デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

2章 労資協調及ビ融和事業
3節 内鮮融和
1款 大東同志会
■綱文

第31巻 p.745-750(DK310112k) ページ画像

大正10年4月6日(1921年)

是日鮮于〓、栄一ヲ訪問シテ、大東同志会ノ事ヲ談ス。爾来栄一、ソノ事業ヲ援助シテ、寄附金等ヲ斡旋ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK310112k-0001)
第31巻 p.745 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一〇年     (渋沢子爵家所蔵)
四月六日 晴 軽寒
○上略 朝鮮人鮮于〓氏来リ、大東同志会ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
四月九日 晴 軽寒
○上略 藤森忠一氏来ル、朝鮮ニ関スル談話アリ、鮮人鮮于〓氏ノ事ヲ談ス ○下略


集会日時通知表 大正一〇年(DK310112k-0002)
第31巻 p.745 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年       (渋沢子爵家所蔵)
六月十一日(土) 午前九時     鮮于〓氏来約(飛鳥山邸)
   ○中略。
六月廿九日(水) 午后四時―五時  鮮于〓氏来約(兜町)
   ○中略。
七月四日(月)  午前十一―十二時 鮮于〓氏来約(兜町)
   ○中略。
七月六日(水)  午后三時     鮮于〓氏来約(兜町)
   ○中略。
九月三十日(金) 午前十時     鮮于〓氏来約(兜町)


集会日時通知表 大正一一年(DK310112k-0003)
第31巻 p.745 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
参月廿二日(水) 午后参時  鮮于〓ノ件(華族会館)
参月廿三日(木) 午前十一時 鮮于〓来約(兜町)
   ○中略。
参月廿五日(土) 午前十時  鮮于〓来約(兜町)
   ○中略。
四月九日(日)  午前八時半 鮮于〓・美濃部両氏来約(飛鳥山邸)
四月十日(月)  午后壱時  鮮于〓氏・油谷氏来約(兜町)


集会日時通知表 大正一二年(DK310112k-0004)
第31巻 p.745 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年      (渋沢子爵家所蔵)
参月廿四日(土) 午前十一時 鮮于〓氏来約(兜町)


(鮮于〓[金+筍]) 書翰 渋沢栄一宛 (大正一三年)二月二六日(DK310112k-0005)
第31巻 p.745-746 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢栄一宛 (大正一三年)二月二六日 (渋沢子爵家所蔵)
              大正十三年二月廿六日 鮮于〓氏来状《(別筆朱書)》
 - 第31巻 p.746 -ページ画像 
 謹啓、先日は御多用の処拝眉の栄に預り誠に忝なく奉存候、陳者例の朝鮮留学生補助金未済の分に付き、去る二十二日大川氏及藤原両氏に更に書面を以て御払込方御催促申上候処、未だ何処よりも御払込之無く候故、非常なる困難を感居候、殊に最近ハ各学校に於て学年末に御座候間、月謝金及受験料未済の為め受験手続不能と相成、愈々困脚に陥入居候間、御多用中斯迄累々申上は甚だ恐縮に不堪候得共、閣下より藤原・大川・伊東の三氏に今一度御催促被成下度、切に御依頼申上候、尚ほ明朝九時頃御伺ひ致詳細申上可く、先づは右御願迄如斯に御座候 恐惶謹言
  二月二十六日            鮮于〓 頓首
    子爵 渋沢栄一
           閣下


(鮮于〓[金+筍]) 書翰 渋沢栄一宛 (大正一三年)二月二八日(DK310112k-0006)
第31巻 p.746 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢栄一宛 (大正一三年)二月二八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
謹啓、昨日は御多用中の処御邪魔に参上仕り誠に恐縮の至りに御座候偖て重々申上るは、甚だ恐入り候得共、昨日拝眉の際も申上候通り、例の学生補助金の件に付き、本月末日迄に月謝金未納の時は各学校に於て殆んど皆受験手続不可能に御座候間、可成速に 閣下より大川・藤原両氏へ御書面を以て御催促被成下度、切に奉懇願候、素より斯迄閣下に五月蠅く申上る積りハ毫も無之候得共、何分事情が事情にて、如斯申上る次第に候間、何卒此辺は御海恕被下度奉願上候、尚伊東氏にも閣下より宜敷御依頼被成下度願上申候、何時も御面倒なる事許申上げ何とも申訳御座無候、先づは右御依頼迄如斯に御座候 恐惶謹言
  二月二十八日            鮮于〓 頓首
    子爵 渋沢栄一閣下


(鮮于〓[金+筍]】) 書翰 渋沢栄一宛 (大正一四年)二月一三日(DK310112k-0007)
第31巻 p.746 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢栄一宛 (大正一四年)二月一三日
                     (渋沢子爵家所蔵)
             大正十四年二月十三日 鮮于〓氏来状《(別筆朱書)》
謹啓 永らく御無沙汰致し、何とも申訳御座なく候、時下未だ凌兼候砌 閣下にハ愈々御壮健にて邦家の為め益々御奮励の程祈上候、降つて小生事昨日着京致し候、何づれ近日中御伺ひ可申候間、何卒万事御指導被下度、切に御依頼申上候、先づは不取敢御報知迄如斯に御座候
                           謹言
  二月十三日              鮮于〓 頓首
    子爵 渋沢栄一閣下


渋沢栄一 日記 大正一四年(DK310112k-0008)
第31巻 p.746 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一四年     (渋沢子爵家所蔵)
二月二十七日 曇 寒
○上略 鮮于〓氏来訪ス、朝鮮銀行野中氏ト協議ノ後来意ニ答フヘキ旨ヲ告ク ○下略


(鮮于〓[金+筍]) 書翰 渋沢栄一宛 (大正一四年)三月三日(DK310112k-0009)
第31巻 p.746-747 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢栄一宛 (大正一四年)三月三日 (渋沢子爵家所蔵)
 - 第31巻 p.747 -ページ画像 
              大正十四年三月三日 鮮于〓氏《(別筆朱書)》
謹啓、先日来種々御面倒なる事許申上恐縮に不堪申候、陳者最近非常に御多忙の御事とは御察し申上候得共、明朝九時頃御伺ひ申上る積りに御座候間、何卒御拝顔の栄を賜り度、切に奉願上候、先づは右貴意得度如斯に御座候 恐惶謹言
  三月三日              鮮于〓 頓首
    子爵 渋沢栄一閣下


(鮮于〓[金+筍]) 書翰 渋沢栄一宛 (大正一四年)三月七日(DK310112k-0010)
第31巻 p.747 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢栄一宛 (大正一四年)三月七日  (渋沢子爵家所蔵)
              大正十四年三月七日 鮮于〓氏来状《(別筆朱書)》
謹啓、昨日差上候御手紙及願書は御覧の御事と奉存候、陳者本日日本郵船に払込方交渉致候処、何づれ決定の上通知致迄待たれ度との趣に御座候間、此上何時迄に払込や見当猶付かず申候間、目下学生共の月謝及下宿料其他の細々敷勘定の催促の為め、愈々行詰候に就てハ
閣下より鮮銀又は第一銀行辺りに暫く立替方御取計被成下度、乍恐縮御願申上候、尚ほ震災善後会の分も可成早く御周旋に預り度奉願上候先づは右御依頼迄 恐惶謹言
  三月七日              鮮于〓 頓首
    子爵 渋沢栄一閣下


(鮮于〓[金+筍]) 書翰 渋沢栄一宛 大正一四年三月九日(DK310112k-0011)
第31巻 p.747 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢栄一宛 大正一四年三月九日  (渋沢子爵家所蔵)
              大正十四年三月九日 鮮于〓氏来状《(別筆朱書)》
粛啓、時下春暖之候益々御健康之段奉賀候
陳者先月拝顔後の約一週間許り病気にて引籠居、去る八日漸く野中鮮銀総裁に面会致し候処の結果を是非御報告致し度候間、明朝十時頃拝趨致す心組に御座候間、御拝顔の栄に預り度此段御願申上候
右御願迄                     匆々頓首
  大正十四年三月九日            鮮于〓
    渋沢栄一閣下


渋沢栄一 日記 大正一四年(DK310112k-0012)
第31巻 p.747 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一四年     (渋沢子爵家所蔵)
四月五日 雪 寒甚シ
○上略 朝鮮総督府ノ政務総監下岡忠治氏来リ、仏教大会寄附金ノ件、鮮于〓氏請求ノ学生修学資金補助ノ件ニ付談話ス ○下略


大東同志会書類 【(写)《(欄外朱書)》 鮮于〓[金+筍]氏持来歴訪】(DK310112k-0013)
第31巻 p.747-748 ページ画像

大東同志会書類            (渋沢子爵家所蔵)
  (写)《(欄外朱書)》 鮮于〓氏持来歴訪
 大正十四年五月廿三日        日鮮懇話会  (印)《(志賀)》
 興銀   古河    村井     子爵 渋沢栄一
 日銀   三井    第一銀       野中清
 勧銀   郵船    大倉
 正金   大日本麦酒 王子製紙殿
 満鉄   東拓    大川組
 三菱   安田    朝鮮鉄道
 - 第31巻 p.748 -ページ画像 
拝啓、益御清祥奉大賀候、陳者本状持参ノ大東同志会長鮮于〓氏、予テ鮮人思想善導ノ目的ヲ以テ同会附属事業ノ一トシテ専ラ有為青年学生ノ育英ヲ企図セラレ、已ニ去ル十年以来之カ実行ニ着手シ、以テ今日ニ至リ候処、右資金ニ就テハ従来多ク朝鮮ニ関係アル二・三銀行会社ニ助力ヲ仰キ来リ候モ、一昨年大震火災後ハ其援助ヲ得ス、為メニ計画上齟齬ヲ来シ、借入金ヲナス等臨機ノ措置ヲ執リ、辛フシテ今日迄維持致来候趣ニテ、下岡政務総監ニ於テモ予テ同会ノ趣旨ニ賛同セラレ、特ニ配慮方御依頼ノ次第モ有之候ニ付、御多忙中誠ニ乍御迷惑一応御引見ノ上委細ノ事情御聞取被下、何卒御援助方御高配相煩シ度御願申上候、先ハ不取敢御紹介旁御依頼迄如此御座候 敬具


大東同志会書類 【拝啓、倍々御清祥奉賀候、陳者大東同志会ニ対スル御援助金…】(DK310112k-0014)
第31巻 p.748 ページ画像

大東同志会書類              (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、倍々御清祥奉賀候、陳者大東同志会ニ対スル御援助金会長鮮于〓ヘ交付致候処、別紙領収証並ニ礼状差出方依頼有之候ニ付、同封御送付申上候間御査収被下度候 敬具
  大正十四年八月廿六日    日鮮懇話会
                   幹事 鈴木島吉
                           代 (印)《(栗山)》
    子爵 渋沢栄一殿
   ○別紙欠ク。


大東同志会書類 【麹町区永楽町朝鮮銀行 栗山秘書役殿】(DK310112k-0015)
第31巻 p.748 ページ画像

大東同志会書類             (渋沢子爵家所蔵)
麹町区永楽町朝鮮銀行
  栗山秘書役殿
拝啓、益御清適奉賀候、然ば只今電話御打合により予て鮮于〓氏より差入候立替金壱千円に対する領収証、玆許同封為持上候間、御査収被下度候、右は今回寄付致候金千円と相殺致候分に付為念申添候
尚本件に付ては御多忙中種々御手数相煩はし恐縮千万に御座候、乍序御礼申上候
右当用得貴意度如此御座候 敬具
  大正十四年八月廿六日        渋沢事務所
                    白石喜太郎(印)《(白石)》


大東同志会書類 【大正十四年八月廿九日調】(DK310112k-0016)
第31巻 p.748-749 ページ画像

大東同志会書類             (渋沢子爵家所蔵)
大正十四年八月廿九日調
 《(欄外朱印)》    大東同志会援助金内訳
    一、〇〇〇  一銀       佐々木勇之助
    一、〇〇〇  三井合名会社   三井八郎右衛門
    一、〇〇〇  東拓       渡辺勝三郎
    一、〇〇〇           渋沢栄一
    一、〇〇〇  鮮銀       鈴木島吉
      五〇〇  大日本麦酒会社  馬越恭平
      五〇〇  京城電気会社   大橋新太郎
      五〇〇  大倉組      門野重九郎
 - 第31巻 p.749 -ページ画像 
      二〇〇  興銀       小野英二郎
      二〇〇  勧銀       梶原仲治
    一、〇〇〇  三菱       木村久寿弥太
 計  七、九〇〇
14・9・9
 受付 一、〇〇〇  殖銀       有賀光豊
 再計 八、九〇〇


大東同志会書類 【大東同志会(鮮于〓[金+筍])寄附金】(DK310112k-0017)
第31巻 p.749 ページ画像

大東同志会書類             (渋沢子爵家所蔵)
大東同志会(鮮于〓)寄附金

  割当   入金《(太字ハ朱書)》 関係会社      氏名
一、〇〇〇             三菱合資    木村久寿弥太
一、〇〇〇             満鉄      安広伴一郎
一、〇〇〇             正金      児玉謙次
一、〇〇〇       相殺    鮮銀      鈴木島吉
一、〇〇〇    一、〇〇〇    第一      佐々木勇之助
一、〇〇〇    一、〇〇〇    東拓      渡辺勝三郎
  五〇〇             郵船      白仁武
一、〇〇〇             殖銀      有賀光豊
一、〇〇〇             三井合名    団琢磨
一、〇〇〇             日銀      市来乙彦
一、〇〇〇             安田保善    結城豊太郎
  五〇〇      五〇〇    日本麦酒    馬越恭平
  五〇〇      二〇〇    勧銀      梶原仲治
一、〇〇〇       相殺    渋沢   子爵 渋沢栄一
  五〇〇      五〇〇    京城電気    大橋新太郎
  五〇〇             大倉組     門野重九郎
  五〇〇             村井      村井吉兵衛
  五〇〇             古河合名    古沢虎之助
  五〇〇             王子製紙    藤原銀次郎
  五〇〇             大川      大川平三郎
  五〇〇             興銀      小野英二郎



集会日時通知表 大正一四年(DK310112k-0018)
第31巻 p.749 ページ画像

集会日時通知表  大正一四年       (渋沢子爵家所蔵)
十二月七日(月) 午前九時 鮮于〓氏来約(王子)


(鮮于〓[金+筍]) 書翰 渋沢栄一宛 大正一四年一二月一四日(DK310112k-0019)
第31巻 p.749 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢栄一宛 大正一四年一二月一四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
謹啓、時下□寒之候益々御健康之段奉賀上候
陳者滞京中は御多用の処種々御世話に預り候段厚く御礼申上候、御蔭様にて小生事去十三日当地迄無事帰省致居候間、乍他事御放念被下度御願申上候、時節柄御自愛之程奉祈候、右御報知迄 匆々頓首
  大正十四年十二月十四日          鮮于〓
    渋沢栄一閣下
              侍史
 - 第31巻 p.750 -ページ画像 


(鮮于〓[金+筍]) 書翰 渋沢栄一宛 昭和二年一月二一日(DK310112k-0020)
第31巻 p.750 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢栄一宛 昭和二年一月二一日  (渋沢子爵家所蔵)
            弐年壱月二十六日 鮮于〓氏来状《(別筆)》
謹啓、時下厳寒之候益々御健康之段奉賀上候
陳者年始年末には諒闇中にて遂に失礼いたし候段御海容被下度御願申上候 閣下の御蔭様に預り朝鮮は漸く落着き候処、特に昔は思想頑固として有名なる平壌付近即西鮮一帯は、著しく安定され候段厚く御礼申上候
御大葬儀に参列致す可く東上する心組に御座候間、其時拝趨委細申上ける積りに御座候、時節柄御自重之程奉祈居り候 匆々謹言
  昭和二年一月廿一日            鮮于〓
    子爵 渋沢栄一閣下
               侍史


(鮮于〓[金+筍]) 書翰 渋沢家執事宛 (昭和二年)八月七日(DK310112k-0021)
第31巻 p.750 ページ画像

(鮮于〓) 書翰  渋沢家執事宛 (昭和二年)八月七日  (渋沢子爵家所蔵)
               昭和二・八・八 鮮于〓氏来状《(別筆朱書)》
謹啓、時下炎暑之候貴下には益々御清祥之段奉賀候
承り候へば
子爵閣下には先日来御病気の由に有之候処、如何に御座候哉御伺ひ申上候、一日も速に御快癒之程奉祈上候、降つて小生先月二十五日着京仕り、一応御挨拶に参上仕る筈に御座候処 閣下御病気之由に御座候間、差控申候に就ては、甚だ恐入り候得共貴下より 閣下へ宜敷御鳳声被成下度奉願上候、尚ほ御送り申上候朝鮮蚊帳は甚だ御粗末なる品に有之候得共、何卒御笑納の上 閣下に御目通り被成下度、切に懇願奉り候、二三日中一旦帰鮮致し、来月下旬更に東上致して参上仕る心組に御座候
先づは右御依頼迄如斯御座候 匆々謹言
  八月七日               鮮于〓
                           頓首
    渋沢子爵邸執事様


集会日時通知表 昭和二年(DK310112k-0022)
第31巻 p.750 ページ画像

集会日時通知表  昭和二年       (渋沢子爵家所蔵)
十月廿四日(月) 午前八時 鮮于〓来約(飛鳥山)
   ○中略。
十月廿九日(土) 午前八時 鮮于〓来約(飛鳥山)