デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
8款 日米協会
■綱文

第35巻 p.584-588(DK350115k) ページ画像

大正10年4月7日(1921年)

是日、当協会主催特別委員ジェー・アール・ゲーリー帰朝報告会、丸ノ内東京銀行倶楽部ニ開カル。栄一出席シテゲーリーニ対シテ質疑ヲナス。六月十四日、内閣総理大臣原敬主催ゲーリー及ビ同委員イー・ダブリュー・フレーザー招待晩餐会、麹町区永田町同官邸ニ開カレ、栄一出席ス。七月七日、当協会主催両委員歓迎兼アメリカ合衆国人ポールトネ・ビゲロー送別晩餐会丸ノ内東京銀行倶楽部ニ開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK350115k-0001)
第35巻 p.584 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一〇年 (渋沢子爵家所蔵)
四月七日 曇 軽寒
○上略 十二時半銀行倶楽部ニ抵リ、米人ゲリー氏米国ヨリ帰来セシニ付其報告ヲ聴取ス、金子・添田・藤山其他ノ内外人来会ス○下略


(日米協会)邦文記録 第弐号(DK350115k-0002)
第35巻 p.584-585 ページ画像

(日米協会)邦文記録 第弐号 (社団法人日米協会所蔵)
    第六十二 ゲアリー副会長報告会
一、時日 大正十年四月七日午後零時三十分
二、場所 東京銀行倶楽部
三、司会者 金子会長
四、出席者 渋沢子爵、瓜生男爵、池田成彬氏、宮岡恒次郎氏、添田寿一氏、米山梅吉氏、ウヰリアム・エル・キーン氏、藤山雷太氏、ポール・メツサー氏、アール・ビー・トヰスラー氏、小畑久五郎氏
五、来賓 副会長ジヨン・アール・ゲアリー氏、スクリブナー氏
六、演説 金子会長ハ昨年加州土地法問題ノ勃発当時ヨリ説キ起シ、形勢ノ非常ニ切迫セル際、多忙一日モ空クスベカラザル身ヲ以テ、両氏ガ奮然帰米ノ上有力者間ニ運動ヲ快諾セラレタル高誼ヲ謝シ、両氏ノ快諾ニヨリテ日本ノ形勢大ニ緩和シ、比較的冷静ニ土地法通過ノ報ヲ手ニスルコトヲ得タリ、尚両氏ノ報告書ヲ見テ如斯多数ノ有力者ニ会見シ了解ヲ求メラレタルハ、尋常人ノ企及スベカラザル処ニシテ、会員一同ヲ代表シテ大ニゲア
 - 第35巻 p.585 -ページ画像 
リー氏ノ功績ヲ賛シ、吾人ハ如何ニ其労ニ酬フ《(ユ)》ベキカヲ知ラズト演ブ、ゲアリー氏ハ報告書ニ記載セザル運動ノ実際的方法ヨリ、紐育・華盛頓間ヲ往復セル実情、滞在期間ハ充分眠ヲ取ルコト能ハザリシ状況ヲ詳説セラレ、最後ニ会見ノ際同氏ガ受ケタル印象ニ付述ベラレ、事情宣伝機関設置ノ必要ヲ力説セラレタリ
   尚ホ渋沢子爵其他ヨリノ質問ニ答ヘテ米国現下ノ状勢ニ付答フル処アリタリ


(日米協会)邦文記録 第弐号(DK350115k-0003)
第35巻 p.585 ページ画像

(日米協会)邦文記録 第弐号 (社団法人日米協会所蔵)
大正十年度
    第七 原首相、フレザー氏・ゲアリー氏招待ノ件
本会ノ希望ニヨリ私費ヲ以テ帰国ノ上大ニ日米関係改善ノ為努力セラレタル本会役員フレザー氏、ゲアリー氏ニ対シ深厚ナル謝意ヲ表スル為、内閣総理大臣原敬氏ハ六月十四日ヲ以テ両氏ヲ主賓トシ、本会ノ主モナル役員ヲ首相官邸ニ招キ晩餐会ヲ開ケリ


(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一〇年(DK350115k-0004)
第35巻 p.585 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一〇年
                    (阪谷子爵家所蔵)
○十、六、一四 原首相晩餐ニフレーザー、ゲアリー二氏ヲ招ク、余ハ敏子病気危篤ニテ急ニ欠席ス○敏子ハ阪谷芳郎長女ニシテ堀切善次郎ニ嫁シ此年六月二十二日歿ス。


竜門雑誌 第三九八号・第六六頁大正一〇年七月 ○首相官邸招待会(DK350115k-0005)
第35巻 p.585 ページ画像

竜門雑誌 第三九八号・第六六頁大正一〇年七月
○首相官邸招待会 原首相は六月十四日午後七時より永田町官邸に於て日米協会員たるフレーザー、ゲアリー両氏、並に金子子、青淵先生阪谷男、団、福井、阪井等の諸氏を主賓とし、尚陪賓として内田外相埴原次官、伊集院大使等を招待し、主人側より原首相及び山田・原両秘書官列席の上、日米両国の親善問題其他に就き懇談的に意見の交換を行ひ、同九時過ぎ散会せる由。


(日米協会)邦文記録 第弐号(DK350115k-0006)
第35巻 p.585-586 ページ画像

(日米協会)邦文記録 第弐号 (社団法人日米協会所蔵)
    第十三 事情宣伝機関設置問題ニ付同特別委員
        日米関係委員会委員ト聯合協議ノ件
事情宣伝機関特別委員会開催ノ為メ日取協議中、日米関係委員会ニ於テモ同問題ニ付協議スルコトヽナリ居リ、本会特別委員ハ殆ント総テ同委員ナレバ合併協議スルコトヽナリ、七月六日午後零時三十分東京銀行倶楽部ニ於テ開会熟議ヲ遂ゲタリ
   ○アメリカ合衆国内ニ日本事情宣伝機関ノ急設ヲ要ストハ、フレーザー、ゲーリー両人ノ帰朝後特ニ力説セル説ニシテ、其説ニ従ヒ協議ヲナセルナリ但シ困難ナル問題ニシテ遂ニ栄一生前ニハ実現ヲ見ズ。本巻所収「日米関係委員会」昭和六年六月十二日並ニ同年八月五日ノ条参照。
    第十四 フレザー、ゲアリー氏歓迎晩餐会
一、時日 大正十年七月七日午後七時三十分
 - 第35巻 p.586 -ページ画像 
二、場所 東京銀行倶楽部
三、司会者 金子会長
四、正賓 本会副会長ゼー・アール・ゲアリー氏、同会計イー・ダブリユ・フレザー氏、ポートネー・ビゲロー博士《(氏)》
  陪賓 ビー・ダブリユ・フライシヤー氏、山崎外務事務官
五、出席者 九十八名(晩午餐会綴参照)
六、トースト 天皇陛下万歳 米国大使館附武官バーネツト中佐
       米国大統領万歳 軍令部長男爵島村海軍大将
七、演説 食後左ノ順序ニテ演説アリタリ
   金子会長、渋沢子爵、フレザー氏、ゲアリー氏、ビゲロー博士


中外商業新報 第一二六八四号大正一〇年七月八日 日米協会 送迎晩餐会(DK350115k-0007)
第35巻 p.586-587 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

渋沢栄一書翰 シドニー・エル・ギューリック宛一九二一年八月四日(DK350115k-0008)
第35巻 p.587-588 ページ画像

渋沢栄一書翰 シドニー・エル・ギューリック宛一九二一年八月四日
              (シドニー・エル・ギューリック氏所蔵)
             (COPY)
 - 第35巻 p.588 -ページ画像 
          Viscount Shibusawa
      2 Kabutocho, Nihonbashi, Tokyo
                    August 4, 1921
Dr. Sidney L. Gulick
  105 East 22nd Street, New York City
Dear Dr. Gulick :
  Your untiring effort during so many years for the promotion of international, especially American-Japanese, goodwill supported by our firm will and high ideal has provoked and is still provoking within me a sincere admiration for you. Lately Messrs. Frazar and Geary who visited America for the mission of peace gave out their reports to us and both of them spoke of you in a very high term.
  While you were in Japan as a professor of Doshisha University, I used to see you quite frequently and talked over the ethical questions. You are a Christian and I a Confucianist, but when we talked from heart to heart on moral and other questions we found a great deal of common points, so much so that we are striving for the same fundamental from different angles. Out of this there grew the idea that no matter whether it is a religion or a moral teaching there must in the future appear a principle which transcends and unify the traditional teachings and doctrines. For the quest of such truth our Concordia Association was organized.
  Again I admire you for your incessant effort to bring a perfect peace to the world, and I in my humble way am trying to cooperate with you in this noble work. My idea of bringing peace to this world is first to establish peace between America and Japan. This is the reason why I am so anxious to see the good and friendly relation between the two countries.
  On account of the pressure of my busy life, I have been always driven to simply reply and that with considerable delay, scarcely being able to assume a positive attitude towards you.
  However, being deeply moved by the reports of those gentlemen to whom I just referred, I was prompted to write you, once more going back to the by-gone days. I depend much on you for the solution of the American-Japanese questions fna《(sic)》 therefore wish you that you may enjoy good health, to accomplish the task.
  I was pleased to hear that you read my letter addressed to you on March 25.
              Sincerely yours,

                    E. Shibusawa