デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第33巻 p.472-473(DK330039k) ページ画像

大正6年10月1日(1917年)

是日、当委員会、アメリカ合衆国ハワイニ在リテ在留邦人ノタメニ尽瘁セル牧師奥村多喜衛ノ帰朝ヲ機トシ、同人並ニアメリカ合衆国人ドレムズ・スカッダ博士ヲ、東京銀行倶楽部ニ招ジテ歓迎午餐会ヲ開ク。栄一出席シテ挨拶ヲ述ブ。


■資料

竜門雑誌 第三五三号・第一二二頁大正六年一〇月 ○奥村多喜衛等招待会(DK330039k-0001)
第33巻 p.472 ページ画像

竜門雑誌 第三五三号・第一二二頁大正六年一〇月
○奥村多喜衛等招待会 青淵先生の常務委員として尽力せらるゝ日米関係委員会にては、十月一日東京銀行倶楽部に於て、多年布哇在留邦人の為め彼地にありて尽瘁せられつゝある宣教師奥村多喜衛氏の帰朝を機として、歓迎午餐会を開催したるが、当日は奥村氏及米国人ドクトル・ドレムス・スカツダー両氏を主賓として、主人側としては、青淵先生・中野武営氏を始め、金子子爵、大倉・阪谷・森村三男爵、添田寿一・浅野総一郎・島田三郎・姉崎正治・頭本元貞諸氏及び増田明六君等の出席ありて、席上青淵先生の挨拶、奥村及スカツダー博士の布哇在留同胞に関する談話ありしと云ふ。
 - 第33巻 p.473 -ページ画像 

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正六年(DK330039k-0002)
第33巻 p.473 ページ画像

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正六年
                 (阪谷子爵家所蔵)
○六年十月一日銀行集会所ニ於テ、日米関係委員ヘ午餐、渋沢・大倉 姉崎・頭本・添田・中野等、布哇人小沢孝雄市民権獲得ニ付ワシントンSupreme Courtニ上告、タフト氏・ルート氏等弁護士タルノ件顛末ニ付、スカツダー氏並奥村多喜衛氏ノ説話ヲ聞ク



〔参考〕日米問題実力解決策 大石揆一著 第一八八―一八九頁大正五年八月刊(DK330039k-0003)
第33巻 p.473 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕在米日本人史観 鷲頭尺魔[鷲津尺魔]著 附録・第六五―六六頁一九三〇年四月刊(DK330039k-0004)
第33巻 p.473 ページ画像

在米日本人史観 鷲頭尺魔[鷲津尺魔]著 附録・第六五―六六頁一九三〇年四月刊
    日本語学校及野球団・青年会の元祖 奥村多喜衛
 高知県人奥村多喜衛は、基督教の牧師として明治二十七年八月渡布明治二十九年(一八九六年)四月六日、桑原秀雄と計り、ホノルル市タアヌ街に於て「ホノルル小学校」を創立す。今の中央学院の前身である。
 日本人青年会は一八九八年彼れの創立で、現今万国基督教青年会の前身である。
 日本人野球団も彼れの創立にかかる、名づけて「日進野球団」といふ。一八九九年の創立である。