常申上げるやうに、不肖ながら私が皆さんの親として凡ての務めを尽して居るのでありますから、決して心細く感ずるとか、又たは僻むやうのことがあつてはならぬ、此処に御出下さつた来賓の方々も、広い意味から申すと皆さんの家庭と同様、今日の喜びを共にお喜び下さる為めに御臨場下さつたのであるから、十分感謝の意を致さなければならぬ
 終りに臨みまして、本日御臨場下さいました来賓各位に重ねて厚く御礼を申上げます
   ○大正十四年以後、栄一出席セズ。