デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.16

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
5節 災害救恤
1款 東京水災善後会
■綱文

第31巻 p.217-245(DK310045k) ページ画像

明治43年8月20日(1910年)

東京府下ニ於ケル水災後ノ一般衛生施設並ニ疾病者施療等ヲ目的トシ是日当会組織セラレ、栄一之ガ常務委員長トナリ、種々尽力ス。


■資料

東京水災善後会報告 同会編 第一―六頁 明治四四年八月刊(DK310045k-0001)
第31巻 p.217-218 ページ画像

東京水災善後会報告 同会編  第一―六頁 明治四四年八月刊
  一 創立
    一 本会ノ創立
 明治四十三年七月末ヨリ八月初旬ニ亘リ天候陰鬱、其ノ間大雨連リニ臻リ、東海道方面ヨリ関東・東北ノ各地ニ跨カリ、河川氾濫、洪水横溢、人家・田圃・山林等ノ浸水流失スル者甚タ少ナカラサリシカ、殊ニ八月初旬ニ於ケル東京府下ノ洪水ハ前代未聞ノ珍事ニシテ、人家ノ浸水スルモノ実ニ十八万余戸ノ多キニ及ヒ、罹災民ノ夥シキ亦タ数フルニ遑アラス、而シテ其ノ惨状窮態ニ至ツテハ殆ント名状スヘカラサルモノアリタリ、玆ニ於テカ東京府・東京市・警視庁等ノ各当局ハ勿論、一般ノ篤志慈善家ハ奮ツテ罹災窮民ノ応急救助ニ努力シ、或ハ収容所ヲ設ケ、或ハ被服・食物等ヲ施与シ、以テ漸ク一時窮民ノ災厄ヲ救済スルヲ得タルハ、誠ニ喜フヘキ次第ナリ、然レトモ此際ニ当リテ氾濫セル洪水ハ、容易ニ減退ノ模様ナキノミナラス、塵芥汚物ハ濁水ト共ニ沈澱シテ到ル処不浄不潔ヲ極メ、汚穢悪臭殆ント近ツク能ハサルノ状況ヲ呈セリ、蓋シ前述ノ如ク罹災窮民ノ多数ハ、当局及ヒ慈善家ノ為メニ応急的救助ノ恵ニ浴シツツアルモ、軈テ洪水減退シテ各各其旧居ニ復帰セサルヘカラサル場合ニ到レハ、果シテ何等カノ施設計画アリタリヤト云フニ、世人皆ナ眼前ノ急ヲ救フニ汲々トシテ、災害後ニ於ケル諸般ノ善後施設ニ対シテ全ク之ヲ顧ミルノ暇ナキノ状況ナリシ、然カモ此如キ大水害ニ処スルノ策トシテハ、罹災窮民ノ応急救助ヲ必要トスルノ外、災害後ニ於ケル諸般ノ善後施設ヲ計画スルハ最モ重大ニシテ、且ツ必要欠クヘカラサルコトニ属ス、而シテ其ノ善後施設ニ関スル事業ハ又一ニシテ足ラス、故ニ深ク各般ノ事情ヲ調査講究シ、以テ必須有益ナル事業ヲ選択シ、之ヲ施設シ、万一ニモ其ノ遺算ナキヲ期セサルヘカラス、蓋シ従来往々其ノ方法ヲ誤リタルノ結果、却ツテ種々ノ弊害ヲ生シタルノ例甚タ少ナカラサレハナリ、渋沢男爵・中野武営・豊川良平ノ三氏ハ深ク如上ノ事情ヲ察シ、此際水災ノ善後ヲ策スルノ最モ必要ナルヲ認メ、八月十八日ヲ以テ日本橋区兜町第一銀行ニ集会シ、種々協議ヲ重ネ、有力者ノ賛助ヲ得テ一団体ヲ組織シ、以テ適当ナル善後策ヲ講スルノ議ヲ決シ、同日ヲ以テ左ノ諸氏ニ対シ夫々通知状ヲ発送シタリ
 拝啓、益々御清適抃賀之至ニ候、然者今般当府下ノ水害ハ実ニ非常ノ惨事ニ有之、目下応急ノ処置ニ就テハ府市及各慈善家ニテ種々施
 - 第31巻 p.218 -ページ画像 
設モ有之候様子ニ候得共、尚ホ将来ノ善後策ニ付、例ヘバ衛生法・施療法ノ如キ必須ノ事務モ可有之ト存候、就テハ右等ニ関シ篤ト御相談申上度存候間、明十九日午後四時東京商業会議所迄御光来被下度、此段得貴意度、如此ニ御座候 拝具
   明治四十三年八月十八日
                      渋沢栄一
                      中野武営
                      豊川良平
    (通知先)
    男爵 松尾臣善 ○外五〇名氏名略ス
 前記ノ如ク通知ヲ為シ、翌十九日集会ヲ催シタルニ、多数ノ出席ヲ得タルヲ以テ、渋沢男爵ヨリ水害善後策ヲ講スルノ必要ヲ述ヘ、此際有力者ノ賛同ヲ得テ一ツノ慈善団体ヲ組織シ、善後策中、殊ニ罹災地区ニ対スル衛生的施設、及ヒ罹災民中疾患ニ罹カルモノノ為メニ施療所ヲ設ケ、以テ水害後ニ発生スル悪疫ノ流行ヲ防止スルハ最モ適切ナル事業ナリト信ス、蓋シ水害後ニ於テ若シ衛生的施設ヲ等閑ニ附シ悪疫ノ発生流行ヲ来タスカ如キコトアラハ、其ノ惨害ハ実ニ水害ニ依リテ蒙リタルモノヨリ更ニ一層甚大ナルモノアルヘシ、故ニ吾人ハ玆ニ団体ノ力ヲ藉リテ此方面ニ尽力セントスルモノナリトノ趣意ヲ述ヘ、中野・豊川ノ両氏ヨリモ之ニ附加シテ出席者ノ賛同ヲ求メタルニ、何レモ賛成ノ意ヲ表セラレタルニ依リ、引続キ協議会ヲ開キ、左ノ決議ヲ為シタリ
 一、本会ヲ東京水災善後会ト名ツクルコト
 二、常務委員ヲ選定シテ、趣意書・規約ノ起草ヲ托スルコト
 三、常務委員ニ渋沢男爵・中野武営・豊川良平・朝吹英二・大橋新太郎・柿沼谷蔵・星野錫ノ七氏ヲ推薦スルコト
 四、本会々務進行上必要ナル処置ヲ常務委員ニ一任スルコト
 而シテ常務委員ハ、直ニ趣意書・規約等ノ起草ヲ了シ、八月二十日帝国「ホテル」ニ、時事・東京朝日・万朝報・東京日々・二六・日本・読売・国民・都・やまと・毎日電報・報知・中外商業・中央等ノ社長又ハ主幹ノ集会ヲ請ヒ、本会組織ノ趣旨目的ヲ縷述シ、各社ノ同情ニ依リ本会ノ為メニ充分ノ援助ヲ与ヘラレンコトヲ希望シタルニ、何レモ賛成ノ意ヲ表セラレタルヲ以テ、玆ニ本会ノ創立ヲ確定シ、同日ヲ以テ設立趣意書及規約ヲ世間ニ発表シタリ


東京水災善後会報告 同会編 第一二―二三頁 明治四四年八月刊(DK310045k-0002)
第31巻 p.218-220 ページ画像

東京水災善後会報告 同会編  第一二―二三頁 明治四四年八月刊
  二 職員及諸会議
    一 常務委員長・常務委員
本会ハ創立当初ノ会合ニ於テ常務委員七名ヲ選定シ、其ノ互選ヲ以テ委員長ヲ選定シタリ
  常務委員長 男爵 渋沢栄一
本会ノ常務委員ハ当初七名ナリシモ、事務進行ノ必要上、常務委員会ノ決議ヲ以テ、更ニ八名ヲ増加シ十五名ト為リタリ、其ノ氏名ハ左ノ如シ
 - 第31巻 p.219 -ページ画像 
   男爵 渋沢栄一    中野武営   豊川良平
      朝吹英二   大橋新太郎   柿沼谷蔵
       星野錫  森村市左衛門   馬越恭平
   日比谷平左衛門    福原有信  佐竹作太郎
     大倉喜八郎    池田謙三  前川太兵衛
○中略
    三 諸会議及議件
本会創立後、解散ニ至ルマテノ諸集会・会議及協議シタル重ナル事項ハ左ノ如シ
 一 八月十八日、渋沢男爵・中野武営・豊川良平ノ三氏本会設立ノ協議ヲ為ス
 一 八月十九日前記三氏ノ名ヲ以テ、松尾男爵外五拾名ノ集会ヲ請ヒ、本会設立ニ対シ賛同ヲ求ム
 一 八月二十日府下十四新聞社々長又ハ主幹ノ集会ヲ請ヒ、本会設立ノ趣旨規約ヲ発表シ、其ノ賛成ヲ求ム
 一 八月二十二日常務委員会ヲ開キ、全国臨時水害救済会ヨリ申込マレタル合同ノ件ヲ協議シ、目的・救済範囲等ヲ異ニスルヲ以テ、之ヲ謝絶スルコトヲ決定ス
 一 八月二十三日日本銀行総裁外会社・個人等五拾八箇所代表者ノ集会ヲ請ヒ、本会ニ対シ相当ノ寄附ヲ懇請ス
○中略
 一 八月二十四日東京商業会議所議員協議会ヲ開キ、本会ノ趣旨ニ賛同ヲ求ム
○中略
 一 八月二十五日常務委員会開会、左ノ件ヲ議決ス
   一、東京市ノ要求ニ係ル市内浸水家屋ニ対シ殺菌消毒薬ヲ撒布スルニ要スル薬品代及撒布費合計弐万七千円ヲ支出寄贈スルコト
   一、本会ヨリ各方面ノ事業ニ向ケ寄贈スル金員ハ、総テ東京府知事ヲ経由スルコト
○中略
 一 九月一日常務委員会開会、左ノ件ヲ議決ス
   一、東京府ノ要求ニ係ル郡部浸水家屋ニ対スル殺菌消毒薬及ヒ撒布費合計金九千九百円ヲ支出寄贈スルコト
 一 九月二日常務委員会開会、左ノ関係当局ノ集会ヲ請ヒ、水災後ニ於ケル衛生的施設ニ関シ、其ノ意見・希望等ヲ聴取シ、本会会務ノ参考ニ供シタリ
     内務省衛生局長  窪田静太郎君
     同技師      野田忠広君
     東京府内務部長  鈴木隆君
     同庶務課長    高橋徳太郎君
     東京市助役    宮川鉄次郎君
     警視庁第一部長  太田政弘君
     同第三部長    栗本庸勝君
 - 第31巻 p.220 -ページ画像 
     東京市養育院幹事 安達憲忠君
○中略
 一 九月十三日常務委員会開会、左ノ件ヲ協議々決ス
   一、寄附金ヲ成ルヘク速ニ取纏メ締切ト為スコト
   一、東京市・東京府・警視庁ノ要求ニ係ル左ノ件ヲ承認スルコト
     (イ)東京府郡部個人家屋ニ対スル清潔法費金弐千八百円ヲ支出寄贈スルコト
     (ロ)東京府郡部小学校清潔法費壱万千四拾円ヲ支出寄贈スルコト
     (ハ)東京府郡部健康診断費金参千参百円ヲ支出寄贈スルコト
          (以上東京府)
     (ニ)東京市内浸水地ニ増設スル共同水道栓敷設費金九千四百八拾円ヲ支出寄贈スルコト
          (以上警視庁・東京市)
     (ホ)東京市養育院ニ施療患者収容所ヲ建築スル費用金壱万四千参百円ヲ支出寄贈スルコト
          (以上東京市)
 一 九月二十日常務委員会開会、野田内務省衛生局技師・原田東京市助役・高橋東京府庶務課長・警視庁第三部員等参会シ、本会ノ支出寄贈ニ依リ経営シツヽアル各事業ハ、何レモ時宜ニ適シ且ツ良好ナル成績ヲ現シツヽ進行シ居ル旨ヲ述ヘラレ、本会ノ計画ハ水害善後策トシテ実ニ有益ナルコトヲ感謝セラレタリ、次テ委員会ハ左ノ件ヲ議決ス
   一、東京市郡部罹災窮民疾病者施療所費金壱万五千四百九拾参円六拾銭《(マヽ)》ヲ支出寄贈スルコト
   一、同愛社々長高松凌雲氏ヨリ申出テタル同社施療費中ニ金参千円ヲ支出寄贈スルコト
   一、東京市養育院施療所費金弐万参千弐百八拾七円ヲ支出寄贈スルコト
 一 十一月八日常務委員会開会、左ノ件ヲ議決ス
   一、東京府郡部健康診断ハ成績良好ナリト認メタルニ、更ニ第二回ヲ続行スルタメ、該費金五千八百四拾壱円九拾参銭ヲ支出寄贈スルコト
   一、東京市内消毒殺菌薬搬布費精算ノ結果金壱千百六円五拾銭五厘ノ過剰ヲ生シタルニ付、右金額ヲ市内汚物掃除費ニ流用スルコト
   一、事務嘱托員ニ慰労手当ヲ支出スルコト
○中略
 一 十二月二十六日金弐百円以上ノ寄附者及評議員ノ集会ヲ為シ、渋沢男爵ヨリ、本会創立以後ノ経過、事業ノ成績ヲ述ヘ、過剰金ヲ養育院ニ指定寄附ト為スノ件ヲ諮リタルニ、大柴四郎氏ハ委員ノ尽力ヲ謝シ、異議ナキ旨ヲ述ヘラレタリ
 - 第31巻 p.221 -ページ画像 


渋沢栄一 日記 明治四三年(DK310045k-0003)
第31巻 p.221-222 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年    (渋沢子爵家所蔵)
八月十七日 曇 冷
○上略 十時巣鴨養育院分院ニ抵リ ○中略 畢テ大塚本院ニ抵リ ○中略 橋本医長来リ、安達幹事ト共ニ市内水災後貧民施療ノ事ヲ談ス ○中略 午飧後市役所ニ抵リ、原田助役ト市内水災後貧民施療ノ事ヲ談ス ○下略
八月十八日 曇 冷
○上略 午後二時桂首相ヲ三田私邸ニ訪ヘ、豊川氏ト共ニ水害救恤ノ方法ヲ内議ス ○中略 四時半第一銀行ニ抵リ ○中略 中野・豊川二氏来リテ、水災救恤ノ事ヲ談シ、明日会同ノ事ヲ協議ス ○下略
八月十九日 曇 冷
○上略 午後四時ヨリ商業会議所ニ抵リ、各銀行・各会社等ヨリ来会セル人々ト水災救恤ノ事ヲ協議シ、水災善後会開設ノ議ヲ決ス ○下略
八月二十日 曇 冷
○上略 午後五時帝国ホテルニ抵リ、水災善後会設立ニ関シ各新聞記者ヲ会シテ、其趣旨ヲ述ヘテ賛同ヲ求ム、来会者ハ、都テ同意ノ旨ヲ明答ス、中野・豊川・朝吹氏等来会ス、依テ趣意書及規約等ノ修正ヲ協議ス ○下略
八月二十一日 晴 暑
○上略 十時ヨリ松尾臣善氏ヲ訪ヘ、寄附金ノ事ヲ依頼ス、又三井八郎右衛門氏ヲ訪ヘ、更ニ近藤廉平氏ヲ訪問ス、岩崎久弥氏・豊川良平氏等来会ス、水災善後会ニ岩崎家ヨリノ寄附金ノ事ヲ依頼ス ○中略 午後五時長谷場議長・根津嘉一郎二氏来リテ、水災救済ニ関シ一会設立ノ意アルニ付、善後会ト協同ノ事ヲ依頼セラル、依テ明日評議ノ上回答スヘキ旨ヲ以テ之ヲ謝ス
○下略
八月二十二日 曇 暑
○上略 午前十時三井同族会ニ抵リ、有賀長文氏ニ面会シテ、善後会ニ三井家ヨリノ寄附金ノ事ヲ依頼ス、十一時商業会議所ニ抵リ、中野・豊川・大橋三氏ト、昨日長谷場衆議院議長ヨリ協議ノ事ヲ談ス、衆議、分離ヲ是トスルニ付、其趣旨ヲ以テ午後回答スルモノトス、夫ヨリ一同午飧ヲ共ニシ、一時南満鉄道ニ抵リ、清野氏ニ面会シテ寄附金ノ事ヲ依頼ス、後永田町ニ桂首相ヲ訪ヒ、長谷場氏トノ談話ヲ告ケ、後衆議院ニ抵リテ長谷場・根津・岡崎其他ノ諸氏ト、昨日来ノ事ヲ談ス、畢テ再ヒ会議所ニ抵リ其顛末ヲ中野氏等ニ報告ス ○下略
八月二十三日 晴 暑
○上略 午後四時東京商業会議所ニ抵リ、水災善後会ヲ開キ会員ニ向テ爾来事務進行ノ概況ヲ報告シ、且水害救済会ナル者議会ノ人士ニ依リテ設立セラレタル次第ヲモ報告ス、後寄附金ノ打合ヲ為シ ○下略
八月二十四日 晴 暑
○上略 南満鉄道会社清野氏ヨリ電話ニテ水災善後会ニ寄附金ノ事ヲ協議ス ○中略 十二時、銀行集会所ニ於テ午飧シ、後善後会寄附金ノ事ヲ協議ス、午後三時商業会議所ニ抵、聯合会ニ出席シテ水災善後会ノ事ヲ演説ス ○下略
 - 第31巻 p.222 -ページ画像 
八月二十五日 曇 暑
○上略 四時東京商業会議所ニ抵リ、水災善後会委員会ヲ開ク、畢テ六時半帰宿ス ○下略
八月二十六日 晴 暑
午前七時半起床、昨夜腹部悪シク ○中略 水災善後会モ会合ノ通知アルモ同シク謝絶セリ ○下略
   ○中略。
九月一日 晴 暑
○上略 午前九時東京商業会議所ニ抵リ、水災善後会ノ事ヲ談話ス ○中略 十一時再ヒ会議所ニ於テ善後会ノ事ヲ談ス、十一時事務所ニ抵リ、養育院ニ於テ施行スル水災地施療ノ事ニ関シ、橋本医長・安達幹事ト談話ス ○下略
九月二日 晴 暑
○上略 午前十時東京商業会議所ニ抵リ、府・市及警視庁ヨリ来会セル当局ノ人々ト、水災善後ノ事ヲ協議ス、畢テ銀行集会所ニ抵リテ、午飧シ、後水害寄附金ノ事ヲ協議ス、午後三時ヨリ、深川・本所・浅草・下谷四区ニ開設セル施療所ヲ一覧ス、各区水後ノ惨状一見悽然タリ、午後六時過一覧畢リテ王子ニ帰宿ス
   ○中略。
九月十三日 曇 冷
○上略 午後一時東京商業会議所ニ抵リ、水災善後会委員会ヲ開キ、寄附金募集ノ概況ヲ調査シ、東京府市及警視庁等ヨリ申請セラルヽ衛生及施療ニ関シテ施設スル特殊ノ費途ニ対シテ、分配金ノ事ヲ協議ス ○下略
   ○中略。
九月十七日 曇 冷
○上略 白石書記長来リ善後会ノ事ヲ談ス
   ○中略。
九月二十日 曇 冷
○上略 一時商業会議所ニ抵リ、水災善後会委員会ヲ開キ、東京府・市・警視庁ノ諸吏員ヲ会シテ、衛生施療ニ関スル方法及右ニ付必要ノ経費ヲ質問シテ、本会ヨリ支出補足ノ事ヲ議決ス ○下略
   ○中略。
十一月八日 晴 軽寒
○上略 午前十時商業会議所ニ抵リ、水災善後会委員会ニ出席シ、寄附金分配ノ方法ヲ議定ス ○下略


(八十島親徳) 日録 明治四三年(DK310045k-0004)
第31巻 p.222-223 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四三年    (八十島親義氏所蔵)
八月卅一日 晴
○上略 午後五時ヨリ同族会、今回ノ水害ニツキテハ男爵ハ東京水災善後会・臨時水害救済会ノ為ニ奔走尽力サルヽハ勿論ナルガ(此残暑甚シキ際、来ル五日ヨリ京坂神地方ヘ勧募ニ赴カルヽ由)偖義捐トシテ善後会ヘ弐千円、救済会ヘ弐千円、八基村民ヘ壱千円、同村公共事業ヘ弐千円ノ寄付ヲ決定セラル、晩年ニ臨ミ自ラ奉スル事倍々薄ク、人ニ施スコト愈々盛大ニ傾ケリ、之レ即先生ノ先生タル所也 ○下略
 - 第31巻 p.223 -ページ画像 
   ○中略。
十二月卅一日 朝曇霰降午後晴
○上略 天災トシテハ、先以テ八月中全国ニ亘ル大洪水ヲ挙ケサルヘカラス、殊ニ東京附近甚シク、荒川・利根川氾濫シ、向島・亀井戸等浸水二週日以上ニ及ブ、蓋シ近代未聞ノ災害ナリ ○下略


竜門雑誌 第二六八号・第六―七頁 明治四三年九月 ○今後の財界 附大水害に対する善後策(青淵先生)(DK310045k-0005)
第31巻 p.223 ページ画像

竜門雑誌  第二六八号・第六―七頁 明治四三年九月
    ○今後の財界
      附大水害に対する善後策 (青淵先生)
     △憂ふべきは早冷也
今回の惨害は洵に未曾有の事にして、其光景の惨澹たる想像の外にあり、而して此等罹災民に対する当面の急務としては、先づ其救護に努力せざる可からざるは言ふまでもなき事にして、既に政府及び市区当局は勿論、民間有志者も或は金品を以て或は焚出しをなして夫々救護に従事しつゝあり、余の関係せる養育院に於ても、出水後に於ける疾病者の為めに施療所設立の議を一両日来市当局者と協議中にて、近く実行の運びに至る筈なるが、之れとて極めて咄嗟の事なれば同院基金の一部を之に流用してなり、応急の措置を採る考へなり、尚此等救護事業は啻に東京一市に限られたる事にあらず、被害各県全体に渉る事なれば、各地方庁及び各地方有志者の奮励を要するや論なし。
次には政府当局者に於ては此際一は景気挽回の一手段として、一は罹災民救済の意味に於て、今回の被害田畑及び堤防、河川の復旧・改修等、土木事業を成可く迅速に遂行し、尚ほ民間有志及び諸会社に於ても必要の土工事業は成る可く遠慮する事なく、此際着手する如きも極て災民救済の上に有効ならんと信ず。
扠此の水害の為めに我財界及び金融界は如何なる影響を被るやと云へば、其見る目聞く処の惨状が如何にも深大なるものあるも、範囲は自づから限られあり、全体より見て差したる影響なかるべし、無論斯る惨害の後に於て景気の振興する如き事はあらざる可きも、さりとて著しく金利騰貴し事業界沈衰す可しとは思はれず。
寧ろ我が財界の為めに憂慮に耐へざるは、水害の影響より昨今に於ける天候の不順と早冷の点なり、若し天候にして今後速に回復順気に趣かざるに於ては、此気候の支配を受くる地方一帯の米作は如何ある可きか、万一関東及び東北一帯の米作が甚たしく不良なる如き事あらんか、一方米価の騰貴による細民の困窮と、外米輸入による貿易の不均衡とにより、我事業界の被る影響は決して少々ならざる可く、為めに惹ては我公債市価及び株式市場の上に多大なる悪影響を及ぼすに至るやも、亦知る可からざる也。(中外商業新報掲載)


竜門雑誌 第二六八号・第四六―四九頁 明治四三年九月 ○東京水災善後会(DK310045k-0006)
第31巻 p.223-227 ページ画像

竜門雑誌  第二六八号・第四六―四九頁 明治四三年九月
    ○東京水災善後会
東京銀行集会所委員長たる青淵先生、東京商業会議所会頭中野武営、東京手形交換所委員長豊川良平の三氏は、水災善後策に関し、十八日 ○八月夜檄を飛ばして重なる実業家の集会を求めたり、其結果、青淵先
 - 第31巻 p.224 -ページ画像 
生・中野・豊川・朝吹・山本・佐竹・千家・大橋・日比谷・近藤(代理)・大倉・高田(代理)・浅野・古河(代理)・柿沼・三井(代理)・池田・前川・松方・福原・佃・星野・森村・村井・服部の諸氏は、十九日午後四時より商業会議所に会合し協議する所あり、結局一般に関する救護に就ては、際限なきのみか或る場合には却て諸種の弊害を生ずる故見合せ、差当り水害後に於る衛生及び施療の如何に依りては、都下に伝染病拡大し、交通遮断せられ、商取引は中止せらるゝの経済的悲境に陥るやも計られず、故に此際当局者の衛生施療に関する方針と予算とを聞き、之が後援として、応分の寄附金を募集する事に決定せり、之が実行方法としてこの会合を東京水災善後会と命名して、左の七十七名を評議員に挙げ、其内より青淵先生・中野氏・豊川氏外四名を常任委員となし、廿日中に趣旨書及び規則書を作製して義金募集に着手する筈なるが、募集事務は、銀行集会所と商業会議所に於て取扱ひ、各種の協議一切は商業会議所に於て行ふ筈なりと
 松尾臣善・高橋是清・朝吹英二・山本達雄・添田寿一・佐竹作太郎高松豊吉・千家尊福・大橋新太郎・日比谷平左衛門・近藤廉平・加藤正義・大倉喜八郎・高田慎蔵・浅野総一郎・古河虎之助・岩崎久弥・柿沼谷蔵・三井八郎右衛門・鶴原定吉・安田善次郎・池田謙三和田豊次・菊地長四郎・前川太兵衛・杉原栄三郎・中沢彦吉・園田孝吉・松方巌・馬越恭平・原六郎・益田孝・阿部泰蔵・福原有信・武井守正・浜口吉右衛門・荘田平五郎・根津嘉一郎・志村源太郎・佃一予・早川千吉郎・星野錫・今村繁三・森村市左衛門・川崎金三郎・村井貞之助・服部金太郎・安田善三郎・久米良作・郷誠之助・田村利七・日比翁助・杉村甚兵衛・前川太郎兵衛・渡辺治右衛門・藤山雷太・野沢源次郎・渋沢栄一・中野武営・豊川良平・田中長兵衛・千葉松兵衛・福島浪衛・神田鐳蔵・小池国三・渡辺対三・佐々木慎思郎・佐々木勇之助・山中隣之助・中井新右門・井上角五郎・雨宮敬次郎・室田義文・植村澄三郎・木村清四郎・梅浦精一・伊藤幹一
△翌二十日帝国ホテルに常務委員会を開き、尚ほ都下各新聞・通信社長の賛成を求めて、二十一日左の趣意書及寄附募集規約を発表せり
     趣意書
 東京府下に於ける此回の洪水は前代未聞の事にして、其の災害の及ぶ処広且つ大、其の惨状窮態実に名状すべからず、父母に別れ妻子に離れ、産を失ひ、飢餓に瀕する等、悲惨・痛傷其の極に達するもの、今や府民幾万の多を数ふ、是れ吾人の痛歎に堪へざる所、而して其の応急救済の策に就ては当局者及江湖の慈善家に於て既に之を諾するありと雖も、此際是れか善後を策するは更に一層重要のことたるを信す、殊に水害後の衛生的施設は最も急要事にして、苟も之を等閑に附し或は機宜を失するか如きことあらんか、忽ち悪疫の発生流行を招き、其の結果更に水害以上の惨禍を来たしたるの事例乏しからず、吾東京府下の如き人口稠密の都市に於て、一旦斯かる惨禍を出現せんか、是れ独り東京府下の不幸たるのみならず、其影響する所容易に測知すべからず、是れ吾人の深く憂慮する所なり、是
 - 第31巻 p.225 -ページ画像 
に於てか有志相謀り、水災善後会を設立して、広く社会の同情を求め、遍く同志を募り、大に資金を蒐集し、進んで当局者と協力し、以て衛生的設備の完整を期し、水災後に於ける恐るべき惨禍の襲来を予防するに努めんとす、冀くは各位本会の目的を助け、以て有終の実あらしめんことを
      東京水災善後会規約
 第一条 本会は東京水災善後会と称す
 第二条 本会の事務所を東京商業会議所内に置く
 第三条 本会は東京府下に於ける水災後の一般衛生の施設、疾病者施療等を以て目的とす
 第四条 本会は広く有志者の寄附金を受く
  但寄附金額は五円以上とす
 第五条 前条の寄附金は新聞紙上を以て之れを広告す
 第六条 本会に左の役員を置く
  常務委員七名 評議員若干名 理事若干名
 第七条 常務委員は評議員会に於て之を選挙す
  評議員は発起人全部を以て之に充つ
  理事は常務委員之を任用す
 第八条 常務委員は本会を代表す
  但常務委員は互選を以て委員長一名を置く
  評議員は常務委員の諮問に応じ重要事項の協議に参与す
  理事は常務委員の指揮を受けて会務を処理す
 第九条 本会の議事は総て出席者の過半数を以て之を決す
 第十条 本会の経費は会員の醵出金及寄附金・雑収入を以て之に充つ
 第十一条 会務の経過状況及収支決算は新聞紙を以て報告す
 第十二条 本会は所期の目的を達したる後之を解散す
 第十三条 本規約施行に関し必要なる事項は常務委員之を定む
  (備考)寄附金は左の箇所に於て八月二十二日より取扱ひ候
        麹町区丸之内馬場先門前
                  東京商業会議所
        日本橋区坂本町坂本公園隣
                  東京銀行集会所
△右の趣意を賛し直に寄附を申出でたる同情者は左の如し
 一金二万円         日本銀行
 一金二万円         岩崎男爵一家
 一金二千円         青淵先生
 一金一千円         朝吹英二
 一金一千円         中野武営
 一金三百円         順天堂医院
 一金八十八円        順天堂医院医員一同
 一金三十五円        同看護婦一同
 一金二百円         浅田正文
 一金一百円         滝沢吉三郎
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 一金三十円         室尾慎作
 一金五円          松本治郎兵衛
 一金一千円         佐竹作太郎
 一金二百五十円       クロウト・エム・ヤクドナルド
 一金一千円         千葉松兵衛
 一金五円          磯長得三
 一金二十円         医海時報社々主田中義一
 一金二百円      侯爵 井上馨
 一金五千五百〇五円五十銭  東京書籍商組合
      内訳
 △金一千円 大橋新太郎 △金五百円 国定教科書共同販売所
 △金二百円宛 日本書籍株式会社・東京書籍株式会社・大橋省吾・亀井忠一・大日本図書株式会社・丸善株式会社・金港堂書籍株式会社
 △金百五十円宛 増田義一・明治図書株式会社
 △金百円宛 西野虎吉・大葉久吉・大倉保五郎・小立鉦四郎・阪本嘉治馬・水野慶次郎・三樹一平・森山章之丞
 △金五十円宛 林平次郎・川合晋・河出静一郎・鹿島長次郎・塚本岩三郎・上前才一郎・松村孫吉・福岡元治郎・小林又七・江草重忠・目黒甚七
 △金三十円宛 岩崎鉄次郎・大柴四郎・辻木末吉・山田九郎・福永文之助・青木恒三郎
 △金二十五円宛 啓成社・榊原友吉
 △金二十円宛 六盟館・大川錠吉・前川一郎・三浦理・柴田源左衛門・滝木博尚
 △金十五円 穴山篤太郎
 △金十円宛 石井清・石川正作・石川栄司・葉多野太兵衛・細川芳之助・隆文館・布川甲三・大野富士松・渡辺為蔵・和田静子・金原一郎・金勅源次・芳野兵作・高岡安太郎・田中慶太郎・田山宗尭・中野義房・内田浅・文学社・阪上忠之介・宮城伊兵衛・三里半七・七条愷・杉本七百丸・鈴木種次郎
 △金五円宛 伊藤岩次郎・波多野重太郎・長谷川好太郎・堀野与七富田熊次・東京印刷株式会社・東京経済雑誌社・大倉広三郎・小川一真・小川寅松・岡村庄兵衛・大谷仁兵衛・葛西虎次郎・樫村喜久太郎・加島虎吉・立田義元・辻本卯蔵・内藤如我・中井真三前川又三郎・福田金太郎・小池保吉・小島棟吉・江島伊兵衛・相沢富蔵・浅見文吉・斎藤権右衛門・酒井久三郎・共益商社書店・木田吉太郎・岸野英一・湯浅久米策・三井新次郎・宮下松太郎・春陽堂店員・平本正次・森江佐七・籾山仁三郎・関宇三郎・周防初次郎
 △金三円宛 伊東芳次郎・池地鶴吉・林甲子太郎・西村寅次郎・高岡寅次郎・多田房之輔・生沼大造・神谷竹之助・中村惣次郎・谷沢光吉・町田浜雄・福田滋次郎・近藤音次郎・青野友三郎・荒川亀次郎・貞金近松・共同出版株式会社・樋口政次
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 △金二円宛 磯野太郎兵衛・磯部辰次郎・今村延雄・早矢仕民治・西田安三郎・滝川民次郎・直江外次郎・中川信・野口竹次郎・栗本長七・山崎暁三郎・山岸美喜寿郎・松崎善太郎・小室松太郎・近藤圭造・寺本安之助・浅井幸之助・朝野文三郎・真田為治・桜井幸次郎・宮子音吉・樋川晴造・日高藤兵衛・森友吉・森江英二
 △金一円宛 井口松之助・芳賀太三郎・大戸作逸・奥村金次郎・河合富吉・亀井商店出版部・吉田正太郎・高橋儀市・武田音作・武田元吉・鶴岡五郎・中島卯三郎・村橋圭二・村瀬兼太郎・魚住嘉三郎・野村銀次郎・野口安治・久保田長吉・山岸鏡次郎・丸山常蔵・松本明徳・菅谷与吉・隅田巳三郎・鈴木絹一・鈴木貞吉・鈴木豹
 △金五十銭宛 米山周次・島宮米次郎・仙石衣枝
  小計五万二千七百三十八円五十銭
△尚ほ委員諸氏は九月一日東京商業会議所に参集し、募集金に関する打合せをなし、三十一日までに集りたる寄附金を以て、第一着手として衛生及施療に関する設備に取掛ることに決し、其方法に就ては警視庁及東京市及府の当局者の意見を聴くの要あるを以て、二日午前十時より会議所に於て総会を開き当局者の臨場を要請することゝし、同十一時散会せり


竜門雑誌 第二七二号・第六二―六三頁 明治四四年一月 ○東京水災善後会(DK310045k-0007)
第31巻 p.227 ページ画像

竜門雑誌  第二七二号・第六二―六三頁 明治四四年一月
○東京水災善後会 東京水災善後会は、旧臘十二月二十六日午後二時より東京商業会議所に於て事業報告会を開き、委員長青淵先生は同会事業の経過を報告し、之れに対し柴四朗氏は水害後に於ける水災善後会が衛生上に関し偉大の好結果を奏せしは委員諸氏の功労なりとて、感謝の挨拶を述べたり、同会の収支決算如左
    収入の部
 現金寄附             一七六、三八六・三〇
 広告にて寄附             一、二六七・〇八
 現金利子収入               五三三・七〇
  合計              一七八、一八七・〇八
    支出の部
 事業費(十二口合計)       一四三、五五六・一三
 使用人其他慰労手当            五〇〇・〇〇
 印刷・郵税其他諸費            二八五・一三
  合計              一四五、七一三・一九
 差引残金三万二千四百七十三円八十九銭は、寄附金者に配布すべき報告書費を差引たる者
今後不測の災害に際し応急の基金として東京市養育院に指定寄附となし、而して右基金より生ずる利息は之れを同院経常費に使用するを得せしむる旨を青淵先生より満場に諮りし所、一同異議なく賛成し、之れを委員に委任する事となり、同会は之れにて事業の一段落を告げ、同三時散会せり

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青淵先生公私履歴台帳(DK310045k-0008)
第31巻 p.228 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳         (渋沢子爵家所蔵)
    賞典
大正元年八月卅日 明治四十三年八月東京府水害救済費トシテ金弐千円寄附候段、奇特ニ付、為其賞銀杯壱組下賜候事             賞勲局総裁


日本救療事業史料同愛社五十年史 同愛社編 第三三九―三四四頁 昭和三年一〇月刊(DK310045k-0009)
第31巻 p.228-229 ページ画像

日本救療事業史料同愛社五十年史 同愛社編  第三三九―三四四頁 昭和三年一〇月刊
 ○第二編 第二章 第二期維持期
    明治四十三年
○上略
八月二十日 渋沢男爵始メ五十余名ヲ以テ水災善後会ヲ画策シ、衛生上ニ関シ協議ヲ為シ、全国ニ寄附ヲ募リ、而シテ救療機関ヘ補助ヲ与ヘントスルノ挙アリ。高松社長 本社事業ノ活動ニ対シ補助ヲ得ンカ為メ、第一着手トシテ渋沢男爵ヲ訪ヒ、続テ高松豊吉・福島甲子三・日比清左衛門《(マヽ)》・大橋新太郎・福原有信氏ヲ手ヲ分チ訪ヒ、賛成尽力ヲ求ムルコトニ決ス。
○中略
八月二十八日 東京水災善後会長渋沢男爵・衆議院議長長谷場純孝・東京府知事阿部浩・同市長尾崎行雄諸氏ヘ宛、本社事業ニ賛助ヲ求ムル書ヲ呈出ス、其書左ノ通リ。
 謹呈、益御清栄ニ被為渉候段奉大賀候、然レバ今回ハ稀有ノ大洪水ニテ、被害ノ惨憺タル名状スベカラザルモノアリ、此時ニ当リ閣下等非常ノ慈恵ヲ以テ、一般衛生ノ施設疾病者ノ施療ニ付御計画既ニ成候趣承知仕候。
 吾カ同愛社ノ救療事業モ、多年ノ実歴ト平素ノ設備トニ依リ、此惨害ニ当リ十一日ヲ以テ率先シテ傷病者ノ救療ヲ画シ、各警察署ニ、区役所ニ、其病者発見次第診療ヲ求メラレンコトヲ以テシ、為メニ当夜以来各救療所ニ救療ヲ要求シ来ルモノ続々トシテ不絶、其時々之ニ応ズルヤ深夜濁流ヲ跋渉シ、或ハ舟車ニヨリテ、其収容所ナル学校又ハ寺院各方ニ就キ応急治療ヲ施シ、或ハ難産ノ分娩ヲ完ウセシメタル等、急遽ノ場合其数ヲ詳カニスルヲ不得ト雖モ、其数六・七百名ニ及ベリ、又持続的往診ニ在テハ、一人以テ数ケ所ノ収容所ヲ受持、幾多ノ回診ヲ為シタル等、各熱心以テ献身的活動ヲ為シタルハ隠ナキ事実ニ有之候。
 而シテ其十五・六日以降ニ在テハ、赤十字社又ハ各医会等ノ救療部ノ設置トナリ、本社ノ救療ハ漸ク閑却ヲ告ゲルヲ得ルニ至レリ。
 夫レ如此率先以テ救療ノ目的ノ一端ヲ達シ候モ、退水後ニ於テ各種ノ救療所ハ漸ク閉鎖セラレ、以テ救療ノ便ナキニ至レリ、従テ今後病者ノ救療ニ応スルノ便宜ハ独本社アル而已、本社ハ更ニ此際大ニ救療ニ努力センコトヲ期シ、既ニ下谷・浅草・本所・深川・小石川牛込ノ六区ニ対シ、従来ノ救療所弐拾六ケ所ニ新ニ拾六ケ所ヲ増設シ、多数患者ノ治療ニ従事シツヽ有之候。
 前陳ノ如ク、既ニ水災民救療ノ第一期タルノ効ヲ収メ得タル所ナリ
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ト雖モ、今ヤ第三期タル最後ノ救療ニ大活動ヲ為シ居リ候時ニ付、何卒御救済御企図ニ係ル一般衛生ノ疾病者施療ノ一助トシテ、御賛同被成下、御補助之儀偏ニ懇願仕候 敬具。
○中略
九月十四日 水災病者救療ノ開始ヨリ本月五日ニ至ル状況・患者数ヲ東京水災善後会及東京府知事・同市長・警視総監ヘ呈出ス。
○中略
九月二十八日 東京水災善後会ヨリ左ノ書翰ヲ以テ申越レタリ。
 拝啓、貴会事業御補助トシテ今回金参千円也本会資金中ヨリ御交付可申上様相成候ニ付、右御事業ニ対スル委細承知致度候間、明廿八日午後一時当所迄御来駕被下度此段得貴意候 拝具。
  明治四十三年九月二十七日
             東京商業会議所内 東京水災善後会
    同愛社長 高松凌雲殿
○中略
十二月十日 本社水災傷病者救療ノ終了報告ヲ差出ス、左ノ通リ。
 本社水災罹病者救療ニ就テハ、去十一月九日附ヲ以テ、開始以来十月五日迄ノ詳報ハ既ニ呈シ置候通ニテ、其後十月六日ヨリ終了ニ至ル迄ノ状況ハ別表ノ如ク、患者数ハ漸次減退ノ傾向ニ候モ著シカラズ、依テ尚引続キ救療ヲ行ヒ居リシガ、前期ヨリ後期ト愈減退ヲ告ゲ、且、水害方面ノ状況ヲ察スルニ、最早殆ト回復ニ近キタルヲ以テ、十一月三十日ヲ限リ臨時救療ヲ閉鎖スル事ニ決シ、臨時救療所十六ケ所ノ中存続シテ常設救療所ニ加ヘタルモノハ、左ノ六ケ所ニテ、其次キニ記セル十ケ所ヲ廃セリ。
 其廃止ニ係ル救療所ノ未治患者ハ、最寄本社救療所ニ移シ、其他水災患者トモ本年十二月末日マデ無制限ニ(救療患者制限ハ救療所一ケ所ニ付十名、延人員三百人也)常時救療患者トシテ継続診療ヲ与フル事トシ、当時水害地救療社員ハ勿論、区役所・警察署及分署ヘ通報致シ、総テ予期ノ如ク十一月三十日限リ臨時救療所ノ閉鎖ヲ了シ候、其開始以来閉鎖ニ至ルノ間、月ヲ閲スル四ケ月、日ヲ経ルコト百十日、患者ヲ往診スルコト九百五十八回、患者総数弐万壱千六百拾五人也、即チ別表之通ニ御座候間、此段御報告申上候也。
  明治四十三年十二月十日
            下谷区上野桜木町一番地
              社団法人同愛社々長 高松凌雲
    東京府知事阿部浩殿(内務省衛生局長小橋一太殿 同地方局留岡幸助殿 東京水災善後会長男爵渋沢栄一殿)
○下略



〔参考〕東京市史稿 東京市役所編 変災篇第三・第四五五―五三五頁 大正五年三月刊(DK310045k-0010)
第31巻 p.229-245 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。