デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第34巻 p.382-390(DK340040k) ページ画像

大正13年9月30日(1924年)

是日、当委員会主催アメリカ合衆国ハワイ米日関係委員会会員アルバート・ダブリュー・パーマー
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歓迎晩餐会、上野精養軒ニ開カル。栄一出席シテ歓迎ノ辞ヲ述ブ。


■資料

日米関係委員会往復書類 (一)(DK340040k-0001)
第34巻 p.383 ページ画像

日米関係委員会往復書類 (一) (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、益御清適奉賀候、然ば多年布哇在留の邦人に厚き同情を有し、且つ同地米日関係委員会々員たるホノルヽ合同基督教会牧師アルバート・ダブルユー・パーマー氏、今般夫人・令嬢と共に来遊被致候に付ては、来三十日午後六時上野精養軒に於て歓迎会相催度と存候間、何卒令夫人・令嬢御同伴の上御出席被成下度、此段御案内申上候 敬具
  大正十三年九月二十日    日米関係委員会
                 常務委員 渋沢栄一
                 同    藤山雷太
    委員各位
  御諾否封中端書にて御回示被下度候


日米関係委員会集会記事摘要(DK340040k-0002)
第34巻 p.383-384 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要 (渋沢子爵家所蔵)
 日米関係委員会 大正十三年九月卅日午後六時、於上野精養軒
 布哇日米関係委員会員アルバート・ダブルユー・パーマー牧師歓迎晩餐会
  出席者
  (委員)渋沢子爵・堀越氏・小野氏・頭本氏・山科氏・藤山氏・浅野氏・森村男爵・阪谷男爵
  (幹事)服部氏・増田氏・小畑氏
  (来賓)パーマー氏・同夫人・同令嬢・堀越夫人・同令嬢・浅野夫人・清水令嬢・毛利伊賀氏
      佐分利通商局長・同夫人・赤松移民課長
午後五時 食事前懇談せんが為め、パーマー氏に一時間早く出席せらるゝ様打合せ置き、渋沢子爵・阪谷男爵・藤山氏・添田氏及頭本氏会合せらる、排斥移民法に付き懇談せらる、パーマー氏は至極公平の意見を有せらるゝものゝ如く見えたり、即ち人種の差別を撤廃し資格試験に基く入国法及帰化法を制定すべしといふにあり。
 ハワイ島には人種的偏見非常に少し……云々
   六時半食堂に入る
    卓上演説
渋沢子爵 パーマー博士・同令夫人・令嬢並に皆様、パーマー博士が御渡来になるといふことは、兼ねて友人アサートン氏よりの私信に見えました、又パーマー博士が御持参になりました御紹介状も、アサートン氏の認められたものであります。今夕の小宴には何の取設けも御座いません上に、我東京は去年の大震災後非常に頽廃して、其恢復も遅々として渉りませんので真に殺風景と申さねばならない次第で御座います、然しパーマー君を御迎へ申した私共の心は、誠実と親善と平和とに満ちて居ることは、私の断言して少しも憚らないのであります。パーマー君御一行は、明日日光へ御観光旅行を御企てなさるさうで御座いますから、日光の風景によつて、帝都の殺
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風景を補つて戴き度いと存じます、又何れ数年の内に東京市も復興の実を挙げ得ることゝ思ひますから、御再来を期し、其節は一層御款待申上げ度いと存じます。
パーマー博士 渋沢子爵閣下並皆様、今夕私共家族の為に、斯る盛大なる御宴会を御開催下さいました事を、衷心より御礼申上げます。私は教育界並宗教界にあつて微力を致して居る者でありますが、先般米国の議会が制定しました排斥移民法は、甚だ不都合なものと考へて憤慨して居る者の一人であります、此の如き法律を施行して、日本国民の感情を害する必要は全然無いのであります、元来吾々米国民は平和を尊重する者であります、ジヨルダン博士は米国は嫌悪の情の消え失せて行く国であると言はれて居ります、リンコン大統領の如きは「自分は何人の胸にも刺を立てたことはない」と言はれた米国の偉人であります。尤も米国の他の一面にはクー・クラツクス・クランといふ様な偏狭な愛国者もあつて、国際的運動を妨げる所の低級団体もあります。此際皆様に御願ひ致し度いことは、隠忍自重で御座います。米国が公平なる移民法や帰化法を制定する日が来ると思ひます。私は今回の旅行により、皆様の如き代表的の御方方に会見する機会を得た事を大なる幸福と致します、日本の日本人ハワイの日本人を知つた訳けであります、帰国の後はシカゴの近郊於て牧会《(マヽ)》の職に従事することになつて居りますから、今後は米大陸にあつて日米親善の為め微力を尽し度いと存じます、重ねて今夕の御厚遇を拝謝致します。
食事後 再び集会室に集り、パーマー氏より来る大正十四年ハワイに開催せらるゝ人種問題研究大会の件に関し大体の報告を聞き、九時過き散会す


(阪谷芳郎) 日米関係委員会日記 大正一三年(DK340040k-0003)
第34巻 p.384 ページ画像

(阪谷芳郎) 日米関係委員会日記 大正一三年
                    (阪谷子爵家所蔵)
一三、九、卅 上野精養軒、日米関係委員A・W・パーマー氏並夫人令嬢招待 布哇牧師、チカゴ牧師に転任帰化法改正ノ話アリ


(フランク・シー・アサートン)書翰 渋沢栄一宛一九二四年八月八日(DK340040k-0004)
第34巻 p.384-385 ページ画像

(フランク・シー・アサートン)書翰 渋沢栄一宛一九二四年八月八日
                    (渋沢子爵家所蔵)
P. C. ATHERTON
HONOLULU, HAWAII
                     August 8, 1924.
Viscount E. Shibusawa,
  No. 1 Yaesucho Itchome,
  Kojimachiku, Tokyo, Japan.
My dear Viscount :
  This will introduce to you Dr. A. W. Palmer, the minister of the Central Union Church of this city who, with his wife, is on a visit to the Orient.
  Dr. Palmer has always been very deeply interested in our
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 island problems and has been particularly friendly to the Japanese and has taken an active part in everything that tended to bring about more friendly and cordial relations and a better understanding between the races here.
  Dr. Palmer has also taken a very active part in our preliminary plans for our Pan-Pacific Conference on human relations which we are planning to hold in Honolulu in July, 1924, and concerning which l have already written you. I feel sure that you will enjoy meeting Dr. Palmer very much indeed, and l have been anxious for him to meet you because of the great contribution which you have made towards promoting friendly relations between Japan and the United States.
  Any courtesies extended to Dr. and Mrs. Palmer will be very much appreciated not only by him but the writer.
            Very truly yours,
             (Signed) F. C. Atherton
FCA-V
(右訳文)
 東京市 (八月廿五日入手)
  子爵渋沢栄一閣下   ホノルヽ、一九二四年八月八日
                 エフ・シー・アサートン
拝啓、当地中央ユニオン教会の牧師エイ・ダブルユー・パーマー博士を御紹介申上候、博士は夫人同伴、東洋旅行の途に上られ候
パーマー博士は、本島の問題に対しては常に探く興味を抱かれ、特に日本人に対し親善の態度を執られ、猶当地各人種相互間の親善と諒解との増進に資せんが為に、凡有方面に尽力怠らざりし人に御座候
パーマー博士は、本年七月ホノルヽに於て開催の計画なる人種関係に関する汎太平洋会議の準備計画に参与し、大いに尽力せられ候、博士を御引見被下候はゞ、定而御興味可有之、猶ほ日米親善の為に多大の御尽力被遊居る閣下に是非面会致す様、博士にも希望致居る次第に御座候
パーマー博士夫妻の為に、御便宜を御与へ被下候はば、同人のみならず、小生としても感謝に不堪次第に有之候 敬具


(フランク・シー・アサートン)書翰 渋沢栄一宛一九二四年八月八日(DK340040k-0005)
第34巻 p.385-386 ページ画像

(フランク・シー・アサートン)書翰 渋沢栄一宛一九二四年八月八日
                    (渋沢子爵家所蔵)
F. C. ATHERTON
HONOLULU, HAWAII
                     August 8, 1924.
Viscount E. Shibusawa.
  No. 1 Yaesucho Itchome,
  Kojimachiku, Tokyo, Japan.
My dear Viscount :
  I am enclosing herewith a letter of introduction to you which I am giving to Rev. A. W. Palmer.
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  Dr. and Mrs. Palmer are sailing for Japan about the 15th of September and expect to spend about two weeks in Japan. They will probably be in Tokyo only two or three days, but I hope very much that Dr. Palmer may have the pleasure of meeting you at that time. He has taken such an active part working for more friendly relations between the two great peoples that I feel his trip to Japan at this time is very opportune.
  Dr. Palmer has recently received a call to the Oak Park Church near Chicago, Illinois, and is leaving Hawaii for his new church about December 1st. He will be in a position where he can do much in a public way to help along in the cause of a better understanding between the two races.
  With kindest regards, I remain,
             Yours very truly,
             (Signed) F.C. Atherton
FCA-V
(右訳文)
         (栄一鉛筆)
          パーマー博士本邦到着ノ時日ハ、東洋汽船会社其他ニ於テ取調、是ヲ本船ヘ向ケ無線電信ヲ送ル方可然候事
                     九月一日一覧
 東京市 (八月廿五日入手)
  子爵渋沢栄一閣下   ホノルヽ、一九二四年八月八日
                エフ・シー・アサートン
拝啓、エー・ダブルユー・パーマー牧師に与へたる紹介状写、玆許同封致置候
パーマー博士夫妻は、九月十五日頃日本へ向け出発可致、約二週間貴国に滞在せらるべく候、東京滞在は多分両三日間に可不適候得共、博士が閣下を訪問申上候様、小生は深く希望致居候、同博士は日米両国の親善増進の為に尽力怠らざる人につき、今回同人が日本に赴き候事は頗る機宜を得たるものと存候
最近パーマー博士は、市俄古に近きオーク・パーク教会に転勤の事に相成り、十二月一日頃新任地に向けハワイを出発可致候、同氏は新任地に於て、両国の諒解増進の為に更に尽力せらるべしと存候 敬具


(原田助)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年八月二〇日(DK340040k-0006)
第34巻 p.386-387 ページ画像

(原田助)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年八月二〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                大正十三年八月廿日
 東京             ホノルルニテ
  日米関係委員             原田助
    渋沢子爵閣下
敬啓、愈御安泰奉大賀候○中略
偖当地ノ宗教家パーマー氏 Rev. Albert W. Palmer, D. D. 不日当地発東洋漫遊ノ為メ錦地ヘ向ヒ候筈ニ御坐候間、予メ御紹介申上候
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同氏ハ、七ケ年間当地ノセントラル・ユニオン基督教会ノ牧師ニテ候処、今回シカゴ市ノ一大教会ヨリ招聘セラレ、転任ニ決定致居候、其赴任前、年来希望ノ東洋行ヲ果シ度トノ事ニ有之候、当地日米関係委員ノ一人ニテ終始平和主義・親日主義ヲ以テ知ラレタル人ニ有之候間東京ニテ閣下始メ日米関係委員各位ニ拝晤ノ機会ヲ得ラレ候事ヲ切望仕候
同氏ノ旅行予定ハ
 九月十八日ホノルヽ発天洋丸 同廿九日横浜着
 廿九日・三十日・十月一日迄東京滞在
 二・三日日光観光ノ上、十月三日東京ニ帰リ、同夜関西行ノ予定同行ハ夫人及令嬢一人ニ御坐候
本月開会之当地汎太平洋食糧会議モ好首尾ニ終了致候、汎太平洋同盟モ漸次基礎ヲ確メ、有力ナル団体ト可相成期待罷在候
先ハ右当用迄得貴意度、匁々敬具


(原田助)書翰 小畑久五郎宛 一九二四年八月二六日(DK340040k-0007)
第34巻 p.387 ページ画像

(原田助)書翰 小畑久五郎宛 一九二四年八月二六日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                Honolulu, August 26, 1924
Dear Dr. Obata :
  Rev Dr. A. W. Palmer comes with introductions to Viscount Shibusawa from Mr. F. C. Atherton and myself. He has only two days in Tokyo, but is most anxious to meet the Viscount, to talk over several important subjects including the coming Pan-Pacific Conference on racial problems. I hope you be kind enough to help arranging, so that the Viscount could see Dr. Palmer.
  Dr. P. has been the pastor of the largest Christian Ch. here and has been known as a friend of the Japanese. He is also a member of the American-Japanese Relations Comm. of Honolulu.
           Yours most sincerely,
              (Signed) Tasuku Harada


渋沢栄一書翰 控 高松四郎宛大正一三年一〇月一日(DK340040k-0008)
第34巻 p.387 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 高松四郎宛大正一三年一〇月一日 (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、益御清穆奉賀候、然ば本書持参のアルバート・ダブルユー・パーマー博士は、布哇ホノルヽ市中央組合教会牧師に有之、夙に日米親善に努力せられ、常に同地在留日本人の為に種々の便宜を計られつゝある御人に御座候処、今回渡来の序御廟拝観致度、夫人・令嬢同伴今日当地出発、錦地に赴かれ候間、何卒事情の許す限り便宜を与へられ候様奉願上候、先般来一再ならず来遊外国人を御紹介申上、嘸かし御迷惑とは奉存候得共、宜敷御諒承被成下度、右得貴意度、如此御座候
                         敬具
  大正十三年十月一日          渋沢栄一
    日光東照宮宮司 高松四郎様

 - 第34巻 p.388 -ページ画像 

渋沢栄一書翰 控 フランク・シー・アサートン宛大正一三年一〇月一五日(DK340040k-0009)
第34巻 p.388 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 フランク・シー・アサートン宛大正一三年一〇月一五日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                    (栄一鉛筆)
                    十月十日一覧
      案
 ハワイ、ホノルヽ市
  エフ・シー・アサートン殿
                     東京
    大正十三年十月九日         渋沢栄一
拝復、益御清適奉賀候、然ば明年七月貴市に開催せらるべき太平洋人種問題研究大会に関する貴書及趣意書、埴原大使に送られたる御書面の写、並にエー・ダブルユー・パーマー博士の御紹介状、何れも落手拝誦仕候、パーマー博士夫妻及令嬢は九月廿八日夜無事東京着、直ちに帝国ホテルに投宿せられ、三十日兼ねて準備致し置きたる日米関係委員会主催の歓迎晩餐会に出席せられ候、当日は晩餐会に先立ち、小生は阪谷男爵・藤山東京商業会議所会頭・頭本氏・堀越氏と共に博士と会し、時事問題に関して伏臓なき意見の交換を行ひ、午後七時より博士御一行及同博士と同行したる毛利伊賀氏を主賓として、関係委員の諸氏一堂に相会し、愉快なる晩餐会を催うし、食後パーマー博士に請ふて、太平洋人種問題研究大会に関する計画の概略並右大会の主催者出席者の人物及目的等を聴取致候、何れ本問題に関しては斎藤惣一氏の帰朝を待て、更に詳細の企画を承り可申と存候
 パーマー博士に面会したる小生等は、一見旧知の感を抱き、斯る有力なる公人が実地我邦を訪問せられしことは、日米両国々交上大に喜ぶべき事と存候、同博士のハワイを去らるゝことは遺憾の至りに有之候得共、向後は米国本土、然もシカゴ市の如き大都会に活動せらるゝ由に候へば、吾々日米親善増進に腐心し居る者に取り、有力なる味方を得たる感を覚へ欣快至極に存候
右御回答まで、得貴意度如此御座候 敬具
   ○右英文書翰ハ十月十五日付ニテ発送セラレタリ。


(原田助)書翰 渋沢栄一宛大正一三年一一月二三日(DK340040k-0010)
第34巻 p.388-389 ページ画像

(原田助)書翰 渋沢栄一宛大正一三年一一月二三日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                (別筆)
                十二月卅一日回答済
              大正十三年十一月廿三日
 東京                   原田助
    渋沢子爵閣下
拝啓、御無沙汰申上候処益御安泰奉恭賀候、偖パーマー氏事帰米ノ途次昨日当地寄港、数時間滞在ノ上市俄古ニ向ヒ出発致候、同氏ハ錦地参上之節特ニ閣下ノ御歓待ヲ蒙リタル事ヲ、衷心ヨリ感謝致居候、又東京始メ内地ニテハ勿論、朝鮮ニ於テモ我官民諸君ヨリ歓待ヲ受ケ、且ツ親ク意見交換ノ機会ヲ与ヘラレタリトテ、非常ノ満足ニ見受ケ申候、昨日当地ノ午餐会ニテ演説ノ際モ、日米親交ノ必要ヲ熱心ニ論シ申候、尚今後米国中央ノ講壇ニテ、同氏ノ如キ人ガ、日本ノ意志ヲ能ク諒解シ、之ヲ米人ニ伝へ呉レ候事ハ、日米関係ノ為メ最モ喜ブベキ
 - 第34巻 p.389 -ページ画像 
事ト奉存候○下略


(アルバート・ダブリュー・パーマー)書翰 渋沢栄一宛一九二五年一月二一日(DK340040k-0011)
第34巻 p.389-390 ページ画像

(アルバート・ダブリュー・パーマー)書翰 渋沢栄一宛一九二五年一月二一日
                    (渋沢子爵家所蔵)
      The First Congregational Church
    REV. ALBERT W. PALMAER. D. D., PASTOR
         OAK PARK, ILLINOIS
CONGREGATIONAL CHURCH HOUSE
LAKE STREET AND KENILWORTH AVENUE
                    January 21, 1925.
Viscount Shibusawa,
  2 Kabutocho Nihonbashi,
  Tokio, Japan.
My dear Viscount :
  I am glad to get your letter written on Christmas day and exemplifying very nobly it seems to me the Christmas spirit of "peace on earth among men of good will", for of good will I count you to be one of the most outstanding examples.
  Your letter sums up just the impression that I received from you in my very pleasant interview with you when I was in Tokio last October. I understand your point of view and agree with you that the initiative in promoting good relations, especially as regards a change in America's attitude, has passed to the American friends of Japan.
  Since coming to Chicago, I have been very much gratified to find a very real interest in Japan and a desire to know more about the Japanese point of view. I have spoken on numerous occasions about my trip to Japan and my views about Japanese-American relations and have always been listened to with interest and enthusiasm.
  I want you to know that I shall continue to do everything I can to promote an appreciation for Japan and the Japanese and to co-operate in every way I can in developing here in America an attitude of appreciation and good will twoard Japan. We are not going to give up until relationships between the two countries are on a basis which is absolutely right and just and dignified for both.
  We have here in Chicago a Council of Foreign Relations which is doing good work in promoting public opinion and I recently had the pleasure of hearing an excellent address before this body by Mr. Y. Tsurumi, a son-in-law of Baron Goto, who spoke on the effect of our immigration legislation upon the liberal movement in Japan. It was a very well balanced and illuminating address and was followed by a splendid speech of commendation by President Burton of the University of Chicago.
 - 第34巻 p.390 -ページ画像 
  Mrs. Palmer and I remember with the greatest pleasure our delightful visit to Japan and especially your most gracious hospitality. Please let me know if I can ever in any way be of service to you or to your friends in passing through Chicago.
             Cordially yours,
            (signed) Albert W. Palmer
P. S.
My best personal regards
to Dr. Obata.
(右訳文)
                    (栄一鉛筆)
                    三月廿七日一覧
 東京市                 (二月十二日入手)
  渋沢子爵閣下
     イリノイ州オーク・パーク、一九二五年一月廿一日
             アルバート・ダブルユー・パーマー
拝啓、クリスマスの当日御認めの貴翰、正に入手致候、親善に就ては閣下は、最も顕著なる一例を示されたるものと存候間、右の御手紙は「地上には平和、人には仁恵」なるクリスマスの精神を、最も崇高に御認め相成候ものと存候
御芳書は、昨年十月小生の東京滞在中閣下との愉快なる会見の際得たる印象を、其儘表はされたるものと存じ申候、小生は御意見を諒知し猶ほ親善の増進、特に米国の態度を更むべき儀に関する御発案は、米国に於る日本の友の諒解せる処なるべしと存候
小生は市俄古へ来着後、日本に関する真の興味を抱き、且つ日本の見地に就て更に深く知らんとせるものあるを知り、満足に存申候、小生は屡々日本旅行談をなし、又日米関係に関する愚見を述べ候処、興味深く傾聴せられ候
小生は、日本及日本人の諒解並に対日親善の増進の為には、凡有方面に不相変協力可致候間御承知被下度、私共は日米の関係が絶対的に正当にして、且両国の体面を保つべき標準の上に置かるゝ迄は、努力を止めざるものに候
当市俄古には外国関係会議なるもの有之、輿論の善導の為に大いに資する処有之候、小生は最近後藤子爵の女婿なる鶴見祐輔氏の結構なる演説を聞き申候、氏は我移民法の日本に於ける自由運動に及ぼせる影響に就て演述相成候ものにて、首尾徹透し結構なる演説に有之候、此れに次で市俄古大学々長バートン氏は之れが賞讚の演説を試み申候
小生夫妻は愉快なる日本旅行、特に御鄭重なる御款待に対しては、思出探きを覚え申候、若し閣下を始め御友人諸氏が市俄古を御通過相成候節、何か小生にて御役に相立ち候事有之候はゞ、御報知被下度候
                        敬具
 小畑博士によろしく御伝声被下度候