デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第34巻 p.464-471(DK340050k) ページ画像

大正14年2月7日(1925年)

是日、当委員会懇談会、丸ノ内東京銀行倶楽部ニ開カル。栄一病ヲ押シテ出席シ、アメリカ合衆国排日法施行後ノ近況ニ関シテ懇談シ、又当委員会将来ノ方針ニ就イテ意見ヲ交換ス。


■資料

日米関係委員会往復書類 (一)(DK340050k-0001)
第34巻 p.464 ページ画像

日米関係委員会往復書類 (一) (渋沢子爵家所蔵)
(写)
拝啓益御清適奉賀候、然ば米国排日移民法施行の近況に関し懇談会相催度と存候間、御多用の処恐縮に存候得共、来る二月七日正午麹町区永楽町東京銀行倶楽部へ御枉駕被成下候はゞ難有存候 敬具
  大正十四年一月廿八日
                     渋沢栄一
                     藤山雷太
      殿
  追申
  一、乍粗末午餐の用意致置候間御承知被下度候、尚乍御手数御来否封中端書にて御回示被下度候
  一、当日は最近米国より帰米したるコールマン、ライフスナイダーの両氏、其他数名の人々を御案内致置候


渋沢栄一書翰 控 ホレス・イー・コールマン宛一九二五年一月二八日(DK340050k-0002)
第34巻 p.464-465 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 ホレス・イー・コールマン宛一九二五年一月二八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
               (COPY)
                      Jan. 28, 1925
Mr. Horace E. Coleman,
  10 Horikoshi, Akasaka, Tokio
 - 第34巻 p.465 -ページ画像 
My dear Mr. Coleman,
  Some of us members of the Japanese American Relations Committee would like to have a free and frank conference regarding the recent development in America since the enforcement of the anti-Japanese Immigration Law. I shall be obliged to you if you can be present at the Bankers' Club, Marunouchi, Kojimachiku, Tokyo on Saturday February the 7th at noon. Light luncheon will be served on the occasion,
               Yours very truly,
                   渋沢栄一(署名)
                   E. Shibusawa.


(小畑久五郎)書翰 ディー・ビー・シュネーダー宛一九二五年一月二五日(DK340050k-0003)
第34巻 p.465 ページ画像

(小畑久五郎)書翰 ディー・ビー・シュネーダー宛一九二五年一月二五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
               (COPY)
                      Jan. 28 1925
Dr. D. B. Schneder,
  President, Tohoku Gakuin,
  Sendai.
My dear Dr. Schneder,
  May I add a word or two by way of explanation why the Viscount sent this note to you?
  On his return to Tokyo on the 25th, the Viscount expressed the desire of having an informal conference with those friends who had recently returned from America.
  Just at this juncture, I told him that you were planning to come up to Tokyo in the near future. I don't believe that the Viscount wants to trouble you to come such a distance for this occasion unless he heard this from me. Therefore, if it is inconvenient for you to leave your important post at that time, I don't think the Viscount feel bad about your inability to be present.
  Personally, however, I wish that you might be able to attend this gathering. Besides your good self, Mr. H. E. Coleman and Bishop Charles Reifsnider are expected to be present. Every one will have a chance to express his views in this conference.
  Trusting this will find you in the best of health, I am,
              Yours very truly,
                 (Signed) K. Obata


渋沢栄一 日記 大正一四年(DK340050k-0004)
第34巻 p.465-466 ページ画像

渋沢栄一日記 大正一四年 (渋沢子爵家所蔵)
二月七日 曇 軽寒
○上略 十二時銀行倶楽部ニ抵リ、米人邦人等ノ客年米国ニ於ル排日法制
 - 第34巻 p.466 -ページ画像 
定ノ際、之カ阻止又ハ緩和ニ努力セシ諸氏ヲ会シ、各其尽瘁ノ次第ヲ簡単ニ演説シ、且将来ノ処置ニ付テ其意見ヲ陳述ス、午飯前後ニ於テ各自ノ陳述アリ、ライスナイダー、コールマン、シネーダー、邦人ニハ小島官吾・石阪某・斎藤惣一氏等意見ヲ開陳ス、午後四時頃散会ス主人側ハ阪谷・添田・藤山其他十数名ニシテ、余ト添田氏ト意見ヲ吐露ス、賓主各胸襟ヲ開キテ充分ニ其情意ヲ貫徹シタルヲ覚フ○下略


(増田明六)日誌 大正一四年(DK340050k-0005)
第34巻 p.466 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一四年 (増田正純氏所蔵)
二月七日 土 晴
朝飛鳥山邸ニ参候、本日の出勤を見合ハさるゝ様と懇請したるも、予の健康ハ予ガ最も善く承知し居れりとの御挨拶にて、最早一言を続くる勇気も無く、さらは急き懇談会場ニ至り御迎申す準備を為すべしと辞して直ニ銀行倶楽部ニ赴く
正午銀行倶楽部ニ於て日米問題ニ関する懇談会開催せらる、来賓としてハシユネーダー。ライフスナイダー。コールマン、斎藤惣一、乾精末、石坂亀治、小島官吾の諸氏の《(にカ)》不日米国大使館参事官として赴任する沢田節蔵氏も加ハり、主人側ハ日米関係委員会の渋沢子爵・藤山両氏を始め小委員出席せられたり、午餐後渋沢子爵坐長と為り来賓の日米問題ニ関する所感ニ就き談話せられ度き旨を述へ、ライフスナイダー、コールマン、シユネーダー、斎藤、石坂、小島の諸氏交々起つて其立場より観察する処を陳へ、最後ニ渋沢子爵の謝辞ありて午後三時散会
○下略
   ○中略。
二月十三日 金 晴
○上略
今日午後三時半帝国ホテルニ於て来邦中のウワード博士及先般米国より帰邦のコールマン氏歓迎の茶話会あり、出席の約なりしが病気の為め不参
○下略


日米関係委員会集会記事摘要(DK340050k-0006)
第34巻 p.466-469 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要 (渋沢子爵家所蔵)
  日米問題懇談会 於銀行倶楽部
 大正十四年二月七日正午
 出席者 渋沢子爵   藤山雷太     阪谷男爵
     添田寿一   頭本元貞     姉崎正治
     堀越善重郎  服部文四郎    増田明六
     小畑久五郎(以上関係委員)
     コールマン  ライフスナイダー シユネーダー
     沢田節蔵   斎藤惣一     石阪亀治
     乾精末    小島官吾(以上賓客)
渋沢子爵ハ去二日夜ヨリ風邪ニ被冒、三日ニハ三九度五分ノ発熱アリシガ、四日・五日ト日ヲ経ルニ従テ軽快ニ赴カレタルヲ以テ、予テ本日出席ノ意ヲ有セラレタルコトヽテ、引続キ引籠リ静養方阪谷男・穂
 - 第34巻 p.467 -ページ画像 
積重遠・添田寿一ノ諸氏(六日於飛鳥山邸国際聯盟協会会合ニ出席)又子爵令夫人及小生○増田明六ヨリモ申上ケタルモ、自分ノ健康ハ自分ニ於テ最モ良ク了解シ居テ本日ノ出席無差支トテ、一同ノ志望ヲ斥ケ出席セラレタリ
渋沢子爵坐長ニ就席
 主人側ヲ代表シテ来賓ノ来会ヲ謝シ且来賓ノ在米中○以下空白
ライフスナイダー氏
目下ノ日米問題ハ主トシテ誤解ヨリ起因シタルコトヲ説キ
 移民法ノ排日事項ニ付テハ米国人三分ノ二ハ反対ナリ、議員中ニモ其真相ヲ知悉セスシテ雷同シタルモノ多数アリタルコト
 之ヲ訂正セントスルニ二方法アリ、一ハ日本人ニ帰化権ヲ与フルコト、一ハ移民法改正ノ時期ニ於テ排日条項ヲ改正スルコト
 日本移民ノ入国反対ノ理由ハ主トシテ経済問題ナルコト
 移民法ノ非難スベキ点ハ日本人ニ対スル差別的待遇ナリ、此待遇ヲ取除クトキハ日本人モ賛成スルナルベシ
 日本人ガ黙スルトキハ反対党ノ仕方ヲ是認スルモノナリト云フモノアレトモ予ハ斯ク考ヘサルナリ、外務省ノ方針ハ賢キ策ナリト思フ今春ノ米艦隊練習ノ際日本ニ於テ大反対アリシカ、其反対ニ対スル米国民ハ同練習ノ予定ハ三年前ニアリ、其予定ヲ遂行スルニ何ソ日本人ノ抗議ヲ要スルヤト、米国ハ決シテ日本ヲ敵ト見テ練習スルニアラサルコトハ日本人ノ諒解セラルヽ筈ナリ
 米人ノ三分ノ二ハ議員ノ行動ニ反対セリ、其証拠ハ種々アルベシ
 西海岸ヨリ労働者ノ入国ナキコトヽナリシヲ以テ、今迄ノ経済的心配モナクナリシヲ以テ、過日ノ桑港ニ寄港シタル日本艦隊歓迎ノ如キハ、日本人ニ対スル米人ノ意思ヲ表ハシタルモノナリ
 クーリツジ大統領ハ松平大使ニ、米国人ノ好意ヲ表スニ差支ナクハ西海岸ヨリ東海岸ニ至ル各地ノ米人ニ於テ歓迎スベシト、書ヲ寄セラレタルガ真ニ米人ノ意思ヲ表ハシタルモノナリ
コールマン氏演説
 大震災ニ対スル米国人ノ同情ハ排日移民法ニ依リテ裏切ラレタルガ米人ハ該法ニ対シ十分ノ九迄反対ナリ(ライフススナイダー博士ハ三分二ト云ハレシガ)
 必竟日本人ノ真意ヲ解セサルモノ多数ナルニ源因ス
 在米中各地ノ日曜学校ノ会合ニ出席シタルカ、孰レモ反移民法ノ決議ヲ作リ、大統領並議会ニ提出スルコトヽシタルガ、之カ提出ハ本年秋期ヲ待タサルヘカラサルヲ以テ、夫迄ニ十分ノ準備ヲ為スコトトセリ
シュネーダー博士
 渋沢子爵ノ日米問題ニ対スル尽力ヲ感謝ス
 排日法案ヲ廃止スルコトヲ得ベキヤ否ヤノ研究ハ重大問題ナリ、予ハ昨年十一月ウツヅ前大使ニ面会右廃止ノ望有無ヲ尋タルニ、廃止ノ見込アリト思フ旨答ヘラレタルガ予モ同感ナリ
 米国ノ基督教会、同信者ハ廿年前同盟ヲ作リシカ其勢力益大ナリ、以前ハ国際問題ハ外交官ニ一任シタル姿ナリシカ、現今ハ不然、自
 - 第34巻 p.468 -ページ画像 
分等親ラ其衝ニ当ラサルベカラズトナセリ
 予ハ米国出発前四・五日某大会ニ出席シタルカ「戦争ハ基督教ノ主義ニ不適、又公平ノ結果ヲ生スルモノニアラス、又益恐ロシキ現象ヲ来スモノナレハ、戦争ハ絶対的ニ廃止セサルベカラス」ト決議シタリ
 右大会ニハ可成国会議員ノ出席ヲ志望シタルカ、来会者ハ合計五千人ノ会合ヲ見タリ
 排日移民法通過ノ為メ、日本人ニ同情スル米人ハ却テ頗ル多数トナレリ
 結局該問題ハ早晩解決スルコトヲ得ベシト、ウツヅ氏ト共ニ同シ感ヲ有スルモノナリ、但其時期ハ未明ナリトス
 予トシテハ今後モ益努力、本問題ノ解決ニ勤メテ止マサルヲ期ス、之レ日米両国ノ平和ノミニ止マラス世界ノ平和ナリ
小島官吾氏
 大統領ノ教書ニ○以下空白
 労働卿ノ談話ニモ該法ハ欠点アリト云ハレタルカ、其中ニ就キ其妻子ヲ迎フルヲ非難スルハ人道上欠クル処アリト云ハレタリ
 前演説者ノ云ハレシ如ク米国民ノ多数ハ排日法ニ反対スルハ明カナレハ、大統領ノ教書、労働卿ノ談話ト相俟テ、該法ヲ訂正スルノ機会生スベシト信ス
 今春ノ米海軍大練習ハ全ク数年前ノ計画ニシテ、決シテ日本ヲ敵対国ト目指スモノニアラス、要スルニロサンゼルス、サンピードロノ諸港ニ将来軍器貯蔵所・造船所ヲ設ケントスル富豪ノ主唱ニ基因スルモノナリ、又米国トシテモパナマ運河ヲ東海岸ニ在リテ錆ヲ生スル軍艦ヲ通過シテ西海岸ニ移サントスル練習ニ外ナラサル次第ナレハ之ヲ日本ニ於テ誤解無キ様切望スルモノナリ
 不日米資本家ボウイン外一名来邦スルニ付キ、若シ市債・外債等ヲ募集並ニ石油ニ御用アル場合ハ両氏ヲ御引立願フ、予ハ同氏等ノ前触トシテ渡来シタルモノナリ
斎藤惣一氏
 米国ニ於テモツト博士其他ノ人々ノ尽力シツヽアル一端ヲ述ベントス、英国ニ於ケル委員会○基督教世界聯盟ニ於ケル委員会ノ問題ノ一項目ニ、米ノ排日移民法ニ対シ研究スベキコトノ条項アリ
 排日法ニ対スル米人ノ心理状態ハ尚問題ヲ研究スルコトノ必要ヲ認メ、広ク問題ニ対スル各方面ノ意見ヲ集ムルコトヽシタリ、此方針ヲ以テ向後其会合ニ出席スル者ハ、先ツ問題ヲ多数ニ問ヒ十分研究シテ然ル後其結論ヲ提出スルコトヽナレリ
 印度ノ基督教同盟会主事ノ紹介状ノ例ヲ引ケリ
添田寿一博士
 排日法ノ根原ハ全ク米人ガ日本ヲ誤解シタルニ出タルモノナリ、日本ヲ理解セサルモノガ排日派ノ宣伝ニ誤ラレタルモノナリ、併シ日本ノ真情ヲ知ラシメ誤解ヲ解カンニハ此際日本人自ラ為スハ好マシカラス、須ク米国人ニ待タサルベカラス、同時ニ外交官モ亦臨機応変、誤解ヲ解クニ努メサルベカラサルコトヲ深ク列席ノ沢田氏ニ期
 - 第34巻 p.469 -ページ画像 
待スル次第ナリ云々
石坂亀治氏
 米国ハ移民ニコリタル先例ヲ有ス、東部ノ人ハ此移民ハ如何ニ処置スヘキヤヲ患フ、又西部ノ人ハ地方問題トシタルガ、遂ニ中央ノ問題ニ移シタルガ折柄東部ニ於テ移民ノ処置ニ付テ患フル際故、直ニ迎合セラレテ議会ヲ通過スルニ至レリ、此際内外相呼応シテ之ヲ訂正セシムルコトニ努ムルコト必要ナリ、親日派ノ人々ト会談スルヨリハ、寧ロ排日派ノ人々ト会談スルコト肝要ナリト思惟ス、云々
渋沢子爵ヨリ最後ノ挨拶アリシモ、日米電信会社ノ内田氏ノ来談ニ会シ記録スルコト能ハズ、《(以下別筆)》子爵の最後の御挨拶は左の如し
 粗末なる小宴に於て大なる獲物を得たる感あり、特にシユネーダー博士・ライフスナイダー博士・コールマン氏の三君に感謝すと述べられ、次に昨年末米国の諸友人等に書面を発せられし旨告けらる。
   三時半閉会


竜門雑誌 第四三七号・第六―七頁大正一四年二月 国際的平和と其他二問題 青淵先生(DK340050k-0007)
第34巻 p.469 ページ画像

竜門雑誌 第四三七号・第六―七頁大正一四年二月
    国際的平和と其他二問題
                     青淵先生
○上略
      二、米国の移民問題
 それから日米関係委員会は、昨日(二月七日)米国の移民問題に関し、彼の法案が問題になつた当時米国に居つて実情を視察した人々を招待し、その慰労と同時に其感想を聴き、また意見の交換を為すべく会を催うした。米人側の出席者は立教大学のライフスナイダー氏、日曜学校のコールマン氏、東北学院のシユネーダー氏で、何れも宗教家であつて又学校関係者である。また日本人では斎藤惣一氏・石坂亀治氏・小島官吾氏で、主賓合して十八名であつた。私は病中だから欠席した方がよくはないかと頻りに云はれたが、断るのも遺憾であるから強て出席したのである。
 先づ日米関係委員会将来の働きに就て、即ち「日米間の移民問題に対し此会は将来どうするか、仕事の方針を如何にするか」に就て協議したが、各自衷心からそれそれ意見の発表があつた。また移民問題に就て米人三氏は異口同音に「現下米国の朝野では馬鹿なことをしたものであると云つて居る、実に国民の九割以上は公平なる見解の下にあるのであつて、たゞあのやうに移民問題が急転直下的に議会を通過したのは、政治家に対しカ州方面の宣伝が効を奏し、国内の平和を破るものであるとの観念を植えつけたからで、結局排日家の上下院に対する宣伝が利いたものに外ならない」と云つて居る。此問題に対し我国民は今更喧嘩腰で進む訳にも行かぬから、正しい意見を以て米国に訴へ、之等の日本人を理解する人々によつて何とか解決せねばならぬのであると思ふ。従来から日米関係の将来に心を傾けて居る私としては近状の談話として此処に話して置くのである。
○下略

 - 第34巻 p.470 -ページ画像 

(ディー・ビー・シュネーダー)書翰 渋沢栄一宛一九二五年二月一〇日(DK340050k-0008)
第34巻 p.470 ページ画像

(ディー・ビー・シュネーダー)書翰 渋沢栄一宛一九二五年二月一〇日
(渋沢子爵家所蔵)
To His Excellency
  Viscount E. Shibusawa,
  Takinogawa, Tokyo-fu.
Dear Viscount Shibusawa,
  Permit me to express my very deep appreciation of Your Excellency's act in inviting me and my fellow Americans to a luncheon for the purpose of consulting concerning Japan‐American Relations. It was a rare privilege indeed to meet a number of the veteran workers in the cause of goodwill between Japan and America. But especially was I almost moved to tears to see Your Excellency there in spite of the physician's orders, and in spite of the many, many disappointments that have come to Your Excellency during the efforts of long years for better relations, and with sorrow I must confess that it is my country's shame that Your Excellency is not permitted to see better fruits for Your Excellency's long labors.
  I do hope that Your Excellency's appearance at the luncheon has not affected Your Excellency's health unfavorably.I hope to hear that all is well.
  With highest regard I beg to remain,
         Yours very respectfully,
            (Sipned) D. B. Schneder
Sendai,
  Feb. 10, '25.
(右訳文)
             (別筆)
             三月十日於大磯御一覧
 東京市             (二月十六日入手)
  子爵渋沢栄一閣下 仙台、一九二五年二月十日
                デイー・ビー・シユネーダー
拝啓、過日日米関係に関する懇談の為、私及友人を午餐会に御招待被下、御懇情の程奉深謝候、日米親善の為に多年尽力せられたる多数の方々に会見するを得たるは深く歓ぶ処に御座候、閣下が医師の言あるにも不拘、尚ほ又永年に亘る御努力の上に幾多の御失望ありしにも不拘、此席に御列席相成候を見て小生は殆んど感涙を催し候、閣下従来の御努力をして終に好結果を齎らさしむることを得ざりしは我国の恥辱に有之、小生の甚遺憾とする処に有之候
午餐会への御出席によりて御健康に支障無之様希望罷在候、猶万事御好都合ならん事を祈居候
終に臨み謹んで敬意を奉表候 敬具



〔参考〕(ディー・ビー・シユネーダー)書翰 小畑久五郎宛一九二五年二月一〇日(DK340050k-0009)
第34巻 p.470-471 ページ画像

(ディー・ビー・シュネーダー)書翰 小畑久五郎宛一九二五年二月一〇日
 - 第34巻 p.471 -ページ画像 
                     (渋沢子爵家所蔵)
Dear Mr. Obata,
  I have written to Viscount Shibusawa my deep appreciation, of his Kindness in inviting me and Bishop Reifsnyder and Mr. Coleman. But I am very anxious to learn whether his health bore the strain of the day. Certainly he showed his deep sincerity concerning good relations between Japan and America in a way that should touch many hearts. I do hope that all is well.
  Thank you very much for your own customary kindness also.
          Yours very sincerely,
            (Signed) D. B. Schneder
Feb. 10, '25.