デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第34巻 p.377-378(DK340038k) ページ画像

大正13年8月6日(1924年)

是日、当委員会主催アメリカ合衆国ロス・アンジェルス商業会議所代表者シー・エム・ゴルドン歓迎晩餐会、丸ノ内東京銀行倶楽部ニ開カル。栄一出席シテ挨拶ヲ述ブ。


■資料

日米関係委員会集会記事摘要(DK340038k-0001)
第34巻 p.377-378 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要 (渋沢子爵家所蔵)
 大正十三年八月六日午後六時、於東京銀行倶楽部、日米関係委員会開催、シ・エム・ゴードン氏歓迎並ケー・シー・リーブリツク教授送別
  出席者左の如し
  堀越善重郎氏・小野英二郎氏・梶原仲治氏・団琢磨氏・添田寿一氏・頭本元貞氏・串田万蔵氏・山科礼蔵氏・浅野総一郎氏・阪谷男爵・渋沢子爵・江口定条氏 幹事 増田明六・小畑久五郎賓客シー・エム・ゴートン氏《(シー・エム・ゴードン)》
   渋沢子爵座長
七時食堂を開き、食後子渋《(爵)》は簡短に左の如く歓迎の辞を述べらる
 ゴードン君並に御参列の皆様、炎暑の砌り演説をなすことは御互に苦痛と思ひますから、極めて簡短にゴートン氏に対する歓迎の意を表し度いと存じます。ロス・アンゼルス市駐在の若杉領事より外務省に達せる情報に由りますれば、今回ゴートン氏の御渡来は、ロスアンゼルス市と日本とを一層接触せしめて、通商貿易を盛大にせしめんとの御目的の様に伺つて居りますが、之れは相互に喜ぶことにて、日米親善の上にも深き関係を有することゝ存じますので、今日は御列席を願つて、玆に列席の委員諸君と御懇談下さる機会を設けしまでに過きんので御座います、ロスアンゼルス市は長足の進歩を遂げ、太平沿岸に於ける最大都市たるべき運命を担つて居りまする故、同市に於ける商業会議所を代表せられて親交を求めらるゝゴードン氏に親しく面接することは、吾々日米関係委員の光栄とする所であります、自分は通訳によらなければ談話を致すことが出来ませんが、他の委員諸氏は自由に英語を使用せられますから、腹蔵なく懇談なさることをゴードン君に御願ひ致します……
ゴードン君の答辞は左の点を含めり
一、昨年一月アメリカン・エキスプレッス会社の主催にかゝる世界観光団に加りて、日本を訪問して以来、進んで日本人及日本の事物に
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一層親しく接触せんとの希望を抱けり
二、自分は一万二千人の会員を有するロス・アンゼルス市商業会議所を代表して同市と日本との貿易関係を親密ならしめんことを希望す
三、将来ロス・アンゼルス市は、西洋に対する亜細亜の関門たるべく日本は西洋が亜細亜に入るべき関門たるべきこと
四、日本より輸出する商品、例へば絹・茶・海産物の鑵詰品・紙製ナプキン等の八割は、他の沿岸港を通じて合衆国に入れども、今後はロス・アンゼルス市を通じて輸出せられ度きこと等なり
リーブリツク教授は、大統領ピアス号にて帰国の途中東京に立寄らるる予定なりしが、同船が神戸港に入港の際意外の時間を要せし為め、会合の時間に間に合はずして、終に欠席せられたり
午後八時食卓を離れ、別室にて種々懇談、十時散会
   ○本款大正十四年四月十三日ノ条参照。


(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一三年(DK340038k-0002)
第34巻 p.378 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一三年
                     (阪谷子爵家所蔵)
○一三、八、六 銀行クラブ、日米関係委員ロスアンゼルス商業会議所代表ゴルドン氏及帰朝ノ堀越善重郎氏招待