デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
7款 大日本平和協会
■綱文

第35巻 p.516-517(DK350085k) ページ画像

大正4年5月3日(1915年)

是日、当協会副会長阪谷芳郎、同理事ギルバート・ボールズ、添田寿一、宮岡恒次郎兜町邸ニ栄一ヲ訪ヒ、日支問題ニ関シテ論議ス。


■資料

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正四年(DK350085k-0001)
第35巻 p.516-517 ページ画像

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正四年
                 (阪谷子爵家所蔵)
○三月十八日、ボールス氏来談、日支交渉日本出兵ノ攻策ニ付心配ス宮岡、添田二氏ニ電話シ明日会合ヲ約ス
○三月十九日、日本クラブニテボールス、添田、宮岡、及余四人会談ス、此日八十島ニ談シ渋沢男ニ伝言ス(日本出兵ノ件)
   ○中略。
○四月廿二日、兜町ニテ渋沢男ニ面会ス(此日松方候《(侯)》ヲ訪問面会ス)
 男ヨリ四月一日付ボールス君来状、日支交渉ノ件、山脇君来状、日
 - 第35巻 p.517 -ページ画像 
米商業会議所(三月十六日付)ノ件ニ付談話アリ
   ○中略。
○五月三日、兜町邸ニテ(渋沢邸)午餐ヲ共ニシ、日支交渉ニ関シ日本ノ取レル態度ニ付ボールス氏意見アリ、論談ス、渋沢、添田、宮岡、ボールス、余