デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

大正13年1月31日（1924年）


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是日、当委員会、近ク欧米旅行ノ途ニ上ル会員井上準之助ニ、最近ノ日米問題ニ関スル覚書ヲ交付ス。

日米関係委員会諸取調書類（一）　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
　（写）
　　大正十三年一月三十一日、来ル二月四日欧米旅行ノ途ニ上ル井上準之助氏ニ交付セラレタル覚書
　一加州土地法借地権ニ関スル件ニ対スル合衆国大審院判決
　二華州土地法ニ関スル件ニ対スル合衆国大審院ノ判決
　三収獲契約及株式所有ニ関スル二件ニ対スル同大審院ノ判決
以上三問題ハ予テ同国大審院ニ繋属中ナリシカ、今回同院ニ於テ上告中ナリシ日本人ニ下シタル判決要旨ハ別紙所載ノ如シ
（別紙）
　　　　加州法借地権ニ関スル件ニ対スル合衆国大審院判決
加州邦人借地問題ニ関スル判決ハ、先ツ上告人申立事件ノ要領及加州土地法第一条及第二条其他ノ関係条項ヲ示シ、更ニ日米通商条約ハ日本臣民ニ対シ農業地所有若クハ賃借権ヲ附与シ居ラサル事ヲ記シタル後、本事件ハ華盛頓州土地法ニ関スル訴訟事件ト同種ニシテ、前者ニ含マルル論点ハ全部後者ニ於ケル論点ニ包含セラレ居リ、唯華盛頓州土地法ニ於テハ市民ト為ルノ善意ノ意志表示ヲ為ササル外国人ニ対シ借地ヲ禁シ、従テ市民ト為ルノ資格アル外国人ノ両者ヲ含ムニ反シ、加州土地法ニ於テハ単ニ市民権獲得ノ資格ナキ外国人ノミニ借地ヲ禁スルモノナルカ、斯ノ如キ区分ヲ設クルニ付テハ、各州ハ格別ノ事情ニ基キ自由裁量ヲ有ス、依テ加州法規カ市民トナル資格ヲ有スルモ其意志ヲ表示セサル外国人禁止ノ部類ニ包含セシメサリシ事ヲ以テ、不法不合理ト断スルノ理由ヲ認メ難キ旨判決シ、最後ニ華盛頓州土地法ニ関スル判決ハ本事件ノ判決ヲ支配スル旨附言セリ、尚同判決中ニ本件審理ニ当リ「マクレイノルス」・「ブランダイズ」両判事ハ本件訴訟ニハ何等正当ノ理由存在セサルヲ以テ、之ヲ却下スヘキモノナリトノ意見ヲ持スル旨、及「サザランド」ハ本件審理及判決ニ参加セサリシ旨記載セリ。
　　　　加州土地法《（華州）》ニ関スル件ニ対スル合衆国大審院判決
（一）先ツ事件ノ要領、原告ノ主張及華州憲法第二条第三十三節及土地法ノ要点ヲ示シ、左ノ趣旨ヲ明カニセリ
第一、法廷ハ本件ニ対シ平等保護ニヨル救済ヲ取ル権能アリ、若シ土地法カ米国憲法違反ナル場合ニハ、之カ執行ニ対シテハ平等保護ニ依ルニアラサレハ、実際的ニシテ十分ナル救済ヲ受クルコト不可能ナリ上告人ハ法ノ救済ヲ得ル為、実際州法違反ノ契約ヲ締結シ、以テ刑罰ト財産上ノ損失ヲ蒙ムル危険ヲ冒ササル可カラサル理由毫モナシ
第二、土地法ハ憲法補則第十四条ノ適法手続条項又ハ平等保護条項ニ抵触セス、同補則ハ州ノ専断的又ハ不当ナル差別処置ニ対シ土地所有者カ適法ノ目的ノタメ其土地ヲ処分スル権利及居住外国人カ普通ノ職業ニ従事シ生計ヲ営ム権利ヲ保護スルモ、右ハ憲法採用当時留保サレ
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タル警察権ヲ州ヨリ奪フモノニアラス、州ハ此権能ヲ行フニ当リ、広キ裁量ノ自由ヲ有ス、米国議会カ移民帰化及国有財産ノ処分ニ関シ専握ヲ有スルト等シク、州ハ条約ニ反対ノ規定ナキ限リ、外国人ニ対シ土地所有権ヲ拒否スル権利ヲ有ス、而シテ凡テノ外国人ニ対シ平等ニ適用セラルル土地所有禁止ノ州法ハ、自由又ハ財産ノ理由ナキ剥奪又ハ適法手続条項違反ト云フヲ得ス、又平等保護条項ハ各人ニ対シ同様ノ状況ノ下ニ於テ、権利ノ享有ニ関シ平等ノ保護ヲ保証セルモノナルモ、州法ニ依リ市民ト外国人トヲ区別スルコトヲ一律ニ禁スルモノニアラス、市民ト外国人又外国人中ニテモ帰化宣言者ト然ラサル者トノ間ニハ権利義務ノ差異アリ、善意ノ帰化宣言者ハ、帰化不能ノ外国人又ハ帰化シ得ルモ其意志ヲ宣言セサルモノト明カニ性質ヲ異ニス、土地法カ善意ノ帰化宣言者ヲ市民ト同様ニ取扱フハ、帰化不能者又ハ帰化シ得ルモ其意志ヲ宣言セサル外国人ニ対シ、不当ナル差別ヲ為スモノニアラス、右差別ノ標準ハ帰化意思ニアル処、米国議会ハ任意ニ帰化権ヲ附与シ又ハ禁止スルコトヲ得、而シテ州ハ議会ノ定メタル区別ハ当然合理的ト解シ得ヘシ、州法カ中□《（塚）》其他ノ帰化権ナキ外国人ニ対シ人種又ハ皮膚ノ色ニ基キ勝手ニ差別待遇ヲナシタリトスル主張ハ根拠ナキ《（モノナリ脱カ）》土地法ハ善意ニ市民トナル意志ヲ宣言セサル者ハ其ノ色又ハ人種ノ如何ヲ問ハス総テ土地ノ所有ヲ禁スルモノニシテ、帰化ニ関シ米国議会ノ定メタル法則ハ自カラ該州法ノ規定ニ対シ妥当ナル根拠ヲ与フルモノナリ、市民ニアラス又市民トナリ得サル者ハ州ノ福祉ノ為有効ニ働ク利害モ権能モナキカ故ニ、州ハ彼等ニ対シ土地所有及借地ヲ禁スルヲ得ヘク、帰化シ得ルモ其ノ意志ヲ宣言セサル外国人及帰化権ナキ外国人ヲ同一禁止部類ニ入ルルハ明カニ州ノ権内ニアリ、Truax V. Raich ニ《（衍）》事件ニ於テ本法院ハ「アルゾナ」州法ヲ憲法補則第十四条違反ト判決シタルカ、右ハ通常ノ職業ニ従事シ生計ヲ営ム事ニ関スルモノニシテ、本事件ハ之ト異リ、州内ニ於テ農地ヲ所有シ管理スル特権ニ関ス、農地ヲ所有占有使用スルモノノ性質及忠誠ハ最有用ノ事項ニシテ州ノ安寧及権利ニ影響スルモノナリ
（三）土地法ハ日米条約ニ抵触スルモノニアラス、条約前文ハ「通商航海条約」ト称シ、両国間ノ通商関係ヲ律スル為締結セラレタル事ヲ指示セリ、土地ノ所有・賃借ニ関スル唯一ノ規定ハ第一条第一項ナルカ、中塚ハ農民タル外ニ自己ノ作物ノ販売ニ従事スル者ニシテ、借地ヲ禁止セラルルニ於テハ条約上ノ権利タル商業及之ニ附帯スル行為ヲ為スコトヲ妨ケラルルコトトナルト主張スルモ、各州ハ条約ニ反対ノ規定ナキ場合、外国人ニ対シ土地所有ヲ禁止スル法律ヲ制定スルコトヲ得土地ヲ所有・賃借スル権利カ条約ニ依リ与ヘラレサル限リ条約抵触問題ハ起リ得ス、条約ニハ啻ニ日本人ニ対シ農業上ノ目的ノ為ニ土地ヲ所有・賃借スル権利ヲ与フル規定ナキノミナラス、条約成立ノ事情ヨリ見ルモ、日米何レモ他ノ一方ノ両隣ニ在ル自国民ニ対スル該権利ヲ条約ニ依リ与フルコトヲ差控ヘル主旨ナリシコト明カナリ、右第一項ノ字句ハ農業ノ目的ノ為土地ヲ所有シ賃借シ又ハ土地ニ対スル何等ノ利益ヲ含ムモノト解スルヲ得ス、蓋シ他ノ特定目的ノ為土地ヲ所有・賃借シ得ルコトヲ列記的ニ規定セルハ、即チ自カラ農業ノ目的ノ為土
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地ヲ所有又ハ賃借スル権利ヲ除外スルモノナリ、条約締結ノ事情ニ就テ見ルモ千九百拾参年七月拾六日「ブライアン」ヨリ珍田伯宛書翰ハ土地所有権ハ日本ノ希望ニ依リテ与ヘラレサリシコトヲ示セリ、又始メ条約草案ニ「住居・商業・工業其他適法ナル目的ノ為土地ヲ賃借」シ得ル旨規定シアリタルヲ「住居及商業ノ目的ノ為」ト改メタルハ、即チ其他ノ目的ノ為ニスル借地権ヲ特ニ除外シタルモノト云フヘシ
（四）土地法ハ州憲法第二章第三十三節ニ抵触スルモノニアラス、同節ハ外国人ノ土地所有ヲ禁スル旨規定セルカ故ニ、州法ヲ以テ借地ヲ禁スルハ不法ナリトノ原告ノ主張ハ容認スルヲ得ス、同州法カ憲法ノ規定ニ反スルモノニアラサルコトハ、既ニ州高等法院ノ判決セル所ナリ、州法カ州憲法ニ反スルヤ否ヤノ問題ハ、州最高裁判所ノ決定ニ依リテ定マル
「マクレエノルド」及「ブランダイス」両判事ハ本事件ニハ正当ノ理由ナキヲ以テ却下サルヘキモノナリトノ意見ナリ
「スザアランド」判事ハ本事件ノ審理判決ニ加ハラズ
　　　　収獲契約及株式所有ニ関スル二件ニ対スル
　　　　合衆国大審院判決
本判決ハ　Butler　判事ニ依リテ下タサレタルカ、其ノ理由ノ要点ハ収獲契約ハ単ナル労務契約ニ非ス、実質上借地ト異ラサルカ故ニ、帰化不能ノ外国人ニ依ル右契約ハ無効ナリ、次ニ土地ヲ所有スル会社ノ株式ヲ所有スルコトハ即チ土地ノ所有トナルカ故ニ、帰化不能ノ外国人ハ右株式ヲ所有スルヲ得スト云フニ在リ
　　　　日米両国政府ニ於テ聯合高等委員設置ノ件
日米両国政府ニ於テ高等委員ヲ委命シテ加州移民問題ヲ解決セシムル外良策ナシトハ、東京日米関係委員会ノ主張スル所ニシテ、大正九年春同会委員ト桑港アレキサンダー氏一行並紐育ヴアンダリツプ氏一行トノ各協議会ニ於テ一致シタル意見ナリシカ、更ニ大正十年渋沢ガ米国旅行ノ際、桑港ノ米日関係委員ハ臨時協議会ヲ催フシ、同案ヲ決議シタルヲ以テ、渋沢ハ翌十一年春帰朝ノ後之ヲ我カ関係委員ニ報告シ外務当局ニ向テ此決議ニ関スル同意ヲ求メタルニ、当時ノ埴原外務次官ハ米国政府ニテ同意ナラハ我ニ於テモ異議ナシト言明セラレタリ、同年秋紐育日米関係委員会幹事ギユーリツク博士来邦シテ前年渋沢ガ渡米ノ際種々協議シタル関係モアリタレハ、本案ヲ達成スル為メ、同氏帰米ノ上ハ、米国内地ニ於テ輿論ヲ喚起シテ米政府ニ之カ設置ヲ勧告スヘキ事ヲ打合ハセ、即大正十二年六月五日我関係委員会ハ別紙ノ如ク陳述書ノ発表ヲ決議シ、尚渋沢ノ名ヲ以テ別紙ノ書面ヲ有名ノ各人約三百ノ諸氏ニ発送シタリ、而シテギユーリツク博士ハ同月六日出帆帰米ノ際、右両種ノ印刷各三百ヲ携帯シテ米国人ニ配布シ、之カ宣伝ニ尽力中ナリ
　　　　米国出生外国人児童帰化権ニ関スル件
　　　　並二重国籍ニ関スル件
大正十二年十二月六日華盛頓州上院選出議員ジヨーンスハ、米国出生外国人児童ノ帰化権制限ニ関スル左記趣旨ノ憲法改正共同決議案ヲ中
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央議会上院ニ提出シ、直ニ同院法制委員会ニ附託セラレタリ
　上院ハ下院ノ賛意決議ヲ俟テ、憲法改正案トシテ左記条項ヲ各州ニ提議シ、該条項カ四分三以上ノ諸州議会ニ依リ批准セラレタルトキハ、憲法ノ一部トシテ完全ニ効力ヲ生スベキモノナルコトヲ決議ス
　憲法補則第十九条　米国内ニ於テ外国人タル親ヨリ今後生レタル子ハ、其両親カ共ニ帰化権ヲ有スルニ非サレハ、米国々籍若ハ帰化権ヲ有セス、又従来米国内ニ於テ生レタル者ハ其両親カ共ニ米国々籍又ハ帰化権ヲ有シタルニ非サレハ、本条項採用後米国々籍若ハ帰化権ヲ有セス
尚十二月五日下院ニ於テモ、加州下院選出議長レーカー及華盛頓州下院選出議員ジヨンソンヨリ各別ニ前顕同趣旨ノ憲法改正共同決議案ヲ提出シ、何レモ同院法制委員会ニ附託セラレタリ
右ジヨーンスノ提案ハ多年我等日米関係委員ガ深憂シテ之ガ阻止ニ努メタル問題ヲ実現セシメントスルモノナルヲ以テ、過日同委員ノ少数相会シ、協議ノ上外務省ノ同意ヲ得テ、渋沢ノ名ヲ以テ別紙所載ノ電報ヲ米国ノ知人ニ発シタリ

　　渋沢ノ名ヲ以テ左記諸氏ニ発送シタル電文○前掲ニツキ略ス
　　桑港米日関係委員長アレキサンダー氏ノ答電○前掲ニツキ略ス
　　紐育米日関係委員幹事シドニー・ギユーリツク博士トノ往復電報
　　　　ギユーリツク博士ノ答電○前掲ニツキ略ス
　　　　右ニ対スル当方ノ電報○前掲ニツキ略ス
　　　　ギユーリツク博士ノ答電○前掲ニツキ略ス
以上ノ桑港及紐育ノ答電ハ外務当局者ノ参考ニモ供シ、且二重国籍ノ弊ヲ除ク為メ法律改正案ヲ今期議会ニ提出セラルヽノ必要ヲ力説シタルカ、之ニ対シテハ政府ハ
　目下、十七歳以上ノモノト雖モ日本政府ノ許可ヲ得ハ国籍離脱ヲ為スコトヲ得ルヲ原則トシテ、関係法律ノ条項ヲ調査中ナルカ、今期議会ニハ之カ改正ヲ提議スル予定ナリト云ヒ居レリ
　　○大正十三年ニ於ケル井上ノ外遊ニ就テハ井上準之助伝（第二六三―二八三頁・昭和一〇年四月刊）ニハラモント、ストロン等ト面会ノコトヲ記セドモ直接日米問題ニ言及セズ、井上ノ帰国ハ同年八月二十五日ナリ。