デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第33巻 p.551-574(DK330069k) ページ画像

大正9年8月(1920年)

来ル十一月二日アメリカ合衆国カリフォルニア州ニ於テ土地法ニ関シイニシアティヴ行ハレントシ、是月ヨリ栄一ノ意見各種ノ新聞雑誌ニ発表サル。


■資料

東京日日新聞 第一五七九一号 大正九年九月二三日 万策悉く尽きぬ 悲しき運命に泣く 加州七万の同胞 渋沢は米人を籠絡する怪しからぬ男と排日の道具にする加州人の非人道 渋沢子痛嘆して語る(DK330069k-0001)
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東京日日新聞 第一五七九一号 大正九年九月二三日
  万策悉く尽きぬ
    悲しき運命に泣く……加州七万の同胞
      渋沢は米人を籠絡する怪しからぬ男
      と排日の道具にする加州人の非人道
        渋沢子痛嘆して語る
米国々務卿コルビー氏幣原大使との談判はどう落着くか、加州八万《(マヽ)》の同胞の運命は近く決せられんとし、内田外相以下は連日の会議に頭を悩ましてゐるが、民間で排日案の緩和に東奔西走しつゝある渋沢子は曰く「一般投票は十一月二日に行はれるらしく、さうなれば加州の法律になつて現はれるのは瞭で、懸念に堪へぬ、政府は国務卿と交渉を開いてゐるらしいが
 ▽政府の仕事は政府に任せて△
吾々も此際極力緩和策を講ぜねばならぬ、私をして露骨に言はしむれば、加州の今度のやり方は非人道・不正義の甚だしきものだ、私が移民問題に手をつけたのは十三年前からで、微力を致すのも両国の平和親善を念とするからであるが、遂に斯う言ふ事になつてしまつた、濠洲へも加奈陀へも
 ▽日本の移民を送る事が出来△
ぬのに、今又、米国の土が踏めぬとせば実に容易ならぬ問題であるが今吾々の眼の前にブラ下つてゐる問題は、それよりも更に残酷で全然日本人を追つ払はうと言ふのだから、広く言へば人道の問題で、米国人としては政治道徳の問題だ、一九一三年の借地権問題の時でも時の国務卿ブライアン氏が奔走したが、ジヨンソン知事は肯入れず、遂に
 ▽あの州法を定めて仕舞つた△
かう言ふ悪先例があるし、彼のやうな国柄だから、中央政府の力を以てしても一般投票で決した事を動かす事は六ケ敷い、さうなると日本との協約はこの州法に依り全然無視される結果となり、両国々交にも関係して来る、幸ヴアンダーリツプ氏やアレキサンダー氏等の知己が極力緩和策に努めて呉れるので、吾々民間の者も、此方面で両国の諒解に努めてゐるが……
 ▽米国の識者は会つて話せば△
すぐ氷解するが、彼地には「渋沢と言ふ男は会ふ人を悉く籠絡してしまふ」等とお話にならぬ事を説き廻り、排日を煽つてゐる者もある次第で困つてゐるが、平和を愛する米国人の事故、結局国交を傷つけると言ふ事にはなるまいと思ふ、従つて我国民も排米熱を煽つたり、徒に騒ぎ廻る事はこの際避けなければならぬ」
   ○右記事中ニ云ヘル幣原大使トコルビートノ談判ニ就テハ川島伊佐美著「日米外交史」(昭和七年二月刊・第五三四―五三五頁)ニ次ノ如ク記載ス。
    華府よりの風説によると加州排日問題に就ては、米国政府と日本政府とは互ひに議歩せず、日本政府は加州の排日立法を防止せんことを主張し、国務省は如何ともする能はざる状態に在り、国務省は加州の新排日案の為め日米間に紛争起るを憂慮し、其紛争を回避すべく最善の努力を行ひつゝあるが、而も来る十一月の加州民の排日案一般投票を防止し得ず、幣原大使
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は『中央政府は何等かの手段を以て加州の排日案成立を防止せよ』と要求し、国務卿コルビー氏は頗ぶる困惑の模様で、一方日本人移民排斥の問題もあり、日本の樺太仮占領問題・西比利亜問題等もあり、日米《(本カ)》との交渉は愈々複雑し、国務省は結局加州問題解決には十一月の加州民一般投票に干渉せずして、其後右排日土地法案成立せし暁、日米新条約を締結するか或は訴訟を提起して其解決を図らんとするか、二者其一を択ぶに至るであろうといはれた。


中外商業新報 第一二三九八号 大正九年九月二五日 ○六十七年前を顧みて我が耳を疑ふ排日の声 日本を世界の仲間に導きしは実に米国なり 転た世の変遷の早きに驚くと渋沢氏の感激 =愛国の士よ激語を慎め=(DK330069k-0002)
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中外商業新報 第一二三九八号 大正九年九月二五日
  ○六十七年前を顧みて我が耳を疑ふ排日の声
    日本を世界の仲間に導きしは実に米国なり
      転た世の変遷の早きに驚くと渋沢氏の感激
        =愛国の士よ激語を慎め=
「米国加州に於ける排日法案の運命は我に取つて刻々危険の度を高めつゝあるやうだ、言ふが如く来十一月二日の
◇投票に 於て其法案が実地の働きをする事ともなれば、実に意想外なる驚きと嘆きとを喫せねばならないであらう、七万有余の我が同胞が積年の労苦に代へて得た三万英町余の所有土地を始め、多くの既得利権は一朝にして水泡に帰し、仮令我が移住民の所有権を侵害しないとは云ひ条、居るに居られない
◇破目に 陥り、軈て無念の涙を呑みつゝ故国に帰るは言ふ迄もない顧れば六十七年前には我が日本に勧めて世界の仲間入をせよと云つた国、其米国が今日手を翻して雲雨を呼び、我が同胞をして路頭に迷はしめんとするとは、余りに世故の変の早きに己が眼を疑はざるを得ぬと云ふものゝ排日其物の具体的条項として常に彼が唱へてゐる処の理由には
◇一面の 見方が有るには有る、が然し必ずしもそれが全体の公平を得た見方ではない、仮令ば鼠算的に子供を生むと云ふも、彼地に在る者が尽く男盛り女盛りの壮者である以上、それは反自然的の事由を加へない迄は、何処迄も生理的自然の現象に相違ないであらう、然し斯様な事々の端を論ずるは今は時では無い、我等は己の欲せざる所之を人に施す勿れ
◇行つて 得ざるあれば反つて之を己に求む、此の反省主義と云はうか乃至は謙譲主義と云はうかを相変らず所持するものである、之を考慮の第一に置いて、此問題が円満に解決する迄は飽迄も努む可きを努め度いと考へる、まだまだ努む可き余地は沢山ある、最後の成果は到底得られたものでないと言つてはならぬ、世間には往々激し易く又憤るに早い人が在つて、断じて行へば
◇鬼神も 之を避くなぞと言ひ、態と之が事態を紛糾せしめんとする向も満更ないではない、之は自分の強よがりを強がる丈けの事である其効果は事の破滅を急ぐに止まり、決して真の憂国的言動とはならぬ彼等同胞の為め、又帝国の面目の為、真に憂ふると云ふならば、層一層の慎重さを持たねばならぬ、私は此問題の
◇成行と 共に併せて之を憂へんとする者である、然る可き事に然る可く政府を鞭撻するも一法であり、又広く図る可きに図つて、然る後
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之が大対策を講じても良い訳ではないか、過不及なくして然も正々堂堂たる輿論を起し、飽く迄も穏かに之が解決の資をつくるも亦それであらう、それにしても啻私は斯う云ふ事を云ふに決して人の後に立つ者ではない、と云ふは自ら正義
◇仁道の 国を以て許す米国であるが故に、必すや其中央政府に於て之が不法を糺し、且つ日米親善の実の為めにも、之を何等かの方法により打消すであらう、然らざれば我れ何の言葉を以て対せんやと云ふ事である」


東京日日新聞 第一五七九四号 大正九年九月二六日 遣米使節問題(DK330069k-0003)
第33巻 p.554 ページ画像

東京日日新聞 第一五七九四号 大正九年九月二六日
    遣米使節問題
廿四日の閣議に於て、内田外相より廿二日の外交調査会の経過報告あり、加州問題に関しては、前回の閣議に於て金子・渋沢両子等民間有力者の意見を徴する事となせるに基き、原首相より廿二日両子と会見せる顛末等を述べ、続いて日米両国政府の一致に依り、愈高等委員会を設置する運とならば、我邦より幣原大使以外別に有力者を米国に特派すべきや否やに就き協議せるが、若し特派使節を送るとせば、金子堅太郎子を適任とすべしとの議出でたるも、決定に至らず、而して若し適任者を得ざる際は、万事幣原大使の折衝に一任する外なかるべきが、廿四日の閣議に於ては特派使節を送るべきや否やの問題も決定に至らず、追つて詮議する事となるべしと


二六新報 第二一二九号 大正九年九月二七日 至誠と冷静 加州排日問題に対し 渋沢子爵談(DK330069k-0004)
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二六新報 第二一二九号 大正九年九月二七日
  至誠と冷静
    加州排日問題に対し
                     渋沢子爵談
今や我国は内外多事、内に改善刷新を要すべき幾多の問題を有するに加へて、更に外満蒙問題・シベリヤ問題・朝鮮問題等許多の難問題に遭遇せるが、内最も加州排日問題程しかく緊急重大なる問題はあらず日々の形勢を察するに、排日法の通過は刻々に可能性を濃厚にして、彼等の
排日宣伝 運動は次第に悪性を加味し来れるを以て、今日の状態を以て推移せんか、加州排日法案は多数の賛成を得て通過し、軈て実施の結果を見るに至る可く、斯くて吾同胞多年労苦の成果は水泡に帰し、加州六万八千の老若は食ふに産なく、居るに家なく、遂に無念の涙を呑みて再び母国の土を踏むの外策なきに至らん、夙に今日の如き結果を見る無きやを憂ひ、極力日米親善策に留意し
米国団体 の日本観光を歓迎し、日本団体の米国視察を奨励し、親しく其風土・文物・風俗等に接して相互の了解を得るに努め、先般来朝のヴアンダリツプ、ライマン、チージ、キングスレー、シヤーマン、エーストン氏等一行はよく吾国情を了解する処ありたるが如く思はれたるが、しかく反響なきは亦詮なき次第なり、加州民の今日の行動及びフイーラン、インマン氏等の言行は、暴慢無礼殆ど正義人道を無視したる行為にして、本国に於ても多数の人々は其非理非法なる事を承
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認なせども、元来
米国々法 として各州州民多数の意思に依る州内の行政に対しては中央政府と雖も絶対干渉権を有せざるものにして、嘗て大正二年加州に於て土地法問題勃発せる際、時の国務大臣ブライアン氏は加州知事ジヨンソン氏と交渉し、其違法なる事を警告せるに、ジヨンソン氏は、米国の国法として米国の政体として、州の内政に対しては中央政府と雖も干渉を許さずと拒絶せる事実あり、今日の加州は恰も大正二年の土地法問題の再燃し更に悪化せる者に外ならず、之に大統領
選挙問題 に対する党派の競争を加味して一層力強く顕れたるものと言ふべし、然れども兎に角加州排日問題は明かに違憲にして、正義の上より大観するも決して黙視すべき問題にあらざるを以て、吾国としては、理論の上より仁義の上より最善を尽し、而も猶加州人民一般の排日投票を拒止する事能はざれば、高等委員会の設置を要望し、日米両者合同して、慎重審議、彼我の利害得失を調査研究し、以て之が対策を案出するを要す、米国中央政府に於ては、目下高等委員会設置を見るに至る前に、加州の違憲を拒否すべく
極力努力 しつゝあるを以て、何等かの打開点を発見し、今日の窮状より在加州同胞を脱出せしむる事は、未だ必ずしも絶望なりと断定すべきにあらず、而も在加州同胞救助策としては、更に帰化権獲得の方法あり、然れども帰化権獲得法は憲法に牴触する処あるを以て、其実行は決して容易にあらざるべし、然れども以上の二案亦望みなく、加州排日の状勢更に険悪の度を増加するに至らば、吾国民は国民の至誠を吐露して之を提訴し、公明なる裁判の判決に委すより外なかるべし惟ふに今日の状態を以て察せば、加州の排日は只単に
加州一州 のみの問題として見るべきものにあらず、亦唯政争の具に供せられたるものなりとのみ考ふべきものにあらざれど、米国人総て非理非道の集合にあらざる可きを以て、徒に感情に捉はれ事を繁くするは重ねて考慮すべき事柄にして、今日吾国人の第一に厳守すべきは沈着に冷静に慎重考量なすにあり


東方時論 第五巻・第一一号 大正九年一一月 道理の前に米国の反省を求む 子爵 渋沢栄一(DK330069k-0005)
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東方時論 第五巻・第一一号 大正九年一一月
    道理の前に米国の反省を求む
                   子爵 渋沢栄一
    一
 日米両国は従来相携へて太平洋に於ける平和の確保、通商貿易の保護に任じて来た。日本にとつては米国は開国の案内人であり、文化発達の教師であり、而して貿易産業の開発者であつた。故に日本としては深く意を両国の親善融和に潜めて、相共に永久平和の保障に努めて来たものである。或は紳士協約を結び或は委員会を設けなぞして、彼我の諒解を完うする上に力を致したものも、畢竟彼我の理解ある提携によつて、東洋の文化並に平和に貢献せんが為めであつた。然るに最近加州排日土地法案問題の提出によつて、彼我の伝統的友情の上に暗影を投ずるに至つたことは、予輩の衷心より遺憾とする処である。
 米国に於ける排日問題は決して新しい問題ではない。理解ある米人
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によつて真実の親善が保たれつゝある間に、諸種の憂ふべき原因によつて排日運動は幾度か起された。此等の禍因を除いて諒解を進める為めに、明治四十一年には太平洋岸に於る八つの米国商業会議所の人々を日本に招いて懇談した。時の政府が進んで之を企て、実業界の者も加つて、極力相互の国民的融和に力めた。翌四十二年には日本から渡米実業団を組織して、米国各地に親善の意を表した。此の両度とも予は加入して居たのであるが、表面上は如何にも立派に諒解も出来、融和も行はれて居るやうではあつたが、裏面には一種の不安も伴つて、是れでいつまでも面倒が起らなければ結構だが、と窃かに祈つて居た次第であつた。所が大正二年になると、過去数年間或は紳士協約に或は団体視察団交換等によつて専念国民的融和親善に力めて来て居たのにも拘らず、例の土地所有権問題が加州に起つた。之は日本人の土地所有権及借地権を制限する目的を以て制定せられたのであるが、予等は添田寿一博士・神谷忠雄氏等と協力して、日米同志会の運動を起して奔走した結果、米国人の名によつて、若くは会社として所有する分には差支のないことになり、農業地の賃借に就ては、其の期間を三年間に限定すると云ふ事で済んだのである。
 然し排日運動は決して之で終熄した訳ではない。その後も排日派の巨頭たるフイラン、インマン等の人々はひそかに形勢を観望して、運動促進の時機をねらつて居たのである。大正四年には桑港に博覧会が開かれるに就いて日本にも交渉があり、意見も色々あつたが、日本としては成る可く助け合つてゆき度いと云ふ考から、恰度戦争中ではあつたが、賛同ときめて奔走した。その頃は感情も融和して可なり平和な空気が漾ふて居つたのである。
 例の日米関係委員会も此の時組織され、同時に日本でも同種の会を作つた。予は其時も加州に赴いたのであるが、先方の有力者とも会見して、今までの所は致し方もないが、たゞ風俗や言語習慣等が異るからと云ふやうな人種的差別を根にして、既往の日本人を排斥するならば、余りに不人道極まる話で到底同意なり難い、日本人の不注意な点は十分改めることにして、何卒今後はその方にも尽力していたゞき度い、と云ふ意見を陳べ、同意を得て帰つたのである。
 由来此の委員会は、人気が強くなれば主張も強め、継続して今日に及んで居る。排日運動の方も大正五・六年と平静の裡に暮れて、昨年の春頃までは異変とてもなかつたのであつた。
    二
 然るに昨年の秋に至て排日運動は又もや気勢を昂めて来た。是は山東問題・西伯利出兵問題・朝鮮内治問題等に関して、米国内輿論の振起を絶好の機会として、予てから時機をねらつて居た排日派が、人気の険悪に傾く風潮を按じ、大に宣伝に力めたことによつて、次第に白熱化されて来た。加州知事は始め州議会の開会を拒いだのであるが、遂に輿論は一般投票によつて之を決すると云ふ事に決定して了つた。西部に於ける親日派のアレキサンダー、リンチ氏等も非常に前途を憂慮して、先方で尽力して居るのであるが、何しろ山東問題以来東部方面にすら排日悪感が蔓延して居る有様故、風潮は益々険悪に趨いた。
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 今度の土地法は事件としては加州の問題であるが、性質から云へば決して一加州の問題ではない。そこで米国内一般の輿論を動かす為めに東部方面とも打合せ、更に又根本的に諒解を遂げ度いと思つたから曩にはヴアンダーリツプ氏等をも招待して協議もした。先づ一の高等委員会を開いて慎重に協議するやうにし度い希望であつた。之は加州方面にもヴ氏にも非公式ながら通告しておいたのであるが、事実上の経過が捗取らぬ有様である。此の間の経緯に就いては種々懐抱する処もあり憂慮に堪へ点ぬも多いが、予等は予等で微力を竭し、政府からの十分の交渉を祈るより外はない。
    三
 日本人は単り之を米国に限らず、如何なる国に対しても平和と正義の愛護者である。此の根柢から米国に対しても、今日まで平和親善を基調とする協約には力めて同意翼賛して来た。予は固より米国の真意が平和人道を愛するにあることを疑ふ者ではない。然し非常に結構なことであると思はれて居た石井・ランシング協約が次第に其の影を朧ろにしたり、或は又たラモント氏の満蒙除外等が相関連して加州排日問題の背景をなして居ると云ふやうな説を耳にすることあるは、日米親善の前途の為め、痛切に之を遺憾とせざるを得ない。
 日本人が斯の如く親善融和の精神を以て米国に対して居るにも拘らず、又た今迄に数回に亘つて米国の要求を容れ、現在留民も既定法律の下に非違なく従つて居るにも拘らず、飽まで今度の土地法案を通過させやうとするならば、それは明白なる不合理である。而して此の不合理を不合理として承認するの道はその通過を拒むべき方法をとるにある。そこで桑港にも又東部方面の有力者にも之れを勧説したのであるが、そのことには賛同して来て居る。賛同したのは明らかに該法案を不合理と認めたからであらうから、不合理と認めた以上は、一致協力して尽力して貰ひ度いものである。説は一致するが実行はしないと云ふのでは困るから、切に米国諸人士の努力を両国の為めに希望して居る次第である。
 不幸にして該法案が通過するならば、更に明治四十年前後にまで遡つて、当時以来の在留日本人等にまで、それ等の不合理が合理的のものとして適用さるゝならば、曾て光栄ありし米国人の正義人道論は如何なものになるであらうか。紳士協約も大正二年の土地法も、過去久しきに亘つて致された日本の対米親情も、遂に何等酬はるゝ事なくして終るの外はないであらう。然らば日本は更に声を大にして米人の是非曲直の観念に訴へ、その正義人道を愛護する精神に求め、切に加州並に米国全民の反省を希はざるを得ない。我等は実に道理の前に立ちて米国人の反省を請はんとするものである。



〔参考〕(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正九年(DK330069k-0006)
第33巻 p.557-558 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正九年
                    (阪谷子爵家所蔵)
 九、八、一七 金子堅太郎氏加州問題ノ状況ヲ憂ヒ来状アリ(八月十六日付)
        右ニ付此際ノ策トシテハ政府ハ厳重ニ交渉主張シ、
 - 第33巻 p.558 -ページ画像 
而シテ国民外交トシテ両国有力者間大局ノ了解ヲ得ルコトヲ力メ、両国関係危機ニ瀕スルニ到ルモ、之ヲ破裂セシメスシテ正ニ復スルノ方法ヲ講スルノ外ナキ旨ヲ答フ、右同時ニ金子氏来状ト共ニ渋沢男ニ申送ル
(欄外記事)
[金子氏葉山ニアリ、渋沢男ハ小涌谷ニアリ



〔参考〕ALIEN LAND ACT TO BE SUBMITTED TO THE ELECTORS OF THE STATE OF CALIFORNIA, (Printed) Taisho 9 nen, 8 gatsu(DK330069k-0007)
第33巻 p.558-566 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕対米移民問題並加州排日運動ノ沿革 外務省編 第一七―二五頁 大正九年一〇月刊(DK330069k-0008)
第33巻 p.566-570 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕「イニシエチーブ」土地法案成立ノ暁加州在留日本人ノ蒙ルヘキ影響 外務省通商局第三課編 第一―六頁大正九年一〇月刊(DK330069k-0009)
第33巻 p.570-572 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕国際事情 外務省情報部編 第五四五―五四七頁大正一五年一〇月刊(DK330069k-0010)
第33巻 p.572-573 ページ画像

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〔参考〕竜門雑誌 第四八一号・第一〇六―一〇七頁昭和三年一〇月 国民外交家としての青淵先生 小畑久五郎(DK330069k-0011)
第33巻 p.573-574 ページ画像

竜門雑誌 第四八一号・第一〇六―一〇七頁昭和三年一〇月
    国民外交家としての青淵先生
                      小畑久五郎
○上略
 一九一三年の土地法を制定して日本移民の権利を縮少する事に成功した加州の排日連は、尚ほ一層辛辣を極めて、排日運動に従事し、一
 - 第33巻 p.574 -ページ画像 
九二〇年の秋人民投票を以て、日本移民を加州の農業地帯より駆逐せんと企図したのである。之を聞かれた先生は、非常に心を痛められ、種々考慮の結果、同志と図り、同年春米国より有力なる実業家の団体を招待して、非公式的国際協議会を開くに至つた。桑港よりアレキサンダー氏を団長とせる一行、紐育よりはヴアンダリツプ氏を団長とせる一行を招いたのである。此協議会が其年の秋に行はれる筈の人民投票に、如何なる影響を及ぼしたかは何人も明確に断言する事は出来ないが、排日連が大多数を以て通過すると自惚れて居たのに、総投票十万票の内六万票が排日土地法を是とし、四万票が之を否とする所となつたといふのは、深い意味のある事であつて、右非公式国際協議会の結果親日派が、之れ程の成績を挙ぐるに至つたのでは無いかと考ふべき理由があるのである。
○下略
   ○大正九年十一月二日ニ於ケルカリフォルニア州一般投票ハ賛成六十六万八千余票反対二十二万余ナリ。
   ○右一般投票ニ至ルマデノ情勢ニ関シテハナホ左ノ書ニ記載スル所アリ。
     Japan and the United States, 1853-1921
      August, 1921. pp. 260-3.
     右訳書「一八五三―一九二一年日米外交史」(第三五六―三六〇頁大正一一年四月刊)
     「日米国際紀要」(第四一―四五頁大正一三年一〇月刊)
     「人種問題研究」(第一一四―一一八頁大正一四年二月刊)
     「在米日本人史観」(第五二―五四頁一九三〇年四月刊)
     「日米外交史」(第五一三―五五〇頁昭和七年二月刊)
   ○右イニシアティヴノ「実際を窺へばデマゴグの魔手は各村落に波及し、投票の妨害、投票の剽窃、投票の焼却等有ゆる悪辣手段が現はれて、終に其一般投票は真正なる良民の心を描出し得なかつたのである。」(石井菊次郎著「外交余録」第三〇三頁)