デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
2款 日露協会
■綱文

第36巻 p.11-12(DK360002k) ページ画像

明治44年3月(1911年)

是月栄一、当協会評議員ヲ嘱託セラル。又金二千円ヲ寄付シ、其特別会員トナル。在任スルコト歿年ニ及ブ。


■資料

青淵先生公私履歴台帳(DK360002k-0001)
第36巻 p.11 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳            (渋沢子爵家所蔵)
一日露協会評議員 四十四年○明治三月


竜門雑誌 第二八六号・第六七頁 明治四五年三月 ○日露協会と青淵先生(DK360002k-0002)
第36巻 p.11 ページ画像

竜門雑誌 第二八六号・第六七頁 明治四五年三月
○日露協会と青淵先生 寺内伯を会頭とし後藤男を副会頭とせる日露協会にては閑院宮殿下を総裁に推戴の件請願中なりし処、二月十六日勅許の上御承諾を賜はりたるにより、幹事及評議員を嘱託し此に新組織成立を告げ、同月十六日午後七時総裁宮殿下御邸に於て晩餐会を御催されたる由なるが、青淵先生にも評議員の嘱託を受諾せられたる由
   ○栄一当日出席セズ。


日露協会報告書 【故渋沢子爵ト本会トノ関係】(DK360002k-0003)
第36巻 p.11 ページ画像

日露協会報告書               (財団法人竜門社所蔵)
    故渋沢子爵ト本会トノ関係
一、明治四十四年八月 本会評議員ニ就任セラル
一、同年 本会ノ為金弐千円ヲ寄附セラル
一、同年 本会特別会員トナラレタリ
○中略
一、子爵薨去ニ至ルマデ評議員並ニ特別会員トシテ本会ノ基礎確立並ニ事業発展ノ為尽瘁セラレタリ
   ○右文中評議員就任ヲ八月トナシタルモ、後、当会主事関根斉一ヨリ三月ト訂正シ来レリ。
   ○「改訂増補維新後大年表」ニヨレバ、当協会ノ組織成立ヲ明治四十五年二月十六日トナセリ。惟フニ閑院宮総裁奉戴ノ日時ヲトレルナラン。関根主事ノ談ニヨレバ第一次本会ノ設立ハ明治三十九年ナリトノ事ナリ。


青淵先生関係事業調 雨夜譚会編 昭和三年三月一四日(DK360002k-0004)
第36巻 p.11-12 ページ画像

青淵先生関係事業調 雨夜譚会編 昭和三年三月一四日
                   (渋沢子爵家所蔵)
    日露協会
一、創立 明治三十九年四月
一、所在地 東京市麹町区内幸町一ノ三
一、基本金
一、目的 露国の学術及事情の研究を奨励し、且つ日露両国民の交誼を増進する事
一、創立関係者 伯爵寺内正毅・男爵目賀田種太郎等
 - 第36巻 p.12 -ページ画像 
一、青淵先生との関係 明治四十四年故伯爵寺内正毅氏本会会頭在任中本会第一次基金募集をなしたるに、渋沢子爵の斡旋に依り、金拾四万二千二百円を得 ○中略 尚同子爵は明治四十四年以来本会評議員たり(日露協会主事関根斉一氏述)
一、創立沿革 本会は明治三十九年四月露国の学術及事情の研究を奨励し且つ日露両国民の交誼を増進する目的を以て創立せられたり、尋で明治四十四年伯爵寺内正毅氏本会会頭に、男爵後藤新平氏副会頭に就任せられたり、翌四十五年閑院宮載仁親王殿下を総裁に奉戴せり、爾来本会は益々発展を遂げ、基金の如きも明治四十四年第一次の基金募集をなしたるに、金十四万二千二百円を得 ○中略 大正四年一月には日露貿易発展に資する目的を以て本会に日露貿易調査部を開設し、男爵目賀田種太郎氏同部長に就任せられたり、大正六年には本会は其当時露語に通ずる青年の乏しきを憂へ本会内に露語講習所を設け、速成的に露語の夜間教授をなし卒業生約六十名を出し、同八年閉鎖せり、之後段述ぶる所の日露協会学校の前身なり、大正七年四月農商務省の委嘱に依り哈爾賓に商品陳列館を設立し、爾来十年日露支の商品展示一般商取引の仲紹介並に調査報告を発行し、日露支貿易の開発発展に努力しつゝあり、大正八年十一月寺内会頭薨去せられたるを以て、翌月後藤副会頭会頭に、目賀田男爵副会頭に就任せられたり(目賀田副会頭は大正十五年九月十日薨去せり)大正九年九月哈爾賓に日露協会学校を設立し、露国並に支那に於て公私の業務に従事する青年に露西亜語及商事経営に関する学術を教授しつゝあり、而して昨年三月迄に二百三十八名の卒業生を出せり、後藤会頭同校総理を兼摂す、昨年三月末現在本会会員数四百九名なり


日露協会報告書 【日露協会沿革】(DK360002k-0005)
第36巻 p.12 ページ画像

日露協会報告書              (財団法人竜門社所蔵)
    日露協会沿革
本会ハ日露戦争直後明治三十九年四月、日露両国ノ感情ヲ融和シ且ツ其ノ交誼ヲ増進スル目的ヲ以テ創立セラレタルモノニシテ、其当時ノ本協会ハ現在ノ本協会ニ対シ旧日露協会トモ称スベキモノナリ、其後明治四十四年○中略 ヨリ前記目的ノ他更ニ貿易ノ助長、露国ノ学術・文化・習俗ノ研究等両国ノ善隣関係ヲ鞏固ニシ福祉ノ増進ヲ図ル上ニ於テ各般ノ事業ヲ行ヒ、以テ現在ノ如キ組織ノ日露協会トナリタルモノナリ○下略
   ○右ハ当協会ヨリ報告セラレタル書類ナリ。
   ○ナホ当協会ノ記録類ハ大正十二年ノ関東大震災ニヨリ失ハレ詳細ヲ明カニセズ。従テ第一回二千円ノ寄附金ノ内訳モ明カナラズ。